正義と、大義と。   作:新田良

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 解説回。新田良の妄想はとどまるところを知らず


第二十七話 世界最強の近接格闘能力

 

 

 

 そんなわけで、本人は至極不満そうであったがなんとか箒に納得してもらえるコトができた。

 

 これで一見落着、織斑一夏は新しい指導のもとさらなる研鑽に励むのだった―――

 

 ―――なんてわけもなく、ひとつ問題が片付けば新たな問題が発生するのが世の決まりというか、神様の性格の悪さを非難するべきところであることなのだろうか。

 

 一夏に新しい先生がつくとなると今まで先生役だったヒロインに不満が、もとい一夏のそばに新しい女の影がチラついて戦々恐々しているのだ。というよりも、自分の出番がさらに削られてしまうコトは確実なのだ……!

 

 「だから力づくで講師役を分捕ろうってわけか。……この脳筋」

 

 機密性の高い代表候補生用に解放されたアリーナの観客席で、櫻井は呆れたように嘆息した。

 

 「何かあるたびに模擬戦模擬戦って……。あれか、揉め事が起きるたびにデュエルで解決するデュエル脳かコイツラは」

 

 「まあまあ、オリエの実力に疑問視がつくならこれが手っ取り早い解決じゃないっスか」

 

 そうは言うが、櫻井は苦い顔のままだ。予算が常に圧迫した技研に所属していると、どうしても心持ちが守銭奴となってしまう。内容次第だが、一回の模擬戦で数十万数百万飛ぶコトだってよくあるのだ。

 

 アリーナの闘技場では鈴と織江の二人が相対している。やはりというか、当然というか。この手に名乗りを上げるのは血の気が一番多い鈴だった

 

 鈴は紅い丸みを帯びた甲冑のような専用機―――甲龍を、織江はたまたまIS学園へ実験データ取りに来ていた日本製IS―――打鉄を拝借していた。

 

 五十mほど距離を開けている二人は対照的だ。

 鈴は闘志を真夏の熱気よりも燃え上がらせており、それに対して織江はいつものようにぼんやりと物珍しげにアリーナを見渡している。

 

 「そういえばだが、櫻井。織江は代表候補生なのだろう? 専用機はないのか?」

 

 やはりそこあたりに興味があるらしいラウラが櫻井に問うた。

 櫻井はいっそう苦々しい顔で答える。

 「ない。それと織江は正確には代表候補生ではなく代表候補生候補。……そしてなぜか織江に関して僕になんの情報も回ってこない……」

 

 「大丈夫なのかそれ……」

 

 仮にも櫻井の補填として来ているはず。それなのに、櫻井になんの報告書も寄越されてないとなると、それは―――

 

 と、ここまで考えて櫻井は思考を打ち切った。それはなんだか、櫻井千奈の今の立場を危うくすると感じたからだ。

 

 そんなタイミングを見計らってか、櫻井が手に持っていたチェックボードタイプの携帯端末に通信が入る。

 

 「千奈」

 

 「ん? どうしたの織江。え、やめたいの? どうぞどうぞ、僕としても織江がやめてくれるなら危険な目に合わせなくてすんで仕事が増えるのもヤブサカでもないけど」

 

 と、見当違いの心配をしだす櫻井。その声色は一夏たちには決して向けられるコトのないであろう穏やかなものだった。

 返答は呆れたため息。周りの反応はしらっとした白い目だった。

 織江はしばらく何かを言いたげに櫻井を見ていたが、諦観の境地に至り視線を鈴に戻して静かに問う。

 

 「この仕合。全力でやってもいい?」

 

 鈴にとっては最高の宣戦布告。武勇伝を聞いていた彼女にとっては、その言葉足らずな問いは最大級の賞賛だった。

 

 対して、織江の問いに櫻井は驚いた。あのやる気ゼロスイッチが常時オンの彼女が珍しく氷の瞳に火を灯している。

 

 しかし、それよりも大事な問題が発生。

 

 「バカな……! 僕が路地裏で撃たれてぶっ飛んだ時も超冷静だったじゃんか……!!」

 

 「ああ、あれはどうせ大丈夫だと思ってから」

 

 「”どうせ”……っ!!」 

 

 詳しくは分からないがなんとなく織江の櫻井への扱いを察して一同が同情の視線を送った。一夏はこれを機にもう少し自分への扱いが改まらないかなー、などとひそかに期待。

 

