正義と、大義と。   作:新田良

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第三十六話 篠ノ之束と自衛官

 

 

 

 

 簪は専用機にあてがわれた試験場の隅で、膝を抱えて座っていた。ちょうどコの字状に湾曲していた岩場なので、日陰になっていて、この殺人的な日差しの中でも涼しい。岩はひんやりとしている。ついでに、目立たないのも良い。

 

 みんながそれぞれ思い思いに国から送られてきた装備を試験するのをぼんやり眺めながら、彼女は上の空で空虚な時間を過ごす。

 

 いくら専用機が未完成であろうと、簪は立派な代表候補生であるのでこの場にいる。しかし、彼女の専用機は完成していない、というコトになっている。完成している、完成しないない、どちらでもあながち間違いではない。

 

 そんなわけで簪には現在、テストするべき装備品は送られてこない。まあ、どちらにせよ倉持技研から送られてきそうな装備など十中八九は趣味全開のシロモノであろうが。

 

 ならばおとなしく一般生徒と交じって訓練をするのが妥当なのだろうが、本来代表候補生である簪は専用機が完成していないという外聞と相まって気を使われるだけだろうし、代表候補生になるにあたって基礎訓練なんてやる気も出ない。それに、そんな簪のために一般生徒にとって貴重なISの訓練時間をさいてしまうなど忍びない。

 

 そんな事情を千冬も理解しているのか、簪がこの場にいてもなにも言わないし、どうどうとサボっていても咎められなかった。

 

 こうしてやることもなくぼんやりとしているが、暇なことは嫌いではない。むしろIS学園では専用機開発のために目も回るぐらいに忙しかったのを思えば休憩も必要だ。

 

 つい先日に専用機開発の一区切りがついていた簪はお気に入りのアニソンを口ずさみながら、ご機嫌にどこまでも澄んだ空を見渡すのだった。

 

 「ふーんふんふふーん♪」

 

 「更識簪」

 

 「きゃーーーーーーー!!」

 

 突然背後から聞こえてきた声に簪は肘鉄をぶっ放してから拳で殴った。小気味のいい手応えと音がした。

 

 案の定というか、そこには流れるような動作で肘と平手を右頬に食らった櫻井が膝をついて悶絶していた。

 

 「……いまなにが起きた? 声をかけただけでこの所業……。思春期怖い」

 

 「ううううるさい! どうして櫻井はいつも後ろからいきなり声をかけてくるの!?」

 

 「いやだって、なんかぼやーっとした顔で鼻歌なんて歌ってたから邪魔しちゃいけないと思ったんだが、このままじゃ埒が明かないから―――」

 

 「きゃーーーーーーー!!!」

 

 今度は拳と膝のコンボが櫻井を襲う。

 

 あまりにも理不尽な暴力に櫻井は戦慄した。

 

 「馬鹿な……ッ、コレは織斑一夏の役割のはず……!」

 

 「それ一夏が聞いたら怒ると思うけど」

 

 簪は呆れたようすで櫻井を見下ろした。

 

 やがて回復した櫻井が腰を下ろした簪の隣に立つ。痛そうに手を頬にやったままなのでちょっと反省。理不尽だったが、日頃の櫻井が悪いと決めつけた。あんな間抜けな顔を観察されていただけでなく鼻歌まで聞かれていたなんて死にたい。

 

 一夏の名前を出して、簪はあるコトに思い至った。

 

 空を見上げれば、一夏のほか他国の代表候補生二人が並んで飛んでいる。

 

 「どういった心変わりなの? 櫻井が他人に大事な護衛対象を預けるなんて」

 

 意外といえば意外な行動だった。

 櫻井は見ず知らず他人を滅多に信頼しない。利用はしても信用までがいいとこだろう。まさかあの二人とそこまで親しくなったわけではあるまい。……万が一、だとしたら自分は絶望ものである。

 

 答えによってはうっかり泣いてしまいかねない問いだったが、当の櫻井はわけがわからないといったようすで首を傾げている。

 

