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「ふう……疲れたー」
日本時刻午後8時、千冬からの呼び出しを終えた一夏は自室を目指して廊下を歩いていた。
「鈴も酷いよなぁ、あんな擬音ばっかじゃわかんねえのに、分かんなかったら怒ってくるなんてよ」
千冬から呼び出される前、一夏は鈴と共にISの訓練を行っていた。しかしその指導の雑さはあまりにも酷く、セシリアがいなければ殆どの時間が無駄になるところだった。
「でも、箒の弁当美味しかったなー……昔より上手くなっててびっくりしたぜ」
そんな一夏にとって、今日唯一の幸福は箒が作ってくれた手作り弁当であった。宿題やらセカンド幼なじみの雑い指導やらでストレスが溜まる中、幼なじみが作ってくれた美味い弁当はそんじょそこらの飯屋とはくらべものにならないのだ。
「今度お礼に何か作るかー」
そう言いながら一夏は部屋の扉を開ける。
すると、シャワー室から水が流れる音が聞こえた。
「ん?シャルルはシャワーか?」
一夏はシャルルがシャワーを浴びていると思った。シャルル以外の人間が入っていたら不法侵入になるため、他のものが浴びている可能性はまずありえない。
「あ、そういえばボディーソープ切れてたな」
そう言うと一夏は浴室へ向かう。シャワーの音と扉越しにぼんやりみえるシルエット。どうやら本当にシャワーを浴びているようだ。
「えーっと……あった」
一夏は洗面台下からボディーソープの詰め替えを取り出し、シャワー室をノックする。
「おーいシャルルー?」
「い、一夏!?」
突然の声掛けにシャルルは驚いた声を上げる。
「ボディーソープ切れてるだろ?持ってきたぞ」
「あ、ちょっとま、あ!?」
ずこっ!
中から転けたような大きな音が響く。
「お、おいシャルル!大丈夫か!」
慌てた一夏は浴室の扉を開ける。
「お……お?」
「いてて……あ」
しかしそこにシャルルの姿は無かった。一夏が扉を開けたその先には、女性特有の2つの膨らみを持つ1人の金髪少女が尻もちをついていた。
「……い、いやん」
「……ここ、置いとくぞ」
「……うん」
それだけ言い残すと、一夏はボディソープの詰め替えを置いて、さっさと扉を閉める。
────────────数分後
「「………………」」
暫くしてシャワー室から上がったシャルルらしき少女は一夏と向かい合うように座る。
寝巻きの胸部には、この前までなかったはずの2つの山が膨らんでいた。
「えっと、シャルル、だよな?」
「う、うん。まあそうなる、かな?」
一夏の問にシャルルらしき少女は答える。
一夏自身、今目の前にいる少女がシャルルと同一人物であることは理解している。シャルルは実は女であり、今まで男装していた、そう考えれば、今までの不審な行動にも納得いく。問題はその理由が一体なんなのか、ということである。
「……とりあえず、何で男のフリなんかしたのか、話してくれないか?」
「……うん」
シャルルらしき少女は口を開き、事の詳細をポツポツ語っていく。
──────────────1029号室
ラウラちゃんが転校してきてから今日で数日が経った。
この数日間、俺はトーナメント戦に向けてラウラちゃんと一緒に訓練にあけくれていた。そこでうさぎのシュミレーションドローンを敵に見立てて只管連携プレイを鍛えていたわけだが……まさかこんな所でも役に立つとは思わなかったよ。ISには遠く及ばないけど訓練するには丁度いい動きをしてくれる。やっぱ天才が作るものは格が違うってことか。今度一夏達にもやらせてみよっかな、嫌がらせ的な意味で。
「もーちょっと下かなー」
「ここですか?」
「行き過ぎー、もう少し上」
「ここ?」
「んー!きくぅぅ!」
さて、そんな疲れを抱えながら、俺は楯無さんの腰をマッサージしている。何でも生徒会の仕事で腰をやられたんだとか、逃げ遅れて椅子に縛り付けられたり大変だったらしい。
昔もよく姉さん達の背中を押したっけ。いつも仕事で疲れてるからこうやってマッサージをしてたな、下手くそって言われるけど。今なら褒めてもらえるかな。
「ねえ零君、デュノア君のことだけど」
「あの子は女、でしょ?」
「あら、気づいてたの」
「寧ろ気づかない方がおかしいですよ。着替えの時とか何故か後ろを向くように言われるって一夏も言ってたし。ていうか骨格からして女の子でしょ」
「随分と詳しいのね」
