正義と、大義と。   作:新田良

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第三十七話 殺し合いを始めましょう

 

 

 「状況を説明する」

 

 そんな千冬の前口上の後に、臨海学校が急変した。

 

 野外訓練は突如中止。生徒たちは自室にて待機を命じられた。

 

 そんな中で、一夏を含めた専用機持ちのメンバーのみが別室の広間に集合させられる。束から新しく専用機を貰った箒も含まれていた。

 

 一夏は自分がなんとも場違いな違和感を感じる。まるで、仲間内で自分だけが異国人でまったく言葉や文化が理解できないような疎外感。

 座っていて落ち着かないどころか、自分が座っているのかすらもわからなくなるぐらい現実味のない話がされていく。

 

 ――― 第一級特殊危険状況?

 

 ――― アメリカの技術実証先行試験機が暴走した?

 

 ――― それを自分たちで迎撃しにいく?

 

 これはいったいなんの冗談だろうか。

 しかし、冗談にしてはみんなが真剣で、今までで見たこともない表情をしている。

 

 故に、一夏は自分の状況がなおさら飲み込めなかった。

 

 それはそうだろう。なぜなら彼は元はただの『一般人』であり、今の現状は遠い異国の話でしかない。

 

 無人機には二度も襲われ、そしてそれと同じぐらい危ない目にも何度も遭った。

 

 しかし、それはあくまで自分事。殺されかけたのだから必死なのは当たり前。だが、これは他人事でも済ませてしまえる問題だった。これから自分の意志で遠い戦場に行けと言われているのだから。

 

 「さて、ここから話す内容は軍事機密だ。軍事機密といっても簡単なカタログスペック程度だが、まあ、ないよりはマシだろう。無論、口外は禁止。万が一、漏れた場合は体よく借り出している以上逮捕はされんだろうが、謹慎と尋問、キャリアの没収はあり得るだろうから気をつけることだ」

 

 少女たちは無言で了解の意を示す。

 千冬がちらと一夏のことを見た。その目には迷いも見受けられたが、立とうとしない一夏を見て目をそらした。

 

 「……迎撃目標はアメリカの技術実証先行試験機。試験機とはいってもイスラエル、アメリカの軍事先進国が『オリジナルの復古』を狙った一級品だ」

 

 その言葉に生徒たちはおろか、同じくいま初めて内容を聞かされる教師陣も息を呑んだ。

 

 ―――オリジナル。

 誰かがそう定めたわけではない。しかし、かつて世界に振るわれた圧倒的かつ一方的な力の偶像―――『白騎士』。

 世界はその姿を追い求め、ISの開発を解析に狂奔した。しかし、生まれ落ちたのはあくまで航空機とパワードスーツの延長線上のものばかり。故に世界は現在、星に手を伸ばすのではなく土台を積み重ねる方向へと転換しはじめた。

 あくまで現実的で妥当な方針。その裏には手が届かないという諦観や違う方向性と条件でオリジナルを越えようという意味もあった。

 

 そういう点ではアメリカの今回の試みは大望だろう。しかし、それを笑うことはない。なぜなら、いくら届かなくとも、それに全力で挑んだものと、ある意味で諦めたものがこれから戦うのだから。

 

 「機体の開発コードは『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』。広域殲滅を目的とした特殊射撃型。火力と高速が売りだ。最大の特徴は『銀の鐘(シルバー・ベル)』と呼ばれる大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システム。三十六門からなるエネルギー砲口をもつウィングスラスター。高密度に圧縮されたエネルギー弾を全方位へ射出するとともに、常時瞬時加速と同程度の急加速が行える高出力の多方向推進装置」

 

 説明とともに、設置されたディスプレイに簡易的な全体図が現れる。やや偏った形をした銀の鐘は翼というよりは歪な紡錘型をしており、鱗のようなカバーが開いて砲口が姿を表すようになっている。

 

 常時瞬時加速と同程度の加速性能。なんて途方もない性能なのだろうか。

 

 それぞれが様々な所感を抱くなか、セシリアが首を傾げる。

 

 「あのような砲口の角度でどう狙いをつけますの?」

 

