IS、零   作:歩輪気

39 / 41
28話目

今回は長いです。


零、海、お話、顔面

 

 ──────────────────────────

 

「…………」

 

 ある日のIS学園。その生徒会室にて、生徒会長こと更識楯無は、机に置かれた紙媒体の資料の山に囲まれながら、投影ディスプレイのキーボードで生徒会関連の資料を作成していた。

 

「………………」

 

 普段の彼女ならここで何かしらジョークの1つでも話していそうなものだが、今はそれどころではなかった。ぶっ続けの徹夜のせいか、目は血走り、目下にはそれほどでは無いが濃い隈が出来上がっていた。

 

「……終わったぁ」

 

 そして最後の1文字を打ち終えたところで、楯無は手を組んで上へあげて、数時間ぶりに体を伸ばす。ポキポキという関節の泡が弾ける音が豪快に鳴り響き、彼女の疲労具合を部屋に伝えた。

 

「会長、お疲れ様です」

「あー、虚ちゃん。おつかれさま……」

 

 倒れるように机に突っ伏す楯無の元へ、紅茶の入ったティーカップとカップケーキを載せたトレイを持った生徒会の1人の布仏虚がやってくる。

 

「見てー、ちゃんと終わったわよー」

「どれどれ……素晴らしい出来栄えです。さすがは生徒会長」

「この程度でくたばってたら生徒会長も国家代表も務まらないわ」

「ならなんで放置してたんですか?」

「それは……まあ、ね」

「……今度からは仕事を全部終わらせてから遊んでくださいね。だいたい最近のお嬢様は巻紙君に」

「あーやめてー、徹夜で脳が通常の3分の1しか回転しないからー」

「言われたくなかったらやってください。やれば出来るんですから」

 

 そう文句を垂れつつ、虚は楯無の前にトレイを置く。

 

 別に楯無はこういったことが苦手という訳では無く、寧ろ得意な方である。

 彼女は学生で云うと、夏休みの課題を最後まで残しそうなタイプの人間に思えるかもしれないが、実際はその気になれば1週間で終わらせることが出来る秀才タイプの人間だ。だからこそ、生徒会の仕事もこれまで起きたIS学園のトラブル関連の処理も、彼女は勉学と両立して行えているのだ。

 ただ、本人がここ最近は別のことにかまけて終わるはずの仕事を終わらせていなかっただけである。

 

「簪様から聞きましたよ。最近の会長は巻紙君にちょっかいをかけてばかりいると、呆れていましたよ?」

「いやー、それは」

「以前も訓練後に巻紙君にいきなり抱きついてケイシーさんと喧嘩して、この前は無理やり巻紙君のお風呂の介抱をしたそうで」

「無理やりじゃないわ、ちゃんとケイシーさんと一緒に零君から許可貰ったもん」

「半ば無理やりでしょう。それにあの日はケイシーさんと……なんかことある事にケイシーさんと争ってませんか? 何故?」

「うーん……乙女の戦い、かな」

「はぁ……?」

 

 意味深に話す楯無の言葉に、今はまだ恋を知らぬ虚はとりあえず返事をする。早い話、楯無がこんなにも仕事を溜める原因になったのは、男性操縦者である巻紙零にかまけて毎度のようにダリルと争っていたからということになる。何とも個人的な理由か。

 

「……さあ! とりあえずお菓子でも食べましょ!」

 

 気を取り直すように楯無は顔を上げ、トレイに乗った抹茶のカップケーキに視線を向ける。

 

「ん? このカップケーキ……」

「簪様からです。仕事で疲れてる楯無様にと、合宿に行く前に作ってくれたんですよ」

「簪ちゃん……私のために」

 

 ほろりと涙を流し、楯無は両手で愛する妹の作ったカップケーキをすくい上げ、頭の生地を口元へと運ぶ。すると口の中で抹茶の芳醇な風味と苦味に近い甘みが広がり、楯無の疲れを吹き飛ばした。

 

 今思えば、あれほどお家事情で言い争い、ましてや絶縁寸前まで悪化していた妹との関係がここまで回復するとは、当時の楯無からすれば想像も出来なかったことだろう。

 ISの練習相手として申し込んで来た時、楯無はそのまま抱きついてしまいたいくらい嬉しく、彼女が愛おしかった。そのくらい、昔の楯無と簪の関係はあまり良いものではなかったのだ。

 しかしあの時、きちんと彼女と向き合って話し合い、お互いの本音を言い合ったおかげで、本人から訓練を頼まれ、こうして美味しい手作りお菓子も食べられる。あの時の判断は間違えてはいなかったと、楯無は改めて思った。本音万々歳。

 

『それほどでも〜』

 

 何故か布仏妹こと本音の緩みきった声が聞こえた気がしたが、とりあえず無視をして、楯無は昔の簪の可愛い幼少期を脳内で再生する。

 

 

 

 

『お姉ちゃん、一緒に遊んで』

『分かったわ、簪ちゃん』

 

 

『お姉ちゃん、一緒にテレビみよ』

『いいわよー、簪ちゃん』

 

 

『お姉ちゃんしってる? ヒーローって色んな人がいるんだよ』

『あら、そうなの?』

『うん。自分の幸せよりみんなの幸せを願うヒーローもいれば、借金をするヒーローも、自分のカッコ良さを優先するヒーローも、先生をしながら戦うヒーローも、自分の家族を守りながら戦うヒーローも、地球のために自分の命をかけたヒーローもいるの』

『そうなんだ』

『…………私、いつもお姉ちゃんに守られてるから、いつかお姉ちゃんを守れるヒーローになる』

『マジ可愛い(ありがとう、簪ちゃん)』

 

 

 

 

「(可愛かったわー、もちろん今も可愛いけど)」

 

 と、可愛い愛妹との昔のあれこれを思い出しながら、楯無はカップに口をつけて、虚の注いだ世界一美味しい紅茶を胃の中へ流す。これまた愛妹のお菓子と相性抜群で、楯無の胃袋と脳内をを幸福で満たした。

 

「そう言えば簪ちゃん、専用機の方は大丈夫なの?」

「はい、本音達と一緒に色々とやっているようですよ。けどなかなか上手くいかないことが多くて、この前もマルチロックオン・システムの微調整をしたらあらぬ方向へ飛んでしまって、開発側の方と先生から怒られたとか」

