2050年頃、地球で謎の生命体が発見された。最初はアメーバ状だったその生命体は短期間で知識を蓄え、姿形を修正し、生物・無生物問わずあらゆるものを捕食することで多様化していった。
その数と種類、そして災害の如き破壊力はまさしく神の如き理不尽であった。彼らに現代兵器は通用せず、都市は蹂躙され、人口も動植物も激減の一途を辿るばかり。
人類が神に祈りながら神の贄となる日に身を震わせるようになるまで、さほど時間はかからなかった。
そう、彼らは極東地域に伝わる八百万の神になぞらえて
しかし、未来なき晦冥に一条の光が降り注ぐ。科学的アプローチを専門とする
そして彼らは「オラクル細胞は新種の魔力が物質化したものであり、対抗するには人類もまたオラクル細胞を用いる他ない」という結論に至る。
これを機に対アラガミ生体兵器「神機」が実用化され、人類滅亡の危機に活路が見出された。
しかしこれで大団円とはいかなかった。なにせ神機自体がオラクル細胞を持つ、いわば生きた武器である。生き残った人類全員が適合するなんて虫のいい話はなく、神機使いになれる者は一握りだった。
いかに反撃の手段を得ようと、圧倒的な数の差はどうしようもなく。
アラガミは猖獗を極め、人類は確実に生存圏を縮小させていった。
しかしアラガミ発見から約20年後、とある支部に革命が起こる。
それは一人の神機使いだった。彼女は「新型」と呼ばれる可変式神機の第一適合者であり、世界屈指の激戦区である極東支部に配属されて以来、多くのアラガミを討伐した。
中でも第一種接触禁忌種のツクヨミ二体の単独撃破は、他の支部のゴッドイーターが衝撃のあまり卒倒する事態を引き起こした。
そして意識が戻ると「信じるものか!」と情報をかき集め、「極東支部のゴッドイーターは接触禁忌であれ通常業務と変わりなく出撃する」と知って追撃を受けるまでがセットであった。極東は魔境である。
そんな活躍だけでも英雄たり得るが、彼女の活躍はこれに尽きない。「アラガミ化した仲間を人間に戻す」「終末捕食から地球を守る」など、人間離れした偉業を成し遂げたのだ。公開制限により全てを知る者は少ないが、それでも極東支部が信頼を寄せる人物である。
その存在は海を越え、世界中に知れ渡り。
いつしか人々は畏怖と尊敬を込め、彼女を人類最強のゴッドイーターと称えた。
マッケンジー夫妻は私の恩人だ。彼らは突然見知らぬ街に放り出されて困っていた私を、親切にも家に迎え入れてくれた。
宿の提供だけでもありがたいのに、マーサさんの手料理は巨大トウモロコシと比べ物にならないほど美味しく、グレンさんの話はいつまでも聞いていられるほど興味深い。
極東支部の仲間とは違う温かさ。
もし家族と暮らすならこんな感じなんだろうか。一緒に料理を作って、庭掃除をして、夜空を眺めて……贅沢な経験をさせてもらっている。
だが私はゴッドイーターだ。
ゴッドイーターいるところにアラガミあり。私が過去に飛んでしまったのも、アラガミ関連の理由があるはずなのだ。
この時代にまだ神機は開発されていない。ならアラガミへの対抗手段としてゴッドイーターが駆り出されるのは当然と言えるだろう。
そのために時空を超えたと考えるのは飛躍している気もするが、私は前リーダーを助ける過程で精神世界に行ったことがある。そのせいか、絶対にありえないとは思えないのだ。
まあ西暦1992年にアラガミが誕生していたのか微妙なところだが、オラクル細胞がいつどこで生まれたのか知る者はいない。発見されていないが、実は……ということもありえるだろう。
それに、私だけ平和な家族ごっこに浸るのはマッケンジー夫妻にも極東の仲間にも申し訳ない。特に夫妻はこの時代の常識を知らない私のことを記憶喪失だと誤解しているのだ。事あるごとに「思い出せるといいわね」「焦る必要はないさ」と純粋な目を向けられる精神的ダメージは大きい。ちなみにフェンリルのことは記憶喪失を誤魔化すデマカセだと思われた。
だから私は今日も探索する。
不審物はないか、不審者はいないか、アラガミの爪痕はないか、目覚めた場所──冬木市を中心に索敵する。
「……実物は慣れないな」
本部にはあるのかもしれないが、数えるほどになってしまった公園。子供達が楽しそうに遊具で遊ぶ光景はとても微笑ましい。
「あっ、記憶喪失で無職のリーダーだ!」
素直な言葉が刺さる!