 「ん? あの二人に織斑一夏が加害されても僕の責任にはならないだろうし別にどうでも良いよ」

 

 簪は呆気を取られた。久しぶりに櫻井の異常性と恐ろしさを垣間見た気がした。

 しかし、よくよく考えれば櫻井はこういう人間だった。割り切りがいいというか極端なのだ。

 

 嘆息した簪は僅かに目を眇める。

 

 「櫻井、清々しいほどのクズっぷり」

 

 「いや、僕と織斑一夏はただの護衛と護衛対象の仲なだけなんだけど。僕に判断を任せたのは上なわけだし、いちいち行動をすべて規制して僕が面倒を見るのも大変だから」

 

 「む……」

 

 確かに、それはそうだった。

 そもそも、織斑一夏と櫻井千奈は致命的に相性が悪い。本質というか、それぞれの成り立ちからして食い違うのだ。

 

 それがわかってしまう簪はそれ以上になにも言えない。それはちょっと悔しい。もう少し自分と櫻井とか親密だったら良かったが。

 

 おもむろに、櫻井の目が遠くなる。

 

 「というか、暇さえあればラブコメやってる奴の隣にいる無関係な僕の心境をご察しください。……胸焼けで死ぬ」

 

 「うわぁ……。お疲れさま」

 

 ドン引きしたがそれしか言えない。

 

 クラスの違う簪は見たことなかったが、女子の噂で一夏を狙っている女子が熾烈な争いをしていると聞いたことがある。そのあまりのモテっぷりも。漫画やアニメみたいなコトを隣で日中されてたら櫻井だって辟易するだろう。むしろ櫻井だからこそ耐えられたといえる。

 

 渋い顔をしていた櫻井だったが、素早く切り替えて本来の目的の話題を振る。さきほどの理不尽な暴力については棚上げだ。

 

 「ところで更識簪。打鉄弐式は完成したか?」

 

 「完成はした」

 

 簪の即答と無表情を見て、櫻井は改めて問い直した。

 

 「第三世代機は完成したか?」

 

 今度は簪が渋い顔になった。こんな顔を普段からできればもう少し友達もできようが、そんなコトはどちらも知らなかった。

 

 櫻井の尽力と白式のデータ、何よりも簪の執念とも呼べる努力の結果、なんと代表候補生とはいえ学生の身でありながら簪の専用機―――打鉄弐式そのものは完成していた。ハードは完成ものの、ソフトをほぼ一人で構築したとなればそれは途方もないコトだった。

 

 しかし、打鉄弐式は致命的な部分が完成していなかった。

 これだけではただの第二世代機。総合値ではストライクイーグルやラファールリヴァイヴをやや上回る程度でしかない。

 

 打鉄弐式を第三世代機とするもの。そう、第三世代機であるコトをたらしめるイメージインターフェイスを使用した特殊兵装が完成していないのだ。

 悔しいが、こればっかりは簪程度の技術と知識では組み上げることはできない。

 

 このままでは戦闘に使用できない。

 

 簪は知らず悔しさに唇を噛んだ。

 

 「……ねえ、櫻井じゃできない?」

 

 仮にも櫻井はIS試験部隊に身をおいてる。それに櫻井には知識も実績もある。

 しかし、

 

 「無理だ。発案は僕だったけど、実際に構想を立てたのは倉持技研だし僕はそれ以上関わってない。というか、下手に僕程度が弄ると誤学するよそれ」

 

 「うん言ってみただけ。忘れて櫻井」

 

 とはいえ、落胆は少しだけだがある。倉持技研が白式の解析と開発にかかりきりになったとなると、打鉄弐式は完全に手詰まりとなったわけだ。

 

 それを見かねたのか、それとも単純な興味だったのか、櫻井が尋ねた。

 

 「それ、全く動かないのか?」

 

 「基礎システムは出来てるから動かすだけなら何とかなる。でもバグ取りが終わってないから……、動かすとたぶんシステムダウンを起こす」

 