「いいのよ、そうやって今のうちに何度も失敗を経験しておけば。その分いざと言う時の成功に繋がるんだから」

「それは、お嬢様がよく言っている『成功は貯められる』、ということですね」

「うん、正解」

 

 成功は貯められる、だから練習で沢山失敗しておけ……これは楯無が幼い頃、とある少年から教えてもらった言葉であり、今の楯無を作り支えてきた教訓でもある。

 この言葉を教えてくれた少年は今どこでどうしているのか……少なくとも、楯無は彼の行方を知っていた。

 

「それにしてもお嬢様、その言葉は昔から言っていますが……一体誰の教訓ですか?」

「そうねー……私の初恋の人……かな」モグッ

「はぁ、初恋…………え?」

「ご馳走様。さあて、一眠りしようかしら〜……ぐぅっ」

 

 カップケーキを食べ終えた楯無は背伸びをして立ち上がると、眼鏡をずらした虚を残すように生徒会室のソファにダイブし、抹茶の味を口の中に残したまま、ものの数秒で眠りについた。

 

「初恋…………ですか」

 

 楯無の残した言葉に、虚はしばらく顎に指を当てて考えた。後に彼女も初恋というものを知ることになるのだが、今はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんか背中に変な寒気が」

「お兄? どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

『……なさい』

 

 

 

 

 

 なんだろう……この声は。

 

 

 

 聞いたことの無い、知らない声。

 

 

 

 

 

『……れていけなくて』

 

 

 

 

 

 まるで申し訳なさそうに、女の人が僕に声をかけている。

 

 

 

 死んでいるかのように、冷たい声だ。

 

 

 

 

 

『……か、……人に』

 

 

 

 

 

 なんて言っているんだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうか……優しい人に、拾われてください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「…………んん、寝てたか」

 

 微妙に揺れるバスの中、俺は目を覚ました。

 

 今日はみんなが待ちに待ったであろう、例の水着姿でみんなでキャッキャしながらISの実習を行なう臨海学校当日。みんなからしりとりで『る』縛りをやられてまんまと落とされた俺は、我が3組が乗車しているバスの後ろの座席の窓側で、目的に到着するまでの間、少しだけ眠っていた(全く、U〇Oといいどうして3組のみんなはこうも俺を嵌めるのが好きなんだ)。と言っても十数分程度だけど。

 

「零」

 

 ふいに横を向くと、隣に座っているラウラの顔が目の前に映った。というよりは、目の前全部がラウラの顔で塞がれていると言えば良いのか、鼻息がかかるほど、ほぼゼロ距離まで彼女は俺に顔を近づけている。檸檬のお菓子を食べたのかな、いい匂いだ。

 

「ラウラ。おはよ」

「(む、シャルロットのアドバイスでもダメか……)おはよう。大丈夫か? 何やら魘されていたが」

「あれ、そうだったんだ……なんかよくわかんない夢を見たから。けどもう大丈夫だよ」

「そうか、ならいいんだが」

 

 ラウラは心配そうな顔をしながらも、俺から顔を離す。

 夢か、やっぱりさっきのは夢だったんだな。別に夢ならそれでいい、ただあれはなんだか夢じゃない気がするだけだ。自分でもよく分かっていないが。あと今ラウラが何か呟いたような。

 

「あ、零くんが起きたー、お菓子いるー?」

「ありがとう」

「ラウラさんもどうぞー」

「ああ、感謝する」

 

 俺とラウラは、前の席から身を乗り出して顔を覗かせた女子生徒から細いお菓子を受け取り、同時に齧り付く。

 周りに目を向けると、レクリエーションを終えたみんなは雑談やらゲームやらお菓子やらで各々盛りあがっていた。なるほど、これが学生時代に体験する『バス移動のイベント』というやつなのか。昔姉さん達と観光客に偽装した時に乗ったバスとはまた違う感覚で、レクリエーションやらお菓子やら、まるで初々しい学生のような、ちょっとうきうきした気分になっている。正直臨海学校本番よりも楽しみにしていたかもしれない。それはラウラも同じらしく、現場に向かう軍用車両とは全然違ったこの空気が新鮮らしい、今も楽しさで目を輝かせている。というよりお菓子の美味しさに小動物のように頬をモキュモキュと動かしている。なるほど、部下の人がラウラで遊ぶわけだ。

 

「……こいこい」

「ん、さっきのやつか?」

「うん、なんか覚えちゃった」

 

 ちなみに、さっきまで(寝落ちする前)のレクリエーションでは、レクリエーション係の子が作った『臨海学校を100倍楽しむための夏海の音楽集』なるものを再生される…………予定だったんだけど、何故かどこかの番組で放送されていた落語の音声が流れた。どうやら昔、部活の先輩から借りパクして放置していた落語のCDとレクのCDをうっかり間違えたらしい。凄いうっかりだ。

 確か、生き別れた犬の兄弟の話だったっけ。けど落語なんて人生で初めて聞いたから、イマイチ話の内容が分からなかった。ラウラは楽しめていたようだけど。あとは喧嘩の話だっけ、序盤で寝たから覚えてないや

 

 にしても、生き別れた兄弟か……俺の場合は姉さんと会うまで1人だったから兄弟がいるかどうかも分からない。ま、そんなのはもうどっちでもいいか。俺の家族は姉さんとスコール姐さんとレインとマドカだ、今更血の繋がった兄弟やら家族やらが出てきてもなんとも思わない。例え敵として出てきても、こっちを潰そうとするなら容赦なく殲滅するつもりだ。実際に出てきてないから分からないけど。

 

 

 …………きょうだいか…………マドカは…………

 

 

「零君、ラウラさん、これどうぞ」

「ありがとう」

 

 無駄な考えを振り払うように、俺は後ろの席の子からお菓子を貰い、口の中へ放り込む。ん、何だこれ、チョコなのに塩辛い。

 

「はーいみんなー! もうすぐトンネルを抜けるわよー」

 

 榊原先生の掛声とともに、バスが暗いトンネルから抜け出し、俺達の視界に、太陽の光を反射してキラキラと燦然する水色の海が飛び込んできた。今頃、前を走る1組のバス内では誰かが『海、見えたっ!』とか言ってるだろう。

 

「わー、綺麗ー」

「水着、新しいの買って良かったー!」

 

