蛇足な内容のうえにただ綾波におっ○○と言わせたかっただけの下種なお話です。
空っぽの器。
器の底に残っていたものを、次の器へと全て放り込んで、とってもスッキリした器。
まるで2人目、3人目の部屋のような、何もない器。
がらんどうの器。
そう思っていたのに。
器の底だと思っていたところ。
最後に残っていたものが剥ぎ取られ、器の底が現れたと思ったら、底と思っていたさらにその向こうに、広大な空間が広がっていた。
それはまるで図書館のような場所。
膨大な「記憶」が本のように蓄積された、巨大な「記憶」の図書館。
* * * * * * * * *
とある一室。
部屋の中央には、部屋を2つに分かつようにテーブルが置かれ、さらにテーブルの上には透明なアクリル板が設置されており、分けられた区域を行き来できないようにさせている。
テーブルには2人の女性。
アクリル板を挟んで、互いに向き合うように椅子に腰かける、一人は背中まで伸びる赤毛を後頭部で一本に束ねた紺のスーツ姿の女性、もう一人は空色の髪を襟元まで短く切り揃えた女性。
赤毛の女性は分厚いファイルに収められた書類をつまらなそうに捲りながら、空色の髪の女性に話しかけている。
「…ってことで。来週から検察の取り調べが始まって、そのあと家裁での審理が始まるわ。実際の裁判にはうちの事務所の先生が出てくるけど、それまでは一応アタシがあんたの担当者として取り調べに立ち会うことにしたから。分かった?」
「……」
「それにしても、あんたもツイてたわね。逮捕があともう少し遅かったら、普通に成人事件として刑事裁判になってたわ。来年には未成年の定義が変わるって言うし。ほんと、シンジに感謝しなさいよ」
「……」
「しかも担当弁護人があたしよ。このア・タ・シ。…ったく、法曹界に華々しくデビューするはずだったのに、初陣がこんなつまらない詐欺事件のしかも少年裁判だなんて。シンジのたっての頼みだから引き受けてやったの。あたしにも感謝しなさいよ」
「……」
「…ちょっと」
「……」
「何か言いなさいよ」
「…あなた…」
「は?」
「あなた、誰?」
椅子から盛大にずっこける赤毛の女性。
「最初に名乗ったでしょーが!ってか、かつての同僚を忘れたの!」
空色髪の女性は、ちらりと赤毛の女性の胸元にある名札を見る。
「…惣流…アスカ…」
「そうよ!」
「……変……」
「何がよ!」
「私が知っている惣流アスカとちょと違う…」
「はぁ?」
「私が知っている惣流アスカはもう少し鼻が低かった…。頬にはソバカスがあった…。眉毛はそんなに細くなかった…。唇はそんなに厚くなかった…。」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…整形した?」
「せ・い・ちょ・う・したのよ!」
2人がそんなやり取りをしている間に、赤毛の女性の背後のドアから一人の青年が入ってきていた。
「だから言ってるじゃないか。最近のアスカの化粧には迷いがあるって」
「うっさいわね!こちとら社会人1年目で色々試行錯誤してんのよ!ってか、接見できるのは担当弁護人だけよ。何堂々と入ってきてんの」
「はは、まあいいじゃないか」
朗らかに笑う青年に、アクリル板の向こうの空色髪の女性もにこやかに笑いかける。
「シンジさん」
「やあ、レイ。元気してた?」
今の今まで仏頂面だった空色髪の女性の豹変ぶりに、呆れてしまう赤毛の女性である。
青年は頭を掻きながら言った。
「ごめん、レイ。やっぱり保釈は認められそうにないや」
「だから言ったでしょうが。少年事件では保釈は認められないって」
「うん。抜け道がないかとあれやこれや探ってみたんだけどね」
「弁護士の前で何さらっと危ないこと言ってんのよ」
「いいのよ、シンジさん。急いで出なければならない理由はないわ」
「うーん。せめて来月のミサトさん帰還パーティーにはレイにも出席してほしかったんだけどなぁ」
「いいのよ、シンジさん。生きていれば、また何時か会えるもの」
「そうだね。レイ」
「そうよ。シンジさん」
「…ちょっとお待ちください。お二人さん」
「どうしたの、アスカ?」
「え?なに?キモいんですけど」
「え?何が?」
「その呼び方」
「呼び方?」
「「シンジさん」?「レイ」?あんたたち、何時からお互いのこと下の名で呼びあうようになったの?」
「え?だってそりゃあ、ねえ?」
「ええ…」
「はいはいそこ、2人だけで分かったようにアイコンタクトしない」
「だってレイはもう、「綾波」じゃないから。お互い苗字で呼び合ったら変になっちゃうだろ?」
「いや、だからって」
「そもそもレイに碇家の養子になるよう言ったのはアスカじゃないか。その方が手続きを進める上で色々都合がいいって」
「そりゃね。ええ、そりゃそうよ。言ったのはアタシよ。でもさあ。何だかね。2人で名前呼びあっているの見てると、こう、鳥肌が立つのよ。いやね。ファーストが碇姓になったらね。あんたたち同士の呼び方も変わるってことはね。もちろん予想はしてたわよ。…でもね」
