ペルソナ5 if -もう一人のワイルド-   作:ロイヤルお兄さん

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 幽閉された鷲鼻の男は、二つの切っ掛けを生み出した。

 先導する者を作り、牢獄の外へ送り出した。

 再起する者へ、仮面に新たな異能を与えた。



 これは、ゲームマスターが見落とした敗北の予兆である。


再起/Restart

 夢を見る。

 いつもその夢が繰り返される。

 誰かと二人で異様な世界を冒険する夢だ。

 相手は年下の少年で、陰のある雰囲気をしていた。

 そんな彼と少年は冒険を繰り返し、化け物と戦い、そして――

 

 ――すみません、先輩。

 

 その一言と共に銃声が響く。

 そして、額に感じる熱。

 薄れゆく意識の向こうで、あいつの泣きそうな顔が見えた。

 どさり、と力なく横たわる自分。

 嗚咽を漏らしながら、彼は、踵を返す。

 

(……馬鹿が)

 

 悪態を吐く。

 暗転する視界。

 まるで電源が落ちたように、意識は無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は!?」

 

 目が覚める。

 息苦しく、上手く呼吸が出来ない。

 ふと、額に手をやる。しかし何もなかった。

 

「俺は一体……」

 

 指が顔をなぞり、口を覆う呼吸器に触れる。

 

「……あ」

 

 億劫になってついそれを外してしまう。

 その姿を、見舞いの花の水を変えに来ていた身内の人間に見られた。

 見知った顔だ。

 祖父の護衛と付き人をやってる男だ。

 

「飯島?」

「ぼ、坊っちゃん……俺が、分かりますかい」

「当たり前だろう。つーか、ここはどこだ? 俺はなんでここにいるんだ?」

 

 少年がそう尋ねると、飯島と呼ばれた男は口を戦慄かせ、滂沱の涙を流し始めた。

 成人した厳つい男が無く姿に、ぎょっとする少年。

 

「良かった……! オヤジに連絡しねぇと……。坊っちゃん、ちょっと、待ってて……ぐす、下さい。オヤジと、うう……若たちにも連絡しねぇといけねぇんで」

 

 飯島が若と呼んでいるのは自分の両親だ。

 そう言いながらも、飯島はついには大声で号泣しだしたではないか。

 何事かと病室を覗いた看護師は、呼吸器を外して困惑している少年を見て、飛び上がるほどに驚いた。

 

「え、葛葉(くずのは)さん?」

「……あ、はい。葛葉恭護(きょうご)ですけど」

「先生! 先生!! 患者さんが目を覚ましましたーっ!!」

 

 大慌てで病室を飛び出す看護師。

 号泣している飯島は動けそうにない。

 

「飯島、ケータイ」

 

 ボロ泣きしている飯島からスマホを受け取り、電話帳に登録されている祖父へと連絡を取った。

 

『どうした飯島』

 

 慌てた様子で通話する祖父。

 

「祖父ちゃん、おいっす」

『……! お前、恭護か』

 

 声が震えている。

 あの祖父が、動揺している。

 

「あ、ああ。なんか病院にいるんだけど……なんでだ?」

 

 しかしその問い掛けに祖父は答えずに、大声で叫んだ。

 

『恭護が目を覚ましたぞーっ!!』

 

 向こうで蜂の巣をつついたような大騒ぎが起きているのがスマホから聞こえてきた。

 

「……一体なんだってんだ」

 

 ふと、通話の切れたスマホの日付が目に入った。

 

「20XX年、9月。……んん?」

 

 記憶がおかしい。

 まるで虫食いのように整合性が取れてない。

 自分が覚えている限りだが、過去の記憶は確かにある。

 だが、どうしててここ一年近い記憶が存在しない。

 

「一年も眠ってたのか?」

 

 まあ、詳しい話は飯島や慌ただしく近付いてくる医者や看護師から聞くとしよう。

 電話の向こうで大騒ぎしていた家族にだって訊ねればいい。

 だが、それとは別に不可解な疑問もあった。

 

「……にしても」

 