 各々が美しい海を見て盛り上がり始めた。かく言う俺も、自分が想像していた海よりも綺麗で結構驚いてる。昔みんなと一緒に行った穴場のビーチには負けるけど。あのビーチ、まだあるかな。忙しくて全然行けてないけど、もしあるならまた行きたい。

 

「綺麗だな」

 

 ふとラウラがそんなことを呟き、俺は彼女に視線を向けた。心打たれたのか、彼女の赤い瞳はあの海のように輝いていた。可愛いな、ホント。

 

「みんなー、もうすぐ到着するから、荷物の忘れ物がないようにねー」

「「「はーい!」」」

 

 先生の声に元気よく返事をした我が3組は、せっせと荷物をまとめて降車の準備をする。

 

 

 そして目的地の旅館に到着すると、荷物を持ってバスを降り、途中セシリアさんと視線があって軽く手を振りつつ、俺達は先生達の前で整列する。

 

「今日から3日間お世話になる花月荘だ。全員くれぐれもご迷惑をかけないように」

「「「「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」」」」

 

 女将さんと思われる人に、全員が挨拶をする。

 

「はい、よろしくお願いします。今年の1年生の皆さんも元気が良い子ばかりですね」

 

 ニコッと営業スマイルを返す女将さん。

 楯無さんやフォルテさんが言っていた通り、なかなかの美人さんなようだ。あれで姉さんよりも歳上、下手すれば10は違うかもしれないだなんてちょっと信じられないな。いや、姉さんが老けて見えるのか、仕事上ストレスとか溜まるから仕方ないか。あ、姉さんからメールが。

 

「今日は1日自由時間だ。各自、この後は自由に行動して良い。ただし羽目は外しすぎるな、いいな?」

「「「はーい!」」」

 

 キリッとした顔の織斑千冬の言葉に返事をすると、みんなは自分の部屋に向かって散らばっていった。あ、簪さんだ。そう言えば楯無さんが行く前に『ついででいいんだけどー、簪ちゃんの写真が欲しいなー』って目に隈を作りながら頼んできたっけ。タイミングを見計らって撮らせて貰うか。

 さて、俺の部屋は…………

 

「零、お前の部屋はどこだ?」

「んー、それなんだけど……どこにも書いてなくて」

「印刷ミスか?」

「かもしれない」

「れーい」

 

 ラウラとそんな会話をしていると、向こうから荷物を持った一夏が歩いてきた。

 

「一夏、部屋割りなんだけど」

「ああ、俺も気になってたんだけど、何も言われてないんだよ」

「む、一夏もなのか」

 

 んー、これはもしかして先生の方から何か言うかも。

 

「織斑、巻紙、なにをぼーっとしている。お前らはこっちに来い」

 

 なんて思ってたら、織斑千冬に呼び出された。相変わらずの大人っぽい教員服姿だ…………大人か、マドカも大人になったらこんな感じに。

 

「零?」

「あ、ごめん。じゃあまた後で」

「ああ」

 

 ラウラに別れをつげて、俺と一夏は織斑千冬に着いていくように歩き、奥の部屋へとたどり着いた。途中で一夏から織斑千冬に見蕩れていたことを突っ込まれたけど笑って誤魔化した。

 

「では部屋割りについて教える。織斑は私と同じ部屋を、巻紙はその隣の部屋を1人で使え」

「先生、質問いいですか」

「なんだ?」

「僕と一夏は同じ部屋じゃなくていいんですか? どうせなら男で固まった方がいいと思うんですけど」

「すまんな、部屋割りの都合上、こうなってしまったんだ。それにお前たちだけでは盛ったヤツらが押しかけて来るかもしれない、だが私が居れば早々に近づけないだろう」

 

 うーん、なんか納得できるような出来ないような。まあ日常生活でも俺に近づく女子はあんまりいないからなぁ、一夏と同じ部屋じゃこっちに飛び火するかもしれないし、もし俺が織斑千冬と同部屋だったら気まずいうえにマドカ達から1分ごとにメッセージが来るかもしれないし、そう考えると一人部屋はありがたいか。

 

「安心しろ、お前の部屋はあくまで教員用として扱うから、何かあれば私に殴られると脅しておけ」

「ありがとうございます」

 

 教員としてアウトな発言、けど流石に本気ではないだろう。ないよな? 

 

「では私は用がある、ゆっくりしていくといい」

「はい、わかりました」

 

 織斑千冬は踵を返してその場を去っていく。揺れる黒髪が…………一夏から細い目で見られている気がするから辞めておこう。

 

「それじゃあ一夏、また後で」

「おう、一緒に行こうぜ」

 

 軽く一夏と約束を交わして、俺は部屋の中へ入り、そうそうに荷物を置いて、畳の部屋に寝っ転がる。

 いつも姐さん達と日本に来る時は大体洋風の高級ホテルが多かったから、こういう日本味溢れる部屋に泊まるのはそうそうない。畳の固めの感触と海のサーっと言う音がなんとも心地いい。今度みんな(家族)で行きたいな。

 

「…………と、ゆっくりしてる場合じゃないか」

 

 俺は体を起こし、鞄を開けてラウラが選んでくれた水着とその他セットを取り出す。さてと、さっさと着替えて久々に泳ぐとするか。久々の海水浴だ、うんと羽を伸ばすとしよう。

 

 

 

 

 

 

『えーっと、ここがこうであれがあーで……あー、ここがここかー。案外飯作るより難しいなぁこれ』

 

『雷、何をしている』

 

『おお白騎士、実は今水g『はいはい白さん、こっちにきて一緒にドラマでも見やしょう』

 

『お、おい黎、押すな』

 

『なんだ黎のやつ』

 

『あんたねぇ、特別なプレゼントなんだから本人に言ったらダメに決まってるじゃない』

 

『特別っていっても、単に手作りの水着を渡すだけっすよ、甲先輩』

 

『…………あんた、ほんっとそういうところそっくりね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「ふぅ、気持ちいいなぁ」

「そうだね」

 

 少しだけ時は流れ、別館で一夏と合流した俺は、男子更衣室のお隣の女子更衣室にいる女子達の赤裸々トークから逃げるようにさっさと着替え、出てそうそうに突き刺してきた真夏の太陽と心地の良いそよ風に当たっていた。一夏は恥ずかしがっていたけど……俺は姉さん達のおかげでそういうのは慣れてしまったようだ。胸の話なんて小さい頃から嫌という程聞いてきたからね。