 「ま、まあ、それはいまは一旦置いといて。……織江マジで言ってるの……? 織江がそれ言うの珍しいね」

 

 「”本気”でやって五分。この状況で絶対勝つなら”全力”でやらないとダメ」

 

 今度は感心する。それは凰鈴音に対してである。織江をここまで言わしめるのは本当に珍しいコトだ。櫻井の予想では戦いの最中に膠着した戦況に負けず嫌いの織江が『許可』を求めにくると思っていたのだが、まさか模擬戦の前に言ってくるとは……。

 

 自身を鼓舞するかのようにテンションを上げる鈴と冷静に総てを見渡すように心を鎮める織江は今にも一触即発。

 

 どうやら鈴は櫻井の予想以上にデキるらしい。

 

 「ま、僕は構わないよ。とくに『ソレ』は防衛機密というわけでもないしね。織江の好きにするといいよ」

 

 「わかった」

 

 櫻井はあっさりと『許可』を出す。彼が言っていたコトは事実でもあり嘘でもある。ただこの場に置いてそれは意味のないコトだ。櫻井の織江への優先事項はそれに優る。

 

 仕合が突然に始まった。

 

 先に仕掛けたのはやはりというか鈴だ。両手に分離させた愛刀を振り上げ超加速して斬りかかる。

 開幕直後の瞬時加速(イグニッション・ブースト)。数トンの鉄塊を一瞬で時速数百キロまで叩き上げた。

 

 ぶおん、と。

 横凪ぎに振るわれる青龍刀。重量百キロを越える巨大なカタナ、いや、マサカリは自動車をまるごと粉砕するだけの破壊力を秘めている。

 機体の重量プラス速度プラス双天牙月の破壊力は紅い流星の如く鎧武者を粉砕せんと襲いかかった。

 

 仕合の開始直後。戦うものが最も緊張し早鐘打つ心臓は動きを鈍らせる。

 

 相手が普通ならばそれだけで勝利を確信できるほどの大胆不敵で緻密なタイミングの先手必勝の突撃。

 

 そう、相手が”普通”ならば。

 

 「―――っ!」

 

 織江は打鉄の唯一の武装である長大なブレードを奔らせる。

 火花が散り、織江が定めたレールの上を鈴の闘志が滑った。

 

 ベクトルを流すように曲げられ、鈴は粘るコトなくそのまま機体を駆け抜けさせる。

 すれ違う刹那。鈴は織江と目が合う。冷静に、淡々と、切れ長の眼は一切ブレるコトなく敵を見定めている。火花に彩られた織江の眼はどこまでも透き通っていて綺麗だった。

 

 鈴は自分の唇の端がひくついたのを自覚した。心が炎のように踊るのを実感した。

 

 嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 

 ああ、なるほど。よくわかった。彼女は自分や一夏とたしかに同類だ。篠ノ之箒ではなく、鈴や織江に任せようとしたのに納得がいく。

 

 手にした双天牙月を地面に突き立て、無理やり軌道を捻じ曲げる。背にしたスラスターが悲鳴のような雄叫びをあげる。自身を矢にして鈴は一直線に疾走した。 

 

 連結された双天牙月はさながら竜巻のように激しく攻め立てる。目に映るあからさまな脅威は立ち向かう者の心を挫く。巻き起こる圧倒的な暴力は生半可な敵を砕く。

 

 しかし―――

 

 「―――、―――、」

 

 それをいともあっさりと剣を携えた彼女は凌ぎ切る。

 右へ左へ上から下へ。あるいは真正面から。様々な角度から殺到する断頭台の一撃を、彼女は避け、逸らし、あるいは自慢の物理シールドで受け止める。受け止めたシールドは見るも無残な有様だが、織江は全く気にしない。 

 

 刀として見るには大きすぎるそれを、織江の手にかかれば剣先が飛燕のように空を裂く。

 縦横無尽に駆ける青龍刀の隙間を貫き通す白銀の切っ先。バチン!、とエネルギーシールドが弾ける音に鈴の静かに激情した心に氷が落とされた。

 

 危なかった。情け容赦無く顔面への刺突。もしも、シールドがなかったら―――?

