正義と、大義と。   作:新田良

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第二十八話 メガネ彼女の受難

 

 

 

 

 

 

 明後日には臨海学校が控えている。

 

 臨海学校、それはIS学園で一年生に向けて行われている野外活動だ。無論、当然であるのだが一般的な学校と比べてIS学園のそれはただの野外活動ではない。

 

 非限定空間でのIS操縦訓練や、野外だからこその注意点などの講義―――つまり、自分たちが扱うISの特性や危険性を理解し無関係な周囲に危害を与えないようにするための実地訓練なのである。

 

 また、代表候補生ならば、遠距離武装や追加ブースターパッケージなど広い空間が必要な試作装備品などが送られてきて、そのテストに明け暮れるコトが多い。

 

 いつもは直径数百m規模の狭いアリーナの中でしかISを自由に飛ばすコトが出来ないので、非限定空間での訓練を楽しみにしている人も多い。

 

 『私』だってそうだった。そう、だった……。

 そうだったというのに、私はあまり楽しみにするコトができないでいる。

 

 代表候補生にとっての特権とはいったい何か、と問われれば、やはり口に揃えて答えるのが『専用機』だろう。もちろん、これはISの私物化とはわけが違うし、いろいろと面倒な制約や義務が多く付随してくる。

 

 しかし、それでもだ。その苦労を吹き飛ばすぐらいに、限られた範囲でならISを自分で自由に使用できるのは気分がいい。自己進化機能でISが自分に最適化されていくのはまるでISを育てているようでとても愛着が湧く。その専用機を駆って空を自由奔放に飛ぶのは数多の娯楽よりもよっぽど爽快だ。

 

 だっていうのに、私にはそれができないのだ。

 

 現在、私の専用機は『とある事情』により開発が凍結してしまった。しかも、今のところ再開する目処すらたたないのだ。

 

 それだけで私は絶望したものだ。

 専用機を開発するにあたって代表候補生である私はテスターとしてずっと付きっきりで開発に勤しんできた。それだというのに突然の凍結指示。私にとっては我が子を奪われたに等しい。……まあ、私はまだ十五歳でさすがに表現がオーバーであるかもしないが……。

 

 私は抗議した。そもそも、新たな境地に達しようとか技研の変態たちがノリと勢いとネタで暴走しただけのゲテモノ装備を開発しているわけではなく、由緒正しい次世代機の開発が早々簡単にハイ凍結なんてはずがない。

 だが、開発主任からさらに絶句ものの『事情』が明かされたのだった。

 開発主任(変態)が語った理由は以下のとおり。

 

 『あ、なんか面白いオモチャが転がり込んできたからキミのは後ね』

 

 ……ぶっ飛ばすぞ変態。

 

 いや、べつにこんな過激な発言をしたわけでも常日頃からそんなコトを考えるほどの根性もないのだが、その時の私の心境を正しく文章化するなら今以上の適切な表現が思い浮かばない。聞かされていた時の私の顔はよほど見ものだっただろう。

 

 その時は信じられず、むしろ理解不能過ぎて、私は数日再起不能でいつもは口で泣かす姉の相手すらもできずにちやほやされるがままだった、らしい。それぐらい私は衝撃を与えられた。今までの青春をアニメと漫画とISにつぎ込んできた私の境遇を察して欲しい。……同情するなら金をくれ。殺し屋を雇ってヤツを排除するから。

 

 そんなわけで、貴重な機会を棒に振られた私―――更識簪(さらしきかんざし)は校舎隅の草むらの影で膝を抱えていた。

 

 夏日の草むらは木陰になっていて涼しいのだが、あいにくとIS学園は沿岸部というか人工島の上にあるので湿気が酷い。おかげで服の下はじっとりとした汗で気持ち悪い。

 

 海を越えてきたらしい蝉は空気読めと叫びたいぐらいに大合唱しているし定期的に地下のスプリンクラーで保湿された地面は不快指数がバブル景気状態。おかげで服は汗臭いし元々根暗だった顔はきっともっと酷いことになっているコト間違いなし。

