エンドロールに花束を   作:銀幕

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『ちよこシアター編 其の弐』



大人千世子描くの難しいし二話目にしてサブタイに困る。



『ちよこモーテル』

 

 

 

 

 

 

 

 グラフィティ・アート。

 

 別名エアロゾールアート。

 職人(アルチスト)を起源とするルネサンス期近辺からアーティストとしての側面を強くしていった所謂「画家」と呼ばれる芸術家とは異なり、70年代の紐街でヒップホップを下地に発展していった、スプレーやフェルトペン等を用いた芸術活動。

 まぁ、有り体に言ってしまえばサブカルチャーの一つなわけだが。

 

「────」

 

 黄色。赤。

 大学から一人あたり一部屋割り当てられた個人の制作スタジオ。その壁一面を画材を貼り付けてキャンバスに見立ててスプレーやフェルトペンなどで色を塗りたくる。

 ジャン=ミッシェル・バスキアやキース・ヘリング、ロン・イングリッシュ。

 そういった現代アートに大きな影響を与えた彼らの出発点となったグラフィティであるが、その多くは、所有者の許可を取らない限りは器物損壊にあたる犯罪行為にあたってしまう。

 

 重ねて。重ねて。色を、色彩を。

 赤、青、黒、黄色、白──嗚呼、足りない。コレじゃない、か。

 

「……SUCK(下手クソ)

 

 畜生が、と息を吐いて黒のスプレーを画材に吹き付けた。

 ……ダメだな、俺の描きたいモチーフに、俺の技術が追いついていない。時間も、経験も、実力も、何もかもが足りない。

 いくら他人に評価されても。いくら自分の作品を号いくらで買われたとしても。

 それでは、満たされない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それは自分の作品とはいえないのだと。

 黒いロングスリーブを肘にまでたくし上げて、スプレー缶を持った右手で頬を拭う。黄色をベースに様々な色彩を塗りつぶしたグラフィティ。ある程度の完成を見たそれを俯瞰し直す。

 ……いや、ああ、くそ。ダメだ。

 

 ボツ、か。

 

「進捗はどうですか?」

「っ!? ……教授? いきなり話しかけないで下さいよ」

「何度か話しかけましたよ」

「……え、マジっすか。それはなんというか……」

「別に気にしなくていいです。作品作りで周りが見えなくなるのは良くあることですし。それにしても、ふむ」

「あっ、ちょっ」

 

 唐突に背面からかけられた声に思わず肩を揺らす。なんだと思って首を回すとなんか昨年から赴任した准教授が横に立っていた。

 黒で大きく斜めに塗り潰した落書きをマジマジと見ながら、肩にかからない程度のボブカットを手で払って、ウェリントンタイプのメガネをかけ直す。

 女性特有の甘い香りが鼻腔を擽った。年も若く美人な教員。……まあキャンパス内でやたら美人な准教授がいると噂になるだけはある。

 これで俺にやたら厳しいのが無ければ最高なのだが。

 

「相変わらず、みたいですね」

「……ええ、まあ。スランプといえば聞こえはいいですが、実際は俺の実力が追いついていないだけというのが実情ッスから。まだまだですよ。アンタも──いや、何かアドバイスとかありますか?」

「……そう、ですね。

 とは言っても私自身人に教えられるほど熟達してる訳ではないんですが……共同制作だったり、誰かに向けての作品作り、というのもひとつの案ではないかと」

 

 なるほど。

 俺の"落書き"を見つめていた彼女にそうやって声をかけると、一頻り見終えたのか俺の方に向き変えると、そうですねと口元に指をかけながらそんなことを口にした。

 体をくねらせて微かに青色がかった眼鏡越しに俺の方を見る。

 ……ん、待て。

 

「…………いや、アレは描きませんよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幼馴染」と「女優・百城千世子」

 

 

 

 

『ちよこモーテル』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月。

 梅雨も明け、蝉しぐれが響り始めた頃。

 やたら重いリュックサックを背負って、青々と葉を茂らせ始めた針葉樹の間を縫ってゆっくりと帰路へ着く。

 赤と黒とが混じり合った不思議な色合いを醸し出した夕焼けを背に帰路を辿る。時刻も六時近く。日の強さも大分収まったとはいえ、まだまだ嫌に暑さが籠っていた。

 滲んだ汗を拭う。そう言えば、今日は今年一番の暑さになると朝のニュースで言っていたことを思い出して思わず顔をしかめる。

 

