福音と接敵するまで時間が空いた。理由は福音が速度を落としたかららしい。おそらくは、展開する教師たちの配置を見て、進路の変更を勘案しているのだろう。
一夏たちにとっては嫌な時間ができてしまった。戦闘が待ち受けているコトに変わりはないのに、無駄に考える時間ができた。
ラウラが世間話をして時間を潰せと指示した。
その思いもしなかった指示に首を傾げたが、意外にも櫻井も同意した。どうやら、下手に緊張を持ち込むな、という意味らしい。そういえば、映画でもやたら軽口を叩きあうシーンが多いな、と思い出して納得した。
なんとなく、一夏は織江に通信を繋いだ。一夏の位置から唯一レーザー通信の受信可能位置にいたからでもある。
「織江、聞こえるか?」
「隣に篠ノ之がいるのにわたしに話しかけるなんていい度胸してるのね織斑は」
はて?、と首を傾げる朴念仁。首を大きく縦に振るヒロインH。
「織江は櫻井に似てたまによくわからないコトを言うんだな」
「そんなことよくあるんじゃなくて?」
しばらく考えて、一夏はそれも確かにそうだと言わんばかりに納得した様子。女子って難しい、などといつものヒロインが聞けば張り手でも飛んできそうなコトを考えた。
「まあ、俺のことはどうでもよくてだな。織江は、なんとも思わないのか。櫻井の判断を聞いて」
一夏を作戦から外すために迎撃組も街の人たちも見捨てて逃げ出す。これは彼のプライドだけの問題ではない。迎撃組に編成される織江たちの負担も危険性も決め手のかける作戦のせいで跳ね上がるのだ。
「べつに。いまさら千奈の判断に驚かない」
「む……」
その返答は予想外でもあり、同時に予想通りでもあった。なおさら困る。
「……わたしがどう思うか、織斑がそれをどう考えてたかは知らないけど。わたしは自分の心配なんてものしてない」
「……? それってどういうことだよ」
まさか自分の命が希薄に思えるなんてことはあるまい。
織江は無感情に淡々と話す。
「千奈がそう判断したならわたしに危険性は少なくともない。たぶん、織斑が参加してなくても何か考えがあったはず。実際に普通に考えて千奈の判断は正解だった。……貴方の感情論を除いて」
それは織江の櫻井への信頼を表しているようだった。だが、それは盲信とも言えた。
ゆえに、一夏は少しばかりの反感を覚えた。簡単に言ってしまうと、織江の返答にカチンときた。
「……なんだよそれ。零落白夜があればみんなだけじゃない。街の人たちの危険も減るんだろ? それに俺がいなくてもやることは変わらないんだ。いくら俺が弱くたって手札が多いにこしたことないだろ」
通信機から織江の小さな声が漏れる。一夏は織江が気まずそうに目をそらして思案している姿を想像した。
しばらくして、手探りのような拙い文章を読み上げるような声がする。
「気を悪くしたのならごめんなさい。織斑の実力がどうとかその選択の善悪がどうとか関係ない、という話」
「……、……? うーん、つまり?」
「織斑の言っていることは万人が聞いても正しい。そして、千奈の言っていることは万人が聞いても間違ってる。そもそも、千奈はどっちかと自分勝手な外道みたいな人だから比べるのもおこがましいんだけど……」
「お、おう……」
聞いていていたたまれなくなってきた。一夏と箒は顔を見合わせて、本人の知らないところでボロクソ言われている櫻井に同情した。
「うん織江。聞いてて悲しいから結論に行ってもいいぞ。それでどういうことなんだ?」
織江はあくまで淡々と話した。
「世の中、『正しい』と『正解』は絶対にイコールで結ばれるわけじゃない、ってこと」
蒼空にひとつの光が疾駆する。引き絞られ、放たれた矢のように。
ただ一人きりで駆け抜ける。誰も並び立てない、許さない。
