かつて極東には聖杯戦争があったらしい   作:つどい

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誤字報告いつもありがとうございます!

オチが決まったので辻褄が合わない部分を修正しました。
単語レベルの変更なのでストーリーは変わってません。



常用薄明

 

 借りたビルの一室で、切嗣は煙草を吹かしていた。

 窓の外は冬木の商店街が並び、帰宅中の市民が出歩いている。しかし切嗣の視線は、とある中華料理屋に固定されていた。

 

(随分慎重なマスターだ……)

 

 切嗣はいつも以上に警戒していた。

 アイリスフィールの重大な秘密──アインツベルンと自分しか知らないはずの情報を、あのサーヴァントは知っていた。悪逆非道なキャスターに一撃入れたのは見ていて小気味良かったが、それとこれとは話が別だ。

 

 しかし情報源であろうマスターは昨晩の戦いに姿を見せず、こうしてサーヴァントを尾行しているが、一向に現れる様子はない。しかもサーヴァントは時折追跡に気づいているかのように振り向くため、切嗣は逃走ルートの確保を入念に行う羽目になった。

 

 やはり今の自分は、九年前の衛宮切嗣より劣っている。こんな調子で聖杯戦争を勝ち抜こうなどと思うのは、見込みが甘い。

 

 もっと冷徹に。もっと冷酷に。もっと冷血に。

 

 どうして聖杯の奇跡に縋った?

 お前の覚悟はその程度なのか?

 

 ──違う。断じて否だ。

 

 アイリを犠牲にするのだから、失敗は許されない。

 こうしている間も、どこかで悲劇が生まれている。

 

 深く息を吸い、煙を吐き出す。

 煙草の味と部屋に漂う臭いが、切嗣の時間を巻き戻していく。

 

 その一本を吸い切る頃、外に変化が訪れた。

 

(あれは言峰綺礼……?どうして奴がここに)

 

 人知れず異端を闇に葬る代行者。魔術師でもないのに聖杯に選ばれた人間。

 

(偶然にしてはタイミングが良すぎる。この店で合流する予定だったのか?)

 

 だとしたら、マスターは暫定的に言峰綺礼と考えていいだろう。そしてあのサーヴァントのクラスは、おそらくバーサーカーだ。

 消去法で間桐家のサーヴァントがアサシンとなるが、アサシンであれば戦場に出てこないのも頷ける。漁夫の利を狙って息を潜めているのだろう。

 

 肝心の「マスターがどこでアイリの秘密を知ったのか」だが、マスターが言峰綺礼であれば、その答えは聖堂教会にあるだろう。聖杯戦争の監督役である言峰璃正は綺礼の実父だ。隠れて手を組んでいてもおかしくない。

 

 とはいえ、同盟関係にあるのは親子だけではないだろう。

 

(教会に仕掛けた監視カメラの映像……言峰のサーヴァントとライダーは親しげだった。もしライダー陣営とバーサーカー陣営が組んでいるなら、セイバー一人では勝算は低い。やはり当初の作戦が有効だろう)

 

 セイバーとアイリを囮に、切嗣と舞弥がマスターを狙う戦法だ。サーヴァント同士の尋常な勝負など以ての外。切嗣が挑むのは確実に勝てる勝負だけだ。さらにライダーとランサーが同盟を組むかもしれない以上、セイバーを当てにした真っ当な勝負に挑む気はさらさらない。

 

(それにしても、ランサーのマスターは何を考えているんだ?)

