加東圭子にサヨナラを。 著・加藤敬(フォトグラファー) 作:矢神敏一
写真は一瞬を切り取るもの。
それはあまりにも語弊のある流言飛語である。カメラマンとしては、到底容認することができない。
写真機が切り取る一瞬。それは、時間軸における「点」ではなく「線」である。
具体的に言うと、写真とは、フィルム若しくはイメージセンサ(光の情報を電子的な情報に変換するセンサ)が光に露出している間の一瞬を捉えたものである。
では、どれだけの時間、センサ/フィルムは光に露出しているのだろうか。これは実は、状況によって異なるのである。
この光に露出する時間のことを「シャッタースピード(SS)」と言う。このSSを変えると、センサ/フィルムに照射される光の総量が変わる。
するとすなわち、写真の画の明るさが変わるのである。(そのほかの設定が同じであった場合)
なのでSSはその他の設定やその時の明るさによって常に変化する。
ではもっと具体的に、それがどれだけの時間であるか見ていこう。
例として、良く晴れた真昼間を出そう。この時、写真業界でよく言われる言葉に「ISO400はセンパチ」というものがある。順を追ってかみ砕いていく。
ISO400というのは感度のことだ。同じ光の量でも、感度が良いと明るく写り、悪いと暗く映る。
ISO400という感度の時、センパチ(=SS1/1000秒、絞りF8.0)で撮影すると丁度よく撮れるというのが、この言葉の真意だ。
これを見ればわかる通り、通常シャッタースピードは何百分の1秒から何千分の1秒という世界である。
もっとも、例えば夜などであれば話は別だ。例えばバルブ(=長時間露光)という撮影法では、シャッタースピードは数十分の1秒から長くて数十秒となる。
では、シャッタースピードが変わると、明るさ以外の面はどう変わるのか。
シャッタースピードを遅くすればするほど、その間の出来事をすべて記録してしまう。例えば被写体が動いたらその動きをすべて記録してしまうし、もしカメラが動いたらその動きもすべて撮ってしまう。
一般的な言葉に言い換えれば、「ブレ」が起きやすくなる。
露出している間に被写体が動けば「被写体(動体)ブレ」、手に持ったカメラが動けば「手ブレ」……。
意図的でない限り、できるだけ回避したいものである。
さて、なぜ今そんな話をしているかというと、それは私がこの戦場で”やりたいこと”があるからに他ならない。
マズルフラッシュ(砲焔)というものがある。
日本語で書くと読んで字のごとくであるが、発砲の際に砲口で花咲くあの炎のことである。
私は、ウィッチの射撃によって生じるあの焔を、きちんとウィッチが発射しているということが分かるように撮りたいのだ。
一見簡単に思えるかもしれない。だが、これが割と難しい。
あのマズルフラッシュが飛び出るのは、ほんの一瞬である。まずこの一瞬をきちんと収めるというのが難しいのだ。
並のカメラだと連射しても焔が出た一瞬だけコマが抜け落ちている、なんてこともしばしばである。
さすがに私の世界最高級カメラ「Fukon D5」であれば、一枚ぐらいはきちんと撮れてはいる。が、やはりションベンの終わりかけのようなみっともないものしか映っていないこともままある。
この撮影に関して有効な策はないかと、実はエヌに相談を持ち掛けたことがある。すると、彼は極めて明快な解決策を提示した。それは、SSを下げるということである。
焔が出るのが一瞬であるというのであれば、その一瞬の始まりから終わりまでを包み込むようにシャッターを開いてしまえばよい。理論上はこれで必ず撮れるはずである。
事実、この方法によれば撮影の”勝率”は上がる。であれば、ここでもその方法を採るべきだ。
だがしかし、ここに大きな問題がある。それが、シャッタースピードと明るさの関係である。
SSを下げれば下げるほど、画面は明るくなる。
例えばこの状況。ピーカン照りの砂漠だ。太陽の光が砂漠に反射してかなり明るい。
この状況下では、ISO100の時、おおよそSS1/500程度は最低でも出したい。
しかし、マズルフラッシュを撮影するためにSSを下げる。だいたい1/125程度まで下げなければ意味がないだろう。
そうなると、ISO100の時、絞りはF32相当となる。
だいたいのレンズはF22ぐらいまでしか絞ることができないので、つまりこれは実現不可能な数字ということになる。