空気を裂き、音を割り、彼女は長い距離を駆け抜けた。
彼女の姿は神秘的で、美しかった。神がつかわした聖女。
生物学的に完成度が高い女性の身体は黄金比で作り上げたかのように美しかった。それは流麗で機能的な科学の装甲で覆っている。
『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』。
その名のとおり厳かで神秘的な聖女は無限の空を孤高に飛んでいた。
聖女は機械的となった思考の海を漂う。
――――― あと少しであの場所に辿り着く。
どうしてそこに行かなければならないのか彼女にもわからない。
それを判断するだけの思考は残っていない。
ただ、そこに辿り着かなければならないという強迫観念ともいえる衝動に突き動かされて突き進む。
先にあるのは栄光ではなくは破滅。
石で打たれ死んだ、剣で斬り殺された、炎で灰になるまで焼き尽くされた。
聖女とは非業なものだ。
だからきっと彼女の進む先も破滅なのだろう。
栄光は、ない。
それでも彼女は進むしかない。
それが聖女だからだ。
殺し合いが始まる。
「標的を確認。―――作戦開始!」
櫻井の読みはピタリと当たった。
福音は教師たちを避けるようにして決められた予測進行ルートから大きく外れることなくやってきた。
ラウラの合図の下、迎撃組は一斉にステルスモードを解除する。
一気にハイパーセンサーから流れ込む膨大な情報。積み上げた経験と確かな計算に従って、ラウラは88mm七十五口径ハイブリットレールカノンの引き金を引いた。
ドイツ第三世代機シュヴァルツェア・レーゲン専用パッケージ装備―――フィア・ブリッツェン。
二連砲を左右一基ずつ計四門からなる砲戦装備。機動力を求められるIS戦においては時代錯誤ともいえる巨砲。
しかし、その火力は数多の火砲を大きく超えている。
瞬間、目もくらむ光とともに、小銃などとは一線を画す怒号が点在する島々に木霊す。その衝撃波が比重の重い土塊を巻き上げた。
火山ごとく噴き出した炎よりも、割れんばかりの大音量よりも、なお速く。撃ち出された高速徹甲弾の砲弾は優に秒速2200mを超えていた。
距離は3000m。ISに補助された戦車砲すらも超える一撃は必中。―――のはずだった。
「―――くそっ! ダメか!?」
完全な不意打ち。奇しくもラウラの隠れる小さな無人島に真正面からやってきた福音。時速2000kmで迫る福音と砲弾の相対速度は途方もないものだった。
だが、しかし、福音は舞うように一回転。無理せず僅かにズラしたスラスター向きの変化だけで惚れ惚れするような優雅なバレルロールで射線から逃げおおせる。
その何気なく行われた絶技はナターシャ・ファイルスの技術レベルの片鱗を思わせた。
そして、
"―――"
聖女は謳う。死の賛美歌を。
甲高い不思議な発射音とともに撃ち出されたエネルギー弾。その数、二、三百発。
空を覆うように拡がった光は、緩やかな弧を描いて、ラウラに殺到した。
「―――ッッ!!」
ラウラの顔が青褪める。
あまりにも対応が早すぎる。普段ならなんとかなったかもしれない。対応できたかもしれない。だが、今は無理だ。
フィア・ブリッツェンは四つもの巨大な火砲で敵を圧倒する反面、PICを座標固定に設定しなければ姿勢を維持できない。動くためにはPICを能動へ切り替えなければ。
しかし、その時間が足りない。切り替えてから大重量ゆえ緩やかに加速しても遅い。エネルギー弾の着弾がなお早い。脳内で描いていた段取りが根こそぎ崩壊する。続けて行われるはずだった仲間の追撃も追いつかない。
ラウラは砲の基部側面に備わった30ミリリボルバーカノンを起動したが、迎撃できる数ではない。
