正義と、大義と。   作:新田良

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 不出来とわかっているとはいえ、小説を投稿するときってどきどきですね。


第五話 ルームメイトと友達

 

 

 

 突然の男子転校生、櫻井千奈の転入への驚きも夜にもなれば落ち着いてくる。と云うよりも、櫻井の泰然とした態度は、まるでずっと前からその場にいましたと言わんばかりの自然さがあった。

 それはあくまで櫻井からの一方通行であるのだが。

 

 昼間は心がシャボン玉のようにふわふわと浮ついていたが、今ではすっかりと弾けてしまっている。

 人間、緊張状態からほっとすると安心すれば尿意が催してくるもの。夜の自習帰りに一夏は本日初めてのトイレで用をたした。

 

 現在の時刻は七時半。すっかり徐々に遅れていた初夏の日が暮れ始めた黄昏時。昔からこの時間帯は『逢魔時』と云って、いわばこの世と異界がまじわる時でもあったから、異界から神や魔物や妖怪が多く出現したと云われる。

 

 そんな不穏な時間帯。

 一夏は落ち着かない様子で自室に続く廊下を歩く。学園寮の廊下でも肌を焼くような空気に満ちていた。

 

 IS学園の学園寮は各学年が各棟に別れている。棟は三階の通路に両部屋。全部屋二名部屋で一流ホテルに負けない豪華さを誇っている。居間が完全に独立していないジュニアスイートといわれる寮部屋は高級ホテルに数えられるアンコール・ラスヴェガスにだって負けはしない。スイートルームはそのホテルの格式を表すといわれるが、IS学園寮は間違いなく超一流の部屋だった。

 

 「―――……、」

 

 廊下は木目調の梁と上等なシミひとつないカーペットを間接照明が暖かに照らしている。

 しかし、一夏の心のうちはまったく暖まらない。

 

 一夏は今、この二カ月でようやく収まり始めた好奇の視線に晒されている。

 男子が一人と云う特殊な状況。

 まさかたった一人のために専用の男子寮を建てるわけにもいかず。また世界一安全のIS学園とは云え、世界唯一の存在と云うわけで一夏を狙う存在も否定はできない。ゆえに、牽制と云う名目のもと一夏は女子生徒たちと同じ寮で生活する羽目となっている。

 

 もちろんと云うべきか、当然と云うべきか。

 実質の女子寮に男子を捻じ込むのにはいろいろと問題が発生するわけで、一夏は急きょ寮の一角を改修した、一年寮の三階の隅に追いやられているのだ。この部屋はもとは寮生が交流するレクリエーションルームを他と同規格の部屋へと改修したものであるが、ほかの女子生徒との部屋の間には普段は人の立ち入らない空調管理室があるため一部屋分隔絶されている。これは学園上層部の苦肉の策とも云えた。

 

 一夏自身、できるならば女子生徒たちと少しであるが、離された環境におかれるのは喜ばしい。しかしそれでも、もっとも遠い部屋であるので移動の際には多数の女子生徒たちとすれ違う。

 

 以前は世界唯一の男子IS操縦者として好奇の視線に晒されたが、今回も噂の男子転入生についていろいろと知りたいのか時折すれ違う女子からは物言いたげな視線を送られている。

 

 “こう云うのって本人に聞くもんじゃないのか……”

 

 とはいえ、櫻井はどちらかと言うと、他人を避けている節があるので女子たちのほうも近づき難いのであろうか。

 

 その当の本人とは云うと、どうやら一夏の護衛として転入してきた櫻井は夕食までは一夏と一緒にいたがいつのまにかどこぞへと姿を消していた。

 護衛対象を一時間近く放り出して本当に護衛する気があるのかと疑問なところである。

 

 「ま、ここは世界で一番安全地帯ってふれこみだし向こうも気楽なんだろうな」

 

 こっちも堅苦しいのは御免だし、とカードキーで鍵を開けドアノブを回したところで一夏は首を傾げた。

 

 わずかに開いたドアからは部屋の明かりが零れている。

 