 

 「―――はンッ!」

 

 楽しくて嬉しくて鈴は心を踊らせた。ムラがありすぎる一夏ではなかなか感じるコトができない戦いがここにある。

 

 はじめは彼女を倒して一夏の指導役を分捕る算段が、ここで覆った。これは、ちょっと寄り道してみたい……!

 

 異国の剣は驚くほど速く、速く。そして鋭く正確に鈴へと迫る。

 

 たしかにこれは、篠ノ之箒とはまた違うサムライだ。たしかに彼女の『剣道』は強力だ。驚異的だ。年輪を刻んだ型は隙がない不動の立ち振る舞いだ。研鑽を積んだ太刀筋は疾風の如く鋭い一撃だ。

 

 だが、しかし―――

 

 これはそんなもんじゃない。

 

 織江の構えた剣の切っ先がゆらりと揺れる。まるで幻惑する灯火のようだ。

 

 一夏も鈴も織江も、格闘技とか武道とか、そんな上等なものが身に付く質(たち)ではない。彼女たちが求めるものはそこにはない。

 

 そんな中で、今まさに鈴が相対する彼女は体現者だ。

 

 ただ無闇に速く、異常に重く。習うとか修めるとか努力で積み上げるような、緻密な計算で作り上げる技術体系など関係のないただ圧倒的。

 

 想定も、修行も、それら総てはただの机上の空論。ただ目の前で起きた現実だけが総てであると―――

 

 世界の武道家がその本性を知れば軽蔑し、獣のようだと言う存在。

 

 だが、違う。なぜなら見たからだ。

 

 かつて圧倒的な力で旧世代を須く席巻した圧倒的な存在を。かつて剣ひとつで世界を下したかの最強の姿を。

 

 憧れるのだ。惹かれるのだ。

 

 ああなりたいと。わたしも近づきたいと。

 

 傲慢でも過剰でも良い。それこそ空想でも思い上がりでも良い。だからこそ惹かれて追い求めているのだ。

 

 だからこそ、―――小難しい事情なんか一切抜きで強い奴と戦うのはこんなにも楽しい!

 

 「―――ッ」

 

 鈴は龍砲を起動させて、目くらましに地面を撃つ。

 

 噴煙が巻き上がり、不明をもたらす。織江が噴煙から逃れるように下がった、直後―――

 

 「あんたもそうでしょ! ―――織江!」

 

 乾坤一擲の想いを愛刀に乗せて、鈴が織江の目の前に躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うわぁ……。あんなにハツラツとした織江を見るのは僕と近接格闘訓練した以来なんだけど……」

 

 目まぐるしい攻防を眺めながら、櫻井はチェックボードに送られてくるバイタルデータなどと見比べて肩を落としている。

 

 セシリアもどこか同意するように頷いた。

 

 「ええ、鈴さんも。あんなに楽しそうに模擬戦をなさるのは一夏さんとぐらいではありませんか」

 

 「ああ……、鈴って俺をボコボコにするとき凄い楽しそうだよな……」

 

 いつも模擬戦をするときの笑顔を思い出して、一夏は手のひらで顔を覆う。

 片側だけで重量百キロを越える鉄塊と雪片で打ち合うのは、シールドがあるとわかっていてもかなりの恐怖だ。もしも、何かの誤作動でシールドが起動しなかったら一夏はパーン! と木っ端微塵にされているだろう。

 

 はて?、と可愛らしく小首をかしげて、シャルロットが一夏に訊ねた。

 

 「あれ、一夏ってアサルトライフル向けても飄々としてなかったっけ……」

 

 「銃はいいんだよ。まだ脅威が目に見えて判りづらいから。ぶっちゃけ撃たれてもシールドが受け止め終えたところしか見るコトできないし。だけどあんなギロチンみたいな刃を振り回されるって結構、……いやかなり怖いぞ」

 

 ここぞとばかりに日頃の被害を訴えるDV被害者。その眼は切実だった。

 思わずシャルロットも真剣に考える。

 

 「う、うーん。ボクってどっちかと銃撃戦主体だから知らなかったけどそうなんだ……?」

 

 「ああ、本当に怖い。どれぐらい怖いかっていうとクマと山奥で戦ったのを思い出すぜ。まあ、弾が置いていったエロ本が千冬姉に見つかった時ほどの恐怖体験はないが……」

 

 「……、……、……、」

 

