正義と、大義と。   作:新田良

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 ……原作キャラを出すタイミングがわからない
 というか、もしかしたらこのまま一夏と箒だけで進むかも…


第六話 金色の彼女

 

 

 

 

 櫻井千奈は友人がほぼゼロである。

 このほぼゼロと云うのは、最近、と云うよりもつい昨日のコト、とある能天気な護衛対象にトモダチ認定をされていたためである。

 

 櫻井に友達ができない理由は多々あるが、その中でも特殊なのが櫻井の環境であろう。

 とりあえず学校に通っていれば進級のできる日本の小学校において櫻井は二年の留年をしている。

 一つ下ならば元の学年の知人が顔を見に来るであろう。一つ上ならば小学生、年齢を気にせず遊ぶだろう。

 

 しかし、櫻井の場合は二年も留年していたため、櫻井は別の学校に通っていたし、二つ年上の同級生をクラスメイトも距離を測りかねていた。もとより率先して友達を作る性質(たち)ではなかった櫻井も、二年の実父との根暗生活を経てとてもだが友人を作れるような状況ではなかった。

 

 話しかければ素っ気なく返し、距離を詰めてくれば即座に逃げた。さらに眼付きまでもが実父の英才教育により悪化したものだから、妹分である織江や梓を除いて誰も寄り付くことはなかった。

 人生分の厄介を実父に押し付けられ、そんな幼少期を過ごしてきた櫻井は友達作りと云うものを嫌って、と云うよりも疎んでいた。

 

 その点で言えば、この少女はかなり根性があるのかもしれない。

 

 「おはよーっス、センナくん。ふあぁ、寝不足で眠いっス。

  あ、昨日はホントにヒドいっス。だから今日は昨日の続きをしようっス」

 

 「……、」

 

 朝、見かけたとたんに駆けより馴れ馴れしく挨拶し、当然のように櫻井と同じテーブルに座ったり、

 

 「センナくん、次はIS実習っス。早く更衣室に行かないとダメっス」

 

 「……、」

 

 いったいどういう了見か櫻井を女子更衣室へと連れ出そうとしたり、

 

 「あーっと、やっとでランチタイムっス。超お腹すいたっス。

  あ、センナくんはまたうどんっスか? そんな病人が食べそうなものより胃にガッツーンとクるこっちのハンバーガーセットのほうがすごくオイシイっスよ」

 

 「……、」

 

 人の昼食にケチをつけたばかりか、櫻井の学生IDを使って勝手に食券を発行したり、

 

 「センナくんはなんでそんな人生に迷ったような顔をしてるっスかー?

  あ、恋煩いっスか? ふふふっ、このラブハンターエレナさんに任せてほしいっス」

 

 「……、愛を狩ってどうするんだ?」

 

 いくら櫻井が無視を決め込もうとめげることなくすり寄ってくる。まるで、子犬にでも懐かれた気分だ。

 

 しかしとうとう、朝から夕方まで一切口をきかなかった櫻井に彼女はいたくショックを受けたのか、現在はルームメイトである篠ノ之箒の豊満な胸に泣きついていた。ここに一夏の友人、弾がいれば涎を垂らしそうな光景であった。

 

 櫻井はどうしたものかと口をつぐんでいた。

 下校帰りの煉瓦道で泣く少女と男子生徒とはどちらが分が悪いかなど言うまでもない。

 

 「ホーキ! センナくんが一言も口をきかないっス!

  昨日なんて夜の散歩でばったり出くわしたからチャンスと思って挨拶したのに、ダッシュで逃げたっスよ!?」

 

 「櫻井、なんでエレナのコトを無視するんだ」

 

 「なあ、さすがに酷くないか? どうしたんだよ」

 

 などと、櫻井は非難の集中砲火を浴びせられていた。

 

 当然であると言えば、当然である。それぐらいに櫻井の彼女への無視っぷりは常識を逸していた。

 箒は明らかな敵意を込めて櫻井を睨んでいる。一夏はたしかに櫻井は人好きするタイプではないと思っていたがその彼女のみの態度に困惑している。

 

 「なんでセンナくんはわたしのコトをそんなに嫌うっスか!」

 

 「べつに嫌ってはいない、鬱陶しいだけで」

 

 「「あー……」」

 

 「そこの二人ッ、そこは納得しないでほしいっス!」

 

 少女は子供のように金髪を振って抗議する。

 