ラウラの前にオレンジの影が滑り込んだ。
「ラウラッ!」
「待てッ、無理だ!」
ラウラの制止を聞かなかったことにして、シャルロットは防御型パッケージ装備であるガーディアン・カーテンを展開した。
その次の瞬間、嵐が直撃する。
耳が割れそうになる凄まじい着弾音。意識が飛ぶような衝撃。島が文字通り削れていく。
かの美しい姿からは想像できないほどの圧倒的暴虐。
エネルギーシールド四層、実体シールド二枚からなる追加装甲のうち、はじめの二層は一瞬で砕け散った。三層目は直ぐに破壊される。最後の一層は特別硬いゆえに耐えてみせた。
「そんな……! 一層だけでも90mmライフル砲を防ぎ切るのに……!!」
予想以上の火力にシャルロットは戦慄する。
エネルギーシールドの再構築が間に合うか…、そう考えたシャルロットは、空を見上げて忘我に口を開いた。
呆然と口から零れるように問う。
「……、……連続掃射、できるの?」
その回答を祝福するように、聖女はエネルギー弾の雨を降らせた。ラウラのフィア・ブリッツェンの威力を危惧したのだろう。確実にラウラを潰そうとしている。そして、シャルロットもラウラがこちらの最大火力であるため守らなければならない。
ほかを歯牙にもかけない圧倒的機動力とリーチを持つからこそ可能な主導権だ。
撃ち出された同数のエネルギー弾。空をなお青く染めた。
エネルギーシールドは三層までしか再構築されていない。
防ぎきれない。そう悟った。
『そのままだ。九時方向に蹴り飛ばせ』
通信から入った声の意味を理解する前に衝撃がはしる。
シャルロットとラウラはアトラクションのように二転三転する視界の中で朱色の姿を見た。
「シャルロットッ、盾!」
その聞き覚えのある鋭い言葉に弾かれるように起き上がり、ガーディアン・カーテンを展開した。
連続する衝撃が身を叩き、かろうじて確認できる海面を押し潰した。再構築されたばかりのシールドが四層目ごと割られる音がする。
あ、もたない。そう思ったその時、シャルロットは耳をつんざく音から開放された。
「あっっぶなー!!」
ゼイゼイと息を吐く鈴。どうやらラウラごと蹴り飛ばしたのは彼女らしい。
状況が飲み込めていないシャルロットは目を点にする。
「えーっと、何が起きたの?」
「ごめん、ぶっちゃけ必死すぎてあたしも見てない」
すると体制を立て直したラウラが、
「こちらに誘導されたエネルギー弾の数が少なかった、ように見えたが……」
そう言ったラウラの視線の先では、もはや見るも無残な姿となった無人島の姿がある。もし、あのままあそこにいたらと思うとゾッとする。
「どゆことよ。櫻井」
『簡単なことだ。福音のエネルギー弾は数が多すぎて福音自身も制御しきれない。何しろ数百発あるんだからな。フルスペックを活かせば出来るんだろうが、イメージインターフェイスを使う以上、福音は操縦者であるナターシャ・ファイルスの脳を使うしかない。無論、そんな処理能力は人間に備わっていない。だから最初のアレは座標照準で狙ったが、次は動かれたから思考誘導に切り替えたもののそこまで多い数は操れなかったわけだ』
「そういうコトは先に言いなさいよっ!?」
うっかり死ぬかと思った鈴は怒り心頭で怒鳴りつけた。しかし、返答がない。
「……、ちょっと櫻井? 通信不能状態に……。まさか福音にそんな機能が……!?」
『罵詈雑言はすんだか?』
「バッ、なにやってんよアンタは!? 戦闘中に通信切ってんじゃないわよ!」
一人で勝手におののいていた鈴は恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
コイツ、うるさいコトを予想して切ってやがった―――!
