落ちこぼれ職業の英雄創作《ヒーロークリエイト》~知りたがりと怖がりとお人よしにチートを添えて~ 作:葵 悠静
トキトが刀を掴み、トキトの全身が燃え上がる。
一瞬あまりの火力にトキト自身も灰と化すのではないかと思われたが、エンチャント魔法の効果によって、トキト自身にダメージが入っているような感じではない。
そして魔物がそちらに気を取られている瞬間に、グラフォスは片膝でたち、三体の魔物めがけて大きく弓を引き絞るような動作を取る。
その動作に合わせて、本の上に大きく顕現した弓の弦が引き絞られていく。
「……いけ」
かすれた声で血を吐きながら、限界まで引き絞った状態で指を開くグラフォス。
瞬間、弦が跳ねると同時に大きな矢が出現し、まっすぐと勢いよく重力ドームの方へと向かっていた。
そして重力ドームに矢がふれた瞬間、矢は三本に分かれ、ドーム状に広がっていた魔法陣は大きな音を立てて霧散する。
魔物の体に自由が戻ったのも一瞬。いや、本から射出されていた紫電によって体の自由を奪われていたため、まだマヒ状態のようになっていてうまく体を動かすことができていなかった。
矢は急加速すると三体の魔物の上空に上がる。
「射せ」
そしてグラフォスの一言を待っていたかのように、三体の魔物の胴体に、トレントキングに限っては頂点から矢が突き刺さる。
ジャイアントウルフの胴体を貫通して、大きく体を曲げる二体の魔物。口からは冷気と共に苦しそうなうめき声をあげている。
そしてトレントキングは頂点から幹にかけて大きく二つに断絶させられていた。
しかし三体ともかろうじて息があった。このままジャイアントウルフは息絶えたとしても、トレントキングは再生能力を用いて回復されてしまう。
しかしグラフォスは一切の心配をしていない。
赤く燃え上がり、熱量により髪が逆立ったまま視線だけは冷たく魔物たちを見つめるトキトの姿。
そんな彼女の姿が目の前にあるのに不安になる要素がどこにもなかった。
「トキトさん、頼みます」
グラフォスは自分の口にじゃりっとした感触があることに気づき、自分が地面に突っ伏していることに今更ながら気づく。
当然と言えば当然。魔力がかすかすの状態で、立っていられる人間など存在しない。
意識があるだけでも十分に異常なのだ。
普通の人間であれば、血反吐を吐き鼻血を垂れ流し、血の涙を流しながら気絶している。
以前のアカネが実際にそうなっていた。
しかしグラフォスは自分が気絶することを許さない。
それも当然。今から目の前で見たことがないようなことが行われるというのに、そんな興味深いことが繰り広げられるのに気絶して、それを見逃すなど何があっても許される行為ではない。
グラフォスはもはや気力だけで意識を保っていた。
そしてそんなグラフォスの期待に応えるように、トキトは大きく刀を振り上げる。
魔物たちも抵抗しようとしているが、まひのダメージと先程のグラフォスが放った矢のダメージが大きく弱弱しく立って防御の構えを見せるのみだった。
そして魔法を使用しないはずのトキトの口から静かに言葉が紡がれる。
「咲け。彼岸の花『紅蓮裂花衝《ぐれんれっかしょう》』」
トキトはその場を動くことなく、大きく頭上に掲げた刀を振り下ろし刀身を地面に突き刺す。
そしてトキトの体を纏っていた炎が全て刀へと流れていき、そしてそのまま地中へと流れていく。
グラフォスの倒れている地面からも熱量を感じるほどの激しい熱。
しかしグラフォスはそれを感じて痛いとは思わず、むしろ暖かい、優しいけれどどこかせつない。そんな感覚を感じていた。
三体の魔物のうち最初に変化があったのはトレントキングだった。
トレントキングの根から胴体が突然大きく燃え上がったのだ。
燃え上がった炎は鎮火することもなく、むしろどんどんトレントキングの体全体を包み込むように駆け上がっていく。
トキトはそれを確認すると静かに刀を地面から引き抜いた。
するとトキトを中心をした周りの広範囲に断続的に曲線を描いた炎が地面から吹き出す。
その噴出した炎を魔物はよけられるはずもなく、ジャイアントウルフ、トレントキングともどもに体が炎に包まれていた。
ジャイアントウルフは必死に氷を体にまとってカバーしようとしているようだが、そんな弱弱しい魔力ではトキトの攻撃にかなうはずがなかった。
その炎の攻撃は遠目から見るとシン婆の店で見た、アカネにプレゼントした装丁の本の表紙に刺繍されていた、あの赤い花のように見えた。
「あれは……」
「きれい」
「大満足です」
それぞれがトキトが放った攻撃を見て思い思いに言葉を発する。
アカネは息をのみ、シャルはうっとりしたように、グラフォスは満足げに微笑みながらその光景を見ていた。
誰も見たことが無いような魔法、攻撃。
おとぎ話でしか聞いたことが無い、それこそ英雄のみが使えるといわれているエンチャント魔法を応用した大規模大火力の攻撃。
それは無慈悲に敵を排除し、味方には優しさと力強さと興奮を与える、そんな攻撃。
トキトは英雄になりえる存在なのかもしれない。
ぶっつけであんな攻撃が使えるなど、いくらシャルとの信頼性が高いからと言って、いきなりあんな攻撃はできない。
ギルドの奴らは見る目が無いな。
噴き出た炎が収まり、上空からきれいな紅色をした雨が降り注ぐ中心に立つトキトを見て、グラフォスはそんなことを考えていた。
そしてもちろん攻撃の中心地にいた魔物たちの姿は跡形も残っていない。
三回目にしてようやく、グラフォスたちはトレントキングとの戦いに勝利という形で幕を閉じることができたのだ。
全員ぼろぼろである。
トキトは自分の刀から炎が完全に消え失せた瞬間に、その場で膝をつき、シャルもたっているのがやっとといった状態だ。
グラフォスに至っては、魔物が消えたこと、トキトが使用した攻撃を確認したことに満足したのか、その顔に笑みを浮かべながら血まみれの状態で気絶している。
アカネがそんなグラフォスのもとにゆっくりと近づくが、魔力消耗の影響で気絶している人間に対して回復魔法は使えない。
アカネの魔力を譲渡しようにも、これ以上アカネも魔力を使用するとぶっ倒れるに違いなかった。
アカネはふとグラフォスの傍らにある無造作に開いている本に目を向ける。
グラフォスは気絶していて、魔力もほとんど残っていないはずにもかかわらず、そこには本の白紙のページにせわしなくペン先を動かす黄金色の羽ペンの姿があった。
アカネはそんなグラフォスの興味への執着心に思わずくすりと笑いながら、彼の方に身を預ける。
何はともあれ四人は絶望的な、勝てるはずのなかった戦いに勝利をした。
楽な戦いではなかったし、一度トキトに至っては死んでいるが今は全員生きている。
それだけの事実があれば十分だった。