 櫻井は彼女のコトを知っている。

 今は拗ねてそっぽを向いている少女の名前はエレナ・クロスフォード。セミロングの金髪と鈴のような金眼が目を引く少女だ。意外なコトに人間で金眼とはほぼ存在しないが、彼女の目に色は限りなく黄金色に近かった。エレナはアメリカの代表候補生で、櫻井の数日前に一組に合流した。

 

 なぜ『合流した』なのかと云うと、どうも専用機受注の際に専用機に問題が発生し、その不具合を解消するために二月近くの時間がかかったため、入学が大幅に遅れていたのだ。

 

 彼女の経歴は少し変わっている。

 田舎の普通のジュニアスクールを普通の成績で卒業したのにも関わらず、ISの高等教育機関を首席で卒業している。やはり世の中にはコネと云うものが横行しているが、彼女はそれらをすべて実力で黙らせている。ISとはやはりそれ相応に知能が高くなければ扱いきれるものではないが、いたって普通の少女でしかなかったエレナ・クロスフォードは無謀ともいえるIS高等教育機関を受験し、そこで突然に能力に目覚めたかのように好成績を修めている。

 

 「なんスか、みんなしてっ。人のコトをソウウツ扱いしてヒドいっス!」

 

 「だから鬱陶しいって言ったじゃないか」

 

 「もうっ、そういうコト言ってるんじゃないっス!」

 

 いまにも暴れだしそうなぐらいに元気な彼女のコトを、櫻井は苦手だった。

 理由は織江でもない梓でもない妹と彼女が、その元気といい櫻井とは違って人好きした雰囲気といい瓜二つにそっくりだったからだ。とっくの昔に記憶の棺桶に入れて蓋にガンガンと釘を打ちつけ記憶の底に沈めてしまったと云うのに思い出してしまう。

 

 「……どちらかと言うと、関わり合いたくないな」

 

 「わたし、ホントにナニかしたっスかっ!?」

 

 彼女の叫びは当然と云えば当然であった。

 初対面の人間に徹底的に無視されあまつさえお前とは関わり合いたくないなどと言われたら、それはもう生理的にムリですと言われたようなものである。

 

 女としてもショックを受けたエレナはわっと泣き出してしまった。

 

 「……櫻井」

 

 さすがに不憫に思った一夏が櫻井を宥める。

 たしかに、彼女が悪いわけではない。櫻井はばつの悪くそっぽを向いて、溜め息を一つついた。

 

 「……めげないな、エレナ・クロスフォード。ふつう、ここまでシカトされれば関わり合おうと思わないものだろ」

 

 「えー、そんなコトないっスよ。それにセンナくん、昨日わたしの顔見た瞬間、なんか驚いてたように見えたっス」

 

 櫻井が話しかけると箒の胸に顔をうずめていたエレナは、先ほどの泣き顔はどこにいったのかけろりとした表情に戻した。

 謀られた、と後悔しても後の祭り。しかし、すべては櫻井の一方的な理由である。たしかに彼女は櫻井の妹に似ていたが、もちろん妹はアメリカ人でもないし顔立ちが似ているわけでもない。

 

 まあいいか、と諦念にも似た思いを飲み込んで向き直る。

 訂正しなければならないところはきっちりと訂正しなければならない。

 

 「それはそうと、名前で呼ぶな。櫻井だ」

 

 「じゃあわたしのコトもエレナって呼んでほしいっス」

 

 櫻井は眉を顰める。

 エレナはいつかのようににこりと微笑う。

 

 「わかったよ、エレナ・クロスフォード」

 

 「それはなによりっス、センナくん」

 

 櫻井はこめかみを痙攣させ、エレナは笑みを一ミリも動かさないでその重圧を見返した。

 はたから見ている一夏と箒はエレナの胆力に感心していた。一夏ならば、おそらく数秒と持たずに手を挙げて降参していたであろう。

 

 「だいたい、なんでそこまでする。僕のところに来なくても―――」

 

 「センナくんと友達になりたかったじゃダメっスか?」

 

 その迷いのない即答に櫻井は面を食らう。意外すぎて見当もつかない答えだった。

 そんなコトいまだかつて、織江にすら言われたコトがない。

 

 「なんでまた」

 

 気が付けば、櫻井は憮然と聞き返していた。

 

 不屈の笑みを浮かべていたエレナは一転、むっとして櫻井を睨む。

 まさか睨まれるとは思っていなかった櫻井は知らず半歩引いてたじろいだ。

 

