男が居た。
少女が目覚めてからというもの、ずっと地上から陽の光を奪ってきた分厚い雲。その雲の隙間から、少女が地下に潜ったと頃には少しずつ晴れ間が覗き始めた。一筋、二筋と、光の梯子が地上へと降りていく。
少女が延々と続く階段を使い、巨大な穴の底に辿り着いた頃には、穴の底にもちらほらと陽だまりができていた。
その陽だまりの中に、男が仰向けになって倒れている。
少女は男の側に立った。
―――この人知ってる。
少女は男の側の地面に両膝をついた。
―――「ワタシ」をこの世界に生じさせた人。
少女は地面に両手をついた。
―――「ワタシ」に生きる理由を与えた人。
顔を、男の胸元に寄せる。
―――「ワタシ」の全てを決めた人。
右耳を、男の左胸に当てた。
―――そして、最後に私が裏切った人。
トクトク、と、生命の脈打つ音が聴こえた。
少女の右手が、地面に投げ出される男の手に触れる。少女の小さな白い手が、男の厳つい手を控えめに包み込む。微かに、少女の手を握り返しくる反応。
少女の手が男の手を離れ、次に男の額に触れる。中指と薬指がくしゃりと男の前髪を潰した。手は男の顔の上を滑り、埃を被った頬をなぞり、そして彼の口に辿り着く。少女の手のひらに、男の吐息を感じた。
少女の手はさらに男の顔の上を滑っていき、今度は右耳から左耳へと繋がる顎髭を、まるで男の輪郭を確認するかのように撫で始める。
男から触れられることはあっても、少女から男に触れたのは、「記憶」を振り返る限りは初めてのことだった。
近くに居て、でも月の裏側にでも居るかのような途方もなく遠くに感じる人。
初めて間近で見て、初めて実際に触れてその存在を感じる。
顔を撫で回され、ようやく男の瞼がうっすらと開いた。瞼の奥の瞳が、自分の顔をおもちゃにする少女に向けらる。その視線に、男の耳の穴をほじくっていた少女の手が止まった。
少女は心の奥底で期待した。
彼の第一声に。
ただ自動的に再利用されただけでからっぽのこの「生」に、その口から何かしらの啓示が授けられるのではないかと、少女は期待した。
少女を見ていた瞳はスライドし、少女の背後へ向けられる。そこに見えるのは、丸く縁どられた空。雲の隙間から、輝く太陽がその顔を覗かせた。巨大な穴の薄暗い底で、太陽を背にこちらを見るその少女の姿は、男の目にあるいは後光を背負った天使にでも見えたのかもしれない。
男は少女の手の温かさをもっと感じようと、目を閉じ、自身の顔の重みを少女の小さな手に委ねた。
太陽が雲に隠れ、陽が陰り、再び穴の底に薄い闇が舞い降りる。
うっすらと開く男の瞼。逆光で見えなかった少女の顔が、はっきりと男の瞳に映りこむ。
男の瞼が徐々に持ち上がり、そして大きく見開かれる。
男の眉間に深い深い皺が刻まれた。
男の表情の変化に気づいたのか、男の頬を柔らかく撫でていた少女の手が止まり、やがてゆっくりと離れた。
男は上半身をゆっくりと起こした。頭痛でもするのか額に手を当て、警戒するように、周囲を見渡す。
そして再び視線を少女に向ける。
何か異形のものとでも相対しているかのような表情で。
自分の特異な容姿が周囲から奇異の目を集めることは珍しいことではなかったが、この男からこのような目で見られることは今までにないことだった。
少女は男の視線に気圧されるように、その場にペタンと尻餅をつく。
男は口を開いた。
「…あ…」
少女に向かって何かを言おうとして呻いたが、久しぶりに鳴らそうとした喉が上手く振動せずに機能不全を起こし、すぐに咳き込んでしまった。
苦しそうに咳き込む男性を見て、少女は慌てて周囲を見渡す。
その大半を瓦礫が占める地下の広大な空間。しかし所々に、かつてこの空間を満たしていた半透明の黄色い液体の水たまりができている。少女は男のもとを離れると、駆け足で水たまりの方へ行き、そして両手をお椀のような形にして、その水たまりの液体を掬った。手の中の液体が零れないように慎重に、そして駆け足で男のもとに戻る。
