告白   作:hekusokazura

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第四章 其の三

 

 彼らが「そこ」から救出されたのは、目の前に広がる巨大な湖に半面を沈めていた巨大な少女の顔が、土砂降りの雨に打たれ、波打ち際に造った砂のお城のように崩れていき、湖の中に溶けて消えてから少し経った頃だった。

 今にもその身体から生命を手放してしまいそうな赤いスーツを身に纏う少女の傍らで、少女のために自分が着ていた学校指定のシャツを傘替わりにすることしかできず悲嘆に暮れていた少年。雨の音しか聴こえなかったその場所に、今にも止まってしまいそうなエンジン音を轟かせながらやってきたトラックが走ってきた時には、我を忘れて飛び上がり、トラックの前に飛び出したものだ。

 一寸ブレーキを踏むのが遅ければ轢いてしまっていたため、運転席の窓から顔を出した運転手は上半身裸の少年に向かって怒鳴り散らした。少年は謝りながらも「良かった!良かった!」と泣きながら運転席に駆け寄ってくる。

 その姿に、助けに来てやったのに淡泊な反応しか見せなかった先ほどの親子のことを思い出し、運転手は「やっぱこうだよな」と強張っていた顔を和らげた。

 少年はそんな運転手を運転席から引っ張り出し、地面に横たわっている少女のもとに連れて行く。明らかに重態な様子の少女に、少女がけったいなスキンスーツを着ていることに疑問を抱く余裕もなくなった運転手は、少年と一緒に急いで少女をトラックの荷台へと運び込んだ。

 

 湖の側で途方に暮れていた時は、この世界は自分と少女以外の全ての人類は溶けて消えてしまったのだと思い込んでいたが、荷台の幌の隙間から見える外の風景は荒涼とした大地からやがて田舎の素朴な風景へと変わっていき、そして雨の暗がりの中を少しずつ人工の光、街灯や民家、クルマの光がポツポツと現れ始めた。道端にはとぼとぼと力なく歩く人々の陰。そして連れて行かれた避難所は沢山の避難者でごった返していた。

 運転手はすぐに担架を持ってきてくれて、すぐに少女を救護所へと運び込んでくれた。医者は少女を見るなり深刻な表情をし、看護師にすぐに緊急搬送のヘリコプターを手配するよう命じる。

 何やら救護所の近くの天幕で騒動が起こっているようで、運転手は「様子を見てくる」と言って、命の恩人とはそこで別れることになった。

 

 程なくしてヘリコプターはやってきた。

 避難所の上を低空で進入してきたため、避難所は一時パニックになってしまった。公民館の近くの広場に着陸したヘリコプターに運ぶため、消防団員たちが担架を運ぶのを手伝ってくれた。みんなで担架を抱えて天幕を出た瞬間、横から飛び出てきたまるで案山子のような格好の下半身素っ裸の子どもに衝突されるというアクシデントはあったものの、無事、少女を担架ごとヘリコプターに乗せることができた。

 医師は「君もひどい栄養失調だ。同行して病院で診てもらいたまえ」と言ってくれたので、少年も一緒にヘリコプターに同乗させてもらった。

 

 上空へ舞い上がるヘリコプター。俯瞰から見る地上の姿に息を呑む。ヘリコプターの背には巨大な爆発で消えてしまった都市の跡。広い樹海のあちこちに、墜落したと思しき大型旅客機が上げる黒煙が見える。搭乗員によれば、このヘリコプターも墜落機の生存者を運んでいる最中で、たまたま空きスペースがあったのであの避難所に寄ってくれたらしい。機内には、少年少女以外にも身体を酷く損傷した怪我人が何人も乗っていた。海辺近くに出ると高速道路が見えたが、そこを走る車両は一台もない。各所で玉突き事故が発生していて、道路を塞いでいるからだった。目指す病院がある街も、あちこちで火災が発生している。

 

 搬送された大病院もパニックに陥っていた。訳を聞くと、病院のスタッフや患者の大多数が突如消えてしまったらしい。そんな混乱の中にあっても、病院の医師や看護師たちは、瀕死の少女に対してできうる限りの治療を施してくれた。手術は何時間にも及び、執刀した医師は、少女の「中身」がまるで後から適当に詰め込まれたように「位置」がバラバラだったと、訳の分からないこと言っていたが、少女は何とか一命を取り留めることができた。

 胸から腹に掛けて大きな傷が残ってしまったことを、執刀医は申し訳なさそうに説明していたが、目を醒ました少女は「命あってのモノダネよ」とあっけらかんと応じていた。

 少年の栄養失調は点滴数本で回復し入院3日目には退院許可がおりたが、「どうせベッドは空いているから」と医師が少女の容態が安定するまで病院に留まる許可を与えてくれた。

