「はぁぁぁぁぁぁぁ………」
ウェイバー・ベルベットは深く長いため息をこぼした。
昨日は散々だった。昼間はショッピングモールに連れ回され、夜は遅くまでゲームに付き合わされた。就寝中もライダーの過去を夢に見て、熟睡できなかった。
精神的にも肉体的にも、疲労がたまっていたのだろう。外はすっかり明るく、白日の光に照らされている。
だがウェイバーを憂鬱にさせるのは、それだけではなかった。
「また夜更しか?早寝早起きせんと大きくなれんぞ。ま、そのままでも可愛げはあるが、お前より背が高い誰かさんは早起きしてとっくに出かけたよ。ここは一つ、生活習慣を見直したらどうじゃ」
「今日は図書館でお勉強ですって。最近アルバイトも始めたみたいだし、健気な子よねぇ。まだご家族も見つからなくて、寂しいでしょうに……この前も部屋を覗いたら、拾ってきた剣に話しかけてたわ」
「本当は心細いんじゃろうなぁ……それはそれとして、今度カウンセラーでも紹介してやるべきかの?」
催眠が解けた様子はない。
だというのに、二人揃ってただの居候にかまけるのだ。
「ウェイバーちゃん、もしあの子が困ってたら力になってあげるのよ?」
「……ん」
返事も有耶無耶に、薄いトーストを噛みちぎる。
自分で塗ったマーマレードは、甘くて苦かった。
「なんで孫の僕より優遇されてるんだよ!やっぱ金か!?金なのか!?」
「コラ、騒ぐでない」
「いったぁ!?」
不意にデコピンされ、ウェイバーは額を押さえた。
明らかに手加減されていたが、あくまでライダーにとっては、の話だ。バチン!と大きな音を立てた一撃は、ウェイバーにしてみれば銃弾に等しい。
だからといって、おとなしく黙るのも癪だった。
「だって明らかに僕と対応が違うんだぞ!?おかしくないか!?」
「数日の出会いでも、人と絆を結ぶには十分だ。時には数時間で事足りる」
「うぐ……」
反論しようにも、ライダーはたった数分でマッケンジー夫妻と打ち解けていた。魔術を使わず、言葉を交わすだけで催眠と同じことをやってみせたのだ。
「……が、確かに奇妙だわな」
「!そ、そうだろ!?居候より扱いが酷いなんて何かしたに決まってる!」
「どうだろうな。少なくとも故意ではなかろう」
「なんでだよ」
不満を隠さず唇を尖らせるウェイバーに、ライダーはやれやれと言いたげに尋ねた。
「お主はあの娘が家族の取り合いをするようなタマに見えるのか?気になる部分はあるが、ありゃ根っからの善人だろう」
「でもアイツは令呪が見えてるんだぞ?今は忘れてるだけで、他のマスターの手駒かもしれないじゃないか」
「だから思い出す前に殺すと?」
「……それは……」
確信をついた言葉に、思わず口籠る。
彼女が善人であることくらい、言われなくてもわかっている。
今日は子供を拾って、一緒にケーキを作っていた。
できない、と思った。
何してんだ、とか、また居候を増やす気か、とかツッコむ点は色々あったのに、真っ先に「自分にはできない」と思った。
彼女を否定したくなるのは、嫉妬しているからだ。
関わった全てを背負うような生き方が、眩しいからだ。
比較する度に、自分の幼稚さが浮き彫りになるからだ。
「警戒するな、とは言わん。だがあまり肩肘張ってると、見えるもんも見えなくなるぞ?」
鉄橋の上は風通しが良く、ライダーの赤いマントが夜風に靡いていた。その後ろには星空が広がり、まるで数多の星を背負っているように見える。
いや、背負っていたのだろう。
多くの綺羅星と共に世界の果てを目指したから、彼は今ここにいる。
……その輝きに触れるほど、自分の矮小さを思い知る。
「……僕はずっと、自分の環境を変えたかったんだ。血統で優劣が決まるなんておかしいと思ってた。ケイネス先生に笑われても、実力で決めるべきだって本気で思ってたんだ。そうすれば、みんな僕のすごさに気づくはずだって」
気づけばウェイバーは心中を吐露していた。
開放的な空間にいるせいか、ライダーの懐の大きさがそうさせるのか……どちらでもよかった。
ただ、ライダーなら。
夢を追い続けた征服王なら、他人の夢を笑いはしないと思った。
「馬鹿だよな。血統を否定したって、きっと誰も僕を見ない。何もかも忘れたアイツさえ怖がって、無様に助けを求めて……。僕はちっぽけな人間だったんだ。時計塔の風雲児だなんて、所詮は妄想だった。痛い夢を見て、原因を周りに押しつけてたんだ」
ウェイバーの予想は当たった。