赤毛の女性は身の毛でもよだつかのように自身の両腕を抱きしめた。
「これが、そ・う・ぞ・う・以上にキモかったのよ!はい、ファースト。こいつのこと呼んでみて」
「…シンジさん?」
「はい、シンジ」
「…レイ?」
「わあああダメダメ。やっぱ無理。むりむりむりむり、ムリなんですけど」
「じゃあどうしろって言うのさ。また戸籍からレイを外せっていうの?」
あの湖のほとりの小屋で栗色髪の女性が公安の手によって拘束されて1週間後。青年は自身が予想していた通り、アルバイトをクビになった。
ただの一般人となった青年に栗色髪の女性の処遇と所在はすぐに分からなくなってしまったが、青年は女性にあの小屋の前で誓った通り、熱心に女性の所在を捜した。アルバイト時代に培った知恵と技術とツテを使いまくり、時には法に抵触するような情報収集もしながら、必死に女性の居所を探った。
そうしてようやく探り当てた女性の所在。これまた青年が予想した通り、まだ少年だった頃の青年と赤毛の少女が、大学病院から移送された公安所有の施設に彼女が拘留されていることを突き止めた。
当然ながら、一般人の青年が施設に押し掛けたところで相手にされる訳がない。そして、彼女がいつまでこの施設に拘留されているかも分からない。他の施設に移送されるかもしれないし、もしかしたらあの女性科学者のように、知らない間に何処かの国だか組織だかに身柄を引き渡されるかもしれない。(もっとも、1月前のネットニュースに、某国の国営製薬会社が難病の特効薬を開発したという記事が載っており、その開発チームを撮影した写真のすみっこに、どっかで見たような特徴的な眉毛と目もとにホクロがある女性が笑顔で写っていたが)
もし公安が女性の正体を掴んでいれば、人知れずに抹殺されるという最悪のケースも考慮しなければならなかったため、なりふりというものを当に捨てた青年は強硬手段に出た。
ここ2~3年で活動を活発化させている某新興宗教団体に、女性がこの施設に不当に拘束されているとの情報を流したのである。
その宗教団体は公安からも目を付けられている危険思想をもった団体で、簡単に言えば20年にも満たない間に2度も起こった大厄災を驕った人類に対する神からの天罰とし、来たる3回目の大厄災の日には彼らが奉る神さまを信じる者のみが救われる、と説いた排他的なカルト教団だった。
青年は特別詳しい情報を教団に流したわけではなかった。簡単な手紙と、施設がある場所の地図、それに空色髪の少女の顔が写る写真を添えただけだった。
手紙が届いた翌日には、施設は教団の信者数千人によって取り囲まれる羽目になる。
きっと教団の連中は空色髪の少女が「あの時」に天から遣わされた天使さまだか預言者さまだかと勘違いしており(もちろん青年が勘違いするように仕向けたのだが)、それはそれで後々面倒なことになりそうだが、施設をぐるりと囲んだ人の壁によって施設への出入りは容易にできないようになってしまった。それはつまり、塀の向こうの彼女が、人知れず別の場所に移送されることがないか監視する、数千人のバイトを無償(切手代程度)で動員したことになる。
その間、青年はすぐさま第二の手を打つ。この5年間で彼女がその身分を成り済ました個人を全て特定し、その親族を探し当て、片っ端から警察に被害届けを出させたのである。あらかた被害届けが受理されたタイミングを見計らって、青年はアルバイト時代にこっそり持ち出していた「彼女ら」の行動歴等を匿名で警察に提出。詐欺事件として立件するには十分過ぎる証拠が出揃ってしまった某市警察署刑事部の捜査第二課は、匿名で送られてきた証拠たちにご丁寧にも添えられていた女性の居所である施設に、身柄の引き渡しを求めた。
公安は公安で、はっきり言って女性の身を持て余していた。件の男が常に身の近くに置いていたこと、その経歴が意図的とでも言えるような不自然さで抹消されていたことを考えれば、その女性が組織の中で何かしら重要な立場であったことは想像に難くなかったが、如何せん本当に綺麗に真っ新と経歴が消されてしまっているため、秩序安定を司る公安として女性を何かしらの罪で立件しようにも証拠がまるで無いのだった。せいぜい、指名手配中の男を匿っていたことくらいか。
その女性の顔を見る度に、赤い瞳に見つめられる度に、全ての者が言い知れぬ不安や恐怖心を抱くということが、女性があの現象に対して深く関わっていた証左であると主張する者も居たが、それだけの理由で女性を人類史上最大となるテロ行為の実行犯であると証明するには、あまりにも根拠が貧弱過ぎる。
