加東圭子にサヨナラを。 著・加藤敬(フォトグラファー) 作:矢神敏一
戦場の空気は、どこも同じだ。そこは死と隣り合わせで、どことなく覚悟と葛藤が入り混じっている奇妙な緊張感が支配している。
この基地も、そうだった。
昨日の攻撃で設備はボロボロである。施設課の活躍で滑走路と居住区だけは手っ取り早く直されたが、作戦室などは資料を地下壕に押し込んでそこにただ天幕を張っただけだ。
そも、航空基地は敵地上勢力の肉薄を想定していない。被害が甚大になるのは当然と言える。
ただ、この前線基地では敵地上軍による遠距離攻撃は日常茶飯事らしい。また空襲もたびたびあるらしく、私は当地にやってきてまず防空壕の場所を完全に覚える羽目になった。
「しかし、先生は戦場慣れしてらっしゃる。避難訓練を繰り返す必要がなさそうなのはありがたいです」
そう不気味なことを言うのは、扶桑政府担当者の小畑さんである。
「しかし、無茶はせんでくださいよ。政府嘱託の人間が負傷したなんて、大きなスキャンダルですからね」
政府の人間はいつも小うるさい。彼らはそれが仕事なのだから仕方がないことではあるのだが、もう少し静かにできないのだろうか?
そんなことを考えていると、ウィッチ達に出撃の命令が下ったようだった。私は滑走路に急ぐ。
そこには、今まさに飛び立たんとする星見君の姿があった。私はここにきて、教え子が空を飛ぶんだという事実をやっと現実のものとすることができた。
「あまりぞっとしないね。教え子が戦争に行くというのは」
こんな経験は大学教授をしているとなかなかないものだ。小中学校の先生方は常にこんな気持ちと向き合っていたのかと思うと、いたたまれなくなってくる。
「それは彼女が女だからか? 若いからか? それとも、身内だからか?」
後ろから、そう声をかけてきたのはリリィ准尉だった。彼女もまた、戦闘装備に身を包んでいる。
「ああ、それは多分にあるだろうね。ここで教育者の矜持とやらを持ち出すつもりはないよ」
私がそういうと、彼女は戦車を持ちながらフンと鼻を鳴らした。
「少女だろうとオヤジだろうと、ここでは何ら差別されない。人類が幸福を享受するために、我々はどんなカテゴリーに居ようとも、平等に命を差し出さねばならない。それが、人類が生存するということだ」
彼女はそう言って私の肩に触れた。
冷徹で規律に煩いいかにもカールスラント人としたリリィは、本当に無口で冷たい女だ。
だが、彼女が触れたその手は、小さく震えていた。
彼女は間違いなく人間だった。
さて、星見君が離陸を始める。私はデジタル一眼レフ「フコンD5」に長望遠レンズFUKKOR 200-500㎜ F5.6を付けて撮影に臨む。
世界最高級カメラに国内最新鋭のレンズで彼女の一挙手一投足を捉える。
大きな魔方陣が生まれ、バックファイアが大きく噴き出る。そして彼女は瞬く間に速度を上げ、V1,VR、離陸。
そこからは水平に飛んだかと思えば、一気に頭を上げて高空へと飛び上がった。
彼女が履いているのはF-15EJ戦闘脚。高高度制空機らしいハイレートクライムである。
私は彼女のコントレイルを、ずっとずっと見上げながら、無心にシャッターを切り続けた。
さて、ここらで今回の目的を整理しておこう。
私は南洋外事新聞社の依頼で扶桑軍に随行し戦場の取材にやってきた。彼らが欲しがっているのは、すなわち「前線の真実」だ。
この前線の真実というのは、別に戦争に隠れた巨大な陰謀でも、はたまた「戦争は女の顔をしていない」かのようなメッセージ性のあるものでもない。
ただ単に、「今、前線では何が起こっているのか」ということだけが、私に託されている。
今、前線では何が起こっているか。戦場のありのままの姿とはどのようなことか。カメラを携えながら考える。
まず最初に思い当たったのは、各国の人間が協力して事態に当たっているという事実である。
目の前の扶桑人が、ロマーニャ語でカールスラント人に話しかけた。すると、カールスラント人はそれに対しリベリオン語で返答をする。それをたまたま聞いていたリベリオン人がロマーニャ語で口を挟むと、通りかかったロマーニャ人がこう結んだ。
「OK,アダチさんの提案でいきましょう」
とてもきれいな扶桑語だった。
基地内は多言語にあふれている。道に迷い出口を探していると、親切なリベリアンが「デグジットはこちらですよ」と教えてくれた。