 

 いくら私が根暗メガネだからといって、こんなジメジメしたところに好き好んでいるわけではない。むしろ私は冷暖房できちんと管理された部屋でしか生きられない温室育ちである。

 

 では、なぜこんな暑苦しい所で膝を抱えて貝のようにこもっているかと言うと、私はいま隠れているのである。

 

 そろりと雑木から顔を覗かすと、まだいた。いまは後ろ姿しか見えないけど、頭の中には容赦なく輝かしい姿が焼き付いている。

 

 身長はそれほど高くない。世界水準ではむしろ低い方。だがしかし、制服を押し上げる胸は嫉妬も馬鹿らしいほど形良く大きく膨らんでおり、ストッキングに包まれた足は年不相応に艶めかしきラインをしている。その性格を表すように外に跳ねた髪や誰にも平等に振りまかれる明るい姿はテレビのアイドルよりも輝いている。

 

 そして私は知っている。外見だけではないと。

 

 忙しくて大した努力もしないで全国模試では指折りの順位を取ったし、通常の勉学以外の知識ももの凄いことを。運動神経だって私が逆立ちしても敵わない。

 

 私が百回勝負しても百二十回分の敗北を知るに違いない。

 

 それが、私の姉、更識楯無だ。才色兼備にして完全無欠。

 

 誰もが知れば羨むだろう。誰もが見れば嫉妬するだろう。

 

 だけど、私は嫉妬しない。雑多に隠れるような一般人が有名女優にいちいち嫉妬するだろうか?

 

 だから、あの人のコトが嫌いではなく苦手だ。だから、私はあの人のコトを避け続けてきた。

 

 まるで空気のように、あの人と比べられるコトもなく過ごしていれば惨めな気分にならないで、私は私の世界で幸せになれると。

 

 端から見れば根暗な私でも、根暗なりの幸せの美学があるのだ。不相応、あの人と同じスポットライトをあびるなんて場違いでまっぴらごめん。

 

 そんなわけで私は逃げ続けるのだ。こんなふうに産んだのは神様なんだから、文句はどうぞあっちに言って欲しい。

 

 こうして私は私の相応なステージで生き続けている。のだが、何事も行動にはそれなりの反作用が働くのが世の流れ。そして、人間関係とは決して一方的な流れではなく、相互的なものだと私は知るのである。

 

 つまるところ、私が姉を徹底的に避けはじめたコトによりとある副作用が表れてしまったのだ。

 避けていればみんな幸せ。問題なんてない。そう思っていたのに―――

 

 こんなところに一秒もいたくないので、姉の動向をじっと観察していると、

 

 「―――はっ!?」

 

 突然、楯無がサッと振り返った。……危ない危ない見つかるところだった。楯無を避けているコトを抜きにして物陰から覗き見しているところなんて見られたら恥ずかしさで死にたくなる。

 

 一方、気配を感じて振り返ったのだが、空振りに終わってしまった楯無はしょんぼりとあからさまに肩を落としている。

 

 「おっかしーなー。たしかに簪ちゃんの気配がしたと思ったんだけど。……ああっ、簪ちゃん成分が足りない……ッ!!」

 

 苦しげに胸を掻き抱く楯無。冷や汗をたらりと流す簪だった。

 

 ―――……問題があるとすれば、徹底的に避け続けた結果、楯無がシスコンという病気をこじらせたコトだろうか。

 

 どう見てもその姿は不審人物のそれで、アレが自分の姉だと思うと頭痛の一つしてくるものだ。

 

 この数年でお風呂に突撃してくること三十八回、後ろから突然抱きつかれた回数三桁突破。そしてふと後ろを振り返るとヤツがいた回数は数知れず……! ……そろそろ通報しようか考えているのだがどうしようか?

