正義と、大義と。   作:新田良

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お久しぶりです。

リハビリがてらに書いたので短いです。


第四十七話 かれのあるばむ【中編1】

 

 

 その子供は恵まれていたわけではなかった。

 

 家が裕福だったわけではない。

 欲しかったオモチャを買い与えてもらえたわけでもない。

 食べたかったお菓子も我慢することが多い。

 さらに言えば、その子供は別段見目麗しいわけでもなく頭が良いわけでもなく、体格に恵まれたわけでもなかった。

 

 無論、世界的に見れば子供は恵まれていたのであろうが、日本という世間一般的に見れば、彼は平均よりはずっと下にいたのではなかろうか。

 

 しかし、その子供に不満があったわけでもなかった。

 

 なぜなら子供には、気は弱いが優しい父がいて、男勝りで快活な母がいて、兄を慕う元気な妹がいて、少ないながらの友人だっていたからだ。

 

 そう、たしかに、その子供の世界は満ち足りていたのだ。

 

 ある日、子供の世界の一片が崩れ落ちた。

 日に日に子供の環境は悪化していった。

 

 普通に生活もできなくなり、拭いようもない飢餓や不衛生が子供を襲った。

 

 それでも、子供は自分が不幸だとは考えなかった。

 

 なぜなら、たしかに一度は大切なものを失ったけれど、それだけで、子供が本当に大切にしていたものは、それ以来何一つなくしていなかったからだ。 

 

 失ったものは取り戻せない。大切なものはまだそこにある。

 

 ならば、子供の手で、できることなどない。

 だから、子供はただ傍観した。

 

 言葉だけの理屈で考えれば、子供の行動に不思議はない。

 

 結果はどうなったか?

 

 子供はすべてを失った。

 

 では、その子供はいったい何を間違えたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は目を覚ました。

 

 と言うものの、目覚めといった快適なものではなく、背中に痛みを覚えて意識が覚醒したと言ってもいい。

 

 身体中の節々が痛むのに顔をしかめながらも上半身を起こした。

 

 ぼんやりとした視界で見渡せば、そこは見知らぬ板張りの間。一体なぜこんなところで寝ているのかわからない。

 

 「……マジか」

 

 よく見れば、間というよりも板張りの廊下だった。

 どうりで背中が痛いわけだ。

 

 一夏は力尽きるようにまた倒れた。体力もさることながら、気力も削がれていた。

 

 原因は先程の夢だ。

 最近、なんだか身に覚えのない夢を見る。元来、夢とはそんなものであるのだが、どうも後味が悪いと言うか、妙に現実味を帯びていて生々しい。

 喉の奥にベッタリと張り付くような不快感がした。

 

 ふと、隣を見やれば櫻井が寝ていた。

 

 一夏の表情が真顔になった。

 

 朝、目覚めたら隣で男が寝ている。平均的で健全な男子高校生的には発狂しそうな事実であるが、この時ばかりは冷めた目で見下ろせた。

 

 そもそも、目覚めた場所が廊下で、さらに言えば隣で寝ている男が白目を向いてうつ伏せに倒れているからだ。

 事後というより、ただの事件後。殺人事件。そして、この場合は真っ先に一夏が疑われる。

 

 いつもならばもう少し高いテンションで「何でだよ!?」の一言ぐらいは叫んだかもしれないが、いまは現実逃避が上回った。

 

 「まさか櫻井が寝てるのを初めて見た瞬間がこうなるとは……」

 

 それはそうと、現在の状況を説明してくれる人が誰もない。

 仕方がないので、一夏は櫻井を揺さぶり起こした。

 

 まさか死んでいたらどうしようなどと思ったが、幸いにも櫻井はすぐに覚醒した。

 

 「ぐ、ぁああああ……。痛い。頭が痛い……なんだこれ」

 

 動き出した櫻井は、油を挿し忘れたロボットが稼働しているかのように精細さがない。ギシシャクと身体を支えた腕を軋ませながら身体を起こした。

 

 そして、櫻井は一夏の姿を見咎めると、一瞬真顔になったあとにごろんと不貞寝しはじめた。

 

 「はぁ……」

 

 「おい、朝一番に人の顔を見てため息はくんじゃねえよ」

 

 「朝一番だから、だろうが。……なんで朝起きたら野郎を見て喜ばなきゃならないの? 喜んでほしいのか?」

 

 大変同意な内容であるが、一夏にはどうしようもないコトである。

 

 「織江でも呼ぶか?」

 

 「織江は妹じゃん……。それはそれで嬉しいけどどうしようもない」

 

 むしろ、朝起きて隣に女がいたらいったいどうする気なのか、大変コメントに困る。

 

 「ならエレナを呼んでこようか?」

 

 「エレナは友達じゃん……。あと、あの元気ハツラツオルナミンCは間違いなく頭痛がするからやめて」

 

