落ちこぼれ職業の英雄創作《ヒーロークリエイト》~知りたがりと怖がりとお人よしにチートを添えて~ 作:葵 悠静
老人に連れられるような形で家の中に入ると、ベッドの隣の小さな机の上に食事が用意されていた。
「すまんの、いつも一人じゃからそんな大したもんが用意できんのじゃよ」
「準備が早いな!」
トキトの言う通り、老人から離れていたのはほんの数分。グラフォスたちが完全に目を離したすきに食事の用意をして元の場所に戻ってくる。
そんなことが可能なのだろうか。
用意されている食事は人数分の白パンと麺類のようだった。
「まあ遠慮せずに食べてくれ」
小さな机を囲むような形で五人が座るが、さすがに狭すぎて互いの肩が触れ合ってしまっている。
正直に言うと食べづらくてしょうがない体勢だった。
しかしそんな状況でもトキトは特に気にしていないのか、隣のシャルに腕が当たるのも構わずに目の前のパンを手に取る。
シャルの反対側に老人が座っているのだが、そっちの方にはうでどころか身体すら当たっていないのは、トキトなりの気遣いなのだろうか。
「なんだこれ、めちゃくちゃ冷たいな!」
「うちの特産品でな。凍らせているんじゃよ」
パンを凍らせている?
あまり聞いたことない調理法にグラフォスは首をかしげながらも、自分は目の前のパンには手を付けずにトキトが食べる瞬間を眺めていた。
しかしトキトがそのパンを口に含んだ瞬間、ガキっという音とともにトキトは口からパンを出す。
トキトが持っているパンは小さな歯型が付いただけで、ひとかけらもかけることがなかった。
「なんだこれかったいな!」
「トキト! 失礼でしょ!」
「ほっほっほ。構わんよ。そんなに堅かったかの」
老人は笑いながらトキトの言葉を受け流すと、自身もパンを取り口に含む。
そして一瞬の間の後にものすごい音を発しながらかみ砕きながら、氷漬けのパンを飲み込んだ。
「コツを掴めば食えるもんじゃよ」
「ほんとかよ……」
「すごい……」
老人は次にこちらも小さな皿に入った麺類に手を付ける。どうやら何かフォークとかスプーンを使うのではなく、手づかみで麺を掴んで食べるようだった。
そしてこちらも口に入れるとそのあと氷をかみ砕くような音が口の中で響いている。
「まさかそれも凍ってるんですか?」」
「うちの食事は凍っているのが基本じゃからな」
一体どういう生活環境で育てばそんな習慣が身に着くのだろうか。
「……せっかく用意していただきましたが、僕には食べられそうもないので、一足先に外に行っておきますね」
「じゃあ私も……」
グラフォスは老人が用意してくれた氷漬けの料理を食べることをあきらめて、外に出ることとした。
アカネも食べられないと判断したのかグラフォスと一緒に外に行くようだった。
外に出る前、トキトとシャルの方をちらっと確認するとトキトはまだ老人が用意した料理を食べるのにこだわっているのか、パンと格闘していた。
そんなトキトを見守るようにシャルもその場に座ったままだったが、食事に手を付ける様子はなかった。
まあ子どもを見守るお守り役といったところだろうか。
グラフォスとアカネが外に出て集落の端で野営の準備をしていたところ、トキトとシャルも外に出てきた。
「トキトさん、どうでした?」
「どうも何も全然食べられなかったよ。温めても口の中に入れてもあの氷溶けやしねえ」
「まああの氷は魔法で作られているぽいものね。食べられる方が不思議だわ」
「そうなの!?」
「なんで教えてくれねえんだよ!」
アカネとトキトはシャルの突然の暴露に驚いたのか、目を見開いてそれぞれ反応を示していた。
グラフォスはというと野営の準備が終わり、特にすることもなかったのでリュックからミンネが用意してくれた弁当を取り出していた。
「まああれだけ食事から魔力があふれてたらさすがに気づきますよね」
「そうね。トキトが馬鹿力で本当に食べようとしたらさすがに止めたけど、そんな感じでもなかったからね」
「言ってくれてもよかったじゃねえか」
「魔力の流れ、全然気づかなかった……」
トキトとアカネは二人とも違う理由で落ち込んでいるようだったが、落ち込んでいる姿は実にそっくりだった。
「それで、どう思いました?」
「食事のことなら話したじゃねえか」
「そうじゃなくて、この集落のことですよ。食事もそうですけど、こんな森の中にあるのに見張りもいなければ防壁もないんですよ? それなのに魔物に襲われている様子もない。おかしいと思うんですよね」
「まあおかしいとは思うけれど、これだけ魔力が張り巡らされている場所だから魔物も近寄れないのかもしれないわね」
「でもトレントキングとかは好んでこういう場所に来そうだけど……」
アカネの言う通り、トレントキングは魔力を取り込めば取り込むほど強くなるため、シャルの言う通りこの場所が魔力にあふれているのであれば、ここは格好の餌場に違いない。
それなのにトレントキングがグラフォスたちを追いかけてくる様子はないし、トレントキングどころか夕刻から魔物を一体も確認していなかった。
「まあ他人の俺らが首突っ込んでも仕方ねえだろ。ここの人たちは困ってないみたいだしな。気味悪いっていうなら一晩休んで、朝一にさっさと出ていけばいい」
トキトはグラフォスの隣にドカッと座りこむと、グラフォスの弁当を横からつまみ始めた。
そんなトキトの発言と態度にほかの三人の緊張も弛緩し、グラフォスはアカネにもう一つの弁当を手渡した。
アカネは弁当を開くとそれをシャルと一緒に食べるようだった。
その光景を見ている合間にトキトはバクバクとグラフォスの弁当を食べている。
確かによく考えてみれば朝から4人とも何も食べずにここまで来たのだ。腹が減っていて当然だ。
「それはわかるんですけど、さすがに食べすぎですよ」
「あ? この弁当が旨いのが悪い」
「なんて理不尽な……」
アカネとシャルは二人で分け合いながら楽しそうに食べ、トキトとグラフォスは獲物の奪い合いのようににらみ合いながらミンネが用意してくれた弁当を食べるのであった。
「……フォス君! グラフォス君起きて! 大変なの!」
アカネの悲鳴にも似た呼び声にグラフォスはゆっくりと目を覚ます。
あの後四人で見張り兼野営をしていたが、どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
周りはすっかり明るくなっていた。
そして寝ぼけた思考のままアカネの方を見ると、アカネは集落の方を指さして何か必死に訴えかけてきている。
「村の人たちが……それだけじゃないの!」
グラフォスは意識を完全に覚醒させ、ゆっくりと起き上がると家が立ち並んでいる集落の方に目を向ける。
グラフォスの目に入ったのはまるで先ほどまで行動していたかのような人々の、というか昨日まで普通に会話をしていた集落の人々の氷の彫像があちこちに並んでいた。
人だけではない。集落の住人、家、物全てが氷漬けになっていたのだ。