陸上自衛隊二等陸佐の雷同真人は部下からの報告書に目を通して、しばし思考放棄した。
「……なあ、おい。俺の目がおかしくなってなけりゃあ、対象は護衛もつけずに街なかを闊歩しているように見えるんだが?」
陸上自衛隊庁舎郡長室の自分の机の上で、今日も退屈な書類仕事と格闘していた雷同は、それ以上の面倒事に思わず独りごちて眉をひそめた。
携帯端末に送られてきた報告書に目を通した途端に不機嫌になった雷同を見て、ちょうど郡長室にやってきていた自衛官が怯え始める。いま、雷同が癇癪を起こせば間違いなくとばっちりを喰うのは自分なのだ。
いつ爆ぜるやもしれない地雷原。そこへ郡長室のドアがノックされ、一人の男が入室してくる。
航空自衛隊二佐の大和八幡だ。
「雷同、入るよ」
「もう入ってんじゃねぇか。ここは陸上自衛隊の施設でお前は空自だぞ」
「いいじゃないか別に。同じ部署の人間として来たんだ」
規則にうるさいようで妙に適当なところがある大和を雷同は、厄介な野郎だ、と思いつつ目配せをして人払いをする。
退室を促された自衛官はホッとした面持ちでそそくさに出ていった。
それを気の毒そうに横目で見送った大和が言う。
「なんだい、ずいぶんとご機嫌ななめじゃないか。おっと、いつものことか」
「うっせーよ。テメェまさか喧嘩売りに来たわけじゃねぇだろうな」
「まさか、試作専用機のデータを持ってきたんだ」
「……ん」
雷同は大和から書類束を受け取るとそれを鍵付きの金庫に放り込んだ。
ISの最新技術は国家機密に値する。よって通常の通信や共有サーバーでの伝達だと、どうしても漏洩の心配が出てくる。よって、基本となる図面データなど重要情報は紙媒体を使用するコトが多かった。時代がいくら進んでも目に見えるものが一番信用できるのだ。
ただ、その紙媒体も郵送するわけにもいかないのでこうして士官が直接手渡しにくるのだ。
雷同は椅子に深く座ると偉そうにふんぞり返って他人事のように言う。
「毎度ご苦労なこったな」
「空自の方に書庫を置いてくれたらこんな苦労をせずに済むんだけどね」
「それじゃ俺が苦労するじゃねぇか」
そうだね……、と諦めたようにため息をひとつ吐いて、大和は雷同を見る。
「それで? お前はなんでそんない機嫌が悪いんだ」
「あーそれな。ちょっと脳天気な坊っちゃんに手を焼かされてんだよ」
はあ?、と首を傾げる大和に雷同は携帯端末を投げ渡した。
その乱暴な所業に顔をしかめたが、その報告書の内容に目を通して同じような苦い顔をした。その経験を感じさせる苦労の笑みがたまらないという女性隊員もいるらしいが、雷同には全く理解できない。
「ま、まあ、織斑くんはもともと一般人だし仕方ないんじゃ……」
「お前それ本気で言ってんのか? 仕方ないじゃ済まねぇよ、コイツが余計なコトして死ぬのはコイツ自身じゃなくて俺たちだ」
それが深刻な事実であるため、軽いコトを言えなくなった大和は口を紡ぐ。
雷同の苛立ちは収まらない。眉間に皺を深く寄せながら、手にしたペンを回している。
「コイツの経歴も読んだ。いろいろと突っ込みたい部分が多すぎるが、コイツは根っこからのヒーロー気質だ。おつむが弱すぎる」
「まあ、雷同はヒーロー戦隊とか大嫌いだからね」
大和がボソリと相槌を打つと、雷同はさらに不機嫌そうに唸った。
「当たり前だろうが。強気をくじいて弱気を助ける。その果てになにが残んだよ。一強独裁だろうが」
あまりに極端な暴論だったが、大和はそれを否定しない。それもまた事実であり、現実で起こっているコトだからだ。
思わず雷同は懐から煙草を取り出し咥えたが、ここが郡長室であるコトを思い出したのかため息を吐いて元に戻した。
「ヒーローっつえば、あのガキは何やってんだよ。仕事しろよこんなに俺は頑張ってんのによ」
「お前と千奈はまったく立場が違うんだけど……」
流石に呆れ返った大和。コイツはいったい何を言い出すんだ。