 一夏は続いて「それなら箒は?」と訊こうとして、やめた。理由はよくわからない。

 

 話が進まないので一夏は根本的な話題へとズラした。

 

 「櫻井、なんで俺たちはこんなところで寝てるんだ?」

 

 「……知らない。夕飯を食べていたところまでは憶えてる」

 

 あろうことか、二人は記憶を失っていた。人の記憶とはこんなにも容易く飛ぶものだっただろうか。何があったのか怖い。 

 

 そんな絶望する二人のところに箒、織江、エレナの三人がやってきた。

 

 箒は転がる二人が目覚めているのを見て、意外そうに目を瞬かせた。

 

 「なんだ二人とも。もう起きていたのか」

 

 「なあ、箒。廊下に寝転がされてる俺たちを見て、なんでそんなナチュラルに声かけられるんだ? そして、なんで目覚めてない前提で話をするの?」

 

 寝間着用の浴衣姿の箒はサッと目を逸らした。その顔は赤い。昨晩のコトを思い出したのだ。

 

 「さー? 二人がねぼけてただけじゃないっスかねー?」

 

 少しサイズの合っていないジャージを着ているエレナが眩しいほどの爽やかな笑顔で切って捨てた。乙女の秘密を暴いた罪は重い。

 

 一夏と櫻井は、そんなはずはない、と思ったが、同時に触れてはいけないと悟った。どうやら記憶喪失は迷宮入りらしい。

 

 そんなことは知ったことかとばかりに、エレナと同じジャージを着ていた織江が不機嫌そうに言う。

 

 「そんなコトより二人とも。お腹が空いたから早く台所に行って」

 

 「織江ちゃん。そこはお腹が空いたけどみんなが揃わないと食べられないから部屋に来て、じゃないの?」

 

 「……? 朝ごはんもできてないのにそんなコト言ってどうするの?」

 

 「……、」

 

 ここまで言い切られるといっそ清々しい。

 

 一夏と櫻井は顔を見合わせると、食事を作るべく台所へと重い身体を引きずった。

 女の子の手料理が食べたい、二人のささやかな願いは叶いそうもない。

 

 どんなに不機嫌でも、美味しいご飯でお腹が満たされれば機嫌も立ち直るもの。

 

 一体何を作ろうとしてあんな食材を買ったのか分からないような冷蔵庫から生み出された豪勢な朝食。食べ終わる頃にはエレナの機嫌もすっかり元通り。

 もとより、鉄拳制裁の名のもとに記憶喪失を引き起こしてしまったのであまり厳しくはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茶碗を洗い終えた櫻井が庭に出ると、パァン!、と小気味の良い音が涼やかに響いた。

 

 見やれば、エレナが洗濯物を干している。風で薄いワンピースの裾がそよぎ、履いた下駄がからんころんと軽やかに音を鳴らす。

 

 鼻歌でも聴こえてきそうな表情を見て、櫻井はしばらく足を止めてしまっていた。

 

 「なんだ、洗濯物がないからてっきり織斑一夏が持ってったのかと思ったよ」

 

 「私だってお手伝いぐらいはするっスよ。料理は流石に二人のほうが上手いから任せるっスけど」

 

 なるほど、適材適所というわけらしい。ならば、普段櫻井のベッドの上で食っちゃ寝して掃除の手間を増やさないでほしい。

 とはいえ、ぜひ織江にも見習って欲しい奉仕精神だ、と櫻井は感心した。織江もそろそろ花嫁修業が必要ではなかろうか。

 

 そんな考えが顔に出ていたらしい。

 エレナは少しはにかむように微笑った。

 

 「それに、洗濯物は私たちのもあるじゃないっスか。二人には干せないっスよ」

 

 「いや、織柄一夏なら平然と干すと思うよ」

 

 ちなみに櫻井でも干すだろう。というか、そのつもりだった。

 

 一夏も櫻井も伊達に何年も家事をしているわけではない。女物の下着など数千回と干してきたし、千冬や織江の成長過程だって文字通り手に取るように分かる。

 家事をしない姉や妹がいる男にとっては、女性の下着など布である。

 

 しかし、エレナにとっては理解不能だったらしい。と言うより、思いもよらなかったらしい。

 目を丸くして驚くも、次は胡乱気な目で睨めつけた。

 

 「センナくんの変態!」

 

 「なんでそうなる……」

 

 「どうせオリエの下着を干しながら、ああオリエも成長したなー、とか思ってるんでしょう!!」

 

 なぜ分かった。

 

 声には出さないが櫻井も驚く。

 

 まったく!、怒りながら洗濯物の山へと手を伸ばしたエレナだったが、手にしたものを見て、ニマニマと微笑いながら振り返った。

 

 「ほほー、センナくんはボクサーパンツ派っスかー、ほほー」

 

 「痴女か。人のパンツを掲げるな。あと、もしかしたら織斑一夏のかもしれないだろ」

 

