正義と、大義と。   作:新田良

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 終話 月下の語り夜

 

 

 

 

 

 

 銀福音迎撃戦は終了した。

 

 その後は戦闘地域の後片付けや、一体どこからの嗅ぎつけたのか知らないが、ヘリで飛来してきたマスコミなど迷惑な来客を追い返すことに三時間もの時間を費やした。

 

 ISが、それもアメリカのISが暴走しあわや大惨事になりかけたこの事件。避難させられた住民はもちろんのこと、特に一夏が庇った漁民には口外禁止の厳命と映像機器などでの撮影のデータ消去などの事情から、数日は本州で事実上の軟禁になってしまうらしい。

 

 大変気の毒ではあるが、作戦に参加した生徒たちには同情するだけの気力が残されていなかった。

 

 午後三時に開始された作戦だったが、後処理やらに奔走させられ、一時帰還が認められたのはもはや日の暮れた夜に差し掛かった頃だった。

 

 問題らしい問題といえばひとつぐらい。

 疲労困憊のなか聞かされるマスコミのヘリの音は甲高く不愉快で、報道の自由だの権利だのを主張して無理やり侵入を果たそうとしたヘリにブチ切れた鈴が本当に龍砲を起動しかけたところで千冬から連絡が入り、事なきを得たのだった。

 鈴の殺意を帯びた眼に気圧され逃げおおせた報道官は後日抗議すると捨て台詞を吐いたが、どうせその対応に追われるのは鈴ではないので溜飲を下げるのだった。

 

 帰還した生徒たちへ千冬は開口一番に一言。

 

 「お前ら、汗臭いし酷い顔だから風呂にでも入ってこい」

 

 無慈悲にして冷酷非情、あんまりな言い方だったが、お互いの顔を見合わせ顔を確認しあうと、全員素直に従ったのだった。むしろ、今から報告会でも始まるより休めるのなら願ったりかなったりなのである。

 

 そんなわけで、女子一同はふらふらと頼りない足取りで、誘蛾灯に惹かれるようにして源泉かけ流しの温泉にずぶずぶと沈むのだった。

 

 「―――というコトの顛末を聞いたわけだが」

 

 一夏は目を覚まさせるように手ですくったお湯を顔に叩きつける。

 お湯は歯ざわりが悪いほどお腹に良いと聞いた記憶があったが、昔にそれをやって酷い腹痛に苦しめられたことがあったので口には絶対に入らないようにする。

 

 見上げた空は星空だ。暗鬱としていた空は一変していた。

 

 「俺は結局のところ何をやってたんだ……?」

 

 福音に手痛い反撃を受けたあと、目を覚ませば座敷に寝かされていた一夏。空は真っ暗で状況が飲み込めないうちに身も心も疲れ切った箒たちが帰還してなんと同じ風呂に放り出されていた。むろん、全員水着着用である。濃い濁り湯のせいで水着の色すら判別できない。色気も何もあったもんじゃない、とは櫻井の弁。

 

 みんなと同じく水着を着て入浴している一夏とは違い、ジャージの裾をまくって足湯だけしていた櫻井はそんな一夏を横から見下ろした。

 水着を着ているとはいえ、十代の男女を混浴させるのだ。おそらくは、千冬は『今回の事件』の清算をして来いとの魂胆なんだろう。

 銀の福音の暴走事故の結末を目撃したのは千冬と真耶を除けば湯の中にいる九人のみである。

 

 さて、一夏の当然とも言える問いにはなんと答えようか。

 櫻井が順に見渡すが、七人は答えに窮して困ったように互いに顔を見合わせている。ちなみに、織江はもはやそんなことどうでもいいぐらい疲れたのか、湯殿のふちを枕にして、完全に脱力してただよっている。

 

 返答に困るのも無理はない。

 致命傷を負った一夏。その後、前例のない時間の間延命し、ありえない速度で戦線に復帰。鬼神もかくやの圧倒的な戦闘力で銀の福音をねじ伏せたのだ。

 そんな一夏の記憶はすっぱりと抜け落ちて憶えていないというのだから、この一連の流れをどう扱うべきか判断に困るのも仕方がないことだった。

 

 「お前、重症を負ったあと回収されたんだよ」

 

 「あー、腹に穴が空いたのまでは憶えてる。その後はどうなった? 福音は?」

 

 「福音は織斑一夏を撃ち落としたあと、突っ立ってたところをゴリ押しで倒した。どうも福音にとっても絶対防御が働かなかったのは想定外だったらしい」

 

