正義と、大義と。   作:新田良

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第四十五話 少年の逃避行

 まるで邪悪な地表を浄化せんとばかりにギラめく太陽。陽炎を揺らめかせ人を焼くアスファルト。

 夏の風物詩ともいえる光景だが、今はただキツい。

 

 五反田弾は喫茶店の窓から虚ろな目で黄昏れていた。まあ、外は昼なのだが。

 

 活力に溢れた夏の昼下がり。俺は、悩んでいた。

 

 光陰矢のごとし。

 

 まさにその通りだ。つい最近高校生になったかと思えばもう夏だ。

 

 そう、夏だ。

 

 夏なのに、俺にはカノジョがいない。

 

 意味不明だと思ったやつは死ねばいい。

 

 しかし、俺にとっては三角関数より大事な問題なのだ。

 

 幼稚園生のとき、小学生になれば可愛いカノジョができると思ってました。

 

 小学生のとき、中学生になれば可愛いカノジョができると思ってました。

 

 中学生のとき、高校生になれば可愛いカノジョができると思ってました。

 

 しかしその実態は……、悲しくなるので以下省略。

 

 なんだか視界がボヤけるので、コーヒーをズズッとすする。苦い、実に苦い。現実を実感するキツイ味わいだぜ。

 

 この店は一夏が長い間アルバイトをしていた馴染みの店だ。なんと友人割引でケーキとコーヒーのセットで三百五十円(税込み)。このご時世でなんとリーズナブル。巷の呪文みたいな名前をした奇抜なメニューは存在しないが、昔ながらの隠れ家的なシックなデザインは素晴らしい。

 

 と言うか、何事もカタチから入らなきゃ気が済まない俺としては『馴染みの喫茶店』というフレーズにオトコノコ的として惹かれるのだ。

 

 ちなみに、既知であるはずのマスターは怨念を撒き散らす俺のことを華麗にスルーしている。世知辛い世の中だ。

 

 そして、今日この場に件の親友の姿はない。もとい、及びではない。

 

 代わりと言っては何だが、今日は別の相手を呼んでいる。

 

 そいつは自然な様子でカプチーノを飲んでいる。大して年も変わらないと聞くが貫禄さえも感じるその佇まいは、今日は大変頼もしい。

 

 俺の対面に座る最近の知人―――櫻井は胡乱な目で俺を見た。

 

 「―――それで、相談の内容はなんだったか」

 

 おおっと櫻井。電話口で話したばっかだってのにもう忘れたか。うっかりさんだなー。と、いうのは櫻井から予想をはるかに下回る温度の目線で射抜かれた俺の現実逃避。

 

 そう、俺の宿願とは……!

 

 「……女の子とえっちなことがしたいんです」

 

 「正直すぎだよおまえ」

 

 さしもの櫻井も呆れ顔。

 

 櫻井なら男の悲願をわかってくれると思ったんだが。

 

 櫻井は目線をずらして問う。

 

 「そういうのはお友達に相談しろよ」

 

 「はっはっは! 何言ってんだよ櫻井。あんな非モテのヤツら集めたってしょうがねえだろ」

 

 「ああこれ知ってる。『類友』ってやつか」

 

 「傷つく!」

 

 恐ろしい男! 言ってはいけないことを何の躊躇なく言いやがった!

 

 「勝手に決めつけんなよ!」

 

 「ならなんで呼んだんだ?」

 

 そうでした。

 

 まさかのロジカルエラー。助けてください見栄さえはれないのかよ。

 

 それにしても櫻井は手強い。だが、やはり頼りがいがある。

 

 「なんで僕にそんなこと相談するんだ? 五反田弾の友達は織斑一夏だろ」

 

 「……。……、あいつがこの話に役立つと思うか?」

 

 「僕が悪かった」

 

 初めて意見がきれいに一致したような気がする。

 やっぱ人は分かり合えるんだ! 悪口限定でなら。

 

 「それにほら! あいつがいるとせっかく脈アリそうなコまで取られるだろ? そろそろ心がばっきり折れるわ!!」

 

 「すごいな。凄い実感がこもってる」

 

 なぜか無性に腹立つし不思議なことに、あいつ―――一夏は美人にほどよくモテる。

 たとえばクラスどころか学年一のかわいい女子とか、街で出会ったアイドルとか。

 なぜ神はやつに罰をあたえない……。

 

 「五反田弾はモテないのか?」

 

 「俺のことが好きって女子がいるという噂を聞いて本人突撃したら死ぬほど嫌われてた話をするか?」

 

 「そうか……、五反田弾は軽薄で頭も悪そうでいかにも下っ端みたいな雰囲気だけど顔はそこそこ良いのにな……」

 

 「ありがとう。でも死にかけた」

 

 この男は人のことを馬鹿にしないと会話できないのだろうか。

 しかし、櫻井の表情はホントに不思議そうだ。どうやら、今の発言の何が悪いか本気でわかってないらしい。

 

 「そもそも、五反田弾はなんで僕に相談するんだ? 人選を間違ってるだろ」

 

 と、さして興味なさそうにタルトをナイフで解体していく櫻井。

 

 俺とて年上で付き合いの短い、それも普段なら絶対に櫻井みたいななんだか怖い人間には近づかない。が、今回は櫻井を頼るのがベストだと判断した。

 

 第六感。エスパー。童貞には童貞を見抜く力がある。ちょっとした何気ない仕草から「ああ、コイツ童貞っぽいな」と感じるのだ。仲間を探し出すため、自分を守るための原始の力。超能力と言ってもいい。リア充になると失われてしまう、まさにニュータイプならぬ『オールドタイプ』。うん、何言ってんのか自分でもよくわからん。