男はまだ少し浅い咳きをしながら、駆け寄ってくる少女の姿を、やはり眉根を寄せて凝視している。少女はそんな男の側に膝を折ると、手の中の液体を、男の顔の近くに差し出した。
男は瞳だけを動かし、少女が両手で作った器の中に満たされている液体に見る。そして、やはり瞳だけを動かして、少女の顔を見る。再び液体へ、再び少女の顔へ。同じ行動を繰り返す。険しい表情のまま。
瞳以外を動かそうとしない男に、少女は何かに気づいたように瞼を瞬かせた。差し出した両手を一旦自分の方へと引き寄せ、そして自身の顔を手の器に近づけ、黄色い液体に口をつける。一口、二口。少女のか細い喉が微かに上下する。
ここに来て、少女はようやく自分も目覚めて以来、飲まず食わずだったことを思い出す。久しぶりに口にする水分は瞬く間に全身に染み渡るような錯覚を少女に感じさせ、その感覚は自分が生きていること、自分が生き物であることを改めて少女に思い出させた。
三口ほど液体を飲むことでこの液体が安全であることを証明してみせて、改めて手の器を男の前に差し出す。もちろん「衛生管理上」の観点からの安全を、少女は何の保証もできないが、少なくともこの黄色い液体それ自体は、飲んでも害はないものだ。そのことは男も知っているはずだが、パイロットでもなければまず口に入れることはない代物なので、男は口にするのを躊躇ったのかもしれない。
男は険しい表情を崩さず、疑るような視線を少女に向けていたが、少女の気持ちが通じたか、口を小さく開き、少しずつ少女の手へと顔を近づけた。男の唇が、少女の右薬指と左薬指に触れ、そして液体へと沈んだ。
男の発達した喉仏が、大きく上下する。
男も自分が生きていて、自分が生き物であることを改めて思い出したのか、一口液体を啜った次の瞬間には、両手で少女の両掌を持ち上げ、液体を一気に口の中に注ぎ込んだ。
無我夢中で自分の手の器から液体を飲み干そうとする男の姿を、少女はどこか満足気な表情で見つめていた。
しかし、液体を飲み干し、今は腕で口を拭っている男の態度は、少女の期待に逆らうものだった。何かを言ってくれるものと思っていたが、彼の口からは空気が深く出し入れされるのみで、そして変わらず険しい眼差しを少女に向けている。
その視線を受け止めきれなくなり、少女は視線を地面に落とした。
微かに、唇を噛みしめる。
―――ああそうだ。
分かっていたはず。
この人は決して私を許さない。
瓦礫の中から、緑色の大きな布っきれを引っ張り出す。それを何度か力強く上下させ、埃を落とす。いくら上下させても、布から出てくる埃の量は減る気配がなかったが、腕が疲れてきたので、少女は構わずその布をローブのように羽織った。
とりあえずの衣料を手に入れた少女は、男のもとへと戻ることにした。別に素っ裸のままでも良かったのだが、もし今後誰か知らない人と遭遇した場合は、横にいる男の社会的地位の甚大なる損失が懸念された。
男はいつの間にか立ち上がっていて、そして狭い空をぼんやりと見上げていた。しかし少女の足音に気づくと、すぐに険しい顔に戻り、小走りで駆けてくる少女を睨んだ。
少女の足が徐々に遅くなり、やがて止まる。
動けなくなる。
自分には決して向けられることはなかったこの眼差し。
自分はこの眼差しを知っている。
それは男が、彼の野心の障害となると認めた相手に対して向けられた眼差し。
排除すべきものとして認めた者に対して向けられた眼差し。
すなわち、彼の「敵」に向けられた眼差し。
認めれば、たとえ彼自身の肉親に対しても向けられた眼差し。
あの少年は、実の父親からこのような眼差しを向けられていたのだろうか。
ここに長居をするわけにはいかなかった。
だだっ広い地下の空間のどこからか、時々何かが崩落する音が聴こえてくる。この空間が、いつまで保たれるか分からない。
少女は未だに睨んでくる男に対し、自分が下りてきた階段を指さしてこの空間から出ることを提案した。男は今度も瞳だけを動かして少女が指さす階段を一瞥し、すぐに少女に戻す。「敵」を視界から外すわけにはいかないとばかりに。