 少し前なら同室であったシャルロットだと納得していた。そのさらに前なら箒だと思ってやはり何の疑問も持たずにドアをくぐっていたであろう。

 しかし、現在一夏は一人部屋のはずなのだ。

 

 寮部屋は部屋のカードキーが電源となっているので、カードをリーダーに差し込まなければ電源がつかないはずなのだ。つまり、この部屋の明かりをつけるためには、ドアの開閉と同じく部屋の持ち主でなければならない。

 

 「―――と、いうコトは」

 

 数秒考え、とある人物に思い当って漆喰の扉を押し開ける。

 

 噂をすればなんとやら。ドアの先には想像通りの人物がいる。

 櫻井はベッドの上でなにやら紙の束をぺらぺらとめくってはしかめつらを作っている。

 

 「いったいどこ行ってたんだ、櫻井」

 

 「織斑教諭の部屋だ。昨日はそこで寝泊まりしていたからな」

 

 意外な返答に一夏は複雑な気分となる。こちらは返答に困った。

 それと、たしかに段ボールが二つ、部屋に運び込まれている。

 

 「怒るなよブラコン。正確には学園のほうの執務室だ」

 

 これまた返答に困った一夏はかわりに別なコトを言った。

 

 「窓際のベッド、俺が狙ってたんだけどな」

 

 「狙ってたもなにもここしか空いてなかったが」

 

 櫻井は呆れたように言った。

 

 もとは箒が、その次はシャルロットが使用していたため窓際のベッドを一夏は使用したくてもできない状況だった。シャルロットが女子生徒として再編入してきたため一夏は元通り一人部屋に戻ったのだが、ほんの数日前まで女の子が使っていたベッドに潜るのは気が引けたのだ。

 しかし、そのうち窓際のほうを占領しようと目論んでいたのだが頭打ちとなってしまったようだ。

 

 一夏な少しばかり拗ねてしまう。

 

 「俺もそのうちそっちに移るつもりだったんだ」

 

 何をいまさら、と己の主張権を示すかのようにベッドに寝転ぶ櫻井。

 

 「悪いなのび太。このベッドは一人用なんだ」

 

 「知ってるよ! つうか誰がのび太だ!」

 

 「悪いが男と寝る趣味はさらさらないぞ」

 

 「俺にだってサラサラねぇよ!」

 

 「……っ!」

 

 「ナゼそこで驚く!」

 

 「いや、織斑教諭からの報告書に『弟がまったく女子に反応しないのだが、不能だったらどうしよう』と書かれていたんだ」

 

 「ヒトの報告書にナニ書いちゃってるの千冬姉ぇ!?」

 

 「ちなみに前半は冗談だ」

 

 「後半の相談は本当だったのか!? むしろそっちのほうがダメージがデケェよ!」

 

 どうやら一夏は男としての名誉の危機に直面しているらしかった。

 

 早々にいいように弄ばれてしまった一夏はうちひしがれる。

 

 一夏は窓際のベッドを使いたかったが櫻井が先に使い始めてしまったのなら致し方ない。さすがにわがままは情けない。

 

 そこで一夏の目に櫻井の持っている書類に目が留まる。

 

 「なあ、何を見てるんだ?」

 

 純粋な興味で尋ねたのは櫻井があまりに真剣な面持ちだったからだ。

 一夏の疑問に、櫻井は書類から顔を上げ、見比べるようにまた書類に視線を落とす。

 

 「知りたいのか?」

 

 どこか小馬鹿にしたような問いかけに、一夏は腕を組んでむっとする。

 

 「たしかに気になるか気にならないかで言ったら、気になるけど。もしかして軍事機密とかそういうヤツか?」

 

 そうだとしたらここで読むのはいささかどうなのか、と言外に述べる一夏。機密だとか男心くすぐるものがそこらに放置されていたら覗いて見たくもなるものだ。

 

 意に反して枕をクッション代わりにベッドで身を起こしている櫻井は首を振った。

 

 「いいや違う。そしてコレを機密かどうか判断するのは僕じゃなくて織斑一夏だ」

 

 「はあ?」

 

 それはいったいどんな機密だと云うのか。

 