しかし櫻井はどこ吹く風。他人事のように言った。
『ああそうだな。戦闘中だ。……だから前を見ろ』
「……え?」
鈴の視界が真っ青に染まる。ついでにその顔も真っ赤から真っ青に染め上げて、鈴はかなり無理やりなイグニッション・ブーストで愛機を叩き出した。
その三文芝居を福音は見下ろすように眺めている。もしもカノジョに表情があれば困惑と呆れを浮かべていたに違いない。
もう用はない。脅威もたかが知れた。
ワタシに、追いつく敵はいない。
そう考えた福音はさらに加速してそのまま離脱しようとする。
その時、福音は得体の知れない感覚を知った。コレはカノジョの経験ではない。ナターシャの、彼女が培った天性の、いや人としての感覚だ。
福音は身体をひっくり返す。広がる無限の空。その空に黒い影がよぎった。
まるで斬撃の痕ような亀裂。違う、アレは―――
「あら、バレた」
"―――ッ"
福音はとっさに両腕の近接格闘用につけられた爪を空に立てた。ナターシャの経験に身を委ねた即決。コレが実を結んだ。
福音が描いた軌跡から弾き出される。シールドとシールドが接触し眩ゆい発光現象を引き起こした。
目も眩む光の中で、福音はカタナを携えた少女の姿を見る。
"―――ッッ!!"
沸き起こる拒否反応。条件反射にも等しい予想外の反応に福音は驚きながらも影を振り払う。
両者が弾かれた。上下にそれぞれ距離が生まれる。
下に弾かれた福音は見上げる。その姿を認める。
流麗な細いISを纏う漆黒の髪の少女。その姿は恐ろしいほど美しく。残酷なまでに青空から乖離していた。
その姿が何かと重なる。
福音の奥底から未知の感覚湧き上がる。愉悦でもない。恐怖でもない。もっと原始的で燃え上がるような激情。
" ―――コレガ『イカリ』カ "
少女は無感情に聖女を見下ろす。表情さえも『あの女』と同じだ。
織江が手にしたカタナを、右腕を広げるようにして構えた。
奇妙なカタナだった。その刃には美しい波紋はなく、凹凸状になっている。見れば鋸にも見えなくもない。
アレが、武器になり得るのだろうか―――?
その疑問の答えは、カタチになった。
「エネルギージョイント接続。粒子流転循環器、最高速度に設定―――」
極東の美しい剣士は、その刀身をかかげる。
弦楽器のような艶やかで静かな声が告げる。
「―――雪片参型、起動」
カタナが輝きを放つ。福音のエネルギー弾にも似た青白い輝き。それは刀身の凹部から迸っている。
これが、朔夜の唯一にして最強の武装―――雪片参型。
これは銃器でも言えることだが、IS戦において攻撃力、この一点を追求した場合どうすればいいか。
答えは、エネルギー兵装だ。当たり前のことだが、理論上、エネルギー兵装はエネルギーを消費しただけ威力が大きく上がる。故に、一撃で決めるのであれば、エネルギーを多大に消費しぶつければよい。実弾兵器は大口径化をすすめるごとに砲身強度やその反動の抑制の壁にぶち当たるが、その点、エネルギー兵装は収束方向さえ気をつければ、特別砲身を強化したり反動に頭を悩ませたりすることはない。
ラウラの専用機―――シュヴァルツェア・レーゲンのレーザー手刀もその一例だ。出力を上げれば上げるほど威力が上がり、そして重量もない。なによりも、軽量で威力を求めたカタナと違って特別な技術もいらない。故に、これからの時代はエネルギー兵装になると言う人もいる。
しかし、問題もある。エネルギー兵装はその分だけエネルギーを消費する。当たり前だからこそこの問題は大きかった。