 そういえば、と一夏は腹を擦る。まだ皮膚が突っ張るが、それ以外に異常はない。腹に風穴が空いた感覚を思い出して、湯に浸かっているのに寒気で身震いした。

 

 「……じゃあ、なんで俺は生きているんだ?」

 

 「ISの生体保護機能だろ。詳しくは知らない。織斑一夏みたいな事例は未だにないしな。それよりも篠ノ之箒に感謝しとけ。さすがは篠ノ之束博士制作の専用機だな。性能に驚かされたよ」

 

 「さ、櫻井っ?」

 

 櫻井はさも自然なようすで嘯いた。嘘と本当とを違和感なく混ぜている。

 実際に、紅椿の圧倒的な性能を目の当たりにしていた一夏はその嘘をなんの疑問もなく信じた。

 

 「そっか。ありがとな箒。おかげで助かったよ」

 

 「え、ええっと、あのだな一夏―――」

 

 どうして櫻井がそんな嘘をつくのか、咄嗟に理由が思いつかず、本来の正直さも相まって事実を取り繕ろうとする。

 

 「そうよ一夏。箒がいなかったらあんたなんて今頃漁礁になってたわよ」

 

 いち早く櫻井の意図を汲んだ鈴が追随した。鈴としても、あの光景は説明ができないぐらいの異常だった。知らぬが仏。世の中、急いて真実を求める必要はないのだ。

 

 鈴の思わぬ援護射撃、ならぬ牽制に、弁明は箒と一緒に温泉へと沈んだ。ぶくぶくと泡を吐く彼女をエレナは苦笑いで慰めた。

 

 「まー、ホーキは超頑張ったのは事実っスよ。わたしなんて見てるだけだったっスから」

 

 「いや、それこそ私が礼を言いたいのだが……。危うく腹に穴が空きかけた」

 

 銀の福音のセカンド・シフトを思い出した。ただでさえ凶悪であったのに、土壇場でまさかあんな進化を遂げるとは思いもしなかった。

 

 「そりゃ代表候補生制度とかIS学園が造られたりするわけだわ。セカンド・シフトとかワンオフアビリティはとんでもないシロモノだったわね」

 

 「そうだね。こっちは専用パッケージ装備の専用機を九機でかかっても押されっぱなしだったしね……。もうホントどうなるかと思ったよ」

 

 「……、役に立てなくてゴメンなさい」

 

 居辛そうに小さくなる一夏。自分はあっさりと気絶したのが申し訳ないらしい。

 

 櫻井の嘘のストーリを信じ込んでいる一夏。しかし、本当の事実を知っている箒たちは一夏の謝罪を受け取れないとでも言うようにまた一斉に顔を逸らした。

 

 気まずい沈黙を吹き消すように櫻井が鼻を鳴らした。

 

 「お前な。僕も言っただろう。別に織斑一夏のせいじゃない。状況にいろいろ問題があった。あの状況で善戦できただけ勲章もんだよ」

 

 珍しい櫻井からの賛美。一夏はもしかすると冷酷無比の護衛は実は優しいのではないかと思い始めている。

 

 「でもなー……、あんな偉そうなこと言ったあとにやられたのが情けなくて……」

 

 「普段厳しい訓練を受けたと自負があるやつでも戦闘の雰囲気で弱気になる奴がいるし、戦闘になったら使い物にならない奴が自衛隊にも百戦錬磨の米軍にもいる。初陣であれだけ動けるならまだマシだ」

 

 櫻井の慰めに納得できたわけではないが、そうなのかなー…、などと黙るしかない一夏。自分は世間知らずだと悲しい自負があるのでいかんともし難い。

 

 見上げた空は深く、透き通っている。見透す星は輝き、どこまでも遠い。

 

 一夏はあの麦わら帽子の白い少女を思い出す。

 あの夢のような体験は何だったのか。いつもの断片的な光景とは違い、あの出来事は良く憶えている。

 

 まさに夢のような名残り。少女と重なった唇の柔らかな雪のような感触はいまも鮮明に思い出せる。

 

 ―――って何を思い出してんだ俺は。

 

 なんだか今更のように気恥ずかしくなって一夏はそのまま湯に沈むのだった。

 

 それにしても、と櫻井はこんなことを言い出した。

 

 「昨日は反対の湯だったが、こっちは濁り湯なのか。ボディーラインすら見えないぞこれ。新手の視覚テロか」

 

 櫻井の顔に湯がぶっかけられた。

 

 「……なにごと?」

 

 「なにごとって……。それはこっちのセリフっスよ。いきなりなんスか。セクハラっスか」

 

 「セクハラとはなんだ。女子高生との混浴だぞ? 目が行かないほうがおかしい」

 

