教室は湖の底のように静まり返っている。
噂はすれど姿が見えなかった件の転入生は紛うことなき男子。一夏待望の男子生徒であった。
転入生は千冬の呼びかけのあと、真耶について教室へと入ってくる。
その歩みに緊張の強張りはなく、教室を一周した興味もいまや外の風景へとそそがれている。手にした鞄は転入生の指先に引っ掛かるようにぶらりと揺れている。
転入生の泰然とした態度にこちらのほうが逆に緊張してしまう。シャルロット・デュノアが男子生徒として転校してきた時とは大きな違いだ。あの時は興奮で騒いでいた女子も借りた猫のように行儀よくイスにおさまっている。
そんな普段とは違う一組の張りつめた空気をわかっているのかわかっていないのか、転校生は教壇のとなりに立つが目線は教室後ろの壁に向いている。
「サクライ センナ です」
そっけない自己紹介は転入生本人のコトのはずなのに他人事のようだった。
「……、?」
一夏は念願だったはずの転入生になぜか違和感をおぼえた。
理由は不明。無理に言語化するとすれば、「納得がいかない」。
別に転入生が何かをしたわけでもない。むしろ何もしていない。まじまじとその顔を見るが見覚えもない。
“……なんなんだ?”
まさか人のコトを理由もなく不審に思うとは失礼にもほどがあるなと思いつつ。一夏は男子転入生を上から下にとっくり眺めてみた。
髪質は綺麗に見えたが明らかに手入れを怠っており毛先が方々へと跳ねている。今時のワックスで神経質に整えている無造作ヘアなどよりも、これぞまさに無造作ヘアと云ったばかりの無頓着っぷりだ。
顔の造形は細く、日焼けはしているが肌は荒れているようすはない。職人がナイフで削りだしたような眼が小奇麗な顔立ちを日本刀のような印象へと変えている。
日本人としては異様に手足が長い。細いがそこに弱々しさは一切感じられない。年輪を刻んだ樫の木のような不動な立ち振る舞いだ。
不思議な感情に首を傾げていると、少し遅れて転入生の後ろに文字が映し出される。IS学園では一般的な黒板のかわりに巨大なディスプレイがその役割を果たしている。
『櫻井千奈』
それが転入生の名前の漢字らしい。こうしてみると女性の名前みたいだなと名前と転入生を見比べた。
……もしかして本当に女だったらどうしよう。
一夏は想像するのも恐ろしい空想を抱くが櫻井のぺったんこの胸と穿いたズボンを見て安心する。シャルロットの時もそうやって騙されたコトはすっかり忘れている。
窓際に背を預けていた千冬がそれっきり黙り込んだ櫻井に険しい視線を向けた。
「終わりか?」
「必要ですか?」
その即答に千冬はいわれのない憤りを感じる。
いや、理由は明白だった。
櫻井は今『終わり』ではなく『必要か』と言った。それは必要以上の干渉を拒否したと宣言したようなものだ。櫻井も意識して言ったわけではない。しかし、それが尚更だった。
千冬はその在り方に憤りを感じていたのだ。
だからと云って何かできるわけでもない千冬は自分にも怒りを感じていた。
「……もういい。お前の席はあの隅の空いた席だ」
櫻井が千冬が視線で指したほうを見る。
そして、微妙に不満げな顔をする。
「……窓際」
「な、なんだ。問題でもあるのか」
「窓際は狙撃の危険性が―――」
「アホか。さっさと座れ」
「冗談ですよ、冗談」
櫻井はうっすらと口の端を持ち上げて笑うと席へと歩を進める。
千冬も莫迦らしくなってさっさといけと手をひらつかせた。