 セシリアの指摘通り、銀の鐘の三十六門の砲口は円錐状に広がるように向いており、さらに先端はスラスターの噴出口になっている。

 

 「イメージインターフェイスを使用した光学偏向(フレキシブル)で狙いがつけられる。ただバラ撒かれても厄介だが、集中されると火力はちょっと凄いぞ」

 

 ブルー・ティアーズにも搭載しているものの、それを扱えないセシリアは聞かなければ良かったと頬を引くつかせた。

 

 一対一ならば三十六門から連続して吐き出される高圧密エネルギー弾がたった一人に殺到するのだ。相対してしまえばどうなるか、想像は容易い。

 

 「櫻井櫻井。かなり置いてきぼりを食らっているんだが、ISが暴走するってどういうことだよ?」

 

 一夏は質問してから、そんな初歩的な質問に対して、櫻井がとくに気分を害した様子がないことにホッとした。

 櫻井にとってはその質問が来ると予想できたのは当然であった。なぜなら、ISの暴走と聞いてとくに顔色を変えなかったこの場の人間の方が世間一般では異常の分類なのだから。

 

 「ISの開発当初から薄々可能性としては挙げられていた。人と機械、人機一体のISはあまりにも不確定要素が多すぎるうえにISには自己進化機能が備わっている。つまりISはこれまでの生体義肢なんかと違って機械と密接に関わりすぎている」

 

 聞けば人間に機械があわせて進化してくれると思うだろうか。しかし、ソレは人の自分勝手で傲慢な思い込みだ。

 

 もしも、その進化の主導権を"人ではなくISのほうが握ったら"?

 

 バカバカしい話だ。いままでどんなに機械や人工知能が発達してきても、あくまで扱うのは人間だったからだ。しかし、そんな、都市伝説にも等しい可能性を頭で否定しても消し去ることはできなかった。それぐらいにISは途方もないシロモノだった。

 

 だから、今回の事件の発端を聞いても「ああ、あり得るかもな」という思いがそれぞれの頭に浮かんでいた。

 

 「今回は"ISが操縦者の思考を間借り"していると思ったほうが妥当だ。……事実、アメリカはISの演算領域を使用した思考補助プログラムを開発している」

 

 エレナの専用機―――アサルトラプターに搭載されている第三世代特殊装備『テスタメント』がその一つだ。

 そこから問題が発生したと充分考えられた。

 

 黙って一通りの話を聞いていたラウラが口を開いた。

 

 「エレナ。操縦者のナターシャ・ファイルスについては?」

 

 「んん? んー、本国から出されてる以上の話はわたしからホントはできないんっスけど……」

 

 困った様子だったが、少しの間をおいて、白い包帯で腕を釣ったエレナは、まあいっか、とさも気軽に答えた。

 

 「知ってるとは思うっスけど、スゴいっスよ? アメリカとイスラエルが本気になって組み上げたワンオフの機体を任されるぐらいっスから。軍事大国アメリカのトップガン。織斑先生を除いた世界ランクでは第三位。とくに高速運動下における射撃スキルにおいては断トツで世界一。わたしも一回だけ模擬戦見たことがあるっスけど、その時も教官三人相手に余裕で勝ってたし、ナターシャが教官たちの顔を立てなかったらたぶん五分ぐらいで終わってたんじゃないっスかね?」

 

 まさにシルバリオ・ゴスペルを任せるにはうってつけとも言える破格の人材だ。

 

 「世界ランクも単一仕様能力(ワンオフアビリティ)込みの順位で上位三人じゃナターシャだけ単一仕様能力を使えない状況っスから単純な戦力では事実上のスリートップっスよ?」

 

 それからも語られるエレナのやや興奮気味の絶賛に反比例して、作戦室の空気が重くなっていった。普段は天才を自負している鈴でさえも戦意がくじけてしまう戦力差。同じ機体なら燃え上がろうが、はっきり言って福音と甲龍とではスペックに隔絶とした差があった。相性も悪すぎる。

 まともに戦えば、今の鈴では封殺どころか瞬殺される可能性は充分にある。

 

 作戦前からどん底に落ち込んだ雰囲気に千冬はひとつため息をついて、一夏を見た。

 

