正義と、大義と。   作:新田良

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第三十八話 戦争の準備期間それは平穏

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀の福音を迎撃するための本格的な作戦会議が始まった。

 しかし、その会議に参加する教師や生徒たちの顔には一大決戦に挑むような戦意がなかった。

 

 心ここにあたずといったような、まるで泡沫の夢から覚めてしまったような。誰もが現実を正しく受け止めていなかった。

 

 理由は明白。先程行われた決闘。

 時代錯誤と笑い飛ばしてしまえるような出来事も、目の前で起きた現実の前には木っ端微塵に消し飛んだ。

 

 生身によるISの鎮圧。決して起きるはずがない、起きてはならない異常。だが、それをウソや幻覚だとするには、たった今さっき眼前で起きた現実を否定しなければならない。

 

 眼前で起こったあの異常な出来事は何だったのか。

 教師の中にはあからさまな警戒心を隠さない者もいる。しかし、それは仕方のないことだった。普段、それなりに親しくしているセシリアたちでさえ、今の櫻井には猜疑心と恐れのほうが勝っていた。

 

 そんな視線や感情など知ったことではないとばかりに、当の本人、櫻井は無感情にどこか投げやりに口を開く。

 

 「作戦を説明する」

 

 「……櫻井、お前が指揮をする気か?」 

 

 疑問や言いたいことこそあれど、先程の出来事を今は断じる時ではないと教師の中では唯一割り切っていた千冬が問う。

 

 「宣言通り、織斑一夏は僕の指示に従ってもらいます」

 

 「それと作戦指揮の権限とは違うぞ?」

 

 「なら、織斑一夏は降ろさせます」

 

 にべもなく言い捨てた櫻井に、一人の教師が声を荒げる。

 

 「あなたねえっ、いま自分が何を言っているのか―――」

 

 工作員出身の教師の中で良心派だったのか、それともIS学園で教師をしているうちに情が移ったのか。

 しかし、それは櫻井の知らぬこと。彼にとってそんなものが判断の基準にはなりえない。

 

 櫻井の目が件の教師を射すくめた。教師は次の言葉を吐くために吸った息を止めてしまった。

 黒い瞳が彼女の姿を覆う。踏み入れればどこまでも落ちていきそうな空洞の黒。

 その眼はたしかに、邪魔をすれば排除も厭わないという意志が宿っていた。

 

 仮にもIS学園の教師を、他国の一介の生徒がどうこうとできるわけがない。だが、そう思わせるだけの実行力を櫻井は持っていた。

 気圧され、彼女の良心はか細い小さな息を吐くだけで終わってしまう。

 

 さらに落ち込んだ雰囲気に、真耶がなんとかしようとするが、彼女に出来ることはない。

 そんな状況に千冬はため息をついて。なんだか最近癖のようになってしまった、とまた嘆息してしまった。

 

 「……わかった。櫻井、お前に総ての判断を委ねよう」

 

 「せ、先輩、良いんですか!?」

 

 「織斑先生だ、山田先生」

 

 はっと我に返って頭を下げる仕方のない後輩を宥め、千冬は櫻井を見やる。

 

 「策はあるのか櫻井?」

 

 「いえ、特に? このメンツと状況ではやれることも限られてるでしょう。作戦は織斑教諭が考えているとおり、相違点をあげるなら、駒の運びの攻め際引き際の違いでしょう」

 

 「駒、か……。言ってくれる。ただし、私からも条件がある」

 

 この時初めて、千冬は櫻井に対して敵意のようなものを見せた。

 

 「監督責任というものがある。作戦が失敗してもお前だけのせいではない。―――ただ、故意に捨て駒を作るようなら相応の覚悟をしておけ」

 

 千冬と櫻井の目が真っ向からぶつかる。こうしても見ると、まるで今から殺し合いでも始まるかのような雰囲気に場はいきた心地がしない。

 やがて、櫻井は短く了解と告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「作戦の役割分担は大方さきほどと同じ。教師陣は周囲の警戒と避難の誘導。そして、生徒たちが実質的な迎撃部隊となる」

 

 「待ちなさい。相手は最新鋭機に乗ったトップガンよ? たぶん、教師たちでも歯が立たない。こちらの明確な有利な点は数でしょ? なら全員で短期決戦を持ち込むほうが良いわ」

 