 

 とにかく、櫻井からはいわゆる童貞臭というものがまったく感じない。

 

 そんなわけで、俺は一夏に渡りをつけてこの場に櫻井を召喚したのだった。あながち、この判断は間違いでもなかった気がする。櫻井は年齢通りの外見はともかく、佇まいだけなら社会人十年目みたいな貫禄がある。まあ、俺の知人にはリア充から程遠いようなヤツしかいないという哀しい現実があるのだが。ちなみに、一夏は論外である。

 

 とはいえ、まさか、本当に櫻井が来るとは思っていなかったのもまた事実。

 これは弾の与り知らぬ余談ではあるが、櫻井がなぜこんなところにわざわざ来たかと言うと、織斑一夏の交友関係を把握しきれてないからついで五反田弾という人間を見極め、邪魔だと判断すれば連絡をさせないようにする、という身も蓋もない理由があったりする。決して、再テストで赤点を取り夏休みの補修が確定した織村一夏への現実逃避などではない。ないったらないのだ。

 

 櫻井は部署違いのお役人みたいな顔をして、

 

 「べつに僕だってモテるわけじゃないけど」

 

 「おいおい、櫻井で女と縁がないとか世の中どうなってんだよ。女が持つ理想高すぎやしねえか? ……え、ホントにねえの」

 

 「女の縁か……、たしかに経験がないわけじゃないけど」

 

 どこか目の焦点をズラした櫻井。その遠い表情は昔の女でも想起しているのだろうか。

 血涙を流したいほど羨ましいし、根掘り葉掘り聞きたいものだが、ソレだけ聞ければ今は十分だ。

 

 「女の縁なんて出会い方次第だろう。五反田弾は何もないのか?」

 

 「……、俺の学校は女子が二名しかいない学校ですが何か?」

 

 最高の社交場であるはずの学校は野郎が跋扈するディストピア。

 

 「五反田弾の学校……、たしか藍越学園だったか。織斑一夏が入学するはずだった胡散臭いアレか……」

 

 「ちょっと、本人の目の前でそういうこと言うなよな」

 

 「事実だろ。私立なのに学費が安く偏差値がかなり低いのに就職率が良好。ブラック企業向けの横繋がりがあるだろこれ」

 

 ……。

 

 言われてみるとヤバイ気がする。今まで何も気にしなかったが、こうして並べてみるとそこはかとなくキケンなような……。

 

 「い、いや! 俺は実家継ぐ! そんときは実家継ぐわ!」

 

 あんなシケた定食屋はゴメンだと拒否していたが、今の話を聞くとステキな職場環境に思えてくる。

 

 「でも、学校に二人の女子がいるなら狙ってみればいいだろ」

 

 「え、やだよあんなの。スレたヤンキーだしすでにチャラ男たちのカノジョだし」

 

 「この期に及んで贅沢な……。五反田弾の理想はどうなんだ?」

 

 「美人なお姉さん!」

 

 胸がおっきいければなお良し。とまでは口には出さないが、やはり巨乳には男の子が抗えない魔力があると思う。そしてそれに触れられるならきっと幸せになれる。

 

 「なるほどな。巨乳のお姉さんか」

 

 「待って。人のモノローグ読まないで。つか、なんで分かったの?」

 

 「顔が下品にエロかった」

 

 マジかよ。誰か新しい顔をください……。

 

 「櫻井だって好きだろーデカ乳ー!」

 

 「大きさじゃないだろ。大事なのは形と感度だ」

 

 「キャーッやっぱオレたちとなんか違うー!!」

 

 リア充は違った。上辺だけではなく内も見ている……! 

 というか、すました顔してヤることはヤってんのかなやっぱ。

 

 「俺も早くカノジョ作りてー!」

 

 「あの人は別に彼女じゃないけどな。……そういえば、ここに来る途中―――」

 

 「おっなになに?」

 

 「工作用粘土の半額セールやってた」

 

 「ねえ、ソレどういう意味? メイキングカノジョ? カノジョ作りたいってそういう意味じゃないよ!?」

 

 理想のカノジョを粘土で作り出したらもう終わりな気がする。

 

 「じゃあ、面倒くせえから写真に名前と番号を書いて紙飛行機にして飛ばしたら?」

 

 「そこまで誰でもいいわけじゃない……」

 

 「面倒くせえから学校の屋上から飛ばせば同じぐらいの年齢が拾うだろ」

 

 「うちの高校で拾ったとしてほぼ男子だよそれ! 女子が拾ったら拾ったで上級生と喧嘩に発展するわ!」

 

 「面倒くせえから拾った男子と付き合っちゃえよ」

 

 「面倒くさがらないで櫻井! もっと考えて!」

 

 櫻井は姿勢を正すと、顎に手を当て至極真面目な様子で言う。

 

 「男子じゃ駄目か」

 

 「ダメっていうか無理だよ。根本的に」

 

 「たしかに物理的に難しいもんな……」

 

 「あらやだ生々しい」

 

 「でも、凸同士で無理でも、どっちか片方がひっくり返れば凹にならないか?」

 

 「ならねえよ!」

 

 なんだこの会話。ホモホモしいわ。というか、凹凸をそんな理由に使うんじゃねえよ。これから書きづらいじゃん。

 

 「じゃあもう不可能だ」

 

 「諦めんの早えよまだなんかあるでしょ!?」

 