 「織斑、やれるか?」

 

 「……、……、……え?」

 

 「目標は戦略爆撃機並の火力に高速戦闘機以上の高速性能、複葉機すらはるかに超える運動性能に加え、それに乗っているのは世界一の軍事大国アメリカのトップガン」

 

 狼狽える一夏へ、弟へ、千冬はひとつの単純にして明快な作戦を告げる。

 

 

 「お前が墜とせ」

 

 

 その言葉で一夏はこの作戦を理解した。

 

 一夏には切り札がある。

 

 ―――零落白夜。

 戦艦すらも穿つ光学エネルギー弾も、核戦争にすらも耐えうるシールドも、総てを等しく無に返す最強のジョーカー。

 

 敵とは隔絶とした性能差があるかもしれない。そこには超えられない操縦技術があるかもしれない。

 しかし、もしも最大出力の零落白夜を当てることが叶えば、それらは覆せる。

 

 「やれるか?」

 

 もう一度だけ繰り返された問いが空虚に聴こえる。

 

 一夏の頭の中が事故した自転車のタイヤのようにからからと空転している。

 

 そんな簡単な問いだけで命を投げ出していいのか。

 だが、この作戦の肝は自分なのだ。一夏がいなければ、千冬が最速で最も安全だと判断した作戦は根本から破綻する。

 一夏は彼我の戦力差を思い返して絶望する。相手はアメリカ最強。対してこちらは数ヶ月前に乗ったばかりのひよっこもいいところ。模擬戦では負けこんでいるし、操縦技術では同じ年齢の代表候補生たちと比べても稚拙なものだ。合同作戦と聞かされたその時は足を引っ張る自信さえもあった。

 機体性能は? 速力も加速力もあちらが一段上。火力は零落白夜無しならば比較対象にすらならない。攻撃機相手に日本刀で挑むようなもの。

 そもそも作戦に穴が多いのではないか? 零落白夜を敵にぶつけられるのか? 作戦は生徒だけで行われるのか? 死なない保証は―――

 

 「わかった」

 

 口にしてから一夏は驚いた。気がつけば口に出していた。

 だが、後悔はない。喉につっかえていた不快なものが取れたようでむしろスッキリとした。

 

 求められたというのなら応えよう。どうせ普段はお荷物なのだ。ここで応えなければ男が廃る。

 

 「やめておいたほうがいい」

 

 その声は当然といえば当然で、彼の役割を思えば必然と出てくる言葉だった。

 

 櫻井がどこかゆっくりと丁寧な口ぶりで言う。

 

 「これは模擬戦じゃない。戦争だ。零落白夜の有用性は認めるが、織斑一夏は一般人だ。戦場でどこまで役に立つかわからない。土壇場になってやっぱりできませんじゃ困るだろ。篠ノ之箒と一緒にここに残るべきだ」

 

 当たり前の意見にラウラが問う。

 

 「では櫻井。何か良い案はあるのか? 銀の福音と渡り合うには零落白夜の攻撃性が必要だと思うが?」

 

 「前提が間違っている。作戦の要を、こんな素人に任せるどころか、ISに触れて三ヶ月の人間を頭数に入れるのが間違っている。それとも、ドイツでは作戦の決め手に新兵を放り込むのが伝統か? 銀の福音の巡航速度はマッハ2。作戦を組み替える時間はないし、こちらのISではパッケージ装備でもほぼ追いつけない。福音が零落白夜を見て危険と判断すれば、白式を完全に無視して戦闘領域の離脱も考えられる。織斑一夏がしくじればこちらが次善の策を立て直す前に銀の福音は市街地に突っ込める」

 

 もっともな反論にラウラは困ったように口を閉じた。わかっていたが、この事実を指摘されしまえば覆すことなどできないのだ。

 

 つまりは、織斑一夏の力不足。そのせいで作戦は破綻している。

 その事実を突きつけられて、一夏は歯噛みした。腹の底で正体不明の熱を感じた。

 

 「だけどよ、話を聞く限り他に方法は無いんだろ? それなのにお前はやる前から反対するのか?」

 

