先日の騒動―――――― 一夏の内心で、篠ノ之箒誕生日事変とひそかに名付けられていたあれから一夜明けてさらに一日経った今日この日。
本日の学業を終えて、部屋へとトコトコと戻ってきた一夏はドアの前ではたと止まった。
自室のドアが僅かに開いている。
「……なんかデジャヴだな」
と、つい一ヶ月ほど前のコトなのに、すでに懐かしい記憶として記載されている場面に思わず頬がほころんだ。理由はないが、あれから随分と達成感のようなものを感じたらしい。
一夏は自分でも笑っているコトに気が付かないまま、自室のドアを押し開いた。
「おー櫻井。病院から帰って―――なにぃっ?」
と、思わずおかしな声をあげるのだった。
学園で数少ないプライベートである部屋には、武器、武器、―――武器。拳銃から始まり、アサルトライフル、古めかしいレバーアクション式のショットガン。さらには、対戦車ミサイルと思われる物品まで。
床はもちろんのコト。机、挙句の果てには神聖なベッドの上にまで、ところ狭しとあらゆる武器弾薬が並べられていた。
無論、一夏の私物でも寮の公共物でもない。だとすれば、これほどものが部屋のどこに隠されていたというのか。狙撃による暗殺のまえに流れ弾による誘爆で死ねる。
「待て待て待てっ。なんだよこれは、櫻井!」
一夏は足の踏み場もないような床を、つま先立ちでひょいひょいと飛び越える。うっかり誤爆させようものならとんでもないので、死のハードルを飛んでいるともいえそうだった。
二つあるうちの廊下側のベッド、つまりは一夏のベッドの上一面に新聞紙を広げていたその中心。櫻井は顔を上げた。
「よう」
「なに呑気に挨拶してんだよこの不良自衛官」
あいかわらずこの男とは価値観が噛み合わない。
呆れが一周回って逆に冷静に話しかけるコトができた一夏。
「なんだこれはと言われてもな。見ての通り武器の整備だ」
まるで常識を語るかのような自称自衛官。
なるほど。
確かに、ベッドの上に広げられた新聞紙の上には、分解された拳銃が転がっていた。
だが、肝心なコトがわからん。
「……どうでもいいけど、リボルバーって分解できるんだな」
ネジや小さなバネ単位でバラバラに分解されているリボルバー銃を見て一夏はぼそっと言って目をそらす。
どこかでリボルバーの利点は分解整備が素人でもできるぐらい簡単だという記事をネットで見たコトがあった一夏。
混乱が極まると思考がどうでもいいほうに流れてしまう。
「輪胴弾倉だって動作不良は起こす。安全だ安心だって確信するのが一番危ない。自動車でも自動停止アシストなんて機能があるだろ? あんなのに車を任せて自分は苦労せずふんぞり返ってる奴に限って事故を起こしたらすべて相手のせいにする。人間、確信して慢心して手間暇を省こうとするときが一番危ないんだよ。とくにこういう道具とかいざって時に作動しませんでしたじゃ命に関わる」
一夏は、またなるほど、とひそかに感心する。いかにも櫻井らしい現実的な意見だ。
だが、それでもわからん。
「まあ、そんなコトはどうでもいいんだけど。――― で、なんで俺のベッドの上で分解とか整備とかやってんの?」
「汚れるだろ?」
一瞬の沈黙。
「……なるほど。って納得できるかーっ!!」
と、怒りだした。当然である。
「なんでベッドの上!? しかも俺の! せめて机の上とか床でやれよ!」
「まあ、まて。これには深いわけがある。こんなコトやったら僕のベッドが汚れるだろ?」
水たまりのような浅い理由だった。ついでに泥のように濁っている。
一夏は櫻井の胸ぐらを掴むとぶんぶんと前後に振った。以前なら、恐ろしくてとてもだがそんな真似はできなかったが、成長したのかそれとも危険センサーが退化してしまっていたのか、今では平気でできてしまった。
「おおおお前! 俺のベッドなら汚れてもいいのかよ!」
「今日はベッドのシーツを取り替えるんだろ?」
そう切り返すルームメイト。そろそろ実力行使で抗議してもいいのではないだろうか?
