継ぎ接ぎだらけの中立区 ~赤き花の姫と小さな淑女~ 作:猫又葉月
来栖鎮守府に訪れかつての戦友と雑談に興じている私、若葉は話の最中に合同演習の手伝いを申し出る。所属が違うため最初は迷い気味な来栖提督であったが、
「不審な行動を見かけたら逐一報告。無いとは思うが多少の小競り合いは事情を聞き話し合いを優先で進めてくれ。俺から大本営に伝わるぞと言っても構わん」
ただこれ以上拗れそうな場合は即座に来栖提督と双方の代表を呼びに行くこと。その際に勃発しそうになった場合は周辺の艦娘の助けを借りてでもねじ伏せて構わないと言われた。大本営から警備としてそれぐらいの権利は付与されてるようで、互いに痣だらけになって後味の悪い結果になるぐらいなら、そのほうがまだマシだという。力尽くの対処は私はともかく三日月は苦手そうなのでそこまでの問題が起こらない事を祈るしか無い。
そこから今度はリコの故郷に私や三日月が道案内として付いて行く話をする事になった。それに反応したのが共に突破した4人である。
「あそこかぁ…。慣れりゃなンとかなったがもう一回行けって言われれば…」
「あたいも遠慮したいねぇ…。帰り大変だったじゃん」
あの時の苦労を思い出したのか江風と涼風がボヤき、うんうんと海風が苦笑しながら肯定した。風雲も洗脳されていた時に運搬を行っていた記憶が蘇るのか、もうあまり関わりはしないといった雰囲気だ。だがここで意外な人物が手を挙げる。
「あのぅ、巻雲も同行してもいいですかぁ…?」
おずおずと発したその言葉で全員の注目を浴びた巻雲は、「あぅっ」と声を漏らし体をビクつかせた。そんな様子を見た風雲は諭すように話しかける。
「巻雲姉、もう終わったことだから気にするなって言ったじゃない」
「ううん、巻雲の
どういうことかと尋ねると、ある時に巻雲はとある悪夢を見たという。その内容がリコの島の襲撃で、洗脳されてたとはいえ嬉々として文字通り全てを壊していく様をまざまざと見せつけられる。物量にモノを言わせた一方的な虐殺を終え、帰還するところで夢から醒めるというのだ。あれはやらされていた、自分の意思じゃないと必死に振り払っても、一度見たその悪夢は巻雲の心に影を落としていた。
「朝霜も同様みたいでして、明るく振る舞っていますけど、そうでもしないと押しつぶされそうって言っていましたぁ…」
現在、曙や霰と共に釣りに出かけている朝霜は、たぶん同じ内容を曙に零しているだろう。聞き役に徹するだけで適切なアドバイスは難しいかもしれないが、曙なら悪いようには言わないはずだ。
巻雲も演習に向けての訓練で気を紛らわしているが、根本的な解決には至っていない。二人は話し合い、何かしらの
リコ本人は気負うなと言って気にしなそうだが、とりあえずは事情を説明して同行させてもらうよう頼んでおくと言ったら、巻雲はホッとした顔でお礼を言いながら頭を下げた。
「おい、すまんが二人ほど手を貸してくれないか」
と、そこでリコと伊勢の試合を見ていた日向が部屋に飛び込んできた。本人からは呆れと焦りの匂いがしているが一体何があったのか。
「うちの
「何やってんだアイツら…」
額に手を当てながら来栖提督はため息を吐く。気絶するまでやり合うとか現場は凄絶な事になってそうな気がする。とりあえずは話を終えた私と三日月が行くことになった。
「…高速修復材の使用を許可する。この後に暁の特訓も入ってるからなァ。
テキパキと周囲に指示を出している来栖提督を背に、私達は日向と共に演習場へ向かうのだった。
現場に到着すると、白目をむいてうつ伏せで気絶している伊勢と、同じく気絶しているリコをうんうんと唸りながら運ぼうとする暁の姿があった。体格差もあってかなり苦労している様子。
「暁、
「ありがとう二人共!正直私だけじゃキツかったもの…」
「無理しないほうが良いですよ。若葉は暁さんと一緒に肩を担いで。私は足の方を持つわ」
よく見ると顔面が腫れており、身体中のあちこちが痣だらけであった。歯止めの利かなくなった喧嘩の末路はこうも凄まじいのか。恐らく伊勢も同様だろう。その伊勢は、日向に片足を持たれ引きずられながら運ばれていた。時折段差などが引っかかり、その度に顔面がガンガンと打ち付けられている。まさかそのままドックへ向かう気か。