 「反対? 違う、これは警告だ。お前がしたいようにすればいい」

 

 一夏は櫻井の顔をじっと見た。意外にも、その表情からは本当にそう思っているらしい。

 同時に疑念もわく。彼ならば、この場で反対を表明していてもおかしくはない。

 

 「悪いが僕はお前を止めるほど親身にはなれない。護衛だけど、あくまで護衛。友達じゃない。お前の道が正解だろうと不正解だろうと興味はない。

 お前は、誰かに縛られる人間じゃない。お前はきっとどれだけ止めても必ず行くだろう。だから、お前を止めるという選択肢は無駄なんだ」

 

 故に警告。見殺しにはしない、だが、自分の責任で死地に飛び込むなら見送る。

 それが櫻井千奈が織斑一夏に対して出した答え。

 

 「お前はたぶん死なない。たまにいるんだ、そういう人間が。何をしても、何をされても、最後につじつまが合って生き残る。お前はそういう類の人間だ。だから―――」

 

 そう言う櫻井の目にはどこか遠い感情が浮かんでいる。それが何を指しているのかわからない。ただし、櫻井が何かに諦観しているのは感じた。

 

 「―――やめておけ。お前は死なないが、周りは違う。お前みたいに上手くできない。お前みたいな主人公は周りが死んでも生き残って勝手にトラウマ作ったって最後につじつま合わせで納得した答えをだす。そして、お前自身も死にそうになったって、死ぬ寸前だってお前は面倒に突っ込もうとするだろう。

 お前は戦場に立っていい人間じゃない。おとなしく此処で待て」

 

 「……、……、……、」

 

 櫻井の言っている意味がよくわからない。人のことを疫病神みたいに好き勝手に言ってくれる。

 だが、一夏は答えを出す前にひとつ訊かなくてはならない。

 

 「……なら、他のみんなはどうするんだよ。銀の福音が向かっている街の人は? それを止めに行くみんなは? お前は、それを眺めとけって言いたいのか?」

 

 一夏の眼差しから櫻井は目を離さない。

 

 答えなど質問する前から知っていた。

 

 「それがどうした? お前の選択に、何か関係するのか?」

 

 だからこそ、改めて聞かされた答えはショックだった。織江からも、簪からも、聞かされていたはずなのに。櫻井の取捨選択に希望観測はない。

 

 だが、そのやり方は―――

 

 「―――卑怯だと思うぜ。0じゃないから諦めないんじゃなくて、100じゃないから挑まないなんて。可能性はある。なら立ち向かうべきだろ? 俺は格好悪く諦めてまで安全に自分を騙して生きたくねえよ」

 

 言ってることは馬鹿みたいなのかもしれない。一夏は櫻井のように現実と先を見据える能力なんて持っていない。

 それでも、損得勘定なんて抜きにして目の前の人を助けたい。

 自分の力なんて無能なのかもしれない。でも、―――無力じゃない。

 

 「―――バカが」

 

 突然、底を這うような声がした。

 一瞬、誰がその声を出したのかわからなかった。

 重く、鉛のような、それでいて怨念のように意思を持っていた。

 そうだろう。なぜならば人の発した声なのだから。言葉なのだから。感情なのだから。

 

 

 一夏は、初めて櫻井千奈が感情をあらわにしているのを肌で感じた。

 

 

 「―――生きるコトに善悪なんか関係あるか……!!」

 

 

 櫻井に怒られた経験など何度もある。何度も怒らせた。震え上がった。

 しかし、これは明らかに違う。

 声を荒げたわけでもないのに一夏の鼓膜を大きく震わせ、心臓を鷲掴みにした。

 激怒というほどの変化があったわけではないのに、その感情は一夏の思考もプライドも、その一切を押し流した。

 

 作戦室の広間がしんと静まり返る。

 

 櫻井は一夏から目を離さない。その目には、貪欲なまでの強烈な自我があった。

 

 まるで無感情な人形にでもなったかのように固まってしまう。

 

 しばらくして、部屋の隅で膝を抱えて座っていた織江が呆れたように櫻井を咎める。

 

 「千奈。それで、あなたは織斑をどうするの?」

 