シュヴァルツェア・レーゲンのレーザー手刀も放出したエネルギーを磁場で無理やり捻じ曲げてエネルギーを流転させているが、抵抗はもちろんのこと、それを維持するための磁場の形成にも多大なエネルギーを損失していた。
雪片参型は違う。凹部の間にだけエネルギーを流す。磁場を形成する必要もない。だからエネルギーロスは段違いに違う。
不格好なカタナの刀身はいまや神威の如く輝いている。
福音はその脅威度を警戒した。その輝きはかつての『最強』の武器を思い出させたからだ。
カタナを携えた少女が奔る。速い。
福音は予想以上の速度に僅かに驚き、その記憶であるデータに修正を加えた。
カタナの軌跡は真一文字。無造作に振り抜かれたにも関わらず、たとえエネルギーを展開していない真剣だとしても巻藁を叩き斬るだろう。
銀の鐘の展開は間に合わない。福音は両手の爪を短剣のように立てた。
カタナと鍵爪と、二つの光がぶつかり合う。
福音はそのカタナを掴み取ろうとする。たしかに、驚くべき武装であるが、その形状からして耐久性は恐ろしく低いだろう。
織江の剣速はそれを許さない。目も止まらぬ速度で振り抜かれた三閃。首、脇、脚。生身なら勝負の決していた致命傷。その神速の絶技に福音だけでなく見ていた全員が驚く。
打鉄の姉妹機である朔夜にも、操縦者の反応乗数に応じて”ISが先んじて動く”運動プログラム『天手力』が装備されている。反応乗数は4。つまり、今の織江の運動速度は常人の四倍に設定されている。
獲物を絡みとるのは無理だ。
そう判断した福音は織江自身を掴み取ろうとする。しかし、福音は知るよしもない。その手は届くはずもないと。
福音の目の前から織江の姿が掻き消えた。ハイパーセンサーから流れる違和感。そして背中を刺すような不快な感覚。
福音は弾き飛ばすように前に自らを飛ばす。
「……反応が速い」
背後から残念そうな声がする。振り向けばカタナを振り抜いている剣士の姿がある。
”間合いを支配する”ための特殊兵装『歪み空』。タイムラグが発生するとはいえ、その加速力はイグニッション・ブーストの比ではない。
福音は認める。近接格闘に関しては、機体性能も技量も向こうが上であると。
敵わなかった、届かなかった。その事実が福音に生まれるはずのない感情を募らせる。
ならば―――
福音は銀の鐘を起動させた。
「―――っ」
織江は反応できなかった。
なぜなら福音が狙ったのは織江ではない。
その下、大量に存在する海面だった。
エネルギー弾の直撃を受けた海面は一瞬で蒸発。爆裂し、巨大な水の柱を作り出す。
その隙に福音は必殺の間合いから逃げおおせた。そして、この距離では手も足もでない織江に対して過剰すぎる火砲を差し向ける。
しかし、福音は忘れていた。失念していた。コレは、決闘ではないと。
「や、っらせるかぁああああ!!!」
朱い装甲を纏った鈴がその手にした愛刀を振り上げて躍りかかった。
雲を衝立にした完璧な奇襲。レーダー波は雲に反射されてその性能を十全に発揮しきれていなかったはず、だが、福音はやはり反応せしめた。
動の力が静にぶつかる。巨大な火花が空を彩る。
エネルギーシールド同士が接触し、反発する感触を鈴は強引に押さえつけた。
「爪が欠けた! 材質はチタン合金ってとこかしら、どうやら近接格闘能力はおざなりってとこかしらね!!」
"―――ッ"
舐めるな。たしかにさっきは遅れを取ったが、そんな鈍重な獲物に対応しきれないわけがない。
舞踏を思わせる体幹の移動。
まずい、と鈴は直感に従って身体をそらす。まさに、その空間に、何気なく向いた銀の鐘の掃射が撫でた。