 「センナくん、そういうのは女の子に聞いちゃダメっス」

 

 櫻井は意味不明だと呆れた顔をする。

 一夏はこう云う時は役立たずであるとわかっているので、代わりに櫻井は箒に視線で意見を求めるが顔を背けて無視した。

 

 エレナは寮への煉瓦道を踊るように歩きながら、うっとりと胸に手を当てて。

 

 「それにほら、わたし入学したのが中途半端だったからトモダチつくるタイミング逃しちゃってるっスよ。センナくんとはシンパシーっス」

 

 「僕は友達ができないんじゃなくて作る気がないんだが。そしてセンナくん言うな」

 

 人にめげないと言っておきながら自分も相当な頑固である。一夏と箒はそのやりとりにやわらかく苦笑した。

 

 櫻井の返答に、エレナは小馬鹿にしたように大仰にふーっと息をついた。

 

 「そーいう人に限ってトモダチ作りがド下手なんスよ。ていうか、それ働かない人の理屈とソックリっス」

 

 櫻井はニートと同列扱いされ屈辱に身体を折った。まさか、自衛官である自分がそんな扱いを受けるとは露とも思わなかった。

 この流れをなんとかせねば。話題をズラすために櫻井は気になっていたことをコトを尋ねる。

 

 「ていうか、そのしゃべり方、ナニ?」

 

 櫻井が指しているのはエレナが語尾に付ける『っス』のコトである。

 過去に何度もその質問を受けたのか、エレナは櫻井の言葉の足りない問いが何を指しているのか理解していた。立ち止まり、腕組みをして不敵に笑う。

 

 「ふっふっふっ、これはトモダチづくりの極意っス。これを語尾につけるだけであら不思議と好感度が上がるっス、親友ポジションっス」

 

 「そうか?」

 

 「いや、上がらない」

 

 「むしろ僕は距離を置きたい」

 

 「上がるっス! というか上げてほしいッス!」

 

 即座に否定されてしまったエレナは子供のように腕をぶんぶんと振り回して懇願した。

 

 「おかしいっス、ジャパニメーションで猛勉強したわたしに死角はないはずっス!」

 

 どっちかというと子分のほうじゃ?、と櫻井は思ったが、それを言うのもやぶさかなので口には出さなかった。エレナがうるさくなるとわかっていたのかもしれない。

 

 やはり選択肢を間違えたか、と櫻井は思うが、それこそ後の祭りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六月もあと指折りすれば七月に変わる。桜の咲いていた四月が昨日のようで、夕方の影は日に日に短くなっている。

 

 時刻は四時半。

 

 今日の一夏は胴着に着替えて武道館にいた。

 

 体技とは身体を動かすコトが基本であるが、ある種の頭脳戦でもある。

 相手の呼吸を読み、相手の出方を想像する。同じ人間であるが思考も動きもその個性は千差万別。

 格闘技とはつまり、どれだけ相手の意表を突き、相手の動きを読み込むかにある。

 

 その点で言えば、櫻井千奈はかけねなしに達人であった。

 

 「―――ッ、」

 

 掌底打が槍のような鋭さで、音もなく顔面に迫る。予備動作を含めて一秒以下の早業だった。

 一夏はそれを腕でなんとか弾き逸らし、それでも範囲内から逃れるために首を横に振って避ける。

 

 耳に吹き付ける音に一夏は冷や汗がふきだした。まともに喰らっていれば鼻が折れたのではないだろうか。

 

 躱した掌底打が次の瞬間には裏拳になっている。避ける間もなく、こめかみあたりで爆発したような衝撃がはしった。頭が大きく傾げる。

 

 三半規管を派手に揺らされ一夏はたまらずたたらを踏みながら後退しようとする。

 

 櫻井はそれにピタリと追随する。三歩の距離をわずか一歩で一夏の懐に滑り込む。

 

 轟然と跳ね上がる右脚。

 一夏は身を屈めてやり過ごすと巻き上がった風で髪が後退する。

 続けて流れるように放たれた左後ろ回し蹴り。難易度の難しい大技であるが、その動きに淀みはなく、流麗にして竜巻のような力強さが備わっていた。

 

 ここで、一夏は腕を上げた。防御に上げた右腕に、まるで戦斧でも叩きつけたかのような衝撃が奔る。後ろに吹き飛ばされそうになる。上半身に力を入れ、懸命に堪える。裸足の足裏がフローリングの上を滑り、摩擦熱でチリッとした痛みを発した。

