エンドロールに花束を   作:銀幕

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原作の方で色々ありましたが取り敢えず投稿します。
続きはそのうち書く。
因みに短編集なので舞台はバラバラです(予定)。


『ちよこシアター』

 

 

 

 

 

 意外と、というわけではないけど。

 私のような所謂有名人と呼ばれる人種の誕生日というのは中々に忙しい。

 有名人の性というか、定めとでも言うべきだろうか。

 

 そもそもの話、というか。

 相当数の撮影だったり、イベントや稽古を熟さなくてはいけないスケジュールの都合上、丸一日のオフが取れること自体がまず少ないというのもあるけど。

 私みたいな()()()()()()()()()()が誕生日に全日オフを取れるというのは相当にレアだ。全日(オール)でともなると、月に数回あるかないか、といったところだろう。それも狙った日にちにとなると、リスケジュールをする必要性が出てくるからそう簡単にできることじゃない。

 その上オフだからといって、針やデトックスといったサロン、エステでの定期的なボディメンテナンスをしなくちゃいけない以上、好きなことだけをやるってことにもいかない。

 

 もし、仮に。誕生日当日が休みになったとしても、場合によっては同じ事務所の女優陣だったり友達だったりと『お誕生日会』を催さなくてはならないかったりすることもある。

 まあ、コレ自体も強制という訳ではないんだけど……。

 誕生日に被った映画関連のイベントだったり出演する撮影で、ケーキだったり、洒落たディナーだったりを一緒に食べました──という写真は意外と散見される。

 

「……ただいま」

 

 電子キーでドアを開けて、私は誰もいない部屋に向かってそんなことを口にした。おかえりもなく、出迎えてくれる人もおらず。私の声が無人の部屋に木霊した。

 カーディガンをハンガーにかけて、ポンポンと軽く花粉を取る。

 手と顔を軽く洗って部屋着に着替えると、ガザコソと音を立てるドディーたちのいる部屋を横切ってぼふんっとベッドに倒れ込んだ。

 

「……二十歳、か」

 

 羽毛布団に顔半分を埋めながら、私はスマートフォンを点灯させる。時間は21時30分──ああ、返信しないと。

 さっき返信した時から更に増えてるラインの通知を見て、私は軽いため息と共に上体を起こした。

 あいかわらず緊張が抜けない景ちゃんのラインだったりお堅いままの和歌月さんの返信にクスリと笑みを浮かべながら、お礼だったりを返信していく。

 取り敢えず今日中に返信しておきたかった相手に一通りの返信を終えて、エゴサーチをしながら誕生日の投稿どうしようと頭を悩ませる。

 

 うーん。

 パソコンと睨めっこしていると。

 ぴんぽーんと、気の抜けた音がなった。

 

「? 誰かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幼馴染」と「女優・百城千世子」

 

 

 

 

『ちよこシアター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俳優。

 (ヒト)(アラ)ざるに(マサ)ると書いて、もしくは巧みに俳優(ワザオギ)すと読んで、俳優。

 嘗てはカミサマを宥めるものだったそれも、今となっては娯楽だったり芸術としての一面を兼ね備えているわけで。

 そんな俳優、若しくは役者と言われる人種の中で、特に女性である役者のことを女優と呼ぶ。

 

 で、だ。

 今そこら辺にいる頭脳労働者(ホワイトカラー)でも学生でもなんでもいいが、そいつら何人かひっ捕まえて、女優といえば誰? という質問をすれば、十中八九返答されるのはあの二人だろう。

 

 百城千世子と夜凪景である。

 

 芸能界の超王手事務所の顔役女優と、三大映画祭を二度も総なめにした黒山墨字の懐刀。

 ビジュアル、実力ともに申し分なく、演技に至っては同世代どころか現時点での芸能界を見渡してもそうそう見つからないレベルだ。

 そんな『売れっ子女優』として真っ先に名前を挙げられるほどに、女優、百城千世子といえば今を煌めく売れっ子女優であるのだ。

 子役のときから変わらず売れ続け、今のところそのキャリアに仕事が途絶えたことがないというのだから凄まじい。……こういうと若干得意げな顔をしそうだから尺に触るんだが。

 ここまで色々と御託を並べたのも。一介の美大生でしかない俺と社会でも1%にも満たない「ちゃんとした女優」であるヤツとの関係性について説明するためだ。

 

 簡単に言っちゃえば腐れ縁である。

 

 もしくは幼馴染とも言い換えられる。どちらにしろ漢字三文字で表せる関係でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。あんな美人と恋人みたいな関係性を想像しているやつもいるかもしれないけど、実際のところ幼馴染でそんな関係になるやつなんてそうそういないだろう。

 未だに俺からすればアイツは手のかかる小生意気な妹のような存在だし、恐らく向こうも近所の兄ちゃんやら、使い勝手がいいヤツと思っているに違いない。じゃなきゃあんな頻度で俺をこき使ったりしないだろう。この前のあれは本当に許さん。

