正義と、大義と。   作:新田良

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 超短いです。そして新田良の趣味全開


第二十五話 『都会の森の魔法使い』

 

 

 

 

 街に夏の入り日が差し込める。

 

 

 鉄筋コンクリートの森に暗鬱とした陰影を刻み込んでいる逢魔が時。

 

 

 街の人並みもその質を変えようとしている。

 

 

 木立のように立ち上がるビル街。

 その一つの屋上で、一人の女がいた。正確には、女のように見える、であるが。

 

 

 女の格好は奇妙だ。全身をくまなく覆う光沢のあるスーツ。顔まですっぽりと覆われて、顔には話すための口の穴も、見通すための目の穴もない。

 

 

 マネキンのような姿。かろうじて膨らんだ胸部が、マネキンが女性であるコトと、マネキンが生きているというコトを証明している。

 

 

 周囲には女のいるビルよりも、更に高いビルがいくつかある。背の高いビルから見下ろせば、ビルの屋上でうつ伏せになっている真っ黒いマネキンはとても目立つだろう。

 

 

 だが、まわりからは女の姿は見えない。目立たない、のではなく見えない。

 

 

 女が特殊な布をかぶっているからだ。布と言うよりも、毛布のような分厚い布だ。そして、重さはそれよりもいくぶんか重い。抱え走るのにはちょっとした苦労がいる。

 

 

 その布は、まさに魔法の布だった。正直に言うと、最新の科学技術の結晶。その毛布をかぶると表面の極小のLEDと光ファイバーの組み合わせが、まわりの風景に溶け込むように色を変化させるのだ。

 

 

 女はそれで全身を覆っていた。そのおかげで女の姿はカメレオンのようにビル街に溶け込んでいる。

 

 

 無論、近くによればすぐに違和感に気がつく。それでも、離れたところに潜伏するには充分すぎるほどの魔法だった。

 

 

 女は昔読んだお伽話を思い出す。かつて魔法が繁栄した時代。しかし、突然科学技術がパラダイムシフトしてあっという間に魔法が消えてなくなってしまった話だ。

 

 

 女は、たしかに、そうなのかもしれない、と思った。

 

 

 たしかに魔法のようだ。

 かつて、本当の魔法が世界からなくなってしまったのも、しかたがないのかも知れない。

 

 

 なにせ、数kmも離れた人間を、まるで手に取るような近さで見るコトがかなおうとは。

 

 

 女は手にした双眼鏡を覗き込む。

 

 

 そのガラスの屈折が生み出した風景には、一人の少年が見えていた。否、独りの少年だ。

 

 

 少年はどう見分けているのか、女が雇った用心棒を次から次へと路地裏に引っ張り込んで実に手際良く片付けていく。

 

 

 “やはり”あの少年は一般人ではない。

 

 

 女は少年の観測を続けていく。どうせ使い捨てカイロのように買った手下だ。どれだけ失おうと痛手ではない。

 

 

 そうして、とうとう少年は女が抱え込んだ用心棒を独り一人残らず刈り取ってしまった。

 

 

 『織斑一夏』を見送る少年。その後、伴っていた少女も車に預けて、独り歩きだした。

 

 

 手足が長く細いのに、ひょろリとした印象は受けない。まるで年輪を刻んだ樫の木のよう。髪は黒く、漆黒。手入れせず伸び放題の髪は寝癖が付いている。

 

 

 どこにでもいそうで。どこにもいない。

 

 

 たった独りきりで。

 

 

 とくになにかをするわけでもなく。

 

 

 灰色の世界で、その少年だけが浮いている。

 

 

 あまりに純粋な歩み。

 

 

 女は違和感を感じた。

 

 

 ……なんだ?

 

 

 理由は不明。もとい理解不能。直感じみた怖気は言語で表せない。

 

 

 女は潮時だと判断し、少年から視線を切ろうとした。 

 

 

 のに、女は立ち止まってしまった。

 

 

 “目が、あった”

 

 

 ありえない。女はまずそう言い聞かせる。

 

 

 直線距離にして5kmを越えて、都会の空気にその姿は霞んで見える。そして、自分は魔法の布をかぶっているはず。

 

 

 ありえない。視認できるはずがない。

 

 

 それなのに、真っ黒の瞳はたしかな確信を持って。見ている。じっと。真っ直ぐに。いっさいブレるコトなく。

 幾重にも重ねた、超精密に形作られたガラスレンズを通して、目が合った。

 

 

 ‘―――よかった’

 

 

 声は聞こえない。それでも、唇がたしかにそう発音した。

 

 

 人が何人も行き交う雑踏の中で、彼だけが色濃く映る。

 

 

 まさか、まさか。まさか。

 

 

 女の頭の中でさまざまな『まさか』が飛び交った。

 

 

 まさか見えているのか? まさか気づいていたのか? まさかすべて知っているのか?

 

 

 自分は魔法の布を使っているのに。魔法の目だって使っているのに。どうして―――

 

 

 疑念が恐怖に変換され、女の足が震えだした。

 それでも、女の足には力が入らない。

 恐怖ではない。確信だ。

 

 

 アレから目を逸らしたらいけない、と。

 

 

 ‘ああ、まだ遠くに行ってなかった。―――ありがとう’

 

 

 少年は、子どものような笑みをたたえる。その唇から礼が紡がれた。

 

 

 たしかに、少年は女へ話しかけている。向こうの声はこちらへと届かないはずなのに。こちらの姿は向こうへと届かないはずなのに。奇妙な体験。

 

 言語で構成されているはずなのに、理解が出来ない。

 

 

 なぜ、礼を言われた? 

 

 

 その疑問は、すぐに解き明かされた。

 

 

 少年の口から語られる。

 

 

 妹と久しぶりにゆっくりお茶ができたとか、妹がIS学園へ編入しに来るらしいとか、妹に友達ができたのは嬉しいけど息がぴったりに僕をイジメてくるなど。

 まるで子どもが川で見つけた宝物を自慢するような。今日はとても良い日だったと締めくくられた。

 

 

 今日はとても良い日だった。

 

 

 拳銃で撃たれて、ナイフで刺され、敵を倒すために走り回っていたはずなのに、彼はそれを『良い思い出』と言う。

 

 

 だから、ありがとう。

 

 

 女は理解が及ばない。

 

 

 コイツは、いったいなにを言っているんだ……?

 

 

 ‘―――それは良かったんだけど、ところで、―――’

 

 

 楽しげだった少年の顔が、驟雨のガラス窓のように曇る。

 

 

 遥か遠い彼方で、顔だけ向けていた少年の半身がこちらを向く。それは、少年の戯れ言がハッタリなんかではないコトを如実に示していた。

 

 

 どうして。どうして少年はこちらの存在に気がついた? どうして少年は肉眼での目視もできないような距離で真っ直ぐにこちらの姿を見るコトができる? どうして少年は、―――まるで今から歩いてくるかのように振り向いた?

 

 

 ―――それは、あたかも魔法のようで。

 

 

 女は逃げ出そうと腰を浮かす。

 

 

 屈折された風景の中で、少年の姿が―――消えた。

 

 

 

 誰かが肩に手を置いた。

 すぐ後ろから、声が、聞こえる。

 

 「―――ところで、織江たちが危険な目にあったんだけど、どうしてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




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