川神院で今、二つの争い、決闘が行われようとしている。
一つは釈迦堂形部とルー・イーの試合。
釈迦堂の武道に対する精神が、川神院に正しくないとされ、ルーが決闘を申し込んだ。
以前から小さな諍いはあったので、こうなるのは必然だった。
皆、釈迦堂形部が勝つと思っていた。
あれでも才能の塊の人間だ。
ルーは元々才能は少ししかなく、幾年も努力を続けた鍛錬によって川神鉄心の息子夫婦を倒して師範代についた。
対する、釈迦堂は鉄心から直々の誘いを受け、川神院では鉄心以外敵はいなかった。
そんな二人が戦うというのだから、皆釈迦堂が勝つと思っていたのだ。
だが、結果はルーの勝利で終わる。
今まで見せたことの無い、酔拳を使ったルーは釈迦堂を超えていた。
その変則的な動きに釈迦堂は翻弄され、得意のリングをも攻略された。
圧倒的に完敗だった。
釈迦堂は自分が負けたことに対して、何の感慨も見せなかった。
川神鉄心は釈迦堂形部の破門を言い渡したが、釈迦堂は川神恭夜の試合を見るまでは待って欲しい。
と願い出て、鉄心はそれを承諾。
そして、もう一つの試合。
川神百代と、川神恭夜の決闘だ。
恭夜は何の感情も顔にだしてはいなかった。
この試合に応じた後、ただひたすらに部屋にこもっていたらしい。
対する百代は、まだどこかやりにくそうにしている。
相手は自分が慕っている恭夜だ。
しかも、今回は純粋な闘いとはいえない。
それぞれが背負うものをかけている、百代はまだどうすればいいか決めかねていた。
だが、そんなことは関係なく試合は進められる。
二人は相対し、開始の合図を待った。
鉄心は孫二人に対して、心配そうな顔をして。
釈迦堂は恭夜に対して、楽しそうに笑いかけ。
百代は恭夜を見つめて、何故こうなった、と。
恭夜は川神院に対して、家族達との繋がりを。
それぞれ色々な感情を交差させた、次期川神院総代の座をかけた決闘が始まる。
その場所は静かだった。
俺達の気で空気は殺伐とし、誰も声を発さない。
「東方、川神百代!」
ただ、老武神の声が響くのみ。
「ああっ!」
若き武神の決意の声も。
「西方、川神恭夜!」
一人の祖父として、孫を心配するように。
「ああ」
ただ自分の中の衝動を相手にぶつけるために、感情を閉ざす。
「両者いざ尋常に、はじめいっ!」
鉄心の声が聞こえたとき、俺と百代は同時に相手に向かって走り出す。
スピードで完全に劣っている俺は、百代の攻撃を防ぐために事前に気をまとう。
先に出された拳に対し、同じように拳をあわせる。
「「無双正拳突き!」」
気のコントロールで拳をまとって尚、パワーで押され負ける。
つくづく俺の身体能力に嫌気が差す。
百代の何倍も努力した鍛錬、百代の何倍も練習した気の扱い。
それでも同じ舞台に立つことがやっとだった。
それでも、勝った方が強者。
自分の長所である気の量を莫大に使い、釈迦堂から教わった技を繰り出す。
「…リング!」
「!?…くっ」
まさか百代も、釈迦堂の技を使うとは思っていなかったらしく、対応が一瞬遅れる。
それを気関係で観察に優れている恭夜が見逃すはずもなく、その隙をついて百代の体へ手を押し当てた。
「……いくらお前でも気を封じられたら、満足に闘えない」
「なにをっ!?」
「川神流秘儀・気封穴」
「なんじゃと!?」
その技を使ったことに、鉄心ですら驚いていた。
自身も命の危険を伴う龍封穴という全体的な力の低下とは違い、小さなリスクで気のみを封印する秘儀。
ただ、これを使用するには相手の気を上回りかつ繊細なコントロールを必要とする。
実際、鉄心が使おうとする場合百代や恭夜には使用できないだろう。
「おいおい、アイツ封穴まで使えるようになってんのか」
釈迦堂は自分とは違ったタイプの才能の塊だと思った。
たしかに恭夜は身体的に恵まれてはいない、だからこそパワーもスピードも筋力が足りないのだ。
鍛錬を続けてもそれは変わることは無かった。
それはある意味で才能が無い、といえるだろう。
だが、恭夜の場合気が圧倒的な量を誇る。
つまり誰にでも触れさえすれば気封穴で相手の身体能力を自分以下に落とせる。
そうすると、必然的に気が使える恭夜の有利となる。
それはマスタークラスといえども例外ではないだろう。
「ははっ、流石だなあ。恭夜!」
それでも百代は楽しそうに笑った。
気が封印され、身体能力の強化もできない状態だが余裕の表情だ。
百代は本当に武の申し子だった。
恭夜の気封穴を受けて尚、筋力で恭夜を上回っている。
気で強化されている恭夜を、ただ単純な力で押し返す。
「これでやっと、対等といったところか……」
「気が使えなくても、お前に負ける気がしない!」
言葉通りだった。
気を封じたといっても、スピードで負けてる以上、恭夜から攻撃を仕掛けるのは難しい。
せいぜい気を使っての遠距離攻撃か、カウンター狙いでいくしかないのが現状だ。
「……どうした、恭夜!気が使えない私にすら勝てないのか?」