 

 そんな事情もあり、最近では私は当初と全く違う理由で姉から隠れ続けているのである。そも、私は全力で避けているのに向こうは犬猫のように懐いてくるもんだから嫌うのも馬鹿らしい。そんなわけで私は姉のコトは嫌いではない。

 

 しかし、やれやれである。こうなるとあの人はしつこい。禁断症状がで始めると私を本気で探し出してくる。あの人が全力で探すとなれば、更識簪の居場所なんてIS学園のどこにもなくなってしまうだろう。寮の自室にこもっていたってわけの無く突破されるに違いない。……実際に、私の実家の自室の鍵は正常に仕事をやりきったためしがない。

 

 携帯電話を取り出す。ここは姉の幼馴染の布仏虚を頼るとしよう。あの人ならばあの仕方のない重症患者をどうにかしてくれるだろう。それが安心、必然的な判断だ。

 

 スクロールバーの大きさが目立つアドレス帳から苦もなく虚の名前を見つけ出す。さあ、来たれ救世主よ。どうか私をあの残念な完璧超人から救い給え。

 

 その時だった。肩を掴まれた。声がする。

 

 「見つけた」

 

 「きゃわわわわわわわっ!?!?!?」

 

 怪鳥めいた奇声をあげて振り返ると、そこには黒髪が跳ね放題の目つきが悪い少年がいる。簪と同じく体育座りですぐ後ろにいた。

 

 慌てた。

 

 「さ、さささささ櫻井!?」

 

 「佐々々々々櫻井なんて名前じゃないな」

 

 「それはわかってる……!」

 

 ギロリと睨みつけると、相手は両手を挙げて降参のポーズ。

 私は自分の顔が赤面したのを自覚した。顔が熱い。逃げ出したい。

 

 そんな心境を知ってか、……知るわけないし知られていたらそれはそれで絶望ものであるのだが、櫻井は難事件を解決するように真面目くさった顔で顎に手をやった。

 

 「こんなクソ暑いところで座り込んでるなんて……ダイエット?」

 

 拳で殴る。この男に遠慮なんて要らない。デリカシーを知れバカ。

 

 私は真っ赤になった顔を怒りで誤魔化した。

 

 さてさて、ここで突然であるのだが、これからするであろう奇行や私らしからぬ暴言暴力を前もって言い訳をしておくと、

 私、更識簪は櫻井千奈に惚れていたりするのである。どれぐらい惚れてるのかと言うと、どこかに閉じ込めて誰の眼にも振れさせたくないぐらいわりとヤバい感じでだ。

 

 発端は忘れた。命を助けてもらったりしたけど、その時は頭が真っ白で惚れるなんてロマンチックな空白容量なんてこれっぽっちもなかった。

 理由も忘れた。というより考えたくない。この男の言動や性格で惚れたと考えると、わりと自分で死にたくなるからだ。

 

 助けてくれた時の姿は鮮烈で、まるで憧れたヒーローのように見えて、カッコよかったのは憶えている。彼の語ったヒーロー像はとても重みがあって、そのときの他のコトは全く覚えていないのに言葉だけはいまでも一字一句憶えている。

 

 ただ、それが惚れた理由だと考えると、違うと断言できてしまうのが困ったところ。ろくでもない男なのできっと惚れたところもろくでもないのだろうと自己完結。大事なのはきっかけではなくいまの確かな気持ちなのだから。

 

 そんなぐあいに自分でも頭を抱えたいぐらいに惚れているが櫻井との関係はまったくロマンチックなものでもない。一言で言ってしまえば部署違いの同僚、といったところか。

 

 無論、告白なんてものができるはずもない。第一、この男には障害がありすぎる。

 

 櫻井には女の影が多すぎる。あの姉ともタイマンを張れる織江とか、日本の国家主席代表にも懐かれているようだし、最近では新しい新顔まで櫻井のそばでウロチョロしているではないか。挙句にはイギリスから女の手紙が届いたコトもあった。

 倉持技研にその櫻井宛のプライベートな手紙が届いた時は驚いた。櫻井はなんとも感じていなかったようだが、手紙の内容を見てさらに驚いた。使用される英文法から見て、その女にとって櫻井がかなり親しい仲だというのは明白だった。……まあ、その微妙なニュアンスなど女心をまったく理解されてないそのエリスなる人に同情してしまったのだけれど。