やばい調子に乗りすぎた、と少し反省。鈴は龍砲で牽制射撃を仕掛ける。
福音は消えたと錯覚しかねない速度で見えない砲弾を避けた。
『機械の欠点だな。砲弾が見えないから変数が大きい。だから必要よりも大きな動きで回避しなければいけない。良かったな、ナターシャ・ファイルスだったら勘だけであっさり避けられていた』
「全然良かないわよ! つーか呑気に実況気取って解説すんな! ハイパーセンサーから大気の変化の情報拾って変数埋めたら龍砲なんて笑い草よ! あんたなんか作戦とかないわけ!? 最終兵器はどうしたのよ!」
『最終兵器じゃない、秘密兵器だ。あと五秒』
「……は?」
『避けろ』
瞬間、鈴のすぐ隣の擦過したナニかは、福音へと直撃した。
「着弾確認。目標沈黙せず」
『了解。次弾発射準備に移る』
櫻井が通信を切る。
その後ろから、たったいま起こったことを真耶がおずおずと尋ねた。
「さ、櫻井さん。アレは……、今のはいったいなんですか……」
モニターの一角に映る機影。一発のエンジンに広い三角の翼。日本製多目的戦闘機―――F-2。
しかし、その胴体の下には長大な槍のようなものが懸架されていた。
「航空自衛隊が開発中の長距離対艦ミサイル。通称『航空魚雷』。最新の軍用爆薬250kgを搭載した空対艦ミサイルです」
その見た目はまさしく第二次世界大戦中に見た魚雷そのものだった。飛行機の全長と言わないまでも長大な円筒。それが一発だけ戦闘機の腹に懸架されていた。
「なんだあれは……」
千冬が見張ったのはその巨大さでもなく、ミサイルの弾速だった。鈴と福音が接触しエネルギーシールドの熱で探知が遅れたとはいえ、長大なレーダー範囲を持つISが対応しきれなかった弾速は異常だった。
「全長10m、重量1.2t、射程は220km。誘導方式はハープーンミサイルと同じくアクティブレーダー方式。飛翔速度―――マッハ14」
千冬は危うく噴き出すところだった。
「なんだそれは!? 弾道ミサイルよりも速いぞ! 耐熱処理はどうしてるんだ!」
「液体窒素を噴出してます。それでも表面のカバーが歪んだり割れたりするので玉ねぎみたいに薄く何層にもなってます」
「設計者は変態か……」
千冬は呆れ返った。
それを発案設計したのは白式を開発した倉持技研にいる貴方の友人であり本来はISに載っけるつもりだったんですよ、とはいらない情報なので櫻井は黙っておいた。
「もともとはISに対抗するコンセプトで開発したんですよ。でも、それだと予算が降りないから対艦ミサイルとしても転用できるように。あとISにも装備できます」
「太平洋で行うISのバトルロワイヤルで撃ち込む気か……? 使い捨てなのに大丈夫なのかコレ……」
「まあ、そうそう使用許可が下りないゲテモノなんで開発者も不貞腐れて放置されていたのを引っ張り出して来たんですが。値段は一発五十億円」
「……、正気か? いろんな意味で」
「開発者に伝えておきます。まあ、ISを迎撃するからデータが取れるってコトで今回は承認されたんですがね」
そうどうでも良さそうに言った櫻井のモニターの中で、二発目が発射された。
一発五十億で空母を落とせたら儲けもん、みたいないい加減などんぶり勘定で開発されたミサイルは、長大な発射炎を噴き出し、空気を文字通り切り裂きながら飛んでいく。音など周回遅れもいいところだ。
ミサイルには翼がない。ここまで速いと意味を成さない。あっても千切れ飛ぶからだ。だからミサイルの側面に刻まれた溝が稼働し空気抵抗を制御してささやかに軌道を修正する。