 身体を覆う、半透明の鎖。

 青白い焔を纏い、ゆらゆらと揺れる、身体をくるくると舞い踊る鎖。

 その鎖の先には、黒い靄に覆われた何かがいる。

 靄の向こうから、二つの眼。

 大きな鎌を持った青白い馬に乗る黒フードの何者か。宙に浮いているので、この世の者ではないだろう。

 それを肯定するかのように、顔はインパクト大の白い骸骨。そういったお面を被っているのではなく、本物の骸骨のように見える。

 これはなんとなくだが、目の前に浮いている黒フードの骸骨は自分であると理解出来た。

 そして『彼』が、『自分』を繋ぎ直してくれた。この鎖は、ともすればバラバラになって消えるしかない自分を再構築させる為のものだ。

 だからこそ、自分は戻ってこれた。

 記憶の欠如はその代償だと思うべきだろう。

 

「……」

 

 なのにどうしてだろう。

 どこかに迷子を置いてきたような――

 

 

「葛葉くん!!」

 

 大慌てでやってきた医者の叫び声に、思考は現実へと戻る。鎖もその先の黒フードの骸骨も、見えなくなった。

 考えても仕方ない。

 恭護は、そう思い直した。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 医師の診断や診察の結果を受けて、葛葉恭護は退院が決定した。

 その結果を受け、両親や祖父は大喜び。

 勿論飯島を始めとした身内たちも感涙に咽ぶんだ。

 そんな時だ。

 

「検察?」

 

 美貌の女検事が、恭護を訪ねてきたのは。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 少年の病室に女性検事が面談し、その数日後。

 

「……葛葉恭護?」

 

 検察庁特捜部長は思いもしなかった名前を聞いて、思わず聞き返した。

 その名前を出した部下である新島冴(にいじまさえ)は頷く。

 

「はい、彼もまた約1年前に廃人となっていましたが、つい先日に覚醒しました」

「……葛葉。葛葉というのは、あの『()()()()()()』絡みか?」

「お孫さんだそうです」

 

 苦々しい顔を隠そうともせず、特捜部長は眼鏡を外して額に浮かんだ汗を拭いた。動揺が隠しきれていない。

 だが、冴としてもその感情は理解出来る。

 既に一線を退いた元重役の中には葛葉派閥の人間も多い。現職の閣僚や官僚に今は少ないが、昔はそれなりに関係者がいたのだから。

 既に現役を退いていようとも影響力は馬鹿に出来ない。

 忖度する人間がいないとも限らないからだ。

 

「まさか強引な取り調べなどは」

「していません。ただ、本人には記憶障害があるようでして」

「記憶障害?」

「はい、廃人化する前の一年程の記憶が所々無いそうです」

 

 資料を手渡され、特捜部長はその文字を追う。

 

「日常で学んだ事などの意味記憶は無事なのですが、所謂エピソード記憶と呼ばれる記憶が大きく失われているとか」

「……言うならば、大半の思い出を失っている――と?」

 

 顎に手をやり、思案の表情を見せる。

 

「一連の廃人化や精神暴走の一件と繋ぎ合わせるのは、些か強引過ぎやしないかね?」

 

 特捜部長の意見に冴も肯定するように頷く。

 

「はい。私もそう思います。ですが……」

「いつもの勘、か?」

「……はい」

「……分かった。この件は私の方で預かっておく。犯人が判明するまでな。裏付けの一つにはなるだろう」

「ありがとうございます」

 

 新島冴が退出した後、特捜部長は何者かに電話をかけた。

 

「……先生、まずい事になりました。……いえ、廃人化から回復した人間が現れまして」

 

 電話の向こうで苛立った雰囲気が感じられた。

 

「ええ、ですが……再び手を下す必要は無いようです」

 

 しかし、特捜部長は笑みを浮かべて安心させるように穏やかな口調で話す。

 

「はい、どうやら廃人化から回復しても、その前後の記憶は消えるようでして……こちらの医者にも念のため調べさせますが、まあ大丈夫でしょう」

 

 それから幾つか会話を交わし、特捜部長は通話を切った。

 あの方の気質だと、葛葉の御隠居の孫にさえ手を出す可能性がある。

 そうなれば、少なくない人間が敵になかもしれないのだ。手駒として飼っている人間にも、関係のある人間はいる。そういった連中を切ることになれば、色々と邪推する者も出てくる。

 敵は少ないに越したことがない。

 

「これで良し。態々竜の尾を踏む必要ない。……後は」

 

 今度は別の誰かに電話をかける。

 

「私だ。つかぬことを聞くが、葛葉恭護という名前に聞き覚えはあるか?」

『…………えっと、誰です?』

 

 暗殺者本人に話を訊けばいいのだ。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

【葛葉恭護の日記】

 