 ちなみに、件の英国の彼女の名前がイギリス国家代表であり世界ランク第二位と同じ名前であったのに気がついた時は櫻井の交友関係を疑ってしまった。

 

 そんな事情もあり、孤高のボッチを自覚している櫻井は実はただの女たらしであるコトを知っている。……自分もその一人であるのかもしれないが。

 

 その後の紆余曲折を経て、櫻井との関係はそれなり気のおける友人止まり。不思議と焦りはない。どうせ他の女も同じなのだと知っているから……。

 なんでもデキる完璧超人の姉も、この男の前にはさぞや手を焼いているコトだろう。

 

 「……で、なんで櫻井がここにいるの? っていうか、なんで貴方はいつも忍び寄る」

 

 「実は忍者の末裔なんだ」

 

 「はいはい冗談冗談」

 

 櫻井のいいところは無神経で付き合えるコトだろう。この男の言動が無神経なので無神経な対応をしても問題はない。

 

 「いやなに。更識簪を探してたんだが挙動不審の不審人物を発見したからこの辺に潜んでると思ってな。さて、あの人はいったいダレの身内だろうか。ご家族の顔が見たい」

 

 「……私をからかって楽しい?」

 

 不審人物と認識できてしまう身内の身になって欲しい。

 

 櫻井は同じく草陰から楯無を覗き見ながら言う。

 

 「更識簪がもっと会長にかまってあげればいい」

 

 「それは同じシスコンとしての意見なの?」

 

 さらっと毒を吐いた。シスコンは非難するような目で私を見る。

 

 「いいか。僕はお兄ちゃんとしてだな―――」

 

 「……とうとう開き直った。もうこの人ダメなのかも」

 

 「そこまで言うか……」

 

 どうもシスコンとは不治の病なのかもしれない。偏頭痛で目眩がする。

 

 もう考えたくもないので話を進めよう。

 

 「それで、私を探してるっていったい何の用?」

 

 ぶっきらぼうの仏頂面で問うた。惚れた男子にそんなコトを言われれば、一般ならば心躍るようだがあいにく櫻井には期待しない。いくら恋は盲目でもそのぐらいの学習はしている。

 

 「実は白式の解析とデータ整理を丸投げされたから手伝って欲しい」

 

 ……よりにもよって。本当にこの男にはデリカシーがないのか。

 

 「……いや。櫻井の頼みでもきけない。なんで私が白式の面倒なんか見なきゃいけないの? そもそも、私の打鉄弐式が完成しないのは織斑一夏のせいなんだけど? というか、私は帰ってアニメを見たいんだけど」

 

 「それはそうなんだがな……」

 

 櫻井は当然ながら更識簪と織斑一夏の因縁を知っているはずだ。白式のデータ解析? そんな暇があったら自分の専用機を完成させている。

 

 さすがに分が悪いと思っているのか櫻井は言いよどんで思案している。

 

 その姿を見て、仏頂面を維持するのに結構な労力が必要とされた。内心では驚いている。あの櫻井が言いよどむとは、まさか私が二つ返事で快諾すると思ったのだろうか?

 

 普通ならここは怒るべきところなのだろうが、私はちょっとひそかに心が浮きあがるのを自覚した。

 

 そわそわする私に気が付かず、説得するための言葉を探しながらも見つからず、かと言って諦めるわけでもない櫻井に私はガクリと折れてしまった。……なんて安い女なんだ私は。

 

 「…………はあ。わかった。ちょっとだけなら、ね。私にもメリットがないわけじゃないし」

 

 櫻井が心底驚いた様子で目を見開いた。その顔が見れただけで良しとしよう。

 

 不審人物(姉)がいなくなったのを見計らって、櫻井と並んで歩き出す。

 よっぽど困っていたのか櫻井はほっとした顔で胸をなでおろした。

 