 銀座の鍋奢ってくれたから許したけども。

 

 四月朔日。

 わたぬき。若しくはエイプリールフール。

 転じて百城千世子の誕生日である。ハッピーバースデー。

 役者とかいうウソツキらしい誕生日だと以前笑っていた気がするけども。

 

「さよならティーンネージャー」

「……。来るなら連絡して欲しかったんだけど」

「俺の部屋来るときに連絡するようになったら考えてやるよ」

 

 東京某所。

 ネオンライトに包まれたその街の一際高い場所。

 適度な観葉植物とインテリアがセンスよく配置されたラウンジをを通り抜けた先にある、過剰なまでに電子ロックやその他もろもろの防犯システムの構築された都内の高層ビルの一室。

 ガチャリと鍵の開く音。

 いくつかのアルコールに入った袋と紙袋を抱えた俺の前のドアが開いて、外向けのオフ着だろうベージュのニットに身を包んだウルフヘアーが顔を覗かせた。

 

「私が呼んでもないのに来るとか珍しいね。何か心境の変化でもあったのかな」

「ただの誕生日祝いだよ。

 今日で二十歳になったわけだし、折角だから酒でも飲ませてやろうってだけだ。お前のことだし、職業柄今までそういう経験なかっただろうしな」

「……そっか」

 

 数年前に比べてだいぶトーンダウンしたホワイトカラー、役作りで短めにしたという襟足が外に向かって跳ねていた。顔のラインに沿ってカットされた触覚部分をぐしぐしと手で梳いている。

 ポーカーフェイスの裏に若干の驚きが垣間見える。どうやらサプライズは無事成功したらしい。舞台の稽古で忙しいであろうアキラに迷惑をかけたかいがあったというものだ。

 真っ黒のデザイナーズシューズを脱いで、俺は幼馴染に先導されるがままにリビングへと足を運ぶ。廊下沿いにある暗室がガサゴソと木の葉の擦れ合う音を鳴らしていた。

 扉の前ので足を止める。先導していた千世子がくるりと身を回転させて俺の方に向き直ったのを尻目に移しながら。

 

「孵ったんだな」

「え、あ、うん。三日前くらいだったかな。もう羽も綺麗になってるはずだし、みてく?」

「そうだな……次の作品の参考になるか……いや、後でいい。今は先にこっちをやっときたいし。

 キッチン借りるぞ」

「おっけー、ちょっと待ってね」

 

 パタパタとスリッパをはためかせながらリビングに急いだ千世子の後をのんびりと追う。

 手早くキッチンの片付けた千世子にお礼を言いつつ結構な量の紙袋を部屋の隅に置く。そのうちの二つから軽く見繕ったアルコール類を冷蔵庫にぶち込むように言いつけると、俺はデニム地のサロンエプロンを腰に巻き付けた。

 梱包材から材料を取り出して、ふと視線を壁に向けた。そんな俺の様子を見たのか、キッチンの整理をしていた幼馴染が、

 

「アートとしてもインテリアとしても悪くないし、結構気に入ってるんだ。別にいいでしょ?」

「……、あっそ」

 

 なにやらニヤニヤしている幼馴染にうっせーバーカとデコピンする。いたっと形のいい指で軽く弾いたおでこを撫でた。年上を揶揄すんじゃねぇ。

 恨めしげな視線を背中に浴びながら相変わらず無駄に広いカウンター型のキッチンに立つと、手早く調理器具を取り出して調理を始める。その場でやりたい下処理以外はもう終わらせてきてるから早めに作り終わるはずだ。

 

「──大学はどんな感じなの?」

「別に普通だよ。まだ三年時もキチンと始まってるわけじゃないし。

 課題と課題と課題……くらいか」

「課題ばっかじゃん」

「いやさ、なんか知らないけど教授がやけに俺に厳しいんだよ。

 画廊に出すわけでもないんだから別に本気じゃなくてもいいだろうに……」

 

 あの眼鏡、顔がいいからって許されるとか思ってんのかよ内心毒付きながら水洗いしたオレンジを手に撮った。

 皮をピーラーで削いで房を取り除いて果肉を絞って網目の細かい布でこす。オレンジソースの下準備を終えて、フライパンにオリーブオイルを回して余計な脂肪分を取り除いた鴨胸肉の皮目部分をポワレ。

 ジュゥと油の乗った皮目の水分が爆ぜる音を聞きながらも、テキパキと調理を進める俺をカウンター越しに見ていた幼馴染みが、ブロンドカラーを揺らしながら俺の方を見ていた。軽口を叩きつつも調理を進めていく。