 4月10日。

 今日から日記を付けることになった。

 記憶障害を患い、思い出が一年近く無くなったことで、また過去を忘れても振り返られるように、と医者に説得されたからだ。

 まあ、二度目がないとは言えないだろうしな。

 結局俺は二年分のダブりが決定しており、色々と考えた結果として学校を変わる事になった。

 転校しても1年からになるとは世知辛い話だが。

 まあ、仕方ない。

 今日は転校初日。

 遅刻するのも良くないしな。

 帰ってから学校の事は書くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 帰宅した。

 高校の感想だが……教師たちが、キャラが濃かった。

 校長なんてハンプティダンプティみたいな身体をしていたし、インパクトが強すぎる。

 だが、どうにも気になる教師が二人いた。

 一人は、今年から赴任したという川上。

 もう一人は、元オリンピック金メダリスト――鴨志田。

 川上の方はまるで未亡人みたいな雰囲気を醸し出してる。ありゃ前の高校で何かあったかもしれないな。ただ、本人が何かを諦めてるような雰囲気を感じた。それがどうしても気になった。

 そんで、鴨志田の方は――嫌な感じだ。

 顧問のバレー部の生徒を見ていると、何か違和感を感じる。ほぼ全員が怯えている。しかも良くない怯え方だ。

 男女関係無く、というのが更にその違和感に拍車をかけた。

 ……少し、注意しておく必要があるかもしれない。

 

 

 それと、少し気になる生徒と知り合った。

 坊主頭の陸上部員だ。

 名前は坂本竜司。

 俺が2コ上だと知っても態度を変えなかった。敬語は使ってくれたけどかなりフランクに話すヤツだ。

 まあ、その話題を聞いていた他のクラスメートが話を広げたせいで留年転校生と周囲にバレたわけだけども。

 ……だが、どうにもその噂の広がる頻度が早すぎる。

 誰かが積極的に噂を流したとしか思えない。

 ……まさか。

 いいや、憶測で物を言うのは控えた方がいい。

 今日はここまでにしておこう。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ●月●日。

 最悪の事件が起きた。

 あの鴨志田が、坂本の陸上部の顧問になったのが要因だ。

 元々顧問は別の教師がしていたが、定年が近いからと鴨志田にお鉢が回ったらしい。

 そして野郎は、主導していた陸上部のコーチを辞めさせて、自分の指導に一本化させたと坂本から聞いた。それだけならまだ良かった。

 坂本の話だと、かなり無茶なやり方だそうだ。

 現代スポーツ科学のやり方を無視した昔ながらの根性論トレーニング。そんで少しでも逆らったら正座で説教されるんだとか。しかも地面に直に座らせられて。

 更に坂本には我慢出来ない事があった。

 あの野郎に、母親を侮辱されたらしい。

 坂本の父親は典型的なクズで母親や坂本をよく殴っていたそうだ。

 で、女手一つで坂本を育てた母親への恩返しとして、スポーツ特待で大学を狙っているとも聞いていた。

 だが、坂本はその未来を捨てて母親を侮辱した鴨志田に殴りかかった。

 結果として、正当防衛としてあの野郎にボコボコにされた。坂本の膝は、靱帯が伸びた上に骨折していた。年内どころか高校在籍時に再起するのは、絶望的らしい。

 

 

 そんな時に俺が通りがかった。

 初めは何がなんだか分からなかった。だけど、坂本が膝を抱えて蹲り、腹を楽しそうに蹴る鴨志田を見た瞬間――俺は決めた。

 どんな理由があろうとも、生徒をゴミだカスだと言いながら蹴るような教師なんざまともじゃない。

 

 だから、楽しそうに暴行している鴨志田の肩を掴んで、フルスイングでブン殴った。

 

 後で聞けば歯が欠けたと他の教師に話していたらしい。ざまぁ見ろ。

 俺は鴨志田と同じくらいの背丈だ。

 坂本よりも力だって強い。

 そんな俺が鴨志田を殴ったのだ。

 もう笑えるくらい野郎の顔は晴れ上がった。

 で、停学を言い渡されたんだが……それを聞いて祖父ちゃんと親父たちが動いた。

 明日、弁護士を連れてカチコミに入るそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 鴨志田は顔をガーゼや包帯で覆い、汗を拭いている校長の横であのクズ共の親を待っていた。

 生徒に暴行されたのだ。

 停学を言い渡したが、親の態度次第では退学にしてやる。

 そう内心で息巻いていると、坂本竜司が母親を連れてやってきた。

 一目見ただけでどうとでも出来る女だと確信する。

 気弱そうで、すぐに一礼してきた。

 ……だが、その目に軽蔑の色があったのは気のせいだろうか。

 

「ちょっと、困ります!」

 

 廊下からそんな声が聞こえた。

 あれは……教頭?

