告白   作:hekusokazura

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終幕 其の二《完》

 

 いつものテラス席のある喫茶店。パラソルの下、白い丸テーブルを挟んだ向かい側では、赤毛の彼女が頬杖をつきアイスコーヒーをストローで行儀悪くずずずと啜りながら、「私は今すこぶる機嫌が悪いですよ」アピールをしている。

 その反応を予想していた青年は、「はははっ」と乾いた苦笑いをしながら、ホットコーヒーをずずずと啜るしかできないでいる。

 

 恒例となった1月に1回の彼女とのデート(?)。

 彼が件の「出張」から帰ってきて初めてのデート(?)。

 世界中に、この年一番のニュースが駆け巡ってから、初めてのデート(?)。

 2人は毎回この喫茶店で落ち合っていたが、今回は青年が、列車に乗ってやってくる彼女が降りる駅まで迎えにいっていた。

 

 

 

「8月13日」

 いつもの彼女からの電話。

 4年間。欠かさず1月に1回、掛かってくる彼女のからの電話。

「分かったよ」

 いつもならここで、彼女は電話を切る。

 でもこの日は違った。

 日付を告げたまま、電話の向こうで押し黙っている彼女。

 何かを言おうとしているのか、何度か受話器に彼女の吐息が掛かって。でも結局何も言い出せなくて。

 約1分間の沈黙の後、声を掛けたのは彼の方からだった。

 

「あ、あのさ」

「……うん」

「僕が買ったあのオンボロ車」

「……うん」

「この度めでたく走行距離2,000kmを超えたんだ」

「……うん」

「だからさ」

「……うん」

「今度の8月13日は…」

「……うん」

「…僕が、あのクルマで、君を迎えにいこうと思うんだけど」

「……うん」

「…いいかな?」

「……うん」

「……覚悟しておいてよ。すぐにお尻が痛くなっちゃうから」

「……うん」

「あんなオンボロで、ちょっと恥ずかしいかもしれないけどさ」

「……うん」

「じゃ、8月13日の…」

「……うん」

「いつもの時間の列車だね?」

「……うん」

「じゃあその時間に駅まで迎えに行くから」

「……うん」

「改札口まで迎えに行くから」

「……うん」

「そこで待ってて」

「…………ずっと待っていたわよ。ばか」

 

 

 プラットホームに降りた彼女は、「待ってて」と言ってた癖に案の定先に改札口で待っていた青年を見つけた途端に駆け足になり、自動改札の扉に挟まれるというお約束を交えつつ彼の前に立つと、何も言わずに彼を抱き締めた。

 人々の往来が激しい改札口の前。

 中年サラリーマンはいかにも邪魔そうに表情を顰めながら2人を避けて歩き、初老のご婦人は若者のモラル崩壊を嘆くように頭を振り、高校の制服を着た女子3人組は口に手を当ててキャッキャと歓声を上げながら、2人の側を通り過ぎていく。

 突然の抱擁と周囲から集まる衆目に顔を真っ赤するしかない青年。

 それでも彼女の腕から逃れようとはせず、彼女の優しさに暫し身を委ねた。

 

 駅近くの保護観察所で本来の用事を済ませ、助手席に彼女を乗せて街中を走っている間は、クルマの乗り心地や青年の運転技術の感想など、他愛のない話しに終始した。

 

 喫茶店に到着し、いつものお気に入りのテラス席に座ってからも、彼女は大学の話し、就職の話し、流行りのファッションの話しなど、いつもと変わらない調子で喋り続けていた。

 おそらく青年を気遣っているのだろうが、彼女があまりにも「出張」の話しを避け続けようとしているので、仕方なく青年の方から「出張」の結果報告を切り出すことにした。

 

 彼女に報告した。自分の父親を発見したことを。

「……そう」

 

 彼女に報告した。自ら、自分の父親を殺めたことを。

「……うん」

 

 彼女に報告した。ついでに空色の髪の少女も(今は栗色の髪をした成年間近の女性だが)発見したことを。

「……は?」

 

 彼女に報告した。空色の髪の少女が公安に拘束されていることを。

「ちょちょちょちょちょ……」

 

 彼女に相談した。空色の髪の少女を自由にするために、法曹界を志す君の知識と知恵を貸してほしいと。

「はああああ!?」

 

 

 さっきまでのしおらしい態度の彼女は何処へやら。

 とっても不機嫌な彼女の出来上がりである。

 

 

 きっと、いや、絶対に不機嫌になるだろう。予想した通りの反応だ。

 彼女との付き合いは長い。

 何を言ったら、どんな態度を見せたら、彼女はこんな反応をする。だいたいのところは分かってしまうのだ。

 

 同じパイロットとして、同じ屋根の下で暮らした1年間。

 同じ病院で過ごした1年間。

 若干の空白の期間を挟んで、こうして月に1度会うようになってからの4年間。

 

 幼少期から中学生まで預けられていたセンセイの家を除けば一番。センセイたちともあの日以来連絡が取れていないから、今日まで続いているものとしては、彼女との関係は一番の長さだ。

 

 だから分かってしまうのだ。自分が何を言ったら、どんな態度を見せたら、彼女はこんな反応をするってことが。もっとも今日みたいに、公共の場、公衆の面前で、いきなりハグをされてしまうという、予想の範疇を大きく逸脱するような反応が時々あるところが、彼女の一筋縄ではいかないところではあるのだけれど。

 

 空色の髪の少女のことを伝えたら、きっと彼女はとてもびっくりするだろう。

 空色の髪の少女のことを助けてほしいと相談したら、きっと彼女はとても不機嫌になるだろう。怒っちゃうかもしれない。

 

 うん。

 ここまでは、彼女の反応は予想の範疇だ。

 ここまでは。

 

「…考えておいて」

 いきなりの相談だ。即決を迫るわけにはいかない。

 だから返答は今度会う時で構わないと伝えたんだけれど、うわっ、君って、そんな顔もできるんだね。そんなに眉間に皺寄せて唇をとんがらせちゃったら、せっかくの整った顔が台無しだよ。

 

 今日、伝えたいことは2つあったんだ。

 一つはカノジョのこと。

 もう一つは。

 

 これはずっと前から伝えたかったこと。

 伝えたかったんだけれど、こればっかしは口にしてしまうと、君がどんな反応をするのか予想できなかったから、だから臆病な僕は今日まで伝えられずにいたんだ。

 それに生と死の狭間をふらふらしてた僕に、こんなこと君に伝える資格なんて無いって思ってたからね。

 

 でもカノジョが教えてくれたんだ。

 カノジョと再会して、そこにあった確かな絆を感じて、僕は知ったんだ。

 

 人と人との絆の大切さを。

 人と人との絆が生み出す温もりを。

 

 カノジョとの間にあった確かな絆。

 

 だから、僕は、君とも、確かな絆で結ばれたい。

 

 だから、さ。

 

「ねえ、アスカ」

 

 うわ、相変わらず、すんごい顔してる。

 タイミング間違えちゃったかな。

 

 でも、やっぱり今言うよ。

 そうれがいいだろ?…綾波。

 君から受け取った大切なもの、とっても素敵なものを、僕の中にだけ留めておくなんてもったいないから、せっかくだから世界に向けて撒いていこうと思うんだ。

 だから…。

 

 

 

 

ありがとう、綾波。

 

僕に勇気をくれて。

 

 

 

ありがとう、綾波。

 

僕に「愛」を気づかせてくれて。

 

 

 

君に、

 

君たちに背中を押されて、

 

僕は前に進むよ。

 

 

 

 

 

「大切な話しが、あるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

―おしまい―

 

 

 

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