意味が分からず教えられた方へ向かうと、そこには「出XIT」と書かれていた。扶桑語とリベリオン語を混ぜた造語であろうか? 珍妙な洒落だと思っていたら、言った本人はどうにも大真面目である。
恐ろしい言語的闇鍋がこの基地にはある。これはきっと、意思疎通を素早くかつ正確に行うための知恵なのだろうなと、私は思い至った。
その「出XIT」を扶桑人・ガリア人・リベリオン人の集団が通りかかった。彼らは真面目な顔で何かを議論している。私はそれを、デジタルカメラで切り取った。
ほかには何かないだろうか。例えば、天幕の中で参謀達が懸命になにかを検討している光景。薄暗く蒸し暑いところで、彼らは地図と向かい合いながら必死に考えを巡らせている。
私はカメラをデジタル一眼レフ「Fukon D5」からデジタルミラーレスカメラ「タレルホExd」に持ち替えてその横顔を切り取った。
さて、今私はカメラを持ち換えた。私はこの地にカメラを四個ほど持ち込んでいる。
なぜそんなに持ち込む必要があるのかというと、それは「TPO」に合わせてカメラを使い分けるためである。
「エニタイム・エニウェア」などという都合のいいカメラはこの世に存在しない。そう謳っているカメラがあるのは承知しているが、たいてい何らかの要素が欠落しているのである。
もしそれを大真面目に信じて戦場にやってきてしまったら、取り返しのつかないことになる。最低限の保険として、せめて二機は機材を持ち込むのがよいだろう。
例えば、この天幕の中は狭くて暗い。目で見る限りはそこまで暗くは感じないのだが、野外と比べるとそれは一目瞭然だ。
だから暗闇にもある程度対応できるカメラを使う必要がある。
それに加え、狭い。ただ単に暗闇であれば、私は先ほど使った「Fukon D5」という世界最高峰のカメラを使えばいいだけの話だ。
しかし、狭い天幕の中で大きな図体のカメラを振り回しては邪魔になる。だから、ある程度暗闇にも対応しており、なおかつ小型である「タレルホExd」をここでは使用するわけである。
これ以外にも、例えば軍事的にセンシティブな場所を私用で撮影するさいにはフィルムカメラを使うし、治安的に不安定な場所では「撒き餌カメラ」(安価で失っても惜しくない低級機材)を使う。
これで計四つ。私はこの四台で世界を渡り歩いている。
しかしそう考えてみると、改めて加東圭子という人物は偉大だ。
彼女はたった一つの愛機「LeicaⅡ」だけで、世界を渡り歩いたのだから。
一通り基地の中を撮り終わると、私は基地の外へちょっとだけ出た。するとすぐ近くに無数の墓標が居並ぶ場所があった。
その光景は異様だった。よく見ればそれは、当地で散った戦士たちの墓だった。
そしてそこには、真新しい三つの墓標があった。
「西沢 綾乃(1995~)」
墓標の一つには、そう書かれていた。私はそれを見つけると、思わずそこに頭を下げた。
「こんなものまで撮るのか」
その時、後ろから声がした。その主はリリー准尉だ。
「そんなものまで撮って、何になる」
「わからない。だが、彼女が生きた証は、未来へと遺る」
何度も繰り返した問答だ。そう言えば、星見君からも同じ質問を受けたことがある気がする。だから、
返事は早かった。
「遺して何になる」
それに比べて、彼女の返答は遅く、それでいて予想通りのものだった。
「何のために、だとか、遺すか遺さないか、だとか、そんなことを議論する前にまず遺す。それが我々人類の使命だ」
「それがたとえ、
「もちろん。それが人類の後悔であり、存在意義であるからだ」
「わからんな」
彼女はそう言いながら墓標に花を手向けた。
「一つ、聞きたい」
彼女は墓標から目を離さずにそう言った。
「私の骸も、撮ってくれるか」
それは予想外の言葉だった。だが私は、即座にうなずいた。
「当然。プロですから」
それが私の使命だと、心得ている。
『それで、どうだい』
友人エヌはわざわざ衛星電話で話しかけてきた。
「リリー准尉の作戦行動に帯同する許可を取った。明日からは最前線だ」
そういうと、電話口の相手は嬉しそうだ。
『それで、加東圭子には迫れたかい』
「ダメだった」
結局、居合撮影は失敗に終わった。加東圭子という壁は私の前に依然として高くそびえている。
『5秒、か。たとえば、レンズキャップをあらかじめ外しておくだけでも2・3秒は短縮できるだろう』
5秒のうち、かなりの時間をレンズの準備に取られている。レンズキャップを外し、沈胴レンズを引き出すという作業。エヌの言う通り、これだけでも3秒は違うだろう。