 発言したのは櫻井に声を荒げた教師だ。普段の櫻井ならば無視しても良さそうだが、他の工作員出身とは違い本気で作戦に志願しているようなので真面目に対応した。

 それに、彼女の言うコトは最もだった。現在、臨海学校には訓練機を十五機も集結している。それに専用機を加えれば二十三機。性能が劣りチューンアップさえもされていない訓練機は戦力として心もとないかもしれないが、腐ってもISだ。訓練機だけでも一国と戦争が出来るほどだ。

 

 櫻井は壁一面に設置されたディスプレイの画面を操作。画面には日本のカタチがわかるほど縮小された地図が現れる。

 

 「ハワイから出立した銀の福音……面倒だから福音でいいか。――福音は時速二千キロオーバーで一直線に日本を目指している。方向は幸か不幸か花月荘の方へ一直線。待ち伏せのしがいもあるもんだ」

 

 櫻井は気軽にコンソールを操作すると、福音を思わせる光点と予測ルートが現れた。

 

 「日本にたどり着くまで残り二時間。準備に一時間、移動に全速で三十分とすれば、ギリギリの迎撃ポイントは伊豆諸島南東数十キロ地点が最適。と同時にこの場所はデッドラインになる」

 

 地図が赤と青に別れた。そのあまりにも最悪の戦場が近いことに息を呑む。

 

 「当たり前だが、この作戦の前提は"福音が戦闘に乗ってくれるコト"。全速でそのままシカトされたら破綻する」

 

 あ、という小さな声が一同から漏れた。

 

 「だから、"誰が見ても明らかな有利不利を作るな"。こちらからしてみれば全員で仕掛けたって勝機が薄い。いきなり連携なんて取れないし、こちらも指揮できない。むしろ個の有利を活かされて一人づつあっさり潰される。戦場において『負けの雰囲気』は致命的だ。そのままズルズルと最低まで落ち込む」

 

 「だから必要最小単位で挑むわけか……」

 

 「そうだ。福音にはこちらと戦闘をやってもらわなければ困る。教諭たちには漁船の避難と同時に誘導路の役割を担ってもらう。福音も無駄な戦闘は避けようとするはず、その行為自体が無駄だろうが、損得勘定抜きで暴走しているのなら福音の行動原理も獣のそれに近いはずだ。だから迎撃ポイントだけに絶妙な穴を開けて誘導する」

 

 福音も、避難に徹している無害な教師をわざわざ襲って回ろうとは思うまい。いや、そうでなければ困るのだ。この作戦は福音の最上位の目的が日本に来ることと、大局的な思考能力がヒトのそれではないコトを前提に組まれていた。

 

 「それと、包囲網には索敵もやってもらう。この作戦の決め手である白式はステルスモードで海中に潜伏してもらう。だが、ステルスモードだとレーダーが使えない。だから、代わりの目となってもらう」

 

 なかなかに合理的な作戦に、教師は納得と感心した表情を見せた。少なくとも、今の説明以上に反対する理由が見当たらない。

 

 ただ―――

 

 「櫻井くんの作戦と私たちの役割はわかったわ。ただ、その―――やっぱり生徒たちだけをこの作戦の要にするのはどうなのかしら」

 

 思わず千冬と櫻井は顔を見合わせる。

 さもありなん。まさにその通り。今度は櫻井のほうが黙らされる番だった。

 こればっかりは櫻井も同意見。むしろ彼はこの意見を盾に反対していたのだから。

 

 千冬は低い天井を仰いだ。

 

 「こんなときにエドがいればなあ……」

 

 「織斑教諭、やる気を削がれるので無いものねだりをするのはやめてください。というか、教諭は実質世界ランク一位でしょうが。働いてください」

 

 「私がでるのは本当に最終手段だ。むしろ必要なければISには一切触るなとまでIS委員会に言われている」

 

 なんでこの人はIS実習の講師なんだろう…、とは櫻井の偽らざる本音だった。どれだけ警戒されればこんな扱いを受けるのだろうか。

 

 「まあ、……それはこちらでなんとかします」

 

 「『こちら』って……櫻井くんの指揮で?」

 

 「もありますが、自衛隊にも協力を仰いだので」

 

 いつの間に……、と櫻井の手際の良さに千冬が呆れた。あれだけ反対しておいて、いざ認めれば迅速に動くのだから櫻井の割り切りの良さは筋金入りだ。

 

 「使用許可が降りたので空自の新兵器を使います」

 

 櫻井の言葉に小さなどよめきが流れた。

 航空自衛隊の新兵器。兵器開発に大きな制約があるとはいえ、日本の技術は無視できるものではない。また、今の現状で福音迎撃戦に登場する程の新兵器とは…?