 慌てているのが声だけで充分に理解出来た。

 

「失礼する」

 

 扉を開けて、厳つい黒服の男が入室してくる。

 一瞬で分かった。

 この男、ヤクザだ。

 背筋に嫌な汗が流れる。

 

「オヤジ、ここがそうです」

「おう。飯島、ご苦労」

 

 軽く曲げた膝に両手を当て、一礼する男。

 ヤクザが頭を下げる相手を見て――校長が愛想笑いをするではないか。

 

「ど、どうもすみません御隠居。今日はご足労頂き、誠に申し訳なく……」

「いや、理由はどうであれ、孫が教師を殴ったのは事実。だが……その件で少々気になる点がありましてね。知り合いの弁護士を息子が迎えに行ってる。話はそれからにしようじゃありませんか」

 

 ニヤリとまるで揶揄うように笑う老人に、校長は溢れんばかりの汗を拭いて同意する。

 それだけで鴨志田は理解した。

 この老人が、何かヤバい存在だという事に。

 

「……(校長、誰なんですか。このジジ、お爺さんは)」

「……(葛葉恭護の祖父だ。そして、四軒茶屋で一大勢力を築いていた元ヤクザでもある)」

 

 詳しい話は後で話す、と校長は言った。

 元がつくとは言え、極道が相手と知り、鴨志田は顔が蒼くなる。

 

「しかし懐かしいですなぁ。ここも」

 

 世間話をする御隠居。

 

「息子が通っていた頃と余り変わってないようだ。牛丸先生も相変わらずのようですね」

「え、ええ……」

 

 どうやら葛葉の父親はここのOBだったらしい。

 明らかに自分に不利な状況が出来つつある。

 ここは、損切りとして坂本に絞った方が良さそうだ。

 自分をこの様にしたあの葛葉は許せないが、陸上部を廃部にする事は出来た。

 それにエースだった坂本の膝を壊すことも。

 これ以上は望むべくもない。

 自分のバレー部は輝かしい成績を収めているのだ。

 陸上部の件は門外漢がでしゃばったと言って無理矢理にでも矛を修めさせよう。

 訴えるなりなんなり言えば、どうにでもなる。

 社会的地位は自分の方があるのだから。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ●月●日。

 鴨志田との一件は和解、という形で終わった。

 最初は徹底的に争うつもりだったらしいんだが(こっちもあっちも)、どうやらウチの前の職業にビビったらしい。

 元々四茶で地域住民の自警団からヤクザになったらしいんだが、祖父の代で任侠団体としては解散している。だが、当時の構成員は会社の社員として雇っている。飯島も外見通り元はヤクザだ。

 昔聞いたが、どうやらコイツも別の組でヤクザだったそうだが、嫌になって足を洗って、仕事が無かった頃に祖父ちゃんに拾われたと聞いた。

 そういったドロップアウト組もウチでは雇っている。勿論、普通の人もいるにはいるが。多分社員のバラエティ色は他の追随を許さないだろうな。

 組を暴対法発足前に解散しているが、それでも昔の葛葉組を知る人間は警戒するし、その程度に裏では有名らしい。

 で、学校としてもウチとしても穏便に済ませられれば問題はない、と。

 問題は坂本だ。

 坂本の一件は、あいつの勘違いという事で済ませられた。

 音声を録音していたら一発だったんだが、どうやら鴨志田は裏で手を回して陸上部員たちに真実を言わないように強要したらしい。結果として陸上部は坂本を売る事になった。現三年の推薦も無しになったとか。

 そんなこんなで、鴨志田が坂本の母親を侮辱したというのは、出鱈目だと判断されてしまった。

 まあ、本人の日頃の言動もあるせいで、こうなってしまったのは仕方ない。

 本当は仕方ないで済ませるのは良くないんだが、理由はどうあれ坂本の母親に頭は下げさせたんだ。

 お母さんは坂本本人に謝らせたかったらしいが、それは無理だったらしい。

 個別での対応だったから、そこら辺は本人たちからの又聞きだった。

 ウチの場合はもう平身低頭だったけどな。

 そりゃあ元ヤクザだ。

 護衛で運転手の飯島だってそれなりに強面だし、ビビりもする。

 ……多分、一週間もしない内に俺がヤクザの息子って噂が流れるかもしれないが必要経費だ。

 なんとで言えばいいさ。

 俺を理解してくれるヤツはきちんといる。

 親父も母さんも、祖父ちゃんも俺を信じてくれる。勿論飯島たちもそうだ。

 鴨志田の一方的な意見は封殺出来た。

 だが、懸念がある。

 