「それにあの子はいま入院中……なんで千奈が街に出ているんだ……? たしか絶対安静だったろ」
大和が報告書をもう一度見直してもう一度呆れ顔。この子もこの子で何やってんだ。
複雑な表情で画面を睨んで、やがて静かに問う。
「雷同。あの子を学園にやって正解だったかな?」
「突然シックなコト言い出してんじゃねぇよ。それは俺たちが判断していいコトじゃねえ」
雷同らしい割り切り方だ。だが、櫻井の在り方に対してそれを助長させた責任を大和は感じている。
櫻井がIS学園に派遣された理由は単純に大和たちが櫻井を学校に通わせたいという個人的な理由が大きい。が、そんなコトが理由で“櫻井千奈が学校に通うコトは許可されない”。
櫻井がIS学園に仕事として派遣されるコトに選ばれた―――もとい大和たちが上層部を納得させた理由はいくつかあるが、その中で最たるものは三つある。
一つ目は、織斑一夏の教育だ。櫻井をはじめ護衛を派遣するにしても一夏自身が自衛、最低でもその『いろは』は学んで欲しいというわけだ。
二つ目には治外法権のIS学園の内情を知るためだ。IS学園は日本にあるが、日本政府や自衛隊にとってもその内情はほとんど不鮮明だ。各国から教師として人員を派遣されるがアクセス権は低い。よって櫻井がIS学園に直接雇われている織斑千冬の弟を護衛するコトによって懐を探ろうというわけだ。……それは櫻井の職業倫理によって、見事空振りに終わったわけであるが。
三つ目に―――これはもっとも重要であることなわけだが、単純に櫻井の有事処理能力故である。櫻井千奈は、『とある条件下』において“ISを制圧できる”からだ。
しかしそれは同時に、“生身でISに相対しなければならない”コトを意味している。
なんとなく暗鬱とし始めた大和の空気に、居心地悪い雷同は話題をすり替える。
「ま、アイツと織斑一夏は気が合うだろうよ」
「んー、そうかもねー」
けっ、と吐き捨てた雷同に大和は打って変わって朗らかに同意した。
櫻井を表面上でしか知らない人間が聞けば耳を疑うような会話であるが、二人は一夏についての報告書を読んで織斑一夏と櫻井千奈の本質は変わらないように思っている。
先日の無人機襲来事件において櫻井は一夏に自衛官の本質を語ったが、当の本人は自衛官という立場を自分の目的のための便利程度の思い入れしかない。もしもこの二人が一夏への櫻井の説教を聞けば「お前がそれを言うのか……?」と呆れたに違いなかった。
櫻井にとって、自衛官とは身内を守るための『道具』でしかない。
櫻井は身内に危害が及んで必要を迫られれば、さっさと自衛官なんて立場を捨てて文官だろうが山賊だろうが何にでもなるだろう。それぐらい櫻井は身内に対しての情は深い。
根本的に二人の決定的な違いは、一夏は感情を率直に表すのに対し、櫻井は感情にいちいち理屈を付けたがるコトだろう。
だから、櫻井は一夏の行動に苛つく。
敵と認めたら即戦争、の櫻井が苛立ったまま数週間もずるずると織斑一夏の扱いを先延ばしし、あまつさえ任務とはいえ休日の外出に付き合うなど奇跡とも言えた。また、大和にとってはたいへん微笑ましいものである。
「それにしてもあのヤロウがそう簡単に更正されるもんかね」
「大丈夫だよ雷同。はじめに比べば彼は変わったよ。無意識だろうけど考え方を改め始めたのはイギリスに行ってからかな?」
「俺は奴の後片付けに駆けずり回った記憶しかねぇがな」
「子どもの尻をふくのも親の役目さ」
大和は好き勝手に物言うと小さく笑いながら郡庁室から出ていった。
一夏と箒たちの不幸にも偶然の再会を果たした三十分後。三人は並んで商店街のアーケードをくぐっていた。
「ほう。エレナはすでに櫻井の妹と会っていたのか」
「昨日病院でばったり会ったっス。いやー、織斑先生系の超美人さんっスよ」
興味深い様子の箒に、エレナはいつもより一段と天真爛漫な笑顔で説明する。その笑顔がどこか空々しく見えてしまうのは箒の錯覚だろうか……?
