機鎧の男は木立と草影に身を潜ませていた。
体長は2m強の大柄な身体を器用に周囲に溶け込ませる。少々上からの照り日が気になるが、ここ以外に監視と潜伏を兼ねた場所がなかったので致し方ない。
機鎧は纏うものだ。洋服を着るのと同じように、自由自在に身体を動かすコトができる。いや、人工筋肉の膂力は自動車を転がし、家を飛び越えるほどの跳躍力を持たせるから、生身以上の使い心地だ。
しかし、同時に細心の調整が必要になる。ISを除けば最新の機械兵器である機鎧であるが、高度な電子化、自動化されれていた機鎧はそのソフトウェアの調整を施さなければならなかった。
男が纏う機鎧の名前はエピジェーミヤ。この名前は正式名称ではない。『伝染病』の名を冠したその機鎧は、周囲に災厄を撒き散らすだけではなく、その搭乗者の生存率の低さと悲惨さを揶揄したものでもある。
この機鎧は欠陥品だ。周囲に電波を掻き乱すコトで自分の居場所を悟らせない。逆に言えば、電波状況が悪くなればコイツがいるというコトにほかならない。状況がどうするコトもできなくなれば自爆覚悟で逃走するしか無い。重たい電波撹拌機を載せたコイツは武装も7.7mm徹甲弾を装填した機関銃と対人拡散ナパーム弾のみである。跳躍力も、防御性能も他の戦闘型と比べれば大きく劣る。故に、周囲に災厄を撒き散らすキャリアーであって健常ではないのだ。
それでも男は悲観していない。たとえこのような欠陥機に乗せられて危険な任務に出ようともだ。どうせあのまま生きていてもろくなコトにならなかったのだ。むしろ、自分を、仲間たちを絶望を与えた『ヤツら』への反撃の礎となるのなら本望だ。
とは言っても、実際のところそこまで心配をしていない。ここに来れたのは『協力者』のおかげである。さらには、今や世界的に犯罪にも使われるコトのある機鎧であるが、戦争アレルギーを持つ日本には国家権力と武力の増大と
の理由で警察が機鎧専門の鎮圧部隊を持っておらず、自衛隊にも首都近隣の部隊にしか機鎧がないのだ。
いくら戦闘力の劣るエピジェーミヤでも拳銃やサブマシンガン程度の機動隊など虫のように潰せる。
顔をまわりを覆うよう設置された曲面ディスプレイが情報を映し出す。反応アリ。先行させていた小型ドローンがテリトリーとしていた道路に侵入者を感知したのだ。
その数分後、男は電子ズームで侵入者の全容を捉えた。
古めかしいサイドカー付きのモーターサイクル。乗車は三人。側車に乗った一人は唯一の男子IS操縦者オリムライチカ、タンデム後部……というよりも荷台のうえに無理やり引っ付くように乗っているのはサクライセンナ。ヤツについては名前しか情報はないが、どうやら軍属であるという話だ。大方、オリムライチカの護衛、もしくは教育係なのだろう。そしてもう一人、ジェットタイプのヘルメットとゴーグルのうえに雨よけのフードを被っている。そのせいで顔がよくわからない。しかし、体格からして女だろう。
奇妙な三人組はとんでもない速度で峠を一周する。一度だけ、電子ズームで注視すると、後部に乗っている男は白目を向いていた。ゴーグルも無しに可哀想だと思った。
モーターサイクルはそのまま峠を一周して何事もなく去った。
男はしばらくして元の任務を続行する。
男の任務はIS学園の戦力偵察である。IS学園には三十基ものISが定数としてあるが、IS学園に敵対する者にとって重要なのは変数である新しく入学した代表候補生およびその専用機なのだ。臨海学校で一年生の戦力を調べれば、年々積み重なり、あるいは卒業していくIS学園の大まかな戦力を計算するコトが可能だ。転校や転入が限りなく少ないIS学園を調べるには事足りる。
男は機鎧から付属されている小型ドローンを更に二基飛ばした。一見、空を飛ぶハンドボールにも見えるそれは薄い水色をしている。カメラはない、しかしこのドローンから送られてくる現場環境データを機鎧のニュートロンチップが映像として組み上げる。言わば眼球と脳との役割に似ている。
臨海学校は二泊三日で今日は自由時間。つまり本番は明日。いまの自由時間は小型ドローンと機鎧との接続を調整する良い機会なのだ。少女の体型や柔肌を確認できるようになれば上出来と言える。
陰に隠れながら、男が金庫のダイヤルを探し当てるほどの緩慢で繊細な手つきで動きで調節を進めている時だった。
周囲を警戒させていた小型ドローンの映像が突然ブラックアウトした。
「―――ッ!」
まず考えたのは故障。だが、その可能性は低い。いくら協力者の存在があるとはいえ、規制線の目を掻い潜ってIS学園の監視をするという任務上、そんな『万が一』が起きないよう、細心の注意をはらって部品単位で厳選している。
では、第三者の電波妨害か? しかし、その可能性もまた低い。小型ドローンはこちらからの通信が途絶えた場合にはすぐさま指定のルートを辿って証拠隠滅を図るようにプログラムされている。
となれば、撃墜されたのか?