 訳が全く分からず一夏は首を傾げた。

 

 書類の束をめくりながら櫻井が何でもない事のように言う。

 

 「コレは織斑一夏の中間テストの成績だ」

 

 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 一夏は己の恥部を奪取せんと猛然と飛びかかったが、突き出された足裏にあっさりと撃墜された。

 うごはぁ!?、と鼻を抑えて悶絶する一夏に、櫻井はこれ以上にない冷たい視線を投げかける。

 

 「言ったそばから襲い掛かるとは……。不能ではなくホモだったか」

 

 「ホモでもねぇよ! それよりなんでお前が俺の成績表を持ってるんだ!」

 

 ああ納得したのか頷いて櫻井は言う。

 

 「織斑教諭からお前の勉強の面倒もついでに見てくれと頼まれたんだ」

 

 それを聞いて一夏はむむっと唸った。

 櫻井が一夏の成績表を指し示すように拳裏で叩きながら言う。

 

 「自分の状況はわかっているんだろ?」

 

 「まあな」

 

 一夏は勉強は平均的にこなしている。しかし、それはあくまで平均的であってその域を出ない。

 一般校ではそれなりの成績であるが、IS学園は倍率が一万を超える超エリート校。偏差値に大きな隔たりがあった。

 しかし、ISを動かしたことにより受験希望だった高校から強制的に入学させられた一夏なこのような結果でも致し方ないのかもしれない。

 

 「理数系が特に酷いな。ギリギリ赤点ではないが、褒められた点数じゃないな」

 

 「うぐっ」

 

 「陰関数で止まってどうするんだ」

 

 さすがの一夏にも反論の余地があった。

 

 「待て櫻井。それ調べてみたら高校の高学年で習う内容だろ」

 

 「だとすれば数学が免除されるのか?」

 

 一夏の抗議も櫻井はすっぱりと切り捨てた。しかも今回は反論の余地もない。

 

 櫻井が一夏の成績表とテストの解答用紙を投げ捨てる。不正答の目立つ解答用紙がベッドの上に扇状に散らばった。

 見せつけられた凄惨な現実に一夏は怯む。思わず一歩下がってしまった。

 

 「IS学園はべつに進学校というわけじゃない。言ってしまえば専門学校だ。数学も高い基礎レベルを求めているが内容は浅く広い」

 

 受験とはつまりいかに受験者を定員数まで落とすかを目的としている。倍率一万を超えるIS学園も当然それ相応にレベルが高い。

 

 「まあ、バカにISを使わせるわけにもいかないってのもあるが、基礎さえどうにかすれば応用も深くやらないからどうにでもなる」

 

 それができなくて困っているわけで、一夏も御教授願えるのならば大歓迎だった。

 

 「それにしても、櫻井は頭がいいのか?」

 

 仮にも千冬に依頼されるだけの学力があるはずだがそれとなく聞いてみた。

 

 「少なくとも年齢以上の学力は自負しているぞ」

 

 「年齢も何も俺と同じだろ?」

 

 一夏は首を傾げ、櫻井はああとまた頷いた。

 

 「そういえばまだ言ってなかったな。僕は織斑一夏よりも二つ年上だ」

 

 「な、なにっ」

 

 実は櫻井は小学校で二年留年しているため形だけとはいえ通っていた中学を卒業したのは一夏と同時期であるが、それは関係のない話であるため黙っておいた。

 

 「でもISの概論についてはどうするんだ?」

 

 「僕はこれでもISの試験部隊に所属している。知識は多少偏っているが、まあ、そこらのお嬢様がたよりは詳しいと思うが」

 

 一夏の新しい先生はとても優秀らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初夏の夜は生ぬるい。

 どことなく人の体温を思い出す。海辺のIS学園は湿気も強いので尚更である。

 

 思い出したくもない昔を思い出し、櫻井千奈は風に背筋を震わせる。

 

 足早に向かった先は、寮一階の階段の裏に設置された公衆電話だ。何十年も前に設置され始めても形が大きく変わることなく、この科学の最先端を行くIS学園にもあった。携帯電話の爆発的な普及から撤去が進むなど、行列を作るのが常識であった昔は過去の栄誉。今ではひっそりと腰を下ろしている。