“なんかあったのかな……?”
などと。想像はしてみたが直接訊く勇気はなかった。
コレ以上に会話を引き伸ばしたら地雷を踏みそうだ。と箒は話題の転換を試みた。が、
「そういえば、一夏はなぜこんなところにいるのだ?」
「「―――…………、」」
見事にアトミック級の地雷を踏んづけた。
マジか、マジなのか。お前もなのかブルータスよ。
エレナは織斑一夏にしか向けられたコトがなかったであろう珍獣を見るかのような目で箒を見た。
……これはもはや、箒の恋が敵わないのは本人の問題ではないのだろうか……?
一方で、一夏はどうしたものかと真剣で悩んでいる。誕生日プレゼントを買いに街に赴けば、本人に出くわした。挙句、当人に「お前は何をしに来たんだ?」と問われる始末。バレなかったが心境は複雑。脈のなさすぎさに泣きそうだ。
その場はなんとか誤魔化して、一夏はどうしたものかと考える。正直に誕生日プレゼントを描いに来たと言っても良いのだが、それはなんだか味気ないような。
正直者の箒に隠し事をするのはなんとも心が痛むが、そこは辛抱だ。
この街に来たのは初めてだと言いつつも、先導するように雑多とする界隈を泳ぐように歩くエレナ。一体どこに向かっているのかと訝しながらついていくと、やがて一際大きな建物の前で立ち止まる。
「ここに入ろーっス」
くるりと振り返って示したのは、ここら近隣ではもっとも巨大なショッピングモールだった。
見上げて一夏はひそかに顔を曇らせる。量販店であるこういったショッピングモールよりも個人経営の小さな店のほうが個性があってプレゼントには向いていると思っているからだ。
しかし、そう思っているのは割高だからデパートに足を運ばない一夏の勝手な思い込みでもあり、ショッピングモールのなかには個人のテナントが多かったりするものであるが。
とはいえ、そんな一夏の懸念もわからなくもない。こういった場所では万人受けするような商品しか売っていないのもまた事実だ。
一夏の無言の抗議を受けて、エレナはフッと悲しげに嘲笑う。その笑みは何もかもを諦めた悲哀の色を出しいていた。
「こういうところでしかホーキの服は合わないスよ。―――サイズが」
大きすぎるとそんな悩みが……ッ!!!