 ……帰ったら酒でも飲むか。

 

 こんな暑い日は冷房が効いた部屋でキンキンに冷えた発泡酒に限る。スランプなのか、相変わらず満足のできる作品が出来ないといえど、たまには贅沢してもバチは当たるまい。

 確か冷蔵庫にバレルとバカルディのペリオールとブラックがあったはずだ。後は……なにがあったけか。

 

「んー……、まあ、なんかあるだろ」

 

 そう呟いて、俺は帰路を辿る足を早めた。

 東京都内の二十三区。その端の方に存在する古びたアパートが我が家だ。ジリジリと熱を蓄えたコンクリートの上を歩いていく。

 

 一人暮らしを始めてから二年以上にもなる。

 都内の大学なら元々の予定だと実家から通う予定だったのだが──なぜか口をわらない両親の所為で、これが家庭の方針だったのかそうでないのかが未だにわからないのだが──大学への進学が決まるといつの間にやら一人暮らしが決定していた。

 

 俺の住居なのに俺の意思が介在しないという異常事態だった。

 

 いやまぁ。

 アトリエとして使うかもしれないという親の気遣いなのか、ありがたいことに俺一人じゃ持て余すくらいにはそれなりの広さである。家族といえど、同居人にこれといって気を使うことなく作品作りに没頭できるのはやはり助かるというもの。

 

 コンビニやらが乱立している十字路を曲がって裏路地に入る。

 我が家はそこそこに錆び付いている年代物のアパートだが、大通りから外れた場所に位置するため人通りも少ない。

 パッと見は決して綺麗とは言い難いが、部屋の中は外壁と違ってそこそこ綺麗だ。住めば都とはまさしくこのこと。

 そんなアパートの二階、角部屋の206号室に辿り着いた時には時計の針は十九時を数分回っていた。ポケットから鍵を取り出す。

 

「…………?」

 

 空いてる。

 ……空いてるな。

 鍵は閉めてたはずだし、うん、ちょっと待て。

 鍵穴を回しても手ごたえがない。

 ……いや、やっぱり鍵の閉め忘れか。そう思いながらドアノブを捻ると扉は鉄錆の擦れる音がした。

 まだまだ日の高い夕方、ドアを開けた瞬間ひんやりとした空気が肌を撫でた。オレンジがかったライトが木目調にフローリングを照らしている。ついでに言えば寝室兼リビングルームとして使っている居間からはテレビの音が漏れていた。

 

「またか」

 

 准教授を退けたと思ったら今度はこっちか。思わず唸りながら目頭を揉む。なんなんだ、今日は厄日かなにかなのだろうか。

 扉を閉めて、鍵を掛けた。ため息とともに足元を見れば、案の定女性もの小ぶりなハイヒールが隅にちょこんと揃えてあった。

 

「あ、帰ってきたんだ、おかえり」

「…………。ただいま」

 

 扉が開いた音に気がついたらしく、玄関からは死角になっているキッチンから、ホットパンツにビッグシャツとやけにラフな格好にパステルカラーのエプロンを身に着けたブロンドカラーが顔を覗かせた。

 

「何やってんだお前は」

「せっかく私が遊びに来たんだから、もうちょっと反応あってもいいと思うんだけどな」

「うん。取り敢えず俺のリアクションを求めるよりも前にまずは無断でウチに来るのをやめような」

「お母さんの許可はもらってるから大丈夫だよ?」

「おい俺のプライバシーはどうしたマイマザー」

 

 スターズの天使、百城千世子。

 いつも通りの飄々とした笑みを浮かべるそいつを見て、俺は思はずため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私には、一人の幼馴染みがいる。

 

 腐れ縁というか、幼馴染みというか。

 昔住んでいたマンションの隣室に住んでいたというのもあって、私たちの家族同士での交流があったから一応物心着く前からといえばそうなのだけど。

 私と彼がよく話すようになったのは幼稚園の頃からだから、そこからだとしてもかれこれ十六年近くの付き合いになる。

 

 小さい頃の私にとって、彼と一緒なのが当たり前の日常だった。

 