 もちろん、そんなものは戦場じゃ使い物にならない。

 

 はぁー、とため息をついて、簪は離れた位置に休憩用にと設置されたパラソルの下のビーチチェアで熟睡している織江をチラと見た。

 

 「織江の専用機、来たんでしょ。早く調整してあげなくていいの?」

 

 「あっちは後からでいいよ。どうせ大まかな調整はISに任せるから。一体何がくるのか戦々恐々してたけど、来たのが白雪で良かったよ。アレなら`ご同輩`だからデータはよく知ってる。調整は楽だ」

 

 「……櫻井、その言い方不愉快」

 

 簪がそう言うと、櫻井は首を傾げた。

 その態度に言いようのない悲しみを覚える。

 

 簪は櫻井の顔を意図して視界に収めないようにして言った。

 

 「……櫻井って意外と実は織江が一番だったりしないよね」

 

 ピタリと、櫻井の表情が固まった。

 

 簪は地雷を踏んでしまったと心臓が止まりそうなぐらい縮み上がった。

 

 しかし、不穏な空気を感じた簪とは裏腹に、櫻井はギシシャクと動き出すと全力で否定し始める。

 

 「いやいやなに言ってんの更識簪。織江のためなら国連とだって戦うから」

 

 「それはそれで……。あと、櫻井が言うと洒落に聞こえない」

 

 事実だからな、と笑う櫻井がやはり一番怖い。

 

 櫻井がにわかに考え込み始めた。

 

 「しかし、白式が片付かないと打鉄弐式が進まないのは問題だな。はっきり言って今やってることは織斑一夏がどうしてISを動かせるのかを解析しているのであってやってるコトが無駄なんだよな」

 

 「無駄って……」

 

 世界中で熱く論議され、また世界中のIS開発者が織斑一夏の生体サンプルを欲しがっている状況を無駄だと断じた。

 ただ、その容赦ない所感を当事者として否定できない。現にこうして簪は被害を被っているわけで。

 

 二人でどうにかできないかと考えていると、あたりがにわかに騒がしくなる。

 

 簪が顔をあげて空を仰ぐ。

 

 「なにこの音。ジェットエンジン?」

 

 重いがどこか甲高い特徴的な轟音。その音源を探ろうと空に目を走らせようとした時、手元の通信機から叫び声が上がった。

 

 「みんなそこから早く逃げろ!!」

 

 「は? 一夏、いったいなにを言って―――」

 

 と言いかけた簪の首に手を回して、櫻井は岩場の影に引っ張り込んだ。

 

 

 ―――瞬間、爆音、いや質量を持った激突音が轟いた。

 

 

 岩陰でやり過ごした櫻井は妙な衝撃と噴煙に訝しげに眉をひそめた。

 ミサイルでも着弾したかと思えばそうでもない。不発かとも思ったが、代表候補生に対してぶっ放すのだから、そんな万が一はありえないだろう。

 ちなみに、櫻井がここまで冷静だったりするのは、織江のいる休憩スペースは砂浜から丘を挟んだところにあるため視認したサイズのミサイルでは被害なしと判断したからであったりする。

 

 そこまで考えて、櫻井はそういえばと我に返る。

 

 「更識簪。無事か」

 

 櫻井が傍らを確認すると、簪が涙目で首に手をやって無事を確認している。

 

 「く、首が引っこ抜けるかと思った……」

 

 「大丈夫大丈夫。五体満足だ」

 

 そんなテキトーな態度に簪はカチンと腹を立てた。

 

 「次はもっと優しくして!」

 

 「といってもな。ISスーツだから襟首なんてものないしな」

 

 それはそうだが、もう少し優しくやってもバチは当たるまい。脊椎が脱臼したのではないかとすら思った簪は痛む首をせめて優しくさすった。

 

 櫻井は通信機で織江に連絡を入れている。

 

 「織江。絶対無事だと確信してるけど無事?」

 

 「連絡遅い。頭打った……」

 