一夏は雷鳴の衝撃を受けた。
女の買い物にはこれまで何度か付き合ったコトがあったが、実姉である千冬は美乳で収まるサイズであったし、本人の名誉のため実名は避けるがセカンド幼馴染Rちゃん(15歳)は箒と比べてしまうのも悲しくなる大きさ、もとい小ささだ。彼女が聞けば間違いなくカルチャーショックを受けるに違いない。
確認も込めて本人を向き直ろうとすると、顔を真っ赤にした箒に殴られた。
それから一時間後。
女の買い物とは長いので男は苦労するというのが一般的な風説であるらしいが、織斑一夏には当てはまらないらしい。
千冬は着るものに無頓着であるし、鈴もサバサバとした性格のせいか決めるのが早い。
箒の服を選んでいたエレナはセンスが良いというか勘が良いのか、適当に選んでいるように見えてピッタリと箒の好みと第三者目線のセンスを的中させていた。
一夏が強いて困ったコトといえば、美少女二人につれられて買い物をしている一夏への視線がキツかったコトだろうか。時折これみよがしと聴こえる舌打ちで生きた心地がしない。
エレナと箒の買い物が終わったところで三人は雑貨店にいた。
このショッピングモールはビルにビルを連結させていて、見た目以上に中は広々となっている。
日曜日とあってか人口密度は殺人的に多い通りほどではないものの、歩くのに苦労するぐらいには多かった。もともと箒が出歩くのが嫌いな理由がそれだ。人見知りする生来の性格に加え、十年前のあの日からの体験から人好きしなくなっていた。まわりのすれ違う男性から自覚のない容姿の綺麗さや自覚のあるコンプレックスである胸の大きさも理由だったりする。
そんなわけでエレナは箒に気を使って雑貨店などに連れてきたのだろう。確かに、箒は流行のスカートよりも、機能性のある文房具に歓声をあげるタイプではある。その自覚があって少し哀しいのだが。
それはそうと最近の雑貨店にはいろんなものが置いてある。それはちょっとした美術館のようなもので、デザインで言うならば審美眼など持ち合わせていない箒には大した差はない。
妙にねじれ曲がったガラスコップや小指ほどのサボテンを物珍しげに眺めていたところ、場違いなものを発見する。
「本? いや、ブックカバーか……? むう……、小物入れ…なのか……?」
一見して普通の分厚いハードカバーの新書判。しかしここにある、きっと開発者のネジはゆるんでるに違いないオブジェクトの中では異彩を放っている。手にしてみれば軽い。さらに本ですらない。開いてみればタッパ状となっていた。
はて?、と不思議に首をかしげていると、一夏がやってきた。何か買い物をしていたのか、数十分ほど見当たらなかったが戻ってきたようだ。
「ああ、そりゃ弁当箱だよ」
「な、なにっ……!?」
箒は驚いて弁当箱(仮)を二度見した。……確かに、よく考えればタッパになっているのだしそのように見えなくもない。
箒は世にも奇妙な珍動物発見、といった顔で両手ほどの本型弁当箱をしげしげと見る。
「……なんで本の形をしているのだ? 縦に仕舞ったら中身が偏ってしまうだろうが?」
「……さあ? デザインだとしか言いようがないな……」
妙に現実的な問題点を言う箒に、一夏はそう答える他ない。そも、一夏とてそう詳しい事情も感性も持ち合わせていなかった。
「ではこれはなんだ?」
次に箒が手にとったのは水滴の形をした薄いガラスの器だ。口をコルク栓で閉じられたその中には粉末のようなものが入っている。見ようによってはファンタジー映画の魔法道具にも見えなくもない。
「ああ、それは結晶育成キットだな。熱湯を入れて何日か放置しとくとなかで結晶が育つってやつ」
「ほう」
上の棚に掲示されていた育成経過の写真と説明書を読みながら、箒は興味に目を輝かせる。
「なるほど。知ってるぞコレ。アレだな、中学校の時に理科の実験でやったことがある。あの時はミョウバンだったがな」
なんとも箒らしい感想だ、と一夏は思った。普通の女子ならもっと別な感想が出るのではないだろうか。