何も言わない男。動こうとしない男。
少女は仕方なく、階段に向かって歩き始めた。背中を見せると刺されるとでも思っているのかもしれない。だったら、と、自分から率先して歩き始めた。これまでの男との関係では、決してありえなかった行動に少女自身大いに戸惑いながら。
しかし。
少女は振り返る。
男は一歩も動いていない。
3歩進み、再び振り返る。
男は一歩も動いていない。
男を見る。
歩いた分、距離ができたため、男の表情はよく見えない。
それでも分かる。
男は今も変わらず、「敵」を睨むような表情で、自分を見つめていることだろう。
少女は意を決し、駆け足で男に近寄る。
なるべく男の表情は見ないようにしながら男の側に寄ると、男の肩からぶらんと力なく下がっている右腕を握った。
男に背を向け、階段に向かって歩き始める。
握った男の手を、引っ張りながら。
もしかしたら振り払われるかもしれないと思った。
自分の手に、「敵」の手に引っ張られるのを、男は受け入れないだろうと思った。
ところが意外にも男は少女の手を振り払わなかった。ただし握り返してもこず、そして少女の細腕は男の体重を強く感じており、男が決して好んで少女の後に付いてきているわけではないことは分かった。
そして少女の背中は、相変わらず男の睨みつけるような視線を感じていた。
ええそう。これは罰。
彼を裏切り、彼に最大の恥辱を与えたワタシへの罰。
何日も空を覆いつくしていた分厚い雲が、嘘のように引いていく。何日も太陽の恵みを受けることがなかった地上に容赦のない日光が降り注ぎ、大地は急速に熱を帯び始めた。まるで少女と男が地上に出てくるタイミングを見計らったかのように、天は過剰な恵みを示し始めた。
霞が掛かった青空。赤い赤い大地。二つの絵の具だけで再現できそうな、誰かがおざなりに作り上げたような風景の中を、二つの影がとぼとぼと歩いている。
先導するのは細い影。ボロボロの布切れを纏っただけの少女。布の隙間から覗くすらりとした手足は大地の色の正反対をいくように白く、歩調に合わせてふさふさと揺れる髪は空よりも透き通った淡い青色。
少女の手に引かれて歩く男は、粗末ななりの少女とは違いきちんと服を上下で着こんでいる。しかし服装とは対照的に男の歩きはどこか無気力で、虚ろな瞳はぼんやりと空を見上げ、しかし時折睨むようにふさふさと揺れる青い髪を見下ろしている。
陽が暮れると地上は途端に闇。新月であり、夜空を瞬く満天の星々の光では、地上を照らすには足りない。
歩き疲れた二人は、男は大きな岩を背もたれに座り込みそのまま寝てしまい、少女も男から少し離れた場所の地面に横になり、胎児のように身体を折りたたんで眠りについた。
陽が昇ると地上は途端に暴力的な光に満ち溢れ、数日振りの惰眠を貪っていた少女を強制的に揺り起こす。眠たい目をこすっていると、太陽を背に聳える大きな岩が目に入った。そして岩の陰に隠れるように腰を下ろしている男が、こちらを睨んでいる。
そう、睨んでいる。少女が目を覚ます前から、ずっと睨んでいる。
心の隅っこで、一晩経てばあるいは男の機嫌も少しばかりは和らいでいるかもしれないと、ほんの少し期待していたが、その期待はあっけなく砕け散った。
少女は立ち上がり、周囲を見渡す。
風景は飽きもせずに赤い赤い大地が続いている。昨日一日歩き通して、結局生きているものと出会うことはなかった。
不思議だった。
誰かに命令されたわけでもないし、この人は、まだ一言も言葉を発しない。
なのに、自分はこの何もない世界で、一体何を求めて歩き回ったのだろうか。
何もない、本当に何もない、空っぽの「生」。
この人も、生涯を掛けてきた計画を完遂まであと一歩のところまで迫ったのに、自分に裏切られて全て失ってしまったはず。
私は、私たちは、何を求めてこの何もない地上を彷徨っているのだろう。
何故、私たちはこの世界に再び降ろされたのだろう。
何故、私たちは生きているのだろう。
なぜ。
なぜ。
―――なぜ?
