IS、零   作:歩輪気

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24話目


零、ベッド、兎、箒、春来

 ────────────研究施設

 

 この世界の何処かに存在するVTシステムの研究施設。この施設はドイツ軍の一部の者達によって、武力の増大と発展を目的として秘密裏に建てられたものであり、ここの存在を知っている者は研究に携わる一部の上層部のみであった。

 

 

 

 

 

 そして今…………

 

 

 

 

 

 

 

 グジュっ! 

 

「ひ、ひぃぃぃっ!」

 

 ズシュッ! 

 

「しーっ、騒がなくても良いのですよ? 騒いだところで誰も来ませんから」

 

 そう言うと、男は研究者の脳天に突き刺したプッシュダガーを引き抜く。同時に傷口から赤い鮮血が噴水のように吹き出し、辺りに飛び落ちる。

 

「な、なんだあれは……なんなんだ!」

「だ、ダメ! 開かない! 何故!」

 

 施設内にいる研究者達は慌てふためき、各々出口と思われる場所にかけ群がる。それもそのはず、今この施設内にでは、一人の男による『任務遂行』が行われており、既に数十名の研究者が粛清を受けていた。

 

「い、嫌だ……こんなところで死ぐっ……」

 

 扉を叩く研究者の1人の心臓部分辺りから、プッシュダガーの鋭い刃先が飛び出した。

 

「ご安心ください、私もできるだけ苦しまないように致しますので」

 

 グジュ……

 

「おっ……」

 

 男がダガーを引き抜くと、研究者は力なく膝から落ちていき、その光景を見た隣の女研究者は身体を震わせ、背中をドアに押し付けたまま男に恐怖の眼差しを向けた。

 

「な、なんで……どうして」

「どうして? それは貴方達が1番分かっているのではありませんか?」

「へ?」

「私の主から受けた依頼は、この世の禁忌を犯したもの……つまり貴方達の粛清なのてす」

「そ、そんな……」

「そんなに怖がらないでください。例え貴方がいなくなっても、この私が覚えていますから」

 

 そう言うと、男はダガーを持っていない左手で手刀を作り、振り上げて縦に軽く振るう。

 すると、女研究者は悲鳴をあげることもなく、ただ呆気に取られたような表情のまま、顔から腹に掛けてスーッと細い切れ目を作り、瞳孔を開かせた。

 

「さて、残りの方々も粛清しなければなりませんね……あと数分ですか、主もせっかちなお人だ」

 

 何がおかしいのか分からない笑みを浮かべながら、男はあおげば尊しを口笛で吹き、コツコツと靴音を鳴らしながら残りの逃走者を探索する。

 

 彼らは逃げようと抗った。しかしもう遅い。

 コードを入力しても、救助要請が届くことも、非常口のシャッターが開くことも決してない。

 

 ただ、未知の存在から粛清されるという恐怖を叫びながら、自らの運命を受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

「あ、もしもし。Sさんですか?」

 

『あら、Iさん。お仕事はよろしいのですか?』

 

「ふふ、御安心ください。もう終わりました」

 

『まあ、流石はお早い』

 

「それほどでも。それでお時間が空いてしまったので、近々2人で何処かに行きませんか? トーナメントのお話もしたいので」

 

『うーん、お誘いは有難いのですが、今回の試合、VTシステムのせいで全て中止になってしまいまして』

 

「おや、それは残念です」

 

『それに……どうやらわたし、『お名前のない人達』から狙われてしまっているようで』

 

「おやおや、あの人たちに……さては」

 

『ええ、恐らくこの子のことかと。ですので、先にその人達にご挨拶をしなければなりません』

 

「ふむ、それは由々しき事態ですねぇ」

 

『ふふふ、でもわたし、この子が舞うと思うと少し嬉しいんです』

 

「Sさんならきっとその子と美しく舞うことができるでしょう。あなたのために造ったのですから」

 

『もう、Iさんったら……それではまた』

 

「ええ」

 

 男は通話を切り、端末を胸ポケットへ仕舞うと、今しがた終えた仕事の残骸を眺めて微笑む。しかしこの微笑みには、粛清したことによる快感など微塵もこもっていない。あるのは、Sとまた会うことが楽しみという気持ちだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────保健室か医務室