しかし、それは別に悪いコトではないのだろう。普通とは平均だというコトだ。それより上であれ下であるかは分からないが、それは個性だと思うのは自己弁護だろうか。
次の棚へと足を運ぶ箒の手には件のガラスの器が。
「買うのかそれ?」
「うん、エレナも喜びそうだ」
そう自分でも知らず箒は微笑みながら歩いていく。
箒にバレないようにプレゼントを購入するのは大変だったが、彼女の希少な自然の笑みが見られたのならついてきたかいがあったものだ、と一夏はその後ろ姿を追いかけた。
店と店を渡り歩いていく。思っていた以上に個性に彩られた店は箱庭のようで、二人は知らず知らずに個性的(ユニーク)な商品を見物しながら見て回る。
――――――そこへ、
「迷子のお知らせをします。IS学園からのお越しのエレナちゃん、十五歳。エレナちゃん、十五歳。保護者の方は一階のサービスカウンターまでお越しを―――」
「「エレナーーーッ!?」」
放送を聞き、急いで一階のサービスカウンターまで駆け付けると、涙目のエレナがミサイルのようにすっ飛んできた。
「もうっ! なんで二人とも勝手にどっか行っちゃってるんスかーっ!? 走り回っても呼んでも全然返事しないしっ! ケータイまで通じないしっ!!」
「す、すまないエレナ。……ところで、その飴玉はどうした?」
「いっしょに保護者がくるのを待ってた迷子に貰ったっス」
「……、」
見やればカウンターから四歳児ぐらいの可愛らしい女の子がエレナに元気よく手を振っている。エレナもそれに元気よく手を振っている。両者の違いを見つけるのは困難だった。
気がつけば時刻は午後三時半。
エレナが喫茶店でお茶をするコトを提案した。バツの悪い二人にそれを拒否する理由はなく、こうしてややであるが過ごしやすくなった繁華街へと足を運ぶ。
繁華街の中心からやや外れて、人の質も変わり始めていく。部活帰りの学生の集団、忙しく走り去る営業マン、買い物袋を下げた親子連れ。―――エレナはそれをどこか眩しそうに眺めている。
明朗快活なエレナだが、箒はたまに彼女のコトが危ういように見えるコトがある。触れば崩れるような砂細工のようで、箒はそれに触れるコトができない。
その時、エレナがピクリと反応した。それは前ではなくエレナのコトを注視していた箒だからこそわかった僅かな変化。
エレナの眼に、微かな怒りと殺意が宿る。
「エレ―――」
「あー、なんかマズったっス」
意に反してエレナの口調は軽い。表情も困ったといったぐあいだ。しかし、そのわりには呑気に頭をかいている。
「ん? どうかしたかエレナ?」
「追手―――、というよりストーカーがいるっス」
「―――は?」
驚いて一夏が振り向こうとしたが、グリんっ!、とエレナに首を強制的に戻された。
「不用意に気がついてますってアクション起こしたら、もっとわかりにくい手でくるからやめたほうがいいっス」
「……うんわかった。だから次は拳じゃなくて優しくお願いします」
「善処するっス」
なんだかこういう容赦のなさが櫻井に似てるなー、と思わなくもない。だから波長も合うのだろうか。
できるだけ平素を装いながら箒が訊ねる。
「それにしてもよく気がついたな」
「そりゃあ、怪しいヒトがデパート入る前からずっと後ろにいたらヤバいヒトっス」
……全く気が付かなかった。というよりもよもや本当に自分たちが尾行されているという自覚もない。
「後ろに二人、反対側の歩道に一人。プロでもないけど素人でもないとすると、小遣い稼ぎに雇われた下っ端ギャングっスかね?」
「ヤクザのコトか?」
「そーそーそれっス。オトシマエに指切ったりハラキリしたりするんスよね?」
エレナはいまや絶滅危惧種となっているであろうヤクザ像を語る。
「でもなんでだ? なんか意味あんの?」
「ワタシも専用機持ってる代表候補生だから可能性が無いってわけじゃないっスけど、二人はいろいろと有名人じゃないっスか」
エレナに言われて箒は苦々しい顔をする。姉である束がISを開発したせいで幼少期から各地を転々としてきた苦労を思い出したのだ。