もっとも、現代においてはこういう時のために「NDフィルタ」というものが存在する。これはレンズを透過する光の量を一律に減じるものである。(であるから日本語名は減光フィルタである)
ただこれは、加東圭子氏の時代にはなかった(あるいは一般的でなかった)ものである。当然、そんなものを使用したという記述もない。
彼の時代で彼女がどう戦っていたのか。それが私にはわからない。
さて実践だ。私は射撃訓練を行うリリー准尉の後ろにピッタリついて、その時を待つ。
准尉がトリガーに指をかける。シャッターボタンを押し込む。Fukon D5のシャッターがけたたましい音を立てて何度も降りる。
秒間12コマの連写性能がフルに発揮されて、その瞬間を確実に捕らえる。
Fukon D5は所定通りの性能を発揮した。
さて、画像を確認してみる。
リリー准尉の凛々しい顔と、しっかり構えられた主砲。そして、そこから飛び出るマズルフラッシュ……。
だが、マズルフラッシュが思ったよりショボい。
あれ? こんなはずではなかったのだが。
失敗したか、と今度はリリー准尉が撃つところを肉眼で確認してみる。
すると、リリー准尉の持つ砲はマズルフラッシュが一般的なものより小さいように思えた。
それに砲弾初速もそこまで早いようには見えない。目で追えるほどのものだ。
作戦変更。
今度は、彼女の姿と砲弾を同時に収めることにする。
これまでとは打って変わって、今度はシャッタースピードを思いっきり上げる。そのためにも絞りもある程度開き、感度も大きく上げる。(撮影中に感度を変えることができるのが、デジタルカメラのいいところだ)
ISO800、F8、SS1/8000。このFukon D5は最高シャッタースピードが1/8000であるから、これはこのカメラの性能限界での撮影ということになる。
撮影位置も変える。弾と彼女の位置を考え、彼女より前に出た。
次弾発射の指示。弾を装填。トリガーに指をかける。私もシャッターボタンに指をかける。
発射!
今度はうまくいった。彼女の構えた砲から弾丸が飛び出るところを、このカメラははっきりととらえた。シャッタースピードを上げたことで、弾はきちんとその姿をとどめている。
当初の計画とは異なるが、いい写真を撮ることができた。
「楽しそうだな」
次弾を装填しながらのリリー准尉に、そう話しかけられた。
今日は訓練のみで出撃は無かった。昨日帯同の許可をもらった私は、少々物足りなさを感じながら彼女の教練を撮影している。
「咆哮に興奮しない男子など居りますまい」
私がそう言うと、心底呆れたような顔になった。
「時に、それはデジタルカメラだな」
「ええ、そうですが」
「どんな写真を撮ったのか、見せてもらおうじゃないか」
彼女はそう言うと、半ば強引に私のカメラの再生ボタンに触れた。
「お気に召しませんか」
「いや、命知らずだと思っただけだ。戦場では、私より前に出ると貴様の方が先に死ぬぞ」
何を言うかと思えば、そんなことだった。
「現場では遮蔽物に隠れて撮影しますから、大丈夫ですよ」
「私の弾に当たるぞ、と言ってるのだバカめ」
彼女は大きくため息をつく。
「貴様には私の骸を撮ってもらわねば困るのだ。私より先に殉ずることは許さない」
「大丈夫ですよ。私、失敗しませんから」
私は確固たる自信をもってそう答えた。彼女はとうとうやりあう気をそがれたらしく、小さく肩を落とした。
「写真の腕だけは確かなようだ。せいぜい頑張り給え」
言外に秘められた批判の言葉を交わして、私はやはり大きく頷く。
「ええ、わかってますよ」
「衛星電話は高いぞ」
今日も電話をかけてきたエヌに、私はそんなことを言った。
『今や巨匠とも言うべき立ち位置に居る僕に、このぐらいわけないよ』
エヌはまるで何かをあてこするかのようにそう言った。
『それで、どうだい?』
「わからんな」
『近頃の君はそれしか言わんね』
思い返せばそうかもしれない。だが、私は本気でわからないのだ。
「アフリカの大地は、私の想像より明るかったんだ」
『ほう。では、SSを上げなきゃな』
「ああ。だが、LeicaⅡの最高シャッタースピードは1/500だ」
この一言で、エヌは私の言いたいことを理解したようである。
『まさかお前、加東圭子がLeicaⅡを使用していたかどうか、それを疑っているのか』