 「うわー……、センナくんの株が霞んできたっス……」

 

 「存在すら? 馬鹿だなエレナ。たぶんこの体験談を世に広めれば僕はきっとネットで一躍人気者になれると思う」

 

 「櫻井。それたぶん賞金首的な意味で人気者だからな」

 

 それにしても櫻井はたまに馬鹿になる。

 

 みんなが呆れた顔をしているが、一番呆れているのは織江だった。

 

 櫻井の異常にいち早く気がついていた織江はため息をひとつ吐いて、

 

 「千奈。あなた、酔っ払ってるの?」

 

 櫻井はそっと目を逸らして違いますと言った。もはや酔っぱらい運転の言い訳と違いがない。おそらくは温泉の熱気にあてられてアルコールが早く回ったのだろう。

 

 エレナが見逃さなかった。

 

 「あっ! センナくんポケットになに隠してるっスかーっ!」

 

 「これは……、水です」

 

 「なんて苦しい言い訳……。櫻井さん、ボトルに思いっきりお酒の銘柄が……」

 

 「違う……、これはちょっと似た名前の工業用アルコールだから……。バイクを磨くのに使っただけだから」

 

 「さっき飲んでたのを見たぞ……。工業用アルコールなんか飲むのかお前は……」

 

 「センナくん完全に酔っ払ってるじゃないっスか……。言いたくなかったっスけど、センナくん酔っ払うとポーカーフェイスを保ててないっスよ?」

 

 「だから酔っ払ってないから! このあと待ち受ける始末書の山に現実逃避なんてしてないから!!」

 

 (かわいそうに……)

 

 全員の感想が一致した。櫻井はこの年齢で早くも中間管理職と下っ端の両方の苦労を味わっているらしい……。

 

 そんな櫻井に対して、いったい誰が気の利いた言葉をかけてやるのか、無慈悲なじゃんけん大会が彼の心を深くえぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬は旅館の裏手で月を見ていた。

 

 一段と急な傾斜の小さな山の頂上は平たく整備されており、展望台と成り代わっていた。展望台には小さな屋根と、何十年も前から居座っていたのだろう、老人のようなか細い一本松がある。

 

 千冬は一本松に場所を譲って貰うようにひとり月を見上げていた。月は高く、遠く、紅葉の森でいつか見た月と変わらない。

 

 では自分は?

 あの日から、自分は何かが変わったのだろうか。人を傷つける腕だけは随分と上がった気はするが、中身は進歩していないように思えてならない。

 

 それに比べ、一夏は随分と変わった。自分の後ろに隠せていたハズの弟は、気がつけば自分よりも背が高い。昔は何をするにしても千冬のところへと来たのに、今では自分一人で解決しようとする悪癖まである。

 いつか、姉を全く必要としないぐらいまで強くなるのだろうか。

 

 千冬は息を深く吸って吐くと、ベンチへと腰を下ろした。ひんやりとしたステイン塗料の手触りがする。

 

 夏の夜は涼しい。湿度が高いのは変わりないが、気温がそこまで高くはないので涼しい格好をしていれば汗はかかない。千冬も昨日はジャージだったが、今日は風情に気取って旅館の浴衣を着ている。

 普段来ているスーツやジャージとは違う、その頼りない服装にもようやく慣れ始めたころ、予想通りの人物が来た。

 

 「ちーちゃん! まったーっ?」

 

 「待ってないし待たされてもいない」

 

 相変わらず狂ったようなエプロンドレスを着ているのに恐ろしく自然に見える。成熟した身体と子供のような服装。その矛盾が篠ノ之束という人物の在り方を示しているよう。

 

 月明かりの下、スポットライトに照らされた主演のような、軽快でありながらも霞まない姿。

 束は何年も変わらない屈託のない笑みを浮かべている。

 

 「それでも私が来ると予想していたちーちゃん、ああ、これはもう愛だね……!」

 

 千冬はしばし言葉を失った。いつもなら問答無用とばかりに否定するところだったが、どういうわけかこの時は切って捨てるのをはばかられた。

 

 「……お前、なぜ私にかまってくるんだ?」

 

 「え? なになにちーちゃん。どうしたの? そんな初めて逢った時みたいな質問。懐かしいけど好きじゃないかなー」

 

 「面白いからか?」

 

 いつもの調子でスキンシップを図ろうとした束だったが、なおも重ねられた問いに千冬が真面目な質問をしているのだと気がついて立ち止まる。

 腕を組むとそのまま唸って考え始めた。即答が多い束なので貴重な光景といえる。

 

