加東圭子にサヨナラを。 著・加藤敬(フォトグラファー)   作:矢神敏一

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 日本を離れて三度目の大空は、戦場だ。

 

 扶桑軍キ501(三九式輸送機)に揺られてしばらく飛ぶ。隣には万全の装備に身を包んだリリー准尉が居る。

 

『敵地上部隊発見。地上部隊の報告通りの場所に居ますね』

 

 航空ウィッチからそう無線が入る。それを聞くとリリー准尉は立ち上がった。

 

 

 

「カトウ、貴様に一つ詫びておくことがある」

 

 ついに作戦が始まる。大昔の南極戦争を思い出して全身の血が煮えたぎっている頃に、リリー准尉はそう言った。

 

「今回の作戦は……。まあ、デモンストレーションなんだ」

 

「はぁ、するとつまりどういうことで?」

 

 理解が追い付かず、半ばおうむ返しに聞き返す。准尉は一瞬だけ不快感を露わにしたが、今回は自分に非があると思い直したのか元のただ怖いだけの顔に戻った。

 

「前線正面から逸走した小規模な集団の掃討が今回の主任務になる。だからウィッチは我々しかおらず、激しい戦闘も無いだろう」

 

 少し、拍子抜けである。だがそんなことでへこたれているようでは、カメラマンは務まらない。カメラマンたるものポズィティブな姿勢は忘れてはならない。

 

「そういう時でなければ撮れん写真もあります。問題ありません」

 

「そうか。それともう一つ詫びておくべきことがある」

 

 私の誠意などまるで無視して、彼女は二の句を継ぐ。

 

「なんです?」

 

「今日から戦場に連れて行くと言ったな。あれは嘘だ」

 

 私の急造的ポズィティブシンキングは5秒で瓦解した。今度ばかりは愕然とせずにはいられない。もう、戦闘地域はすぐそこであるらしいのに、なぜ戦地へと赴くことができないのか。

 目の前の彼女は悪びれる様子もなく、ストライカーを穿きなおしている。

 

「ひどいじゃないですか。期待したのに」

 

「だからすまないと言っているだろう」

 

 相変わらずこのウィッチは無表情である。が、だんだんと感情が読めるようになってきた。この表情は、まぎれもなく何の感情も無い時の表情だ。

 

「まあ、詫びと言っては何だが、貴様にはこれを渡しておこう」

 

 彼女はそう言ってインカムを渡してきた。これがなんのお詫びになるのか。

 

 私の予想ではもうじきこの飛行機は着陸する。なぜなら陸戦兵である彼女を地面に降ろさなければならないからだ。

 私は心の中にジャーナリズム精神が湧き上がってくるのを感じる。

 

 そうだ。飛行機が地面に接触したその瞬間、私は飛び降り戦地を駆ける。有無を言わさず戦地へ帯同させねばならない環境をつくってやるんだ……。

 

「私はこれでも矜持ある戦場カメラマンだ。貴方が何と言おうと、戦場に付いていきますよ」

 

 私はそんな胸算用を隠したまま、こんなことを言う。

 

 すると彼女は、無表情なまま少し眉をひそめた。

 

「別に構わないが、おそらく君は死ぬぞ」

 

「死ぬのが怖くて、シャッターなんて切れませんや」

 

 私にとっては、死ぬことより最高のタイミングでシャッターが切れないことの方が怖い。いくら脅されたとて、私は行く。その決意を目に宿すと、彼女は渋々といった態度でそれを了承してくれた。

 

「まあいい。来たくば来てもよいが、君は今の発言を取り消してもよい。忘れるな、君は人間だ」

 

 彼女はそう言いながら支度を終えた。

 

「では、またあとで」

 

 そしてそう言いながら、彼女の姿は大空へと落っこちた(・・・・・)

 

 

 

「……は?」

 

 私はあわてて高度計を見る。デジタルで示されるそれは未だ海抜1000メートル付近を行ったり来たりしている。この辺りの標高が少し高いことを鑑みても、地上までの距離は東京スカイツリーのそれを超える。

 

「そんなバカな。彼女は陸戦ウィッチだろう?」

 

 下を見ると、彼女は悠々と真っ白な落下傘に揺られて降下中。私はあんぐりと口を開けるほかない。

 

『彼女は2C9……HOHA(ノーナ)空挺戦闘脚を持つ、空挺陸戦ウィッチですよ先生』

 

 インカム越しに星見君がそう教えてくれた。

 

『カトウ。先ほどの見事な啖呵は聞かなかったことにするから、どうかその気概は明日に取っておいてくれ。今日は上空から私の活躍をとくと見るがいい』

 

 リリー准尉はだんだんとその姿を小さくしていく。私はなんだか、心の中に対抗心のようなものが芽生えたのを感じた。

 

「……小畑さん。パラシュートを」

 

「はあ?」

 