 

「……んん……」

 

 目を開けると、目の前にぼんやりとした蛍光灯の白い光が映った。おまけに天井も真っ白、さっきまでいた真っ暗な空間とは大違いだ。

 多分ここは医務室か、もしくは保健室のどっちかだろう。そして俺は今、怪我でここに運ばれてきたと……ラウラとは手を離したのか。まだあの子の手を握っている感覚が残ってる気がする。マドカと手を繋いだ時みたいに柔らかい……これじゃあまるで変態じゃないか。

 

「……いっつ、やっぱり痛めてるよなぁ」

 

 俺は上半身を起き上がらせようとするも、背中に走る激痛に動けなかった。そりゃああれだけぶん殴られてればこうなるか、肉厚な装甲とライザーファングで防いでもこのザマなんだ、あれがなかったらもっと酷かっただろうよ。あ、あと瞬時加速の時にも腹辺りをやったか。最近亡国の任務をやってないせいか耐久面で衰えてきたきがする。

 

 それにしても、ラウラは大丈夫かな? VTって確か操縦者にかなりの負担をかけるらしいから、生きて帰って来れてもしばらくは動けないらしい。

 深い傷とかなければいいけど……今回の件は特にね。なんせ今まで守ってきた国の誰かさんから酷い仕打ちを受けたんだからな。そこらの奴等ならショックがでかいかもしれない。

 ま、とにかく傷が治ったら1番に会いに行こうか。一夏達にも勝ったんだ、焼きそばも作らないと。あと一夏にも弾のお礼を言うか。

 

 

 さて、

 

 

「なんだこれ」

 

 さっきから俺の右半身に何かが引っ付くような違和感がある。まるで人がくっついているような……これ人だ。

 

 バサッ

 

「…………」

 

 布団を捲ると、水色の髪のその人がいた。現生徒会長であり、国家代表でもあるあの人が、俺の体に寄り添うように寝巻き姿で寝ていた。

 

「……楯無さん、何やってるんですか?」

「んっんー、あら零君、おはよう」

 

 目を覚ますや否や、楯無さんは寝ぼけ眼で俺を見てきた。何時もの悪戯してそうな顔が今だけは緩んでいて子どもっぽい。

 

「なんでそこで寝てるんですか?」

「あら、いいじゃない別に。看病ついでよ」

 

 楯無さんは寝ぼけ眼をウインクさせた。

 

「看病って、何時間ここに?」

「そうねー、ざっと5、6時間ってとこかしら」

 

 ラウラと一緒にあそこを抜け出してからもうそんなに経つのか。随分と寝てしまったようだ。

 

「本当はケイシーさんもいたんだけどねー。2回戦で勝ち残ったチームはとりあえず表彰するからって呼び出されたのよ。本人は面倒くさがってたけどねー」

「2回戦? 試合の続きは?」

「例の件で全部中止、お陰で3年の一部からクレームが殺到したわ」

 

 それはそうだ、なんせ就活の1つとも言えるこの大会を中止にされたんだからな。俺はやった事ないからわかんないけど。あと一夏と付き合うとかいうので怒ってる人もいるか。

 

「で、その時から楯無さんはずっとここにいたと?」

「まあねー、ちょうど暇を持て余していたところだったし。こう見えてここでやれることは済ませたのよ? ちょっと残っちゃったけど」

 

 この人、生徒会長だよな? 今回の件はこの人も大忙しな気がするけど。俺に構わずそっちを優先すればいいのに。ずっとここに居させたのは悪いな。

 

「ラウラは?」

「ラウラちゃんは別の部屋で安静にしてるわ。大丈夫、命に別状はなかったわ」

「そうですか」

 

 とりあえずは一安心ってところか。しかしこの先どうするべきか、ラウラの件といい今回といいとりあえずドイツ軍はもうあれだとして、ラウラがどうなるか……最悪の場合、死んだことにして連れて行くのも考えておこうかな、姐さん達に半殺しにされるだろうけど。

 

「けど、目が覚めて良かった。あれから何度呼んでも返事してくれなかったもの。私もケイシーさんも心配したんだから」

「ご迷惑をお掛けしてすみません」

「もう、零君ったら」

 