 マスター櫻井に見捨てられたら弟子の俺はどうすればいいってんだ。ホモにならなくとも闇に堕ちるわ。

 

 「いや、出会いに関しては諦めるしかない。これはもう突発的な事故に頼るしかない」

 

 「マジかよ。転校生になって遅刻しかけたら美少女とぶつかれる?」

 

 あんがい古いなおまえ、と櫻井は追加のケーキセットを注文する。

 そろそろ財布が悲鳴をあげている。このままじゃなけなしのデート資金から捻出して夏を過ごさなければならない。そこは使いみちがないから大丈夫とかは言わないでほしい。

 

 「となれば、その突発的なチャンスを活かせるようになればいい」

 

 「おお」

 

 なんかそれっぽいことを言われた気がする。

 

 「たとえば?」

 

 「第一印象だな。その赤パインはどうにかならないのか?」

 

 「色がってこと!? この色は五反田家の特色だよ!」

 

 色だけに。なんつって。

 

 しかし、この色だけは変えないと誓っている。あんまりにも赤いものだから何も知らない生活指導から不当な扱いを受け続けてはや十年。最初は意固地になったものも、十年苦楽をともにすれば愛着のひとつぐらいわくというもの。

 

 「髪染めて切ったら彼女できるよって言われたら?」

 

 「切ります」

 

 だめでした。自分で惚れ惚れするほどの即答だった。やはり本能には勝てなかった……。

 

 しかし、櫻井のほうも冗談だったのか、それともどうでも良かったのか、それ以上の無理強いはしなかった。

 

 「……半分剃り落として編むか」

 

 違った。恐ろしいコトを考えてるだけだったらしい。

 

 「赤毛で長髪ブロックのドレッドヘアーなんて教師どころか上級生にも目えつけられるわ……。高校ぐらい無事に卒業してえよ……」

 

 よく勘違いされるが、これはただの反抗心と愛着で染めずに伸ばしてるだけで、別にパンク系を目指してるわけじゃない。まあ、バンドをやりたがるあたり強く否定まではできないが。

 

 「自己紹介に「俺、そこのビルの跡取り息子なんですよー」って加えてみたらどうだ?」

 

 「俺の場合、「俺、そこの定食屋の跡取り息子なんですよー」になっちゃうけど大丈夫?」

 

 無理か。無理だろうな……。釣れたら釣れたで相手の女の心配をしてしまいそうだ。

 

 さしもの櫻井も考え込んでしまった。

 

 「ここまで魅力がないと大変だな」

 

 「もっと言い方考えてください……」

 

 と、櫻井を見てふと思い出した。そう、あのコがいるじゃないか。

 

 「織江ちゃんとかさー……」

 

 「殺すぞ」

 

 「ごめんなさーい!」

 

 目がマジだった。不可侵の境界を越えれば射殺も辞さない国境線。残念だが侵攻作戦は失敗した!

 

 それにしても、俺の知り合いはシスコンが多い。

 

 でも、あんな美少女をカノジョにできたら最高だけどセットで櫻井がくっついてくるのか……。恐ろしい。まだ見ぬ美少女をゲットしたクソ野郎に同情。

 

 「あーもー、どっかにいねえかなー巨乳でメガネで知的なお姉さんー!」

 

 気がついたら条件が増えていた。だって男の子だもん。

 

 「まず五反田弾が知的じゃないじゃないか……」

 

 「大丈夫。こう、まるで仕方のない子を世話するように慰められたい……。ふくよかな胸に飛び込みたい……。カノジョに愛称とかで呼ばれたい」

 

 妄想だけは一丁前だった。哀しい。

 

 「愛称か……。『ゴタダン』とか」

 

 「ゆるキャラですか?」

 

 「ダダダダーン!」

 

 「うわっ! ビックリした! 急に大声出すなよそれ名前ですらねえよ!」

 

 「五反田弾なんてボールみたいな名前で愛称なんて無理」

 

 「弾んだ名前でゴメンなさいね。でも、それにしても『ダダダダーン!』はねえよ! 呼ばれるたびに強面のオッサンの顔が落雷をバックに浮かんでくるわ! あと、小学校のトラウマが蘇るんでヤメてください!」

 

 小学生は無邪気に残酷だ。あまりに有名なもんだからテレビや音楽の授業でバンバン流れるし、響きが似てるだけでイジられる。

 

 「ええいくそう……。余計な思い出を掘り返しやがって……。さっきから俺で遊んでるけどそういう櫻井の好みのタイプはなんだよ!?」

 

 「まずは女子であることかな……」

 

 「当たり前だよ!?」

 

 むしろ今まで男子込みを前提に会話していたかと思うと恐怖だわ。

 

 「あとは……、お腹を触ったら健康的な腹筋があるといいかな……」

 

 「一気に絞られたな!」

 

 「以上かな」

 

 「お前は女の腹筋にしか興味ないのか!?」

 

 マスター櫻井はとんだフェチ野郎だった。いや、むしろ尊敬できるかもしれない。

 

 しかし、櫻井も二つ目のフルーツタルトを頬張りながらたんたんと無表情に言ってるから、本気なのか冗談なのかちょっとわからない。

 

 その鉄仮面を見極めようと足掻いていると、櫻井が席を立つ。見やれば、いつの間にか彼のテーブルには空の皿しかない。

 

 「さて、と」

 

 「え、ちょっ、まさか帰るのか!?」

 

 俺も慌てて立ち上がった。正直、奢るだけ奢ってなんの助けにもなってない気がする。

 まさかの薄情さに俺は焦った。

 