 通信機からは憮然として不機嫌な声がした。どうやら衝撃で椅子から落ちたらしい。

 

 「櫻井! 大丈夫か!?」

 

 息を切らして一夏が走ってきた。砂埃に汚れていないので、謎の飛行物体激突後にどうやら上から降りてきたと思われる。非常時なんだからISを解除するなよ、と櫻井は思った。

 

 「あ、簪も無事か!?」

 

 「もののついでに言われるぐらいならスルーされたほうが良かった……。で、なにが起きたの?」

 

 「えーっと……」

 

 問うと、何故か一夏は言いにくそうに口をもごもごさせる。

 いったいなんだ?、と簪と櫻井は顔を見合わせ、その現場へと足を運ぶことにした。

 

 どうやらその場にいた全員は無事ならしい。爆発が起きなかったとはいえ奇跡的だと言えた。

 

 次に、いったいどうやってここまで来たかという疑問が櫻井の頭によぎる。

 臨海学校期間はこの周辺を陸空海すべての自衛隊が総出で警戒に当たる。その総ての警戒網を突破したとなれば大問題。下手しなくともそれぞれの現場責任者が責任を問われるだろう。

 

 などと、他人事のように考えていた櫻井の思考が落下物の正体を見てフリーズした。

 

 

 落下物は、―――『ニンジン』だった。紛うことなきニンジンだった。

 

 

 デフォルメ化したニンジンを模した何かが砂浜に突き立っている。なんだコレは意味がわからないすみません帰っていいですか?

 

 「櫻井! 無言でどっか行こうとしないでくれ!? 俺だってどうして良いかわかんないんだから!!」

 

 「どうもこうもないだろ……。NASAでも呼んでこいよ。宇宙の神秘として片付けようぜ」

 

 「どんな神秘だよ……」

 

 ニンジン型の飛行物体を墜落させてくるとは、人類の精神でも試しているのだろうか。しかし残念ながら意思は伝わらない。

 

 仕方がないので、歩いて少し離れた千冬のもとへと向かう。

 

 「……、……、……、」

 

 どうやら思い切り被害を被ったらしい、砂だらけになった千冬が櫻井を思い切り睨めつけた。その視線は冗談ではなく人を殺せる。

 

 「睨まないでくださいよ……」

 

 「なんでお前はそんな被害なしなんだ! サボりかそうかマイナス100点だな喜べ」

 

 「なんですかその点数制。いや、べつにマイナスでもなんでもいいですけどね」

 

 「親御さんに送る通知票を保健体育だけ『評価A』にしといてやる」

 

 「子供かあんたは……」

 

 冗談じゃない。そんなもの送られた暁には大和家に帰り辛い。そして櫻井はたぶん上司に呼び出しを受けた後バカにされる。

 

 千冬は不愉快そうに砂だらけの髪を指で梳いた。

 

 「気持ち悪い……」

 

 「水いります?」

 

 「いる……」

 

 ミネラルウォーターをボトルで渡すと、千冬は髪を大雑把に洗い、次に顔を洗った。服はびしょ濡れだったが千冬はスッキリした顔で空のボトルを櫻井に押し付けた。

 

 櫻井は空のボトルを潰しながら尋ねる。

 

 「それで、このフザケたモンはいったい何ですか? 中から宇宙人が出てきたり? 生憎ですが、僕は人見知りなんで友好なんて結べませんよ?」

 

 「この状況で軽口を叩くあたり流石だな。それとあながち間違いではない」

 

 「……はい?」

 

 思わぬまさかの回答に櫻井は驚いた。それこそ何かの冗談に聞こえる。

 

 宇宙船(仮)に亀裂が走り、扉のようなものが開いた。

 

 「構えろ櫻井!」

 

 「だからなんなんだこれ……」

 

 置いてきぼりを受けながらも櫻井がなあなあと拳銃を取り出して構えた。

 

 扉からは二酸化炭素のような濃い煙が溢れ、人影が現れる―――!