 楯無さんは悪戯そうな寝ぼけ顔のまま、人差し指で俺の頬をつついてきた。今更だけど、この人って会った時からやけに距離が近いな。もしかしてほんとうに何処かであってるのか? けどあの時みた映像には映ってなかったし……ダメだ、引っかからない。

 

「……さてと」

 

 なんて考えていたら、楯無さんが一息つくようにそう言って体を起こし、俺を上から真っ赤に光る瞳で覗くように姿勢を変えてきた。こんな感じのシチュエーション、前にマドカから受けていたような。

 

「ところで零君、あれは一体どういう意味かしら?」

「あれ?」

「零君が気絶する前に言った言葉よ。変な約束しちゃったって」

 

 ああ、あの時のことか。

 

「……VTシステムに食われたときにラウラと話したんです。それで色々あって」

「色々あって?」

「……やっぱり秘密です」

「えーなんでー?」

「秘密ったら秘密です」

「あとラウラちゃんのこと呼び捨てにしてない?」

「本人からそう呼んで欲しいと言われたので」

 

 正直言ってもいいけど、言ったら言ったで後から色々と弄られそうだ。だから今回は言わない。

 

「んもう、意地悪」

 

 如何にもつまらないという表情で楯無さんは顔を離す。

 

「……でも、本当に無事でよかった。もう無茶なことしちゃダメよ」

 

 そう言うと、楯無さんは無人機が襲ってきた時と同じように、今度は横になった状態で俺の頭に腕を回して抱きしめてきた。

 

 なんだろう……やっぱりこの人……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────その頃

 

「先輩、零君が目を覚ましたそうッスよ」

「おう、そうか」

 

 ダルくて必要も無い表彰式を終えたオレは、フォルテを連れて零のいる部屋に向かっていた。ようやく目が覚めたかあんにゃろう、心配させやがって。

 

「……良かったっスね。先輩の声が届いて」

「声? そんなもん出してたか?」

「出てたッスよ。零君が運び込まれた時、ずっと名前を呟いてたっす」

「マジで?」

「大マジっす」

 

 オレとしたことが、無意識にやっちまってたか。

 

「大丈夫ッスよ、多分わたし以外聞いてなかったんで」

「別に友達の名前呟くぐらい聞かれても問題ねーよ」

「ものすっごい乙女な顔だったっすけど?」

「…………」

 

 ……フォルテ以外に聞かれなくて良かったぜ。

 

 ま、とりあえずは済んだことだから別にいいか。

 さて、さっさとあいつの顔を拝むとするか。さっきのことで聞きたいことが山ほどあるしよ。

 

「えーっと……あ、ここっスね」

「よし、入るか」

 

 オレは零が眠る部屋の扉を開けた。無人機の時はつい叫んじまったが、今日は大丈夫だ。

 とりあえず背中を流してやるか。久々だなぁあいつと風呂に入るのは。あ、浴場使えねえか。まあ部屋のやつでなんとか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、あーん」

「いいですって、そういうの」

「遠慮しなさんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「うわぁ……」

 

 目の前の光景にフォルテは苦笑いで引き気味の声を漏らした。いや、まさにこいつの出した答えが正しい。

 

「……おい」

 

 さて、攻めると決めた以上、ここはいっちょやるとするか。安心しろ、こちとらこういうのには慣れてんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────医務室

 

「……ここは?」

 

 零とともに光へ歩いたラウラが目を覚ますと、目の前に真っ白な天井が広がっていた。背中からは柔らかいクッションのようなヤワ心地が広がっている。

 

「目が覚めたか?」

「……教官?」

 

 ラウラが聞き覚えのある声に顔を向けると、ベッド横で腕を組んで座る千冬の姿があった。

 ラウラは上半身を起こそうとするも、あいにく全身が鉛のように重く感じているため、首を動かすのがやっとだった。

 

「ここは……医務室ですか?」

「ああ、そうだ。つい数時間前にここに貴様を運んできたのだ」

「……私は、いったい」

「それはだな」

 