 この前のオークションに出品したのが一年振りだったねだとか、次のドラマがどうだとか、グラフィティ・アートについてだとか、幼馴染みの他愛もない話が耳朶を打つ。

 オレンジソースを一舐め。……若干甘味が足りないか。マーマレードと醤油を少し足せば充分か。隠し過ぎたら水で調整してやればいい。

 自家製ブレンドのハーブバターを塗ったガーリックトーストが焼き上がる。表面の焼き上がりは……十分だな。

 

「クラフトビールと赤ワイン、どっちにする」

「おすすめは?」

「このメニューなら取り敢えずクラフトビールだ」

「んー……じゃあ、とりあえずクラフトビールにしてみようかな」

 

 レアに仕上げた鴨肉を薄くスライスして岩塩を少々。黒色の陶器に扇型に並べて白髪ネギと彩りに仕上げたガブリチュールを盛りつけ、オレンジソースをかけてやれば最高の一品が出来上がる。

 冷蔵庫から程よく冷えたグラスと黒い瓶を取り出して、丁寧に木目を拵えたテーブルの上に見栄え良く盛り付けた皿を置いていく。

 今日のメニューは鴨肉のオレンジソースにキノコのマリネ、サケのカルパッチョとサラダに自家製のガーリックトーストだ。

 酒のアテにということで選出した俺のメニュー。

 

「できたぞ」

「うわ、美味しそう」

 

 当たり前だ。

 幼馴染みは目を輝かせると、スマホを取り出して光の加減を上手く調整しながら写真を撮っているようだ。1日おきに飯を作りに来ていた時期──丁度『羅刹女』とかの稽古あたりの頃からこうやって作った飯をSNSに上げているわけだし、もう見慣れた光景だ。

 そんな幼馴染を尻目に移しながら、俺は瓶栓を抜いてかすかに氷のような冷たさを持ったグラスに琥珀色の液体を注ぐ。

 キメ細かい泡を潰さないように丁寧に注いでいく。

 ……割合は3対7。完璧だ。

 

「──ハッピーバースデー」

「ハッピーバースデー。

 ……こうやって二人で誕生日を迎えるのは久々じゃない?」

「そうかもな」

 

 幼馴染がオレンジ色のソースを絡ませて、レアに仕上げた鴨肉を口にした。あ、柔らかい、と零した様子に若干の優越感を感じながらきのこのマリネを口に放り込んで琥珀色の液体を流し込む。

 ……お、こっちはワインの宛にと調整した割にはラガーに合うな。ビールの心地良い苦味が口の中で弾けた。

 そんな俺の様子を見ていた幼馴染が恐る恐るといった良いそうでグラスの縁を口につけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──すぅ……」

「……自己管理甘くないか?」

 

 それでいいのか幼馴染と思わないわけでもないが……、初めての飲酒にそこそこ度数の高い銘柄だったわけだし仕方ないか。

 まぁ、撮影後に突き合わせてしまったのは俺だし、後片付けは俺がするのがスジというものだろう。酔いが回ってテーブルに顔を伏せて寝息を漏らす幼馴染の様子に苦笑しつつ、グラスを傾けて残りを飲み干すと、肘をついて幼馴染の顔をぼんやりと眺める。

 歳を重ねるごとに息を呑むほどに魅力的になっていく幼馴染。努力に努力を重ねたそれ。『百城千世子』という存在。

 

「……黙ってりゃ美人なんだよな」

 

 喋っても美人だよ、とでもこいつならいいそうだなと薄く笑う。

 

 幼馴染は目を瞑っている。

 まぁ、お疲れなんだろう。少し位の気を抜いているの見逃してやるのが人情だろう。

 目を瞑っている幼馴染の額が少し汗ばんで、口元に垂れた髪を食まないように耳元に掛けてやる。

 酔いのせいか、少し顔が赤い。

 

 ここまでコイツが疲れているのは、いい作品を作ろうと、本気でやってくれたからこそで、そやって血肉を削った先にいい形の完成があると、俺達みたいな芸術に魅入られた人間は知っている。

 ガキの頃から一緒にいたコイツがスターズにはいって、スター街道歩き始めて。

 負けたくないと思って、俺も筆を取ったんだっけか。

 

 ……色々あった。

 うん、本当に色々あった。

 会わなくなった時期だってあったし、喧嘩もしたし、同級生のやっかみのせいで色々と面倒なことになったりもした。

 でも。

 それでも。

 

「お前の幼馴染で、幸せだったよ」

 

 ……俺らしくもない。

 こいつにバレたら、洒落にならないな。歯の浮くようなセリフだ。

 耳朶が熱くなるのをアルコールの所為にして。

 まぁ、誕生日だから、と。

 カミサマってやつも、きっと許してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 




この作品は読者の感想の提供によって作られています。
みんなもかわいいアクタージュよみたいじゃろ?
そう!
あなたのみたいシチュエーション!
それはみんなが読みたいシチュエーションなんだよ!



がんばれ宇佐崎さん!

砂糖の量

  • カフェオレ
  • キャラメルラテ
  • もうこれはコーヒーではない、マッカンだ

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