 さて、 それはそうと、さすがは四季折々がある日本、故郷とは違ったいい風が吹いている。そして初めて男の知り合いと並んで歩く真夏の……なんか、関わりたくないとか言ってたのにいつの間にか関わっている自分がいる。

 

「けど、悪い気はしない……かも」

「お? なんか言ったか?」

「いや、なんでもないよ」

 

 さて、さっさとみんなの元へ向かうとするか。

 

「い、一夏、零」

 

 早速歩き出そうとしたら、横から箒らしき声がした。

 

 顔を向けると、そこには白い水着にちょっとした線が入った、なかなか際どい水着を纏った箒が立っていた。別に体型に沿った物を着てるから際どくはないか。

 そう思って一夏の方に目を向けると、何故か無言で赤くなっていた。

 

「…………」

「あ、あまりジロジロ見るな……」

「あ、ご、ごめん!」

 

 互いに顔を真っ赤にしながら顔を逸らす一夏と箒。

 ふむ、やっぱりあの時の顔は勘違いじゃなかったか。けどあの頃よりは確実になっているな。一夏も成長したものだ。

 

 

『あんさんが言うなあんさんが! あんさんはもっと成長しろ!』

 

 

 さてと、早くみんなの所へ行くとするか。

 と思ったら一夏から手を握られた、おかげでしばらくのあいだ、2人の仲睦まじい雰囲気を目の前で見せつけられた。

 

 

 

 

 

「ん?」

「どうした?」

「いや、あれ」

 

 そしてようやく終わって3人で浜辺へ歩きだしたところで、人気のない場所から一夏が何かを見つけた。

 見に行くと、そこには『引っ張ってください』という立て札の前に、どこかで見たことがあるうさ耳らしきものが地面から生えるように刺さっていた。ああ、うん、知ってる。俺がIS学園に来る原因になった張本人だから忘れるわけがない。ていうかこんなあからさまなトラップがあるか。

 

「箒、これって……」

「…………」

 

 一夏の言葉に箒は目だけを逸らす。本当は関係ないと言ってこの場を去りたそうな顔をしているが、どうやらそうもいかないようだ。もし他の人が引っ張ったら大変なことになるかも。

 

「零、少し離れててくれないか?」

「え? ああ、うん」

 

 俺は一夏と箒から少しだけ距離をとる。ああそうか、そういえば2人にはうさぎと知り合いだってことは秘密にしてたな。バレたら芋ずる式にクロスライザーのこともバレそうだし、来ても他人のフリをしておくか。

 

「「いっせーの」」

 

 と、2人で息を合わせてうさ耳を引き抜く。しかし取れたのは耳だけで、その下には何も埋まっていなかった。

 

「あれ?」

「耳だけ?」

 

 ……………………キィィィィィィィンッ! 

 

 あれ、なんか変な音が…………まずいっ! 

 

「っ!? 上だ! 逃げろ!」

 

 ズドォォォォォォッ! 

 

 そう俺が叫んだと同時に、目の前に謎の物体が落下してきた。円錐っぽい形の人参じみたロケット、なるほど、うさぎだから人参か。あのうさぎらしい。幸い2人には当たることはなくて良かった。

 にしても、なんて登場の仕方なんだ。

 

「あははっ! 引っかかったねーいっくん! 箒ちゃん!」

 

 デカい声とともに人参ロケットの扉が開き、その人が姿を現した。そう、あの天才兼自称みんなのアイドル、しかしその本性は天からの災いそのものと言わしめたあの篠ノ之束博士だ。俺がIS学園に来る、そしてISに乗ることになった元凶だ。何のかんの言って楽しめてるから今はそこまでは。

 

「お、お久しぶりです、束さん」

「久しぶり〜」

「姉さん……」

「おー! ひっさしぶりだねー! マイプリティエンジェルシスター箒ちゃぁぁぁぁんっ!」

「ふんっ!」

「ぐふぉっ!?」

 

 大きな胸に向かって飛びつこうとしたうさぎを、箒はどっかから取り出したか分からない竹刀で素早く顎を突いて吹き飛ばした。どう見ても不審者が女子高生に飛びつこうとしたようにしか見えないから、多分正当防衛になるだろう。ならなきゃおかしい。

 

「さ、流石箒ちゃん、昔よりも鋭くなったねー。てっきり優しくなったもんだと」

「あなたに関しては手を抜くつもりはありません」

「ツンデレ」

「殴りますよ」

「うんうん、可愛いねぇ、可愛いよぉ!」

「なっ、は、離れてください! 離れろっ!」

 

 結局束博士に飛びつかれた箒は、身動きも取れず、数秒間一方的に頬擦りをされていた。箒はマジで嫌がって引き剥がそうとするが、うさぎはビクともしない。

 

「はは、相変わらずですね、束さん」

 

 一夏は苦笑いして見ている。昔からこんなテンションに付き合わされてきたと思うと、2人と織斑千冬には少し同情してしまう。

 さて、おじゃま虫はさっさと…………

 

「と、箒ちゃんにもいっくんにも会えたことだし」

 

 逃げようとした直後、箒から離れたうさぎは気を取り直すようにクルっと周り、如何にもろくなことを考えてない笑顔で俺を見てきた。相変わらずうさ耳が痛いな、この人。

 

「うんうん、君が零君かー。初めまして! みんなのアイドル、うさ耳がキュートな篠ノ之束だよ! 箒ちゃんのお姉ちゃんです! よろしくね!」

「うわぁ……(初めまして、束さん)」

「おやおや、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないかー」

 

 うさぎは至近距離からトカゲのような笑顔を見せつけてくる。つい本音が漏れていたか、いけないいけない、ちゃんと人前では漏れないようにしないと。

 

「ね、姉さんが……」

「束さんが……」

 

 何故か一夏と箒が驚いた表情で俺とうさぎを見ている。確か博士は身内か興味がないやつ以外は眼中に無いって性格だっけ。俺と初めてあった時もかなり辛辣だったかからな、どうせならそのまま拒否られて関わんないでいたかったかも。

 

「と、悪いけどいっくん。ちょっと零君を借りていくねー。それじゃあまた後でね、箒ちゃん!」

「はい……え?」

 

 ガシッ

 

 一夏が声を上げる間もなく、俺はうさぎに腕を捕まれそのままどこかへ連れていか(ズドドドドドドドッ! 