「…流石に雑すぎやしないか?」
「元はと言えばこうなった発端はこの
そう言いながらズルズルと引きずっていく日向に私達は慌てて付いて行った。結局ドックにたどり着いた頃には伊勢の顔は倍に膨れており、乱雑に放り込まれた光景を目の当たりにした明石の顔が引きつっていたのが印象的であった。
高速修復材を使用したため比較的短時間で入渠完了。先に伊勢が自分の顔をペシペシ叩きながら出てきた。
「…治った筈なのに何故か顔中が痛い…」
「自業自得だこのアホ」
辛辣に言い放ちながら日向は用意した服をわざわざ顔面に投げつける。そして運悪く目に当たったようで伊勢は悶絶することになった。
「痛ったぁ!?何すんのさ怪我人だったんだよこっちは!」
「勝負が決まった時点で終われば済む話だったんだ。それを無視したお前が悪い」
「全くだ」
いつの間にかリコも入渠完了したようで、睨みながら会話に入ってきた。慌てて暁が服を届けに来る。
「リコさん!」
「アカツキか、心配をかけた」
穏やかな顔をしながら服を受け取ると、瞬時に切り替え冷たい視線を伊勢に向ける。
「あそこで止めておけばこんな大事にはならなかった。再戦したいなら休憩を挟んでもう一回挑めば良かったんだ」
「なにさー、数回攻撃が当たってハイ決まりって物足りないじゃん。リコだってそうだったんじゃないの?最後の方なんかちょっと笑ってたし結局は私と同じでしょ」
「っ、お前…!」
少し図星を突かれたという匂いがしたため、おそらくはリコも物足りなさを感じているのだろう。だがそれ以上に反省の色なしな伊勢の態度に苛立っており更なる反論を試みようとする。
だが、それはとある人物の一声によって打ち消された。
「あら、出撃もないのにどうしてドックが使われたんでしょうか。詳しく教えてもらえますか?」
その言葉を聞いた瞬間二人の体はビクンと跳ね、ギギギと音がなりそうな位に恐る恐る首を後ろに振り向かせる。
そこには
後ろを見れば、赤城と翔鶴、そして雷がガタガタと震えている。特に空母二人は仲直り前の説教を思い出したのだろう。顔色が非常に悪い。
「服を着たら正座です。言い分はその時聞きます」
「…私もか?」
「当然です。何か問題が?」
「いや、ない…」
この圧力にはリコも観念したようで、大人しく従う事を決意した。流石は空母の母、鎮守府最強の存在。私達は全員心の中で合掌をした。
数分後、両者は服を着て正座した所で説教は開始された。
まずは伊勢への尋問。なぜ攻撃を止めなかったという問いには先程と同じように物足りなかったからと供述。数回攻撃が決まった所で勝ち負け判定がされるのは納得いかないと反論した。
「何で規定を設けているか理解してますか?基本は被弾した箇所や回数によって判定が決められています。これは自身がどういった攻撃を受けたら不味いのかその基準を知り、敵に対してどう立ち回るのかを学ぶ一種の目安なんです。誰しも轟沈したくありませんからね。他方との演習では、これに受けたダメージの重さや衝撃も加えられて気絶による勝負アリというのもなくはありません。ですがそもそも今回のこれはルールの定められた対戦であり
一切合切口を挟ませず、正論を並べ立てる鳳翔。先程の態度はどこへやら、心が折れた伊勢はすっかり萎縮してしまい涙目になっていた。
続いて視線がリコに移る。次は自分と気づいたリコは肩を一瞬震わせていた。
「ではリコさん、あなたは勝負のルールについては理解してましたか?」
「…ああ、だから反撃を食らった際は頭に血が上った」
「当然ですね、遵守せずに攻撃を仕掛けてきたんだからその反応は理解できます。ですがなぜ止めなかったんですか?勝負が決まったんだからもう止めろと普通は呼びかけますよ。現に日向さんや暁さんは呼びかけたみたいじゃないですか。あなただってそれができた筈です。頭に血が上って殴り合いに発展しても口には出すことは可能ですよ」
「それは…」
口ごもったリコに鳳翔は断言する。
