百代が俺たちの仲間に加わってから数ヶ月。
何故か百代はずっと嬉しそうな顔をしていた。
そう、百代にとってこの場所はもうすでにかけがえの無い場所となっている。
最近では、ルー師範代ですら百代に勝つことが難しくなっている今、百代は強者としての戦闘衝動に駆られている。
まあ、これはまったく悪いことではないのだが、一つ問題があった。
そう、誰が百代の相手をするのか?
総代であるじじいにはあまり無理をさせることはできない。
ルー師範代では勝つことも難しいので、百代が興味を示さない。
釈迦堂のおっさんでは、師弟関係という上下関係がはっきりしているため、百代も強く出れないようだ。
つまり、必然的に、こうなる。
「はははっ、もっとだ!もっと私と闘え!!!」
「……いやだ」
「ちょ!?たたかえよー…、なんだよー……」
何故かすでに闘っているような雰囲気で声をかけてくる百代に俺は一言で断る。
「バカか、百代。俺たちが無闇に闘うと、師範代たちの結界が必須になるだろ」
「……だから?」
こいつは迷惑という言葉を知らないのだろうか?
「……今日から一緒に寝るのやめるか?」
「いやー!!私たちが闘うとみんなに迷惑がかかるしな!今日はやめとこう、うん!」
「はー……、急がなくても俺たちが闘う場は用意される」
「ホントか!?」
「……来年、だけどな」
百代はそれを聞いて、歓喜の声を上げて走り去った。
内心、俺は百代に申し訳なく思っている。
来年、俺はここを出ることになるだろうから。
そんなことがあった翌日、学校。
「なあ、大和」
「なんだ、恭夜」
「なんで岳人はあんなに気持ち悪いんだろうな」
「そうだな、筋肉むき出しの姿で女子に迫ってるからじゃないか?」
「そうか、それは気持ち悪いな」
「ああ」
「聞こえてるんだよ、恭夜!ふっ、俺様の筋肉が羨ましいからって嫉妬は醜いぜ?」
誰が嫉妬するか。
俺の場合、程よく引き締まっているから大丈夫だ。
「そんなことより、恭夜がこのクラスにいることに疑問を持たないのか、このクラスは」
「あ、あの!」
「ん?」
普段、大和のクラスに入り浸っている俺はもうこのクラスの一員といっても過言ではなかった。
決して自分のクラスに友達がいないわけではない。
「川神先輩ですよね?こ、これ私が作ったんですけど食べてもらえませんか?」
「ああ、ありがとう」
頬を染めて手作りと思われるクッキーを差し出す少女。
俺が礼を言うと、周りの女子までもが叫び声をあげた。
「てめえ、恭夜。女子にプレゼントをもらうとは羨ましい!」
「ちょっと島津!川神先輩に近づかないで!汗臭いのが移るでしょ!」
女子の辛らつな一言によって真っ白になる岳人。
岳人の好感度は、ものすごく低かった。
「岳人、心配するな。いつか、遠い未来。お前を好きになる物好きな女子が現れる」
「そうだぞ岳人。いくらお前が気持ち悪くても、世界には60億を超える人間がいるんだ」
「なにこの仲間たち、容赦ねーーー!!!」
いつものように、ふざけあっていると、ふと教室の端にいる少女がきになった。
その少女は本を黙々と読んでおり、周りには誰も近寄ろうとしない。
俺は、どこか俺と似たような雰囲気を感じたので話しかけてみることにした。
「か、川神先輩。あの、そっちには行かないほうがいいです」
すると、先ほどクッキーをくれた少女が引きとめてくる。
「……なんでだ?」
「あ、あの、椎名さんは……。その……」
「おいおい恭夜。そいつは椎名菌だから移されたら大変だぞ!!」
岳人が何か意味不明なことを注意をする。
「……大和」
「あ、ああ。彼女はいじめられてるんだよ。なんでも親が淫売だとかで」
「だから?」
「だ、だから?」
「岳人も大和もそのいじめに加担していると……?」
俺のその言い方に大和は表情をこわばらせ、少しむっとした感じで言い返す。
「仕方ないだろ。あいつに関わると、俺たちまで標的にされる」
「……大和、一つだけ聞いておく」
「?」
「俺たちが、あの時親に捨てられたクズだと言われた時、どう思った」
「そりゃ……」
「俺はな、俺たち仲間は閉鎖的過ぎると思ってる。確かに俺たちの絆は誰よりも深い、それこそ家族のように、だ」
「……」
「だからこそ、俺たちは依存している。この関係に誰一人異物を持ち込みたくないと、だがそれでいいのか?」
「……わからない。でも、だからってどうしろって言うんだ!?」
「少しでも広げてみればいい。俺みたいに、家族の輪をな」
俺はそういって、椎名の下へと歩き出す。
仲間内で今のところ、一番大和が危うい。