もちろん、女性本人に対する徹底した尋問により、本人から引き出された証言によって罪を立件することもできるが、「上の人」には組織のトップを殺害したことで早々にこの件に幕を引きたい思惑が露骨に見えており、もうこれ以上余計な情報は掘り起こすなと言わんばかりの「上の人」からのそこはかとない圧力を忖度する公安の女性に対する尋問もそれほど熱が上がらなかった。結果的に、トップの死が、女性の身を守ることになったのである。
公安としてはそろそろ女性を厄介払いしたい。女性科学者の時と同様にすでに幾つかの国や組織から身柄引き渡しの要求が来ているので、さっさと引き渡してしまおうか。公安がそう考えていた矢先に施設を危険思想集団の群れに囲まれ、あたふたしている間に某警察署の捜査第二課から詐欺事件での女性の身柄引き渡しを求められたのである。
もう色々と面倒になってきた公安は、捜査第二課からの要求にもう面倒ごとは押し付けてしまえとばかりに、女性の身は青年の思惑通り捜査第二課へと引き渡されたのだった。
かくして容疑者「綾波レイ」の完成である。
担当弁護人は大学を中退し、某大手法律相談事務所に就職したばかりの、女性のかつての同僚。
身柄引き渡しの日。青年は施設を囲む狂信者集団に紛れて、フェンスの向こう側の様子を見守った。
警察が用意した移送用のヘリコプターに乗り込む瞬間の女性の姿が、ちらりと見えた。肩まで伸びた髪。毛染めはやめたのか、半分から下は栗色、半分から上は空色と、なかなかにエキセントリックな頭となっていた。
女性はすぐにヘリコプターに乗り込んでしまったため、青年の存在には気づかなかったようだ。一方で女性を見送った、内閣府への出向から公安に戻っていた背広の男。かつて青年がアルバイトをしていたチームの責任者だったやたらとガタイの良い元上司とは目が合った。軽く会釈をする青年。青年の姿を見て色々なことに合点がいったようで、背広の男は「やってくれたな」と言いたげに苦笑いしていた。
その日の夜に、青年の携帯電話に某留置所から電話が掛かってきた。
電話の相手は、青年の唯一の家族。
電話越しに聴く彼女の声はとても新鮮だった。
お互いの健康や近況を報告しあった後、青年は提案した。
本当の家族にならないか、と。
沈黙。
これは女性の担当弁護人兼青年の恋人である赤毛の女性からの入れ知恵であったが、青年も実に良い案だと思って彼女に提案してみたのだが。
続く沈黙。
やっぱりちょっと突飛過ぎたかな?
と、青年がタイミングを誤ったと後悔し始めた頃。
何やら受話器の向こう側から、何かがブンブンと降られている音がするのに気づいた。
どうやら、相手はこれが電話であることも忘れて、何度も何度も何度もひたすら頷いていたらしい。
女性の同意を得た青年は迅速に行動した。彼女の経歴が真っ白だったことをいい事に、彼女の出自をでっち上げたのである。
すなわち、女性は青年の母親が青年の父親とは別の男との間でもうけた私生児である、と。これはつまり青年の母親が不貞を働いていたことになってしまい、しかも計算上不貞を働いたのは息子を出産した直後となってしまい、青年は彼の母親と父親が眠る墓の前で「このシナリオが一番都合良いから許してね」と土下座した。
次に今や某ベンチャー企業の副社長に収まっている元作戦第一課オペレーターで前科持ちのメガネに頼み込み(脅迫し)、女性の出生記録を偽造させ、それを国のデータベースの中に潜り込ませた。そして身寄りのない彼女を組織が実験体として引き取り、その十数年後に同僚になった少年とが実は生き別れになっていた異父兄妹だったという感動的なストーリーを作り上げ、女性を青年の家の戸籍に入れてしまったのである。
晴れて女性の正真正銘(?)の家族となり、また未成年の女性に対し、成人したての青年は彼女の後見人として堂々と彼女の処遇に関われるようになったのである。
ここまではほぼ完ぺきに青年の筋書き通り。
恐ろしいまでの行動力を発揮する青年に、彼の恋人は言ったものだ。
「あんた。だんだんお父さんに似てきたわね」
青年は頭を掻きながら言った。
「仕方ないじゃないか。僕は父さんの息子だもの」
恋人は青年の頭を軽くはたく。
「色んな女を泣かすところまで似たら承知しないんだからね」
青年は照れ臭そうに笑う。
「父さんは母さんを失ってしまったからああなっちゃったけど。僕には君が側にいるから大丈夫だよ」
つまり自分が不慮の死でも遂げてしまったら、青年は「ああ」なってしまうのだろうか。こいつが死ぬまで自分は絶対に死ねない、と世界の命運を背負ってしまった赤毛の恋人である。
とにもかくにも、女性の身が秘密裏に処分されてしまう危険性が多分にあった公安の手から、彼女を救い出すことに成功した青年。公安警察から刑事部捜査第二課へ引き渡され、虜囚の身であることに変わりないが、これからは少年法が未成年の女性の身を守ってくれる。少なくとも秘密裏に処分されたり、どこかの国だか組織だかに引き渡される心配は大幅に減った。
あとは裁判所が降す女性への処分を、いかに軽くしていくか、である。彼女が組織での実験体だったという、嘘とも言い切れないでっち上げのストーリーは、情状酌量の余地を十分に引き上げてくれることだろう。そしてその任を請け負ったのは。