 千冬はラウラに数時間前のことを説明していく。試合が終了したすぐ後にラウラが黒塊(VTシステム)に呑み込まれたこと、その状態で零のクロスライザーと戦闘を行ったこと、そして今度は彼女を助けようとした零ごと塊に呑み込まれてしまったこと、そして何故か2人仲良く手を繋いで気絶していたことを。

 

「手を……ですか」

「ああ、引き剥がそうとしても離れないから、ここまで運ぶのに苦労したんだぞ?」

「も、申し訳ございません……」

 

 頬を染めながら謝罪するラウラに呆れに近い微笑を浮かべる千冬。しかし内心は色々な意味でハラハラしていた。

 

「ボーデヴィッヒ、VTシステムは……説明しなくてもわかるな?」

「はい……」

「お前のIS、シュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムが組み込まれていた。本来ならダメージの蓄積量と操縦者の精神状態、そして本人の意思が必要条件になっていたらしいが……どうやら今回は強制的に発動するように仕組まれていたらしい」

「……私が、力を求めなかったからでしょうか?」

「恐らくな」

 

 VTシステム、それは本来、負の条件が揃った時に発動するように仕組まれているという。しかしラウラ自身が絶対的な力を求めるような考えを持っていなかった、だから今回は、彼女の意思に関係なくシステムが発動する仕組みになっていたのだ。

 

「近々ドイツ軍には委員会から強制的な審査が入るだろう。それまでは安静にしておけ」

「…………」

「しかし、ドイツ軍もやってくれたものだ。私の教え子にこんな仕打ちをするとは……今から壊滅させに行くか」

「……隊の皆は助けてやってください」

「おい、冗談だぞ」

 

 冗談に真面目に返答をしたラウラに千冬はツッコミを入れる。冗談とはいえ、千冬が本気を出せば軍1つを潰すことなど容易いのだ、と一夏が言っていた。

 

「分かっています、半分は冗談です」

「(半分は本気なのか、こいつ……)ふん、ジョークが言えるようでなによりだ」

「……教官」

「なんだ?」

「私は、どうなるのでしょうか?」

 

 ラウラは天井の光に視線を映す。

 事故とはいえVTシステムを発動させてしまった以上、ラウラには何かしらの処罰等が下るだろう。それが退学なのか、軍への帰還なのか、運が良ければこのままここに……何を言われるのか、皆目見当もつかない。が、現実に戻ってきた以上、ラウラはどのような運命も受け入れる覚悟を持っていた。

 

「何、心配するな。私がそうおめおめと奴らの好きにはさせない」

「ありがとうございます」

 

 不敵に笑う千冬の言葉に、ラウラは返した。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「はい」

「お前は何者だ?」

「……私は……

 

 わたしは、ラウラ・ボーデヴィッヒです。遺伝子強化試験体Cー0037ではなく、ラウラ・ボーデヴィッヒです。生まれた時から死ぬまで、ずっとそうあり続けようと思います」

「……随分と偉くなったものだな、お前も」

 

 まだケツの青いペーペーながらも、真っ直ぐとした眼差しで見つめながら答えたラウラに、千冬はふっと笑い、席から立ち上がる。

 

「これからもせいぜい悩みながら生きていくがいい、小娘」

 

 そう言うと、千冬はラウラに背を向けて医務室を去っていく。

 

「教官」

「なんだ?」

「……VTシステムに呑み込まれた時、私は零と話しました」

「ほう、それで?」

「……私のことを、大切な人の中に入れてくれるそうです」

「そうか」

「……こういう時、なんと言えば良いのでしょうか?」

「……『春が来た』、とでも言っておけ」

 

 それだけ言うと、千冬は医務室を後にした。

 たった1人残されたラウラは、春が来たという言葉を数回復唱した後、満足そうに微笑み、ついでに部下達にも相談しようと思ったのであった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、彼女の人生はこれからも続くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………春が来た、か」

 

 そして、今さら自分が言ったセリフが小っ恥ずかしくなってきた千冬であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

「……はぁ」

 

 学園内の学生寮の自室にて、シャワーを追えた箒は深いため息を吐きながらベッドにダイブした。

 相方と共に量産機で代表候補生2人を相手にしていたことに加えて、一夏と零達の試合の観戦中に発生した謎の事故によって、箒は彼らの安否を気にしつつ観客の避難を行うことになった。そのため、彼女の疲労はピークに達していた。