 

 彼らがやってきたのは、2人が入院してから一月が経過した頃だった。

 公安を名乗る彼らは少年を病院の一室に軟禁すると、そこから長い長い取り調べが始まった。本来なら彼らは少年、そして少女を病院から連行し、彼らが所有する施設へと移送させたがっていたのだが、少年少女が病院に留まることができたのは、彼らの身を案じた医師が、「彼らにはまだ治療が必要である。退院許可は出せない」と病院からの連れ出しを頑なに拒否してくれたおかげだった。もっとも、実際に少女の容態はまだまだ予断を許さない状況だった。

 相手が未成年というだけあって、公安の取り調べはそれほど厳しいものではなかった。彼らは少年少女が、彼らが捜査している組織が所有していた巨大兵器のパイロットであることまでは突き留めていたが、組織の関与が疑われている「極大事象」にこんな年端もいかない少年少女までもが深く関わっているとは思っていなかった。

 素直に取り調べに応じる少年の態度も、公安の姿勢を軟化させていた。そして長い取り調べの結果、公安は少年少女がパイロットとしては組織内で重要な存在であったが、その組織の内実は殆ど知らず、もちろん「極大事象」との関りも知らされておらず、ただの「末端」、「一兵卒」に過ぎなかったと結論付けた。

 ところが、世間は公安の発表に納得しなかった。極大事象から半年以上経過したにも関わらず、遅々として進まない捜査にしびれを切らしていた世間、特にマスコミは、組織の重要人物の中で公安が唯一その身柄を確保していた少年少女に社会的制裁を求め、遂には彼らが入院する大学病院を突き止めた挙句、病院の前に大挙して人々が押し寄せたのである。

 少年はまだ軟禁状態だったため事なきを得たが、その容態から逃亡の恐れなしとされていた少女は一般病棟に寝かされていたため、病棟内にまで進入してきたマスコミの餌食にされてしまい、次の日にはベッドに横になる少女の顔が世界中に配信されることになってしまった。

 病院は連日押し寄せるマスコミと野次馬の対応に追われる羽目になってしまい、これ以上病院に留まることができなくなった少年少女は、その日から取り調べの対象から保護の対象となった。

 

 公安が所有する施設での生活が始まってから半年。ようやく家庭裁判所での審理が終わり、2人に下された処分は保護観察だった。

 その日から一定の制限はあるものの、自由の身となった少年と少女。その頃には少女の身体も回復し、車いす生活からの卒業を済ませていた。何もすることが無くなってしまった少女は、自由の身になってからもしばらくはぼんやりと過ごし、無為に時間を浪費していたが、すぐに意を固め、大学に進学することを決めた。大学側は少女の素性を知り最初は入学に渋りを見せたが、少女がその大学の入学試験における歴代最高得点を叩き出してしまったことで拒むわけにもいかなくなり、渋々入学を認めた。しつこいマスコミは彼女の大学生活にまで付きまとい、さらに学生からの嫌がらせも絶えなかった。そのことを心配した少年に対しては「アタシが世界を破滅一歩手前まで追い込んだ大悪党だと思われてるんだったら、それはむしろ光栄なことだわ」とあっけらかんと答えていた。

 

 少年も自由の身になってからは、しばらく無為に時間を過ごしていたが、ある日そんな少年のもとに取調官として少年の担当をしていた公安の男が訪れた。公安の男の説明によれば、国は先の極大事象について独立した捜査機関を設けることを決定し、彼はその機関の一部門を任せられることになったのだという。ついては、捜査対象の組織の一員であった少年にその部門に参加し、組織で得た知見を捜査に役立ててほしいというのだ。国家機関であるため高校すら卒業していない少年を正規職員として雇うことはできないが、アルバイト代は出すという。

 他にすることがなかく、したいことも特になかった少年は、即決こそ避けたものの、公安の男が帰ろうとした時には承諾の返事をしていた。そのことを少女に報告したら、なぜ一言も相談しなかったのか、と烈火のごとく怒られ、「バカシンジ!!もう知らない!!」という言葉を最後に、しばらくは一切の連絡を絶たれてしまった。

 

 公安の男は承諾する少年に対し、こう忠告した。

 

「捜査対象には、当然君の父親も含まれている」

 

 少年は構わないと答えた。

 

 国家組織とはいえ、空前の人手不足のため、機関に配属された人員はその業務内容に対してあまりにも過少であり、少年が所属する部門の人員は片手で数えられる程しか居なかった。

 すぐに、アルバイト待遇であるにも関わらず、忙しさで目の回る日々が始まる。

 

