織江の新しい専用機に名前をつけたところで櫻井が振り返る。
「コイツの調整はまだ時間がかかるから、まずは織斑一夏のほうから始めよう」
と言って、櫻井は織江の専用機が入っていたものの隣のコンテナを見やる。
先ほどと同じように櫻井が暗証番号で開けたコンテナの中身を一夏が引っ張り出した。
その中に入っていた荷物を見て一夏は思わず怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだコレ?」
中に入っていた荷物はエンジンだった。コンテナの内部の壁には太いコードのようなものが無数に固定されている。それは内部を巣食う血管のようにも見えた。
なんでこんなもんが単品で入っているのか謎であるが、チェックボードと荷物とを見比べていた櫻井はしばらくして頷いた。
「どうやら中身は間違いないようだな」
「間違いないって?」
相変わらず櫻井は説明をよこさない。普段から、一夏の方から質問をしているような気がするが、自分で少しは考えろというコトか。それにしたってわかるはずもないのだが。
「コレは織斑一夏に載っけるエンジンだ」
「マジか……、俺の積載重量はせいぜい六十キロぐらいなんだけどな……」
「コレを背負う気か……?」
櫻井はバカにしくさった目で一夏を睥睨した。
本人はいつも冗談ばっか言っているのに理不尽なコトである。
「白式に載っけるに決まっているだろ」
「たまには俺のほうから冗談を言ってみたかっただけなんだ」
「存在がすでにコメディアンなくせして何を言っているんだ」
「傷つく……」
生憎だがショタでもない男がしゅんと落ち込んでいてもキモいだけだった。
とにかく口が悪い櫻井を無視するコトにして一夏は態度で先を促した。
櫻井も早く終わらせたいのだろう。白式とコンテナから引っ張り出したエンジンとの二つを見納められる位置に立ってチェックボードを操作する。
ディスプレイ部分をスライドさせて出てきたキーボードを片手で器用に規則正しく打ち込んでいく。
ここまでお膳立てされれば、一夏でも櫻井のやりたいコトがわかる。
つまりは、白式のエンジン交換をするのだろう。
しかし、ここでひとつの疑問が生まれた。
「機材はないけどどうやって換装すんだよ?」
「エンジンの規格が同じだから量子転換方式を使う」
「リョウシテンカンホウ……?」
部分的な意味はわかるが、本質的な意味がわからない専門用語特有の意味不明さに一夏はどこかうんざりする。
セシリアといい、櫻井といい、なぜ頭のいい人はさも当然のように言って語るのだろうか。
説明をください、と顔に書いてあったのか、櫻井がお前は学校でなにを習っているんだと言いたげな塾の講師みたいな顔をした。
「文字通り量子化して交換するんだ」
「……、先生、もう少し詳しく」
「ISはその物質を量子化して保存している」
「量子……」
「……例えば音の波のデータを数値的に記録したり、位置座標とか運動量とかの運動量を数値的に演算したり―――」
「先生、パスで……」
「まあ、わからなかったら長ったらしい名前の人にあだ名をつけるぐらいの認識で良い」
「ああ、例えば赤ナンパとか?」
「お前、五反田弾に恨みでもあるのか?」
どうやら今の講義の成果は弾に対する認識の共有だけだったらしい。
「言ってしまえば、つみ木の片付けみたいなものだ。パズルみたいに綺麗にはまって片付けられる積み木のひとつを取り出して別の色の積み木にしても形さえ合えば、またそこにはまるだろ?」
なるほど、と一夏は思わず手を打った。
つまり、白式と交換したいエンジンを量子化し、データ上で組み替えればまた展開した時にはエンジンは交換されているって寸法なのだ。
量子化できるISならではの換装方法と言えよう。
「量子転換方式を使うにはエンジンを外殻の寸法とかも寸分狂いなくしないといけないからあまり使われないんだがな」
「ちなみに狂うと?」
「ISが自己進化機能で修正しなければ空中分解する」
「なあ? IS学園に帰ってやらないか?」
その願いはわりと本気で切実だったが、櫻井に一蹴された。