 いろいろとツッコみどころがあるのだが、わざわざツッコんでしまうのは負けだろうか……。

 見れば、先ほど櫻井に注がれていた白けた視線が今度は一夏に送られている。「これだからダメンズは……」と辛辣な物言いは果して誰だったのだろうか。

 

 「それにしても、本当に凄いな織江は……。いや、鈴も充分すぎるぐらい凄いが、双刀を、それもあの重い青龍刀を扱いづらい大太刀で凌ぎ切るなんて……」

 

 箒の手放しの賞賛。織江が戦力の補填として、そして櫻井が織江を指導役として推挙した一端を垣間見た気がする。

 

 見ていていろいろと勉強させられるコトの多い高度な近接格闘戦を見ながら、セシリアが興味深そうに櫻井に訊ねた。

 

 「櫻井さんはいったいどちらがお勝ちになると思っていらっしゃるのですか?」

 

 「そう言うお前らはどっちが勝つと思っている?」

 

 逆に櫻井が問い返すと、一同は少し言いづらそうに身をよじっている。それは一夏たちは鈴が勝つだろうと思っているコトを如実に示していた。

 

 「わたしたちはリンっスかね? 理由は明白っス。で、センナくんはどっちが勝つって思っているっスか?」

 

 「どっちが勝つって、……まあ、織江だろうな。織江が絶対勝つためにって言って『許可』を求めたわけだし。うん、織江が勝つ」

 

 「出たシスコン」

 

 ボソッと小さな声で、しかしみんなにギリギリ聞こえる音量で確実に致死量の毒を吐くエレナ。顔をぷいっと逸らして憎たらしげに在らぬ方を睨んでいる。

 

 「おい、僕のいったいどこがシスコンなんだ。証拠を出せ証拠を」

 

 「その発言がすでに自白してるようなもんっスよ。証拠を出せ、推理小説の読み過ぎだな、とかオチが決まってるようなもんじゃないっスか」

 

 「それはそうだが冤罪だ。しかも実際に推理小説を僕の部屋で読み漁ってる奴が何言ってんだ。そもそも、僕が織江が勝つと言ったのはちゃんと根拠があるからだ」

 

 「僕の妹、だからっスか?」

 

 「……えらく食い下がるな」

 

 「ま、センナくんがシスコンなのは周知の事実なので置いといて。センナくんの言う根拠ってなんスか?」

 

 と、パッといつもの笑みに戻るエレナ。さして掘り返すと墓穴を掘りそうなので、櫻井はため息だけをついて放置するコトにした。

 一同も気になるのか、興味深そうにしている。

 

 「まずはじめに。実際に織江の基本的な戦闘力が高すぎる」

 

 「戦闘力とか言っちゃいましたわね」

 

 もはや扱いが超サイヤ人。しかし、実際の悲惨な現場を路地裏襲撃事件(はたしてどちら側が被害者だったのか疑問なところ……)を目撃してしまった一夏たちはちょっと笑えない。

 

 櫻井が黄昏るように遠い目をして言う。

 

 「実際のところ強いんだよ織江は。僕でも勝てないし……」

 

 【……えっ?】

 

 さすがに聞き捨てならない衝撃の事実に一同は瞠目した。

 

 「勝てない……? センナくんがっスか? シスコン補正なしでも?」

 

 「ああ、僕が妹たちに手を上げないステキなお兄ちゃんの鏡を目指そうぜ的な誓約を封じ込めてガチ訓練で戦ったコトがあるけど、かなり負けてる」

 

 とうとう開き直った櫻井。彼へのイメージが一夏にギューン! と勢い良く近づいた。それが上昇なのか下降なのかは不明であるが……。

 

 「汚い手ありの殺し合いみたいな戦いなら負けるコトは絶対にない。けど、殴り合いだったら間違いなく勝てない、……っていうかマジで織江が容赦ない……」

 

 櫻井が顔を手のひらで覆ってものすごく落ち込みはじめた。ずーんと沈みそうな負のオーラが立ち込める。あまりにも可哀想な姿だった。

 どうやら、いままでかなりボッコボコにされてきたらしい。

 

 「うちの上司曰く、織江には人を殴る才能があるらしい……」

 

 「おおう……」

 

 あまりの悲惨さに一夏が呻いた。ほかの仲間たちも似たような反応だ。否定できないところがまた凄い。

 