一応ゴッドイーターという職に就いているのだが、この時代の子供に言ったところで理解してくれないだろう。良心の塊みたいなマッケンジー夫妻でさえ信じてくれなかったのだから。
「何してるの?また徘徊?」
「みんな元気そうだね……」
駆け寄って来る子供に合わせてちゃんと膝を曲げる私。素直じゃない後輩のおかげで、毒舌には慣れているのだ。
「今日は普通の服だ。俺着ぐるみが良かったな」
「アタシもピンクのウサギ好きよ!また頭に乗せて!」
着ぐるみは子供ウケがいいらしい。後で開発部に伝えておこう。
「そうだ、アレ取ってもらおうよ」
「アレ?」
「アレ」
そう言って女の子が指さす延長線上には、木の枝に靴がぶら下がっていた。しかも二足。
「……なんで?」
「リーダーなら取れるでしょ?ダメ?」
「ダメじゃないけど、そうじゃなくて、どうしてこうなった?」
「ブランコで誰が一番飛ばせるか勝負してたら後ろに飛んじゃったの。でも枝を揺らせば落ちそうでしょ?だからみんなで靴を投げて……」
「それでああなったと」
いやもうなんというか、ブランコってすごい。もちろん靴飛ばしを実行した人もすごいが、乗って楽しむ遊具じゃなかったのか。ただ鎖に板を繋いだだけの揺りかごだと思っていたが、どうやら侮っていたようだ。
「ね、あのジャンプまた見せて!」
「いいよ。ちょっと下がっててね」
子供達を遠ざけ、標的を確認する。
空中ジャンプで二回飛べば一度で回収できるだろうが、そのためには神機かバースト化が必要だ。大きな武器を見せれば子供達を怖がられてしまうだろうし、体が発光すればどんな反応が返ってくるかわからない。ここは地道に一回ずつ取ることにした。
数歩進んだところで地面を踏み込み、軽く飛び上がる。着地したら垂直にもう一回。
本当に軽く引っかかっていただけだったらしく、あっさり私の両手に子供靴が揃った。
「で、誰の?」
おぉーと歓声が静まるのを待ち、持ち主を尋ねる。すると少年が二人、器用に片足でけんけんと跳ねながら「俺の!」「僕の!」と前に出た。君達さっきまで普通に歩いてなかったっけ?
「遊ぶのもいいけど、靴は大事にしなよ?裸足で怪我したら戦いづらくなるんだから」
「リーダーってたまに言うことがズレてるよな」
「しょうがないわ。だってリーダーだもの」
「なんかごめん……」
でも私は悪くないような気がする。ズレてるとしたら、それは時代のせいだ。80年の歳月が常識を変えてしまったのだ。
「今日もドッジボールするの?」
「今日はサッカーだよ!リーダーがキーパーだから!」
「えっ、そうなの?」
結局みんなの要望に応えてゴールを死守してしまった。大人げないと相手チームからブーイングの嵐だったが、本気で嫌がっていたわけではないらしい。まあリーダーならしょうがないよね、と見逃される感じで許してくれた。
……もしかして舐められているのだろうか。
違うよね?