最初の一発で風車のようにきりきり舞いに堕ちた福音は憤然と傷ついたバイザー越しに二発目を捉えた。
直撃は避けた。寸前で叩き落としたが、至近距離で爆裂した威力は殺せなかった。
自らの身体が傷ついたことよりも、我が子のように大事にしていた銀の福音の身体が傷ついたことにナターシャの深層が激怒する。
無造作に放たれた矢が二発目を違わず串刺しにした。
それを見た櫻井は口笛のひとつ吹きたくなる。コレは本格的にヤバイな、と。
その怒りを撒き散らすように、福音の歌が流れる。子供の癇癪にも似た感情的な歌だ。
しかし、その威力はまさに神の鉄槌。その不敬を断罪するかの如く。全方位に無秩序に振り撒かれた。
俯瞰した世界で逃げ惑う生徒。その絶対的な力に抗う術もない。織江の朔夜なら一矢を報えるだろうが、防御力を限りなく削った朔夜ではその一発が致命的。
眼下がかき乱される。海は荒れ、空気は破裂し、音が砕ける。
誰も抗えない。そう確定した世界に、雑音が流れた。
『そう思っているのがお前の限界だな』
耳障りな音。低いとも高いとも取れない男の声。その色は不快にも嘲っているようだった。
福音は嘲笑する。姿も見せない男が、いくら喚こうと負け犬の遠吠えでしかない。
その時、天から一筋の光が流れた。雲を突き破った雷撃にも似た光条。その光は福音のすぐ脇を駆け抜ける。
"―――っ"
見上げる時間はなかった。それよりも前に、瞬きだけを眼に焼き付けて、雷光は直撃した。
"―――ギッ"
頭上から叩き付けられた一撃。福音は無様に回転しながら堕ちた後、体勢を立て直した。
そして見る。雲に空いた僅かな穴。その先に青い機影を見た。
距離7000m上空。
雲ひとつない空に浮かぶ少女。
セシリアは背を空に向け、真下に巨大なライフルを構えていた。
まるで地球に挑むかのような感覚。あながち間違いではないと笑う。なんせ相手は世界最強に名を連ねるトップガン。
下克上には不足はない―――!
ブルー・ティアーズ専用パッケージ装備―――スターブレイカー。超長距離荷電粒子重ライフル砲。
セシリアはピアニストを思わせる優雅なしぐさで、その引き金を引いた。
空が光った。余剰に噴き出したエネルギーが電撃となって奔る。
落雷のような光は大気による減衰さえも許さない。まさに星を穿つ一撃だ。
コンマ数秒で突き抜けた光を福音は避けた。さすがに次は当たらなかったか。
暴走したIS。福音はナターシャの思考を間借りし、それを下地にしている。そして、その経験の下で判断を下すのは機械である福音自身。世界最高峰のIS操縦技術と、世界最強の兵器のラグゼロの融合。
目眩がするほど致命的ではないか。
だが、―――
続く四射目も福音は避け切った。もう当たらないかもしれない、と狙撃手あるまじきことを考えてしまう。
福音は逃亡を選んだ。全員が足を止めた。ならば逃げ切れると判断したのだろう。
まさにその通り。もはやセシリアたちには追いつける足が残されていない。
だが、―――それは、あの邪魔者がいなかったらの話であり、―――
『修正0665、0321。撃て』
反射的に撃った一撃は、福音の背中にまともに直撃する。
「なッ!?」
『―――ギッ!?』
撃ったセシリアと、撃たれた福音が驚愕した。
翼を広げた福音は、瞬時に最高速度に達した。その速度は実に時速2500キロにも及んだ。
その福音に狙撃を直撃させた。当たるわけがない。いや、そもそもそれだけ速いと予測進路の範囲はどれほどになると思っている―――!?