「任せたよ。アスカ」
「肝心なところはあたしに丸投げなのね」
「それだけ信頼してるってことさ」
「あんた。それであたしをおだてたつもり?」
と言いつつも、まんざらでもない表情を浮かべてしまう青年の恋人である。
こうして本日、依頼人との初接見を迎えた新米弁護士だったが、話しはあらぬ方向へと向かっていた。
「呼び方なんでどうでもいいじゃないか」
「よかあないわよ!これはあんたの大事な大事な家族様の未来を左右する弁護人の精神衛生上、とてもとても重要な問題よ!」
「そんな…」
「はい。今日から戻しさない。あんたは「綾波」。あんたは「碇くん」。前と一緒」
「…別に、僕は構わないけど」
「私は、嫌よ」
「え?」
「は?」
2人の視線が、アクリル板の向こうの女性に集中した。
あの施設でチラ見して以来の彼女。肩まで伸びていた髪は襟元まで切り揃えられ、2人にとっては見慣れた空色一色の髪になっていて、5年ぶりに再会した時は日焼けで赤くなっていた肌もすっかり当時の白磁のような肌に戻ってる。その肌と同じような真っ白なブラウスに濃紺のロングスカートを着た女性は、顔の真ん中に収めた2つのルビーのような瞳で、アクリル板の向こうの2人を見つめていた。
「あんた今なんて言った?」
不機嫌さを隠そうともしない担当弁護人である。
「私は、嫌」
「はあ?」
「え?どうしてかな?レイ」
「私とシンジさんは、もう家族なの。嘘しかなかった私の人生の中で、これは初めての嘘偽りのない真実の絆なの。とても大切なの」
「レイ」
「シンジさん」
微笑みあう2人。青年の頭からは、元オペレーターのメガネに出生記録をでっち上げさせたことなんて、当に消えている。
「はいはいそこ!見つめあわないの!」
アクリル板越しの2人の前に、手をひらひらさせる担当弁護人。
「惣流アスカ」
「な、何よ」
いきなり名前を呼ばれ、たじろいでしまう担当弁護人。
「私たちは、もう家族、なのよ」
彼女にしては珍しく含みのある言い方。挑戦的な言い方。
「お父さんもお母さんも亡くなってしまったシンジさんにとっても、私は唯一の家族なの」
気のせいか、空色髪の女性の口の端が、少しばかり上がっているような。
「私はシンジさんの唯一の家族として、シンジさんが健やかな生活を送ることができるよう監督する義務があるわ」
「は?」
「え?」
「私はシンジさんの姉として、あなたが本当にシンジさんの恋人に相応しいのか、見定める責任があるの」
「はあああ!?」
「ええええ!?」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
「ちょっと待ってよ!!」
「どうしてあんたなんかにそんなことされなくちゃなんないのよ!」
「どうして僕が弟でレイが姉になってるの!」
「シンジが誰と付き合おうがそんなの勝手でしょうが!」
「戸籍上は僕が2001年6月6日生まれで、レイが2002年3月30日生まれになってるんだよ!」
「そもそもなんであんた如きにこのあたしの価値を判断されなきゃなんないのよ!」
「生年月日でいったら、僕の方が兄になって当然じゃないか!」
「あんたうっさい!」
「へぶぅ!!」
空色髪の女性の目が鋭く光る。
「…暴力。…マイナス5点」
「…何よ、今の」
ぼそりと呟いた空色髪の女性を睨む赤毛の女性。
「あなたがシンジさんの恋人に相応しいか採点しているの。減点方式で最初の持ち点は100点。あなたがこの部屋に入った時から審査は始まってるわ。……今の点数、知りたい?」
「ど・う・で・も・い・い・で・す!!知・り・た・く・ご・ざ・い・ま・せ・ん!!」
「アスカ、落ち着いて…」
「あんたも見たでしょ聴いたでしょ!これがこの陰湿女の正体なのよ!知ってましたよあたしは!ええそりゃもう知ってましたとも!初めて会った時からこの女の本性を知っていましたぁ!」
「ちょっとアスカ!どおどお!」
「あなたたち!これ以上騒ぐようであれば接見を中止しますよ!」
空色髪の女性の後ろで接見の様子を見守っていた留置所の女性職員が、もう見ていられないとばかりに声を張り上げる。
「構いません!はい!あたしはもう降りましたあ!この女の担当降りましたんでえ!どうぞ中止にでもなんでも好きにしちゃって下さあい!」
「…いいの?」
「何がよ!」
「これがあなたの初陣なのでしょ?あなたにとって大切なデビュー戦なのに、裁判どころか依頼人の信頼を得られないままに解任されたとなると…」
「うっ…」
「あなたの経歴に大変な傷痕を残すことになるでしょうね」
「見た!?見ましたか!?職員さん!今、この女、あたしを脅迫しましたよ!しっかりと記録に残しておいて下さいね!更生の余地なし!実刑判決でお願いします!」
「べ、弁護人との接見内容は記録には残せませんので…」