 流石の私も十年以上前のことを鮮明に覚えてる、というわけではない。

 それでも、幼稚園のお友達と遊ぶことも楽しかったはずだけど、それでも当時の私は彼と一緒にいるのがとても好きだったんだということはぼんやりと覚えている。

 おままごとやかくれんぼ、ドロケイにザリガニ釣り……それと、虫取り。そうやって沢山のことを切磋琢磨しながら遊んで。

 彼よりも幾分器用だった私は彼によく白星を上げていて、そして負けん気の強い彼が何食わぬ顔でもう一つ勝負を嗾けるのがいつもの光景だった。

 家族単位の付き合いだったというのもあるけれど、小学校低学年くらいまではウチと彼の家族と一緒に旅行に行ったものだ。

 

 中学校に上がってからも、幼馴染みとは同じ中学校だったから相変わらず一緒にいた。

 中学一年生になって各々が思春期に入ってからは、私も幼馴染みもそれなりに告白されることも増え初めて、でもお互いに頑なに告白を断り続けてるから付き合ってるんじゃないかって噂も流れたっけ。

 ほとんど毎日一緒に帰っていたから、女子組からのやっかみというのもあったんだろうけど、手を回してことが大きくなる前に鎮火して結局中学一年の間は私たちの関係性も大きく変わることはなく、相変わらず一緒に過ごしていた。

 

 転機が訪れたのは、私たちが中学二年生になる少し前のこと。

 アリサさんの舞台を見て、憧れて。両親の後押しもあって、『スターズ』所属の新人子役として私が芸能界入りを果たしたのだ。

 そこからは、私の手の届く範囲外で色々と拗れたりすることが増えてきた。芸能活動をしている以上仕方のないことではあるんだろうけど。

 私の芸能活動が活発になって、色々な人に顔を覚えられ始めてからも、特にこれといって態度も対応も変わらない、件の幼馴染みといえば──。

 

「──ったく。

 遊びに来るのはいいけど、誰にも見られてないよな?」

「大丈夫だよ。報道陣(パパラッチ)も巻いてきたし、ちゃんと人目につかないところまでアキラくんに送ってもらったから」

「アキラお前……」

 

 ニギニギと目頭を揉み込みながらそう口にした幼馴染の様子に、思わずくすりと笑みが溢れた。

 世間一般から見れば、『百城千世子』は足も押されぬ売れっ子女優だ。そんな私が幼馴染みとはいえ、男の部屋を訪れたとパパラッチにバレるのは、心情的にはどうあれ、出来る限り避けておかねばならない。スキャンダルで私の芸能活動が一時停止が有れば、そのせいで生じる経済的影響は計り知れない。

 まあ、基本的には問題ないんだけど。

 

「で、暇だから遊びにきたのか。てことは明日半日はオフか」

「うん。今日も夕方からは予定もなかったからね。

 ほら、そこじゃ暑いでしょ? 上がって上がって」

「……ここ俺の家なんだが」

 

 まぁいいけど、と言って手早く荷物を方すと、シャワー浴びてくると言って洗面所に向かった幼馴染。私はキッチン位に戻って手早く料理の最終仕上げに取り掛かる。とは言っても本当に大したものじゃないからすぐに終わる。夏らしいさっぱりとしたものを数品。

 アキラくんからなんだか行き詰まってるみたいだって話は聞いていたし、それに加えてここ最近のうだるような暑さにエトセトラ。今の彼が食べたいであろうものを予想することはさして難しくない。

 

「あ、お風呂借りたからね」

「……いや、ここまでくるともういい。それはいいんだ。……いいんだけど、せめて家主に一言をだな」

「ご飯できてるけどたべる?」

「貰う」

 

 十分程で手早くシャワーを浴びてきたのだろう。

 鼻の中程まである髪をガシガシとタオルでこすりながら現れた。黒無地の半袖の上で、ドライヤーで八割り方乾かしてパーマが強く出た黒髪が跳ねる。微かに香るバニラのような甘い匂いが鼻腔を指した。

 ちゃぶ台の上に彩りよく盛り付けた小皿を載せて、二人揃って手を合わせる。いただきます、といってから彼が箸を取った。

 くだらない話をしながら、小麦色の発泡酒を片手にガツガツと食べ進めていく。私もグラスを傾けた。心地よい苦みが舌先で弾けた。

 

「……なに?」

「ううん。なんでもない。

 ……ひょっとして、もう私の方が料理上手だったりする?」

「ははは、寝言は寝てから言え。

 上手くなったのは認めるけど、俺に勝つには百年早い」

「ちぇ、私もまだまだかぁー。

 うん、じゃあ、今度また作ってね」

「……一昨日作りに行ったよな?」

 