 すると、櫻井は悪童のような笑みを浮かべて言った。なぜか人を不安にさせる笑みだった。

 

 「五反田弾の悪口を並べたところで実地訓練と行こうか」

 

 「……、」

 

 訂正。彼は意外と世話焼きのようだ。ついでに意地も悪いしスパルタである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みの繁華街。

 

 時計の短針もとっくに頂点を過ぎ去った頃合いとなると、通りの人も多い。

 その姿は美味しい料理を腹一杯に詰め込んで満足なのか、どこかみな夢心地だ。

 

 「なあ、マジでやんの?」

 

 「自分の悪いところは再確認しただろ? なら、あとはソレをどう隠してどう活かすかだ」

 

 言ってることはわかる。しかし、そんな簡単にできたらいままでこんな苦労しない。

 

 不安で頭が真っ白で、緊張を誤魔化すように俺は話題をズラした。

 

 「服まで買い直したし。櫻井、お前本気出し過ぎだよ……」

 

 「彼女欲しいって言ったのは五反田弾だ」

 

 と、櫻井は人の流れを見渡しながら至極真面目に返した。

 

 意外と言えば意外。本来なら彼にそこまでする義理はない。つまるところ、これは櫻井自身の性格か。

 

 ここに来て、初めて弾は、自分の判断ミスを自覚した。櫻井を呼んだことを後悔した。

 

 自分と櫻井。双方の温度差を今更ながら感じ取ったのだ。

 こっちは軽い調子でカノジョが欲しいなんて騒いでみただけで、櫻井はそれに対して本気で対応している。まるで、自分の不誠実を見せつけられてるようで、妬ましい。

 

 もちろんカノジョは欲しい。そりゃ可愛い女子と付き合ってみたい。ドラマみたいに一緒に過ごして寝るまでメールして手を繋いでみたい。

 でも、それは一般的な『憧れ』であると薄っすらとわかっている。みんながヤッてるから俺もヤッてみたい。今日せっかくできるかもしれないカノジョだって、ちょっとした拍子にあっさり別れるかもしれない。でも、そのときは俺はやっぱ落ち込んではみても仕方ねえって思うだろう。

 

 そう。そういうところだ。俺が女子からモテないのは。

 不安だから騒いで誤魔化す。手間だから逃げる。理想と現実があやふやで夢見てる。似たような人間とつるんで見下して大丈夫だと安心する。

 

 モテるヤツには理由があるように、モテないヤツにはそもそも理由なんてものがない。

 

 だから、櫻井のような真面目な人間は、俺たちみたいなのにとって毒だ。

 

 「ナンパなんて成功するわけがねえ」

 

 「なんで?」

 

 「数時間前の俺と何も変わってない」

 

 「馬鹿言え。プログラムじゃあるまいし人間がそうそう簡単に変わってたまるか。いつだって手にした手札で戦うしかないだろ。馬鹿なら馬鹿な分だけ考えろ。自信がないならそれを忘れるだけ数をこなせ。逃げるぐらいなら最初から興味を持つな」

 

 「……、」

 

 言ってるコトは理解できる。だが、やはり、それは手札が潤沢にあるヤツが有利というのもまた事実であり、手札が不足ならば降りるのも自然な流れなのだ。

 

 一夏みたいにやってみたら上手くいくヤツだっているだろう。櫻井みたいに的確に予定通りに上手くやるヤツだっている。でも俺みたいにやろうとしてもビビってばかりで頭の悪いやつだっているのだ。

 

 「……、……なあ、櫻井。俺やっぱ―――」

 

 「なかなか通らんもんだな巨乳でメガネで知的なお姉さんは……。五反田弾、あれじゃダメか?」

 

 「…………、……俺の視力が狂ってなけりゃボビー・オロゴンみてえなマッチョと腕組んでるけど?」

 

 「そこは頭脳プレイで略奪を……」

 

 「お前の発想にドン引きだよ! つうかあんなのと戦ったら殺されちゃうわ!! 腕が女のウエストぐらいあんぞ! あれほんとにゴリラが進化した新人類とかじゃないのか!?」

 

 さすがに一般人相手だと分が悪いな、などと不穏な舌打ちをすると、櫻井はトイレだと言ってどこか行ってしまう。

 

 「櫻井怖えー……。一般人じゃなかったらナニすんの? ていうか、アレが一般人にカテゴライズされんの?」

 

 櫻井は思ったより一夏寄りの天然だ。

 でも、思ったよりお人好しだ。

 

 「……トイレから帰ってきたら謝るか」

 

 やっぱ、こういう軽い話は似たもの同士でやるに限る。そっちのほうがずっと気楽で嫌にならないで済む。

 

 空を仰ぎ、そしてまた視線を戻したときだった。ふと、道路を挟んで向かい側。路地裏につながる小道が遠くに見えた。

 繁華街の裏側ともいえる資材搬入路となった路地裏。建物が昼の光を遮り、飲食店が出したゴミで腐蝕された無関係な人間が立ち寄るはずもない場所。

 

 

 そこで、女の子が、男たちにからまれていた。

 

 

 女の子は腕を掴まれている。女の子は嫌がっているようだが、声は繁華街の雑多に紛れて届かない。男たちが路地裏の向こうへと連れて行こうとしていた。

 

 「……は?」

 

 思わず目を疑った。もちろん生まれてからずっと正常に作動し続ける眼はそれをいつものように映す。

 だが、脳が非現実だと拒否した。

 

 だってなんだこれ。おかしいだろ。

 