先ほどまでの櫻井の冷淡な態度にちょっとした緊迫状態に陥っていたクラスメイトも拍子抜けしたように身体から力を抜く。
「あ、教室のガラスにはきちんと防弾加工されていますので重機関砲の銃撃にも耐えられますので大丈夫ですよ」
自分のせいでおかしな空気になったと反省した櫻井だったのだが、その心配りの空気を読めなかった真耶が笑顔で生真面目に余計な説明をした。千冬がこめかみを揉んでいる。
教室がさらに微妙な形容しがたい空気となった。重機関銃の銃撃に耐えられるよう設計されていると云うコトは、重機関銃に銃撃させることを想定していると云うコトではないのか。
済んだ空には雲すらなく、初夏の風は潮騒を運んでくる。
人工島そのものがまるまる学園となっているIS学園は陸地から大きく張り出した位置にある。
そんな立地なものだから、IS学園は防風林の恩恵のある一階の高さを超えると風がとても強い。代わりと云って室内の空調設備は充分に備わっているためわざわざ窓を開ける酔狂はいない。
一時限終了の休み時間。櫻井は重機関銃に耐えるらしい窓を通して窓の外をぼんやりと眺めていた。さすが日本の製造した防弾ガラスの透過率は高く、室内からの照り返しを除けば空の色は元の色と変わりを感じない。
転入早々の授業から櫻井の様子はこの調子だ。明らかに授業を聞いていない櫻井の姿を教師も知っていたが怒ることはない。櫻井がこの学園に何をしに来たのか朝のうちに説明を受けていたのもあるが、正直教師も櫻井について扱いかねていた。
普通、誰かが転校してくれば質問攻めなど恒例であるが櫻井の周りに誰も近寄らない。誰とも視線を合わさず誰とも話そうとしない櫻井に皆が距離を測りかねていた。
そんな櫻井に一夏はどうしたものかと手をこまねいていた。
しかし、考えても仕方がないと意を決して櫻井の席へと近づいた。
すると、レーダーにでも察知したかのように櫻井が反応した。戦車の砲塔旋回さながらの緩慢な動きで一夏に顔を向きを合わせる。
同じく砲塔旋回に砲塔を向けられたかのように一夏の心臓が早鐘する。感情の読みにくい視線は可視光線の如くだった。
「織斑、一夏」
目を眇めて、口に出す一瞬前まで上の空だった興味を一夏にそそぐ。
億劫そうな低い声に普通なら踵を返して逃げ出すところだが、まわりから鈍感鈍感と言われ続ける次世代UMA織斑一夏には通じない。むしろ声を向こうからかけてもらえたコトにほっとしている。
今にも往年の友人のように「よっ」とあいさつしそうなぐらいの気安さで一夏はずかずか近づいた。
「ああ、俺が織斑一夏だ。よろしく頼むよ、千奈」
「―――……」
櫻井は突き出された手を珍動物発見とじろじろ眺める。
「アメリカ人みたいなやつだな」
「ん、アメリカ人?」
一夏は意味が分からず首を傾げる。
たしかに、一夏のように初対面の同年代に握手を求める日本人高校生はあまりいないだろう。
辛抱強く、と云うよりも手を取ってもらえることを信じて疑わない一夏に櫻井は観念したようにその手に指先を引っ掛けた。
握手が成立して満足そうな一夏を櫻井は幸せなバカを見る目で見た。
「自己紹介したが僕の名前は櫻井だ」
「よろしくな、千奈」
「櫻井だ。名前はあまり好きじゃない」
「わかった。俺のことは一夏って呼んでくれ」
「わかったよ、織斑一夏」
案外に強情な櫻井に一夏は苦笑いを浮かべたが、落胆はない。これが櫻井千奈の距離感なのだろうと結論付ける。それとやはり名前が女っぽいことを本人も自覚しているらしい。