大和は親の影響からか、友達と他人の線引きがはっきりしている。
俺たち仲間は友達、それ以外の連中は顔見知り程度にしか思っていないだろう。
もしかしたら、その考えのせいで誰かを傷つけることになるかも知れないのだから。
「なあ、一人か?」
椎名は自分に声をかけられていることすら気づいていないようだ。
「椎名」
「……?」
名前を呼んではじめて、こちらを向いた。
「ちょっと外に行こう、学校なんていつでもこれる」
「でも、授業……」
何か言おうとした椎名の手を引っ張って、教室を出る俺たち。
後ろで岳人が何か騒いでいたが無視しておく。
学校をでて俺たちがいつも使っている原っぱへと到着する。
その時、椎名から声を発した。
「……どうして?」
「なにがだ?」
「どうして私なんかにかまうの?……私のこときいたんでしょ?」
「そうだな。お前の親は淫売らしいな?」
「!?」
椎名の顔が、途端に暗くなった。
この人も、同じなんだ。
そういう顔をしていた。
「椎名、俺は本当の親を知らないからわからないんだが。親が淫売だから、お前は淫売になるのか?」
椎名は、それにすぐ否定の声をあげた。
「そ、そんなわけない!私が、あの女とおなじなわけが…」
椎名にとって母親は憎むべき対象だった。
あいつのせいでわたしがいじめられ、あいつのせいで家庭が崩壊し、あいつのせいで!
「ならお前はお前だろう」
一瞬何を言ってるのかわからなかった。
この人はいつも私たちの教室にやってくる。
なんでも、この教室に友達がいるらしい。
友達と呼べる存在がいることが、羨ましかった。
うわさで聞いたことがあるが、この人には親がいなかった。
なんて羨ましいんだろうか。
あの親がいなくなるなら、そんなに羨ましいことはなかった。
私があこがれていた少年は、初めて私に声をかけてきた。
最初は気づかなかったが、名前を呼んでくれたのだ。
このクラスの誰もが椎名菌と呼ぶのに関わらず。
それだけでうれしかった。
私の手を引いて、教室をでる川神恭夜。
よく考えたら、この行動もいじめられる原因につながりそうだと考える自分は、もうだめかもしれない。
この人は学校でもうわさになっている人だ。
あの川神百代の兄として、容姿も性格も完璧だといわれている。
そんな少年に手を引かれている私、またクラスの少女に何か言われるかもしれない。
そんなことを考えていると、原っぱについた。
ここはこの人の仲間たちがいつも遊んでいる場所だ。
私自身遠くから、見つめていたこともある。
どうして、この人は私をここに連れてきたのだろうか?
気づくと、声を発していた。
「どうして?」
「なにがだ?」
この人はわかっているはずだ。
遠くから、その会話は聞こえていたから。
「どうして私なんかにかまうの?……わたしのこときいたんでしょ?」
私の体は少し震えていた。
久しぶりに名前を呼んでくれたこの人から、親や椎名菌のことを言われるのを恐れていた。
「そうだな。お前の親は淫売らしいな?」
ああ、この人も同じだった。
私に向かって淫売の娘だといったあの少年たちと。
「椎名、俺は本当の親を知らないからわからないんだが。親が淫売だから、お前は淫売になるのか?」
その一言に対して私は否定の声を荒げた。
私があの女と同じだといわれることに我慢がならなかったから。
「なら、お前はお前だろう。親なんて関係なく、ただの椎名京だ」
「……ただの、椎名京?」
「ああ。人並みに傷ついて、人並みに怒って、泣いて。何が淫売だろうな?」
何も、違わない。
私もただの人間だった。
いくら弓術の心得があって、強かったとしても。
何度もあらぬ言葉をかけられて、心が傷ついたとしても。
普通に怒れるし、泣けるし、笑えるはずなのだ。
「……俺は。おまえが淫売だとは思わない!」
この人はこんな人だっただろうか?
私から見るこの人は、いつでも冷静で、いつでも楽しそうで。
でもどこか暗い雰囲気をもっていた。
だからこそ、私に気をかけてくれたのかもしれない。
「お前はどうだ。自分が親と一緒だと思うか?」
「そ、そんなわけない!わたしが、あの女と同じなわけが……」
「なら、違うといえばいい。もしそれでお前を傷つける奴がいたなら、俺が守ってやる」
不覚にも少しドキッとしてしまった自分がいた。
「これは自分でも思ってることだが、俺は家族には甘いからな」
「……?」
「お前も、俺の家族にならないか?京」
あこがれていた少年は、私に手を差し伸べて家族にならないか。
と、さそってくれた。
私は、ただその手を握り締めて、泣くことしか出来なかった。