 今、昼間だぞ。こんな街なかだぞ? 頭おかしいだろ。アイツら現代日本ナメてんじゃねえのか。暑さでとうとう狂ったか。

 なんで真っ昼間からこんな漫画みてーな頭の悪いコトやってんだよ。早く誰か助けろよ。

 

 願い叶ったかそれとも単純に女の子の運が良かったのか、昼帰りらしきサラリーマンが普段なら見向きもしないはずの路地へと目を向けた。そして、その光景を見てぎょっとすると、顔を背けて足早に去っていった。

 

 「……なんでだよ。助けろよ。女の子一人が男四人にからまれてるだろ。あぶねえだろ」

 

 呼吸が荒い。頭はくらくらしてるのに目だけは異様にさえている。うるさかった音が消える。

 

 青い顔をしかめてブツブツとつぶやく弾を、女子高生らしき少女が気味悪そうに避けて通ったが今は気にならなかった。

 

 そこでふと、気がつく。

 

 ……いや、もしかすると、アレはただの幻覚か何かで、見間違いなのだろう。そうに決まっている。

 

 そう考えると足が軽くなった。

 

 心もすっとして歩き出せる。

 

 櫻井を探そう。どうせ近くのコンビニの便所だろう。そして、話してみよう。ただの世間話だ。女の子が襲われててそれをみんなで見捨てた間抜けな幻覚を見た。そう、馬鹿みたいに話そう。

 

 でも、ちょっとだけ、その前に確認してみるか。

 

 信号を渡って、路地裏を見て、そこにはきっと何の変哲もない汚い肥溜めが広がってる。それを確認すれば、俺の心の安全は保たれる。

 

 そう、楽観して、―――

 

 ―――路地を見やれば、相変わらず最高に糞ったれな光景があった。

 

 四人の男が女の子を囲んでいて、女の子の服はいくらか乱れていて、彼女のと思わしき眼鏡が俺から少し離れた足元に転がっている。

 路地の向こうには車が停められていた。

 なるほど、資材搬入ロに車を停めておいてそのまま連れ込んでさっさと逃げる算段だったのか。それならいくらか不審でもないし、動いてるかも怪しい曇った監視カメラなんてどれだけ役に立つものか。

 

 路地への入り口に馬鹿みたいに突っ立ってる俺に男たちが気がついた。

 

 不審と敵意、まるで俺が無条件に悪いと言わんばかりの悪意。

 学校で威張り散らして、頭の悪そうな女をはべらせて、気軽に乱暴を振るっている先輩をそのまま上位互換したみたいな連中。やっぱりこっちも頭が悪いのか、どうせ使えもしないくせにランボーナイフなんて持っている。

 

 こんな奴らに近づかに方がいい。

 なのに、足が動かない。記憶力が無さ過ぎて歩き方すら忘れたか。頭が真っ白で自分の呼吸音ばかりが無性に気になる。

 きっと今の俺は無意味無謀に仁王立ちするただのマヌケだ。

 

 「おーい、そこのお前。ナニやってんだよ。はやくどっかいけや」

 

 男の一人が苛立ったように呼びかける。

 

 男にとってはうるさい蝿を払う程度、弾にとっては威圧にも等しい暴力だ。

 

 よし、逃げよう。いまなら大丈夫。向こうはすでに獲物を捕まえていて、こっちはプライドすらない手ぶらだ。どうせ追ってこないだろうし、逃げられる。

 

 きっと女の子はヒドいめに合うだろう。でも他人だ。知らないコだ。忘れてしまえばあとから糾弾されることも会うこともない。

 

 それに相手は四人。それも白昼堂々サバイバルナイフなんて持ってるイカれだ。逃げた方がいいに決まってる。

 

 怪我だってしたくない。怪我したらきっと痛い。絶対泣くし、爺ちゃんだって怒る。妹だって馬鹿だと言いながらなんだかんだ心配するだろう。

 

 もう、考えることを放棄した。楽だから。

 

 足先を90度曲げてそのまま走ればいい。ただそれだけで解決する。

 

 でも、運が良かったのか悪いのか。

 

 女の子と目があってしまう。

 

 眼鏡をなくしてしまったその目は、たしかに助けを求めているように見えた、そう弾には思えた。

 

 

 

 「いやーごめんごめん待ったー?」

 

 

 

 すると、口から勝手に最高に場違いなノリが飛び出した。

 

 「……、……あ?」

 

 男たちが思わず顔を仲間たちと見合わせた。困惑している。

 

 OK、大丈夫。今のは絶対俺が一番頭おかしいから。キミたちはなにも悪くない。

 

 なんだか、慣れないくせして女の子を遊びに誘ったときみたいに頭が機能してない。

 それなのに、頭は正常に働いてないのに口は今までにないほどよく滑った。

 

 「いやーお兄さんたち悪いんだけどさー。そのコ、俺のツレなんですよー。だからさ、ナンパは別の人にやってくれませんかね?」

 

 男たちはまた顔を見合わせる。そして笑う。まるで、街なかで突然ギャグをかましたのが一昔前の一発芸人だったみたいな笑い方だ。

 つまり、バカがいまさら現れた。

 

 女の子を捕まえる一人を残して、ぞろぞろと囲み始めた。そして、ヤニに染まった歯を見せながらニヤニヤと笑い始める。

 

 「おーいおいおい、ガキっちょちゃんよー。今から俺たちゃあのねーちゃんと大人の遊びをするんだわ。どーてー君とあのエロいねーちゃんとじゃ釣り合わねえよ」

 

 ゲラゲラと仲間たちと笑い合う。

 