 

 完全に受け止めた。

 一夏に受け止められたコトが予想外だったのか、櫻井の表情が組み手を始めて以来に初めて変わる。

 

 受け止めた櫻井の左足をしっかりと掴む。

 卑怯かもしれないが生憎これは試合ではない。金的目潰しなど常識的な禁止行為以外は何でもアリの組み手だ。

 喧嘩殺法ならば一夏にもなんとかなるかもしれない。

 

 一夏は勝負に出る。

 

 相手は後ろ回し蹴りを防がれ、あまつさえその足を掴まれた。櫻井の敗着の悪手だった。

 

 だが、一夏は櫻井をまだ見誤っていた。

 櫻井は軸足である右足で床を蹴った。

 

 「……は?」

 

 意味が分からず、一瞬一夏の頭のなかが空白になった。

 

 それが致命的となった。

 

 空中に跳んだ櫻井は掴まれた左足を軸足に変え、右足を振り上げた。

 しっかりと捕まえた左足が逆に櫻井の奇襲の蹴りを支える働きをしてしまっていた。

 

 三度目の連続蹴りが一夏の側頭部に見舞った。

 

 今度こそ意識が吹き飛ぶかと思ったが、どうも自分の身体は自分で思った以上に頑丈であるらしい。がりっと奥歯を噛み締め、一夏は括目した。

 跳んだ櫻井はあとは落ちるのみ。ならば―――、

 

 「―――と、思うよな」

 

 そう嘯いた、櫻井の両手が床を"踏みしめる"。

 

 浮いた櫻井の身体が回転する。

 四度目の蹴りを一夏が避けることができるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「実はお前って自衛官じゃなくて曲芸師だろ」

 

 意識を取り戻した一夏は起き上がるなり、そう櫻井を非難した。

 彼が言うことも無理はない。櫻井の動きは格闘技と云うよりも芸道師のそれだった。

 

 一夏とは違い制服姿の櫻井は呆れた息をついて言う。

 

 「まあ、当たらずとも遠からずかもしれないな。近接格闘に関しては完全に自我流だ。これと言って格闘技の勉強をしたコトもない。まこと残念なことにうちの上司は脳の八割が筋肉でできてるヤクザみたいな人でな、困ったことにどんな事でも見て覚えろとかほざく明らかな職務怠慢で執務室に大量のエロビデオを隠し持つし、置く場所内からお前の官舎に置かせろとか言って押しかけてくるし。ああ、それと―――」

 

 本人も気が付いていないのか、それともそんなに酷いどうしようもない上司なのか櫻井の愚痴はそれからも続く。

 

 一夏たちは櫻井が愚痴を吐くタイプだとは思っていなかったので驚き、また本当に困ったような櫻井の顔がなんとも人間味があってなかなか面白い。

 一〇分ほどしてはっと気が付き、ばつ悪く頬を掻いて櫻井が口を噤んだ。そっぽを向いてわずかに頬が赤いのがなんとも微笑ましい。

 

 隅のほうで、箒と並んで見学していたエレナが妙にきらきらとした目で言う。

 

 「アレっスね。センナくんは世に言うツンデレっスね!」

 

 「誰がツンデレだ。あとセンナくん言うな」

 

 櫻井がキッと睨むが、エレナはそれが嬉しそうに笑う。

 一夏は頭を振った。まるで鐘が鳴っているかのようにぐわんぐわんとする。だが、それだけだ。

 体温でほんのり暖かくなった床に手をついて一夏は立ち上がる。

 

 それを見た櫻井が、エレナから視線を移して意外そうな顔をする。

 

 「なんだ、意外と回復が早い」

 

 「これでも打たれ強いほうなんだ」

 

 一夏は首がおかしくなっていないか心配になって首を振る。首の骨が外れたのかと思うぐらいにごきごきと不安になる音がする。

 

 「俺の首、真っ直ぐだよな……?」

 

 「安心しろ、三角定規もびっくりな角度だ」

 

 「たとえどの三角定規でも俺死ぬだろ!」

 

 「それはそうと、歪んだ口元から垂れた涎はどうにかしたほうがいい」

 

 突然であったが指摘されて一夏は驚いて口元を胴着の袖で拭った。

 が、胴着の袖に涎が付着した跡はない。

 

 「冗談だ」

 