「昔家族がおふざけで男装してたから分かるんですよ」
「仲良しで何よりだわー、あ、そこ」
「ハイハイ」
仲良しか……そういえば最近は喧嘩ばかりしてる気がするな。メールのやり取りでも何かと言い合いしてるし。
「ていうか楯無さんも気づいてましたよね?」
「まあねー。だってどう考えても女の子よ、流石に無理があるわよ」
「……で、その事情とかも知ってたりします?」
「これ以上は秘密♪」
だろうな。少なくともあんなイレギュラーに対して学園側も色々と動いてはいるのだろう、じゃなきゃ受け入れなんてしないからな。
ピルルルッ
「ん?なんだ?」
こんな時間帯に電話だなんて。姉さんか?それともレインか?……いや、レインならドアを突き破って直接来るか。
「あれ、一夏からだ」
端末を取り出して確認すると、一夏の名前が表示されていた。なんで一夏の連絡先を知っているかって?この前流れで何故か交換することになってしまったんだよ……あんまり深い関係にはなりたくないのに。
とりあえず出るか。
「はい、もしもし?」
『あ、零?今暇か?』
「まあ、暇っちゃ暇かな。どうしたの?」
暇だから楯無さんのマッサージやってたわけだし。
『ああ、実は大事な話があるんだ。今すぐ俺の部屋に来てくれないか?』
いつもと違って随分と真面目な一夏だ。大方デュノアが女だってことがバレたんだろう。まあ近いうちバレるとは思ったが。
「……分かった、ちょっと待ってて」
『悪いな』
ピッ
「すみません、ちょっと出ますね」
「あら?誰かさんからの呼び出しかしら?」
「秘密ですよ」
そう言うと俺は部屋から出て一夏の元へと向かう。俺も楯無さんと同じように秘密がある。
さて、一体何を聞かされるのやら。
──────────
「悪いな零、こんな時間に」
で、場面は変わって一夏とシャルルの部屋に来たわけだが……やっぱりな。
「いいよ。で、大事な話って何?」
「ああ、実はな……」
一夏が部屋の奥に目線をやる。
中では金髪の少女が椅子に座っていた。
「ど、どうも……」
「零、落ち着いて聞いてくれ……この女の子はな、シャルルなんだ」
「うん、知ってる」
「「えっ!?」」
「えっ!?……て言われても」
「いや、だって。お前知ってたのか?」
「知ってるも何も、どうみたって女の子だよ。寧ろ気づかない方がおかしいって」
「え?そうなのか?」
「あはは……バレてたんだ」
そりゃあバレない方がおかしいって。
「それで、話って何?」
「あ、ああ……実はな、シャルルについて聞いて欲しいことがあるんだ」
それから俺は椅子に座らされ、一夏とシャルル……シャルロットから詳しく事情を聞かされた。
シャルロットは父親、すなわちデュノア社の社長『アルベール・デュノア』からの命令でここに来た、狙いはやはり一夏のISの情報取りらしい(ついでに俺のも対象らしい)。
で、ここからがちょっと複雑な話になるんだが…………シャルロットはアルベールの愛人の子どもだそうだ。一夫多妻制でも無い国で何やらかしてるんだか。
2年前にシャルロットの母親が死んでその後直ぐデュノア社に引き取られた(というか連れていかれた)。それで検査したらIS適正が高くて非公式の操縦者になったとか。
父親とも数回しか会ってない上に1度本邸に呼ばれた時に正妻から『この泥棒猫の娘がっ!』って言って殴られたらしい。昔姐さんが昼間に見てたドラマみたいだ。
まあ、ここまで聞くと本妻よりも社長の方が男としてやばいか。昔姉さんが『おめーは二股するような男にだけはなるんじゃねえぞ』って言ってたけど……確かにこんな悲劇を産むぐらいなら二股なんてしない方がいいな。
で、その後フランスが『イグニッション・プラン』から除名を受けた。デュノア社は量産機のシェアが世界3位らしいが、どうやら第三世代型の開発はかなり遅れているらしい。おかげで経営は悪化、一刻も早く開発するためにシャルロットを広告塔のついでとして男装させてIS学園に送り込んだって訳だ。で、今回バレたから祖国の牢獄へ行くかもしれないらしい。流石に一少女じゃ後ろから島レベルの銃口を向けられては逃げることは出来ないか。
さて、ここまで来てなんだが…………なんかおかしくない?
だっていくら何でもリスクがデカいだろ、広告塔のために明らかに女にしか見えない奴を男装させるってどんな炎上商法だ、炎上ぐらいしか無理だろこんなの、ついでの域を超えてる。国がそんなことさせるのか普通?