少女は男の前に立つ。男から突き付けられる険しい眼差しは変わらない。
少女は男に手を差し出した。瞳で、行きましょう、と訴える。
しかし男は差し伸べられた手を無視し、少女を睨むことをやめようとしない。
仕方なく、少女は昨日と同じように、男の顔をあまり見ないようにしながら男の手をとり、自分の方へと引っ張った。少女と男は文字通り、子供と大人くらいの体格差があったが、男は少女のか弱い手に引っ張られて抵抗なく立ち上がる。
少女は男の手を引き、歩き始める。男はそれに付いていく。
目覚めてから何度目かの夜を越える。照り付ける太陽は容赦なく二人の背中に降り注ぎ、地面に濃い影を作り出す。
さすがに少女も男も体力の限界に近づいていた。なにしろ、口に入れるものがない。ただでさえ無気力に歩いていた男の足取りが、さらに重くなっている。
少女の様子は男よりも深刻だった。水分と栄養の欠乏は男と同じだったが、少女は水と栄養以外のものの不足による身体の失調を自覚していた。目がかすみ、足もとが危うくなる。ともすれば前のめりに転倒してしまいそうになる自分の身体を、男の重たい身体を引っ張って歩いていることで、何とか立っていられる状態だ。
汗で濡れた手が滑ってしまい、今日何度目かの転倒。
四つん這いになり、肩で息をしている少女の背中を、男は手を差し伸べるでもなくただ立ったまま見下ろしている。疲れ切った顔で、しかし目だけはぎらついたまま。
少女はふらつきながらも地面から膝を離し、腰を浮かせる。背後に伸ばされた少女の左手が、何かを捜すように開閉する。その手が、男の右腕に触れた。手は男の手首を掴み、少女は男の腕に縋りつくようにして立ち上がる。右手を右膝につき、口を開きながら浅い息を繰り返す。不規則な呼吸。呼吸が整うことを待つことなく、右膝から手を離した。
そして歩き始める。
歩き始めると、右手に背後の男の重みを感じる。
もう後ろは見ない。
天は、少しだけ気まぐれに優しさを示した。
太陽がてっぺんに昇った頃から雲が広がり始め、そして太陽が雲に隠れるとポツポツと雨を降らせ始めたのである。
しかし天はやっぱり気まぐれで、いや、もしかしたら最初から気まぐれの中に悪意を隠していたのかも知れない。雨はどんどん酷くなり、まだ太陽は高い位置にあるはずなのに、周囲が暗くて見えなくなるほどの土砂降りとなった。
せっかく渇水という危機的な状況からは逃れられたのに、今度は与えてやった水分の引き換えとばかりに、地上の二人からどんどん体温が逃げていく。雨宿りをしようにも、土と岩しかない周囲に雨をしのげるような場所はなかった。
先に力尽きたのは男の方だった。膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込んでしまう。
あまりの寒さに只でさえ白い顔が蒼白となっている少女は、動けなくなった男を見て迷ってしまった。迷いに迷って、しかし最後には意を決し、蹲っている男の背後で膝を折った。身に纏っていた布切れの前を開き、左右から男を布切れで包み込む。自身の胸と腹を、男の背中に押し付ける。
少女が纏っていた、瓦礫の下から引っ張り出した布切れは工事現場用のものなのか、表面に撥水加工が施されていたようで、多少なりとも雨をはじいてくれている。
