門の出現
画面の外の昔話
神話では人間は神様の創造物で、決して逆らえないものでした。
しかし、現代は違います。人間は大いに進歩しました。
魔法少女たちもキュゥべえに対抗できるようになり、状況は進展しました。
もちろん、自動浄化システムを巡り、争いも起こりました。
ですが、少しずつだけど、目の前に希望が見えてきたのです。
あの門はそんなときに現れました。
みかづき荘の庭に、重厚な扉があるのを最初に目撃したのは、里見灯火だった。
門の向こうは強い光で見えなかった。本来なら入ってはいけないはずだ。
しかし、灯火はまだ好奇心旺盛な年ごろだったので、くぐってしまった。
門の向こうには、少し散らかった研究室が広がっていた。
そして、煤汚れた白衣を着た好青年が立っていた。
「ようこそ、お嬢さん。ここは現実だ」
「現実?」
灯火は一応、仮想世界理論なるものは知っていた。
だが、それでも青年の言っていることがわからなかった。
「言い方が悪かったね。ここはお嬢さんとは別の世界。
たぶん、僕たちからすると、お嬢さんは創作物の世界からきたようなもんだけど」
創作物、灯火はその言葉で彼にとって自分がどこから来た人間なのか理解できた。
「・・・つまり、わたくしたちの世界はアニメだったと?」
「まあ、そう捉えてもらえばいい。ぼくはアニメが好きだから、こんな門を作ったんだ」
灯火は自分の世界が音を立てて崩れていっているような感覚になった。
全ては、創造主が仕組んだ、残酷な茶番だったのだ。
「さて、こんな場所で立ち話もあれだから、こっちの方に来てくれ。
お茶を用意しよう。あまりいい品質のお茶ではないけどね」
「・・・ありがとうございます」
こんな事実、他の魔法少女、とくにPROMISED_BLOODが知ったら激怒するだろう。
その結果どうなるのか。瞼の裏に思い描けてしまう。
案内されたラウンジは、もう何年も使っていなかったようだ。
青年はお茶を淹れてくれた。
「いい香りだね」
灯火は紅茶の味から、この世界が高レベルの文明を誇ると推定した。
カップ麺で例えよう。最初に製造されたものと、十年後に製造されたもの。
変わらない味、といっても明らかにおいしいのは十年後の方だ。
文明のレベルを推定するには、そういった庶民の味というものが頼りになる。
この紅茶はパックであるが、灯火の世界のよりもずっとおいしかった。
「香りだけはね」
・・・もともと住んでいる者にとっては低級なものらしいが。
灯火はあることに気がついた。まだ、名前も聞いてない。
「・・・えっと、お名前は?」
「丁儀だ。そういえば自己紹介を忘れていたね。次元物理学者をやっている」
この世界の物理学は非常に発達しているようだ。
「わたくしは里見灯火といいます。魔法少女といって信じてもらえますか?」
「大丈夫だよ。ぼくの世界では魔法は常識だから」
灯火は危うく紅茶を吹き出しそうになった。
この世界は物理学が高レベルなだけではなく、魔法も周知の事実なのだ。
「魔法が常識なのに、魔法に関するアニメを作るんですか?」
当然の疑問だった。魔法が常識である以上、常識をアニメにする意味はないのだ。
「それを言ったら、SFはおしまいですよ。あっ、そうだ。少しテレビをご覧になってみてください」
灯火は少し恥ずかしくなった。考えてみれば当然のことだった。
灯火の世界にだって科学という常識を追求したアニメがあるのだ。
そう考えてみれば、魔法を常識とした世界が魔法を追求した作品をつくるのは不思議ではない。
「・・・青銅時代プロと藍色空間は依然として次元空間を逃亡中です。
今回の事件で、多くのアニメ制作会社が互いを攻撃し合い、多くの作品が消失しました
さらに液状化現象によって、ミッドからはオバンゲリダンを除き、アニメが消えました・・・」
テレビは大惨事を報道していた。これはひどい。
「・・・灯火さん、君に残念なお話がある」
「なんなの?」
灯火には何となく予想がついていた。
「君たちの創造主が雲隠れしてしまった。青銅時代プロという人たちだ」
創造主と言われても、ピンとこなかった。
「・・・そうなんだー」
「・・・量子スタジオは完全に壊滅しており・・・」
「・・・昔の職場だ。彼らは青銅時代と一緒に君たちの世界を作ったこともある」
世界を作った。彼の言葉には無意識の傲慢が含まれていた。
無意識の傲慢。それは創造主たちが無自覚に抱いていたものでした。
でも、物語を描く人たちは誰しも持っているものでしょう。
理不尽な全体主義を登場人物に強いているのです。
例えば二次創作を作る時も、それは出てしまうのです。
○○はヒロインという設定だから、主人公に惚れなければならないという。
こうしてネット小説を書く人たちは全体主義を登場人物に強いているのです。
書く人や見る人にはどうでもいいことですが、中にいる人たちは?