百歩譲ってデータ取りのスパイならまだ分かる。ただ男装だけは意味がわからない、俺みたいなペーペーにバレてちゃ世の中の殆どの人間にばれるぞ。
…………何か匂うな。もしかしてデータ取り以外に狙いがあるのか?
こういうのは社長本人から聞き出した方が早いんだが…………絶望してるシャルロットがそんなことしてるわけないか。
うーん……本当ならこれ以上スパイと関わるのは俺の命に関わるし俺もまだ死ぬ気は無い。
「本当にいいのかよ!それで!」
「……嫌だよ、本当は。でも、もうどうしようもないよ……苦しくても……もう……」
なんて思ってたら一夏とシャルロットが何か始めていた。昔レインとマドカとエクシアちゃんと一緒に見たドラマみたいな光景にそっくりだ。確かあのドラマだとこの後2人は互いに抱き合ってベッドの中に潜って…………ってところでスコール姐さんがテレビを消しやがった。レインは顔を赤くしていたが……まあ今ならその理由も分かる。
にしてもあの後あの二人はどんな夜を過ごしたのやら、俺にはそんなのまだ早いしそんな相手もいない。
「特記事項第二十一、これで3年間はここにいられる」
「確か原則として外部の人達はIS学園内の生徒に手出し出来ないって奴だよね。よく覚えてたね?」
「勤勉なんだよ、俺は」
でも『原則』だから『例外』も存在する、法律っていうのはそういうもんだ。じゃないともしもの時に対応出来ないからな。世の中には例外が一般とかいうよく分かんないのもあるが、保険料だっけか?
「3年間の間にじっくり考えればいい……それにここには千冬姉だっているんだ。頼れる人は沢山いる」
「……一夏」
「……もう1人で抱え込まなくてもいいんだぞ」
「……ありがとう、一夏」
シャルロットは涙を流しながら笑みを浮かべた。相当ストレス溜まってたんだな。そりゃそうか、親が死んだうえに散々振り回されたんだ。泣きの1つや2つかきたいか。
一夏も随分と男っぽい所を見せている。それにまさか織斑千冬の名前を出すとは、てっきり千冬姉には迷惑かけるから無理!みたいなことを言い始めるのかと思ったよ。
「さて、俺はどうしたものかな」
数分後、一夏とシャルロットの戯れを見させられた俺は頭を悩ませながら自室に向かっていた。
とりあえずシャルロットをどうするか………… 楯無さんも学園側も動いていることだろうし、このまま黙っているのもいいが。
『……嫌だよ、本当は。でも、もうどうしようもないよ……苦しくても……もう……』
…………似てるんだよなぁ、あの顔。あの時のあいつに。
『お困りのようだねー』
「……だから、いきなりプライベート・チャンネルで話しかけないでくださいよ、束博士」
またうさぎが勝手に通信を繋げてきた。
てか何で今困ってるって知ってるんだ?
『私を誰だと思ってるんだい?監視カメラからパソコンの1つや2つ簡単にハッキング出来るんだよ?フランスのお話だって把握済みだよ』
「そりゃあ凄い、ということは妹のプライベートも?」
『オフコース』
最低だこの人。
『そんなことは置いといてさー……零君、今デュノア社に1発かまそうとか考えてるでしょ』
「……まあそうですね」
『そんなハイリスクなことして零君に何かメリットがあるの?』
確かに、ここでシャルルを助けたところで俺にはなんのメリットもない。寧ろ自分の立場を危うくするかもしれない。でも。
『でも?』
「……こういうモヤモヤしたものが晴れないの、気持ち悪いんですよ」
『へー意外と熱血だねー』
どこをどう取れば熱血と解釈できるんだ。
「……で、なんの用ですか?まさか手伝うだなんて言いませんよね」
『随分察しがいいねー、流石は(クーちゃんが惚れた)男だけあるね』
察しがいいのと男であることになんの関係性があるのやら。
「お断りします。これ以上あなたに振り回されるのも仮を作るのもいやなので」
『うーん、それは残念だなー……折角零君のためにあの会社について超特急で調べあげたのに……仕方ない、これはちーちゃんと零君の添い寝合成写真と一緒にマドっちに送るよ』
「おいちょっと待て!流石にやめろ!」
うさぎのことだからそんじょそこらの合成写真よりもクオリティの高いやつを作りかねない。もしそんなのがマドカに送られたら……これじゃあ脅しじゃないか。
『で?どうする?』
「……分かりました、聞かせてください」
『素直でよろしい』
仕方なく俺は了承した。
本当は嫌だよ?けどマドカから嫌われるのはもっと嫌なんだ。
次に続きます。