一夏は握手した手をまじまじと見つめる。
怪訝そうな櫻井は呆れたように、
「僕はアイドルじゃないから握手した手に価値はないぞ」
「え、いや―――」
呆れたようにが不気味そうにに変わる前に一夏は己の行為に付け加えた。
「……櫻井は、軍隊経験でもあるのか?」
「―――ッ、」
トン拍子もない一夏の言葉に櫻井の目が驚きでわずかに見開かれる。そんなこと聞かれるとは思わなかったと云うように。
そして、櫻井は険しい顔で一夏を睨んでいる。
「なんで?」
「あ、ああいや。格闘技かなんかしてると思ったんだけど、掌の皮が甲の節よりも厚いし、それに人差し指の第一関節にタコがある」
「鉛筆持ってればタコができるぞ」
「それは外側だろ?」
たしかに、銃をよく撃っていると弧を描く引き金を引くため、指の皮がやや内寄りに皮が厚くなる。もちろん射手のクセで程度も位置も変わるが銃を撃たないとこの位置にタコはできない。包丁ダコだって一刺し指の外側にできる。
櫻井のタコはタコと呼べるほども厚くはないが手で触ればそこだけ皮膚が硬質化しているのがわかる。
「……随分と物知りだな」
「せ、セシリアが銃を撃ってるとおかしなところにタコができるってボヤいてたのを聞いたんだよ」
櫻井の声のトーンが地を這うぐらいに低くなったのに気が付き一夏が慌てて付け足した。
だからと云って手を握ったぐらいで一般人がそう看破できるものではない。たとえ見分ける知識があったとしても、それを答えに結び付けるのにまで至らないのだ。
“頭は足りないと聞いたがバカではない”
と、内心で織斑一夏の評価を一段階あげた櫻井だった。
IS学園の食堂は文字通り『食堂』である。一つの建物が丸ごと食堂なのだ。
そして、その内装も豪勢の一言に限る。
日本に丸投げされる形で設立されたIS学園であったが、莫大な予算に折り合いがつくはずもなく、有力な財閥である轡木グループがその資金を捻出している。
四角いテーブルとイスが等間隔に並んだ図形のような一般的な食堂とは時代が違うと言ってしまってもいいほど趣と云うものが違った。
聖堂のように高い天井と直線を排した造りは現代的な曲線を描いている。なんでも著名なデザイナーが図面を引いたらしいが、たしかに常人とは思考回路が一路線違う。一夏にはこんなねじくれ曲がったデザインは逆立ちしてもできそうにない。
「無駄だな」
世界一の芸術家が頭を働かせ、世界一のISを運営させるために国税をどばどばとつぎ込み、世界一使う人間の美意識との擦れ違いがあるであろう食堂を櫻井千奈はその一言で切って捨てた。
櫻井はどうしてこんな使いにくい形にしているんだと詰所の整理整頓された食堂が懐かしい。
櫻井と芸術家とは実用性と芸術性の重視が違った。しかし、こう云う『無駄』が人間性なのだろうと一夏は思う。
「国民が見たらキレるぞ。TVでお茶の間に流さないわけだ」
「世界最強のIS運営してんだから見栄とか体面とかあんでしょ」
櫻井は教室もそうだがちょっとしたところにもかなりのお金をかけているIS学園にすっかり呆れていた。
相槌を打った凰鈴音はツインテールを揺らして少し眠そうにしている。今もふあぁと小さく欠伸をした。
「眠そうだな、鈴」
「うちのルームメイトが男子生徒が転校して来るって夜中まで興奮してたのよ」
なんで興奮するんだ、と首を傾げる一夏。