その中にいる人たちが私達だったのです
「・・・何も感じないのかい?」
「創造主とかアニメとか言われても、わたくしにとっては現実にすぎないの」
それが正直な感想だった。
今まで必死に生きてきた現実が虚構だと言われても、どうしようもない。
「ごめん。そんなこと、まったく考えても無かった。本当にごめん」
「丁儀さんって変わってるね」
あの獣と比べれば、天と地の差だ。
目の前の創造主は謝罪し、あの獣は気にもかけない。
「そうかい。確かにマッドサイエンティストだけど」
灯火は危うく大笑いしそうになった。
目の前の好青年は自称マッドサイエンティストだったのだ。
「マッドサイエンティストは普通自称するもんじゃないよ?
そうじゃなくて、丁儀さんにとってわたくしたちは下等存在じゃん」
どこぞの異星人とは本当に大違いだった。
上級存在は下等存在に謝罪することなどありえない。
「ぼくたちには感情がある。どこぞの淫獣とは違うんだ
むしろ、ぼくたちは君たちに畏敬の念を抱いているともいえる」
丁儀がアレを淫獣呼ばわりしたのは驚いたが、それよりもっと驚くことがあった。
創造主が創造物に畏敬の念を抱いているのだ。
「どうして?」
純粋な疑問だった。
「わからない。でも、畏敬の念を抱いている。恋慕の情を抱いてもいるけど。
まあ、そこは気にしないでくれ。感情なんて訳の分からないものさ」
灯火は普通に気にした。確かに、灯火たち魔法少女の容姿は悪くはない。
むしろ、全員が美少女と言っても過言ではない。
目の前の丁儀が世間一般のオタクのイメージと一致していたら、嫌悪していただろう。
だが、丁儀もまた美形の部類に入るタイプだから、悪い気はしなかった。
「そうだね、訳の分からないもんだよ。ところで、なんかひどいことになってるけど」
テレビには酷い光景が映っていた。
「先日の使フレの影響、および煙花の放送延期により暴動が・・・」
どうやらあるアニメの完成度が大変酷く、口直しのアニメでさえも放送が延期したらしい。
灯火の世界では、たかがアニメで暴動が起こることなどなかった。
だが、映像では老いも若きも、オタクもイケメンも、暴動に参加していた。
この世界の人々は本当にアニメを愛しているらしい。
「安心してくれ、ここは無人世界だ。ミッドからも遠い」
なるほど、次元物理学が発展してるなら、別の世界に移住できてもおかしくはない。
とりあえず、しばらくティータイムを満喫することにした。
だが、早く向こうに帰らねば。色々と大騒ぎになっているかもしれない。
「・・・そろそろ帰らないと。またね、丁儀さん」
「そうだね。お土産にこれでも持って行ってくれ」
丁儀はDVDみたいなものを灯火に渡した。
『それでも都会は廻っている』。そこには量子スタジオの名も書かれていた。
おそらく、彼が昔携わったアニメなのであろう。
「ありがと。そうだ、ちょっとだけ言いたいことがあるんだ」
「何だい?」
灯火は彼と彼の世界の延命を試みた。
「わたくしは丁儀さんの世界にそこまで思うことはないけどね、
そうだね・・・”貴方が私を産んだとして、それが貴方に何の関係があるの?”
この言葉をちょっと咀嚼しといたほうが良いよ~」
はっきりと言わない方がいい。彼女はそう考えた。
ストレートに言いすぎると、逆にひどいことになってしまいそうだからだ。
こんなにレベルの高い世界が先制攻撃すると、ひとたまりもない。
門から出ると、いろはたちが門の向こうにいく準備を整えていた。