 「いや、ホントに助かった。織斑一夏は全く知識ないし白式って篠ノ之束が弄ったせいで迷宮みたいな中身してるし困りすぎて連れて行くのに最終手段を使わずにすんだ」

 

 「最終手段?」

 

 「強引に拉致って説得する」

 

 「ご、強引に!?」

 

 本当に強引すぎて私はまた赤面してしまった。思わず漫画であったとあるシーンを思い浮かべてしまったのは許して欲しい。

 

 思わず胸を掻き抱きながら後ずさる。

 

 「ど、どどどうやって無理やり運ぶつもりだったの!? まさか―――ッ」

 

 まさか、まさか、アレなのか? あの噂に訊くあの運び方なのか? 私もとうとう既成事実でヒロイン昇格か?

 

 いやんいやんと頬に手を当てて慌てふためく私を余所に、櫻井は物陰からそれを持ってきた。

 

 ごろん、と。

 

 「これで運ぶつもりだった」

 

 土木用の手押し一輪車だった。

 

 私は、乙女とか物理法則とか無視して一輪車を振り回して櫻井をぶん殴った。やっぱコイツ馬鹿だろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は訓練用のアリーナにある整備室で立っていた。熱気のこもるアリーナ内部とは違い、整備室はきちんと冷房が稼働していてなかなかに快適だ。

 

 広く整理整頓された整備室は現在人一人っ子おらず、殺風景な色調と相まってひどく物悲しい雰囲気が漂っている。

 

 かれこれ三十分近くここでまたされているわけだが、彼が退屈しているようすはない。殺風景であるが何気ない道具とか計器などよくよく見ると、見どころの溢れた面白い部屋であった。

 

 ―――『今日の放課後の訓練は無しだ。生徒会の手伝いもな。LHRが終わったら第二アリーナ北側第三整備場で待っていろ』

 

 とは、鬼の生徒会会計のお言葉だ。

 

 これといって反論する余地もなく、一夏はこうしてなかなか来ない護衛に一人待ちぼうけを喰らっていた。

 

 興味深そうに眺めているが、道具に触れたりはしない。そのせいでIS学園に入学する事態になってしまった教訓だ。

 

 ふと、アレがなければ自分はどうなっていたかを考えるコトはある。意味のない仮定は未練だろうか。実際問題、あのまま普通の人生を歩むコトとIS学園に来るコトとではそれぞれの良いところ悪いところがあるわけなのだから。

 

 それからまたしばらく経つと、整備室のドアが圧縮空気の音を立てて開いた。

 

 整備室に入ってきたのはやはり櫻井千奈。なにやら痛そうに脇腹をおさえている。そういえば、肋骨を折る怪我をして数日経つが大丈夫なのだろうか、と一夏は心配になるが、どうせ本人に訊ねたところで決まりきった返答が帰ってくるに決まっている。

 

 「櫻井、なんか痛そうだが大丈夫か?」

 

 「問題ない。これは別件だ」

 

 やはり想像したとおりだった。

 

 しかしまあ、本人が大丈夫だと言うならそのとおりなのだろう。櫻井ならそのあたりの自己管理はきちんとできているはずだ。

 

 ならいいんだ、と一夏は納得して、櫻井の後ろからあらわれた少女を見た。

 

 身長は小柄な方で、内に跳ねた癖毛とメガネがなんだか内気そうな雰囲気を醸し出していただろう、普段なら。

 いまはどういうわけか一夏のほうにじっとりとした怨念のこもった視線を投げかけている。

 

 よくわからない、よくわからないが俺が悪いんだろうな、と一夏は最近学習した女子の方程式を思い出しながら思った。

 いったい何が彼女を怒らせたのだろうか。それがわかれば一夏のIS学園での苦労の大半が解消されてる気がした。

 

 少女から放たれるじっとりとした視線はどう復讐しようか算段しているように見えた

 

 「……、」

 

 「……、」

 

 「……、」

 

 「……ええっと。櫻井、このコは誰なんだ?」

 

 結局解決しないので傍らの櫻井にSOSを出した。

 