 

 同盟に二つ返事を返したこともそうだが、彼はランサーを市民の避難に向かわせ、その隙に妻と協力者を川に沈めていた。

 聖杯戦争中──さらに魔術師とくれば、死体は通常の手順では回収されないだろう。それを狙っての犯行だろうか。それとも、ただ口封じで殺したのか……。

 

(……どちらにせよ予想の範囲を出ないか。手間が省けた、くらいに捉えておこう)

 

 綺礼が入店してから五分、十分と時間が経過する。

 今度店内に盗聴器でも仕掛けるか、と考えながら、切嗣は張り込みを続けた。

 

 

 

 

 

 英霊の座に時間の概念はない。だから未来の英雄が過去に召喚される可能性も、ゼロではない。

 

「だが座からそのまま送り出されることは稀だ。多少は修正力が働くとはいえ、安易に喧伝すれば未来を大きく変えるやもしれん。ゆえに安全装置が掛けられるのだ」

「安全装置……?」

「豺狼は疾く完食せよ」

「ハイ」

 

 黙々と麻婆豆腐を食べるリーダーに、アーチャーは愉しそうな笑みを浮かべた。桜が僅かに頰を膨らませるが、残念ながら効果はない。

 

「綺礼、貴様は知っておろう。今朝方、時臣めに話していたアレだ」

「その前になぜお前がここにいる。当然のように座っているが師の護衛はどうした。単独行動のスキルを持て余しているのか?」

「遠慮はいらん。申してみよ」

 

 遠慮じゃないんだが。

 その顔を掴んでリーダーの麻婆豆腐(二杯目)に突っ込んでやろうかと思った綺礼だが、なんとか持ち前の精神力で耐えた。相手はかの英雄王、そして綺礼の本質を初対面で見抜くほどの観察眼を持っている男だ。何が逆鱗となって殺されるか、片時も油断ならない。

 

 そんな王の言葉に逆らえばどうなるか、綺礼もなんとなく想像がつく。

 冷水を飲み込んで衝動を抑え、そして口を開いた。

 

「……知識だ。他のサーヴァントには現代の知識があるが、彼女は違うのだろう?」

 

 アーチャーの望む回答だったのか、口の端が釣り上がる。

 しかし納得がいかない。

 

「逆ではないのか、と言いたげな顔だな」

「当然だ。未来の──彼女からすれば過去の記憶は知らなくてもいいが、召喚された時代の知識は必要だろう。現に市民が参加するバザーで金丹を売っていたんだぞ」

「その節はご迷惑をおかけしました……あのおじいちゃん、見つかりましたか?」

 

 完食したリーダーが心配そうに尋ねるが、綺礼は苛立ちを隠すように目を伏せた。

 

「まだだ。調べようにも、今は人探しどころではないからな」

 

 オーバーテクノロジーの行方不明と、冬木を襲った凍結。どちらも元凶は同じなのだが、そこは言葉を飲み込んだ。今は未来の英霊の正体についてだ。そう、きちんと区別しなければ──

 

「……やはり金丹はやりすぎではないか?」

「フン。一人二人不老不死になったところで()()()()()

「さすが古代の王様は心が広いようで」

「その不遜な態度、死に値する──が、先の着眼点に免じて恩赦を与えよう。加えるなら、安全装置とは記憶の封印だ。余計なものを忘れ、知識を得て召喚されるのが道理というもの」

 

 だが、とアーチャーはリーダーを見据えて言った。

 

「お前の記憶と知恵は、()()している」

 

 ──反転。

 知るべきを知らず、忘れるべきを覚えている。

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 沈黙を破ったのは、話についていけてない当人だった。

 

「あの、聞けば聞くほど私達の立場がイレギュラーになっていくんですが……」

「まだ食べ足りないか。三杯目を頼むとしよう」

「うわぁこの人すごい食べさせようとしてくる……もういらないです。あ、ご馳走様でした」

 

 アーチャーが手を挙げるが、店主には空の器を下げてもらい、おかわりは遠慮する。満腹度的にはまだまだ食べられそうだったが、今日のリーダーは持ち合わせに余裕がなかった。

 底なしの食欲を満たす金額自体は持っている。だが大金を持ち歩いてはいけない、というグレンの教えを、リーダーは律儀に守っていた。

 

「反転してるとして、原因は何なの?」

「英霊を英霊たらしめるものだ。だが欠けていれば今のお前は存在せず、ゆえに誕生の(しるべ)となる」

 