鈴はあんたに言ってもしょうがないと言って邪見した。今は鈍感の世話よりも食堂のおばちゃんが出してくれるラーメンのほうが優先度が断然上だった。
この程度であしらわれて気にする一夏ではない。
一夏も食券と引き換えに手渡された焼き魚定食の香りに心が浮足立っていた。
各々料理を手にテーブルへ。ちょうど窓際の大テーブルが空いているのでそこに全員着席した。
「―――……、」
「ん、どうしたんだ?」
座るなりうんざりした様子の櫻井に一夏が尋ねる。
櫻井はいやなんでもないと手を振ったが、内心その通りであった。
さきほど全員と言ったが、かなりの大所帯となっている。一夏のほかに五名の女子生徒。それも全員が平均を大きく上回る美少女。
「これもTV放送したらヤバいよな」
「なにがだ?」
「……いや、なんでもない」
「変な奴だな」
お前に言われたくねー、と云うのが櫻井の偽ざる本音であるがお茶で飲み込む。
もし『世界で唯一ISを使える男子―――織斑一夏の日常』などとテロップが流れ、美少女に囲まれて眩しい笑顔を浮かべている図など流そうものなら襲撃を受けるまでもなく街中で刺殺されるであろう。撲殺でもいい。もしかしたら轢殺かもしれない。
この少女たちと一夏はそれなり親しい仲であると云うのはわかったが、一夏の幼馴染である篠ノ之箒は兎も角として、それ以外の他国の女子はハニートラップでも狙っているんじゃないのかと疑わしいぐらいだ。
もちろん、こんなことを口には出せないが、もし一夏が色恋で他国に亡命でもされたら七面倒くさい問題が勃発すること間違いない。
憂鬱な櫻井のコトなど知らぬとばかりに例の鈍感男は呑気にいただきますと手を合わせている。
と、ここで思い出したと一夏は手鼓を打った。
「おお。そういやみんなの紹介がまだ―――」
「お前の幼馴染篠ノ之箒、イギリス代表候補生セシリア・オルコット、フランス代表候補生シャルロット・デュノア、ドイツ代表ラウラ・ボーデヴィッヒ。……余ったのは知らない」
「余ったのってナニよッ、ぶっ飛ばすわよアンタッ!」
鈴が怒りに打ち震える拳を振り上げる。
いきり立つ鈴を一夏が宥めた。
一年一組の名簿は確認していたがこのなかで唯一二組だった鈴のことは櫻井も知らなかった。
「凰鈴音よっ、中国の代表候補生!」
「あー、はいはい」
「こ、コイツぶん殴りたいっ!」
ラーメンをどんぶりごと叩きつけたい勢いの鈴を取り押さえていた一夏はふと先ほどの紹介に疑問をおぼえる。
「あれ、ラウラは代表候補生だろ?」
全員の視線がラウラに集中する。ラウラは視線をあからさまに背ける。
「ラウラ・ボーデヴィッヒはIS部隊の隊長だ。そんなのが代表候補生に務まるか」
言って少ししゃべりすぎたかと反省する櫻井。ラウラからの非難の目を文字通りお茶で濁す。
鈍感鈍感と言われ続けて早十数年の織斑一夏はついでに空気も読めない。
「じゃあなんで代表候補生って名乗るんだ?」
それを俺に聞くのか、と櫻井は言葉を選ぶ。
「政治的な問題だろ。あまり突っ込むと火傷するからやめたほうがいい」
「貴様が滑らせたコトだろうが」
選んだ結果ありきたりな答えとなったが、それを聞いた一夏はじゃあ仕方ないなとあっさりと引き下がった。
興味もきれいさっぱりと消え去っている。それほど興味が希薄だったのか、それとも人に嫌がることをするなと云う教育の賜物か。後者だとすればそりゃモテるよなと櫻井は納得した。