 「ま、まあ、そんなわけで織江の基礎スペックはとんでもなく高い」

 

 「でもそれ言ったら鈴も相当だぜ? イジメられた仕返しにぶん殴ったらソイツが高校生の兄貴連れて報復しに来たんだけど中華鍋と中華包丁で武装して撃退してたし」

 

 「勇ましすぎるだろ……。お前はスパルタか凰鈴音。たしかに、全体的な器用さとか視野の広さとか総合値では凰鈴音が優っているだろうな。織江はああ見えて内心で激情家だし、集中すればするほど視野が狭くなるタイプだけど、逆に言えばタイマンなら織江は無類の強さを発揮する」

 

 一同は唸った。やはり実体験した被害者が言うと説得力が違う。と、織江への扱いが酷くなる一方なコトに気がつかない仲間たち。

 

 「そもそも、お前らが凰鈴音が勝つと思う理由は何だ?」

 

 全員が顔を見合わせた。まさか櫻井にこんなわかりきった質問をされるとは思わなかったのだ。そも、この場にいる全員は鈴と織江が互角以上に斬り結んでる時点でどちらが劣ってる優れてるコトは大した問題としていない。

 

 ソレ以上に、両者には決定的な問題があるのだから。

 

 「織江が使ってる打鉄だ。はっきり言って日本の第二世代打鉄はあらゆるプログラムに適応させやすいソフトウェアや限りなく反応のラグがゼロの速さと扱いやすさ、設計が基本に忠実で整備性の高く信頼性があるコトが利点とされている」

 

 故に、打鉄はIS学園の訓練機として配備され、また整備の基本を習うにはもってこいの機体なのであった。

 

 しかし、ラウラは軍人として冷徹な意見を突きつける。

 

 「だが、それだけだ。打鉄は戦闘として使うにはバランスが悪すぎる。とくに第二世代の特徴のひとつとして挙げられるエンジンが弱い。だから近接格闘型に設計されたのにも関わらず肝心の間合いをあっさりと支配されやすい」

 

 第二次世界大戦敗戦後、軍事関連の経脈を絶たれた日本はとにかく技術関連で出だしが遅れてしまった。特に、第二次世界大戦がレシプロエンジンからジェットエンジンへと移り変わった航空機事業は各国に大差を付けられてしまっていた。

 

 それ故に、化石燃料を用いたジェットエンジンを改良するコトからはじめたISのエンジン関連も大きく立ち遅れ、白式に搭載されているエンジンも苦心の末やっと一基だけ配備できたという有様だった―――

 

 「―――と、いうのが一般的な見解だ」

 

 「む。では違うと言うのか?」

 

 「それはおいおいまとめて講釈するとして、他には?」

 

 問われ返されてラウラは少し考える。やはりもう一つの理由は明白だった。

 

 「攻撃オプションの差だ。武器がひとつとふたつでは大きく違う。それに、お前の妹の銃の腕は知らんが少なくとも学園の打鉄には装備されていない。鈴とて負けるのは度し難いだろうからいずれ龍砲を攻撃目的に使ってくる。そうなると起きる問題はリーチの差だ。さっきも言ったが、機動性では甲龍のほうが一手上だ」

 

 ラウラの寸評を聞いて櫻井はとくに否定はしない。ただ、ラウラのそれは決して嘘ではないが、事実とはまた少し異なっている。

 

 「お前らはひとつ勘違いというか、思い違いをしている」

 

 「思い違い……?」

 

 「打鉄のエンジン関連が弱いと言ったが微妙に間違っている」

 

 一同が首をかしげた。いったい、何が微妙に間違っているのだろうか。

 

 「打鉄は世界で初めてイグニッション・ブースト機構を組み込んだ機体だ」

 

 「え、瞬時加速ってどのISでもできるもんじゃないのか?」

 

 へーそうなんだー、と納得顔の女子優等生たち。劣等男子は常識を疑うかのような疑問を口にして櫻井は目眩がした。

 

 「お前……、もともとのISは戦闘機用のジェットエンジンを改造しただけって言ったろうが」

 

 「ああ、それが?」

 

 櫻井がキレた。実はキレやすいと自覚のある彼だが、最近なんだか沸点がより下がった気がしないでもない。しかし許して欲しい、コイツは殺したい。

 