 アルバイトを始めてから半年後。彼女からの電話は唐突だった。

「2月10日」

「え?」

「2月10日だから」

「だ、だから…何が?」

「2月10日、開けときなさいっつってんのよ!以上!」

 唐突に電話を掛けてきたと思ったら、切れるのも唐突だった。

 

 どうやらその日は、彼女にとって月1回の保護観察官との面談日らしい。保護観察所が少年の住む街にあるため、指定した日に街に訪れた少女は、少年のアパートの部屋にドカドカと上がり込むと、スウェットパンツにトレーナーという部屋着感満載の格好をしていた少年を怒鳴り散らし、余所行きに着替えさせた。「街を案内して」という少女に、少年は行きつけの食堂やいつも買い物をする商店街、近所の神社仏閣などを案内したら、思いっきり尻を蹴とばされた。

 

「3月16日」

 電話に出るなり彼女の声。

「はい」

 素直に応じる少年。

 

 学習するということ知っている少年は事前にリサーチしていたおしゃれな喫茶店に少女案内すると、少女は「ま、今のあんたにはこれが限界よね」と憎まれ口は言うものの、終始ご機嫌な様子だった。

 別れ際、少女は言った。

「アルバイトは順調なの?」

「順調…とは言い難いかな?まだ誰も見つかってないし」

「…そんなこと聴いてんじゃないわよ」

「ははっ。少なくとも、ネルフよりかは待遇はいいし、少なくとも命の危険は感じてないよ」

「まあ…、あそこを経験していたら、たいていの職場は天国に感じるわよね…」

 そう言って、少女は少し安心した様子で最終列車に乗り込んでいった。

 

 

「4月14日」

 電話に出るなり彼女の声。

「はい」

 素直に応じる少年。

 

 

 少年が所属するチームが成果を挙げ始めたのは、そろそろ周囲から「穀潰し」「税金の無駄」「解散させるべき」と囁かれ始めた頃だった。

 少年はその分野について本人にとっても意外な才能を見せた。巨大な人型兵器に乗り、人類の天敵相手に大立ち回りを演じるよりも、本来はチームの業務の大半である膨大な情報を一つ一つ精査していく地道な作業の方が、少年には合っていたのかもしれない。

 初めての功績は遺伝工学に強みを持つ地方の中小企業で名前を変えてひっそりと働いていた、元技術開発部技術局一課所属の女性を見つけ出したことだった。

 その後も何人かの元組織の人間を見つけていったが、少年が挙げた成果の中でも特筆するべきものは、かの組織のナンバー2であった老人の所在を発見し、拘束に至った例である。もっとも、発見した場所は地方の療養病院であり、発見した時点で老人はすでに余命幾ばくもない状態であったが。

 潮目が変わったのは、この老人を拘留し、亡くなるまでの2ケ月で行われた取り調べの内容が明るみになってからだった。

 病魔に侵され、意識も朧げな状態の中で語られた老人の告白。彼の証言により、捜査機関は初めて極大事象の全容と組織の全貌の概要が得られることになったわけだが、その衝撃的な内容はすぐさま彼の証言を極秘扱いとして封印させるに至った。ところが極秘扱いにしたにも関わらず、その一部がマスコミに漏れ、組織や極大事象に様々な国家や機関、企業、要人が関わっていたことが明るみになり、世界は極大事象以来の混乱に陥った。実際に幾つかの国の政府が転覆し、様々な機関や企業が煮え滾った世論や沸き起こった暴動によって潰されている。

 死の間際の老人の告白。その一部が漏れただけで、この有様だ。

 かの組織のトップであり、老人よりも遥かに危険な情報を持っているかもしれない人物。もしそんな人物が生きたまま拘束され、裁判等の公けな場で証言でもされたら。その影響は、誰も予測することができなかった。

 

 少年が所属する機関を始め、その人物の行方を追う全ての機関に、非公式な指令が下された。

 

 ―――発見した場合は、即刻殺害せよ。

 

 上司は少年に対してチームから外れること、即ち解雇を言い渡そうとしたが、少年は「無給でもよいから」とチームに留まれるよう懇願した。少年の心境を慮った上司の配慮だったが、少年の有能さは既に証明済みであり、上から一刻も早く対象を発見するよう巨大なプレッシャーを掛けられていた上司に、少年の希望を無理に退ける理由はなかった。

 

 上層部からの「殺害命令」を聴いた少年に、戸惑いも悲しみもなかった。

 もし彼の父親が生きたままで拘束されたとしても、その先にあるのは裁判という名の精神的拷問と、階段の頂上に待ち構える絞首台であることは、少年もよく分かっていたからだ。終着点に至るまでの経緯が煩雑か、そうでないかの違いでしかない。