 「……お前、人に嘘をついたらいけませんって教わらなかったか?」

 

 櫻井はちょっとしたコトですぐに嘘を吐く。本人曰く冗談であるがタイミングが絶妙で一夏はすぐに引っ掛かっていた。迷惑なコト極まりない。

 

 言外に伝えるつもりで睨んでみるが伝わった様子はない。

 

 一夏と櫻井が組み手をしている理由は一夏が櫻井に頼み込んだからだ。

 自衛官と云えば戦闘のプロフェッショナル。ならば教えを請わない手はない。一夏にはセシリアたちが指導に名乗りを上げているが、やはり女子。一夏も遠慮がある。千冬にも女に手を上げるなと散々に言われている。

 

 しかし、櫻井は男だ。遠慮どころか殺す気で一〇回挑んでも一一回殺される自信がある。情けないがそれぐらいに実力の差があった。

 

 そんな時、エレナがはいはいと元気よく手を挙げた。

 

 「次、私がやるっス」

 

 「え、サンドバック?」

 

 「おい、今なんつったよオマエ。たしかにボッコボコにされたけど」

 

 「センナくんがイジめるから鬱憤が溜まってるっス」

 

 「あの、俺ってサンドバックなの……? ねねちゃんちのうさぎさんポジション? この道場すごく頑丈そうだけど揺れちゃう?」

 

 「じゃあ、仕方ないかー」

 

 「許可出すなよ! え、つうか通例どおり冗談だよな?」

 

 「冗談冗談」

 

 「二回繰り返したぞコイツ!」

 

 どうやら本当にするらしい。

 

 エレナは固まった身体をほぐすように伸びをする。下賤であるが、こうしてみるとエレナはなかなかしなやかな身体つきをしているコトがわかる。すらりとした手足は猫のようだ。

 

 その無防備な伸びに一夏は顔を背ける。その視線の先でも櫻井が顔を一夏のほうに背けていた。

 

 さあいくぞと覚悟を装填してエレナが勇ましく足を踏み出すが、それを箒が引きとめた。

 

 「待てエレナ、まさか制服のままするつもりか?」

 

 「え?」

 

 エレナが自分の服装を見下ろす。もちろん着ているのはIS学園の制服である。

 IS学園の制服は個人で個性的にカスタム可能であるがエレナはノータッチだ。それでもIS学園のスカートの位置は膝高よりもよほど高い。一夏もその短さにこれまでなんどもドキリとしてきた。

 

 そんなIS学園の制服で体技をすればスカートなどめくれ放題だ。

 

 エレナはしばらく自分の格好を見つめ、箒が何を指摘したいのか考え、なぜかにんまりと細く笑う。小悪魔的微笑だった。

 エレナの指先がスカートの裾を摘み、わずかにめくり上げた。

 

 「ほらチラリっス」

 

 「「「―――ッ!」」」

 

 これには櫻井もぎょっとする。

 三人のそんな新鮮な反応が楽しいのかエレナはスカートの裾を上げたり下げたりした。見えそうで見えないラインが絶妙である。

 

 一夏も鈍感鈍感と馬鹿にされるが男である。動揺するが目が離せない。それぐらいにスカートから見えそうで見えない、白い生足には魔性の魅力があった。

 

 「ふふふ、ほらチラりーん」

 

 「いい加減にしろ莫迦」

 

 堪りかねた箒がチョップをあびせる。その顔は真っ赤だ。

 よほど痛かったのか、エレナは涙目でふえぇ…と半べそをかいて鞄を引きずりながら更衣室へに入って行った。

 

 「……箒」

 

 「……エレナ、すごく石頭だ」

 

 箒はチョップした手を抑えて悶絶していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あーっ、センナくんなに帰ろうとしてるっスか!」

 

 エレナは三〇秒で更衣室から出てきた。 びしっと指を突きつけている。

 

 櫻井は帰り支度をしてさっさと帰ろうとしていた。

 が、エレナが予想を遥かに超える時間で帰ってきたので、鞄を肩にかけたところで見咎められてしまった。

 

 「……、いったいどこを着替えたんだ? あとセンナくん言うな」

 

 「ほらチラリっス」

 

 櫻井は絶対零度に表情を停止させ、一夏と箒はまたも顔を赤くしてぎょっとする。

 しかし、完全にめくり上げられたスカートのなかにはぴっちりとした黒いものが。

 

 「スパッツをはいたっス」

 

 「「……、」」

 