 「んー……、初めてちーちゃんのコトを見た感想はそれでも合ってるよ? 当たり前だけど、興味がなければ接点なんてないよね?」

 

 よもや束から常識を言われるとは思わなくて千冬は少し悔しくなった。

 ただし、興味がなかろうと否応なく接点が生まれるのが現代社会だ。それが一方的であろうと……。それでも興味がなければ接点なんて生まれないと言い切れる束は強いのだろうか。それとも、異常なのだろうか。

 

 「あ、今は違うよ? でも、ちーちゃんは私を飽きさせたコトがないから違うとも言い切れないのかなー……」

 

 束はうんうん唸りながら悩ましそうに、同時に楽しそうに考えている。

 

 「とまあ、こんなぐあいにちーちゃんは私にとって必要不可欠なんだよ! という愛の結論! なんていうか、初めての感覚だったんだよね、自分以外の人間と楽しく会話できたのって!」

 

 「……悪いが、やはり私はお前のことを友達と思えん」

 

 すべてを打ち明けられる関係が友人と言うのなら、千冬は自分には本当の友人はできないだろうと思っている。千冬は自分から自分のコトを話さないし、詮索されたくもない。

だから、そういう意味では千冬に本当の友人ができることはない。

 

 そんな辛辣な返答を貰っても、束の笑みは崩れなかった。

 

 「べつに良いよ! 私もそうだから! 友達とか要るとも感じないし欲しくもない」

 

 束はうっとりとした顔で胸の前で手を重ねる。その姿は歪んでいるようだが、月明かりの下でも明確に見て取れた。

 

 「友達なんて切ったら消えるような関係は欲しくない。私が欲しいのはね、惹かれる相手なんだよ。生まれとか年齢とか人種とか顔とか身体とか性差とか過去とか未来とか関係ない。理由もなく惹かれて理由もなく一緒にいたいと思える相手だよ!」

 

 聞きようによっては愛の告白。しかし、その表現さえも、該当しない概念に対してむりやり言語を当てはめたようなものなのだろう。

 

 千冬はそっと息をついた。

 

 「……やはり、お前の言ってるコトはよくわからんな」

 

 「それでも良いと思うよ。私もこればっかりは証明できる気がしないから」

 

 「そうか……」

 

 束は千冬の反応に満足した様子だった。

 

 周りから見れば歪な関係なのかもしれない。だが、そんな関係で十年以上も付き合ってきたのだ。この腐れ縁はこれからも続くのだろう。

 

 千冬は複雑な心境をそう諦念でとりあえず片付けたところで、もうひとりの意外な来客を向かい入れた。

 

 「櫻井。いつまでもそんなところで座ってないで来い」

 

 呼びかけて五秒。観念したのか嫌々と櫻井が展望台へと入ってきた。下は砂利道だというのに足音がしない。月明かりに照らされた姿よりも影が印象に残る。

 

 櫻井は頭をかきながら言う。

 

 「なかなか想像はできない組み合わせだったんでタイミングを見失いましたよ」

 

 「わっ、せっくんだ!」

 

 「せっくん……?」

 

 千冬と櫻井は胡乱な目つきで束を見た。彼女はというと、不思議そうにうん?と首をかしげていた。

 

 「束…、お前、随分と櫻井のコトを気に入っているようだな」

 

 「気に入っているというか保留かな? このコはなんだか面白いコトをやらかしそう」

 

 当の本人、櫻井とは言うと、凄い変態に目をつけられた……、と昼間の所業の尾を引いていた。

 

 「篠ノ之束博士。紅椿の調整をした昼間から姿が見えませんでしたがどこにいたんですか?」

 

 「ちーちゃんの部屋だよ? あそこなら誰も寄り付かずにゆっくり観察できるでしょ?」

 

 その判断は限りなく正しい。そもそもあの時間帯ならば教師すらいないのだから。

 

 「観察、ですか……。興味深いものでも見れましたか?」

 

 「そうだねー……、"予想外"のものはいろいろ見れたから満足かなー? いっくんとかせっくんとか……」

 

 朗らかに答える束だが、櫻井が向ける視線はこの上なく冷たい。

 

 不穏な空気に千冬は少し帰りたくなったが―――

 

 「篠ノ之束博士。今回の銀の福音を意図的に暴走させたのは貴方ですね?」

 

 ―――この瞬間に本気で帰りたくなった。

 

 櫻井の低い詰問に対して、束は笑みを浮かべたまま。

 

 「ふふふっ、証拠はどこだ証拠がないぞ!」

 

 なんておどけた口調で返した。

 