「しかし、このレンズはズマール5㎝F2。こんなレンズを砂塵の多いこの場所でキャップを外したままにしていたら、どうなるか」
基礎設計に秀でるもガラス部材が劣悪で失敗作の烙印を押された悲運のレンズだ。
特にレンズ表面に自然と傷がつくことで有名で、そんなレンズを砂嵐吹き荒れる砂漠で放置すればどうなるかは明らかである。
『言われてみればそうだ。……そもそも、加東圭子は本当にズマール5㎝f2を使用していたのか?』
「それについては、実は証言がある。」
『ほう、というと』
「加藤武子、を知っているか?」
加藤武子氏は、加東圭子氏と名前の似ている航空ウィッチである。不運なことに二人は同機であり、僚機であった。
加東圭子氏はよくこの武子氏と自分を比較して意識していた。
なにより、加東圭子氏がカメラを始めたのは、この加藤武子氏がカメラ趣味者であったからである。
面白いことに、この二人の確執は表沙汰になることこそなかったが、各方面に重要な証言を遺している。これもその一つだ。
「彼女は加藤武子氏が使用していたカメラと自分のLeicaをよく比較していた。その中で彼女は『ビオゴンは明るくてうらやましいけれども』と発言している」
ビオゴン、というのは武子氏が使用していたレンズである。正確にはカールツァイス・ビオゴン3.5㎝F2.8。
『待ってくれ、おかしいぞ?』
そう、この発言は明らかにおかしいのである。
「まず第一に、35㎜レンズと50㎜レンズを比較しているというのが腑に落ちない点だ。もう一つ、なぜ加東圭子は武子の”ビオゴン”をうらやましがったのだろうか」
”明るいレンズ”の定義は様々であるが、一般的にはそれは「絞り」というもので定義される。
この絞りの数値(先ほどからFで示されている数値だ)が小さければ小さいほど、それは「明るい」。
ビオゴンはF2.8。(加藤武子)
ズマールはF2。(加東圭子)
たった0.8の差ではあるが、加東圭子のレンズの方が明るい。
『ということは、加東圭子はズマールを使用していなかった?』
「可能性としては捨てきれない」
『例えば、ズマールではなくエルマーを使っていたとは考えられないのか?』
「エルマー」とは、ズマールの前に生産されたレンズである。
このエルマーのスペックは
エルマー 5㎝f3.5
と、ズマール・エルマーと比較してかなり暗い。(といっても、f3.5ではあるのだが)
もし加東圭子氏がこのレンズを使用していたとするならば、加東圭子氏の「ビオゴンがうらやましい」という述懐は正しいことになる。
「だが、ダメなんだ」
『なぜ?』
「加東圭子を撮影したとされる写真には、彼女がズマールのレンズを持っている姿が写されている」
ズマールとエルマー。この二つの似たようなレンズは、しかし見る者が見れば一発で見分けることができる。それはあまりにも一目瞭然で、見まがいようがない。
簡単な相違点を具体的に上げれば、レンズに付けられた刻印がかなり明確に違う。
『これは訳が分からないぞ』
「そもそも、彼女がうらやましがったビオゴンはライカ向け製品も存在する。そんなにビオゴンが良ければ彼女はそれを買ってきて付ければよかったんだ」
頭の中で考えが堂々巡る。歴史的事実一個とっても、私は彼女のしっぽすら掴むことができない。
「彼女は何を考え、どうやって写真を撮っていたんだ。私はここにきて、これがさらにわからなくなってくる」
『あまり思い詰めるなよ』
エヌの声は、本土で別れた時とは打って変わって心配そうだ。
「わかってるよ」
『死ぬんじゃないよ』
「お互いにね」
追いかければ追いかけるほど、加東圭子の姿は遠い。私はこのアフリカで、彼女の肖像にたどり着けるのだろうか。
絞り
レンズを通してフィルムまたは映像センサーに照射される光の量を調節する機構(穴)。
穴の大きさを大小させることによって光量を調節するとともに、ボケ具合も変更する。
穴の大きさが大きくする=絞りを開くと:明るくなる
穴の大きさが小さくする=絞りを絞ると:暗くなる
という関係がある。また
絞りを開くと:ボケが大きくなる
絞りを絞ると:ボケが小さくなる
という関係を持つ。
(ボケが大きくなる=ピントが合っている部分と会っていない部分との差が激しくなる)
このため、明るさを求めて絞りを開くとピントが合わせずらくなるという事態が発生する場合がありうる。
一般に、絞りはF値で示される。
F値の数字が小さい=絞りが開かれている
F値の数字が大きい=絞りが絞られている
と定義されている。