「昭和基地防衛線でも私は空挺師団に付き添って空挺降下した経験があるんだ。私にだってできらぁ!」

 

『先生、やめといた方がいいですよ。ホラ』

 

 星見君の言葉と同時に彼女のシールドが花咲く。そしてそこへ赤いビームが飛び込んできた。

 

『敵ネウロイによる対空砲火です。人間の先生が下りたら、たぶん途中で蒸発しますよ』

 

『そういうことだ』

 

 再び対空砲火。機体が大きく揺れる。

 

『先生、おとなしくしていてください』

 

 教え子に諭されてしまっては、教員としてカオナシである。が、ここでは彼女の方が”先任”だ。私は偉大な先輩の言うことをおとなしく聞くことを決めた。

 

 

 

 だが、ここで終わる私ではない。私の下ではこれから地上攻撃を行うウィッチが居り、私のすぐ横には飛行しながらシールドでこの飛行機を護ろうとするウィッチが居るのだ。

 

 彼女たちの任務が命を懸けて闘うことなら、私の任務はそのリスクを冒してでも写真を撮ることだ。

 

 三度目の対空砲火を前にして、私は懐からカメラを取り出した。

 

『先生、カメラでビームを見ちゃダメです!』

 

 星見君の警告は、私を心配してのことだろう。これを聞いて、私は彼女がよく勉強をしていると感心した。というのも、カメラのレンズ‐ファインダー越しにネウロイのビームを見れば、普通は失明待ったなしである。

 

 原理としては、虫眼鏡で太陽を見たときと同じことが起きる。(虫眼鏡で太陽光を集めて紙を焼いた実験を思い出してほしい)

 この場合、カメラが虫眼鏡で、哀れにも焼かれる紙きれが私の網膜である。

 

 星見君の警告をよそに私はカメラを構える。その時、ビームが星見君のシールドに再びぶち当たった。

 

 激しい閃光が迸る。私はそれを、目を背ける暇すらなく目撃した。

 

 

『先生!』

 

 

 星見君の悲痛な声が空に咲く。

 

 だが、私は大丈夫だ。

 

 視野ははっきりとしていて、目がくらんだような感覚も無い。

 

 これは別に、私が何らかの超人的な能力を持っているからではない。

 

 ミラーレスカメラは、集めた光を一度電子情報に変換し、そしてファインダーに据え付けられたモニターにそれを出力するというものである。

 

 ファインダーに映し出される光の強さは、そのモニターの性能に依存するわけで、当然人の目を焼くほどの出力などない。

 

 であるから、私は望遠レンズでネウロイのビームを見てしまったとしても、平気なのである。

 

「心配には及ばん。私を誰だと思っているのだね」

 

『こ、小うるさいけど単位をくれるおじさん……』

 

「妥当な評価をどうも」

 

 彼女の言葉を聞き流して、私は彼女にレンズを向け続ける。

 

「さあもう一度。来るぞ!」

 

 再び、ビーム。星見君がシールドを張る。頬からは若い汗が滴り、その表情はかすかに歪む。

 

 彼女の表情と、シールドと、ビーム。私はそれだけを切り取った。

 

『先生、大丈夫ですか?』

 

「もちろん。そんなことより、そこの起伏に対空ネウロイが居るぞ」

 

『……先生、正確な位置をスポット出来ますか?』

 

「私は観測兵ではないのだが……。どれ」

 

 私はファインダー越しに目標を探す。だが、このファインダーでは満足に目標を探せない。

 

 ミラーレスカメラの弱点として、間に電子処理を挟んでいるため、現実とファインダーとの間にタイム・ラグが発生してしまうというのがある。(これをEVF=電子ファインダーの諸問題と言う)

 

 このラグはかなりのもので、撮影こそ何とかなれど、このような観測には向かない。

 

 私はカメラを一眼レフ「Fukon D5」に持ち換える。一眼レフはレンズで集めた光がレフ(ミラー)を通して直接ファインダーに達するため、タイムラグが無い。(これを光学式ファインダーの利点と言う)

 

 だが、ミラーレスカメラのEVFに比べてデジタル一眼レフの光学式ファインダーは、少しばかり”暗い”。

 光を撮影者に合わせて補正しているEVFと、生の光をそのまま届けている普通のファインダーとの間には、雲泥の差がある。

 

 画面をさらうようにして必死に目を凝らさなければ、なかなか見にくい目標を見つけることが難しい。

 

「居たぞ、あそこの岩場だ。少し大きな起伏の奥にある岩陰に隠れている」

 

『リリィ!』

 

『わかっている!』

 

 インカム越しに発砲音。私は目標から目を動かさない。

 

『弾着まであと10、9……』

 

 リリー准尉がカウント刻む。私はシャッターボタンに指をかける。

 

『弾ちゃーく』

 

 その瞬間、私はボタンを深く押し込んだ。

 

『今!』

 