 まあまあいいじゃんと笑いかけると、幼馴染みが相変わらず憮然とした表情で発泡酒を煽って鳥胸肉のローストを口にした。

 こうやって改めて対面に座っていると、色々とわかることがある。いつもよりカサついた白い肌に、目の下の隈もいつもより若干酷い。撮影が立て込んでてコッチにくるのはわりかし久しぶりだったというのもあるけど、アキラくんの言っていたスランプ状態というのはわりかし重症だったみたいだ。

 

「まあ、皐月ちゃんも大河以降で評価が結構変わったからね。私との共演となると初めてだろうし、子役以降のことも考えると今のうちにもっと安定しておきたいところだろうしね。

 想定通り、相当に力入るよねって感じだよ」

「へぇ。……あー、たしかにお前も夜凪と出会った後は相当ピリピリしてたしなぁ。

 芸風変えるってなると、まあ中々難しいんだろうな」

「まあね」

「はいはいえらいえらい」

 

 ご飯も食べ終わって、ごちそうさまという幼馴染みに笑みを返す。わりと好評だったみたいだ。

 基本的に素直じゃないから、直接私にあんまり本音を言ってくれな──

 

「ねえ、映画でも見ない?」

「お、いいね。そろそろ新作追加されてんだろ」

 

 頭に刺激入れるのには丁度いいか、といって幼馴染みご備え付けのテレビの下にあるリモコンを撮りに行く。

 ……ん、大丈夫、かな。耳朶赤くなってたのは、バレなかったみたいだ。

 ぴしぴしと左の頬を軽く叩いて表情筋を引き締める。この前以来、時たまこうやってなぜか色々とイカれてしまうのは相変わらずだった。……なんとなく原因はわかるけど、でもそうやって一概に一括りにできるものでもない気がするから。

 

「なに見る?」

「……そーだな」

 

 ……うん。

 でも、まあ、うん。

 今は、これでいいかな。

 彼も頑張って、私も頑張って。

 そうやって疲れた日々に。いつもは私がなにも取り繕話なくていい時間をくれる人に。

 『私』が私としていることを、受け止めてくれる人が心休まる時間を作ってあげたいから。

 

「これとかどうだ……ってどうかしたのか?」

「なんでもないよ。

 あ、それ私も気になってたやつ」

 

 私は天使だから、自分勝手に好きにはできないけど。

 でも今は、あなたとこうやって、一緒にいられることで満足しておいてあげようと、そんなふうに考えて。

 昔から変わらない、無邪気な横顔にこっそり見惚れながら。

 

 私は静かに、ロードを始めた画面を見つめる幼馴染みの横に腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 







 『ちよこシアター』は其の参まで構想があって。
 因みに次は修羅場の予定。コイツらいつも修羅場ってんな。
 さて、いこうか(すりすり)






 〈以下純粋なる後書き〉





 てことで短編集とかいった割に続き物書くという盛大なタイトル詐欺かましたところでこの後のお話をば。
 興味ない人は呼び飛ばしておっけーです。



 一応詳細は活動報告を読んで頂くとして、一応この場を借りて今後の投稿についてのお話です。
 こっちの『エンドロールに花束を』は気が向いたら、もしくは天が「描けよ……早く描けよぉ……」という声が降ってきたら更新するので基本不定期です。見切り発車だからね、仕方ないね。
 『銀幕』の方もエタる予定はないですし(当たり前)、羅刹女までのプロットはきちんと固まってるんで問題ないのですが、いかんせん大河編の情報が少な過ぎるので、プロットは練り直し諸々で更新が遅れます。
 ていうか作者今リアルが死ぬほど忙しくてね。趣味のこれやってると睡眠時間がゴリゴリ削れるんだ。まあ楽しいから描くんだけど。
 すまねえ(陳謝)

 ということで『幼馴染み』の名前を一切考えて無かったのを乗り切ったところで、今日のところは筆を置くとして。
 アクタージュ未完は悲しいけど二次作家で書こうぜという言葉を残しつつ。
 チヨコエル可愛いという言葉を送ったところで、
 なんか評価すごいことになってるなぁとつぶやきながら。
 一言。


 みんなもアクタージュの小説、描こうぜ!





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