加東圭子にサヨナラを。 著・加藤敬(フォトグラファー)   作:矢神敏一

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9)素晴らしいカメラとは

 轟音の後、砂ぼこりが晴れた。それでも私は、五体満足で生きていた。

 

 驚いて上を見上げると、爆風で空いた穴から驚くべき人物が顔を覗かせていた。

 

「先生! リリー!」

 

 それは紛れもなく、星見君だった。

 

「最後の最後でウィッチが助けに来るなんて、()()()()()じゃないですか?」

 

 星見君は、そう飄々と軽口を叩きながら、その眼には涙を浮かべていた。

 

「先生、逃げましょう」

 

「それはできない、星見君」

 

 私は隣を見ながら、小さく首を振った。

 

「私も、彼女も、負傷している。脱出は困難だ」

 

 特に、()()()の負傷は思った以上にひどかった。意識に問題が出ているのか、その眼が少し虚ろになってきている。

 私のみであれば、彼女に抱えられて脱出することはできるだろうが……。

 

 せっかくできた友を、ここで見捨てることなどできない。

 

「このままでは君まで犠牲になってしまう。それは、君を受け持った教師としてあまりにも度し難い。教え子には、一分でも一秒でも長く、生きていて欲しいのだ」

 

「でも……!」

 

 彼女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

「先生は教えてくださいました。撮影とは、ただシャッターを切ることに非ず。その写真を家に持って帰るところまでが撮影である、と……!」

 

 そう。これは紛れもなく私の言葉だ。そして、私の信念だ。

 

 写真家とは、撮った写真を持ち帰り、それを記事に起こし、市民に向けて公表するまでが使命。決して、討ち死にしてはならないのだ。

 だがしかし、私はこうも思う。

 

 私も写真家である前に、人間でありたいと。

 

「星見君」

 

 私はLeicaⅡと、掘り返したSDを彼女に向けて差し出した。

 

「私の遺志を」

 

「いや……。イヤです、先生!」

 

「聞き分けてくれ、星見!」

 

 私は声を荒らげる。彼女はハッとして、LeicaⅡを見る。

 

「君は本当に、座学が得意で、実習が苦手だった……。そんな君の特性さえ、今は愛おしいよ」

 

 彼女はSDを受け取った。そして、ポケットにそれを仕舞い込む。

 

 そして最後。私は片方の手でLeicaを差し出し、もう片方の手でリリーの手を強く握った。

 

「これが……。私の、答えだ」

 

 だから、頼む。

 

 そう、告げようとした瞬間だった。

 

「バカヤロウ!」

 

 頭上からドロップキックが降ってきた。

 

 それは聞きなれた声であり、この場には、どう考えてもいるはずのない声だった。

 

「それは自分のその手で、扶桑へ持ち帰れ!」

 

 その声の主は私の胸倉をつかむと、そう怒鳴ったまま私を平手打ちにした。

 

「……南極で今のお前と同じことを言った俺に、そう言ったのはお前だったな」

 

 その声の主は、友人・エヌだった。

 

「立て、加藤」

 

 彼は無理やり私を起き上がらせて、そして詰め寄った。

 

「あの時のお前の言葉を、そっくりそのままくれてやるよ。なんて言ったか、覚えているか?」

 

 全身が、カッと熱くなったような気分になる。まるで、細胞の一つ一つが、あの時の興奮を覚えているかのように。

 

「「俺とお前で組んだ時の生還率は、100%」」

 

 声をそろえて言い終わって、私は腹の底から笑いがこみあげてきた。

 

「ああ、そうさ。いつだって俺たちは、二人で一つだった」

 

「お前一人なら帰れんかもしらんが、俺がいれば帰れるだろう?」

 

 自信満々に嘯く彼の自慢げな面を、私は思わず張り倒した。

 

「当たり前だ、相棒」

 

「よし、また走ろうじゃないか。今度は雪原ではなく、砂原だがな」

 

「これもまた、オツだね」

 

 私たちの拳が重なり合った。次の瞬間、私はリリーを助け起こしていた。

 

「星見君、彼女を連れて脱出を」

 

「し、しかし……」

 

 星見君は難色を示す。マニュアルではこの場合、民間人である我々の避難が優先されるからだ。

 

 そんな生真面目な彼女に、私はいつもの問答であるかのようにこう答えた。

 

「おいおい、この間の授業を忘れたかね。『このような場合、統計上現場の判断を優先させた方がその場での生存可能性が高まる』と、私は確かに述べたはずだが……」

 

 座学が得意な君にしては、珍しい聞き洩らしだね。と、私はお道化てそう答えた。

 

「そんなの、教科書に書いてありましたっけ?」

 

「扶桑に帰ってから、意地でも加筆してやるさ」

 

 そう返して、彼女は初めて笑みを取り戻した。

 

「わかりました。リリーは、必ず基地に返します」

 

「君”も”だよ。星見君」

 

「ええ、もちろん」

 

 彼女はそう言うと、リリーの身体を抱えて空中に浮かび上がった。

 

「じゃあ先生、またあとで」

 

「うむ。またあとで」

 

 私の言葉に満足したのか、彼女は速やかにこの場から離れた。

 

「さて……」

 

 私は隣を見る。

 

「走るか」

 

「ああ」

 

「死ぬんじゃねえぞ」

 

「お互いにね」

 

 言い合ってから、私たちは攻撃が吹き荒れる街路へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執拗な攻撃は町を出ても続いた。

 

 遮蔽物が無くなることを懸念したが、幸いにもこの砂漠は起伏に富んでおり、特に問題は無かった。

 

「それにしても、なぜここに?」

 