その通りである。そしてこの疑念には、それを生じさせるだけの確固たる証拠があるのだ。
加東圭子のライカについての記述に、こんなものがある。
「前略)コンタックスはライカに比べてシャッタースピードに勝るが、しかしSS1/1250とSS1/1000にどれほどの違いがあるのだというのだろうか」(鈴木2016P16)
これは、加東圭子氏が使用していたライカと加藤武子氏が使用していたコンタックスを比較した文章である。
『ライカは大陸系列。コンタックスは倍数系列。その違いが如実にでた面白い記述じゃないか』
この記述自体は間違っていない。SS1/1250もSS1/1000も大した違いはない。問題はそこではない。
「通説では、加東圭子はLeicaⅡを使用していたとされる。では、繰り返しになるがLeicaⅡの最高シャッタースピードは」
『……1/500。君が言ったとおりに。まさか、では本当に?』
もしこの記述が自分のカメラと加藤武子氏のカメラを比較していたとすると、つじつまが合わないのである。(注1)
「最高シャッタースピードが1/1000にまで引き上げられたのは、後継機種のLeicaⅢaから。であるとすると、加東圭子が使用していたライカは本当にLeicaⅡであったのか、怪しくなると思わないかい?」
SS1/1000と1/500は、バカにできない差である。少なくともこの砂漠では、SS1/1000まで上げられなければ苦しい戦いがあるだろう。
「SSが上げられないのであれば、感度を減じるしかない。そうなると、問題がある」
『問題?』
「感度を減じたフィルムを使用すると、当然暗所での撮影は難しくなる」
フィルムカメラにおいて、感度は設定で変えられるものではなく、詰めたフィルムに完全に依存するものである。
そして、一度フィルムを詰めてしまえば、それを変更するのはかなり手間がかかる。
「仮にISO50のフィルムを詰めたとしよう。野外を撮る分にはそれでいいだろう。では、室内は?」
彼女はよく、室内や天幕の中で将校や兵卒の写真を撮影していた。室内は野外に比べて明るさがガクンと落ちる。感度の低いフィルムで撮影するのは骨だ。
『しかし、それは光源を用意するなどで対処可能だ』
通常、室内での人物撮影では、光源、すなわちライトなどで照らして撮影するのが基本だ。加東圭子氏がそうしなかったという証拠はない。
「では、飛行中はどうだ?」
『飛行中? 当時のウィッチなら飛行は昼間だけだろう』
まだ全天候型ストライカーなど生まれる前である。ナイトウィッチでもない加東圭子氏は、普通に日の出ている明るい時間だけを飛んでいたに違いない。
「だが、忘れてはいないか? 加東圭子の写真の中で、一番有名なものを」
『一番有名なもの? それは確か……』
エヌはそこで息を呑んだ。
そう、加東圭子氏の撮影したもののなかで一番有名なのは、黎明薄暮の中、飛行中のハンナ・マルセイユ氏を撮影した写真だ。
「黎明薄暮ならウィッチは飛べる。だが、感度の低いフィルムではまだ明るさが足りない」
刻々と変化する状況下で、彼女はそれにどう対応したのであろうか。
「考えても見てくれ。我々プロは、同じ状況下であれば違う感度のフィルムを詰めたカメラを複数持ち歩く。だが、彼女は一貫してLeicaⅡを使用していたとされている」
おかしいと思わないか? 問いかけてみる。
エヌは黙る。それは当然、我々の常識の埒外にそれがあるからだ。
「本当に、彼女はLeicaⅡ一本で世界を渡ったのか?」
あの世界で一番美しい写真は、本当にそのようにして生まれたのか? 私の疑念は尽きない。
「明日、戦闘が行われるようだ。輸送は航空機で行うらしい。私も帯同する」
『確かめるのか』
「もっとも、結論は出なさそうだがね」
それでも、私は進むしかない。私にかけられたこの呪いを、解くためにも。
注1:SS1/1000とSS1/1250の微妙な差にこだわるコンタックスを批判した文章と読み下すことも可能である。
加藤武子氏のコンタックス
鈴木2013P16より、氏が使用していたコンタックスカメラは最高シャッタースピードが1/1250であるモデルと推察される。
コンタックスにおいてSS1/1250であるカメラはI-7しか存在しないため、同氏使用のカメラは「コンタックスI-7+ビオゴン3.5㎝F2.8」であると考えられる