「伊勢佐木さん。もういいです。弁護人は取り乱して冷静な判断ができなくなってしまっているようなので。今日の接見はもう終わりにしましょう」
「ちょ、ちょっとレイ」
「ごめんなさい、シンジさん。でも安心して」
「え?」
「あなたに悪い虫がつかないよう、私がしっかりと守ってあげるから」
「は、はぁ…」
「悪い虫って誰の事ですかああ!あんたのような奴をね!性悪小姑って言うのよ!」
「ちょっとアスカ。お願いだから落ち着いて」
「惣流アスカ」
「何よ!」
「これだけは覚えておいてほしい」
「だから何よ!」
「あなたとシンジさんは、お互いが認め合った仲」
「はあ?」
「世間で言う、恋人同士」
「そ、そうよ」
「でも、それは所詮お互いの口約束に過ぎない」
「へ?」
「もし一方でもその仲を認めなくなれば、解消されてしまう脆く儚い絆に過ぎない」
「な…」
「どこまで行っても、所詮はただの他人同士」
「……」
「それに比べて、私たちは戸籍上でも姉弟という揺るぎない絆があるの」
「……」
「この国が私たちの絆を認めているのよ」
「……」
「それを忘れないで」
「な・に・勝・ち・誇・って・んのよ!所詮は姉弟以上にも以下にもなれない、つまらない関係でしょうが!」
「僕の方が弟だってことは、決定事項なんだね…」
「だったらあたしたちは明日にでも婚姻届け出してやるわ!」
「え!?」
「え!?」
「え!?」
「どうして伊勢佐木さんまで驚いてるんですか?」
「ご、ごめんさい」
「きゅ、急に何言い出すんだよ、アスカ…!」
「惣流アスカ。勢いだけで結ばれた男女は長続きしないって、高梨さんが言ってたわ」
「(だから高梨さんってホントだれ?)そ、そうだよ。こういう大切なことは、慎重に決めないと。だいいち、僕は今無職だよ?」
「あたしが養ってあげるわ!そうよ!そうそう!あんたがあたしんちに婿養子に来ればいいのよ!惣流シンジになればいいの!んで、あんたは一人寂しく碇姓を守ってればいいのよ!はっはっは!ざまあないわ!」
「つまりあなたは私の義妹になるというわけね。これは指導のしがいがありそうだわ」
「だ・か・ら・なんであんたが長姉になってんの!」
「あのぉ職員さん。ここって、喫煙所とかあります?」
「伊勢佐木さん、そろそろ」
「そ、そうね。接見時間はこれで終了です」
「はあい。イセザキさんとやら。さっさとその性悪女を監房にぶち込んでやってください。臭い飯でも食わせてやってください」
女性職員は空色髪の女性の両腕に手錠を掛ける。
「ふっふっふ。あんたにはお似合いのアクセサリーだわね」
「ちょっとアスカ」
空色髪の女性は椅子から立ち上がった。
「伊勢佐木さん?」
監房まで先導するはずの女性職員が動き出そうとしないので、空色髪の女性は呼び掛けながら怪訝そうに女性職員の顔を見つめた。だが、空色髪の女性からは、女性職員の表情をうかがい知ることはできない。
女性職員はサングラスを掛けていた。その女性職員だけでなく、この留置所の全職員には、空色髪の女性に近づく時はサングラスを掛けることを義務付けられている。彼女がこの留置所に移送された初日だけで、彼女の髪と瞳を見た者の中に体調不良を訴える者が続出したからだった。あてがわれた監房は当然ながら独房である。
それはさておき、女性職員は弁護人でありながら依頼人を罵りまくる赤毛の女性に呆れつつ、一方でこの留置所に来て以来ほとんど口を開くことがなかった空色髪の女性が、人並みに喋っている姿に驚いていた。
女性職員には空色髪の女性に、以前から聞いてみたいことがあった。今の雰囲気だったら、聴けるかもしれない。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
「なんですか?」
「なんであなた。私のことをずっと「伊勢佐木」って呼んでるの?」
「え?」
「は?」
「ん?」
女性職員以外の3人が、頭の上に疑問符を浮かべている。
暫しの沈黙のあと、青年が口を開いた。
「ど、どうゆうことですか?職員さん」
女性職員は恐々とした様子で続ける。
「私の名前は「原田」よ」
「原田…さん。全然違うね…」
「誰かと間違えてんじゃないの?なっが~い逃亡生活でボケでも始まってるんだわ、きっと」
「ちょっとアスカ」
「人間違いなら別にいいのよ。そもそも私たちは収容者に対しては名前を明かさないから。あなたにもまだ一度も名乗っていないはずだし。…でも…」
「でも…なんです?」
「私の旧姓が「伊勢佐木」なのよ」
「え?」
「は?」
「それも2つ前のね。「あの時」の前までは、私は確かに「伊勢佐木」だったの。それで「あの時」に私の一家みんな消えちゃって」
「…そ、…そうだったんですね」
「私はその頃まだ高校生だったから、親戚の家に引き取られて養子になったの。その時苗字も「市川」に変わったわ。それで今年になって結婚して、今の「原田」になったの」