 しかし、櫻井は証拠ならあると言う。

 

 予想外な回答。

 さすがの束も意外だったのか、へえ、と目を見張っている。

 

 「ふんふん。面白いことを言うねキミ。証拠って? 悪いけど束さんはそんなヘマをする人間じゃないよ?」

 

 「僕が篠ノ之束博士の立場でも同じコトをするからです」

 

 聞くだけなら意味不明。もはや櫻井の見苦しい言い訳すらならない冤罪。

 しかし、束は肩を震わせて笑みを深めた。

 

 「なるほどなるほど。それは、たしかに明確な証拠だね。なんせ私がそれをキミに言ったし、何よりもキミなら本当にやるもんね」

 

 「まあ、この自白以外はまともな証拠として裁判に使えませんがね」

 

 そう言って、櫻井はポケットから棒状の機器を取り出す。赤いランプが点ったそれは録音機だ。もはや隠すことさえもしない。

 

 櫻井は続ける。

 

 「織斑一夏の護衛として聞きますが、先日IS学園で二度起きた無人機襲来事件の犯人は貴方ですか? あの無人機の製作者は貴方ですか?」

 

 「ふーん……、だったら、

  ―――どうする?」

 

 束が笑う。いや、嘲笑った。

 千冬は背筋が寒くなるのを感じた。櫻井は冷淡に質問を重ねるが、それ以上に束の感情が冷めきっていっている。

 

 ああ、つまらないと。

 

 櫻井は奇跡ともいえる確率で束から異常な興味を持たれている。千冬ですらその原因が何であるのか未だにわからない。

 しかし、それは束の価値観である『興味がある』か『興味がない』の大前提のうえでだ。

 

 もしもここで櫻井がありきたりな返答を返したのなら。もしくは、犯人である束を拘束しようとするのなら。

 そこで、束の櫻井への興味は一切を失うだろう。力づくで拘束しにかかるのなら櫻井を殺すだろう。

 

 だから、この返答は櫻井の命運がかかっているのだった。

 

 千冬とて櫻井を見殺しにするわけにはいかない。場合によっては束との殺さないけど限りなく殺し合いに近い闘いを覚悟しないといけない―――。

 

 面白そうに返答を待つ束と身構える千冬。異様な雰囲気に見たものがいれば逃げ出すだろう。

 

 しかし、―――

 

 櫻井とは言うと、どうしてそんな雰囲気になっているのかわからないといったようすで首をかしげている。その反応に千冬と束は少しだけ面を食らい、そして―――

 

 

 「あの無人機、―――僕にもください」

 

 

 木っ端微塵に砕け散るような静寂が一切を洗い流した。

 心臓の音よりも、なおもさざなみのほうが確かな音を発している。

 

 千冬はもちろんのこと、あの束が目をまんまるに見開いて固まっていた。あの稀代の天災に一度ならず二度までも同じ顔をさせるとは、彼はもしかすると天然記念物以上の存在ではなかろうか。

 

 しばらくして、

 

 「―――ふはっ」

 

 にわかに笑い声が木霊した。束だった。

 

 「あはははっ! あーはっはっはっはー……っ! ちーちゃん聞いた!? いまの聞いた!? このコすごいよ!?」

 

 「わかった。わかったから落ち着け束。……櫻井、いまの正気か?」

 

 なぜ笑われたのか、なぜ正気を問われているのか本気でわかっていないようすの櫻井。

 そのちぐはぐっぷりも笑えてきたのか束の大笑いは少しだけ続いた。

 

 さすがの櫻井もそろそろイラッとしだしてくる頃。

 

 「なんでここまで笑われるのか意味がわからない……」

 

 「ふ、ふふふっ……。やっぱ見込んだ通りだったよ。イカれてるね」

 

 「どこが? 使えるものがあるなら使うべきでしょう。言ったでしょう、僕は織斑一夏の護衛だって。篠ノ之束博士なら万が一にもうっかり殺さないだろうし犯人だったらどうでも良いんですよ」

 

 「うんうんそうだね。ちゃんと聞いてなかった束さんが悪かった。それにしても、あのコが欲しいのかー…。あげてもいいけど少し待って。いろいろ弄りたいから」

 

 「べつに急ぎはしませんよ。あったら便利程度なんで」

 

 「そんなこと言えるのは後にも先にもお前ぐらいなんだろうなー……」

 

 千冬の苦々しい呟きは、夏の海に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やっとで第二幕終了。このあとは夏休みの短編を幾つか挟んでオリ物語が進む第三幕となる予定です。
 二月は師走以上にめちゃくちゃ忙しかった…



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