 一方で、少年はこうも思った。

 一刻も早く、誰よりも早く、父親を捜し出さなければならない、と。

 彼に制裁を加えるべきは、誰でもない、自分でなければならない、と。

 彼の心の中で、奇妙な義務感が生まれたのである。

 

 父親の暴挙を止められなかった息子として。

 上官の恐るべき計画を暴けなった部下として。

 計画発動のための依代となった機体の、パイロットとして。

 

 自分には責任がある。

 裁判官席に座る法服を着た恰幅の良いおばさんは、被告が未成年であること、上官よりまともな情報開示を行われていなかったことを理由に、自分には事象にたいする一切の責任はなしと断じた。

 それはあくまで法の上での責任であって、自分には息子として、部下として、パイロットとして、明確な責任がある。あのおばさんは、ただ何も知らなかっただけだ。あそこで何が起きたのか、理解できていなかっただけだ。裁きを決める者が無知だったために、自分の法的責任は帳消しにされた。法律は、もはや自分を裁かない。裁いてくれない。

 だったら、世界に対する自らの責任については、自ら裁くしかない。

 

 あの日、あのヘリコプターから見た光景。

 あの日の前と後とで一変してしまった世界。

 

 そして「出張」で訪れる地。

 公共の掲示板に貼り付けられた尋ね人の紙切れの数々。

 空き家だらけの団地。

 路上に溢れる身寄りのない子供や老人たち。

 

 彼が一番最初に見つける可能性が高いからと、アルバイトの身分であるにも関わらず、少年にも拳銃所持の許可が特例で与えられた。「出張」の度に渡されるようになった小さな拳銃。その銃口を、自分の側頭部に突き当てたのは、1度や2度ではなかった。

 

 それを決行しなかったのは、いや、できなかったのは、彼女がそれを許さなかったから。

 彼女が、僕がこの世界から逃げ出すことを許さなかったから。

 

 度を越した誹謗中傷、嫌がらせ。

 スカートが切り裂かれたり、すれ違う人に飲み物を掛けられたり。そんなことは日常茶飯事。彼女がこちら側からの電話に一切出ないのは、嫌がらせの電話が絶えず、殆どの時間携帯電話を切っているから。彼女は言わないが、彼女の中学時代からの親友の話しでは、彼女のアパートには毎日のように差出人不明の手紙が大量に届き、ドアにはペンキやマジックで罵詈雑言が殴り書きにされているという。

 言ったことがある。彼女が今受けている仕打ちは、本来は自分が受けるべきのもの。

 自分が世間に向かって「あれ」は自分が起こしたのだと宣言する、と。

 

 彼女に、パーでなく、グーで殴られた。

 「余計なことしないで」という言葉と共に。

 

 彼女は街を歩く時も、列車に乗る時も、顔を隠そうともせず、堂々としている。

 その姿が、僕に「逃げ」を許してくれない。

 

 そして彼女の電話は、いつもタイミングを見計らったかのように掛かってくる。

 

「5月18日」

「はい」

 

「6月15日」

「はい」

 

 自分の中でどんなにその「衝動」が高まろうとも、その約束の日までは逃げることは許されない。

 

 一度だけ、月1回のその電話は、自分が拳銃の銃口を咥えていた時に掛かってきた。

「9月9日」

「…ふぁい」

「は?」

「…ふぁい」

「9月9日!分かった!?」

「…ふぁい」

「はっきり返事しなさいよ!はっきりと!」

 慌てて咥えていた銃口を口から離す。

「はい!」

 泣きながら返事をしていた。

 

 自分に、逃げることは許されない。

 この世界から。この世界にしてしまったことへの責任から。

 

 だから、あの男に世界が望む必要な制裁を下すのは、自分でなければならない。

 それが自分に残された、最後の責任の果たし方。

 誰にも譲るわけにはいかなかった。

 それが、僕の、果たさなければならない義務だから。

 パイロットとして。

 部下として。

 息子として。

 

 

 でも。

 けれども。

 

 自分が握る拳銃から放たれた鉄の礫が男の胸に吸い込まれ、あの男の生命を絶った時。

 気づいてしまったのだ。

 

 パイロットとして。部下として。息子として。

 自分の父親を殺すことで、世界に対する責任を果たす?

 

 そうじゃないだろう。

 

 お前の浅はかな脳味噌が、思考が、「世界への責任」などと、そんな遠大なことにまで及ぶはずがないじゃないか。

 お前が欲しかったもの。

 自分の親の命と引き換えにまでして得たかったもの。

 それは単に…。

 

「…僕は、…楽になりたかった…んだ…。…許されて、…僕は悪くない…って認められて…、早く…楽になりたかった…。…それだけ…なんだ…」

 

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