ISの飛行テストを一通り一度に終えるならば、非限定空間での訓練が行える臨海学校を利用する手はない。セシリアたちのパッケージと呼ばれる追加装備も広い空間や距離を利用するものばかりだった。
換装作業自体は簡単だった。
というよりも、一夏はなにもやるコトがほとんどなかった。
櫻井が白式の設定ウィンドウを開いて換装したいエンジンを関連付ける。そして一夏が白式を量子収納すると、傍らのエンジンも一緒に量子の光となって消えた。待機状態のガントレットとなった白式の設定ウィンドウを開いてエンジン部分のデータを交換。思えば、この交換作業で最も難関と言えたのはこの作業だけだった。ここで櫻井が入れ替えるデータを仕損じれば大問題だったが、いまさらしくじる櫻井ではない。データの交換が終わり、すべてのデータを展開すれば、現れたのは白式を纏った一夏と換装が終了した古いエンジンが砂浜に転がった。
一夏は言い表せぬ感動に震えた。
「おおぉお……!! 科学ってスゲぇ、あんな適当な方法で本当に換装できた」
「おい、適当とか言うな。本来の意味でなら正しいけど腹立つ」
櫻井が苦言を垂らすが、本来ならば数時間かけて装甲を外したりクレーンを使ったりとする作業をほんの十分たらずで終えてしまうのは驚きだ。
改めてISの異常さを実感してしまう。
謎のはしゃぎように首を傾げながら、櫻井は換装したエンジンと白式とのすり合わせを行う。
「元のエンジンよりも出力は一割と少し上がっている。重量軽減もされてるから加速力はけっこう上がっているはずだ。そのかわりにエンジンの耐久性が落ちてるから、……とりあえず出力40%ぐらいで飛行テストをしよう」
「え、飛行テスト? なにすりゃいいんだ? イグニッション・ブースト?」
「やったら殺すぞオマエ!」
櫻井マジギレ。
もしも送られてきたばかりで改修され出来立てホヤホヤのエンジンをいきなりぶっ壊せば、間違いなく櫻井の監督責任になる。ちなみに、おそらく一夏のほうには過大でも厳重注意が関の山なのでその怒りはもっともと言えるのかもしれない。
めまいを起こしたようにふらついたのはおそらく炎天下のせいではないだろう。
櫻井は疲れたようすで、何やら不穏な騒動が起きそうな空気を感じ取り、見に来たセシリアとシャルロットを呼んだ。
「そこの二人、暇?」
「はい? え、ええ……。わたくしは元々本国でテストしていたパッケージでしたので手間はかかりませんでしたわ」
「うん、ボクもだよ。リヴァイヴだからテストするパッケージなんて似通ったのが多いしね。接続テストはパパっと済ませちゃった」
突然の問いに、二人は櫻井の真意を察するコトなく正直に答えた。
「じゃあ、飛行テストのお守りを上でしてくれないか? 基本機動を出力を15%ずつ上げながら2セット」
「「やる!!」」
思ってもいない申し出に二人は二言なく飛びついた。邪魔者はいるが、この際は仕方がない。櫻井に活躍の場面を取られっぱなしの二人が飛びつかない理由はない。
先を争うように呼んでいった恋する乙女たち。メインは一夏であるはずなのに、そのやる気は比ではない。
尻に引かれるその様を、他人事に眺める櫻井。
飛行データがきちんと記録されているのを確認した櫻井はため息をひとつ。
「難儀な性格をしているもんだな、お前も」
「それはどういう意味ですか織斑教諭」
櫻井が頭をかきながら目を眇めて千冬を見やる。
千冬は返答とばかりに肩をすくめる。否、返答にはなっていなかった。
しかし、どうやら真面目に答える気はないらしい。
櫻井もいちいちもう一度聞き返したりはしない。もとより期待もないし、そういうコトには無頓着だった。
淑女にエスコートされている弟の姿が何やら複雑な姉はうーんと唸った。
「アレももう少し図太くなればいいんだがな」
「やめてくださいよ。アレ以上図太くなって将来の夢は正義の味方ですとか真面目に語りそうで怖いんですが?」
「生憎だがそれなら手遅れだったな」
今度こそ櫻井はめまいがした。
これならまだ意識高い系の人間と相対したほうがまだマシだ。
ふと、千冬が意味有りげな視線を不意に寄越した。