そうなると間違いなく返り討ちに遭うのが哀しいところ。
まだ怒りに任せた抗議で済むところで、一夏は手を離す。
「たしかにそうだけど。お前は常識を身につけるべきだ。いったいどこの世界に他人のベッドの上で油臭い作業をする奴がいるんだ?」
「目の前にいるけどな。だがしかたがないんだ。そこに転がってる対戦車ミサイルを整備するのに硬い床だとちょっと苦労がいる」
とても納得できるわけではないがそれを先に言え。と、あいかわらず苦労の付き纏う友人(一夏の自称)にため息をついたのだった。
それにしても。
一夏は仕方なしに腰に手を当てて、部屋を見渡す。部屋中を埋め尽くす銃器はざっと二十は下るまい。
本当にいろいろあるもんだ。ここまでくるといっそ感心してしまう。
「―――……、」
ふと足元を見れば、『円状のアレ』を見つけてスルーする。……どうしよう、一歩も動けない。爆弾処理班へのご連絡は何番?
そうこうしてる内にも、櫻井は実に手慣れたように、手際良く銃の分解清掃組み立てのルーチンワークをこなしていく。
「櫻井、ちょっと訊いてもいいか?」
「ん、んー? なんだその前ふり。なんかヤバいコトでも訊きたいのか?」
「ヤバいっていうか、……なんか明らかにヤバいシロモノがあるんだが」
一夏の視線の先にはひとつの対戦車ロケット。簡素でありながら、そうであるからこそ見るものにシンプルなインパクトを残すそのフォルム。銃器に詳しくない一夏でもそれがなんなのか判る。
かの有名なRPG7。よくニュースなんかで登場し、漫画やアニメではゲリラ御用達の安価で強力な傑作ロケットだ。
……明らかに、自衛隊の官給品ではない。
なにやら傷とか汚れとか、近づき難い歴戦の重みを感じる対戦車ロケットを遠巻きに見る一般人。
一夏の視線を追って、その正体を見咎めた櫻井は、ああ、と頭を掻いた。
「ソレ僕の私物。拾った」
「拾ったッ!?」
官給品ですらなかった。そも、そんな道に落ちてるお金を拾ったみたいに言われても困る。
コイツはいったいドコでナニをやっているのか。
深まる謎に慄く一夏。所詮は弱者の自分には与り知らぬコト。
驚くコトさえに疲れて肩を落とす。と、どっと疲れがなだれこんできた。これから放課後の特訓だというのに体力が持つだろうか。体力よりも精神のほうが擦り切れそうだ。
「さて、と。まあ、こんなもんか」
うんと頷いてベッドの上に立ち上がる櫻井。昨日も思ったがどうやら怪我は大丈夫そうだった。
昨日は散々連れ回してしまった一夏は安心した。
櫻井が指をパチンと鳴らすと、部屋中を占領していた武器が光の量子となって消え去った。
手早く新聞紙を丸めると、まとめてゴミ袋に汚れた布といっしょに詰め込んだ。そして、シーツを引っぺがしてこれも丸めて部屋の隅へと放り投げる。
「――――――ん?」
顔を緩めたまま、また固まる。
なんか、いま当たり前のようにスルーされたんですけど……?