 

 受話器を手に取り、小銭を入れ、暗記した携帯番号の順番通りに押す。

 櫻井は今の時勢に珍しく携帯電話を所持していない。その多機能性から今では携帯端末に分類されるほどの利便性を備えたものであるが、軍属である櫻井には公用の携帯端末が支給されているため必要性を感じなかった。織江は事ある毎にプライベート用のやつを自分で持ちなさいと言うが、現状で事が足りているためなかなか買い出しに行けなかった。

 

 しかし、なぜ櫻井が公衆電話を利用しているかと言うと、先ほど言ったとおり個人の携帯電話を持っていないと云うのも理由に挙げられるが、それは先ほどもまた述べたとおり自衛隊から携帯端末を支給されている。

 が。現在櫻井はそれを自衛隊に返却してしまっていた。

 

 たしかにプライベート用に一つ持っていれば便利かもな、と考え直してみる。

 友人がほぼゼロの自分が携帯電話を持ったらどうなるだろうか、と夢想してみる。

 おそらくは電話帳はがらんどう。それどころか携帯電話なのに携帯しない。

 

 「……なるほど。これをまさに宝の持ち腐れと言うんだな」

 

 一人納得した。

 しかし、織江や梓も矢鱈と進めてくるので履歴はこの二人の名前で埋め尽くされるだろう。履歴が女の子の名前で埋まってしまう。これは自慢のできるコトなのかもしれないが、それを自慢する相手がいないのが口惜しい。

 

 まあ、それもいいのかもしれない。

 

 呼び出し始めて約五秒。

 コールが始まっても約五秒。

 

 電話番号ってつまりは暗証番号なんだよな、と妙な危機管理の薄さに気が付きながら待ちぼうける。

 

 「誰だ」

 

 「出るのが遅いぞ」

 

 電話の向こうからは苛立たしげな、疑わしげな声が聞こえる。

 

 櫻井が憮然と返答を返すと、電話先では驚きに息をのむ音がした。

 その後、拍子抜けしたような声が続く。

 

 「なんだ、櫻井か」

 

 「御挨拶だな。藤井三尉」

 

 藤井が鼻を鳴らす。

 

 「いったい何の用だよ坊ちゃん。悪いが子供の相手をしてる暇はないぞ」

 

 「お前とそう年も変わらないだろ」

 

 「テメェよりも六つも上なら子供呼ばわりできんだよ」

 

 今度は苛立たしげな声に変わる。

 情緒の不安定な奴だと本人が聞けば怒り出しそうなコトを呑みこんだ。

 

 「つうか、なんで非通知なんだよ」

 

 「公衆電話からかけているんだ」

 

 「公衆電話だぁ? って、ばっかヤロウ! 公衆電話なんぞからこの番号にかけんじゃねぇよ!」

 

 「問題ない。然るべきところからかけている」

 

 この公衆電話は専用の電波遮断被膜防音壁まで用意されているので安心して会話ができる。

 IS学園の公衆電話は機密漏えいの都合上、専用の電話線を使用しきちんと迷彩が掛けられている。その通話記録も通話内容も学園に逐次記録される。

 

 櫻井はIS学園から直々に依頼されているので許可が下れば記録を解除できる。そも、これから話すことはIS学園側にも重要な事であるため必要はないのだが。

 

 藤井は納得のいかない様子であったが、一応話には乗ってきた。

 

 「それで、特殊部隊隊長の櫻井特尉はいったい何の用で?」

 

 「隊長も何も僕しかいないけどね。それはそうと、今IS学園の周辺洗っているんだろ?」

 

 「……あのな。そういうの、テメェに話せるわけないだろ? ナニお前、俺のコト罷免させたいの?」

 

 櫻井は眉をひそめる。

 どうも連絡が滞っている。

 

 「その返答はyesと判断しよう。で、雷同二佐からIS学園の隊員と連絡を取るように言われてるんだろ?」

 

 むっとした気配。

 