 今回の一件で鴨志田は、学校内では権力を思う儘に使える事を自覚した。

 部員たちの意見を封殺し、学校を辞職させられる状況を回避した。

 実績を上げていた陸上部も廃部に追い込んだ事で、自分のバレー部一強の状況を作り上げた。

 坂本を潰す事で、陸上部の連中の反抗意識も削いだ。

 あれじゃあ坂本が悪役になるのも時間の問題だろう。

 坂本も半グレになりそうな勢いだ。

 なんとかしないと……

 

 

 ◆◆◆

 

 

「治療とリハビリっすか」

 

 そう言われて坂本竜司は戸惑った。

 力を入れていた陸上の夢は途絶え、これからどうしよう――等と虚無感に包まれていた時。

 あの鴨志田を全力でブン殴った恭護からそんな申し出を受けたからだ。

 

「ああ、骨折も靱帯も医者に診て貰う必要があるだろ? 後遺症が出る前に治療は早い内からやった方がいい。勿論リハビリもな」

 

 強面で長身。

 更に年齢も二つ上。

 そんな見た目のせいで怖がられるこの人は、友人となった人間にはかなりの面倒見の良さを発揮するのである。

 

「いや、それはそうですけど……ほら、ウチは貧乏だし」

「お母さんの方は『よろしくお願いします』って言ってるみたいだぞ」

「はあ!? マジっすか」

「マジだよ。やっぱり親としては息子の怪我は完全に治って欲しいんだろうな。どうせ学校じゃはみ出し者扱いなんだ。ここはじっくり腰を据えて治療とリハビリ頑張れよ」

 

 頭を軽く小突かれ、竜司は少しだけ俯いた。

 

「……どうした?」

「いや、陸上ダメんなったなぁ……と」

 

 黄昏る竜司。

 どうやらやっと実感が湧いてきたらしい。

 

「まあ、そうだな。そういった意味ではあっちが一枚上手だった」

「葛葉サンはいいんスか? 停学解けてないのに」

 

 そう。

 どんな事情があれ暴力に訴えた以上、竜司も恭護も停学処分はそのままだったのである。

 祖父や両親もその件に関しては同意した。

 元より2年のダブりがあるのだ。今更停学のレッテルなんざ屁でもない。

 

「いいんだよ。お前はこの停学期間中にきちんと治療に専念しな」

 

 陸上があろうとなかろうとこれからも竜司の人生は続いていくのだ。

 

「今回の件はいい勉強になったろ。世の中にはああいったクズもいるって」

「うす。……でも俺、鴨志田の事が許せねぇっす」

 

 ギリ、と歯を軋ませて悔しがる。

 

「ま、そうだな。人生の選択肢を奪われたんだ。そうなっても仕方ねぇ」

 

 だが感情の侭に突っ走ればこの猪のような少年は、あっさりと狡猾な罠に引っ掛かってお陀仏になるだろう。

 だから方向性を示してやるべきだ。

 

「……そう、だな。なら鴨志田を探るといい」

「探る?」

「そう。相手も人間だ。今年はこの一件で無理でも、来年辺りになればきっとまた王様気分で何かやらかすだろうさ」

「何か、って……何を?」

「――さて。他の強い部活の排除か、それとも……バレー部に何かするとか」

 

 憶測だ。

 しかしその憶測が真実味を感じられる程度には、あの男の本性の一端を竜司は知った。

 

「まずは観察してみな。嫌いな相手の弱点を。そいつを見つけられれば……もしかしたら」

「……陸上部の廃部を取り消せる?」

 

 鴨志田への復讐よりも、陸上部の仲間の事を竜司は口にした。

 一緒に走ってきた仲間だ。

 きちんと部として再起して欲しい。

 もう、自分は一緒に走れない。

 理由はどうであれ、自分が廃部の引き金を引いた。

 元の鞘には戻れない。

 それくらい、馬鹿な自分にもわかっている。

 付けられた悪名は決して容易に取り外せるものではない。

 

「手も口も出すなよ。ただ探ってみな」

「……やってみるっす」

 