ライダーは馬鹿にすることも、失笑することもなく。
「お主、本気で言っとるのか?」
ピリピリと肌を突き刺すような魔力を散らしながら、眉根を寄せて睨んだ。
「観察はやめだ、やめ。そんな言葉を余のマスターから聞いたとあっては黙っとれん。どれ、一つ昔話でもしてやろう。夢を見続け、叶わなかった男の話だ」
ライダーは鉄筋コンクリートの上に胡座をかいた。
「余の来歴はお主も知っておろう。マケドニアの王となり、数々の将と戦い、世界の果て──最果ての海を目指した。余の臣下は皆、忠誠心が強くてな。共に同じ夢を見て、長い道程を駆けた。とても……とても楽しく、心躍る日々であった。
だが余は斃れ、遠征も挫折に終わった。誰も最果てに辿り着けず、夢は潰えたのだ。……だがな、それで良かったのかもしれん」
ウェイバーは目を丸くした。
どこまでも前向きで自由奔放なライダーが、物悲しい眼差しで空を見上げているのだ。
「召喚されるにあたって知識を得たとき、なんとも言えん気持ちになったわい。世界は丸くて、果てなどなかった。余と部下が生涯をかけて目指したものは、つまるところ幻だったのだ。余が信じていたものはなく、残ったのは国を巻き込んだ大法螺吹きという汚名だけ。……これほど虚しいことはあるまいよ」
「そんなことない!」
ウェイバーはなりふり構わず大声を上げた。
ライダーは
ライダーは
ライダーは
振り回されてばかりだが、退屈な時間は一秒たりともなかった。
そんな英雄が、大法螺吹き?
「幻でも、お前は本気で目指したんだろ。だから語り継がれたんだろ。きっとお前の部下は、最果てに行きたかったんじゃない。お前と見た夢だから叶えたかったんだ。お前は立派な英雄だよ。他のサーヴァントの誰にも負けない。僕が負けさせない!法螺吹きなんて言う奴は、僕が許さない!だから、二度とそんな顔するな!」
言葉を重ねるほど、自分の卑小さに劣等感が募る。
だが本物の光が霞むのに比べたら、些細なことだった。
「なんだ、わかっておるではないか」
「……へ?」
先程までの悲壮はどこへやら、ライダーはいつもの調子で言った。
「お主の妄言とて、無意味ではなかろう。いや、妄言ではなくなるかもしれん。それをお主が信じなくてどうする。くよくよするな。前を向け。未知に挑め。お主、一体誰のマスターと心得る」
ライダーは挑戦的な笑みを浮かべた。
虚構と見栄で固められた時計塔の魔術師とは違う、戦士の顔だった。
「っ……僕はお前のマスターだ!」
ウェイバーは立ち上がり、決意新たに令呪が宿る拳を握った。
聖杯戦争に勝つ。
賞賛のためではなく、夢のために。
今度こそ、本当の風雲児になるために。
こんな自分を励ましてくれる英雄に、勝利を捧げるために。
その時、冷気が肌を撫でた。
「っくしゅん!」
冬の夜に長居したせいだろうか。うそ寒い程度の風が酷く冷たく感じて、ウェイバーは両腕をさすった。
今から三十分前のこと。聖杯戦争が始まってすぐ、宣戦布告としか思えない魔力の波が冬木を馳せた。
そこで
対峙するは二騎のサーヴァント。片方は奇妙な魔物を召喚し、片方はそれを槍で捌いていた。
魔力が尽きれば槍使いが優勢になるかと思いきや、一向にその様子はなく、二人は他に誘われてきたサーヴァントが出るまで沈黙を貫くことにしたのである。
だがようやく、戦場に変化が訪れた。
「マスターよ、戦局が変わったようだ」
「!」
どちらか魔力切れを起こしたのだろうか。
ウェイバーは緊張を胸に双眼鏡を覗き、そして発見した。
距離を取り、二本の槍を構えるランサー。
その隣に、新たな人影があった。
見覚えのある人影だった。
「なっ……なんでアイツがいるんだよ!?」
思わず橋身を乗り出すウェイバー。
しかも外灯だけではおぼつかないが、身長ほどの大剣を持っているように見える。
英霊の戦場に人間が加わるなど、命知らずにも程がある。もし筋力がEランクだとしても、人間の頭蓋にヒビを入れる程度、サーヴァントには片手で十分なのだ。まして槍使いとなれば、パワーでもスピードでも太刀打ちできるはずがない。
「どうするんだよ、ライダー……!」
だが歴戦の武人は腕を組み、静かに動向を観察していた。
(そうだ、冷静にならないと……アイツだって無策で挑むような馬鹿じゃない。……けど、)
昨日のショッピングモールでのこと。少し目を離した隙にいなくなったリーダーは、フードコートで見つかった。
理由を問えば、彼女は真剣な顔で言った。