「わあ、そうなんですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「バカね。今はそんなことどうでもいいのよ。問題は…」
「そう。私は自分の旧姓を名乗ったことない。先月からここに勤め始めてからは、同僚にも誰にも言っていないはずなの。もちろんあなたにも。それなのになぜ…」
「あんたが知っているのか…」
3人の視線が、空色髪の女性の顔に集まる。
「レイ…?」
「あんた。説明できる?」
「どうして私の旧姓を知っているの?」
「…えっと…」
空色髪の女性の目が珍しく泳いでいる。
「……その」
空色髪の女性は、アクリル板の向こうの青年の顔を上目遣いに見つめた。
「レイ…」
彼女の唯一の家族は、促すように彼女の名を呼んだ。
空色髪の女性はゆっくりと頷き、そして呟いた。
「…知ってた、…から」
「知ってた…って」
空色髪の女性の言葉を反芻する担当弁護人。
「前に原田さんと会ったことあるの?」
青年の問いに、頭を横に振る空色髪の女性。
「え?じゃあ、知ってたって…」
「ちょっと待って。シンジ」
青年の言葉を担当弁護人が制止する。
「あなた。職員さんの前の苗字が「市川」ってことは知ってた?」
頭を横に振る空色髪の女性。
「でも「あの時」までの「伊勢佐木」って苗字は知ってたんだ」
頭を縦に振る空色髪の女性。
「へーー」
「え、何?」
「ふーーん」
「どしたの?」
「ほーー」
「アスカ?」
一人合点がいった様子の担当弁護人。
「ちなみにあんた。あたしがこの前中退した大学は知ってる?」
頭を横に振る空色髪の女性。
「じゃあ、あたしがドイツ時代に卒業した大学は知ってる?これ、シンジにも言ってないけど」
かの国で一番有名な大学の名前を呟く空色髪の女性。それを聞き、「Oh Mein Gott」と呟きながら頭を抱えてしまう担当弁護人。
「え?正解なの?アスカ」
「んじゃ。あたしのファーストキスはいつ?どこで?誰と?」
空色髪の女性は少し頬を赤らめてから答える。
「2016年3月。葛城邸で。シンジさんと」
「…なっ!?」
顔を真っ赤にする青年。さらに頭を抱える担当弁護人。
「まったく。…なんてこと…」
「え?アスカ?どーゆーこと?」
「…さすがは全人類の魂を集約したるリリス様ね…」
「え?」
「ふ……」
「アスカ?」
「ふっふっふ…」
「大丈夫?」
「はっはっはっは!」
高笑いする担当弁護人。
「見えたわよ!勝ち筋が!」
ちなみに婚姻届けについては、冷静になった赤毛の女性の「中卒の無職と結婚なんてやっぱ無理だわ」の一言で中止になった。帰り道に寄ったコンビニで、無料求人情報誌を全て持ち帰った青年である。
取調室。
机を挟んで、一方に赤毛の女性と空色髪の女性。対面するようにメガネを掛けた真面目そうな男性。
「検察官の安藤です。取り調べを担当します。君が碇レイ、逮捕時の名前は綾波レイ、だね?」
頷く空色髪の女性。
「惣流アスカです。依頼人の弁護を担当する予定です。依頼人は未成年なので、取り調べには私が同席します」
「では、君に掛けられている嫌疑から説明するが…」
「あ、ちょっと待って」
「なんだね?」
「失礼ですがもう一度お名前を。フルネームで」
「安藤タカシだが」
「よければ名刺を頂くことはできませんか?」
男性はスーツの内ポケットから取り出した名刺入れから名刺を一枚抜き、弁護人に渡す。
名刺を受け取った弁護人はそれをテーブルに置くことなく、隣に座る依頼人の女性に渡す。
「どう?レイ?」
名刺の名前を見つめる依頼人。
「安藤タカシ。〇〇県△△市出身。198X年5月10日生まれ。当時3X歳。既婚。趣味は家族には残業と偽っていた毎週末の風俗店巡り。当時のお気に入りのお店は〇△市駅裏のおっぱいパブ「たわわに実った果実ちゃん」。お気に入りのおっぱぶ嬢は右のおっぱいにあるほくろが可愛いハルミちゃんこと、当時大学生のオオヤマテルコさん。おっぱいを寄せられる度に谷間に万札を挟むことを至高の喜びとし……」
―――数日後。
取調室。
机を挟んで、一方に赤毛の女性と空色髪の女性。対面するように恰幅の良い強面の男性。
「検察官の轟だ。なんだか知らんが前任者が急に病休に入ったから俺が後任となった。俺は相手が未成年だからと言って甘くないからな。覚悟しておけよ」
「あのちょっと」
「なんだ、弁護人」
「名刺を頂けますか?」
「はあ?名刺?ったく、なんでんなもんが必要なんだ。ほらよ」
「ありがとうございます。……どう?レイ?」
「轟ケンジ。□□県××町出身。197X年11月22日生まれ。当時4X歳。バツイチ。」
「始まった」
「重度のマザコン。同僚の前では「オフクロ」と呼んでいるが、家では70過ぎの母親、轟ヨシエを「ママ」と呼んでいる。マザコンが行き過ぎて当時の嫁、轟マサコ、現手塚マサコに逃げられてからは、よりマザコンが重症化し、40を過ぎてもなお、ママとお風呂に一緒に入り、ママと寝所を共にし、週末にはママ相手に幼児プレイに耽る日々……」
