かつて極東には聖杯戦争があったらしい   作:つどい

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ライダーが初対面で実体化したワケ


ウェイバー・ベルベットの転生

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

 ウェイバー・ベルベットは深く長いため息をこぼした。

 

 昨日は散々だった。昼間はショッピングモールに連れ回され、夜は遅くまでゲームに付き合わされた。就寝中もライダーの過去を夢に見て、熟睡できなかった。

 精神的にも肉体的にも、疲労がたまっていたのだろう。外はすっかり明るく、白日の光に照らされている。

 

 だがウェイバーを憂鬱にさせるのは、それだけではなかった。

 

「また夜更しか?早寝早起きせんと大きくなれんぞ。ま、そのままでも可愛げはあるが、お前より背が高い誰かさんは早起きしてとっくに出かけたよ。ここは一つ、生活習慣を見直したらどうじゃ」

「今日は図書館でお勉強ですって。最近アルバイトも始めたみたいだし、健気な子よねぇ。まだご家族も見つからなくて、寂しいでしょうに……この前も部屋を覗いたら、拾ってきた剣に話しかけてたわ」

「本当は心細いんじゃろうなぁ……それはそれとして、今度カウンセラーでも紹介してやるべきかの?」

 

 催眠が解けた様子はない。

 だというのに、二人揃ってただの居候にかまけるのだ。

 

「ウェイバーちゃん、もしあの子が困ってたら力になってあげるのよ?」

「……ん」

 

 返事も有耶無耶に、薄いトーストを噛みちぎる。

 自分で塗ったマーマレードは、甘くて苦かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで孫の僕より優遇されてるんだよ!やっぱ金か!?金なのか!?」

「コラ、騒ぐでない」

「いったぁ!?」

 

 不意にデコピンされ、ウェイバーは額を押さえた。

 明らかに手加減されていたが、あくまでライダーにとっては、の話だ。バチン!と大きな音を立てた一撃は、ウェイバーにしてみれば銃弾に等しい。

 

 だからといって、おとなしく黙るのも癪だった。

 

「だって明らかに僕と対応が違うんだぞ!?おかしくないか!?」

「数日の出会いでも、人と絆を結ぶには十分だ。時には数時間で事足りる」

「うぐ……」

 

 反論しようにも、ライダーはたった数分でマッケンジー夫妻と打ち解けていた。魔術を使わず、言葉を交わすだけで催眠と同じことをやってみせたのだ。

 

「……が、確かに奇妙だわな」

「!そ、そうだろ!?居候より扱いが酷いなんて何かしたに決まってる!」

「どうだろうな。少なくとも故意ではなかろう」

「なんでだよ」

 

 不満を隠さず唇を尖らせるウェイバーに、ライダーはやれやれと言いたげに尋ねた。

 

「お主はあの娘が家族の取り合いをするようなタマに見えるのか?気になる部分はあるが、ありゃ根っからの善人だろう」

「でもアイツは令呪が見えてるんだぞ?今は忘れてるだけで、他のマスターの手駒かもしれないじゃないか」

「だから思い出す前に殺すと?」

「……それは……」

 

 確信をついた言葉に、思わず口籠る。

 

 彼女が善人であることくらい、言われなくてもわかっている。

 今日は子供を拾って、一緒にケーキを作っていた。

 できない、と思った。

 何してんだ、とか、また居候を増やす気か、とかツッコむ点は色々あったのに、真っ先に「自分にはできない」と思った。

 

 彼女を否定したくなるのは、嫉妬しているからだ。

 関わった全てを背負うような生き方が、眩しいからだ。

 比較する度に、自分の幼稚さが浮き彫りになるからだ。

 

「警戒するな、とは言わん。だがあまり肩肘張ってると、見えるもんも見えなくなるぞ?」

 

 鉄橋の上は風通しが良く、ライダーの赤いマントが夜風に靡いていた。その後ろには星空が広がり、まるで数多の星を背負っているように見える。

 