 緊張で今までまったく気が付かなかったが、息は酒臭いし顔が真っ赤だ。なるほど、おおかた酒でも飲みながら怪しげな薬を楽しんでたラリパッパ共がそのままのノリと勢いで輪姦計画でも実行したんだろう。もとから考えていたのかもしれないし、もしかしたら常習犯だったのかもしれない。

 通りで女の子の扱いが乱暴なわけだ。

 

 突然、男が馴れ馴れしく弾の肩に腕を回してきた。

 

 「十万」

 

 「……え?」

 

 男はこれでもかと顔を歪ませて、

 

 「オマエ、こーはいくんだろ? わかんだよ。そんなハデな髪でがっこー通えんのは藍越ぐれーだ。だから、心優しー先輩たちがこーはいの卒業を手伝ってやんよ。十万持ってくりゃ混ぜてやってもいいぜ? どーせオマエ、ちゅーにに憧れた通りすがりだろ?」

 

 男の提案に仲間たちがガハハと大笑する。

 

 「オマエ心優しー(笑)。さすが女を拉致ろうとか言い出すヤツだよ」

 

 「だろ? もっと褒めろよ。ま、オマエに回って来るのはだいぶ後になるけどよ、あんなエロいねーちゃんで卒業とか幸せだぜ?」

 

 「は、ははは……。そうッスね……」

 

 予想以上のイカれだった。よりにもよってこんなのに手を出したなんて運がない。

 

 「つーか、オマエ、夏デビューにしても派手にやったなー。こんなんじゃ先輩共にからまれるだろ。切ってやろか?」

 

 「オマエそりゃ買ったばっかのナイフ使いたいだけだろ!」

 

 「いいじゃんいいじゃん。俺がカッコよく剃りこんでやるよ感謝しな。デビューすんならガッツリやろうぜ」

 

 「……、……いやーそれはちょっと困るッスよねー……」

 

 顔に自覚のある薄っぺらい笑みを張り付かせて、それを盾に精一杯の虚勢を張る。

 

 本当に嫌になる。自分が嫌になる。そんな嫌な自分がずっと逃げてきた。これからだってそうだし、その生き方に後悔はない。逃げ専最高。

 

 だから―――

 

 「生憎だけど、十年以上も付き合ってりゃ愛着の一つわくんだよッ!!!」

 

 ―――今日は、昨日の自分から逃げてみよう。

 

 振り上げた足先は小気味よくクリーンヒット。意外と可愛い悲鳴がいっちょ上がり。回された汚い腕を振り払って胸ぐらを掴み、胸ぐら掴んで額を鼻面に叩き込む。鼻血を吹き出して相手が仰け反った。

 まさか、喧嘩ばっかしていた一夏仕込の速攻戦術はこんなときに役立った。

 

 「……あれ、このあとどうすんだっけ?」

 

 でもやっぱり馬鹿な俺は詰めが甘いようだ。

 

 もう一人の男に引き倒され、さらに回復した二人も加えて袋叩きにされる。

 

 俺は亀のように丸まって耐えるしかない。顔も蹴られて鼻血も出た。なんてかっこ悪い。

 

 「やめっ、あ、貴方たち、その人を離しなさい!」

 

 女の子が必死に制止しようとするが、止めるわけがない。

 

 それにしても痛えな。こいつら馬鹿だから加減を知らないだろうし、きっと骨が折れたぐらいじゃやめないだろう。せっかく今日買った服にはもう靴跡だらけで汚れている。

 

 「てめえやってくれたなおい!!」

 

 「先輩様がせっかく親切にしてやってんのによぉ!!」

 

 「その赤毛剃って地肌から真っ赤に染めてやろうかあ!?」

 

 「勝手に消えるなよお前! クソ暑いのに探したじゃねえか!!」

 

 ……ちょっとまて、最後のなんだ?

 

 ここでようやく鼻息の荒かった男たちが、いつの間にか轡を並べて仲良く足蹴にしていた部外者に気がついた。

 

 「しかも見つけたらなんかトラブル持ち込んでるし、なんで僕の周りにはこんなのばっかなんだ!?」

 

 「ま、まて櫻井。蹴るなっ、蹴るなって! ていうか、俺のせいだけじゃねえだろそれ!?」

 

 「いや、悪い……。なんかストレスが溜まってて……、出来心なんだ……」

 

 「そんな理由で!? たまったもんじゃないよ!?」

 

 「なんだオマエはよぉ! コントすんならよそにいけや!!」

 

 櫻井は胡乱な目で男を見返した。恫喝されているのに一辺の怯えもない。

 

 「知らぬ存じぬの仲なら見捨てもしたんだがな。生憎だが、この場から立ち去るほうが面倒なんだこれ」

 

 「ああ!? ナニ言ってのかわかんねえぞコラ!!」

 

 威嚇するように男の罵声が響いた。

 しかし、櫻井はもうそちらをまったく見向きもせず、冷淡に細められた目で弾を見下ろした。身震いするほどぞっとした。

 

 「五反田弾。正直、オマエには失望したよ」

 

 無意識に視線が逸れた。櫻井の顔を正視できなかった。

 

 「―――馬鹿で弱くて、そして凡人。そのくせ自分の保身のための損得勘定は素早くて危なくなったらすぐ逃げる。自分には何の取り柄もないと自己評価は最悪。自信も無ければ思い切りもない。なのに自分自身を守るために虚勢を張る。自覚しないように馬鹿みたいに騒いで誤魔化す。オマエは、―――そういう人間だ」

 

 そんなの、わかってる。俺がただの勘違いさんだって。こんな自分と十年以上付き合ってるんだ。俺が誰よりもよく知っている。

 

