短いです。
──────────────────
「ねえねえ、どう? 似合う?」
「えー、それはちょっと見えすぎじゃない?」
「いいじゃないのー、どうせこの世界には私達しか居ないんだから」
ここはISコア達が人の姿で好き勝手やってるいつもの電脳空間(広場)。今日のIS達は、『現実世界の夏といえばやっぱり水着でシーバカンスでっせ。良かったら先輩方も作りやせんか?』という黎からの提案により、現実世界のデータを元に自分達で創作した『水着』の軽いお披露目会を催していた。
コアである彼女達にそんなものが必要かどうかは今は置いておく。
「レーゲンはどんな水着にしたの?」
「私か? 私はな、これだ」
レーゲンは羽織っていた布をばっと捲り、身に纏っている水着……紺色のスクール水着を自信満々に、堂々とラムに見せつけた。
「えっ、ちょ、それスクール水着?」
「そうだが?」
「なんでそれ?」
「うむ、選んだ中で1番動きやすそうだったのだ。おかしいか?」
「え? まあ、似合ってないわけではないかな」
「そうだろう。それにラウラの部下曰く『速攻でノックアウトする』代物らしいからな。これならどんな相手だろうとイチコロだ」
「あ、うん。そっか」
これ以上言っても無駄だと感じたラムは、レーゲンを追求するのを辞めた。少なくともこの世界においてはノックアウトされる者はいないだろう。
「白式ー、アンタもう少しへそ出してもいいんじゃない?」
「で、でもそれだとお腹が……」
「何言ってんのよ。アンタぐらいの歳ならそんなの大したことないわよ……つーかあんたアタシよりも地味に大きい? 一夏が操縦者なのになんで? もしかして喧嘩売ってる?」
「え、怖いよ? 甲お姉ちゃん?」
その横では、自分よりも年下にも関わらず、地味にいいものを持つ白式に対して甲龍が笑顔で理不尽な言いがかりをつけるなどなど、コア達は各々が好みで作り上げた水着を纏い、評価しあっていた。
「……ふぁ」
「あー白騎士姐さん」
「なんだ?」
ふと、コアの1人が、隅の方で彼女達の戯れを暇そうに座って眺める白騎士に声をかけた。
「姐さんは水着はもってないんですか?」
「別に必要ないからな」
「はぁ、そうですか」
と言うのは白騎士の嘘であり、実際は彼女自身もこっそり何が自分に似合うのか1人で悩んでいた。が、どれがいいのか分からず、悩みに悩んだ結果、いっその事何もいらないという結論に至ってしまったのだ。
「(何やってんのよぉあいつは)それじゃあ私はこれで」
気まずそうにコアは白騎士から離れていき、白騎士は再びボーッと眺め始めた。
「……私に、あんなものなど」
どこか寂しそうに呟くと、白騎士は立ち上がり、その場から去ろうと踵を返す。ここにいると妙な息苦しさを感じてしまうらしい。
「おお白騎士、ここにいたのか」
歩き出そうとしたところで、横から声をかけられる。目を向けると、そこには白色のラッピング袋を持った雷が立っていた。
「雷か、今まで何をしていたんだ?」
「いやぁ悪い悪い、思いのほか時間がかかっちまってさぁ。ほら」
雷は悪そうに後頭部をかきながら、白騎士にラッピング袋を差し出す。
「これは?」
「おう、いつもお前には世話になってるからな。俺からのプレゼントだ」
「……ぷ、プレゼント?」
突然の言葉に白騎士は少し動揺し、すぐさま姿勢を正す。
「わ、私に?」
「おう。つっても、水着なんだけどな」
「み……お前が作ったのか?」
「ああ、まあ何回か失敗して作り直してるけど。いやぁ食いもんと違って調理なんて出来ないから、なかなか苦労したぜ」
「そ、そうか……」
先程まで雷はコソコソと何かしていたが、これを地道に作っていたのかと白騎士は心の中で納得する。
「どうした? あ、まさか自分の水着持ってたか?」
「い、いや、持っていないぞ。私は、その……何が似合うか迷って作らなかったからな」
「そうなのか? じゃあちょうどいいな。ほい」
雷は白騎士に袋を再度差し出し、白騎士は「あ、ああ……うむ」と口籠もりながらそれを受け取る。
「一応サイズとか合ってなかったら言ってくれよな」
「あ…………雷」
「ん?」
「その………………その……」
「あっ、なんだって?」
白騎士は目線を逸らしながら、雷に何かを言いたそうに口を開く。が、あまりに声が籠もって小さいため、雷は上手く聞き取ろうと彼女に耳を近づける。
「…………」
「白騎士?」
「……あっ、ち、近い!」
「ぐおっ……な、何すんだよいきなり」
「知らん! 自分で考えろ!」
「何怒って……あ! 待てよ!」
白騎士は数cmまで近づいた雷の顔をグイッと押しのけたかと思えば、顔を赤くしながら怒ったようにその場を去っていった。
「(なんだよ白騎士のやつ……俺、何か怒らせるようなことやったか?)」
ご立腹したようにスタスタと歩いていく白騎士の背中を見ながら、彼女の心を知らない雷はしょんぼりと落ち込み俯いた。
「あーあ、全くアイツは」
「雷お兄ちゃん、大丈夫かな」
「ほっときなって、こういう時はそっとしておいてあげるのが1番よ」
「でも……」
「そうだぞ白式。それに男は狼を心の奥底に潜めているらしい、今の雷に近づけば今度はお前が食われるぞ」
「オオカミ?」
「日本の民謡? にそのようなものがあった。男はみんな羊の皮を被った狼らしいぞ」
「そうなの?」
「あー、レーゲンの言うことだから気にしなくていいわよ(そんな民謡ないわよ)。つーかそれ誰からの入れ知恵よ」
「キンキン(ゴールデン・ドーン)だが?」
「あっそ(キンキンって……)」
「(…………やってしまった)」
レーゲンが白式に謎の知識を植え付けようとしているその頃、白騎士はしばらく歩いた場所にあるハゲの木が並ぶ広場にて、雷からプレゼントされた袋をじっと見ながら、先程の彼に対する仕打ちを後悔していた。いきなりとはいえ、折角自身のために水着を作ってくれた彼に対してあのような態度はないだろうと反省していた。
それに、なぜあの時、自分は『ありがとう』という言葉を話せなかったのか、たった5文字の簡単な感謝の言葉を、どうして口を詰まらせてまで言えなかったのか、白騎士は自分自身の言動が不思議でならなかった。
「(……私のため、か)」
白騎士が開発主である篠ノ之束に生み出されてから十数年、あの事件で宙を駆け巡り、1度は分解されたものの、偶然にも人格が残ってしまい、今も続いている彼女のコア生。考えてみると、こうして誰かから贈り物を貰ったのは生まれて初めての経験であった。
「…………私は、どうかしてしまったのか」
1本のハゲの木に持たれかかると、白騎士は顔を上げて透き通った青空を流れる白い雲を観ながら、雷からの贈り物をその胸に抱きしめた。
彼女はその存在故、他のIS達から敬われ、(一応)恐れられている云わば1匹狼である。しかし、そんな彼女は今、とある雄の狼に初めて味わうある感情を湧かせ、無意識に心を高鳴らせていた。