どうやって進路角を割り出した。その疑問に答えが出た。
『簡単だ。ナターシャ・ファイルスが右利きだからだ』
――― その男は他人事のように遠くで総てを見ているのだ。
『右利きの人間は必ず左回りの軌道をとる。これは人が作り出した右利きの文化だ。ペンの持ち方、走り方、トラックの周回方向。染み付いた概念からは逃げ出せない。ナターシャ・ファイルスから経験を間借りしただけのお前はどうしても本人のクセや経験に色濃く影響されてしまう。どんなにそれが非効率的であっても、"機械であるお前はそれ通りにしか判断できない"』
人間なら裏を読む。細かいところは考えずに勘で行う。しかし、機械である福音はそれらをすべて情報でしか理解できない。プログラムに僅かな誤差があれば仕事をこなせなくなるように。福音はナターシャ・ファイルスという常識の中でしか生きられない。
"ナターシャ・ファイルスとしての最適解しか導き出せない"。これが銀の福音の限界だった。
「世界ランク第三位。トップスリーでありながら唯一ワンオフアビリティーが使用できない存在。故に、一般のIS操縦者からの信望を最も多く集めている」
櫻井はモニターの一つにいくつか表示していたナターシャの模擬戦の動画を消した。
鈴とシャルロットが福音に肉薄し、隙あらばセシリアとラウラの狙撃が襲う。福音にも迫る運動性能と加速性能を見せる織江に阻まれて逃げ出すコトも敵わない。
「たしかに銀の福音の性能は圧倒的だ。その火力と機動力は普段なら一方的に嬲られても仕方がない。福音自身ではなく、ナターシャ・ファイルス本人の反逆だったらおそらく無理だった」
聖女は叫ぶ。まるで金属が上げるような悲鳴を迸らせる。懸命に振り払おうとしている。
「驚異的なのは認める。勝てない、敵わない。敵対するべきじゃない。しかし、いつかは限界が来る。あと何発撃てば? あとどれぐらい高速移動をすれば? あとどれだけ被弾に耐えられるのか? それは僕にもわからない。だが、
―――いつかは終わる。終わりが来る」
まるで詰将棋でも見ているかのようだった。淡々と冷静に冷酷に、真綿で締め殺すように。
櫻井は『当初の作戦』を告げる。
「―――そのまま迅速にヤスリで削るように擦り潰せ」
やっとかけたぜ…。大丈夫予告通りまだ『明日の夜』です(汗)
さすが櫻井。作戦内容はともかくセリフが悪役になっちゃいました。当初はもう少し天然で秘密たくさん持ってますみたいな怪しいキャラで行こうと考えてたのにただの悪役ですねコレ…
福音戦の本番は次話です! 第二幕も完結。書いたあと生きてたら良いのですが…。また数ヶ月生死不明にならないようにせねば…
アドバイス、批評、ついでに感想評価要望をお待ちしています
追記
感想欄に『航空魚雷』についてご指摘がありました。こちらの説明不足によりご最もな意見でしたので、ここにそれに該当する回答部分をコピペします。
『 さて、言い訳のような裏話をしますと、
ランディングギアへの干渉については、離陸の際は専用の土台(?)に乗っけてから飛び立つようになっていて、増槽のパイロンだけではなく翼下のパイロンからも固定具が伸びているイメージです。こんな感じ→▽。もはやコイツを運ぶためだけに途中で切り捨てる装備。作中でも語られた通り、どうせ量産なんてろくにできない試作ミサイルであり、もともとはISにくっつけてぶっ放すのが本来の目的なので、とりあえず運べればそれでいい、f-2に乗っけるのはただの建前、という具合なのです。当然、空戦機動は不可。とりあえず飛んで足を切り離してミサイルぶっ放して余計な部品外して真っ白な状態で着陸! f-2のレーダー性能を活かしただけのただのミサイルキャリアー! まさにどんぶり勘定!
ちなみに、ミサイル本体の寸法とかはほぼ適当。流石に推論でとはいえミサイル設計するほどの専門家でもミリオタでもない『にわか』だったので、ASM型のハープーンミサイルの二倍の大きさを基本に多少上下させて作っただけなんです。すみません(土下座)今思えばもうちょい重量上げて射程を下げれば良かったかも…ハープーンミサイルの爆薬とそれ以外との比率が半分だとしても燃料が足らんよ…』