「あいつが本当に正義の味方になりたいと言ったらお前は止めるか?」
「いいえ。いちいち止めませんよ。僕の仕事は織斑一夏の護衛であって性格の矯正じゃありませんから」
櫻井もそこまで暇ではないし、何より親身にはなれない。助言や制止はするが、それを超えての行動を無理に止めようと思わない。そしていざという時にはその責任は取らせるつもりだった。
千冬はため息をついた。
「そうか。お前と一夏は意外と友達になると思ったんだがなぁ……」
「ご冗談を。あいにくですが手がいっぱいです」
聞いて、千冬はふむと頷き、そして、どこか邪な笑みを浮かべた。
「ほほう。手がいっぱいとはクロスフォードのコトか。ふふん、涼しい顔してああいうのが好みのタイプか」
「恋愛経験なさすぎるのは責めませんが、そのメルヘンチックな少女漫画脳はどうかと。男女が一緒にいたらやたらくっつけがたるのが許されるのは若いうちですよ」
「私はまだ今年で二十四なんだが……。というか、お前まさかケンカ売ってるのか?」
「だったら先にケンカを売るのはやめてください。先に茶化しておいて逆ギレするのはみっともないですよ」
言い返されて千冬は、ぐぬぬっ、と押し黙る。ここで言い返せば言い返すほど泥沼に嵌ってしまうのは目に見えている。
こういうところが妙に似た姉弟だった。
これ以上イジメてはいけない、などと余計なお世話な自制をしようと決めた櫻井。
気が緩んだ拍子に欠伸が出た。
「あ」
「あ? どうした櫻井?」
「いえ、なんでも。ところで、なんで織斑一夏はISに乗れるんでしょうね」
世間話程度の感覚で櫻井が問うた。
千冬も、さてな、と投げやりな返答をする。実のところその理由はいくつか思い当たるが、どれが正解なのかわからない。もしかしたらどれも正解なのかもしれないし、すべてが正解なのかもしれない。
「だとしたら最悪だがな」
「いったいなにがです?」
千冬はしまったと口を覆った。つい口が滑った。
なんでもない、と手を振ると、櫻井もとくに気にしなかったのか、あっさりと興味を失ってしまった。
一夏の話題が出たからか、視線は自然と空高く。
大空では、青とオレンジの機影に挟まれて一夏が飛行テストを律儀にこなしている。
「ところでだが櫻井。今年の一年はずいぶんと手慣れた奴が多いが、お前はどう思う?」
ざっくばらんとした質問だ、と櫻井は呆れた。
しかし、千冬が言わんとするコトがわからず、聞き返すほど意地悪い性格をしているつもりはない。
「言っときますが、僕は別に生徒全員分のデータを集めているわけじゃありませんよ」
「いつものメンバーだけでいいぞ。ここでお前が全員分のデータを持ってたらちょっとキモい」
ヒドい言い草であるが、櫻井はそれならと口を開いた。
「総合的な観点ではやはりラウラ・ボーデヴィッヒが断トツでしょう。しかし、基本的な射撃の技術ではセシリア・オルコット。単純な近接格闘能力で考えると篠ノ之箒と凰鈴音ですかね」
「二人は私も昔から見てきたが、近接格闘で競うとなるとその二人か」
「方向性は違いますが野生の勘と言いますか、機転では凰鈴音が勝りますが、盤石の硬さでは篠ノ之箒に分があります。凰鈴音が勢いで攻めきれなければ篠ノ之箒が勝つでしょう」
「大和はどうだ。身体能力テストは受けていないがかなりのものだろう」
「織江は、……ああ見えて激情家というか、熱くなると周りが見えなくなりますから。そこを攻められると弱いですね」
千冬はなるほどと感心すると同時に、面白いなとも思った。
研鑽を積んだ堅実な箒にとっては、天性を武器とした圧倒的な攻撃力を持つ織江は不得手だろう。しかし、その織江はしたたかさを持つ鈴には足をすくわれるかもしれない。だが、織江ほどの速さと鋭さがない鈴は箒の剣道を崩せない。
見事な三竦みと言えた。むろん、その場の状況であっさりと覆るようなものであるが、これからお互いに切磋琢磨していくともっと面白いコトになるだろう。
「こうして考えると面白い組み合わせですね」
どうやら櫻井も千冬と同じ考えに至ったらしかった。
「エレナとシャルロット・デュノアも方向性が逆ですね」
「と言うと?」