 「お ま え は……! いったいどうやったら化石燃料を動力としたエンジンが放出した推進エネルギーをまた取り込んで圧縮放出とかできるんだよ……! お前にとってエネルギーってなんだ!? とりあえず名前出しとけば万事解決する便利グッズか!?」

 

 メシメシと一夏の頭蓋が音を立てる。頭に直に教え込む櫻井。

 

 一夏の顔が真っ赤から真っ青に染まり天国へのゴーサインが出された所でなんとかセシリアたちにとりなしされてもらう。

 

 「……いいか。これまでISに使用されてきたエンジンは主に二つの種類があった。ひとつが航空機でお馴染みだった化学燃料式でもうひとつはISが登場以降に開発された電気式のふたつだ」 

 

 ISの開発同時は既存のジェットエンジンをISに合わせて改造されたものが使用された。お手軽だったのもあるが、当時はこれしかなかったのだ。

 

 ここで問題が発生する。燃料だ。

 普通に考えて、燃料を量子化しパススロットに保存しとけばいいと思うだろうが、そう簡単にはいかなかった。エンジンを動かし続けるためには当然ながら消費しただけ供給すればいい。しかし、燃料を消費するたびにタンクに何度も頻繁に量子展開するのは手間とシビアなタイミングが必要とされ、かといって保存タンクを大型化すればそれだけ機動力が落ちるし、ISの特性上、タンクを撃ち抜かれる事例が勃発したのだ。

 

 そこで開発されたのが電気推進式のエンジンだ。コストは何倍にも跳ね上がったが、利点として少ない燃料で長時間の稼動が可能となった。

 

 

 「瞬時加速は『後部スラスター翼からエネルギーを放出、その内部に一度取り込み、圧縮して放出する』とかなり語弊が生まれそうな説明がされてるが説明不足だ。余計な説明は省くが、正確には推進剤が電離されて推進力に転換放出される前にさらに追加して圧縮放出する機構だ」

 

 「つまり、櫻井は何が言いたいんだ?」

 

 いい加減脱線した話をラウラが修正。もはやなんの話をしていたかも忘れかけていた櫻井が、そうだった、と話を戻した。

 

 「何が言いたかったかというとだな、日本には一日の長があるというコトだ。

 つまり、―――打鉄はべつにエンジン関連の性能が遅れてるわけじゃないぞ?」

 

 その言葉を裏付けるかの如く、闘技場内の重厚な鎧武者の姿が掻き消えた。

 

 「―――なっ!?」

 

 背後に推進剤の残滓のみを残した超加速。消えたと錯覚するほどの圧倒的な速度差に鈴を含めた全員が驚愕した。

 

 まるでカメラのフラッシュのような光が断続的に昼間のアリーナを照らす。鈴の甲龍はその速さに追いつかない。

 

 鈍重だとバカにされていた鎧武者は圧倒的な速力で縦横無尽に駆けている。

 

 「バカな―――ッ! なんだあの出力は!? 打鉄のスペックでは到底無理な機動だ!!」

 

 ありえない光景にラウラが叫ぶ。他の仲間たちは二の句も告げない有様だ。

 

 呆気を取られながら、一夏が櫻井に問いかける。

 

 「さ、櫻井。これってどういうコトなんだ……?」

 

 「前提条件を間違ってるんだよお前らは。打鉄の性能が低い? 打鉄のバランスが悪くて実践的じゃない? ありえない。だったら”最初からそんなもの作らない”」

 

 そうだ。そう言われてみればそうなのだ。

 

 今や国家の防衛の一躍を担うIS。その存在は国家防衛の最終兵器として認知されている。

 

 ならば、なぜ実戦的ではないと揶揄されている打鉄は日本製として正式にロールアウトされたのか? なぜ世界で最もISの機密性が高いIS学園で防衛機としての役割もある訓練機に打鉄が配備されているのか?

 

 思えば当たり前のはずの疑問が、今までの先入観を根本的に破壊していく。

 

 「そもそも打鉄は第二世代機じゃない」

 

 「それはどういう―――……」

 

 「”打鉄は白式の試作機なんだよ”」

 

 「なっ!?」

 

 驚く仲間たちの中で一番驚いたのは一夏だ。打鉄が白式の試作機?