 櫻井は数瞬悩むように考えて言う。

 

 「織斑一夏に我が子がいかがわしいコトをされて怒り狂った親御さん」

 

 「ナチュラルに嘘付くんじゃねぇよ!」

 

 「私は貴方のコトを許さない……!」

 

 「あ、あっれぇ? 俺っていつのまに性犯罪者……? いやいや、覚えがないぞ!?」

 

 「犯人はみんなそう言うな」

 

 「いや、そもそも明らかに子どもがいる年齢じゃねぇだろ!」

 

 「更識簪、コイツ胸の大きさで年齢を判断してるぞ」

 

 「櫻井、あなた死ぬの?」

 

 凍る笑顔を向けられて櫻井は冗談をやめた。このままでは今度こそアバラを粉々にされる。

 

 一方で、一夏は櫻井が少女を『更識』と呼んだコトに気がついた。

 

 「さ、櫻井。更識ってまさかこのコ―――」

 

 「ああ、まさかだ。会長の妹さんの更識簪。同じ一年生だ」

 

 一夏が本気で驚いたといった表情で簪を見つめる。

 

 その驚きと反比例するように簪の表情は曇る。

 ああ、またか、と。そりゃそうだろう。驚くだろう。あのなんでも出来ていつも輝いていて、舞台の主役みたいなあの人の妹がこんな根暗なメガネだなんて。みんな驚くだろう。

 

 もう慣れたはず。それでも心臓がチクチクと針が刺すような感覚が嫌いで、簪は―――

 

 「えぇええ―――っ!? あの人にイタズラするコトを生きがいにして男子の着替え中でも当たり前のように入ってきて「あら櫻井くんじゃなかったわ。あはっごめんね!」とか詫びれもせず出ていったあげく人の部屋を我が物顔で居座って茶菓子を飲み食いしてる楯無さんの妹!? ……すごく普通だ……!!?」

 

 どうしよう。お姉ちゃんの妹に見えないと言われて喜ぶ日が来ようとは……。

 

 簪は恥ずかしさで死にたくなった。いったい何してんだあの人は……!

 

 「ああ、まったくだよな。あんなヘンタイの妹として生まれたとか一生気苦労が絶えないぞ」

 

 「え、いや、そこまでは言わねぇけどよ」

 

 「櫻井、断言しないで……。悲しくなるから」

 

 「悲しくなっちゃうんだ……」

 

 思わずいたたまれない気持ちになる一夏。

 

 簪は顔を真っ赤にして走り去ろうとする。

 

 「も、もうやだ。帰る」

 

 「いやいや待て待て。ドコ行くつもりだ更識簪。白式がお前を待っているぞ」

 

 「それって嬉しいのか?」

 

 帰ろうとする簪を櫻井がなだめ、簪と櫻井は本題である白式のデータ解析と整理を始めるコトにする。

 

 展開され待機姿勢になった白式。その傍らで手持ち無沙汰な一夏。簪と櫻井は作業に入ると役に立たない一夏など眼もくれずにディスプレイと睨み合っている。

 

 空間投影ディスプレイを使う簪と、整備室のパソコンを使う櫻井。櫻井も簪のように空間投影ディスプレイを使える作業なのだが、櫻井はわざわざ機材を立ち上げている。

 

 「いつも思うけど、効率的じゃない。こっちのほうが楽なのに」

 

 「空間投影ディスプレイってなんだか使ってて気持ち悪いんだよ。空間に投影されただけのキーボードって指の跳ね返りがないだろ。なんか道具を使ってる気がしなくてな」

 

 「時代に乗り遅れてる」

 

 「問題ないな。まだ黎明期だ」

 

 と小言をはさみながら作業を続ける。

 

 一夏も手伝えれば良いのだが、土木作業をするのとはわけが違う。情熱よりも知識がいる作業だ。大変だからと下手に手を出せば迷惑だ。

 

 ふと、簪の眉がひそめられ、櫻井に剣呑な視線を投げかける。

 

 「櫻井、なにこれ。聞いてない」

 