新都の街並みを一望できる窓際の席で、
「楽園だね」
と、両手にソフトクリームを持ちながら。
(あれどっちも同じ味だったよな……)
悪い奴ではない。馬鹿というわけでもない。
けれど何かがズレている奇人、というのが、ウェイバーから見た人物像だった。
三人は何か言葉を交わしているようだが、さすがにライダーでも聞き取れないらしい。
この後の展開を、ウェイバーはレンズ越しに見守るしかなかった。
最初に動いたのはランサーだ。槍の切先をもう一騎のサーヴァントに向け、独特の構えを取る。
すると魔物の召喚が再開し、ヒトデのようなゼリーのような大群が二人に襲いかかった。
死ぬ──。
来たるべき凄惨な光景を想像し、ウェイバーは目を瞑った。
「よく見ろ。誰も死んどらん」
「っ……ぇ…………は?」
恐る恐る目を開き、次第に大きく見開く。
そこにはランサーに庇われるでもなく、魔物から逃げ出すでもなく──自ら斬り倒すリーダーの姿があった。
「なんでサーヴァントでもないのに戦えるんだよ!?」
「なんでも何も、サーヴァントだからだろう」
「は…………?」
平然と言ってのけるライダー。
だが記憶喪失の居候が英霊だなんて、予想も想像もできるはずがない。ウェイバーは混乱の最中、湧き上がる疑問を投げかけた。
「サーヴァント……?じゃあ一昨日連れて来たアイツがマスターなのか?」
「いや、朝方確認したが、奴の右手から令呪が消えていた。いかに単独行動のスキルがあろうと、ここまで長くは現界できまい」
「消え……え?」
「はぐれサーヴァントになったか、新たな主を見つけたか……一戦交えたかったのう」
「待て待て!じゃあアイツのマスターは誰なんだよ!」
「わからん」
ライダーはきっぱりと言った。
「……根拠もないのにサーヴァントだって言うのか?」
「根拠はあるぞ。あの娘からは、どうも似た空気を感じる」
「空気?魔力反応じゃなくて?」
「余は魔術師ではない。魔力云々など区別できんわ。芯の強さ、あるいは強者の余裕と言うべきか──善人ではあるが、決して性格通りの実力ではなかろう。世の中には殺気の封印に優れた暗殺者もおる。おかげで気が休まらんわい」
「その割には嬉しそうだけど……」
ライダーの目は獲物を見つけた鷲のように、鋭い眼光を放っていた。
戦いたくて仕方ないのだろう。
「あの槍使いも見事なもんだ。二本の槍を己の手足の如く操っておる。ありゃなかなかの達人技だぞ。だが洗練さで言うなら、あの小娘のが一枚上手だな。スピードはちと劣るが、動きに無駄がない。この短時間であの珍妙な動きを見切るとは、侮れん奴め」
「ん?あの武器、どっかで……」
ウェイバーは寒気のする体を縮めながら、三日間の記憶を辿った。
そして──
「あれ拾って来たやつじゃないか……?」
「おいおい、サーヴァントと渡り合える武器がそうホイホイ落ちてるわけなかろう」
「でも拾ったって……」
反論しようとして、ウェイバーは気づいた。
彼女は拾ったなど、一言も言っていないことに。
サーヴァントの宝具は、常に見えるわけではないことに。
(じゃあ本当に……)
だがその前に、聞かなければならないことがあった。
「お前、ずっと黙ってたのか?」
「応とも」
「なんで黙ってたんだ?」
「曖昧な情報をマスターに教えるわけにはいかんだろう」
ライダーの選択は正しかったのだろう。
井の中の蛙状態だった自分に伝えたところで、何かできたとは思えない。
だが納得できるかは別だ。こちらは信じないが信じてほしい、など都合のいい話だが、少しくらい相談してくれてもいいじゃないか、とウェイバーは不満を拳に込めた。
「よし、行くか」
「え?」
「マスターはサーヴァントのステータスが見られるのであろう?それを使うなり直接問いただすなり、好きにすれば良い。やりようはいくらでもある」
ライダーが腰に佩いた剣で虚空を裂くと、大きな
二頭の神獣、
悔いている場合ではない。
今はただ、勝利に貪欲になろう。
「準備は良いな?」
「ああ!」
やる気は十分。負ける気など、毛頭ない。
主とそのマスターを乗せ、
サーヴァントの攻防が注目される中、闇夜に紛れて一人の魔術師が嗤った。
「遊び気分で参加するとは、舐めた魔術師がいたものだ」
足元では液体が渦巻いては落下し、まるで意思を持つように流動する。
聖杯戦争の火蓋は切って落とされた。
様々な思惑が交錯する中、一騎当千の英雄達は殺し合う。