 

 「今回の作戦では白式の零落白夜とは別に『一式航空魚雷』を使用する」

 

 「……、……?」

 

 一同は初めて聞く名前に首を傾げた。というよりも、思いもしなかった兵器名に目が点になった。プレゼントと書かれた箱を開けたら現金が入っていたような、そんな違和感。

 

 教師が呆然と、むしろ発言内容の聞き間違いを疑うように問いかけた。 

 

 「航空…魚雷……? あの、昔の戦争で飛行機にくっ付けて撃ってた…?」

 

 「いろいろと誤解してる部分もありそうですが、この兵器に関しては情報開示の義務も必要性もないので。まあ、迎撃作戦に参加する代表候補生は見る機会がたぶんあると思いますよ」

 

 それとあながちそのイメージでも間違ってない、と付け加えた櫻井。もちろん一同はさらに首を傾げるコトになる。

 

 こうして、いろんな意味で禍根を残した作戦会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、一夏は砂浜に出ていた。

 つい数十分前の喧騒など跡形もなく、人のいない真っ白な砂浜は寂しくも思える。

 

 遠方を眺める。どうやら、あの方角からまっすぐにこちらに接近しているらしいが、相変わらず真っ青な空と水平線しか映らない。ハイパーセンサーを起動しても無理だろう。件の彼女は水平線のはるか向こう側にいるのだから。

 

 これから戦闘が始まる。戦争をする。そう考えても実感がわかなかった。他人事ではない、ただ、まるで別次元からもう一人の自分を眺めているような不思議な感覚がする。昔、試しに飲んだ酩酊感にも似ていた。

 

 「って言ったら櫻井に怒られっかなー……」

 

 先ほどの決闘。

 さすがにショックは大きい。ただし、他の教員や仲間たちとは違い、不気味さや恐れよりも無力さの痛感のほうがなおさら堪えた。

 

 あれが、はたしていかなる現象だったのか。足りない頭をフル回転させたってもっともらしい答えが出ない。おそらくは、これは櫻井からの教訓だったのではないだろうか。

 いつまでたっても答えはでないが、それでも一夏は空転した思考を止めない。櫻井は常々と「思考を止めるな」と言う。たしかに、思考放棄は次に繋がる要素がない。

 

 そうこうとしているうちに、作戦開始まで十分を切った。他の仲間たちはとっくに出撃して配置に付いている。一夏は作戦を共にする箒を待っている。紅椿の最後の調整を束がやってくれているらしい。それにしても、あの人は会議が終わるまでどこで何をやっていたのだろうか。

 

 一夏は零落白夜での一撃を。箒はその一夏を背負って福音に接近する。この奇妙な二人羽織は白式の零落白夜展開時の最高速度が福音に届かないのが理由だった。

 紅椿は最新型の展開装甲を装備した第四世代機。コンセプトは『パッケージ換装なしでのあらゆる状況に対応した万能機』。最高速度こそ福音と同クラスであるが、その最高速度下での運動性能は福音とは一線を超えるらしい。箒の実力ではナターシャ・ファイルスには及ばないので、そこは機体性能でカバーする。

 

 一夏は空想を広げる。

 

 敵は爆撃機のような火力と高速戦闘機並の高速性能を持っている。となればチャンスは本当に一瞬。それさえも何度も無いはずだ。

 一夏は、零落白夜をどう当てようかなどと考えてすらいなかった。

 なぜならそんなこと問題ではない。すれ違うのは一瞬で、一夏は箒の誘導で剣を振るうのみ。ようは、これから考えたって仕方のないことだからだ。

 問題なのはその後から。零落白夜を外した時にどうするかだ。いくら紅椿とはいえど、ISをもう一機抱えたままで高速機動戦はできまい。それよりも分離して紅椿のスペックを活かしたほうがいい。

 

 そうなったとき、織斑一夏に出来ることは残されているのだろうか―――?