怒りのあまり肩で息をしていた鈴はさすがに疲れた様子でじろりと櫻井を睨め付けた。
「で、こっちの事情になんだかお詳しいご様子のアンタはなんなのよ」
「自衛官だ」
隠してもどうせ一夏の護衛任務に就けばこの五人にはいずれバレる。そのとき余計な猜疑を掛けられないために櫻井は正直に事実を述べた。
櫻井の予想外の答えに一夏たちは驚く。
「ジエーカンって、あれ? 日本の軍隊の」
「軍隊じゃなくて、自衛のための自衛隊だ」
うどんをすすっていた櫻井が訂正した。
「外国人のあたしらにはおんなじようなもんよ。英語でだって陸はJapan Army(日本陸軍)よ」
「僕としてはそれでもいいんだがね。平和主義者とか市民団体とかが文句を言うんだ」
自衛隊の公式な英訳名称は「Japan Self-Defense Forces」であるが、国際社会上一般的ではなく、自衛隊の実態組織を表している呼称とは言い難い。
金髪碧眼の少女―――セシリアが紅茶のカップから顔を上げくすりと微笑う。
「あら、日本の平和憲法は素晴らしいと思いますけど。自衛官である貴方はお嫌い?」
「いや、構わないよ。ただもう少し最前線の人間の人権も考えて欲しいね。死ぬのは平和主義者じゃなくて僕たちなんだ。抵抗もできずに死ぬのはゴメンだな」
日本の自衛隊の基本は専守防衛だ。これはやられっぱなしでいろと云うわけではなく『やられたらやり返せ』と云う戦略防衛なのだ。しかし、この自衛権の行使と云うタイミングは今も議論されている。
相手の砲門がこちらを向いたら反撃と云う先攻反撃なのか、実際に相手が発砲してからの後行反撃なのか。
これはまだ櫻井とて納得がいく。
しかし、なかには実際に日本側に着弾しないとまだわからないなどとのたまう本当に人間がいるから厄介なのだ。
これが銃弾ならいい。死ぬにしても一人。銃撃戦に勃発してもせいぜい数百人だ。いまどき機関銃一万発撃っても誰も死んでいないのが現代銃撃戦だ。
しかし、戦闘が起きるとしたら現代はミサイルだ。一発で都市区画一つが吹き飛ぶのが現代のミサイルだ。その被害者数は銃弾の比ではない。
それだと云うのに着弾してからなどと狂っているようにしか思えない。
「実際に日本は公務員に対してあまり優しくない」
あさま山荘事件では犯人の生け捕りを優先するあまり死傷者が三〇名も出ている。アメリカなら確実に狙撃で片付けるケースでも日本では生け捕りが基本だ。それで身内が死ねば本末転倒だろうにと警察への同情をいなめない。
櫻井にとってはそれを含めて当たり前なのだが、そのほかにとってはその生の声に重い空気になる。
それを打破しようとシャルロットが気丈な笑顔を浮かべる。
「で、でも、平和憲法が広まったら世界平和だよね」
「じゃあシャルロット・デュノア。今夜お前の部屋に強盗しに行くから平和でも説いといてくれ。僕も金目のものをあらかた盗ったら平和的に出ていくから」
「うっ!」
つまり、現在悲しいことに平和憲法の縮図とはこう云う事なのである。一人で尊いコトを叫んでも周りの情勢に掻き消され、あるいは簡単に無視される。そも、平和憲法が本当に尊い憲法ならば日本だけしか制定していないのはなぜなのか、という思考になぜいたらないのか疑問だ。
強気の対応をすれば右翼の帝国主義がと非難する左翼であるが、櫻井には理想だけが先走りしすぎて現実が見えていないように感じられる。
「卑怯な屁理屈だな」
また余計なことを言ったと反省していた櫻井を箒はそう非難した。