 いや、背負っていたのだろう。

 多くの綺羅星と共に世界の果てを目指したから、彼は今ここにいる。

 

 ……その輝きに触れるほど、自分の矮小さを思い知る。

 

「……僕はずっと、自分の環境を変えたかったんだ。血統で優劣が決まるなんておかしいと思ってた。ケイネス先生に笑われても、実力で決めるべきだって本気で思ってたんだ。そうすれば、みんな僕のすごさに気づくはずだって」

 

 気づけばウェイバーは心中を吐露していた。

 開放的な空間にいるせいか、ライダーの懐の大きさがそうさせるのか……どちらでもよかった。

 

 ただ、ライダーなら。

 夢を追い続けた征服王なら、他人の夢を笑いはしないと思った。

 

「馬鹿だよな。血統を否定したって、きっと誰も僕を見ない。何もかも忘れたアイツさえ怖がって、無様に助けを求めて……。僕はちっぽけな人間だったんだ。時計塔の風雲児だなんて、所詮は妄想だった。痛い夢を見て、原因を周りに押しつけてたんだ」

 

 ウェイバーの予想は当たった。

 ライダーは馬鹿にすることも、失笑することもなく。

 

「お主、本気で言っとるのか?」

 

 ピリピリと肌を突き刺すような魔力を散らしながら、眉根を寄せて睨んだ。

 

「観察はやめだ、やめ。そんな言葉を余のマスターから聞いたとあっては黙っとれん。どれ、一つ昔話でもしてやろう。夢を見続け、叶わなかった男の話だ」

 

 ライダーは鉄筋コンクリートの上に胡座をかいた。

 

「余の来歴はお主も知っておろう。マケドニアの王となり、数々の将と戦い、世界の果て──最果ての海を目指した。余の臣下は皆、忠誠心が強くてな。共に同じ夢を見て、長い道程を駆けた。とても……とても楽しく、心躍る日々であった。

 だが余は斃れ、遠征も挫折に終わった。誰も最果てに辿り着けず、夢は潰えたのだ。……だがな、それで良かったのかもしれん」

 

 ウェイバーは目を丸くした。

 どこまでも前向きで自由奔放なライダーが、物悲しい眼差しで空を見上げているのだ。

 

「召喚されるにあたって知識を得たとき、なんとも言えん気持ちになったわい。世界は丸くて、果てなどなかった。余と部下が生涯をかけて目指したものは、つまるところ幻だったのだ。余が信じていたものはなく、残ったのは国を巻き込んだ大法螺吹きという汚名だけ。……これほど虚しいことはあるまいよ」

 

「そんなことない!」

 

 ウェイバーはなりふり構わず大声を上げた。

 

 ライダーは図書館からホメロスを盗んだ(勉強熱心だった)

 

 ライダーはTシャツを欲しがっていた(未知を知ろうとしていた)

 

 ライダーは自分で服を買った(望みを叶えた)

 

 振り回されてばかりだが、退屈な時間は一秒たりともなかった。

 そんな英雄が、大法螺吹き?

 

「幻でも、お前は本気で目指したんだろ。だから語り継がれたんだろ。きっとお前の部下は、最果てに行きたかったんじゃない。お前と見た夢だから叶えたかったんだ。お前は立派な英雄だよ。他のサーヴァントの誰にも負けない。僕が負けさせない!法螺吹きなんて言う奴は、僕が許さない!だから、二度とそんな顔するな!」

 

 言葉を重ねるほど、自分の卑小さに劣等感が募る。

 だが本物の光が霞むのに比べたら、些細なことだった。

 

「なんだ、わかっておるではないか」

「……へ?」

 

 先程までの悲壮はどこへやら、ライダーはいつもの調子で言った。

 

「お主の妄言とて、無意味ではなかろう。いや、妄言ではなくなるかもしれん。それをお主が信じなくてどうする。くよくよするな。前を向け。未知に挑め。お主、一体誰のマスターと心得る」