認識が間違っていたとしか言いようが無い。
まったく対等なんかではなかった。
一方的に殴られ続ける俺。
最初の競り合い、リングで隙を作り、気を封じてそこから勝利を得ようと思っていたが誤算があったようだ。
「川神流、無双正拳突きっ!」
「くっ!」
それをよけることは出来なかった。
正面から直撃を受け、地面に這う俺の姿。
百代はそれを見て、落胆した表情になる。
「やっぱりか……、恭夜ですら私の相手にならないのか?」
以前負けた相手だからこそ、百代は期待していた。
あの頃から急激に成長した自分でも、恭夜なら私に勝つことが出来るかもしれないと。
だが、結果はまったく違う。
気は確かに洗練されている、でも身体は相変わらずだ。
鍛錬を続けていくうちに、それは圧倒的な差となった。
「……ふ、ふふははは!」
俺は何かが崩れていくような感覚に陥った。
百代のことも、一子のことも関係なくただこの試合を勝ちたいと。
「……なんだ?」
「ああ、百代。俺はお前が羨ましい。川神院の子として生まれ、圧倒的な才を持っているお前が!」
「……」
「だから、だからこそお前を地面に這わせたい!お前を屈服させたい!お前を見るたびに、ただ単純な戦闘を楽しみたくなる!」
「……ははっ、恭夜。お前も正真正銘川神院の人間だ。その戦闘衝動が証拠!」
最初は負けるつもりだった、俺が負けたら百代も一子も救われるのだから。
自分が、そういう風に仕組んだのだから。
でも、百代の圧倒的才能を見てその思いは吹っ飛んでしまった。
負けるつもり?
勝ったことなど一度しかないのにか。
百代も一子も救われる?
俺がそんなことしなくても救われていたんじゃないか。
百代との圧倒的な差を感じた俺は、もう自分を偽るのをやめた。
「百代、俺のことを想ってくれてありがとう」
「!?……何、突然言ってるんだ!」
「もう俺はお前たちとは家族じゃない。これに負けた瞬間からそうなる」
「……なら!じじいに頼めばいいだろう!?」
「だからこそ、俺は本気でお前を倒そうと思う。家族の繋がりを絶たない為に」
ただ一方的に俺の言葉を突きつける。
「……そんなに大事なら、なんでワン子のことを認めない!?」
俺は、川神恭夜はその質問に答えることができなかった。
結局は自分のエゴなのかもしれない。
俺と同じ思いを一子に味わわせたくなかったから。
ただ薄く笑って、気を高めるだけだ。
その気は恭夜の体内を駆け巡り、細胞を活性化させる。
「瞬間回復!」
残った気を使って、回復にまわす恭夜。
「だから俺と本気で闘え!川神百代!」
「……くっ!」
百代に向かって自分の限界を超えたスピードで迫る。
百代はどこかで恭夜に対して手加減をしていた。
自分に勝つことが出来るわけ無いとわかっていたから、恭夜を破門にさせるわけにもいかないから。
だが、恭夜の覚悟は本物だ。
どうしてこんなことになったかはいまだにわからない。
だが、この瞬間、この試合のときだけは本気になろうとそう思えた。
二人が交差するその瞬間。
百代の気は完全に封印にをとかれていた。
恭夜の気封穴は自身の気とつながっている。
瞬間回復にまわしたせいで、気はつき、百代の気も戻ったのだ。
二人が同時に拳を相手の顔に向けて放ち、同時に二人にぶち当たる。
身体的に完全におとっているほうが、ダメージはでかい。
だからこうなるのは必然だった。
「……勝者、川神百代!」
「……」
百代はその宣言を聞いて、地に倒れる。
限界だったのだろう、すぐに救護にいかせた。
「これをもって、川神百代を次期総代とし、川神恭夜を破門とする!」
「……じ、じい。一つ、約束して、くれるか?」
「……なんじゃ?恭夜」
「俺はもう、川神を、名乗らない。だ、けど…願い」
意識を失いかけ、頭が働かない状態で願いかける。
「恭夜……」
「百代と一子の、ことを…頼む。川神鉄心、殿……拾っていただいたご恩は、一生忘れま、せん」
ただ、俺の願いはこれからの百代のこと。
ここに引き取られる一子に俺のような思いをさせないこと。
それだけを願う。
「……約束しよう、御神恭夜殿」
それを聞いた瞬間俺は意識を失った。
御神の名を聞いたのは久しぶりだった。
ここに引き取られる前の苗字。
俺が捨てたはずの名。
なぜ鉄心が知っているかはわからない。
ただ、いつかは話してくれるだろう。
そのまま俺は釈迦堂のおっさんに担がれ、川神院をその日のうちに出ることになった。
百代、俺は一子にも家族を持たせたかった。
たった一人の家族を失ったあいつをほうっておくことはもちろんできない。
だけど、俺がここの養子となってからどれだけ辛い思いをしたかもわからない。
あいつなら泣いてしまうだろうから。
百代が守ってくれたら、俺はそれだけで満足だ。
こんな形でしかあいつを守れない俺は不器用なのだろうかと、ここにいない幼馴染に問いかける。
俺の思いと願いは正しく後に伝わっていく。