 

 「しかし残念、束さんは最初から乗っていなかったのだった!」

 

 勢い良く千冬のジャージのズボンが引き下ろされた。白いデルタ地帯が衆目に晒される。

 

 「ギャーーーーーー!」

 

 千冬の鉄拳が背後から忍び寄った不届きモノをスコーン! と殴り飛ばした。

 

 砂浜に墜落したそれは、まるで勝者を称えるように震えながら身を起こした。

 

 「ぐぬぬ……、さすがはちーちゃん……。久しぶりなのに素晴らしいナイスパンツ……じゃなかった、パンチだったよ。でも束さん的に女の子として悲鳴から濁点はとったほうがいいんじゃないかなー?」

 

 「やかましい!」

 

 「ぶへら!?」

 

 足元までずり落ちたズボンを引き上げながら、手にしたタブレットが弾丸のように射出され、謎の人物の顔面に突き立った。

 

 「なんでアレに乗ってないんだお前は!」

 

 「いやいや、いくら束さんだってあの勢いで地面にぶつかったら死んじゃうよ?」

 

 「そのまま死ね」

 

 容赦のない罵倒に謎の人物はうれしそうにいやんいやんと身体をくねらせる。

 

 見れば見るほどおかしな人だ。長髪でスタイルは成熟しており、そのバストは真耶ほどではないが男を惑わすには十分すぎるほどある。しかし、童顔な顔立ちと童話から抜き出したようなエプロンドレスは子供のよう。危ういアンバランスさが見るものに強烈な印象を与える。

 

 櫻井は記憶のデータと照らし合わせてその人物の正体を知る。

 

 「これが……、篠ノ之束……?」

 

 ISを開発した稀代の天才。世界をそっくりそのまま塗り替えた天災。

 

 ――― この、変人が……? 

 

 櫻井の困惑は無理もない。想像もできない。

 

 思わず身内の顔を見ると、箒はげっそりとした顔で目をそらした。

 箒と束が姉妹というのが信じがたかった。

 

 「織斑一夏。この二人は本当に姉妹か? 共通点なんて人類と胸しかないだろ」

 

 「姉妹なんだよなー……」

 

 傍らの一夏も櫻井にツッコミ忘れるほどだった。

 

 変人、もとい束、やはり変人は妹の姿を見咎めるとロケットのようにすっ飛んできた。

 

 「きゃーーーー、箒ちゃんひっさしぶりー! おっぱいでっかくなったねー! プレゼント送っといたけど届いた?」

 

 「はい、捨てました」

 

 「えーーーーなんでーーーー!?」

 

 「いきなり人形が合体変形するわ夜中にいきなり動き出して決めポーズするわと気持ち悪かったので」

 

 はじめは枕元に飾っていたが、朝起きると明らかにポーズが変わっていて、はじめはそのなぞの怪奇現象に震えたのだった。

 ちなみに、人形がいきなり分裂変形合体を行うのは過去に事例があったので耐性がついていたりする。

 

 聞いて束は悔しそう。

 

 「ぐぬぬ……。じゃあ、今度は簡単に捨てられないようにいっくんそっくりに……」

 

 「束さんやめてください!」

 

 一夏から悲鳴が上がった。

 人形とはいえ自分を模したものがいきなり合体変形し始め、さらに後日捨てられてるのを見たら一夏が泣ける。束が作るとなればクオリティーも相当なものだろう。

 

 一夏に止められてもなお、今回の束にはめげない理由があった。

 

 「ふっふっふ、いつも嫌がられてるけど、今回は喜んでもらえるプレゼントがあるんだぜ!」

 

 「自覚はあったんですね……」

 

 「きゃー、これで「おねえちゃん大好きー!」とか言ってまた昔みたいに一緒にお風呂入ったり同じ布団で寝たりしちゃったらどーしよー!!」

 

 束大興奮。そのテンションはとどまるところを知らず。面倒くさいので千冬たちは放置することにした。

 