すると、櫻井はにたりと悪者らしく笑う。
「この理屈はなにかと便利なんだ。喧嘩両成敗、喧嘩するなら半分個と言われれば、『じゃあ、お前の財産ごねるから半分寄越せ』と言えばいい」
櫻井の返答に箒は呆れかえって口をへの字に曲げてしまった。
理屈は通っているが誠実とは程遠い。
同じく呆れて何も言えないと云った鈴はもう別の疑問を投げかける。
「軍属のあんたがよくIS学園に入れたわね」
「―――あっ!」
そこで一夏が声を上げた。
念願の男子生徒転入で舞い上がっていたが大事なことを忘れていた。
「そうだ櫻井。IS学園に入学してきたってコトはお前もIS動かせんのか!?」
「動かせないよ」
即答だった。
あまりの華麗な即答に一夏の目が点になる。
「は?」
「ちょっと待て、千奈」
ここで箒が引きとめた。
櫻井が箒を睨む。
「櫻井だ。名前はあまり好きじゃない」
「そ、そうか」
箒はわずかにはにかんでしまう。
実は箒も昔から名前で散々からかわれていた。その気持ちはよくわかった。
「ニヤけてないで話すなら話してくれ」
「……わかった。
ISが動かせないはずの櫻井はどうしてIS学園に入学してきたんだ?」
「織斑一夏の護衛任務だ」
櫻井の隣で一夏が焼き魚にむせた。
「ご、護衛? なんでだよ」
「自分の状況をわかっているのか? 研究材料に拉致してでも欲しがる奴もいれば、目障りだからって暗殺しにくる奴だっている。それに織斑一夏が入学したその年、つい最近にも無人機がアリーナのシールドを破って襲撃してきたんだろ」
おおそっか、と手鼓を打って呑気に納得する護衛対象。
櫻井は不安を感じる。いっそ僕が暗殺してやろうかと微かな怒りも添えて。
「なるほど、軍属が堂々とIS学園によく入学できたとは思ったがそういうわけか」
ラウラは別の理由で納得する。ラウラもその軍属であるがゆえに入学がだいぶ遅れてしまったのだ。
自覚なしと結論付けられていたが、一夏も自分が置かれた状況をそれなりに認識している。
溜め息をついてお茶をすする。だいぶ前に入れたお茶は世間のように冷たい。
「はぁー。それにしてもISに反応したってだけでこんな目に遭うなんてな。なんで俺だけなんだ?」
「僕もISに反応するけど」
しばらく一夏は沈黙した。
「……櫻井、自分の発言には責任持ったほうがいいぜ。ついさっき動かせないって言ったろ」
「ああ言ったな。嘘はついてない」
「すまん、意味が分からない。混乱してきた」
「実は僕、女なんだ」
「マジですかッ!?」
「冗談だ」
「どれがッ!?」
「一夏、混乱しすぎだ。落ち着け」
とうとう箒にたしなめられる。
櫻井がうどんの汁を飲んでから口を開いた。
「実は織斑一夏以外にISに反応する男はいる」
櫻井が断言した。
それを聞いて一夏が恐る恐る櫻井をうかがう。
「どのくらいいるんだ」
「確率的には百万に一の確率と云うデータもある」
「け、結構いるな」
「日本じゃまだいないが海外じゃそれなりに見つかってる。
―――だろ、凰鈴音」
櫻井の問いかけに鈴がうっと目を逸らした。
「こちらも包み隠さず話したが?」
じろりと睨まれ無言の圧力にしばらく耐えていたが我慢の限界が来た。
「ああもう、わかったわよ。たしかにフェアじゃないわね。情報の質的に似たようなもんだし。
櫻井の言ったコトはほんとよ。中国じゃISに反応する男が二、三〇人いるわ」
「……じゃあ、なんで俺はこんなコトになってんだ?