 「イチカくんはトランクスっスよ。ほら、ゴムのところに名前が」

 

 「子供か。もしかしたらトランクスにしか名前を書かないかもしれないだろ」

 

 「それだとセンナくんはノーパンになるっスよ」

 

 「まじまじと見るのやめてください……」

 

 普段はイジめられているのでここぞとばかりに仕返ししたエレナは、満足感を得ながら櫻井のパンツを干した。

 

 一方で、仕返しされた櫻井は面白くない。何かないかと頭を巡らせたところで、ん?、と首を傾げた。

 

 「あれ、そういえばエレナ。急な予定で手ぶらだったのは知ってるが、換えの下着はどうした?」

 

 「きゃー!」

 

 「おい、織斑一夏のパンツを投げるな!」

 

 哀れ。一夏のトランクスは届くことなく失速してベシャッと地面に墜落した。

 櫻井は、「アレ誰が洗うんだろう」「エレナか? でも男のパンツを揉み洗いするのは絵面がヤバイな」「まあ、そのまま干せばいっか」などと考えていた。

 

 しかし、エレナは顔を真っ赤にして吠えた。

 

 「乙女に向かってなんて質問してるんですか!」

 

 「まあ、大方織江から借りたんだろうけど。下はともかく上はサイズが合ったのか?」

 

 「かはっ!」

 

 エレナが吐血した。効果抜群だったらしい。

 織江は着痩せするタイプ……ではないが、和服用に晒しを厳重に巻いているためバストサイズにマイナス補正が加わる。

 ……残念ながら、エレナの慎ましやかなバストサイズでは、織江のブラジャーを着用するのは難しい。

 

 苦しそうにしていたエレナだが、勢い良く顔を上げて櫻井をキッと涙目で睨みつけた。

 

 「オリエのサラシを借りたんスよ! わたしの胸が小さいってバカにしてるっスか!?」

 

 「バカな……。胸は大きさより形と感度だぞ」

 

 「そんなフォローはいりません! もうっ、センナくんは変態です! エッチ禁止!」

 

 大声で何言ってんだ…、櫻井は自分を棚に上げて呆れている。

 

 ご近所迷惑、になるにはお隣さんが数百メートル単位で離れているが、声が響くのは良くない。……間違いなく家の中には聞こえている。

 

 櫻井が言い訳を考えていると、エレナはころっと表情を変えて立ち直る。

 

 「あ、でもこのワンピース、オリエのなんスけどサイズがピッタリなんスよね。フリーサイズでもないのに」

 

 エレナが裾をつまんで持ち上げると健康的な太ももが裾から覗かせた。

 

 「ああ、それ僕が織江が中学に上がるときにプレゼントしたやつだよ」

 

 「なん……ですと……!」

 

 エレナの表情がショックで固まった。まさか私はジュニアハイスクールレベル……!、などと戦慄を隠せない。下手すればそれ以下という発想は恐ろしくてできない。

 

 しかし、今度は櫻井も力なく目を逸らした。彼にしては珍しく落ち込んだ様子で嘲笑う。

 

 「織江って背が伸び始めたのが早かったからさ……。僕のほうが年が二つ上なのに、弟扱いされるという……ね……」

 

 「わあ……」

 

 思わずエレナも同情する。

 織江は女性としてはかなり長身で、エレナも並んで立つと時折うっとなるが、櫻井も彼なりに苦労していたらしい。

 

 「ま、わたしはわたしの取り柄で戦うとして」

 

 一人で何やら納得したエレナが洗濯物に入ったカゴをえっちらおっちらと運び、櫻井の前へとデデンと置いた。

 一体何だ?、と首を傾げる櫻井へ、エレナは両手で洗濯物に山を指し示す。

 

 「さ、センナくんも手伝ってほしいっス」

 

 「適材適所の役割分担はどうなった……」

 

 エレナは知らん顔。ただし、気まずげに顔をそらすあたり多少のバツの悪さはあるらしい。

 櫻井は呆れつつもため息を吐いて立ち上がり、エレナの隣に並んだ。少々嫌々ながらも、櫻井たちの分プラス大和家の溜まっていた数日分の洗濯物の量を一人で干すのは可哀想だと思ったからだ。

 

 エレナは上機嫌に鼻歌を歌っている。櫻井が知らない曲だったが、彼女が歌が上手いのは分かった。

 

 櫻井は、楽しそうに洗濯物を干しているエレナを少しの間ぼんやりと眺めた。彼女の姿を見て、櫻井の心中に湧き上がった感情の名前を彼はまだ知らない。

 いったいコレは何だろうかと考えながら、櫻井は洗濯物の山へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、見事に一発目で白いパンツを引き当て、エレナが激怒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
就職しました。社会人って大変ですね…(主に飲み会が)

次回、ちょこっと戦闘があります
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