 綺礼もリーダーも、アーチャーが何を言っているのかわからない。

 

 だが漠然と、嫌な予感がした。

 

「何を……私達の何を知ってるの?」

「我は教師ではない。何でも答えると思うな」

 

 人を不安にさせておきながら、アーチャーは呆れ顔で質問を躱した。

 だが気が変わったのか、突然「一つ教えてやろう」と酷薄な笑みを取り戻す。

 

「それだ」

 

 急にソレと言われても、何のことだかわからない。

 眉を曇らせるリーダーに、アーチャーは笑みを深めた。

 

()()と言うが、貴様は誰を数えている?」

 

 皆出歩きたくないのか、店内は四人以外客はいない。

 個性的な店長も、聞こえていないのかシンクから顔を上げない。

 

「だれ、を……」

 

 口から零れ出た言葉が弱々しくて、リーダーは自分で驚いた。

 

 未知には好奇心と恐怖が付き物だ。自分の世界が安定している時ほど、人は変化を恐れる。

 しかし一度知りたいと、知るべきだと思ってしまえば、もう耳を塞ぐことはできなかった。

 

 いつから変わっていたのか、答えが出ない。

 だが一つだけ、鮮明に思い出せることがある。

 

 言葉では止められなかった、あの川辺での後悔。

 

 

 ──私達の言葉じゃ、届かないのかな。

 

 

 セイバーの否定も届かなかったという点では同じだが、あの時のリーダーは"制止の言葉"という意味で、キャスターに伝わらないことを悔いていた。

 

 そしてあの場には、キャスターを説得する者は自分以外いなかった。

 

「うっ……」

 

 ズキン、と頭に痛みが走る。

 何か思い出せそうな気がするのに、手を伸ばした先の霧が晴れない。

 

「名を忘れている?そうではない。個々の名は存在意義を失ったのだ。誰も呼ばぬ名など、忘却されるが世の定め」

 

 アーチャーは凄惨な笑みを浮かべた。

 

「この程度ならば教えてやる。あらゆる世界線の"人類を救ったフェンリルの英雄"の集合体──それが貴様の正体だ」

「……ぁ」

「その体も魂も、限定的に表層に現れているに過ぎん。枝分かれした選択の数だけ性別も口調も異なり、業績の一致のみが錨の役目を担うのだ」

 

 ようやく思い出した。

 要は平行世界の自分が何千何万と集まって、全員で一つの体を共有しているのだ。次に召喚される時は、きっと別の世界の極東支部第一部隊の隊長(自分)が表に出るのだろう。

 

 やっと気づいたか、と誰かに言われた気がした。

 

「……気づかないよ」

 

 既に死んでいて、体には数え切れない意識が眠り、自他共に名前は忘れられ、今の体で召喚されることは二度とないかもしれない。

 

 それでも。

 

「窮屈そうだなぁ……」

 

 それでも、リーダーは落ち着いていた。

 確かに衝撃的ではあったが、ヒステリックに取り乱すほどではない。むしろ自分だけの問題なら、どうでもいいとさえ思い始めていた。

 

「でも『人類を救った』は言い過ぎだよ。ノヴァを倒せたのはみんなのおかげで──」

「貴様だ」

 

 最後まで言い切らないうちに、アーチャーは言った。

 

「貴様が倒したのだ。今更どう繕おうと、人理にはそう記録されている」

「……そう、みたいだね」

 

 脳内に情報が溢れる。

 サーヴァント、マスター、英雄達──聖杯戦争。

 

「待て、ノヴァとは何だ?人類に何が起きる?」

 

 情報収集というより、起こりうる不幸を知りたくて尋ねた綺礼だったが、事情を知っているらしいアーチャーは「我が教えることではない」と席を立った。

 

「待って、まだ知りたいことが──」

「思う存分喰らえ、人類の救世主よ。食材でも多少は腹の足しになる」

 

 アーチャーはそう言い残すと、そのまま店を去った。

 