 

「……負けたぁ」

 

 枕に顔を埋めて箒は吐きだした。

 今回の大会で、箒は一夏からのエールを胸に勝負を挑んだものの、まさかの初っ端から知り合いの専用機タッグとやり合うことになるなど予想外だった。

 当然そうなれば勝つ確率など低いも同然で、結果は鈴をあと数歩で堕とせたというものになった。いや、むしろ量産機でそこまで攻め込めたのは賛美に値することである。

 

「…………こんなものを貰ってもな」

 

 箒は仰向けになり、ポケットから手のひらサイズの入れ物を取り出し、電灯の光に被せるように上へかかげた。

 この入れ物の中には、箒が試合で使用・破損させた葵の刃先が収められており、大会関係者から専用機相手に奮闘した努力賞として授与された物だ。

 

「……もっとやるしかないのか」

 

 そう吐き出していると、

 

『箒、いるか?』

 

 突然、扉の外から1人の男の声が聞こえてきた。この学園に男は2人しかいないため、箒はすぐさま声の主を誰か察し、慌てて起き上がる。

 

「い、いい一夏か? ど、どうしたんだ?」

『いや、ちょっと通りかかったから話でもしようと思って……いいか?』

「ああ、少し待っててくれ」

 

 箒は着崩れた寝巻きを正し、大急ぎで部屋の扉まで走り、慌てずにゆっくり扉を開けた。

 

「よぉ、元気か?」

「う、うむ……」

 

 開けた先には、何故か今から風呂場に入りに行くような着替えとその他一式を脇に抱えた一夏が立っていた。が、今の箒にとっては風呂のことなどどうでもよかった。

 

「ど、どうした? 話って」

「ああ、トーナメントのことでな。とりあえずおめでとう。鈴とセシリアとの試合、凄かったぞ」

「そうか、ありがとう……」

 

 何ともない会話のはずなのに言葉が続かない。ついこの間までの2人なら、この程度の会話などどうとでもなかったのに。

 

「……あのさ」

「な、なんだ?」

「この前言ってたあれ……買い物に行くって約束しただろ?」

「覚えていたのか(買い物じゃないのだが……しかも私は初戦敗退だ)」

「……良かったら今度行こうぜ。実はさっきクラスの子が話しててさ、臨海学校で水着が必要になるって。それで俺、水着とか家に忘れたからよ。箒が良ければ一緒に買いに行きたいなーって」

「え……わ、私でいいのか?」

「ほら、箒には飯おごって貰ったり世話になってるからさ。たまには何かお礼でもしたいと思って」

 

 一夏からの告白に箒はしばらくの間、電源の落ちたロボットのように、ポーズを取ったまま固まった。

 まさか鈍感オブ鈍感の幼なじみからこのような誘いを受けるなど、夢には描いていたものの、現実になるとは思わなかったからだ。

 

「……」

「箒?」

「……へ? あ、いや、その」

「もしかして忙しいか?」

「いや、忙しくないぞ。ちょうど私も水着がなくて困っていたのだ。何時でも行けるぞ」

「お、そうか? じゃあ今度の週末に行こうぜ!」

「あ、ああ」

 

 それだけ言うと、一夏は手を振ってその場を去り、大浴場へと向かって行った。

 

「………………」

 

 しばらくして箒は扉を閉じ、ゆらゆらと歩いて再びベッドへとダイブする。

 

「…………一夏と、買い物……」

 

 そう呟いた次の瞬間、箒はシーツを抱きしめながら何やら悶え始めた。恋する乙女の一時、今はそっとしておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巻紙くーん? 起きたー? 実は山田先生から連絡で、男子の大浴場の使用が今日から解禁され…………えぇぇぇ!?」

 

「榊原先生、こんばんわ」

 

「こ、これは一体……」

 

「なんか2人とも急に暴れ始めて、気づいたらこの有様で」

 

「……なんでサファイアさんまで?」

 

「ま……巻き込まれ事故……ッス」

 

 

 

 




この先は少し強引かも。
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