 あっけからんとしたエレナに、一夏も櫻井も言葉が出ない。

 言いづらいがスパッツを穿いたところで下着のラインがしっかりと浮き出てしまっている。それが逆に想像をかきたてられてエロい。

 

 「いやん、そんなに見つめられると恥ずかしいっス」

 

 「見てるこっちが恥ずかしい」

 

 箒は脱力して顔を覆った。

 一夏が腕組みをしてエレナを見据える。

 

 「でも本当にやるのか?」

 

 「身体を動かしたいのはホントっス、格闘技とか結構好きだし。センナくんじゃ相手になんないかもしれないけど、イチカくんとならなんとかなるかもしれないっス。あ、でも手は抜いてほしくないっス」

 

 口調こそ軽いが表情は真剣そのものだ。その声色もいつもと聞き違えるほどに重い。

 一夏も頷いた。真剣には真剣に返すのが礼儀だ。これも昔から千冬に教えられてきた事だ。

 

 「……篠ノ之箒」

 

 「二人がやると言うんだ。私たちが無理して止めるコトじゃない」

 

 そう言われれば櫻井も止めはしない。

 それに、櫻井もアメリカ代表候補生であるエレナについて興味があった。これはいい機会なのかもしれない。

 

 一夏とエレナは武道館の中心に立った。

 

 深呼吸をして心を落ち着かせながら一夏はエレナを観察する。

 試合前に相手を観察するコトはとても重要だ。それだけで相手のクセなどを読み取れたりするコトもある。

 

 一夏にはエレナについての情報はアメリカ代表候補生と云うコトしか知らない。先ほどから一夏の戦い方はエレナに見られていて、逆に一夏はエレナの戦い方に何の情報もない。エレナは数日前に一組に入学してきたばかりであるので実習でもその実力を推し量るコトはできなかった。

 

 代表候補生と云うコトは、それ相応の実力があると云うコトだ。だが、目の前の華奢な少女からはとてもだがそれが感じられない。

 実力だけで言えばおそらく一夏が不利である。だが、格闘技では体重の差は大きく物を言う。

 次に恰好であるが、一夏は胴着でエレナは制服だ。動きやすさでは一夏が有利で投げ技の掴み易さはエレナが有利である。

 

 一夏は腰を落とし、重心を安定させる。遠い昔に篠ノ之道場で何度か習っただけの型であるが、中学生時代の日々の喧嘩で磨き上げた姿勢に揺らぎはない。

 対して、エレナはだらんとした構えを取っている。よく言えば自然体。悪く言えば適当。

 しかし、その視線は油断なく一夏の挙動を見逃すまいと捉えている。

 

 彼我の距離は七歩分。試合にしては少々遠い。攻撃よりも防御するほうが有利に働く距離だ。

 

 エレナの構えからはどう出てくるのかわからない。

 ならば、こちらから攻めるのが有利か。

 

 一夏がそう決断し、足を踏み出した直後、

 それよりも数瞬早く、エレナが前へと跳ね飛ぶ。

 

 金色の軌跡が尾を引く。とんとんっと子気味良く床を跳ねる音が聞こえた。水切りのような軽やかな前進。

 

 エレナは七歩の距離をわずか三歩で瞬時に詰めた。

 

 奔って一秒。出鼻を挫かれた一夏の驚愕の空白に滑り込むには十分すぎる時間。

 

 ―――四歩目。

 

 エレナは右足を軸に、腰を捻る。左の後ろ回し蹴り。

 馬上槍のような一撃が一夏の胸へと突きこまれた。

 

 「―――ぐほぁ!?」

 

 呻き声が喉元から軋み出る。もはや吐き気もしない。

 胸部を強打した一夏は水平に吹き飛び、床を滑って最後に対面の壁に激突したところで止まった。

 

 エレナはふーっと息を吐いて残心をする。そして、腰の上まで大きくめくれ上がったスカートを少し恥ずかしそうに正した。

 

 あんまりな結果に箒も櫻井も言葉がない。櫻井はエレナが勝つだろうと漠然とした結果を予想していたがここまで一方的だとは思ってもいなかった。

 

 痙攣していた一夏は、それきりぴくりとも動かなくなった。

 

 さりげなくそろっと二人の横に並んだエレナが冷や汗をハンカチで拭った。

 そして、神妙な面持ちで言う。

 

 「―――……、犯人は、このなかにいるっス」

 

 「いや、お前だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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