 「―――だから、オマエならきっとこうなったら逃げると思ったよ……」

 

 櫻井は忌々しい敵を見るような、僅かな情念を孕ませた目で、弾を睨みつけた。

 向けられた感情の意味がわからず、目を丸くして櫻井を見上げた。

 

 「―――ああ、そうだったな。……オマエはやっぱり、織斑一夏の友達だよ」

 

 櫻井の右腕が無造作に跳ね上がる。右にいた男の身体が垂直に浮き上がった。

 浮いた身体が落ちるより早く、速く。櫻井の上段蹴りが左にいた男の顎を蹴り飛ばした。蹴られた男は全身を痙攣させながら跪いた。

 

 部外者の男が現れた時点で、そして、仲間がいきなり文字通り殴り飛ばされた時点で男たちは身構えていた。

 しかし、反応できなかった。普通、不良みたいな"一般人"は身体が固くてハイキックなんて打てない。だから、上級者には現実的ではない決まりにくい上段蹴りも不良程度には未知の技なのだ。

 

 五秒も経過しないうちに二人が沈む。残りの男がとっさにナイフを突き出した。驚きが身体を本能的に動かした。

 櫻井は流れるように一回転。蹴りが男の手からナイフを弾き出した。

 サバイバルナイフは壁に叩き付けられて無残にへし折れる。

 

 「……は?」

 

 「ん? うっかり蹴り飛ばしたけど、なんでまたランボーナイフなんて? 今時そんなものより頑丈で機能性の良いナイフなんてあるだろ?」

 

 乱雑な前蹴りが男のみぞおちを蹴り飛ばす。男は口から汚物を撒き散らしながらひっくり返った。

 

 「お、おいこっちくんなオラあ!!」

 

 女の子を取り押さえていた男がナイフを突きつけて悲鳴のような声を上げた。その腰は完全に引けている。

 

 弾には男の気持ちがよくわかった。無理もない話だ。つるんでいたイカれた仲間がほんの僅かな時間で全滅した。似たもの同士で集まっていたからこそ保たれていた心の安全は、一人になればこんなにも脆い。

 

 「そこの赤毛ぇ!! テメエ覚えておけよお!? 無事に学校を卒業できると思ってんのかおい!!」

 

 びくり、と身体が震えた。そうだ。こいつらは俺の身元を知っている。この場をしのいでも学校に来るかもしれない。もしかしたら家にまで―――

 

 「ま、まてよお前ら―――」

 

 「いいかっ!? 俺らはしつけえぞ! いまさらケーサツぐれえじゃ―――」

 

 その時だった。男の背後から手が伸びて、あっさりとナイフを取り上げてしまった。

 

 驚いて振り返れば、そこには見知らぬ長身の男がいた。その立ち振舞いはただならぬものを感じる。

 

 「はいキミ。これは危ないから預からせてもらうよ」

 

 「―――ッ! な、なんだテメエっ」

 

 暴漢は捕まえてた女の子を突き飛ばすと、そのまま殴りかかった。

 しかし、長身の男はあっさりその拳を捕まえると捻り上げてしまう。無駄のない洗礼された動作だった。それだけで、暴漢は自分と相手との実力差を悟ってしまう。

 

 よく見れば、さらに路地の入り口を塞ぐように前後に二人、いや、車に待機させていたはずの仲間まで取り押さえられていた。

 

 突然現れた男たちの身体はどれも鍛え上げられていて鋼のようだった。

 

 「大人しくしてくれよ? 悪いがこっちも仕事なんだ」

 

 「な、何だオマエラ、まさかケーサツか!?」

 

 「警察? ああ、そうか。私達も仕事を終えたらキミたちを警察に届けないといけないな。婦女暴行は未遂でも立派な犯罪だ」

 

 「……は、え、ええ?」

 

 予想外の展開に暴漢は呆然とするしかない。

 

 取り押さえた長身の男は、倒れた暴漢たちを手際良くプラスチックの拘束具で拘束していた櫻井へと口をへの字に曲げた。

 

 「櫻井とく……、櫻井さん。こんな一般人相手に大人気ないですよ……」

 

 「何を馬鹿な。コイツら僕より年上じゃないですか。悪即斬です」

 

 「……櫻井さんは実は年齢詐称とかしてませんよね?」

 

 「見かけどおりの年齢です」

 

 興味ないといった様子でそっけなく答えて、櫻井は縛った男たちを引き渡す。

 暴漢たちは哀れ。正体もわからぬ明らかにカタギじゃない屈強な男たちに連行される。いまから自分たちがどうなるのかと怯えた目で弾を見た。だが、そんなコトは弾も知らない。

 

 長身の男は最後にちらりと女の子へと目を向けて、小さな声で言う。

 

 「櫻井さん、今回はそれなりに事情があったと判断して見逃しますが、あまり公私混同は控えてください」

 

 「僕がその指図に従うとでも? 世話になった家にぐらいは手を焼いてもいいでしょう」

 

 「……二佐はあの家が嫌いなんですよ」

 

 長身の男は肩をそびやかしてため息を一つ吐く。表に停めていた車に乗って去っていってしまった。

 

 その様子を弾は痛む身体を壁に預けて見ていた。いや、見ているだけしかできなかった。よくわからないが、櫻井が解決してしまったらしい。

 

 女の子というと、気がつけば櫻井と何かを話している。何を話しているのか聞こえはしないが、なんだか櫻井は迷惑そうだ。

 