「どちらも高機動戦を主体としていて器用に射撃も格闘もこなしますが、正攻法のシャルロットと違って、エレナはどちらかというと絡め手を好みます」
ほうほう、と千冬はまた頷いた。
それと似たような評価を彼女は普段からしていたが、改めて他人から聞かされるとそれはそれで面白いコトも聞ける。やはり、確信を持っていても誰かに尋ねるコトも肝要だと再認識。
「専用機を絡めるとさらに話が広がりそうだな」
「そうなると織斑一夏が『JOKER』すぎますがね」
一夏にはどこか言いしれぬ爆発力のようなものがある。それに最強の攻撃力を持つ零落白夜を絡めると、まさにワイルドカードとなる。
千冬は普段から女の尻に引かれてる弟の姿にこめかみを押さえた。
「あいつはもう少し基礎からきちんと教えてやるべきだったか……」
いかせん、一夏に剣を教えた千冬も箒も、そして箒の父である師範も基礎の基礎だけは大事にするが、その途中経過ともいうべき部分はかっ飛ばして、とりあえずボコボコにするからなにがダメだったかあとから考えろ、みたいな教育方針だったせいかムラっ気が激しすぎる。
いまさら嘆いても仕方のない話なのではあるが。
櫻井が空を見上げたままだが、その意識はすこし離れたところにある。
「ところで、織斑教諭。なぜ篠ノ之箒がここにいるんですか?」
質問は唐突ではあったが当然でもあった。彼が先ほど質問しなかったのは、当の本人がすぐそばにいたからだろう。それが彼女に気を遣っていた、と言われればおそらく違うのだろうが。
単にこの話題に箒が敏感であり、無用な荒波を立てたくなかったのだろう。
そんなコトを考えていたので、千冬の回答はすこし遅れてしまった。
本来ならば、この専用機持ちのエリアではなく、他の一般生徒と同じく訓練機を使用して非限定空間の訓練を受けているはずの彼女がこの場にいるのはまさにこの場が専用機持ちが集まる場であるコトだった。
「ふむ。そのコトなんだが、実は篠ノ之は今日から専用機持ちになるコトになった」
千冬の端的な返答に、櫻井が顔の向きを水平線に戻す。
「いや、僕はそんな報告聞いていませんが」
「だろうな。なぜならばこの案件に日本政府は絡んでいない」
「と言いますと篠ノ之博士絡みですか?」
千冬はほうと目を見張った。
ISの開発者の妹がISをもらった。言ってしまえば単純明瞭な関係図であるが、それが常識的にありえるのかと問われればまた別の話である。一基多いか少ないかが軍事のバランスを大きく崩すコトになるISなのだ。
「ISの開発者が専用機を欲しがる妹に専用機をプレゼント。……他の生徒や国家が聞けば激怒しそうな話ではありますね。大丈夫なんですか?」
これで箒の悩みは解決するだろうが、それで他とのバランスが崩壊するようならば彼女は安易に敵を作ったコトになる。友達が最新式のゲームを買ってもらったのとはまったく違うのだ。
「まあ、多少は顰蹙を買うだろうが、大丈夫だろう。むしろ今年の生徒の結束は少しばかり異常とも言える。楯無が会長に就任する前はもっと殺伐としていたぞ?」
櫻井はなんとも微妙な顔をする。
「束に言わせれば世界が平等だった時はないそうだが?」
「まさか。誰だって銃弾で撃たれれば死にますよ」
「お前は捻くれてるなー……」
千冬はため息を深くつくのだった。
ISで飛ぶのは見ているよりも案外と難しい……。
一夏は今まで幾度となく感じたであろう問題に頭を悩ませる。
空を飛ぶパワードスーツ。
男児が聞けば一度はそれを自由自在に操る妄想をするだろう。制限のない、果てのない空を誰よりも速く、誰よりも高く、自由に飛び回る夢は宝島だ。
とはいえ、実際にそんな機会に恵まれてみるとなんとも困る。
まず、ISには翼がない。これで空を飛べと言われてもピンとこない。
次に、操縦桿がない。
さて困った。せめてゲーム機みたいなコントローラーがあれば良かったのだが、はじめてISに乗せられて飛べと言われた時には途方にくれたものだ。
飛び込み台みたいなアリーナの外縁部に立たされて、さあ飛んでください。実に良い笑顔で言ってくれたものだ。一夏は案内係の正気を疑った。死ねと?