 「そうだろうそうだろう。言ってないからな」

 

 悪びれる様子のない櫻井。簪はキッと睨む。

 

 「稼動データが暗号化されてるなんて……。これ考えた人は頭がおかしい」

 

 「ISなんて作った人だからな。頭のネジが数本ぶっ飛んでるんだろ」

 

 と、二人は正解を述べる。一夏の目からどんだけ贔屓目で見ても束の頭のネジはハズレているに違いない。

 

 「暗号のアルゴリズムはわかってるんだけどな……、解析プログラムを組むのがぶっちゃけ面倒くさい」

 

 「……、」

 

 「いや、僕だって困ってるんだって。他にもやらないといけないコトがあるのに」

 

 櫻井を憎らしげに睨みつけていた簪。やがてボソリと、

 

 「……貸一つ」

 

 「……それぐらいなら」

 

 「よし、約束」

 

 簪がまたディスプレイに向かい合う。その横顔はどこか嬉しそうに緩んでいる。

 

 なんだか大変そうな様子に一夏は申し訳ない。

 

 「なんか悪いな。俺のせいで」

 

 「そう、貴方のせい。だからなんか買ってきて」

 

 「……思うんだが、俺はキミに何かしたのか?」

 

 気になっていたが地雷のような気がして避けていたコトを訊ねる。

 

 櫻井があいかわらず画面から目を離さず、

 

 「更識簪の専用機はハードウェアが完成したのに開発が凍結したんだ」

 

 「なんでまた?」

 

 「人員が割かれた、というよりそのままそっくりもう片方に流れた」

 

 「流れた?」

 

 「どっかの馬鹿がISに触ってIS学園に入学するコトになって専用機が急遽必要になったからだ」

 

 一夏は沈黙した。話の流れと簪から送られる感情が読めてしまったからだ。

 

 「だから、謝って」

 

 「え、ええっと……」

 

 「謝って」

 

 「ごめんなさい」

 

 「許さない」

 

 「許さないのかよ!?」

 

 では、なぜ簪はこれを引き受けてくれたのだろうか?

 

 「白式の稼動データなら私の打鉄弐式へ転用できる。私にもメリットがある」

 

 「打鉄弐式は白式を開発する三つの計画のうちふたつのデータを元に開発された機体だ。言わば白式は試作機で打鉄弐式はその改修機だな。リヴァイヴの設計思想も取り入れてるから中距離も得意だ」

 

 「そうなのか。でも三つあったんだろ? みっつめの計画が使われなかったのはなんでだ?」

 

 ピタリと、一夏の素直な質問に簪の手が止まる。動かし方を忘れてしまったかのように手を留めてしまった彼女は、恐る恐るといった表情で櫻井の顔を見た。

 

 その奇妙な行動に首をかしげていると、ずっと手を止めていなかった櫻井が言う。

 

 「そりゃ要らなかったからさ。世の中無駄なものは削ぎ落とさないと」

 

 「え、えっと……櫻井……?」

 

 簪は何か物言いたげな表情をしていたが、作業に集中して無言の櫻井を見て押し黙ってしまった。

 

 いったいなんだ?、と一夏は訝しげに思うが、何がおかしかったのかはわからなかった。

 

 仕方がないので他に気になったコトを訊ねる。

 

 「そういえば二人はどんな関係なんだ?」

 

 一夏としてはまったく他意のない純粋な疑問だったのだが、簪は顔を赤面させた。

 

 「ど、どどどどんなって……! その……」

 

 「どんな関係って、知り合いだけど」

 

 一夏は見た。簪の顔にピシリと亀裂がはしるのを。正確にはこめかみに青筋が浮いている。

 

 『センナくんはツンデレ』というエレナの言葉を思い出した。最近それを一夏たちも実感してきたところ。それをいち早く見抜いたエレナって櫻井のコトをよく見てるなぁ、と思いながら簪爆発のカウントダウンを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 原作よりも早い登板でしたがようやく出ました。そろそろ本音や楯無の出番を増やしていきたいですね。


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