「結局はあなたも伊勢さんと一緒なんですよ。両者近接戦闘に長けて、好戦的な性格で、故に判定による終了が納得できずに惜しくなり、止めることを放棄して気絶するまで殴り合った。楽しかったから続けたかったなんてそんなワガママ通用しませんよ?人と、艦娘と共存すると決めたならキチンとルールには従ってもらわないと困ります」
俯くリコに鳳翔は表情を柔らかくしながら諭すように続ける。
「ココもそうですが施設の方も
その言葉にハッと顔を上げたリコは鳳翔と目を合わせて頷く。その様子に満足したのか微笑んだ鳳翔は二人に立つようにと促した。
「まずは自身の悪かったところを話し、お互い謝りましょう。そして次は、心配で見に来てくださった皆さんにです」
両者、正座を解除し謝罪のために立ち上がる。だが慣れない座り方を行っていたせいか、リコが体のバランスを崩し始める。
「リコさん!」
そこにすかさず暁がリコを支え、倒れそうな所を何とか踏みとどまった。
「済まない、アカツキ。私は…」
「駄目よ、リコさん。まずは伊勢さんから。私や皆にはその後よ」
真剣な表情を向けて言葉を遮る暁。真っ直ぐな瞳で己を見つめられたリコは頷くと、体勢を立て直し伊勢へと向き合った。
「…私は、
まだ洗脳されていた頃に戦ったあの死合。戦いを楽しむ
「最初は互角だったのに、段々エンジンがかかってきたのか攻撃を食らうようになって精彩を欠いて…。そのうち『規定数の攻撃を受けたら負けっていうルールがおかしい、生き残ってたら勝ちでしょ』っていう思考へと捻じ曲げてしまった。…結局は負けるのが悔しかったんだ、私は。
涙をポロポロ零しながら、伊勢は頭を下げる。
「負けを認めたくなかった安いプライドが、アンタに大怪我を負わせてしまった。せっかく友として接してくれたのに、不快な思いをさせてしまった。謝っても許してくれるかは分からないけど、言わせてほしい。ごめんなさいリコ。私は、艦娘だけじゃなく、友人としても失格だ…!」
そのまま泣き崩れそうな所を、リコはしっかりと支えて口を開く。
「私も謝らなくてはならない。先程ホウショウの指摘通り口に出したり、お前の拳を掴んで止めることだって私にはできた。だがそれをせず殴り返してしまった。イセ、お前は言っていたよな。笑っていた、結局は自分と一緒なんじゃないかって。ああ、その通りだった。私も、物足りなさを感じていたんだ」
本来、
「周りの止める声も聞こえていたし、お前が決まりを守らなかった事に憤ったりもした。だが、結局は私も同じだった。本来止めるべきだった友を止めずに自身の欲を優先させ、こんな大事になってしまった。なのに、入渠が終わった後に自分の事を棚に上げて偉そうな事を言ってしまったんだ。これを傲慢と言わずして何と言う?イセ、本当に済まなかった。私も、友として失格だ」
肩を掴みながら、悲しそうに頭を下げる。それを見て遂に伊勢が決壊し、声を上げて泣き始めた。
リコはそれをしっかり受け止める。お互いに謝罪を何回も言い合う。落ち着くには、少しの時間を要した。
「みんな、心配かけてごめん」
しばらくした後、幾分か落ち着いた伊勢は私達に向き直り謝り始めた。
リコもその後に続き、今後このような事にならないよう誓うと宣言し頭を下げる。
「日向もごめん。アンタと暁が叫んでたのは聞こえてたんだけど体が止められなかった。本当に申し訳ない」
「今回の件で少しは残っていた姉としての威厳がほぼ皆無になったぞ。それでも身内として接しているのは反省して謝罪したからだ」
はぁ、とため息を吐きながら零す日向。相変わらず辛辣であるが、それだけのことを仕出かしたので仕方がない。
「艤装を装備してれば瑞雲で無理矢理にでも止めてたが、まあ無かったものは仕方ない。これから信頼を回復するにはかなりの時間を要するぞ。覚悟しとけ」
「肝に銘じます…」
もはやどっちが姉なのか分からなくなってくるが、とりあえずは解決ということで良いのだろう。
問題は
「…済まなかった、アカツキ。心配をかけた」
「全くよ!」
改めて謝罪をするリコに怒りを抑えられないのか、間髪入れず声を荒らげた。
「リコさんが勝ったと思ったら急に殴り合いが始まるんだもの!確かに仕掛けた伊勢さんも悪いけど止めなかったリコさんも同じぐらい悪いわ!」
「…返す言葉もない」