IS動かせるってわかってから真っ黒い服着た人が家に押し寄せたりとかすげー大変だったんだが」
「そりゃあんたがIS動かせるからでしょ」
当然のことのように髪をかきあげて鈴が言う。
「……、……、
ん? いったいさっきから何が言いたいんだよお前ら」
「はぁ、あんただってちゃんと使い分けてんじゃないの」
「溜め息つかれてもな。ていうか、何をだよ」
「言ったでしょ。櫻井やその男たちはISに“反応”するの、それに対してあんたの場合ISを“動かせる”の」
「……違いがあるのか?」
おおアリよ、とまた溜め息をついて鈴がバトンタッチと櫻井を促す。
「僕はISを起動させることはできるんだよ。でもそこから先ができないんだ」
やっとのことで一夏にも理解が及んだ。
一夏はISを起動させて腕一つでコンクリートを破壊できるぐらいのコトもできるし、空を鳥よりも縦横無尽に駆けるコトもできる。
しかし、櫻井の場合はISのコアが反応はするが、神経伝達ができないと云うコトなのだ。
「でもよ、百万に一の確率なんだろ? それなら俺ぐらいに動かせる人だって出てくるんじゃないのか?」
「ISの適性検査は費用がかかる。適性D以上は簡易検査じゃ反応しないの。わざわざ男のIS操縦者を見つけるため莫大な費用を垂れ流すのも莫迦らしいしね。百万人検査して出てくるのはたったの一人。しかもその一人もまともにISを動かせない体たらく。あきらかに帳尻が合わないわよ」
なるほどな、と一夏はまた納得する。たしかにそれもそうだ。
櫻井が言う。
「そもそも、ISは女以外に動かせないと云う事実に不都合がない。動かせるなら男でも女でも一緒だ。空自だって女性パイロットも増えている」
「櫻井はともかく、鈴は詳しいな」
「え、えーと、それはー」
とたんに鈴が目を泳がせた。
櫻井があっさりと答える。
「中国はまさにその莫迦をやらかしたんだ」
一夏が横目でうかがうと、鈴は祖国の恥部に悶えていた。
ISの解明を目的に軍事予算を多く割いて大規模なIS適性検査をおこなったものの、大した成果を上げることもなく中断。あげくそのしわ寄せが国民や軍備にまで響き中国は一時財政難にまで陥った事があったのだ。
しかし、ISに関して血眼になっていた時期であったが、その中国を教訓に諸外国も男がISを動かすと云う事の重要性の低さに目覚めたと云う経緯があるため一概に中国を莫迦にすることはできない。むしろ中国ほどの経済規模がなければ笑い話にならなかったかもしれない。
ここで櫻井が思い出したと言って箸をおく。
そして一夏に手を差し出した。
「織斑一夏、僕と友達になろう」
突然の申し出に一夏は呆気を取られた。
しかし、人脈を広く持つことに人生訓をおいている一夏は嬉しそうにその手を握った。
「ああ、よろしくな」
やっぱ友達っていいよな、と一夏は感動した。
固い握手を交わしたあと、箸を持ち直した櫻井はこんなコトを言った。
「ちなみに冗談だ」
「冗談なのかよッ! なんでそんなウソをつくの!?」
「いやなに、辞令が下ったときこう言っておけよと命令されたけど、僕のほうはさらさらないから。
こう云うの、正直に言っとかないとダメだろ?」
「聞きたくなかった! そう云うのが一番聞きたくなかった!!」
「知らないのか? 真実はいつも残酷なのだと」
「お前に良心はないのか!?」
「さあどうだろ。ああでも僕の母親は段ボールにのせられて川に流された子犬を助けるぐらいいい人だったよ」
「母親のなかに置いてきたのかよ!」
その時、空気を読まない予鈴が鳴り響いた。
「メシ食ってるだけで昼休みが終わってしまった……」
「あんだけしゃべってれば四五分なんてあっという間よ」
全員が慌てて料理を食べ始める。ここの食堂は食べ残し禁止だ。どこぞの漫画の如く食べ残せば鉄拳制裁は必須である。言い訳は認められず、しかし遺言は認められているのがなんとも恐ろしい。
「……ちゃっかりと櫻井は食べ終わってんのかよ」
「くっ、うどんのかたはさすがに早いですわ! ああもう、どうしてクラッカーまで残っていますの!?」
一人食べ終わっていた櫻井は愉快そうに口の端を持ち上げ笑って立ち上がる。
「冗談だ」
そう言い残して微笑いながら櫻井は一足先に教室に戻った。
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批評感想評価がございましたら幸いです。
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