「……行っちゃった」

 

 外は薄暗く、星が瞬き始めている。

 子供は家に帰る時間だ。

 

「桜ちゃんはそろそろ帰ろっか」

「………………うん」

「渋るなぁ。家まで送るから、元気出して?」

 

 苦笑するリーダーが会計に向かうと、桜も雛のようについて行く。ひょっとして時臣師より懐いているのでは、と綺礼は共謀者の悲運を嘆こうとした。

 

 そして帰るかと思いきや、ドアを通るところでリーダーが振り向いた。

 

「神父さん」

「……なんだ」

「明日、教会に行きます。早朝の懺悔ってやつ、一度やってみたかったんですよね」

 

 ではまた明日、と手を振って、今度こそ外に出る。

 誠実な人は駆け引きが下手らしい、と綺礼は思った。

 

 

 

 

 

「……リーダーさん」

「ん?」

 

 おんぶした桜に呼ばれ、首を少し回す。

 すると小さな手が囲いを作り、秘密の空間を生み出した。

 

「わたし、忘れないよ。リーダーさんのこと、ぜったいに忘れない」

 

 子供特有の直感で、不穏な空気を感じ取っていたのだろう。それでも恐れず、こうして心配してくれている。

 リーダーは胸の奥が温かくなったのを感じながら、ありがとう、と微笑んだ。

 

 

 

 

 

 そんな二人を、遠巻きに尾行する影が一つ。

 衛宮切嗣である。

 

(あの少女はバーサーカーに懐いている。そしてバーサーカーに拒絶する様子はない。なら、人質として使えるだろうか。火に油を注ぐことになるか、弱体化してくれるか……経歴を見る限り言峰綺礼(マスター)は切り捨てそうだが、バーサーカーが暴れれば手綱を取るのは難しいはず。一応マークしておくか)

 

 一定の距離を置き、男は漆黒のコートを翻す。

 少女すら駒に組み込み、姉妹のような二人を引き裂かんと企む。

 

 ──全ては、確実な勝利を掴むために。

 

 

 

 

 

 そんな不審者を、遠巻きに見つめる影が一匹。

 蟲である。

 

 映像の送り先は間桐雁夜。魔術を忌み嫌う男は桜を心配し、蟲を使って見守って(ストーカーして)いた。

 

(あいつ、桜ちゃんのこと尾けてないか……?)

 

 魔術とは無縁の世界にいた雁夜は、たった一年でマスターに選ばれるまでに至った。

 しかしその代償は重く、おかげで髪は白くなり、顔半分は化け物のように引き攣り、左半身は満足に動かせなくなってしまった。残された余命は両手で数えられるほどだ。

 

 だが後悔はしていない。

 時臣への復讐と桜の解放は、数日あれば十分だ。

 

 何を考えているのかわからないが、臓硯はまだ帰ってこない。何の音沙汰もないのを察しているのか、桜は昨日一昨日と遊びに出かけ、リーダーさんという友達を作っていた。

 怪しい液体を桜に飲ませた時は発狂しかけたが、彼女は雁夜が知る魔術師とは異なり、人命を尊重できる人間だった。中華料理屋でも、使い魔のフォルム的に店内への侵入は憚れたが、軒先から眺めるだけで仲が良いのがわかった。

 

 決着がついた後、隣にいるのは自分ではない。幼馴染を奪った時臣でもない。できれば彼女のように優しい人と、魔術と無関係なところで幸せになってほしい。

 

 だからこそ、この使命は誰にも渡さない。

 

「……桜ちゃんは俺が助ける」

 

 後がない男が動き出す。

 ──全ては、少女と復讐のために。

 

 




生死未定のキャラはアンケートを取ることにしました。
選択肢ふわっふわで申し訳ないのですが、参考にしたいので皆さんの意見をお聞かせください。

雁夜おじさんはどうなる?

  • ハッピーエンド
  • 原作通り
  • 原作より悲惨
  • どれでもいい
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