「……いや、それもありえねえだろ。ドローンは半径六百mの異物を探知できる。しかも上空百mを時速三十一マイルで飛んでるんだぞ。撃ち落とすなんざ……」
言いかけた瞬間、残るもう一つの警戒用のドローンも落ちた。
「……ッ! マズい、マズいぞコレ!?」
男は任務の中止を決断した。動き回るハンドボールほどの大きさのドローンを狙撃で落としてる。常人ではない。
緊急離脱コンディションをAランクで起動させた。コレでもう周囲二km範囲内の通信機器はすべて通信不能、五百m範囲の記憶媒体に深刻な影響が現れる。
マニュアル通りに行くのならこのまま数十キロを移動しつつ混乱を起こし、事前に決めておいた人気のない隠し場所まで逃げ込み、機体は自爆処分。自らはさらに指定されたルートを通って脱出。男はそんな手順を状況に合わせて十数通り想定していた。
人工筋肉が躍動し、道ならぬ山道を駆ける。機鎧の足先は歪な四足、両足合わせて八足。それが地形に合わせて的確に地面を踏む。一歩毎に十m。時速にして八十km。山を住処とする獣を越える勢いでひたすら駆ける。木立に激突はしない。ニュートロンチップが自動で補正するからだ。
男は思考を切り替えて考える。アレは何者だ。もしも、規制線を敷いている連中だとすれば、協力者から連絡が来るはず。
では、アレはそれに該当しない第三者なのか?
「―――ッ!」
男は無理やりとも言える挙動で身を捻らせた。理由は不明。直感に従ったとも言える。しかし、それがわずかな命運を分けたと言ってもよかった。
銀の閃光が頭上を奔る。男は転がりながらも体勢を立て直した。機械の補助を受け、そそり立つ大木を地にして、止まる。八つに分解された足が猛禽類の鍵爪のように木の幹を鷲掴みにして立った。
男は直感の正体を目の当たりにして瞠目する。
少年がいる。黒いがらんどうの片眼をした樫の木のような少年。森にはあってはならない異物だった。
その少年の有り様は異様だった。説明はできない。言語では構成できない空気が流れている。
鬱屈した山林の中で亡霊のように佇む少年。手にした大型ナイフは断頭台。
男は直感した。コイツは、自分を処刑しに来たのだと。
なぜ先回りされたのか理解できない。少年たちがバイクで走り去って数分しかたっていないのに。そこから反対方向に男はどれだけ移動したと思っている? 獣も寄り付かない未踏の森は恐怖の対象ではないのか?