反省するがまだまだ怒り心頭な暁は攻め立てる。
「私何回も言ったのよ?『もう止めて』、『このままじゃ死んじゃう』って。心配してる私達の気持ちをなんにも考えてないんだから!鳳翔さんが言ってたでしょ?師匠として、レディとしてしっかりとしたお手本を私に見せてよ!」
本当に心配していたのが痛いほど伝わってくる。叫んでる暁の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「…あの時、自分に力があれば止められたのにって思ったりしたの。でも、今の私にはまだ足りない。だからリコさん、本当に悪いと思っているなら、今日も、これからも、私を徹底的に鍛えて頂戴!艦種の差なんか関係なくなるぐらい、そしていつかは貴女を超えられるぐらい、私を強くして頂戴!じゃないと、許さないんだから!」
涙を溜めながらもそれを我慢して、ニッと笑い言い放つ。その言葉を聞いてリコは目を見開いた。
「…そんなので良いのか?こんな私を、まだ慕ってくれるのか?」
「反省してるんでしょ?だったらこれ以上言うことはないわ。それに、私を弟子にしたんだったら師匠としての責務を最後まで果たしてくれないと!」
当然の事だと言わんばかりにふんぞり返る暁に、リコは微笑みながら応える。
「分かった、約束しよう。…だから」
そう言い放つとリコは姿勢を低くし、暁を優しく抱きしめた。
「改めて言わせてくれ。心配かけて済まなかった。だから、お前も無理をしなくていい」
その瞬間、張り詰めていた糸が切れたのか、我慢していた暁の涙腺が遂に崩壊し、リコの胸でワァワァと泣き始めた。
一時はどうなるかと思ったが、友情の亀裂は免れ、師弟の絆は更に深まったようだ。
本番まで後10日。この後の訓練を含め、暁はどのような成長を遂げるのだろうか。
大変お待たせしました、第5話です。
おかしい…特訓の内容を書くはずが何故こんな事に…?
二人の喧嘩について、最初はサラッと流すつもりでした。喧嘩→気絶→説教→特訓…みたいな。でもまたなんか降臨しちゃってガッツリ書いてしまった。でも今回は前話のあとがき達成できたと思うしセーフ(震え声)
次回は遂に戦闘描写に挑戦です。語彙力のない自分にどこまで表現できるか不安ですが生暖かく見守ってください。
…ただ、これから今以上に休みが更に減って年内に最低1回、良くても2回投稿できるか不安ですがorz
以下おまけ。ねじ込もうとしてやっぱり諦めた展開
時系列は4話の思い思いに行動する前。キャラ崩壊注意…?
鳳翔の説教が終了した後、私は来栖提督から飛鳥医師と蝦尾女史の進展について聞かれ、二人は結ばれたと答えた。
「ほォ、研究一辺倒だったアイツも遂に春が来たか。だったらそのうち職人妖精を派遣して部屋の壁を更に厚くしてやるかなァ!!」
まさかのシモネタである。ガッハッハと笑う来栖提督に鳳翔は少し顔を赤くしながら彼の肩を軽く叩いた。周りも顔を赤くしたりシラけた目で見たりと反応が様々である。
「…どうして壁を厚くする必要があるの?」
「先生たち…うるさくないよ…?」
空気が凍った気がした。そうだった。この双子は
純粋な瞳を向けられ笑いを止めた来栖提督は真顔になり、チョイチョイとセスを手招きした。
「…なあ、
「何でアタシ!?いや、まぁまだちょっと早いかと思って…」
「…そうか。そのうち教育しといたほうが良いぞ。じゃないと突撃しかねないからなァ。それじゃ、俺は演習の打ち合わせがあるからこの辺で失礼するぜェ」
わざとらしく時計をみて一方的に言い放つと、鳳翔を連れてそのままスタスタと足早に去っていった。
「ちょっ、オッチャン!逃げんなコラー!!」
セスが手を伸ばし叫ぶがもう遅い。完全に姿が見えなくなり、残るはそのまま固まったセスと不思議そうに彼女を見つめるクロシロの姿だった。
ガックリ項垂れたセスはそのままゆっくりと二人に向き直り、諭すように語りかける。
「…今度、先生と話して一緒に教えるから。もうちょっと待ってくれ。…な?」
「う…うん…」
「分かった…」
誰も何も言えず、彼女の手の甲を舐めて慰めるエコの姿がなんだか印象的であった。
後日、私と三日月の
…お粗末様でした