それでもなんとかかんとかやっては来ているが、たまに初心に戻るというか、徹夜で詰め込んだ知識がテスト前で飛んだように我に返るコトがある。
PIC。パッシブ・イナーシャル・キャンセラーとか大仰な名前が付いているらしいが、その原理を彼はいまいち飲み込めない。セシリアに懇切丁寧に教えられたが、異国語どころか次元の違う話であった。
その素敵な最先端を飛び抜けた篠ノ之束お手製のISに備わった基本機能であるPIC。使ってみると飛んでいるというよりも、水の中に浮いているに近い。初めて使った時の不自由さもまさにそれだった。
一夏は以前にセシリアに教えられたとおりに空中にジェットコースターのレールを思い浮かべる。ISの操縦はイメージだからだ。レールを滑るイメージ通りに白式が前進する。
レールのような絶対座標ではなく、自分が現在地からどれだけ動くかのような相対的なイメージのほうが良いらしいが、初心者やテストのような決まりきった操縦をする際はこれが良いらしい。
確かに、一夏も戦闘中にレールをイメージしている余裕はない。ただがむしゃらに動かしているだけだ。それで事故らしい事故を起こしていないだけ及第点だと呆れられたが。
「あ、一夏。ちょっと速い。速度を十キロ落として」
「お、おう」
余計なコトを考えていて速度超過してしまった。
シャルロットが子供の不注意を注意するようにたしなめる。
細かい速度調整は苦手であるが、なんとか許容範囲にまで速度を落とした。
そのようすを、セシリアが我が子の成長を喜ぶように手を打って喜ぶ。
「まあ一夏さんISを動かして数ヶ月とは思えないぐらいお上手ですわ。ふふふっ、初めての時からだいぶ上達しましたわね」
「ふーん、一夏ってホントに四月に動かしたばかりだったんだね。それで模擬戦に参加するって無謀だなー」
参加したくて参加したのではない。振り返って我が場当たり的な行動にめまいがした。
「はじめはどんな感じだったの?」
シャルロットの質問にセシリアが少し考えて、
「三百メートル上空から減速なしで地面に突っ込むぐらいでした」
「うわぁ……」
容易に想像できたのか、シャルロットがなんとも生ぬるい目で一夏を見た。
「違うぞセシリア。減速なしどころか加速してたからなアレ」
「一夏。それ多分訂正するところじゃないよ」
どうやら一夏の男気は評価されなかったらしい。
残念だ、と一夏は口惜しくなる。千冬からも、お前のようなバカは後先にもお前だけだ、とお墨付きをもらったのだが。
その時だった。
一夏の隣を並んで飛行していたセシリアが部分収納した生身の手で自分の目を擦っていたのだ。
「セシリア。目を擦ると傷ができちゃうぞ」
「一夏……。指摘するところそこなんだ……。でも、どうしたのセシリア?」
目にゴミが入った、わけではないだろう。なんせ時速二百キロ近い速度で飛行しているのだ。目にゴミが入ろうものなら失明しているし、無論、ISの保護機能の恩恵がなければ目を開けるコトすら叶わないはずだ。
シャルロットは最初、自分の髪の毛が目に入ったのかと思った。実は自分の肉体には保護機能が機能しないのだと知っていたからだ。だから、ISを操縦して激しい運動をすると自分の髪の毛が目や口に入ったりするコトはあったりする。それに、セシリアは長い豊かな髪を縛ってすらいない。
しかし、どうやら違うらしい。
セシリアは目を細めたり、設定ウィンドウを開いたりして、時折遠くを見ている。
「どうしたんだセシリア?」
自然と三人が同時に停止する。
心配する二人だが、セシリアは目頭を揉んだりしている。
「ど、どうやら少々目がおかしくなってしまったらしいですわ」
「ええっ!? せ、セシリア、それホント!? ISの保護機能が機能してなかったの? 顔面神経症になっちゃった?」
「い、いえ。ニンジンが……」
「にんじん?」
一夏は思わず自分の股間を見た。大丈夫だった。
「ニンジンがどうしたんだ?」
尋ねると、セシリアは指で遠くを指した。
「に、ニンジンが空を……」
一夏とシャルロットは顔を見合わせた。
「「そんなバカなー」」
「ほ、ホントですわっ! 信じてくださいまし!」
セシリアが顔を真っ赤にした。自分でもおかしなコトを言っていると自覚しているのだろう。
「あははは、まさかセシリアもそんあ冗談を言うようになったなんて」
「いやまったくだな」
朗らかに笑い合いながらセシリアの指す方を見ると、青い空につぅっと白い筋が。
「……?」
飛行機雲かと思えばそうでもない。飛行機雲は二本の線が重なり合うものだ。
二人はハイパーセンサーでズームし、沈黙した。
「……なにあれ」
「……なんなんだろうな」
二人の視線の先では、白い軌跡を描きながら紛うことなきニンジンが空を飛んでいた。
さて、やっとのことで束さんが次回登場できる。長かった……
アドバイス、批評、ついでに感想評価要望をお待ちしています