 

「うおぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

 

「……………………あ、零!」

 

 一夏の叫びを背中に、俺はうさぎに誘拐されていく。

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはー!」

 

 高笑いとともに、うさぎは旅館やら山やら森やら、時に色々なものを風圧でなぎ倒しながら、超スピードで飛び越えていく。うさぎの爆走に酔いそうになりながら、俺は風圧に軽い脳震盪を起こしかけた。

 

「とうちゃーく!」

「う、うぇ…………」

 

 そしてあっという間に目的地とおもわれる砂浜につくや否や、俺は地面に膝を着いて俯き吐き気を抑えた。俺、普通の人間なんだけど。流石に亡国でもこんなGを生身で受けたらキツいに決まってるだろ。

 

「じゃあ私はこれでー」

 

 そう言うと、うさぎは俺を置いてズドドドと大きな大振動を起こしながら砂浜の向こうへ消えていった。一体何なんだ、ていうかなんでこんなところに。

 

「…………れ、零……さん?」

 

 ふと、目の前から聞き覚えのある声がした。

 

「……クロエ、さん?」

 

 顔を上げると、そこには黒い水着を纏ったポニーテールのクロエさんが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ピキーンっ! 

 

「今零が砂浜で女と密会しているような気がする」

「スコールー、次の仕事は? どっかの護衛か?」

「残念、デスクワークよ」

「ちぇ、事務仕事かよ。めんどくせー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

「ほらっ!」

「きゃっ、冷たい!」

「やったなーこのー!」

 

 零が束に誘拐されているその頃、旅館前にある海辺のビーチでは、IS学園の女子生徒達が、あるものはパラソルを開いて日陰に敷いたビニールシートの上に寝転がり、またあるものはビーチボールを弾け合い、またあるものは海水に脚を浸からせながらしょっぱい水を掛け合って黄色い声を上げて騒いでいた。燦々と照り付ける太陽の下ではしゃぐ思春期女子達、まさにサマービーチと呼ぶに相応しい光景である。

 

「海か……確か日本の海には海坊主というヨウカイが住んでいるらしいな。会ってみたいものだ」

 

 海水に浸かって水を掛け合う女子達を、可愛い黒い大人なローライズを纏ったラウラは腕を組んで眺めていた。長い銀髪はツインテールに束ねられており、左眼を覆う眼帯と傷のない白い肌、そして堂々とした姿勢がより彼女の可憐さを醸し出していた。

 

「ら、ラウラ? それって確か想像上の生き物じゃ……」

 

 そんなラウラを、黄色のオサレな水着を纏ったシャルロットが心配そうに話しかける。

 

「ああ、分かっている。以前生徒会長から見せてもらった本に載っていたから、試しに言ってみただけだ」

「生徒会長って、楯無さん?」

「そうだ。だから本気で信じている訳では無いぞ?」

「そ、そっか、なら良かった」

 

 またオタクな部下のクラリッサから変なことを吹き込まれたのかと心配したシャルロットは安堵の息を吐く。

 

 2人はタッグトーナメントで知り合って以来、組は違えど何かとこうして話しかけ合うことが多く、ちょっとした交流が生まれていた。先程のバスでラウラが零に行ったゼロ距離アタックも、ラウラから相談を受けたシャルロットがやってみたらどうかな? とアドバイスを送ったものであった。

 

「そうだシャルロット。昨夜お前が教えてくれたゼロ距離だが……零には聞かなかったぞ」

「そうなんだ」

「それどころか顔すら赤くしなかった」

「え、ええ」

 

 零の鈍感さにシャルロットは若干引いた。

 確かに昨夜ラウラに教えたアドバイスは、恋愛経験に疎いシャルロットが必死に捻り出したスカスカな作戦である。が、まさか顔すら赤くしないとは、流石にシャルロットもこれには呆れてしまうようだ。

 

「ふっ、まあそれが零らしいと言えば零らしいか」

 

 しかしラウラは落ち込むことなく、寧ろこれからどう零と交流していこうか、どう仲を深めていこうかというやる気に満ちた笑顔を浮かべた。

 

「(いいなーラウラ。僕もここまで大胆に出来たら……あ、やったけど逃げられたか)」

 

 どこまでもストレートにアタックできるラウラを、シャルロットはちょっぴり羨ましいと感じた。

 自身も同じような感情はもう1人の方に向けてはいるが、あのアタックであの有様では気づいてくれるのはまだまだ先か、下手すれば一生放置になるだろう。それはそれで仕方がないと考えてはいるが。

 

「そういえば零は? まだ来てないの?」

「ああ、もうそろそろ来てもいい頃なのだが……」

「一夏も箒も来てないね」

「何かおかしなことに巻き込まれてなければ良いが」

 

 ラウラは顎に手を当てて、小さな不安を脳裏に過ぎらせる。実際は当たっているのだが。

 

「ラウラさーん! シャルロットさーん! こっちでビーチバレーでもやんなーい?」

 

 2人の後方から、1組と3組の混合組が手を振って2人を呼んだ。その後ろでは、7月のサマーデビルこと櫛灘がレシーブの素振りをしている。

 

「とりあえず遊ぶ?」

「……いや、私は零を呼んでくる。先に行っててくれ」

「そう? じゃあ先に行ってるね」

 

 2人は海に背を向け、ラウラは更衣室に、シャルロットはビーチバレー組へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「はー、いいわよねーあの子。あんなにオープンにできて。ねえティナ?」

 

 少し離れた場所からタンキニを纏った鈴が羨ましそうにラウラを見ていた。

 ちなみに鈴は今、ルームメイトのグラマラス担当ことティナ・ハミルトンとともに、ビーチパラソルの傘下で寝転がるセシリアの体にサンオイルを塗っている。暇人同士、交代交代で塗っていこうという話になったのだ。

 

「そう? 鈴も十分オープンな気がするけど?」

「あはは、そうよねー。アタシ、結構隠してないんだけど……それなのにこのザマよ……」

「……なんかごめん。あとでなにか奢るわ」

「……じゃあコーラで。あ、セシリアー、お尻塗るわよー」

「私は横腹いくねー」

「はい、お願いしますわ」

 

 光の消えた瞳を振り払うように、鈴はセシリアの柔らかい臀部に、ティナは綺麗なラインを描いた横腹にサンオイルを塗っていく。

 

「一夏も鈍感すぎるけど……零も零よ、楯無さんもケイシーさんがあれだけアタックしてるのに全然反応しないし、それどころか目の前でラウラと無自覚にイチャイチャしちゃって…………大変なんだろうなぁ、あの2人も」