「マジかよ……。え、まさか暗殺とかされねーよな……?」
「んー、ホーキだったらシノノノ博士を誘き出したいから誰に攫われても五体満足の丁重な扱いを受けると思うっスけど。イチカくんは……ドンマイ」
「なんでっ!?」
エレナの半分諦めな言い分に一夏は悲鳴を上げた。
「いやーイチカくんは危ないっスよ。ISを研究してるヒトたちからすれば遺伝子レベルでバラバラにして研究したいだろうし、逆にヒドい男尊女卑がISのせいでそのままひっくり返った中東国の新興組織からすればそれをまたひっくり返す可能性のあるイチカくんは分子レベルでバラバラに殺害焼却してしまいと思ってるっスよ。それプラス拉致ってしかるところに売り飛ばせば大金持ちになるから全く関係ない組織もイチカくん拉致ろうと虎視眈々と狙ってるだろうし、イチカくんちょーモテモテっス」
「おぉぅ……、」
知りたくもない事実に目眩がする。箒も流石に同情した。
「つーか、勝手に外出して襲われましたって櫻井に殺される……。たとえ拉致されて助けられてもその後殺される……」
「あー……」
幼馴染の不遇の人生に箒は遠い目をした。とはいえ、
「いや、そもそも護衛の櫻井はどうしたのだ。妹さんと遊んでるアイツが悪いんじゃ」
「そ、そうだよな! まだ挽回のチャンスは―――!」
「いやいやー、絶対安静で入院してるセンナくんを連れ出したイチカくんもどうかと思うっスけど」
「うぐっ!?」
致し方ない事情があったとはいえ、無理に櫻井のコトを連れ出した一夏に非があるわけで、彼の未来は真っ暗だった。
「で、エレナ。櫻井がいないのを言ってもしょうがない、この場合はどうするべきだと考える?」
箒はエレナに選択権を託した。思考放棄とも言えるが、エレナなら託せる。
エレナの表情が切り替わる。流石というべきか、先ほどの弛緩した雰囲気が一切無い。
「常識的に考えてIS学園に引っ込むのが一番っス。ただここからだとIS学園に行くには駅を使うわけっスけど、ちょっと遠いっスね。時間は午後四時。いまから三十分以上かけて駅に行くとなると帰宅ラッシュに巻き込まれるっス」
「うーん……、そういう人混みに紛れて尾行とかもまくって手はどうだ?」
「それもいいっスけど、もしもの時に身動きが取りづらいのと人を巻き込みやすいから避けた方がいいっス。それに、ああいう人が多すぎるところだと自分が誰に何をされたのかが把握できないっス。スリの手口と同じっスね。殺害目的なら防げない」
エレナの考えに頷いた。確かに、無関係な人を巻き込むのは良くない。
さらに、ISによって男尊女卑がひっくり返った中東国では反動で酷い女尊男卑が広まり始めている。無論、国全体ではなく一部の権力者であるが、それらを覆す可能性のある一夏は邪魔で仕方がないはずだ。一体何が起きるかわからない。
「尾行は把握してるだけで三人。多く見積もってさらに二人。まさか、こうあからさまにストーカーだけして素直にお帰りになるわけもないっスから何かしらのアクションを起こすはずっス。でも向こうもイチカくんが専用気持ちであるコトぐらいは知ってるはずっスから何らかの準備はしてると思うっスけど……」
「ぐ、具体的には何を……?」
主な被害者になるであろう一夏と箒は恐る恐るといったぐあいで訊ねた。
「こういう手合の最大の武器は組織力っスからね。死体の遺棄なんて個人レベルじゃいまや不可能に近いっスけど、組織力を使えばあっという間にコンクリートに埋めたり海に沈めたりできるっス」
ビクリと怯える箒。一夏も顔が青い。映画やドラマでそういったシーンがあるが、アメリカ人のエレナがそういうと本気度が違う。
「で、ではどうするのだ……?」
「ここは誘き出す手で、相手の触覚を取ろうっス」
「触覚?」
「日本のギャングがイチカくんやホーキを狙う可能性は無くはないっスけど、そういう犯罪組織っていうのは自分にできるコト以上の大掛かりなコトはあんまり手を出さないっス。そうなるといま尾行してるのは小遣いに釣られて雇われた下っ端もしくは大体的に手は貸さねぇが手伝いぐらいならやってもいいぐらいの気概しかないっス」