 射竦められてもなお逃げ出さない一夏の目を見て、櫻井はその目に淀んだ色を含みながら、

 

 「いいだろう、認めよう主人公。ただし、条件がある」

 

 「条、件……?」

 

 「数日前のあの時、約束しただろう」

 

 一夏はどうしてか、瞬時にそれが無人機襲来の時に櫻井に対して切った啖呵だと理解した。

 

 「証明しよう。織斑一夏好みの方法でな。僕を超えろよ。ならば僕は護衛の意味を失くす」

 

 それは櫻井がこの学園にいる理由を放棄する提案だった。

 一夏が櫻井よりも強ければ護衛など必要ない。シンプルにして残酷なまである。もしも、櫻井が負ければ、彼の存在は有名無実となるのだから。

 

 エレナが混乱した様子で、

 

 「け、決闘? 決闘するっスか? いまから?」

 

 「それが織斑一夏にとってわかりやすいだろう。お前が勝てば勝手にすればいい。僕の言葉なんて聞く必要はない」

 

 決闘する。そう言ってしまえば時代錯誤も甚だしく聞こえてくるかもしれないが、今は笑えなかった。それだけの重みがあった。

 

 「外にでろ織斑一夏。それと、作戦に参加する織斑教諭を含めて全員も」

 

 「千奈、わたしは?」

 

 織江が眠そうに訊ねる。

 

 「織江はどっちでもいいよ」

 

 「……そう。なら行かない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきまで熱いと辟易していた砂浜が薄ら寒く感じる。

 

 結局、本当にその場にいた織江を除く全員の前で織斑一夏と櫻井千奈は向き合っていた。

 

 千冬は他のみんなと櫻井の意図を読みかねている様子で、

 

 「本気か、櫻井」

 

 「ここで冗談ですって言うと思いますか? それに、織斑一夏にはコレが一番だと、わかっているでしょう」

 

 そう言って、自衛官は一夏へと向き直る。

 一夏は真剣であると同時に、少し困った顔で、

 

 「俺、櫻井に模擬戦で勝ったことあったっけ?」

 

 「ああ、だからだ、だから―――」

 

 櫻井千奈は言った。

 

 「`全力でこい`」

 

 「全力、ってそのまんま?」

 

 「ああ、そうだ」

 

 想像したとおりの答えが返ってきたはずが、さらに一夏を困らせた。しかし、

 

 「……、ああ、わかった。正真正銘の全力のぶつけ合いだな」

 

 そう言って、一夏は、―――白式を展開した。その手に輝く汚れなき刀身、零落白夜。その形は切るための日本刀のカタチを成した。

 

 それに驚愕していたのは見ていた周りである。

 鈴は一夏の正気を疑って声を荒げる。

 

 「い、一夏!? あんたなにやってんのよ! 櫻井は生身なのよ!?」

 

 「櫻井は『全力』でこいって言った。なら、俺は持ってる全力をここで出す」

 

 それは彼なりの櫻井に対する信頼でもあった。いつだって正解を出す櫻井なら、この選択は間違えていないはず。

 

 このバカと会話するだけ無駄だった……!、と鈴は少し離れた位置で砂浜に漂着した木の枝と適当な長さにへし折っている櫻井を睨みつけた。

 

 「櫻井、あんたも正気!? あのバカに寸止めなんて器用な真似できるわけないでしょ! あんた腕一本ぐらい吹っ飛ぶわよ!?」

 

 怒鳴り散らしていても、彼女がもっとも冷静だったのかもしれない。ほかの教員たちと生徒は千冬を除いてまったく事態についていけず、止めることさえできない。ただ、エレナだけが櫻井が何をしようとしているのか見定めるように注目している。

 

 「まあ、そうだろうな。ダンプカーとケンカしたほうがまだ生存率は高そうだ」

 

 などと呑気に答える。先ほどの重圧はどこぞ吹く風といった様子で枝をベキベキと邪魔な部分だけ手で折っている。

 

 櫻井はそれをまるで剣道のように正眼に構えた。

 

 「よし、いいぞ織斑一夏」

 

 「これ、櫻井が死んだらどうなる?」

 

 「安心しろよ。結果は変わらない」

 