「はは……」

 

 女子校のIS学園に2人しか居ない男子生徒、しかしどちらも恋愛面では唐変木という最悪極まりない有様。一夏は言わずもがな、零はまるで鋼鉄のように先輩2名とクラスメイトからの猛烈なアピールにビクともしない。これには鈴だけでなく、話題に夢中なその他女子生徒も顔を引き攣らせるしかなかった。

 

「曲がる……適当……はぁあ」

 

 そんな鈴を差し置いて、セシリアは何かに悩んでいるような、疲れたため息を吐き、永遠に脳内で曲がるレーザーをイメージしていた。

 

 

 

 各々が悩みや楽しみを抱えたまま、IS学園1年のサマータイムという名の自由時間(午前中)は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

「お久しぶりです、まさかこんなところで会うなんて」

「い、いえ、こちらこそ、束様がご迷惑をかけたようで」

「いえ、慣れているので」

「は、はい……」

 

 場所は変わって旅館から少し離れた場所にある海岸付近。鈴やラウラ達がビーチを満喫しているであろうその頃、うさぎに連れ去られた俺は、偶然にも遭遇したクロエさんと一緒に砂浜を歩いていた。いや、どう考えても偶然ではないか、これはうさぎが俺とクロエさんを2人きりにするためにわざとやったのか。

 あいつにどんな意図があるかは知らないけど、ちょうど良かった。ここ最近クロエさんとのやり取りもなかなか出来てなかったし、この前なんて買い物の約束を先延ばしにしてしまった、この人には随分迷惑をかけてしまっているから、謝らないと。

 

「本当にすみません、僕の都合で約束を先延ばしにしてしまって」

「そ、そんな謝ることなんて。零さんにも零さんの都合があるでしょうし、それに零さんが無事なら私はそれで……」

 

 クロエさんは少々小声ながらも答える。優しいな、クロエさんって。

 それにしてもクロエさん、水着姿がよく似合っているなぁ。ラウラと同じ黒いローライズにフリルが付いたタイプ、髪は後ろにポニーテールで束ねている。やっぱり生まれ方が同じだからか、ラウラに似ている気がする。

 

「あ、あの零さん、そんなにマジマジと見られたら……」

「……あ、すみません。つい」

 

 いけない、ついじっと見てしまっていた。

 

「ど、どうでしょうか? 似合ってますか?」

「はい、とても可愛いですよ」

「ほ、ホントですか? (か、可愛い……)」

 

 瞳を閉じながらも、クロエさんは嬉しそうな笑顔を向けてきた。やっぱりラウラによく似てるな。

 

「(良かった……似合わないなんて言われたらどうしようかと)」

 

 ちなみにこの水着をクロエさんにオススメするまでに、うさぎと機械仕掛けのリス達が小一時間激しい議論をしたらしいが、そんなことを俺もクロエさんも知るはずもなく、俺達は砂浜のシャりっとした音を足の裏に伝えながら歩き進め、他愛もない会話を交わす。

 

「お変わりはありませんか?」

「は、はい。特には……毎日束様のお世話で忙しいです」

「そうですか。こう言うのはなんですけど、束博士って結構変わり者だからお世話も大変そうですね」

「いえ、そんな。寧ろ私の方があのお方には良くしてもらっているので」

 

 クロエさんはどこかオドオドしながらもきちんと言葉を返してきた。

 あのうさぎにとって、クロエさんは娘のような存在だとか(妹の方があってる気がするけど『私の妹は箒ちゃんオンリーだよ』とか言ってた)。あの時の箱入り娘具合からしても、依頼で俺が助け出したのを拾ってからずっと溺愛しているんだろう。その愛が母親としてのものなのか、それとも飼い主みたいなものなのか、それは天災にしか分からない。

 

「この前は夕食にフレンチトーストをお出ししたのですが……失敗して焦がしてしまいまして。束様は美味しいと言ってくれるのですが、無理をしていらっしゃるようで申し訳なくて」

「それは大変だ。けど束博士のことですから、多分本当に美味しいと思って食べてくれていると思いますよ」

「そ、そうでしょうか?」

「ええ」

 

 その焦げ具合がどれ程かは知らないけど、恐らく美味いんだからそれほど酷くはないだろう。それに不味かったとしても、折角娘が作ってくれたものを不味いだなんて言えるわけがないからね。俺だって不味いなんて言われたら辛いし、せっかく作ってくれたマドカやレインの料理を不味いだなんて言えない。それで嫌いなんて言われたら立ち直れない。

 

「大丈夫、練習を重ねれば上手くなれます。僕も初めの頃は下手でしたから」

「は、はい……あの」

「はい?」

「……その、食べて、みたいですか? 私の料理」

「そうですね……食べてみたいですね、クロエさんの料理」

「じゃ、じゃあ……よろしければ、その、いつか……た、食べて貰えますか?」

「はい、もちろん」

 

 俺がそう答えると、クロエさんは恥ずかしがりながらも、パァっと明るい表情をこちらに向けてきた。クロエさんの料理が食べたいのは本当で、お世辞でも嘘でもない。是非とも食べてみたいものだ。

 

「……と、その前に、まずは買い物の約束を守らないといけませんね」

「は、はい……」

 

 そういえば、前に水着を購入した時についでに買ったクロエさんへのプレゼント、うっかり持ってきてたんだっけ。買い物の時にでも渡そうと思ったけど、どうせなら今渡したかった。

 

 

 

「れーい!」

 

 と、色々と話し合っていると、何処からか俺の名前を叫ぶラウラの声が聞こえてきた。あんまりにも遅いから探しに来たのか? 