―――数日後。
取調室。
机を挟んで、一方に赤毛の女性と空色髪の女性。対面するように無精髭を生やしだぼだぼのスーツを着た男性。
「検察官の宮園だ。前任者が…」
「名刺を」
「は?」
「名刺をください。はい、ありがとう。はい、レイ」
「宮園コウタロウ。〇△府□〇市出身。198X年2月19日生まれ。当時3X歳。既婚」
「はやっ」
「こう見えて好色の間男、女の敵。当時も結婚したばかりの妻、宮園ミホがありながら複数の女と関係を持ち、3人の女との間に隠し子を設けており、いずれも認知していない、女の敵。相手の女が裁判に訴えようとしたら検察としての己の立場と某大手法律相談事務所重役の父親の立場を利用して裁判を有耶無耶にさせ、悉く潰してきた女の敵。何も知らない妻から子作りをせがまれても一切応じようとしない、女の敵……」
―――数日後。
取調室。
机を挟んで、一方に赤毛の女性と空色髪の女性。対面するように高級そうなスーツを身に纏った男性。
「検事正の室岡だ。貴様が私の部下をいじめていると評判の綾波レイだな。どんな手を使ってるかは知らんが、私が出てきたからには多少の脅しなどは通用しないと思ってもらおうか」
「担当弁護人の惣流アスカです。検事正殿。よければ名刺を頂けますか?」
「ああいいが。…ん?あんた、どっかで見たことがあるな……。……おお、おおそうか。あの「世界を破滅に追い込んだ女」がこっちの世界に入ってきたってのは本当だったんだな。おいおい。世の中をこんな風にしてしまった奴が、他人の弁護なんてしてる暇があるのか?まずは自分の罪をきっちり償ったらどうなんだ」
「…レイ」
「はい」
「やっておしまい」
「室岡マサヒロ。〇×都□×区出身。196X年6月11日生まれ。当時5X歳。既婚。病的なまでのロリコン。18歳以下の女子でないと勃起しない変態機能不全者。妻は一回り以上年下で18歳の時に妊娠させた。妻が二十歳を超えると妻相手には勃たなくなり、〇△駅前で女子高校生相手に援助交際に励むようになる。2015年当時には中学生となっていた一人娘室岡ミヨコに欲情しだし、妻子が留守の間に娘の部屋に忍び込んでは娘のパンツを物色。娘のパンツを履かせた買春相手と事に及ぶ際中には「ミヨコ、ミヨコ」と娘の名前を叫びながら一心不乱に腰を振り……」
―――数日後。
家庭裁判所の一室。
「……以上、10件の詐欺についてはいずれも立証には至らず、よって、綾波レイこと碇レイについては嫌疑不十分とすることが妥当であると検察側は判断致しました。したがって…」
「ちょっと待って」
検事正の報告を制止する女性裁判官。
「あなたたち。彼女については証拠が十分に揃ってるって言ってなかった?」
「は、はい。そ…それ…が…」
裁判官からの鋭い視線に恐縮する検事正。ちらりと横に立つ2人の女性を見る。弁護人の赤毛の女性。その向こうに、容疑者の空色髪の女性。
弁護人の目が意地悪そうに細められ、その口が何事かを繰り返し囁いている。
「…みよこ…みよこ…」
観念する検事正。
「それが、しょ、証拠を全て紛失してしまいまして…」
「なんですって!」
「申し訳ございません!」
頭を深々と下げる検事正。
得意げに話し始める担当弁護人。
「裁判長。証拠がなければ事件の立証は不可能です。依頼人を拘束し続ける根拠もありません。弁護人は依頼人の即時釈放を提案します」
「仕方がありません。容疑者、いいえ、碇レイさんはこのまま退席して下さい。荷物を受け取ったらそのまま帰ってもらって結構です。検察側は碇さんが迅速に保釈されるよう速やかに手続きに移るように」
「は、はい!」
廊下を歩く2人。
一人はぴんと背を伸ばした、実に自信ありげな様子で歩く赤毛の女性。
一人は左足を引きずりながら、ひょこひょこと歩く空色髪の女性。
2人の歩きは圧倒的に赤毛の女性の方が早いが、赤毛の女性は時折歩幅を狭め、足を止め、空色髪の女性の歩くペースに合わせてやっている。
赤毛の女性がこそこそ声で空色髪の女性に話しかける。
「なんだか、えらいあっさり出られたわね」
「……そうね」
「大丈夫なのかしら。この国の司法って」
「…さあ」
「あんたって、もう何でもありね」
「…そう?」
「……ちなみに聴いておきたいんだけど。あたしの場合は…?」
「惣流・アスカ・ラングレー。ドイツ出身。2001年12月4日生まれ。当時15歳、中学生」
「…あるのね」
「2016年6月、当時の思い人だった15歳年上の男性、加持リョウジに対しおっぱい丸出しの半裸状態で関係を迫るという破廉恥っぷりを発揮し……」
「はいもういい。もういいです。…ってかおっぱい丸出しじゃないです」
「アスカがこういった話は少し盛った方がいいって…」
「でも良かったじゃない。これで前科持ちにならなくて」
「うん。…ありがとう。色々助けてくれて」