「―――待て待て待て…!! なんだいまの! マジック!? 種と仕掛けとドッキリの札持ったスタッフはどこっ!?」
「落ち着け織斑一夏。何言ってんのか全然伝わらない」
「今のだよ! さっきまで転がっていた武器はどこにいった!?」
部屋にところ狭しと並べられた銃器が一瞬で消えたのだ。混乱するのは無理もない。一夏の理解が及ばない。
「櫻井が指を鳴らしたらなんかパアァッって! なんだいまの!?」
「あれ。まだ話してなかったか? というか、織斑一夏は『いまに似た光景』を何度も見たコトがあるはずだ」
一夏は櫻井の言わんコトを理解する。いや、櫻井がさっき起こした事象について、知っているからこそ混乱しているのだ。
それが櫻井に伝わらなくてもどかしい思いをしながらも、一夏はなんとか言葉を絞り出す。
「“ISの量子収納”にそっくりだった……」
一夏の答えを聞いて、櫻井は首肯した。
だからこそ納得できない。
ISの量子展開と量子収納はISがISたる特徴の一つだ。質量保存の法則を無視した質量の圧縮データ化は武器弾薬はもちろんのコト、ISそのものをインストールするコトさえできる。
たしかに、櫻井が行ったさきほどの輝きは量子収納の反応光だった。
櫻井がその量子収納をやった。それは―――
「櫻井は専用機持ちなのか? いや、でも―――」
「そうだ。僕はISを操れない。だけど、起動と接続まではできる」
「つまるところ、櫻井は歩く弾薬庫なんだな」
その通り、と一夏のささやかな皮肉が通じないのかそもそも聞いていないのか、頷く何十万が一の確率の希少男子。
からくりはわかった。しかし、やはりそのワケがいまいちまだ読み取れない。
「たしかにISのコアがあればたくさんの強い武器を隠し持てるだろうけど、普通にISを使える人を呼んだほうが良くないか?」
ならば櫻井のさきほどの過剰な武器弾薬の正体がわかった。たしかに対戦車ミサイルならば使い方次第ではISにも手傷は負わせるコトができよう。
しかし、なんだか効率的ではない気がする。
ISのパス・スロットを使用して、多種多様の武器を大量に携帯するその発想はなかった。だが、円孔方木と言えばそれまでだが、逆に言えば誰もしなかったというコトは、誰も試さないほど需要のない不必要なコトなのではないか。
「なんだお前。女子に護衛して貰いたかったのか?」
それを言われると弱い。
仮に、櫻井ではなく見知らぬ女子が自分の護衛としてやってきた姿を想像して、一夏は弱々しく首を振った。
世間一般男子には悪いが、一夏の女子キャパシティはもう限界なのである。
「ま、そこのあたりは防衛機密だから話せないコトが多い。ただ便利だぞこれ。インストールさえすればなんだって持ち込めるからな」
「ふーん、それはたしかに便利だな」
生憎、一夏の白式はそんなパス・スロットの空き容量がないため、そんなコトはできない。
ただ、一般の専用機持ちでそんなコトをしている人はいないであろうが。
「それにしても、なんだか、豪快な使い方だな」
うっかり雑と言いかけて、一夏は部屋の隅に転がったゴミ袋を見る。
一夏が言いたいコトを察して、櫻井はそうだなと言うように頷いた。
「ISのコアが14基もある日本だからこその暴挙でもあるな。もともと平均的に6基ほどの所有数の二倍もあるから、日本じゃISのコアはわりといろんな実験機に回される」
所有数のシビアな他の国を尻目に、初秋数で大きく引き剥がすアメリカと日本は思う存分実験ができるというアドバンテージがあった。
櫻井が後片付けを終えて、丸まったシーツを抱えて立ち上がる。
一夏も、その後に付いて部屋から出た。
IS学園の食堂は、一般からするとかなり個性的なデザインをしている。