 

「この声は?」

「ラウラですよ。あー、僕のクラスメイトで友人なんです」

「ラウラ……そう、彼女が……ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 ラウラの名前を聞いた途端、クロエさんは曇らせた表情を浮かべ、複雑そうに俯く。

 

「……あの、失礼は承知で聞きたいんですけど……クロエさんとラウラは」

「……零さんの想像通りです」

 

 苦しそうに声を絞り出したクロエさんの言葉に俺は納得すると同時に、自分の仕出かしたことに対する後悔に襲われた。クロエさんとラウラは同じドイツ軍の生み出した試験管ベビー、遺伝子強化試験体という『道具』として生み出された、云わば姉妹のような存在だ。そして、クロエさんは数年前に処分されそうになったところをうさぎに依頼されていた俺が連れ出した。これがどういうことを意味するのか……こんなことを聞いたらどうなるかなんて、少し考えれば分かったはずなのに。

 

「……すみません」

「謝らないでください……私が彼女になれなかったのは事実ですし、私が失敗作なのもまた事実です」

「クロエさん……」

「……けど、あの時、零さんがあそこから助け出してくれた時から、私は『人間』として、クロエ・クロニクルとして、束様の娘として生まれ変わったんです」

 

 瞳を閉じながらも、クロエさんは真っ直ぐな目を俺に向ける。

 

「だから……私は、零さんに……」

 

 突然、空間に微弱な電流が流れたような刺激が走る。と同時に、クロエさんは閉じた2つの瞼をゆっくりと開き、数年ぶりに金色に輝くそれを見せた。

 

「…………綺麗ですね」

「…………」

 

 それに対して、俺はただ一言そう言った。嘘でも慰めでもない、純粋に思ったことを告げた。あの時から全く変わっていない、黒い眼の中で金色に浮かぶ瞳だ。

 

「…………」

「クロエさん?」

 

 ふと、俺はクロエさんが目を開いたまま硬直していることに気がつく。正確には体全体を茹でダコのように真っ赤にしながらアワアワと目をグルグル回して、壊れた機械のように口をパクパクと動かし始めた。

 

「き、きれ、きれれれれ」

「クロエさん?」

「れ、れれれれ、れれれれれ…………い、いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「あ、クロエさん!」

 

 いきなり大きな叫び声をあげると、クロエさんは砂浜から海に向かって猛ダッシュで走り去って行った。

 て、もしかして海の上を走ってる!? あ、飛んだからISか。

 

「あ、待ってクーちゃん! カムバーックっ!」

 

 そしてクロエさんの後を追うように、岩陰から飛び出したうさぎが先程の人参みたいなロケットで追いかけて行った。さては盗み聞きしていたな。

 ……で、結局なんだったんだろう? 

 とりあえずこのことは一夏と箒以外には秘密にしておくか。

 

 にしても。

 

「…………よく飛ぶなぁ」

「零、ここにいたか」

 

 ちょうど2人の姿が見えなくなったタイミングで、向こうの方から前に買った黒のフリル付きローライズの水着を纏ったラウラが歩み寄ってきた。

 

「随分探したぞ」

「ごめん、少しこっちの方が見たくなってさ。こんなに綺麗な日本の海なんて久々だから」

「ふむ、そうか。ところでさっきこちらから女性らしき叫び声が聞こえてきたが……誰かと話していたのか?」

「いや、僕1人だけだったよ。ラウラの空耳じゃないかな?」

「むう、そうだろうか……何か隠していないか?」

「何も隠してないよ」

 

 ちょっぴり疑いの眼を向けてきたラウラからの追求を笑って誤魔化す。自分でも無理があるのは分かってるけど、流石に天災指名手配犯の篠ノ之束に連れ去られたなんて言えないし、かと言って『君のお姉さんと話していた』なんてのも言えるわけがないし、言う必要もない。

 

「……分かった。信じよう」

 

 少々腑に落ちないながらも、ラウラは頷いた。ここは海坊主? が出たとでも言えばよかったか? 

 

「…………」

「ん? どうした?」

「いや、 水着、似合ってるなぁって思っただけだよ」

「お前が選んでくれたのだから、当然だ」

 

 自信満々な顔でラウラは答える。

 

「あと髪型、ツインテールにしたんだ」

「あ、ああ。この格好では何かと長髪が邪魔になると思ったから、試しにクラスメイトから教えて貰った髪型を採用したのだが……似合わない、か?」

「まさか、寧ろ可愛いと思うよ」

「か、かわいい……か。そうか、可愛いか……へへ」

 

 可愛いという言葉に、ラウラは顔を逸らしながら笑った。何時もクールな姿からは少し想像できない、緩んだ二ヘラ顔だった気がする。

 

「ラウラ?」

「……あ、いや。こほんっ! と、とりあえず戻るぞ。向こうで皆がビーチバレーをやっているらしい」

「そうだね、早く行こうか」

 

 俺はラウラと並ぶ形でみんなのもとへ引き返す。

 初めての学園生活のビーチバレー、堪能させて貰うとするか。

 

 あともしこの後クロエさんに会えたらプレゼントも渡そうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「ほら! 行くわよー!」

「零くーん! ラウラさーん! 点とってよー!」

 

 さて、いきなりだが場所は変わって旅館前の海辺の砂浜。そこでは1組VS3組(助っ人で鈴も参戦)によるお菓子を掛けた総力戦が勃発していた。

 ちなみに俺は今、自分の陣地のサイドライン横で1組からのアタックとスパイクを受け止める体勢を取っている。1組チームには7月のサマーデビルさんというビーチバレーの悪魔がいるらしいが、我が3組チームにはそれを超えるサマーデーモンさんというビーチバレーの神様がいる(そんなの今初めて知った)。つまり、俺が前に出る幕はないということだ。まあ、俺も超絶上手いわけじゃないし、海行ってもビーチバレーよりも海水の掛け合い派だったから。球じゃなくて弾の撃ち合いなら慣れてるけど。

 あと1チーム4人で、現時点の対戦メンバーとしては、1組は箒とセシリアさんとサマーデビルさんともう1人。3組は俺とラウラと鈴とサマーデーモンさんだ。

 

「箒! 来たぞ!」

「え、あ、よっ」

 

 控えにいる一夏の声掛けで、箒は綺麗なトスを返す。

 箒のやつ、初めの頃に比べて随分とクラスに馴染めているようだ。初めは木刀を振り回して殴ってくるもんだからどうなるかと思ったが……3組の剣道部の子から聞いた話だが、毎日部活に来て真面目に稽古を積んでいるらしい、それにISの訓練も絶えず続けているんだとか。一夏達が見ていないところでもきっちり努力をしているとは、凄い成長だ。て、俺が上から言う資格はないか。

 

「はい!」

「そーれっ!」

 

 なんて考えていると、伝説のサマーデビルさんからエンドラインギリギリ目掛けての激しいスパイクが放たれた。

 

「やらせんっ!」

「ナイス!」

 

 と、ギリギリのところでラウラがスライディングで球を受け止め、鈴が声を上げる。

 

「零!」

「はい、よっ!」

 

 サイドラインにふんわりと降りてきた球を、俺はトスでネット前まで飛ばす。

 

「おらぁっ!」

 

 バシィンッ! 