「つまり、末端の下っ端をどうにかすれば向こうは手を引くって?」
「ノーリスクに犯罪するには組織のブロック化は基本っスからね。こっちがホンキで潰しに来て警戒してるってわからせれば勝手に引いてくれるっス」
な、なるほど、と一夏と箒は頷いた。エレナの意見は淡々としていたがわかりやすく、素人である二人には否定材料はない。
「でもどうやって誘き出すんだ?」
「適当に路地裏に引っ込めばいいっス。もし向こうが来なければIS学園に応援を呼べば良いし」
飲食店の多いこの界隈では路地裏は広く作られていた。処狭しと横一列に並んでいる飲食店では生ごみは多く出るが表に出すわけにも中で保存しておくスペースもない。だから裏口から外に出しておけば、とりあえず表も中もキレイに映るよう路地裏がちょっとした通路のように広く作られ、ゴミの収集業者もなかで作業しやすいように都市設計されていた。
たしかに、そこならば誰かの眼に映るこコトもあるまい。思う存分にISを部分展開してブチのめせる。
エレナの作戦はわかった。しかし、箒は難しい顔で唸った。
「むう、だが少し危険なような……」
「相手の武装はせいぜい隠し持てる程度っスよ。専用機は一部でも展開すればエネルギーシールドの一次層を展開するっス。拳銃弾どころかライフル弾も防げるっスよ。だからホーキは安心してワタシたちの後ろにいれば大丈夫っス」
もともとは大口径アサルトライフルの銃弾をサブマシンガンのような感覚でバラ撒くISのシールドだ。人が扱う程度のチャチな鉄砲玉など文字通り豆鉄砲である。
エレナは箒を安心させるようにそう言ったが、箒が抱いた感情は少し違ったようだ。
(”また”、か……)
そう言って胸を張って危険なコトに立ち向かえるエレナたちが眩しかった。自分が一夏やエレナ、セシリアたちにそれほどまでに大きく劣っているとは思っていない。いや、劣らないように死ぬ気で努力してきた。
―――それでも、専用機がなければ意味がない。
もはや慣れてしまった無力感、煮えきってしまった自分への不甲斐なさ。先日の機械の人狼との戦いで見えないほどに遠くに感じた彼女の姿。
箒は顔を俯かせて、寂しそうに言う。
「そ、そうか……。やはり、凄いのだな専用機とは……」
「―――ふふん。ダーイジョウブっスよホーキ。誰も置いていかないしそれどころかホーキはワタシたちのところまですぐに追いついてくるっス。
”それはわたしが保証する”っス。
――― さあ、イチカくんはホーキを全力で守るっスよ。ヒロインを守るのはヒーローの役目っスから」
そう、楽しそうにエレナはニヤニヤしている。
言わんコトの意味を理解して箒の顔は真っ赤になり、そんなコトを察する能力があるはずもない一夏は任せろと頷いた。
「ああ、ありがとう。任せたぞ」
よしきた!、とエレナは自分の胸を叩いた。
路地裏はとにかく汚かった。猫にでも引っ掻かれたのか破けたゴミ袋からは異臭を放つゴミが散乱している。壁には赤いスプレー缶で英語圏のエレナがかろうじて読めるストリートアートが彩っている。
不良たちが溜まり場にしていたら厄介だと考えていたが、この悪臭ならばそれはないか。
三階まであるビルが両側に並んでいるせいか、路地裏は夕方という時間帯以上に暗く感じる。足元を見るのには不足はないが、暗いとはやはり原始的な恐怖があった。路地の通路はL字型をいくつか組み合わせたような奇妙な折れ曲がり方をしていた。二度曲がり角を曲がったところで、前後から駆け足が反響して聞こえてくる。
前からもするというコトは相手はやはり複数だったというコトか。そして地理にも明るいので情報提供しているもの、もとい雇い主はそれなりの規模であると推測される。チンピラ程度ならこんな稼ぎにもならない場所の地理など知る由もない。
一夏と箒の表情が緊張で引き締まる。エレナは油断なく袖口から手のひらサイズの特殊拳銃を取り出した。いくら専用機があると言っても、生身でもコレぐらいの用心はしてきている。材料は基本的に木とアルミでできているので金属探知機にも引っ掛からない。