「徐々に思い詰めた様子になる君に対して、若干の責任を感じてね」

 

 彼がそう言ったので、私は思わず笑ってしまった。

 

「まったく、航空券は高いぞ」

 

「なんてことはないよ。今や、私は売れっ子カメラマンでね。扶桑に帰ったら、アイドルやら女優やらの撮影が待っている」

 

「羨ましい限りだよホント」

 

 砂漠の上を走りながら、私たちは息も絶え絶えにそんな会話を繰り広げた。

 

「……そういえば、最後の衛星電話は少々電波状況が悪かったな」

 

「お察しの通り、あの時にはもうすでに、近くまでやってきていた」

 

「なんだよ。早く言いたまえ」

 

「驚かせようと思って」

 

「まったくもって無駄な配慮をありがとう」

 

 私はこの男の頭を小突いてやりたくなる衝動にかられた。だが今はそんなことをしている余裕はないので、後頭部に向けて平手を向けるくらいにとどめた。

 

「それで、呪いは解けたか?」

 

「呪い? なんのことだ」

 

「加東圭子の呪いだよ! それを解きに、アフリカくんだりまで来たんじゃないか」

 

 彼の言葉に、私は大笑いで返した。

 

「呪いじゃなかったんだよ、あれは」

 

「なにぃ!?」

 

「だから、サヨナラをアフリカで言う必要も、無かったんだ!」

 

 ところどころ敵からの射線が通る位置に差し掛かった。攻撃が一層激しくなる。

 

「扶桑に帰ったら、死ぬほど話してやるさ!」

 

「まったく、続きが気になるよ! 死ぬんじゃねえぞ!」

 

 興奮のままに叫び声を上げながら、私はまたもや思い出し笑いがこみあげてきた。

 

「こんな風に、アニメ映画があったな!」

 

「ルパンか? 俺はそれよりも、南極戦を思い出すよ」

 

「あの時も、こんな風に君と逃げた」

 

「セリフは逆だったけどな」

 

「ああ。そして、砂じゃなくて雪だった」

 

「暑いかわりに、寒かった」

 

「日差しは……。同じくらいキツイね」

 

「あの時はどうやって逃げ切ったんだっけな」

 

「どうだったかな。忘れちまったよ」

 

「おいおいそれじゃあ、回顧録の執筆に差し支えるだろう」

 

「構わんよ。君が覚えているだろう?」

 

「私も忘れたよ!」

 

 もはや、どちらがどちらの声であるかもわからないような会話を投げ合いつつ、アドレナリンだけで先を目指す。ずっとずっと、太陽と反対の方向へ。

 

「なんでこっちに逃げるんだ?」

 

「さぁ。あの時もこっちに逃げたから?」

 

「そう言えばそうだった。そんでもって、こうしてゲラゲラ笑いながら走っていたら……」

 

 その時、前方から砲撃音。

 

 回り込まれたかと、歩みを止めた。

 

 だが、それは敵ではなかった。

 

「こんなふうにびっくりして立ち止まったら、そこに居たんだ」

 

「ああ……。戦場の、女神が!」

 

 それは、ロマーニャ軍の砲兵隊が擁する、FH70だった。

 

「民間人を発見! 保護!」

 

 扶桑語の指示が飛ぶ。扶桑軍人がこちらに駆けつけてくると同時に、背後からの攻撃が収まりつつある気配を感じた。

 

「お迎えに上がりました。もう、大丈夫です」

 

 その言葉を聞いて、我々は奇声を上げて飛び上がった。

 

 そしてネウロイの方に向かって向き直ると、あらん限りの力でこう叫んだ。

 

「俺たちの勝ちだ!」

 

「丸腰の人間二人、食べることもできない腰抜けネウロイめ!」

 

「お前らなんかに、俺たちが殺せるか!」

 

 一通り敵を罵倒し終わるころには、攻撃はやんでいた。

 

 私たちはそのまま砂上に倒れこと、ここでやっと口を閉じた。

 

「まったく……。年甲斐も無く頭に血を昇らせた」

 

「右に同じく。年は取るもんじゃないね」

 

「違うだろ。年相応に落ち着くべきだと私は言っているんだ」

 

「まったく教授クサイことを言うようになったよお前は」

 

「しかたがないだろ。教授なんだから」

 

 私の言葉に、彼は黙って拳を重ねた。

 

 私も、拳を重ね返す。

 

「どんな年の重ね方をしても」

 

「このコンビは不滅だよ、相棒」

 

 それを言い終わると、アドレナリンが切れたのか身体全体が痛み始めた。

 

 傷もかなり負っているのか、かなりの痛みだ。

 

 同時に眠気にも襲われた。

 

 私たちは二人そろって意識を手放し、そのまま基地へと移送された。

 

 意識を取り戻したころには、扶桑へ帰る算段が整い終わっていた。




世界イチのカメラ・Fukon
 Fukonのカメラがなぜ世界一と評されるまでになったのか。
 諸々論点が出尽くすことはないが、一番大きな要因の一つに生存性が挙げられる。
 良いカメラとは、素晴らしい描写性能を持ったカメラでもなく、各種機能をてんこ盛りにしたカメラでもない。
 どんな環境においても、撮影者が壊れるまで壊れず、家に帰ってデータを取り出すまで中の画像が壊れない。
 それが、最高のカメラの条件である。
 そして、21世紀の今、そのカメラの条件に合致するのは、Fukonだけである。

 かつてはLeicaのカメラなども、このような理由で最高のカメラと呼ばれたことがある。現在でも一定の堅朗性、部品生産の持続性などから、最高のカメラの呼び声は続いている。
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