普段は鬼の守銭奴である櫻井も、いまさら文句を言っても何かが変わるわけでもないので嫌味程度で終わらせる。
一夏もその芸術性は理解できないが、綺麗で明るい食堂だと食事はおいしくなるし、自分お財布が痛むわけでもないのでもっとやれと内心応援していた。
一夏の自主練が終わって夕食時。もはやレギュラーメンバーとなっている一夏、櫻井、箒、そして代表候補生たちで隅の大テーブルを占拠している。
他の生徒も決まっているわけではないが、自然といつも同じ席に座るのが暗黙の了解となっていた。
そんな普遍の定位置に紛れる異分子が一人。場違いで言えば一夏と櫻井のほうが断然と上であったが、本日は一人追加でその席にいた。
「……織江、ホントに来たんだね」
いろいろと複雑な心境のお兄ちゃん(自称)。
向かいの席の彼女は深窓の令嬢のような静かな眼差しで、
「千奈がしっかりしないから」
などと、学校に通うハメになった元凶へと非難する。
これは織江の与り知らぬコトであるが、たとえ櫻井が失態をおかさずとも、遅かれ早かれ織江がIS学園に入学させられるコトになっていた。
織江は今日付でIS学園へと編入を果たしていた。もちろん、クラスは一年一組。そろそろ周りから不満がないかと心配になる偏ったクラス配分である。
はたして、学校嫌いな織江が馴染めるか、むしろ織江に学校が馴染めるか心配だった櫻井だが、どうやら杞憂らしい。これにはとあるアメリカ娘にも感謝せねばならない。
「というわけで、エレナに付け合せのタクアンをあげよう」
「うわっ、なんスかその微妙でトンチンカンな優しさ! 腹立つっス! トロールに「こういうミスもあるさ」とか慰められたほうがマシっス!」
トロールとは北欧神話に出てくる少々おつむの弱い巨人のコトである。
櫻井という人物像を詳しく知らない、そして、先日の無人機襲来事件時のやり取りを知らない一夏たちは、ダレだコイツ、みたいな胡散臭げな目で櫻井を見る。……入学当初の目の敵にしていた櫻井千奈はドコいった。
唯一の関係者である織江はただ静かにそのやり取りを眺めている。その目にどんな感情が込められているのかは判断が難しい。
櫻井がそんな織江の視線に気がついて、なに?、と言いたげに目を合わす。
織江は居心地の悪そうに身体をよじり、口を一度開きかけたが閉じて、一拍してから言う。
「足」
なんの脈絡もない単語を受けて、櫻井はテーブル下から覗く織江の足を見た。
白い肌は砂糖細工で作ったかのようだが、きちんと程良く筋肉がついた足は鹿の健脚を思わせる。細いが健康的で、なんだかエロい。短い黒のスカートと白い足は、コントラストになっていて、たいへん目の保養である。
要約して一言、素晴らしい。
顔を戻して櫻井が一度頷く。
「うん、織江の足は綺麗だよね」
皿が飛んだ。
額を押さえて打ちひしがれた櫻井へと、織江は目を合わせれば凍るような眼でしらっと見下す。
「千奈。あなたはもう少し黙ってたほうが格好良く映るから頑張って」
「お、織江。お兄ちゃん的に皿は投げないほうが大和撫子に映るから努力してくれ……」
「わたしはあなたの妹じゃない」
「せ、せめて善処しろ」
「――――――、」
織江はさらりと無視すると、櫻井の膳から食べかけだった天ぷらうどんの椀を引き寄せて当たり前のようにつるつると食べだした。
櫻井の膳には空の器が残る。
ちなみに、織江の発言の『足』とは、普段は絶対にスカートをはかない織江は居心地が悪かったのだが、それを言い出そうとしたが、結局はこれもいま言っても無駄なコトだと気がついて口をつぐんだのだった。
「櫻井、あんたってヘタれるタイプだったのね」