前と後ろから同時に男が現れる。前に一人、後ろに二人。
一夏とエレナは箒を挟むように立ち、ほぼ同時に専用機の頭部のハイパーセンサを展開させた。
これで5,56mm以下の弾丸は一切通さない。あとは一方的に相手をぶっ飛ばすだけだ。
エレナは躊躇なく哀れなチンピラに拳銃の照星を添えて―――
「――――――え、?」
思わず目を疑った。男たちはどこに居てもおかしくないような夏服を着ている。そして腰には、やはりどこにでもあるようなやや大きめのウエストバッグを留めていた。だから、相手の武器サイズが拳銃、大きくてもピストルマシンガンという推定は当然だった。
問題は、使用弾薬を見誤ったコトであって。
男たちはウエストバッグから長方形状の金属帯を取り出した。止め金を操作すると、バチン!、と音を立ててその全容を表す。
金属帯は、一見するとトンファーのような形に変わった。最低限の握り手と、あまりにも長い銃身。
男はそれを”ブルパップ式のライフルのように構える”。
アレはライフルだ。
エレナはその銃を知っていた。
その銃には、”名前はない”。なぜなら、その銃はアメリカで秘密裏に開発されたばかりで、そしてその『使用用途』の理由から絶対に存在しては出てはいけない代物だからだ。
その銃はパソコンほどのサイズだが、止め金を解くと50cmほどの全長になる。銃と言っても構造は簡単。通電させた電熱によって棒状に固定られる形状記憶合金の金属筒は銃身に、あとは薬室と激発装置、引き金しか無い。
装弾数は一発。再装填には専用の工具で分解が必要であるなどもはや銃と呼ぶのもおこがましい代物。
ただ、そんな原始的な銃のもっとも恐ろしい点はその口径にある。
その銃の口径は12.6mmにも及んだ。無論、専用に炸薬の量も減らしているがとてもだが反動を殺しきれるものではない。そもそも、それは”生身で撃つコトを想定していない”。
だから、いま男たちが生身で構えているのは無謀とも言える。
しかし、もしも、―――そんなコトを考える必要もない近距離ならば?
なぜこの銃がこんなところにあるのか、無駄な思考を切り捨てエレナは自身に向けられているライフルを無視して振り返る。男は三人、特殊拳銃には装弾数は二発しか無く、再装填している暇はない―――!!
振り返った先では二人の男が、一夏と箒に接近していた。アレが本来の使い方。銃ではなく叩きつけて引き金を引くパイルバンカー。そして、その威力はISのエネルギーシールドを貫徹し、肌が触れるほどの接射された弾丸の運動エネルギーは絶対防御でも打ち消せない反作用の力で内蔵を破壊する。
そう、アレは、”ISを持たないものがIS搭乗者を殺すために作られた武器”だ。
切羽詰まったエレナは叫んだ。後ろから自分に駆け寄る足音が聞こえるが、それはワタシが背負う責任だ。
「二人とも伏せ―――!!」
なんとも不謹慎な話であるが、ここでもまたエレナの思考が停止してしまった。それはエレナを殺そうと駆け寄ろうとした男も同じで、彼女の視線の先を辿って立ち止まってしまった。
一夏と箒に駆け寄ろうとした一人が、前方へと思い切り転倒した。
相棒の無様な転倒に足が止まるもう一人の襲撃者。その不自然な転倒は背後からの攻撃を意味する。
立ちすくんでいた一夏と箒の足元へ、襲撃者へ横槍ならぬ後ろ槍を入れた何かが転がる。デフォルメの牛のキャラクターが描かれたホットココアのラベルが上を向く。
そして、襲撃者の男へと背後からそれをブン投げた『彼女』は少しバツの悪そうに視線を逸らしながら、この場にいない誰かに言い訳をする。
「ホントは見てておくだけでいいって言われたんだけどね。これはしょうがない。うん、しょうがない」
呆気を取られ、空気が停滞する中で、彼女を知っているエレナが目を輝かせて、頼れる彼女との再会を喜んだ。
「オリエーっ!」
「うん、昨日ぶりね。エレナ」
櫻井千奈が妹と自称する『彼女』―――大和織江は落ちていた鉄パイプを拾い上げた。