 一人逃げることもできない箒に束が子犬のようにくるくる回ってかまおうとする。

 櫻井が不意に近づいた。まるで既知に挨拶でもするかのような大胆さだった。

 

 千冬たちがぎょっとして止めるまもなく、櫻井は束に近づいて礼をした。

 

 「篠ノ之束博士。お初お目にかかります。倉持技研の櫻井特務尉官です。以後お見知り置きを」

 

 恭しく礼をした櫻井だったが、束から返ってきたのは侮蔑を交えた冷たい目だった。

 他人嫌い。というよりも箒、千冬、一夏のみどころか両親さえもかろうじて身内と判断できるぐらい他者との関わりを拒む束だ。久しぶりの妹との邂逅を横からいきなり水をさされた分だけ態度は氷よりもなお冷たい。

 

 「はぁ? キミいきなりなに。横からいきなりどういう了見なの。キミなんて興味ないからあっちに―――」

 

 そう、言いかけて、櫻井の姿を見た束の目が見開かれた。まるで幽霊か、珍動物でも発見したかのような驚愕。そのまま束は固まったまま動かなくなってしまった。

 

 さらに驚愕したのは周りにいた千冬たちだ。妹の箒でさえもそんな反応を示したのは見たことがなかった。

 

 どれぐらい時間が経ったか。数秒か数分かもわからない時間の後、束が動き出した。

 

 「へー、ふーん、ほー」

 

 束は意味の分からない所感のようなものを述べながら、櫻井に近づき、頭一つ分高い彼の首に両腕を回した。

 まるで、恋人の逢瀬のように。櫻井へ抱きつくように束は顔を引き寄せ、そのまま重ねた。

 

 あたりがしんと静まり返る。

 さしもの千冬もいったい何が起きたかわからない。

 一夏は織江やエレナの顔を確認するのも怖くてできなかった。姉の驚愕の行動に箒は口をぱくぱくさせたままなにも言えない。唯一、一切の事情を知らない真耶やセシリアたちは顔を真っ赤にして一連の流れを見守った。

 

 そんな木っ端微塵に砕け散るような衆目の中、顔を間近に重ね、互いの右目と右目が今にも触れ合いそうなまま、二人はそのまま停止していた。

 不意に、束が口を開いた。彼女の吐息が櫻井の唇に触れる音に紛れて、束が無表情のまま右目で右目をじっと覗き込みながら言う。

 

 「へぇ…、面白いね。キミ、`中にいるんだ`」

 

 櫻井は動かない。束はさらに腕に力を込めて櫻井の首を締めた。

 そして、囁いた。まるで愛を騙る恋人のように。

 

 「ふぅん。キミは矛盾でイカれてるね。私とおんなじだ」

 

 束は笑みを浮かべた。その笑みは子供に似ていた。純粋な天邪鬼だと、櫻井は思った。

 

 「ねえ、名前教えてよ」

 

 「自己紹介は先ほどしましたが」

 

 「違う。キミの肩書なんて興味ないよ。ちゃんとあるでしょ? キミ個人を表す名前が」

 

 櫻井は顔を不愉快そうに歪めた。

 その顔も見て、束は嬉しそうに微笑む。

 

 「センナ。僕の名前は、千奈です」

 

 ふと、櫻井から負担がなくなった。

 

 「ふーん、センナ、センナ、千奈、ね」

 

 名前を繰り返しつぶやきながら、束は踊るように離れていく。

 ピタリと立ち止まって、束はさらに笑みを深くした。祝福しているかに見えなくもない。

 

 「へー、キミって`愛されてるんだ`?」

 

 「さあ……、親不孝なもんで」

 

 ぶっきらぼうな返答に満足したのか、束は何事もなかったように箒へと駆け寄った。

 

 「さあ、ご覧あれ! これぞ箒ちゃんの専用機『紅椿』だよ!」

 

 

 

 

 

 

 




 やっと出てきたよ束さん。長かった……
 なにやらフラグが立っているがヒロイン化するかは別の話。というか要望がなけりゃ十中八九出番もそんなにない予定。


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