と、鈴。漬物は苦手というコトでたらい回しにされた哀れな黄色い大根をポリポリと齧る。
「身内びいきが過ぎますわ」
と、セシリア。普段からの櫻井の自分たちへの扱いが不満ならしい。だがしかし、鈴から回ってきたタクアンを右か左へキャッチアンドリリース。
回ってきたタクアンをしげしげと眺めるラウラ。無臭、だが色は白い大根と思えぬほど鮮やかな黄色。五秒ほど考えて、流す。
同じく漬物が苦手なシャルロットだったが、たらい回しにされるタクアンが可哀想に見えて、思わず最後の一枚を恐る恐る齧り出した。……塩辛い。酸っぱいザワークラウトとはまた違う単純で時間のかけられた味だ。
「いやー、センナくんはツンデレさんっス。で、センナくんはそろそろセクハラ発言を慎まないと後ろからザックリと刺されるっスよ?」
生徒会室でも主な被害者である楯無と虚の気苦労を知っている一夏は頷いた。
櫻井が中年の醜男ならお巡りさんで良いのだが、そこそこには見目が良くハイポテンシャルで実はコイツ黙ってればモテるだろと思われる櫻井がすると要らぬ誤解を与えそうだ。欧米でもセクハラはもちろん犯罪だが、褒め言葉でセクシーなんて使う国々なので受けが良い事もある。
友人としてアメリカ人として真摯なアドバイスだが、この男にどれだけ効果があるか。
「あ、でも織江ってISの操作がすごく上手いよね。あれって櫻井が教えてたりするのかな?」
なぜだか知らぬが、櫻井の態度が柔らかい。このチャンスは逃すまい、とシャルロットが二人に話しかける。
気難しい織江や櫻井と親交を深めるのはもちろんなコト、想い人の門番のごとく立ちふさがる自衛官をどうにかせねば恋も進まぬ。
そんなシャルロットの思惑をいち早く察知して、鈴はやるわねと感心する。
問われた織江は不思議そうに首を傾げ、櫻井を見た。そして視線を元に戻す。
「IS乗れない千奈が役に立つと思う?」
「シャルロット、失言っス」
「……うん、ごめんね」
「お前らなんなんだ……」
突然始まりだしたイジメに櫻井は苦い顔をする。
息の合ったイジメに櫻井の心境は複雑なものだった。織江に知り合いが増えて喜ぶべきか、自分の気苦労が増えて悲しむべきか。
「……とはいえ織江が来て助かった。最近痛感したけど、僕じゃ織斑一夏に近接格闘を教えられそうにない。凰鈴音でも良かったが織江のほうが向いてるかもしれない」
え!?、と一夏はぎょっとした。いまコイツなに言ったんだ?
蘇る先日の武勇。文字通り一蹴された哀れな襲撃者たちの姿が脳裏に映写される。……アレを再現しろと……?
あまりに恐ろしい発言。
慄く一夏の隣で、慌てた様子で箒が立ち上がる。
「―――ま、待て櫻井! それなら私がいるではないか! いままでもそうだった! なぜいまさら……!」
その狼狽っぷりを見ていた面々は同情する。
櫻井のそれは言外に戦力外通告。しかも、櫻井の判断とだけあって反論の余地がない。
この一ヶ月で彼がどれほど論が立つか思い知っている。
しかし、そんな勘違いのなか、箒の喉が震える。悲しみではない、嫉妬ではない。これは自己への憤りだ。
「―――ないからか……? それは、私に専用機がないからか―――?」
「ほ、箒……?」
見たコトがないような、予想外の箒の怒りを感じて一夏は驚く。彼女がこれほど悔しそうな顔をしているのは見たコトがなかった。
仲間たちも、そんな彼女の姿に口を出せないでいる。
一方で、櫻井は呆れた顔で箒を見返していた。櫻井は彼女の言いたいコトも、そのむき出しの感情を形作るナニかの正体も知っている。
だが、その恐ろしいまでの早とちりに目眩がしただけで。
「……理由は簡単だ。篠ノ之箒が剣道を極めすぎていて織斑一夏への指導に向いてないからだ」
「――――――は?」