 「なんでテメェが知ってんだよ。あ、まさかテメェも周辺探っておけって指示されてんのか」

 

 櫻井は思わず眩暈がした。

 

 「まったく、火急な状況じゃないからってすぐあの人はサボる」

 

 「たかがIS学園のガキの世話だろ。 ―――まさか織江が行ったのかっ?」

 

 どいつもこいつも、と溜め息をつきたいのがそれすらも飽きてしまった。

 

 「今、僕がどこからかけているかわかってる?」

 

 「あん? 知るかよ。知りたくもない」

 

 この話の流れで察することができないとはこの男も鈍い。これでレンジャー持ちなのだから驚きである。

 

 「IS学園だ」

 

 「………は?」

 

 「IS学園」

 

 「…………

  …………

  …………

  …………

  …………ああ! 藍越学園な! おお、俺の母校だぞ! 

  お前まさかそんなところに飛ばされたのか!? ははっ、ざまあみろ!

  あの学校は野郎しかいないからな、せいぜい掘られないように頑張りな!」

 

 どうやら耳が悪いらしかった。

 櫻井は、確実に、相手がしっかりと聞き取れるように、ゆっくりと、丁寧に、気持ちを込めて、言った。

 

 「僕が編入させられたのは“女子がいっぱいのIS学園だ”。女子がいっぱいだ」

 

 大事なことなので最後にもう一度繰り返した。

 

 「…………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………

  …………」

 

 長い長い沈黙。

 外では生ぬるい潮風が吹いている。

 

 「はぁ!? はぁああああああああああああああ!?

  IS学園だとっ、テメッ! この織江という奴がいながらッ! 女に飢えたか!? 織江のそばに居すぎてとうとう女見る目がマヒしてんじゃねぇのか!?」

 

 受話器がびりびりと震えるほどの絶叫が迸る。

 櫻井は予想して受話器から耳を離している。

 

 「はぁ、遊びに来てるわけじゃないし。本当に雷同二佐から何も聞いてないのか?」

 

 「おう、向こうから連絡が来て詳細を話すって」

 

 “―――雷同二佐、完全に遊んでやがるな”

 

 本当に悪趣味だと思いつつも、今度は藤井に呆れた。

 

 「だから聞いてるんじゃないか。僕がそうなんだ」

 

 「ちっ、まさかテメェがとは思わなかったよ」

 

 櫻井もなにも雷同の馬鹿騒ぎに付き合うために電話したわけではない。

 

 「さて、まじめな話に戻ろうか。外はどうなってる?」

 

 「外人がいっぱいだな」

 

 「ここはIS学園の立地上、多国籍企業が乱立しているが」

 

 世界を象徴するISを運用するIS学園が設立された都市とだけあってそこらの地方都市などよりもここは大きく色が違う。

 最近では経済の象徴として街の中心部にはツインタワービルが建てられている。そこのテナントには世界中の国から企業が参入している。

 

 「それでもだ。もともとここは外国人が多くいる都市だが、それを差し引いても多い。」

 

 「どこらへんが多い?」

 

 「コーカソイド、モンゴロイド、ネグロイド、オーストラロイドにアラブ系。博物館みてぇによりどりみどりだ」

 

 「怪しいのはどれぐらい?」

 

 「さあな。何人かちらほらいるし、探りを入れてる俺のコトも堅気じゃねぇって一人二人ぐらいバレてるかもな。ああきちんと黒人もいるぜ」

 

 櫻井は知らず爪を噛んだ。

 

 厄介な状況だ。

 黒人がいた。これはあまりいい状況じゃない。黒人のエージェントを使うのはアメリカしかいない。アメリカが何を狙っているのかはまだ不明であるが、アメリカとコトを荒立てると下手すれば政治問題に発展する。

 それだけは何とかしたい。

 

 「……バレてる、と自覚しているわりには随分余裕そうだな」

 

 「へっ、テメェは正面から堂々と荒事に突っ込むが諜報にも諜報なりの暗黙の了解ってもんがあるんだよ。誰だって面倒は起こしたくねぇ。だからある程度の譲歩ってのも大事なんだ。問題は、“譲歩している裏でどれだけやりたい放題できるか”だ」