 

 ライダーは挑戦的な笑みを浮かべた。

 虚構と見栄で固められた時計塔の魔術師とは違う、戦士の顔だった。

 

「っ……僕はお前のマスターだ!」

 

 ウェイバーは立ち上がり、決意新たに令呪が宿る拳を握った。

 

 聖杯戦争に勝つ。

 賞賛のためではなく、夢のために。

 

 今度こそ、本当の風雲児になるために。

 こんな自分を励ましてくれる英雄に、勝利を捧げるために。

 

 

 

 その時、冷気が肌を撫でた。

 

 

 

「っくしゅん!」

 

 冬の夜に長居したせいだろうか。うそ寒い程度の風が酷く冷たく感じて、ウェイバーは両腕をさすった。

 

 今から三十分前のこと。聖杯戦争が始まってすぐ、宣戦布告としか思えない魔力の波が冬木を馳せた。

 そこで神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)で鉄橋に陣取り、発生源たる河口付近を観察したのだが──戦況は硬直状態だった。

 

 対峙するは二騎のサーヴァント。片方は奇妙な魔物を召喚し、片方はそれを槍で捌いていた。

 魔力が尽きれば槍使いが優勢になるかと思いきや、一向にその様子はなく、二人は他に誘われてきたサーヴァントが出るまで沈黙を貫くことにしたのである。

 

 だがようやく、戦場に変化が訪れた。

 

「マスターよ、戦局が変わったようだ」

「!」

 

 どちらか魔力切れを起こしたのだろうか。

 ウェイバーは緊張を胸に双眼鏡を覗き、そして発見した。

 

 距離を取り、二本の槍を構えるランサー。

 その隣に、新たな人影があった。

 

 見覚えのある人影だった。

 

「なっ……なんでアイツがいるんだよ!?」

 

 思わず橋身を乗り出すウェイバー。

 しかも外灯だけではおぼつかないが、身長ほどの大剣を持っているように見える。

 

 英霊の戦場に人間が加わるなど、命知らずにも程がある。もし筋力がEランクだとしても、人間の頭蓋にヒビを入れる程度、サーヴァントには片手で十分なのだ。まして槍使いとなれば、パワーでもスピードでも太刀打ちできるはずがない。

 

「どうするんだよ、ライダー……!」

 

 だが歴戦の武人は腕を組み、静かに動向を観察していた。

 

(そうだ、冷静にならないと……アイツだって無策で挑むような馬鹿じゃない。……けど、)

 

 昨日のショッピングモールでのこと。少し目を離した隙にいなくなったリーダーは、フードコートで見つかった。

 

 理由を問えば、彼女は真剣な顔で言った。

 新都の街並みを一望できる窓際の席で、

 

「楽園だね」

 

 と、両手にソフトクリームを持ちながら。

 

(あれどっちも同じ味だったよな……)

 

 悪い奴ではない。馬鹿というわけでもない。

 けれど何かがズレている奇人、というのが、ウェイバーから見た人物像だった。

 

 三人は何か言葉を交わしているようだが、さすがにライダーでも聞き取れないらしい。

 この後の展開を、ウェイバーはレンズ越しに見守るしかなかった。

 

 最初に動いたのはランサーだ。槍の切先をもう一騎のサーヴァントに向け、独特の構えを取る。

 すると魔物の召喚が再開し、ヒトデのようなゼリーのような大群が二人に襲いかかった。

 

 死ぬ──。

 来たるべき凄惨な光景を想像し、ウェイバーは目を瞑った。

 

「よく見ろ。誰も死んどらん」

「っ……ぇ…………は?」

 

 恐る恐る目を開き、次第に大きく見開く。

 そこにはランサーに庇われるでもなく、魔物から逃げ出すでもなく──自ら斬り倒すリーダーの姿があった。

 

「なんでサーヴァントでもないのに戦えるんだよ!?」

「なんでも何も、サーヴァントだからだろう」

「は…………?」

 