その疑問の声は誰ものだったのか。少なくとも当事者の少女は頭の疑問符を払拭するので忙しいらしい。
「それは、どういう……」
「そのままの意味だ。篠ノ之箒は指導に向いてない」
「それはわかった、いやわかりたくないが。理由はなんだと訊いている」
「それも言ったとおりだ。お前は剣道を極め過ぎてるからコレの指導に向いてない」
コレ呼ばわりされた一夏は不満顔。思うに、もしかして自分はカースト制度の最底辺にいるのではないだろうか、と常にぞんざいに扱われる我が身が哀しい。
その一方、当事者である箒はと言うと、なんとなくであるが櫻井が言いたいコトがわかってきた。
これは、彼女が剣道をしているからこそ判る違いなのであるが。
「むう。つまりこういうコトか。私は『剣道』をやっている。だけど櫻井は一夏に『剣術』を教えたいんだな?」
え、違いがあるの?、と疑問視する欧州勢。かろうじて理解できる鈴とエレナ、織江は口を出さない。
そんななか、櫻井はそうだと言う。
箒は不貞腐れたように、口をへの字に曲げて櫻井を睨んだ。
「むむむ。剣道は実践的じゃないから私はお払い箱というコトか」
不満ありありと文句を垂れる箒。
彼女を見て、櫻井は面倒臭そうな顔をするが、彼にも説明の義務はあると思ったらしい。
「まさか自覚があるのか?」
「ない。正直、お前には少一時間ほど説教をしたいぐらいだ」
ならば良し。と櫻井は満足そうに頷いた。人に厳しい彼であるが、きちんと自分の現状や力量、その立ち位置を理解できている人間は大変好ましい。
「櫻井櫻井。すまん。なんの話をしてるんだ?」
と、呑気そうな元凶。
箒と櫻井は胡乱な目でそれを見た。
「……よく漫画とかアニメであるだろ。剣を極めた達人とかライバルとかを相手に、「お前はその型どおりにしか剣を振れない」とかなんとかドヤ顔で語る主人公」
聞いていた箒の顔が親の敵を見るかのように変わる。どうやらそんな主人公に対していろいろと物申したいコトがあるらしい。
触れたら爆発しそうなので流すコトにする一夏。
「ああ、たまにあるなそんな説明」
と、いつか弾の家で読んだラノベを思い出す。
「それはかなり見当違いの意見で間抜けすぎる……。
型っていうのは剣を振るう人間に要求される動きなんだ。身体の捌き、重心の移動、体幹をいかにどう扱うか。つまり、扱う人間が型が要求する動きにちゃんとついてこれているのか。……極端な喩え話をを言ってしまえば、いかに効率のいい投げ方はこうなんだって説明する野球書みたいなもんなんだよ」
「なるほど。アレっスね、昇龍拳を放つためプレイヤーに要求されるコマンドみたいな!」
「エレナ……」
「ときどきお前が大物に見えるよ……」
さもありなん。箒と櫻井はため息をついて、エレナは首を傾げた。
彼女にとって武道の極意とは、画面の中の武道家の必殺技と同列らしい。
「逆に言うと、織斑一夏は剣道に向いてない」
これには箒も納得せざる得ない。剣道は武道。武道とは礼から始まり礼で終わると言われるように、精神面の鍛錬の意味が強い。無論、これは武術の軽視ではない。ただ棒を振るってればいいという考えではなく、そのための必要な知識や技術、さらにはそれらすべてを含めて昇華させた『技』、『型』なのである。
「必要云々は置いといて、……コレに剣道が向いてると思うか?」
「思わないな」
「……なんだろう。バカにされてる気がする……」
実に簡単で明快な事実確認だった。
武道と武術の違いがわからない一夏は難しい顔して唸る。当事者のはずなのに、蚊帳の外で馬鹿にされている。
そのとおりだ、という言葉をお茶で飲み込む二人だった。
アドバイス、批評、ついでに感想評価要望をお待ちしています。