 

 「ま、待て櫻井! どういうコトだ? 俺の白式と打鉄は全然違うじゃねぇか!」

 

 「だろうな。かつて日本は、”世界で一番最初に第三世代機を作ろうとして完成させた”。

 それが、白式だ。白式を開発するにあたって三つの計画が立てられた。そのなかの一つが、打鉄だ」

 

 「三つの計画……?」

 

 「そうだ。まだ第二世代機が開発されその定義が提唱された六年前にはすでに開発が進んで完成していた。至高のISを作ろうとしたが、当時日本は今では破棄されたアラスカ条約の一つ、『日本で開発された技術の無条件公開』のせいでまともな先進技術がなかった。だから無理に欲張った機体ではなくたとえ失敗しても次に派生できるようにするために三つに分類されて開発が進んだ」

 

 一夏は思わず右手に装着された白く輝くガントレットを撫でた。

 

 アリーナでは織江が鈴を追い詰めていく。速く正確無比に振るわれる刃が鈴の残量エネルギーを削っていく。

 

 逆に、鈴が青龍刀を振るった時にはすでに織江は何mも突き放している。自身の得意とする間合いで戦うコトが重要な近接格闘戦では、あまりに致命的な、理不尽な程の支配権の違いに鈴は歯噛みした。

 

 「そのうちの一つが打鉄。打鉄の役割は基本的な設計。つまりハードウェアとソフトウェアの開発だな。そして打鉄には操作性を上げるためにリミッターが仕掛けられている」

 

 「まさかさっきから言ってた『許可』って……」

 

 「それのコト。もともと打鉄は圧倒的なマシントルクと神経伝達速度、どんな環境にも耐える耐久性が優れている。リミッターの内容は、打鉄に装備されている”間合いを支配する”ための特殊スラスターのブースト機構『歪み空』と操縦者の反応乗数に応じて”ISが先んじて動く”運動プログラム『天手力』」

 

 「ISが先んじて動くって……」

 

 「ISのパワーアシストは人が100kgの物体を盛り上げるのに足りない分の補助しかしない。だが、反応乗数を2に設定すれば勝手に200kg分の仕事をしようとするし、距離も二倍動かそうとする。ま、慣れない人間がやるとまず振り回されて歩くコトもできないけどな」

 

 織江が長大な大太刀をあれだけ自由に振り回して双刀を防いでいるのはそれのおかげでもある。実力に大差がなければいくら織江でもあそこまで鮮やかに捌くのは無理だ。

 

 それ故に、櫻井は断言するのだ。

 

 「だからだ。凰鈴音じゃ『全力』を出した織江には勝てない。

 打鉄に与えられたコンセプトは、―――『世界最強の近接格闘能力』。それを扱いこなせる織江と打鉄とは相性が良すぎて、半ば強制的に織江と打鉄の土俵で戦うしかない凰鈴音じゃ相性が悪すぎる」

 

 櫻井の打鉄の解説と、織江への信頼を証明するかのように。

 アリーナの闘技場では織江が鈴を最後は圧倒して下した。

 

 

 

 

 

 




アドバイス、批評、ついでに感想評価要望をお待ちしています。



 注意
 今回の説明でISには電気推進式のエンジンが使用されてると書きましたが、新田良のでっちあげですのであしからず。
 とはいえ現代科学では電気推進式はまったく推力が足りてないので無理です。というか、大電流を流す出力もない。作中ではMPDアークジェットを使ってるつもりの設定。電力の動力源はISという名の免罪符。

 ちなみになぜこんな設定をでっち上げたかというと、ISのエンジンの動力源の説明とイグニッション・ブーストの原理説明(あくまでそれっぽいものであるが)のため。

 作中で話したとおり、『エンジンが放出した推進エネルギーをまた取り込んで圧縮放出』とか意味不明。それができたら空母のカタパルトもいりません。それとも新田良が認知してないだけで、だれかイグニッション・ブーストの原理を知ってますか?

 というか、無人機が来たとき、甲龍の龍砲を背中に受けてそれをエネルギーに変換してましたけど、それって相手にケツ向けとけば光学エネルギー無効化できるんだから零落白夜いらなくないですかね?

 なんだかレーザーとビームの分別もついてないような原作見てるといろいろと設定が加えたくなって面白い、らしい(原案担当が言っていた)



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