 平然と言ってのけるライダー。

 だが記憶喪失の居候が英霊だなんて、予想も想像もできるはずがない。ウェイバーは混乱の最中、湧き上がる疑問を投げかけた。

 

「サーヴァント……?じゃあ一昨日連れて来たアイツがマスターなのか?」

「いや、朝方確認したが、奴の右手から令呪が消えていた。いかに単独行動のスキルがあろうと、ここまで長くは現界できまい」

「消え……え?」

「はぐれサーヴァントになったか、新たな主を見つけたか……一戦交えたかったのう」

「待て待て!じゃあアイツのマスターは誰なんだよ!」

「わからん」

 

 ライダーはきっぱりと言った。

 

「……根拠もないのにサーヴァントだって言うのか?」

「根拠はあるぞ。あの娘からは、どうも似た空気を感じる」

「空気?魔力反応じゃなくて?」

「余は魔術師ではない。魔力云々など区別できんわ。芯の強さ、あるいは強者の余裕と言うべきか──善人ではあるが、決して性格通りの実力ではなかろう。世の中には殺気の封印に優れた暗殺者もおる。おかげで気が休まらんわい」

「その割には嬉しそうだけど……」

 

 ライダーの目は獲物を見つけた鷲のように、鋭い眼光を放っていた。

 戦いたくて仕方ないのだろう。

 

「あの槍使いも見事なもんだ。二本の槍を己の手足の如く操っておる。ありゃなかなかの達人技だぞ。だが洗練さで言うなら、あの小娘のが一枚上手だな。スピードはちと劣るが、動きに無駄がない。この短時間であの珍妙な動きを見切るとは、侮れん奴め」

「ん?あの武器、どっかで……」

 

 ウェイバーは寒気のする体を縮めながら、三日間の記憶を辿った。

 

 そして──

 

「あれ拾って来たやつじゃないか……?」

「おいおい、サーヴァントと渡り合える武器がそうホイホイ落ちてるわけなかろう」

「でも拾ったって……」

 

 反論しようとして、ウェイバーは気づいた。

 

 彼女は拾ったなど、一言も言っていないことに。

 サーヴァントの宝具は、常に見えるわけではないことに。

 

(じゃあ本当に……)

 

 だがその前に、聞かなければならないことがあった。

 

「お前、ずっと黙ってたのか?」

「応とも」

「なんで黙ってたんだ?」

「曖昧な情報をマスターに教えるわけにはいかんだろう」

 

 ライダーの選択は正しかったのだろう。

 井の中の蛙状態だった自分に伝えたところで、何かできたとは思えない。

 

 だが納得できるかは別だ。こちらは信じないが信じてほしい、など都合のいい話だが、少しくらい相談してくれてもいいじゃないか、とウェイバーは不満を拳に込めた。

 

「よし、行くか」

「え?」

「マスターはサーヴァントのステータスが見られるのであろう?それを使うなり直接問いただすなり、好きにすれば良い。やりようはいくらでもある」

 

 ライダーが腰に佩いた剣で虚空を裂くと、大きな戦車(チャリオット)が現れた。

 二頭の神獣、飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)が牽引する神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)。征服王が騎乗クラスに適性を持つ所以たる武具を前に、ウェイバーは大きく深呼吸をした。

 

 悔いている場合ではない。

 今はただ、勝利に貪欲になろう。

 

「準備は良いな?」

「ああ!」

 

 やる気は十分。負ける気など、毛頭ない。

 主とそのマスターを乗せ、戦車(チャリオット)が月夜を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントの攻防が注目される中、闇夜に紛れて一人の魔術師が嗤った。

 

「遊び気分で参加するとは、舐めた魔術師がいたものだ」

 

 足元では液体が渦巻いては落下し、まるで意思を持つように流動する。

 

 

 聖杯戦争の火蓋は切って落とされた。

 様々な思惑が交錯する中、一騎当千の英雄達は殺し合う。

 

 

 

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