────────────────大浴場
「……来ちまったな」
「……来ちゃったね」
トーナメントの夜、山田先生に導かれるように、用意を持った俺とシャルロットは夜の大浴場に連れて行かれ、その脱衣所で二人っきりになってしまった。
これはかなりまずい。背中を向けあっているとはいえ女の子であるシャルロットと2人っきりって……鈴に見られたら殺されそう。
「……と、とりあえずさ、シャルロットが入れよ。俺はシャワーで十分だから」
「い、いいよ。ほら、一夏こそ入って。ここに来てからずっと入れなかったんでしょ?」
「え? まあ楽しみにはしてたかな」
「だったら入りなよ、僕のことは気にしなくていいから。それに僕、お風呂とか苦手だから。一夏は?」
「好きだけど」
「なら入って、僕はここで待ってるから」
「そうか? じゃあ有難く入らせてもらうぜ」
シャルロットのお言葉に甘えさせてもらい、俺はさっさと服を脱いで大浴場の扉を開けた。湯気のおかげで浴場内は真っ白に染まっていて、俺はその中を突き進む。
さて、先に汗で汚れた体を洗ってから入るか。
(まるまるカット)
……ヂャボンッ
「はぁ〜……気持ちいいなー」
一通り洗い終わった俺は、頭にタオルを乗っけて大きな湯船の中に浸かった。
数ヶ月ぶりとはいえ、湯船がこんなに気持ちのいいものだなんて。これならやっぱりシャルロットに入って欲しかったな。あ、確か風呂嫌いだっけ。
……ふぅ、今度零を誘って2人で背中でも流し合うか。今日の件のお礼もしたいし、あいつが良いって言ってくれるといいけどな。あ、あとラウラの様子も見てくか。
……ん? 今扉が開く音がしたような……そして誰かが湯船に浸かるような……気のせいか。
「お、お邪魔します。隣、いいかな?」
「おお、いいぞ……え」
突然話しかけられた俺は声のした方角に顔を向ける。
そこにいたのは、シャワーの時と同じように何も纏わないシャルロットだった。
「ちょ、シャルロット!?」
「ご、ごめんね。やっぱり入りたいって思っちゃった……迷惑だったかな?」
「いや、迷惑とかそういう訳じゃないぞ!」
俺はシャルロットに背を向けながら彼女の裸を見まいと焦る。おかしい、初めて見た時々は動揺しなかったのに。あ、あれは事故みたいなもんだからか。
「き、気持ちいいね」
「そ、そうだな! いやー久々にこんな広い風呂に入れて良かったよかった、ははっ…………は」
俺の笑い声が浴場内に虚しくこだまする。湯気のせいで乾いた声は湿気っている気がする。
それが終わると、俺とシャルロットの間になんとも言えない雰囲気が漂ってきた。湯気でぼやけているけど、シャルロットは間違いなく裸だ。
「……ねえ、一夏」
「な、なんだ?」
「背中、持たれてもいいかな?」
「……は?」
ピトッ
俺が答える前に、背中に比較的柔らかい感触が伝わってきた。女の子の背中ってこんなに柔らかいもんなのか。
「しゃ、シャルロット?」
「ふぅ、ホントに気持ちいいねぇ……温かいや」
シャルロットは背中どころか頭も持たれたようで、俺の背中に彼女の湿った長い髪が張り付いた。
「……今日の一夏、かっこよかったよ」
「え、そうか?」
「そうだよ。あの距離から相手の部位に的確に命中させるなんて」
「ああ……あれはまあ、まぐれってやつだ。それに下手したら零に当たってたかもしれないだろ?」
「それでも当てたんだから凄いよ」
あの時はただ只管自分にできることを探していたからな。それがあれだった。射撃だってセシリアとシャルロットが教えてくれたからまともに撃てるようになったわけだし、もしもあれが零に当たってたら今頃みんな……けど、あの状況を解決できる力がなかった俺には、あれ以外に自分ができることが見つからなかった。零落白夜なんて使えるエネルギーも残ってなかったし。
「一夏って、結構大胆な人なんだね」
「お、俺なんかまだまだ、千冬姉に比べたら……あの、シャルロットさん?」
「何かな?」
「いつまでこうして入ればいいんでしょうか?」
「……僕じゃ、嫌かな?」
「いや、嫌とかそういうのじゃ」
こういうのは男として緊張するというか。
「あ、ああ! そういえば、会社のことはどうなったんだ? あれから何か進んだか?」
「え? ううん、まだ何も。お父さん達も必死になって探してるみたい」
「そうか。今日の試合、見に来て欲しかったな」
「一応、調査員の人が来るって言ってたけど……やっぱり見に来て欲しかったかな。お義母さんも残念そうにしてたよ」
シャルロット、向こうの人達とすっかり仲直りできたみたいだな、良かった良かった。
それにしても、まさかデュノア社の裏であんなことが動いてたなんて……なんか、それでいいのかよとか叫んだり勤勉とか堂々と言った自分が恥ずかしくなってきた。
「……ありがとう、一夏」
「へ?」
「一夏があの時、1人で抱え込まなくていいって言ってくれたから、僕は前に進めたんだよ」
「そ、そんな……俺はただ」
助けたかった、そんなセリフを言う前に、俺の背中にまた違った感触が伝わってきた。今度は比較的どころかめちゃくちゃ柔らかい感触が……。
「シャ、シャルロット?」
「……嬉しかったんだよ。僕のために必死になってくれて、怒ってくれて……男の人からこんなに優しくされたのは初めてなんだ」
「あー、そ、そうなのか」
「……一夏」
俺の名前を呼ぶと同時に、シャルロットはさらに俺に抱きつき、柔らかいものを押し付けてきた。おっかしいなぁ、凄く緊張する。
あ。やばい、いろいろ持たない。
「一夏……僕、一夏のことが「あー! 何だかのぼせてきたなぁ! 悪い! 俺先に上がる!」え?」
俺はシャルロットからの抱擁を振り払い、体を起こしてその場から逃げるように脱衣所へ向かった。
こんな光景、箒にでも見られたら真剣で頭から股下まで一刀両断にされるな。鈴なら衝撃砲でミンチか……
ああ、そういえばさっき箒と水着を買いに行く約束しちまったけど……なんか、あいつと2人っきりで行くのはちょっと緊張するなぁ……誰かもう1人連れていこうかな。
「……もう、一夏ったら」
大浴場にただ1人取り残されたシャルロットは、さっさと脱衣所へ退散した一夏へ内心文句を言いながら、手足を伸ばして体全体を湯の中へ沈めた。
「(君って、噂通りの鈍感なんだね)」
湯気に包まれた天井を見つめながらシャルロットは心の内で呟く。
クラスメイトから聞いた話によると、一夏はIS学園に入学する以前から女子生徒からモテていたらしく、その鈍感さ故に多くの女子を泣かせてきたという。
現についさっき、シャルロットが積極的にアピールしたにも関わらず、おそらく彼はそれが好意から来るものだと気づいてはいない。
「(君は、自分の気持ちにも鈍感なのかな)」
しかしこの数週間の付き合いの中で、シャルロットは一夏のことをある程度理解していた。彼がファースト幼なじみこと、篠ノ之箒の横姿を見る目が、他の女子生徒を見る時とは違うことを。そして一夏本人がそれを無意識にやっていることを。
「……僕は、どうしようかな」
とりあえずの実家との蟠りを解いたシャルロットは、これから先をどう過ごそうか、一夏との関係をどうしようか、もし全てが終わって実家に帰れたらまず家族と何をしようか。入浴しているしばらくの間、湯の温かみを感じながら目を瞑って考えた。