 

 そうしてさらに五分が経った。

 姿を現したのは箒とエレナ、そしてなんと櫻井。

 一夏は少なからず驚きで目を見開いた。

 

 「これからって時に呑気に天体観測か」

 

 「今は昼間だぞ櫻井」

 

 「ハイパーセンサーのリミッターを外せば昼でも星が見える。もともとは宇宙開発という触れ込みだしな」

 

 そんなくだらないことを言い出したのは彼なりの冗談か。それとも一夏の緊張をほぐそうとしたのか。

 妙に優しい櫻井ならありえなくもないが、一夏はどうしてか緊張はしてない。ただ、その冗談は単純に嬉しかった。

 

 「準備はできたのか箒」

 

 「もちろんだ、これで私もお前たちとおなじところに立てる……!」

 

 いつもの冷静沈着な彼女にしては感情のこもった啖呵だ。だが、それがどうも危うくも見える。いや、夢心地みたいに他人事のような感慨にふけっている自分よりは遥かにマシかと自嘲した。

 

 「わ、わたしだけお留守番っスかー……」

 

 エレナが居心地悪そうにぼやいた。

 彼女は先日の戦闘で片腕の骨を折っている。当たり前のように作戦参加を表明したエレナを止めたのは櫻井。

 

 「エレナ…」

 

 「い、言ってみただけ! ちゃんとおとなしくしてるっス!!」

 

 エレナはなんとも複雑そうな微妙な顔。心配されるのは嬉しいが、友人たちが戦場に行くのにそれを指をくわえて待つのは辛い。

 

 「安心しろエレナ。今度は私が代わりに守るから」

 

 「…う、うん」

 

 そんな箒の気丈さも今のエレナには慰めにもならない。

 

 櫻井が一夏に何かを放り投げた。

 

 「僕は見送りに来たんじゃない。これをインストールしておけ」

 

 「……なんだこれ。USBメモリ?」

 

 手の内に収まったのは市販のUSBメモリだった。裸のやつをワゴンで大安売りしていたのか、ご丁寧にも『19$』とシールが貼ってある。

 

 訝しげに首をかしげながらも、一夏はUSBメモリと白式とを繋いだ。コネクターなんてものはない。ISは空中に伝導線を繋いで、有線通信なんだけど無線というちょっと意味不明な機能がある。だから、一夏はUSBメモリをただ持っているだけで繋げることができた。

 

 どうやら中にはプログラムが入っていたらしく、繋げると同時に何かをダウンロードをはじめた。

 

 自分で言ったとはいえ、なんの躊躇もない一夏の行動に櫻井は少しばかり呆れと危機管理のなさに嘆きたくもなった。

 

 そんな櫻井の憂慮もなんのその。一夏はダウンロードのパーセンテージを今か今かと待ちわびている。

 

 「ところで櫻井。コレってなんのデータ?」

 

 「ん? ウイルス」

 

 「おお、そうか。……――ウイルスっ!? なんでそんなコトすんの!?」

 

 「つい出来心なんです」

 

 「そんな万引きした子供みたいなコト言われても…! うわー! これどうやって削除すんだよ!」

 

 「まあ聞けよ。ウイルスって言っても良いのと悪いのとがあるんだよ。ほら善玉菌と悪玉菌みたいな」

 

 「コンピューターウイルスって言ったら悪質なヤツしか指さないからな! 生物学の方でも感染した細胞は基本的に死ぬし!」

 

 「……チッ」

 

 「舌打ちされたっ!? お前が教えたコトだよ!?」

 

 「こんな時になにやってんスか……」

 

 繰り広げられる馬鹿げた会話にエレナは呆れたようす。

 

 「いいから黙れ織斑一夏。それは役に立つ、(かもしれない)」

 

 「いま小声でなんか付け加えたぜこの人」

 

 「悪いやっぱ 死 ぬ か も 」

 

 「そんなハキハキと言われても……!」

 

 「緊張感が無いのかお前ら!?」

 

 箒が悲鳴のように喚いた。

 

 全然言いたりなさそうだったが、作戦時間が来てしまった。一夏と箒は慌てて仲間たちの後を追うように飛んでいく。あっという間にその姿は音だけを残して掻き消えた。

 

 浜辺には二人きりで残された。

 

 用は済んだとばかりに櫻井は歩き出す。少し心配そうに箒たちの消えた方角を見ながら、エレナは櫻井の後ろをついていく。

 

 「センナくん、センナくん。アレってホントはなんだったんスか?」

 

 「それはエレナ・クロスフォードとしての質問か? それとも米国代表候補生としてか?」

 

 「う……、イジワるっスねセンナくん。友達としてっスよ」

 

 櫻井が振り返りエレナの顔を見た。それに彼女が気がついたときには櫻井はすでに前を向いている。

 

 まるで遠い国の世間話をするように、彼はうそぶいた。

 

 「アレを使うんだったら死ぬ寸前かもね。でも、死ぬよりマシでしょ。死ななければいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やべぇ、なんかまだ始まらなかったよ福音戦……。次こそは! 次こそは! 

 たぶん今日の深夜か明日の夜あたりにもう一話追加します。




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