男をその布切れで包み込み、そして自分の体温を幾らかでも分けてあげれば、少しは男の体力がもつのではないか、と少女は考えた。いつまでもつのか、そしていつまでもたせればよいのか、そこまでは少女には分からなかったが。
もしかしたら激しく抵抗されるのではないかと思った。「敵」の抱擁を、この男が素直に受け入れるとは思えなかった。しかし男はもはや抵抗する力も残っていないのか、一度だけ肘で少女の腹を押したが、抵抗らしい抵抗はそれだけで、大人しく少女の庇護下に収まっている。
少女は空色の髪を隠すように布の端っこをフードのように頭に被せ、雨から守りながら頬を男の後頭部に乗せた。
布を打ち付ける大粒の雨の音。微かに聴こえる、二人の吐息。
その中で、男がぼそりと漏らした「ユイ」という音を、少女の耳は聞き逃さなかった。
雨は一向に弱まる気配を見せない。
すでに布切れは雨をはじいてくれず、布の下に容赦なく雨水が浸透してくる。
男の背中がどんどん冷たくなっていくのを感じながら、少女はぼんやりとした頭で、二人ともこのまま朽ちて果ててしまうのだろうかと考えた。
もしこのまま静かに朽ちていくのならば、それこそこの「生」は何だったのだろう、と思ってしまう。
粉を入れたカップにお湯を注いでスプーンでかき混ぜたらはい出来上がり、みたいなインスタントスープのような「生」。もはや不要なものなのに、不要なものから不要なものへと再利用されてしまった、本当に不毛な「生」。
あの地下で男を発見した時、あるいは、あのまま放っておいたらそのまま死んだであろう男の命を、救い出すために与えられた「生」なのではないか、と自分に言い聞かせてみたが、もしそうだとしたら、どうやらその課せられた使命は果たせそうにない。
それとも。と、自分本位な考えも巡らせてしまう。
もしかしたら、自分に与えられたこの数日間は、裏切ってしまったこの男に対する贖罪のために用意された最後の数日間ではなかったか。
あの少年の願いを叶え、それなりの満足感を抱きながら「生」を閉じようとして、しかし心の隅で裏切ってしまった男への罪悪感が残っていたのかもしれない。それを不憫に思った生物の運命を司る天上の何某様が、男への贖罪のための時間を、自分に与えてくれたのかもしれない。
だとしたら、自分はこの数日間を、無為に過ごしてしまったことになる。貴重な時間を、ただ男と歩くことだけに割いてしまったことになる。
きっとこの雨は、贖罪が一向に進まないことに呆れてしまった、生物の運命を司る天上の何某様が、与えてやったボーナス期間は終了とばかりに降らせているのだろう。
その音は、少女が目覚めて以来、初めて耳にするものだった。
風の音。土の上を歩く音。心臓が脈打つ音。水を掬う時の音。水を飲み干す時の音。コンクリートの塊が落ちていく音。雨の音。自分の、彼の、呼吸する音。彼の、彼の最愛の者を呼ぶ音。
それら以外で、初めて少女の鼓膜を刺激するもの。
閉じられていた少女の瞼が、その音に反応してうっすらと開く。
黒い墨でも混じっているのではないかと思わせる、視界を塞ぐ大粒の雨の向こうで、微かに光るもの。太陽由来以外では、目覚めて以来初めて目にする光。
その光はやがて強烈な閃光へと変貌し、そしてその音もどんどん大きくなる。
少女は立ち上がった。
再び少女の心の中で浮かび上がる疑問。
なぜ?
なぜ、自分は立ち上がったのだろう。
そしてなぜ、大きなエンジン音を轟かせながら走ってくるトラックに向かって、手を振ったのだろう。