少年は重力を無視したように木の幹に立つ男に平然と話しかける。
「生憎だが、日本じゃ盗撮は犯罪だ」
と、鋭い光を宿らせた大型ナイフをくるくると弄ぶ。
男の足に力がこもり、人工筋肉がギシリと軋む。
「はて、困ったな。ただの監視が仕事だったのか。それなら脅すだけで見逃すべきだったかな? ああ、織江の水着姿なんて何年も拝んでないのに失敗した」
と残念そうに言う。
異形の機械仕掛けの巨人を前にして、少年は語りかけている。
男は機鎧を静かに傾ける。あまりに異常な少年の前にして、我慢が限界になり、彼の平常心は決壊した。
少年が動く。その手にはいつの間にかナイフではなく拳銃が握られていた。
「
さようなら。
たぶん、挨拶する間もなく終わると思うから先に言っとくよ」
暗い森に少年の声が響く。
森を燃え上がらせていた熱気が、少年の言葉に吹き消されていく。
その言葉に、男は明確に恐怖を自覚した。
そして、直感した。生きるためには殺すしかないと。逃げればよかった。だが、逃げられないとなぜか悟った。
恐怖を闘志に、敵意を殺意に、男は手にした機関銃を構えた。
たった一人の独奏が幕を開ける。規則正しく放たれるスタッカート。静かな森を暴力が打ち破る。
そう、コレは一人舞台だ。相手は生身。こちらは機械。あんな不気味な少年など三十人いてもお釣りが出てくる。これは一方的な蹂躙なのだ。世界の常識が覆らない限り負けない。
それなのに、横一文字に薙ぎ払う機銃掃射は少年には中らなかった。
男は木から水平に跳ねる。機械の補助があるからこそのデタラメな動き。少年の真上を飛び越えるようにして、背後を取る。
少年は緩慢な動きで振り返る。さながら戦車の旋回砲塔。驚きが動きを鈍らせたのか。
左腕を少年に向ける。森の中では使いたくなかったが、理性より本能が打ち勝った。
装填された対人拡散ナパーム弾。飛び出す液化燃料は広範囲の敵を焼却する。
間抜けな音と共に飛び出すナパーム弾。この距離とタイミングなら外しようがない。
生身の少年は打つ手がない。ただ、自らをかばうように手をかざした。印象とは裏腹に、なんとも間抜けな最後だ。
そう思った数瞬後、少年は飛んできたナパーム弾を掴み取った。
「……、!?」
絶句する男の目の前で、飛んできた羽虫を潰すようにナパーム弾を握り潰すと、容器が起爆もせず破裂し、少年の手から液化燃料が零れ落ちる。
男はしばらく立ち直れなかった。たったいま目にしたモノが信じられなかった。
―――コイツはいま、ナニをした……!?
少年は残骸を放り捨てる。一回りも二回りも巨大な戦闘機械へと表情をちらとも変えず歩み寄ってくる。その悠長な足音は、カウントダウンにも聴こえた。
その奇妙な行動が恐ろしい。いま目の前に存在しているだけで危険だ。こんなヤツが世に存在するだけ間違っている。
男は機鎧の全膂力を持って潰しにかかる。木の葉を巻き上げて一直線に駆ける。
「……こういうときって有効な武器を無視して殴りかかるのが常識なのか?」
少年は不思議そうに首をかしげた。
瞬きすらも遅い時間の中で、男は拳を振り上げ殴りかかる。機鎧で全力で殴れば自動車もオモチャのように転がるほどだ。ヒトなど木っ端微塵に成り果てる。
男はそう『常識』を根拠に少年の末路を夢想した。
そして、ここに機械と生身の『常識』が覆った。
男の手が生身ごとひしゃげる。少年は何もしていない。ただ、さきほどと同じように手をかざしただけ。それだけだ。それだけなのに。鋼鉄の腕とその中の生身の腕に、少年の細い指が食い込んだ。
「………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………
………………………………………………、」
男にはわからなかった。
ただ、"コレは違う"、と何の根拠もなくそう思った。
少年が男に拳銃を突きつけた。9mm程度で撃ち抜けるはずがない。
それなのに、
男の意識は、世界と乖離したなかで沈んでいった。
最近、暑くなってきてすっかり参っています。
今回は戦闘シーンを入れることができました。やはり日常パートより戦闘シーンのほうがなんだか書きやすいですね。
なんだかお気に入り数や評価も伸び悩んできた今日この頃。気分転換にかねてより暖めてきたオリ小説に取り掛かろうかと考えてますが、はたしてコイツの完結はいつになることやら……。むしろ次話投稿も危うい。
この文章ペースで行くと間違いなく100話以上は行きそうなんですがどうしよう……
アドバイス、批評、ついでに感想評価要望をお待ちしています。