 その返答に、一夏はイグニッション・ブーストを発動させた。

 

 「ああそうかよ! 期待するぜ!!」

 

 世界がブレる。時間が遅れる。景色が色を失う。

 

 一夏は超絶加速度のなかでも櫻井から目を離さない。

 

 櫻井の眼がらんどうに揺らぐ。口元が虚ろに揺れる。

 何故か、櫻井だけが色濃く映る幻想を見る。

 

 一夏がその違和感に気がつくには、あまりに時間がなかった。

 

 距離はたったの三十メートル。まさに一瞬。瞬きさえもこの時のなかでは遅すぎる。

 

 一夏は櫻井が構えた木の枝を両断する軌道で剣を振るう。

 

 この状況において、なんと一夏の剣先は一切淀むことなく思い通りに動いた。

 

 ―――しかし、

 

 「ああ、さすがは白式だな。それにエンジンもよく回ってる。やっぱ軽量化して良かったな」

 

 聞こえていくる声は"背後から"。一夏はハイパーセンサーを走らせ、櫻井が背後に姿勢を変えることなく立っている事実を知ってしまう。

 

 通り過ぎた? いや、違う。ありえない。確かに、一夏の剣は櫻井を捉えたし、そのまま背中合わせで立つことなんて出来るはずもない。

 

 「これで一死だぞ、織斑一夏」

 

 ゾッとするほどの冷たい風。一夏は恐怖心だけに突き動かされて、振り向きざまに剣を振るってしまった。

 しまったと絶望しても遅い。核シェルターすらも切り裂くカタナは櫻井の首を断つ―――はずだった。

 

 カタナは止まっていた。いや、"止められていた"。

 

 零落百夜を受け止めたのは、櫻井が手にした木の棒だった。

 

 なんだこれは……?

 

 まるで他人事のように事実が頭から零れた。

 どうして受け止められた? 零落白夜はたしかに発動している。

 その手にしたものが特別なのか? そんなはずはない。なぜなら櫻井が手にしているのは、そこらへんで拾って、振りやすい長さに手ずからへし折っていたからだ。

 そもそも、なんで鍔迫り合いなんて起きるんだ? ISのパワーアシストは自動車を殴れば吹っ飛ぶほどなのに。

 

 櫻井が悠然と一歩を踏み出すと、白式の足が砂を引っ掻きながら後退した。木の棒と接している零落白夜の刀身が悲鳴のような輝きを迸らせる。

 

 目もくらむ光が陰影を刻む。

 

 「不思議か? 怖いか? 覚えておけ、人がもっとも恐怖を抱くのは理解できない現実だ。そして、いまお前が理解できないのは『常識』だから安心しろ」

 

 櫻井が上へとはらう。大上段の構え。

 一夏は反射的に後ろへ飛んだ。混乱が過程を飛ばして命令を下していた。

 

 「飛ぶか、定石だな」

 

 「……え?」

 

 飛んだ。それなのに、櫻井は目の前にいた。

 

 違う、"一夏がまだ地上にいた"。

 

 「……なんっ!?」

 

 「受け止めるか。だろうな」

 

 木の棒が振り下ろされ、一夏はなんとかそれを受け止めた。

 しかし、止まらない、止まらない。

 そもそもISを装着している一夏へは長さが足りないはずなのに、見えない剣先が零落白夜ごと一夏を押し潰した。

 

 叩き潰され、絶対防御が発動し、一夏は焼け焦げた砂浜に投げ出された。

 熱くはない、それ以上に得体の知れない現実に背筋が凍りついた。

 

 起き上がれない一夏を見下ろして、櫻井が宣告した。

 

 「これが『結果』だ。僕に従え、織斑一夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さてさて、メリークリスマス。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 やっとで始まります福音戦。なげーよと自分でもツッコみたい。最近になって古本屋さんでISの原作を5年ぶりに読みました。懐かしー(涙)

 わたくしアラタは、これを投稿したあと遊びに行きます。もちろんカノジョと!……ではなく、なぜか元カノと…(ホントにどうしてこうなった…)。

 アドバイス、批評、ついでに感想評価要望をお待ちしています



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