 これでいい。

 恭護は内心で頷く。

 この猪突猛進男は、命令されれば余計な事をするが、簡単なアドバイスには従う。

 しかし鴨志田は、もしかしたら竜司を煽る事で退学に追い込もうとするかもしれない。

 それを防ぐ意味でも、距離を取って観察するように言ったのだ。

 長い攻防になる。

 だがその時間は竜司の傷を癒し、鴨志田の脇を甘くさせる。

 最後にあの男を追い詰められればそれでいい。

 恭護もまた、鴨志田を敵と認知した。

 恐らく悪党呼ばわりされる日常を送る事になる。

 艱難辛苦上等だ。

 この程度、()()()()()()()()()()()()――

 

「ん?」

 

 一瞬、何を考えた?

 誰かと殺し合った?

 

「……葛葉サン?」

「お、おお。なんか他人行儀っぽいし、名前でいいよ、竜司」

「うす、そんじゃ……恭護サンで」

「おう」

 

 竜司と名前で呼び合うようになった。

 

「しかしタメ口じゃないんだな」

「そりゃあ……恭護さんはダチじゃなくてアニキっすから」

「俺はヤクザじゃねぇんだけどなぁ」

 

 他愛の無い会話をする傍らで、恭護は考える。

 恐らくだが、自分は誰かと殺し合いを繰り広げた。

 そして敗北し、廃人にされた。

 それこそが、真実であると直感的に理解した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 竜司は治療とリハビリがてら、鴨志田を追い掛けた。

 小さな不満、暗い噂。

 それらを追い続け、ある結論に至った。

 アイツが同じ中学出身の高巻杏に言い寄っている事を。

 一年かけての成果がこれだ。

 しかし、教師が生徒に言い寄る。

 これは十分過ぎる醜聞だ。

 実際、新学期早々に雨に濡れた高巻を車に乗せて送迎している。

 隣にいた男子生徒には目もくれてない。

 つい苛立って走り寄った。

 相手は車だ。追い付けないとは知っているが、どうしても許せなかった。

 

「ちっ。変態教師が……いつかその化けの皮を引っぺがしてやるからな」

「……変態教師?」

 

 ふと、背後から声がした。

 怪訝そうな顔をしたクセッ毛の少年。

 脅しになるかもしれないが、ここで警告しておかなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれは」

 

 恭護は目の前で会話を交わす竜司と誰かを見た。

 見知らぬ少年だ。

 どうにも険悪な雰囲気ではないが、良い雰囲気とは言えない。

 仕方ない。

 あの誤解されやすい馬鹿のフォローくらいはしてやろう。

 そう思い、近寄っていくと。

 

「うっ」

「がっ」

「……っ!?」

 

 不意に頭痛に見舞われた。

 視界が歪んだ。

 空気が変わる。

 

「なん、だ……これ」

 

 知っている。

 俺は、()()()()を知っている。

 ここで、俺は……

 

「お前は、誰だ……?」

 

 誰かと、この世界を探索した。

 

 

 

 

 

 

「……雨宮蓮」

 

 恭護の前にいた少年が、そう名乗る。

 どうやら自分への質問だと思ったようだ。

 雨宮、と名乗った眼鏡の少年に、恭護は名乗り返す。

 

「っ、そうか。俺は葛葉恭護。そんでそっちが」

「坂本竜司。……悪かったな転校生、いきなり絡んで」

 

 会話をしながら、三人は秀尽学園高校へと歩を進める。

 だが、恭護は警戒心が徐々に上がっているのを感じていた。

 このまま進めば、良くない事になるかもしれない。

 

 

 

 そんな恭護の背中を、亀裂が全身に走る黒フードの死神が見ていた。

 

 

 

《――再誕は近い》

 

 

 




 オリ主/葛葉恭護
 身長/190センチ以上
 体重/90キロ以上

 家族構成/父、母、祖父、その他(身内多数)

 秀尽学園高校に編入した2年ダブりの生徒。
 元ヤクザの家の人間という事で遠巻きに見られる。
 物怖じしない坂本竜司のお陰で灰色の学生生活を送らずに済んでいる。
 既に20歳を超えているので飲酒喫煙もOKだが、高校卒業するまでは解禁しないと決めている。実は下戸。
 筋肉がつきやすい体質で、帰宅部にも関わらず竜司の筋トレに付き合っている内に筋骨隆々とした外見に。
 強そうな外見ととある事件のせいで、某体育教師からは隔意と恐怖と敵意を抱かれている。体育教師は隙あらば高校から追い出そうと画策中。
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