 

 そしてボールの落下に合わせてサマーデーモンさんが数メートル宙に浮かび、強烈なアタックを1組のコート内に突き刺した。

 

「あ、あわわっ、え〜い!」

「な、なにぃ!?」

「あ、やった〜!」

「ナイス!」

 

 そんなアタックを、キツネの格好をした謎の女の子が跳ね返した。なんだあの生き物、あんなものが1組に住み着いていたのか。いや、そんなことはどっちでもいい、問題はあれがどこで手に入れたかだ、あんな水着今まで見たことないぞ…………マドカが着たら似合いそうだ。

 

「セシリア!」

「曲がる、曲がる…………」

 

 キツネさんからのトスを受け取った箒がセシリアさんに向かって球を送る。なんかセシリアさん、さっきから曲がる曲がるしか言ってないな……もしかしてBTのことか? 

 

「……っ!? 曲がれっ!」

 

 バシィッ!! 

 

 突然そう叫ぶと、セシリアさんは綺麗な姿勢で数メートル跳ね上がり、スパイクを放つ。

 

「きたっ!」

 

 ヒュインッ! 

 

「ま、曲がった!?」

 

 球は綺麗なカーブを描き、サマーデーモンさんのブロック、そして受け止めようとしたラウラを華麗に躱す。

 まずい、落ちる! 

 

「やらせないわよ!」

 

 と、落ちるギリギリのところを、鈴がスライディングをしながら後ろに跳ね返す。ナイスプレイ。

 

「ラウラ!」

「了解した!」

 

 それをラウラが受けとり、俺の方にパスを回す。この流れは俺か。

 

「零! 決めろっ!」

「分かったよ!」

「やらせるか!」

 

 俺はサマーデビルさんと同タイミングで飛び上がり、右腕を振り下ろした。

 

 トンッ! 

 

 しかし、叩きつけはせず、後ろギリギリまで届くように、トンッと弾かせた。

 

「しまっ!」

「え、あ、おわっ」

 

 焦った1組で、唯一取れそうな箒が後方に慌てて走り出した。でもこのまま行くと一夏に……。

 

「おわっ!」

「ぎゃっ!」

 

 と言う前に、箒は一夏と衝突して、重なるように倒れた。

 

「こっちに1点入るよー」

 

 審判役のシャルロットが点数版を捲る。今は3組がリードしている。

 

「いってて……大丈夫かぁ、箒」

「あ、ああ。すまない……て」

「え? ……あ、うわぁっ!」

「うわぁ、織斑君揉んでたよ」

「ハレンチー」

 

 一夏からのアタックに箒は両腕で胸を覆って蹲り、一夏も顔を赤くしながら慌て、周りが揶揄う、なんとも平和な光景だ。シャルロットの呆れたジト目と頭に怒筋を浮かべた鈴のジト目がなかなか痛いけど。

 

「ほう、随分と盛っているなぁ織斑。間違いだけは起こすなよ」

 

 そんな状況の中で、横から食い込むように女性の声が割り込む。全員で視線を向けると、そこには少々刺激が強い黒い水着を纏った織斑千冬と顔を赤くした山田先生が立っていた。

 

「ちふ、お、織斑先生……」

「お、織斑君! そういうのはダメですよ! こういうのは順番が……」

 

 山田先生ってこんなんだったっけ? うちの副担任じゃないから分からないな。

 にしても一夏のやつ、凄い見蕩れてるじゃないか。顔まで赤くして鼻伸ばして。

 前から思ってたけど……もしかしてあいつ、そういうことなのか? 水着姿ならともかくそっちの意味でも……だとしたらちょっとなぁ。

 

 

『お前が言う資格ねえよ』

『全くっス』

 

 

 あれ、今レインとフォルテさんらしき声が聞こえたような。

 まあいいか。

 

「どうだ若人ども、楽しめているか?」

「は、はい!」

「巻紙、ボーデヴィッヒ、貴様らは……楽しめているようだな」

「はい、教官」

「ええ、お陰様で」

 

 何のかんの言って俺のことも気にしてはいるようだ。

 それにしても、織斑千冬の水着姿か。想像してた以上だな。流石は世界最強、あれなら世の中の男も振り向かずには入れられないだろう。

 ……やっぱマドカも大人に成長したらきっと……最近自分の馬鹿さ加減に心底呆れてしまう。いくらマドカと会えてないからって、寄りにもよって織斑千冬に欲情するなんて。

 

「どれ、自由時間も少ないが、私も久々にやるとしよう。篠ノ之、交代しろ」

「は、はい」

 

 いや、欲情してる訳じゃない。ただ彼女を見ていると、マドカが大人になったらこうなるのかなぁって考えてしまうだけだ。

 

「す、凄い……立っただけで押し潰されるような覇気」

「これが織斑先生の……まさにオーガ」

「よし、いくぞ」

 

 大体マドカはあんなセクハラ紛いな下品な言葉を口に出して言わない。

 

「ふんっ!」

 

 バシィッ! 

 

「さ、サーブでこれ!?」

 

 それに最近じゃバスタオル姿すら恥ずかしがって見せなくなったからな。姉さん達は堂々としてるってのに、それくらいマドカはそういうのが気になってしまう年頃らしい。あのキツネの衣装も着てくれるかどうか。

 

「零! 危ない!」

 

 よって、マドカは織斑千冬と違う。もしそっくりだなんて言って手を出す奴がいたら即効で────

 

 バシンッ! 

 

「ごふっ!?」

 

 なんて自分の煩悩を払い除けている途中で、織斑千冬のサーブという名のアタックが俺の顔面に直撃した。その威力は前にブツを盗んだ時にやり合った奴らのストレートを軽く超えていて、脳が上下左右に振られるような衝撃に襲われた、まさに規格外の強さだ。

 

「あ」

 

 というぽかんとしたような顔をしているであろう織斑千冬の声が聞こえてきたのを最後に、俺は背中から砂浜に倒れ、意識を暗闇に落とした。

 

 …………なんか、ここ最近、暗闇に落ちてばっかな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クーちゃーん、帰っておいでー」

「きれい、きれい……へへへ」

「色んな意味で帰っておいでー」

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。