 秒間12コマの速度でシャッターが下ろされる。カメラは、弾丸が敵ネウロイへと吸い込まれる一瞬を逃さなかった。

 

 アッパレ、扶桑の技術。とはいえ、やはりもう少しコマ数は欲しいと思ってしまうのが、戦場である。

 

 カメラへの要求は、尽きることが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衛星電話は高いぞ」

 

 今日も電話をかけてきたエヌに、私はそんなことを言った。

 

『今や巨匠とも言うべき立ち位置に居る僕に、このぐらいわけないよ』

 

 エヌはまるで何かをあてこするかのようにそう言った。

 

『それで、どうだい?』

 

「わからんな」

 

『近頃の君はそれしか言わんね』

 

 思い返せばそうかもしれない。だが、私は本気でわからないのだ。

 

「空の上から写真を撮ってみたんだ」

 

『ほう。それはさぞ気持ちよかろう』

 

「……ああ、確かに南極の空よりは対空砲火がマシだったね」

 

 電話口の男は大声で笑う。その声が時折大きく乱れ、不愉快なビープ音にも似た音色になる。

 

「どうした?」

 

『……ああ、衛星電話だから電波が悪いのだろう。で、飛んでみて何が分かった』

 

「ますます、加東圭子が分からなくなった」

 

 私がそう答えると、彼はこう応える。

 

『私は何が”わかったのか”と尋ねたのだが』

 

「わからないことが分かったのだよ。これは学術的に大きな進歩だ」

 

 相変わらず私たちはああ言えばこう言う。そのやり取りにいつもなら笑えたところだが、なぜだか今日はあまり口角が上がらなかった。

 

『それでなにが分からないんだ』

 

「どうやって加東圭子は大空で写真を撮ることができたのかということだ」

 

『詳しく』

 

「これは初めからわかっていたことなのだが、加東圭子が使っていたライカのファインダーでは、あまりに性能的に不足があるのではないかと思うのだ」

 

 加東圭子がどのLeicaを使用していたかについては未だ諸議論があることは先述の通りだが、いずれにしろあの時代のLeicaは概してファインダーが使いづらい。

 

 私の所有するFukonD5のファインダーと比べると、4分の1ほどのサイズしかない。まるで針の孔から景色を覗き見るような格好だ。

 

 覗き見る隙間が小さければ、当然見にくい。明るさは実際と比較してかなり減衰する。黎明薄暮下での使用は堪忍ならないだろう。

 

「あのファインダーでどのようにピントを合わせ、どのように構図を求めたのか。私にはまったくもってわからない」

 

『後付けのファインダーを使用していた可能性は?』

 

 たいていのカメラは、後からファインダーのアタッチメントを取り付けることができる。だがしかし、このファインダーにはピント調整機能はない。

 

「まずもって、彼女が後付けファインダーを使用していたという証拠がない」

 

 彼女は”撮る側”でもあったと同時に、多くの場面で”撮られる側”でもあった。だが、そのほぼ全てにおいて彼女はカメラと共に写り、そのカメラ=LeicaⅡはなんのアタッチメントも取り付けられていない状態であった。

 

「つまり、彼女は純然たる自己の能力で、以上に挙げた不利をカバーしていたということになる。……それも、戦闘行為を行いながら、だ」

 

『ふむ。まるで魔法か何かを使っていたみたいだね』

 

「ああ、全くそうだ」

 

 さすがは、私の竹馬の友である。私と同じ情報を適示され、私と同じ結論にたどり着いた。彼は正しく、私の生涯の友だ。

 私は愕然とした。私の友をもってしても、やはりこの結論からは逃れられないのだと。

 

「ああ、結局こうなるんだ。すべて日本でわかっていたことだ」

 

『何をそう悲観的になることがある。確かに加東氏の固有魔法その他については情報公開が進んでいなかったり、またそもそも情報自体が少なかったりして調査が困難だ。だがしかし、君は改めてその情報が必要だという実感を得たのだから、これから日本に帰り情報公開を請求……』

 

「そんなことじゃあない!」

 

 研究など、この期に及んでどうだっていい。私は、私が今直面しているあまりにも惨い事実に愕然としているのだ。いや、愕然とすることしかできないのだ。

 

「結局、私がここで証明したのは、羽も生えていなければ魔法も持たない私には、どのように研鑽を積んだところで彼女の足元にも及ばない、いや、彼女の神髄に近づくことすらできないという事実を、再び突きつけられただけにすぎん。いったい、私は何をしにアフリカに来たというのだ」

 

 なんて人生だ。自分で言いながら吐き気がする。

 

『……あまり思い詰めるなよ。私はそんなつもりで君をアフリカに送り出したんじゃあない』

 

「そういえば始まりは君の提案だったな。安心したまえ、自分のケツは自分で拭う」

 

『死ぬんじゃないよ』

 

「お互いにね」

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