恐る恐る真偽を尋ねようとしたのだが、タイミング悪く夕暮れの放送が流れてしまった。最近は殺人鬼が出没しているらしいから、彼らの安全のためにも暗くなる前に帰宅してもらわなければならない。戦場で命令する時のように「解散!」と言えば、子供達は別れの挨拶を言いながら波が引くように帰っていった。
残された私はどうしたかと言うと、見回りの続きだ。
連日冬木市を恐怖に陥れている──と言っても当の冬木市民はあまり気にしていないようだが──その殺人鬼こそ、私の探し物である。
アラガミに関係する集団はフェンリルだけではない。アラガミを信仰する集団──カルト教団と呼ばれる宗教団体も複数存在するのだ。
公言してはいないが、アラガミを崇拝すること自体は悪いと思わない。私も無力だった頃があるから、神のような存在に縋りたくなる気持ちは理解できる。
だが害悪な慣習は別だ。無関係の、罪もない人を犠牲にするのは間違っている。かつてテスカトリポカを崇拝するカルト教団は、無関係な者を生贄と称してアラガミに捧げていた。もちろん早急に討伐に向かったが、死んだ人間は帰ってこない。
殺人鬼に既視感を覚えたのは、最初に知った時からだ。
無差別な被害者と、犠牲を積み上げる加害者。
殺し続けて、その先に何を求めるのだろう。想像もできないが、きっと彼らにしか理解できない希望があるのだ。それが救済なのか保身なのかは知らないが。
だがもしかしたら、ただの殺人鬼かもしれない。アラガミとは無関係の快楽主義者かもしれない。
わかってはいるが、他に目ぼしい情報がないのが現状だ。外れだったら、その時また一から探せばいい。
さっそくポケットから薬を取り出す。超視界錠──服用するとアラガミの現在地を割り出せるという、理屈はわからないが便利な薬だ。一錠15秒しか持続しないという欠点はあるが、ターミナルの予備は無限と表示されていたので乱用しても平気だろう。
そう、この時代にもターミナルがあるのだ。都合良くマッケンジー宅に、ではなく、なぜか私の左腕に。
ゴッドイーターの右腕には共通して赤い腕輪が嵌められている。その正体は偏食因子注入装置だ。効果だけ言えば、ゴッドイーターのアラガミ化を防ぐアイテムである。皮膚と融合しているので人力では外せず、神機使いで小型化を望まない者はいないくらいゴツい。
それが左腕にもあるのだ。こちらは緑色だったが、カラーリングに文句はない。だがサイズはどうにかならなかったのだろうか。いつでもどこでも装備やアイテム補充ができるのは便利だし、戦闘に支障はないのだが、虚空から個室が出現するので使用場所を選ぶし、私生活では邪魔で仕方ない。
これで何度食器を倒したことか……夫妻は「このくらいで謝らないで」と言ってくれるが、きちんと謝意を伝えたいものだ。
最近はお金を稼いで宿泊費を渡そうか本気で考えている。働いてもいいし、換金場所があれば何か売ってもいい。幸いアイテムはいくらでもあるのだから。
というわけで、無限分の一錠を消費する。
すると──
「小型のアラガミ反応……!」
方向的に今の仮住まいである夫妻の住居がある方だ。
まさか、と顔が強張る。そんな偶然があるものかと否定するが、不安は消えてくれない。
嫌な予感を振り切るように、走る。
次の超視界錠を飲み込んで、走る。
「……破壊されてない?」
見たところマッケンジー家に捕食の跡はない。だがアラガミの反応は確かに、この家から出ているのだ。
玄関前でターミナルから神機を掴み取り、そして突入した。
「あら、どうしたの?そんなに慌てて」
私は目を疑った。ついに目視で捕捉した反応は、まるで家にいるのが当然のように、ダイニングテーブルで食事していた。まだ湯気が昇るシチューを食べようと、中途半端に口を開けたまま、顔をこちらに向けて。
「また拾い物をしたのか?しかし困ったな、そんな物見たことも聞いたこともないわい」
二人の無事に安堵したくても、神機を見られたことに焦りたくても、衝撃が体を拘束する。
「ああそうだ、あなたにも紹介しなきゃね」
マーサさんは言った。
心底嬉しくてたまらないという風に、満面の笑みを浮かべて言った。
「この子は孫のウェイバーよ。二人共仲良くしてね?」
「ん、よろしくな」
こちらこそ、なんて返せるわけがなく。
力なく神機を下ろし、呆然と呟いた。
「人型の、アラガミ……」