 

 なるほど、と櫻井は少しばかり感心する。

 それができるだけの駆け引きがこの男にできたのが少し意外だった。

 

 「ああ、そうそう。俺もテメェのコト知るまで眉唾だと思ってたんだけどよ。なんかお前が転入したコト、いろいろとバレてるっぽいぜ」

 

 軽い調子で言われたがわりと深刻な事であった。

 櫻井は眉を不快にひそめる。

 

 「御忠告どうも。必要になったら連絡する」

 

 「けっ、野垂れ死ね」

 

 受話器を戻しかけた櫻井は、しばらくまだ通話の切れていない受話器を見つめた。

 

 「……、藤井」

 

 「あんだよ?」

 

 「面向かって織江のコトを呼び捨てできるといいね。無理だろうけど」

 

 「あッ、バッ、テメッ!!」

 

 がちゃん。

 あまり苛めると可哀そうなのでこの程度でやめておいた。

 これでも自分には加虐趣味はないと胸を張って自負している。

 ……以前に織江にそう言うと鼻で笑われてしまったが。

 

 「ふむ。予想以上に深刻だ」

 

 舐めてかかっていたが意に反してこの状況は芳しくない。

 櫻井の転入が裏に知れ渡っている。これはつまりIS学園の情報規制の網を抜けて外部に抜けていると云う事だ。

 もちろん、いつまでも隠し通せるつもりではなかったが、まさか半日も持たないとは。

 

 「IS学園が通例を破って博打紛いの護衛依頼をしてきた理由が分かった」

 

 IS学園は一枚岩ではない。

 そして、IS学園は日本が運営しているが国際機関の色合いが強い。よって一つの国に学園が全力を尽くして護衛するのは難しい。これはあくまで中立を掲げた仕方のない処置である。

 しかし、織斑一夏の迫害を目的としている連中にはそれがプラスに働いてしまう。

 

 「どうしたものかな」

 

 櫻井は寮の外に出た。

 

 とたんに生ぬるい潮風が首筋を撫でる。

 気味が悪いが、見上げた空の月がとても綺麗だったのでそれでよしとした。

 本当は一夏のところに行かなければならないが、今は櫻井が出したIS概論の自習課題を篠ノ之箒とこなしているため問題ないだろう。

 

 今のところ一夏の周りにいる代表候補生たちをいまいち信用していない櫻井だったが、箒ならばいいだろうと考えていた。

 

 一夏によると、篠ノ之箒は初めての友達であるらしい。

 初めてできた友達は信頼できる。これは櫻井の持論である。

 

 では、櫻井本人の初めての友達は誰だったか。

 

 「織江は、妹だしな。もう信頼とかすっ飛ばしてるし。でもあなたの妹じゃないって言われたのは結構ショックだったなぁ」

 

 となれば、あとは友達ゼロである。

 我ながらしわがれた青春である。もはや黄土色。腐葉土みたいに腐り果てている。

 まあ、友達とは作るものではなくできるものであるので、できないと云うのなら仕方のないコトなのかもしれない。自分のような人間に友達認定されても困るだろう。

 

 夢遊病のようにふらふらとあてもなく夜の学校を歩く。

 街灯は雲の切れ間の月明かりのみ。

 星の光はない。星の光は人の手で街に灯されてしまった。

 規則正しい煉瓦道は真っ暗闇の向こうに延々と続いている。

 

 そこで、

 櫻井は驚きで立ち止まってしまった。

 まさか、自分以外に人がいるとは思わなかったのだ。

 

 その細い華奢な体の線は女子だ。

 その人影はIS学園の制服を着ている。

 月明かりに照らされ、ほのかに光る金髪が潮風にゆれている。むかし、織江でも梓でもない妹と見た蛍の光を思い出した。

 

 向こうも櫻井に気が付いた。

 

 女子生徒は櫻井の顔を見てにこりと微笑む。まるで旧友に再会したかのように。

 

 「こんちゃーっス、センナくん。

  ちょっとお話をしようっス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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