 ちらりと一瞬だけ、女の子と目があった。だが、すぐに彼女は弾から目を逸らして櫻井との会話に戻ってしまった。その顔は真っ赤で、顔を直視できていないのに必死に何かを伝えようとしている姿はまさに恋する乙女そのものだ。

 

 ……帰ろう。

 

 俺がこれ以上この場にいる必要はない。なぜなら解決したのは櫻井で、きっと俺なんかがいなくとも良かったのだ。

 だから、助けた女の子からの賞賛は櫻井のものだ。邪魔者は、さっさと消えればいい。

 

 まったくもって俺はダメだった。結局、傷だらけになったし女の子にもモテなかった。これが俺の限界。なんて惨めだろう。失ってはないけど、何かを得られたわけでもない。

 

 しかし、それはそれで俺らしくて、やっぱり嫌いにはなれない。

 

 「―――……、」 

 

 でも、やっぱり悔しいから少しぐらい泣いてもいいだろうか。

 

 「あー、カノジョ欲しいなー」

 

 俺は家に帰るまでに妹から怒られる覚悟を固めるコトにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 櫻井は困っていた。

 

 適当に近くにいるであろう情報三課の隊員を呼び出しながら暴漢をぶっとばしたまでは良かったが、助け出した少女が引き止めた。

 

 五反田弾を連れて帰ろうとした櫻井を、じっとりとした呆れと軽蔑の入り混じった白眼視が出迎えた。

 

 「……なに?」

 

 「櫻井さん呆れました。やりすぎです。大人げないです」

 

 助けた少女―――布仏虚はドン引きしていた。

 

 「やっぱ一般人相手だと分が悪いよな。あれだけ実力差があると殺さないように殴るのが難しい」

 

 「誰がそんなこと気にしてるんですか。相手の人、血だらけじゃないですか。最初に殴られた人、たぶんあれじゃ顎の骨が砕けて前歯もぐちゃぐちゃですよ? 馬鹿なんですか貴方は」

 

 トンチンカンな戯言を虚は容赦なく切り捨てた。

 虚は櫻井に対して手厳しい。なんでも年齢が同じだから別にいいだろうとかなんとか。同い年の男子の知り合いなんて櫻井ぐらいなので気が楽なのだ。

 

 「なら最初からあんな奴ら振り払えばいいのに……」

 

 今度は虚が怯んだ。

 

 「うぐっ……、し、仕方ないじゃないですか。おねーさん眼鏡取ったら可愛いねとか言って、いきなり取り上げられちゃったんですから……。さすがに眼鏡なしでナイフを持った男性と戦うのは……」

 

 「で、穏便に助けを待ってたら連れ込まれかけたと。世の中が薄情で災難だったな」

 

 「あ、貴方と一緒にしないでください! 私はそんなコト考えてませんよ! そもそもなんですか貴方は! 知り合いじゃなかったら見捨ててたってなんですか! 最低にもほどがあります」

 

 「ナイト様が助けに来てくれて良かったな」

 

 と、櫻井は弾を見た。相当ケガをしているようだが、まあ死にはしないだろう。

 

 虚も弾をちらりと伺い、しかし、何故かすぐに目を逸らす。そして、なぜか恥ずかしそうに身体を揺らしていた。

 

 なんだ?、と訝しげにもう一度確認しようとすれば、弾の姿はどこにもない。

 

 帰ったのだろうか。まあ、早く手当てをするに越したことはない。と、櫻井はすぐに気にしなくなった。

 

 一方で、弾の様子をちらちらと確認していた虚だったが、自分と目が合やいなや足早に帰ってしまった彼の姿を見て、落ち込んだと同時にホッとしたような複雑な表情をする。

 

 「え、ええっと、ですね。櫻井さん……」

 

 「……?」

 

 虚は顔を真っ赤にしていた。しどろもどろに言葉を紡ごうとしてどこか落ち着きがない。

 まるで、その姿は恋でもした乙女のようだ。

 

 まさか―――

 

 意味がわからず訝しげな目線をやっていた櫻井へ、意を決した虚は顔を上気させながら恥ずかしそうに声を震わせて、こう言った。

 

 「さ、さきほどの殿方の、……れ、れれ連絡先とかは、……知っていたりとか、しますか?」

 

 「………………………………………、」

 

 櫻井はまさかと思い、しばらく機能を停止してしまった。

 

 そして、ようやく現実に思考が追いついた瞬間、眼を血走らせて弾が去っていった方向へと叫んだ。

 

 「ダダダダーン!!!」

 

 「あら、なんの序曲でしたかそれは」

 

 「運命、だ!!」

 

 「まあ、素晴らしいチョイスです櫻井さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、

 

 「いぃいいいいやっふうぅうううう!!!

  おおオレにも春がきたぁああああああ!!!」

 

 「うるさい馬鹿兄!! 今は夏だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ダダダダーン!( ー`дー´)キリッ 


 ふう、お久しぶりです皆さん。
 十ヶ月ぶりのアラタです。

 つい最近、ようやく就職活動が終了しました。
 来年から社会人!
 なんかいろいろ紆余曲折の末に
 コッパン大卒技術の全国転勤です!
 (´・ω・`)(働きたくないでござる)

 自粛していた執筆も再開。卒研しながらぼちぼち投稿していきます。(でも最近では別の話も書きたい誘惑にも駆られてる……)

 さて、今回の話は予定にはなかったのですが、リハビリのつもりで書きました。予想以上に出来がヒドい…!
 しばらくはこの世界の登場人物を掘り下げた番外編が続きますが、ご容赦ください(_ _)

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