「何よ。今日はやけに殊勝じゃない。感謝の気持ちがあるんだったらさ。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」
「……?」
「なんであたしが弁護士になったかって、知りたくない?」
「別に…」
「今まであたしに対して嫌がらせしてきた連中に、合法的に仕返しするためよ。テレビ局や週刊誌はもちろん、あたしのブーツに画鋲を入れたあいつとか、あたしのカブをパンクさせたあいつとか、あたしのスカート裂いたあいつとか、あたしんちに落書きしたあいつとか、あたしに不幸の手紙大量に送りつけてきたあいつとか。あいつら大勢でやったら大丈夫とか勘違いしてるっぽいけど、全部、もう、ぜ・ん・ぶ証拠固めできてんだから。もう片っ端から訴えてやるんだから。ふっふっふ。ケツの毛まで全部毟り取ってやる…!覚悟してなさい…!っつっても、慰謝料勝ち取っても中には踏み倒そうとする不届き者もいるだろうから、そんな時にあんたのその力が役立ちそうなの」
「脅迫すればいいのね」
「理解が早いのは嬉しいけれど、言い方に品がないわ。「督促」と言ってほしいわね」
「…分かったわ」
「ははっ。あんたは今度からファーストチルドレン綾波レイじゃなくて、取り立て屋綾波レイよ。上手く行ったら取り分の何割かは分けてあげる」
得意げに笑う赤毛の女性の横顔を見つめる空色髪の女性。
「ふっふっふ。あいつらがあたしに嫌がらせしてくるたんびに、頭の中にチャリーンと音が鳴って笑い堪えるの必死だったんだから…。まさにカモネギ状態。何だか知んないけどバカシンジが「僕が「あれ」を起こしたって名乗り出るよ」とか何とか言い出し始めるから、思わずグーで殴ってしまったわ」
―――復讐心に身を焦がし、見境が無くなってしまっている彼女。彼女から発せられるこの負のオーラはわが愛弟の情操教育に決して良い影響をもたらさない。
「……マイナス5点」
―――一方で、やられたらやり返す、ある種のこの逞しさはわが愛弟には少し足りないところ。彼女のこの攻撃的な性格は、内向的な彼の足りない部分を上手く補ってくれるかも知れない。
「……プラス5点。……プラスマイナスゼロ点」
「…なに?今の…?」
「知りたい?」
「知・り・た・く・ご・ざ・い・ま・せ・ん!さあ、これから忙しい日々が始まるわよぉ!」
そう言いながら肩に腕を回してくる赤毛の女性を、迷惑そうに見つめる空色髪の女性。
「今回の慰謝料は総額で少なく見積もっても2億円にはなるわ。それを全部回収するのに長くて5年。集まったらさっさと弁護士辞めて投資を始めてそのお金を何倍にも膨らませるの。それで、…そうねえ。20億くらいになったら、次は何を始めようかしら」
「……それが…」
「ん?」
「…それが、あなたの生きる理由?」
「それがって、お金を増やすことが、ってこと?」
頷く空色髪の女性。
「んなわけないでしょ。お金にしがみつく人生なんてまっぴらよ。お金はあくまで生きるための手段であって目的じゃないんだから」
「では、アスカの生きる目的ってなに?」
「はあ?生きる目的?」
頷く空色髪の女性。
「生きる理由とか目的とかいちいち考えてちゃ人生つまんないわよ。確かに5年前までのあたしだったらエヴァに乗ることが人生の全てで生きる理由で生きる目的だったけどさ。でもその「全て」がああもあっさり奪われちゃったんだもの。あの日から生きる理由だとか目的だとか、そんな七面倒くさいこともう考えないようにしたわ」
「…そう」
「ま、でも。今、この時、この瞬間、この日を生きる理由ってものだったらあるけど」
「…それはなに?」
「家に帰ったらすっ裸になって、あっついシャワー浴びて、冷房全開の部屋で杏仁豆腐を食べる。これね」
「……そう」
「そ。もう、人生さいっこーの瞬間だわ」
「…ふーん」
「……」
「へーー」
「……」
「ほーー」
「何よ、その反応」
「…いいわね。それ」
「は?」
「私も杏仁豆腐、食べたい」
「何言ってんの。セン〇キ屋の超高級杏仁豆腐なのよ。絶対に分けてあげないんだから」
「…そう」
「んで?あんたはこれからどうするつもりよ?」
「…これから?」
「帰る家、ないんでしょ?今日から何処で寝泊まりするつもり?」
「碇くんのアパートに行くことになってるけど」
「はあああああ!何言ってんのよ!そんなの駄目に決まってんでしょ!」
「…どうして?」
「どうしてってあんた。そりゃ若い男女が一つ屋根の下で暮らせば間違いの一つや二つ起きるってものでしょうが」
「姉弟だもの。間違いの起きようがないわ」
「つい最近、自分の娘に欲情しているど変態公務員に会ったばっかでしょうが!ああ、もう分かった分かった。あたしんちに来なさい。寝床の一つくらいだったら何とかなるわ。セ〇ビキ屋の杏仁豆腐も食べさせてあげるから。んで、今後の訴訟と取り立ての計画でも一緒に練りましょ」
「…そう」
「いい!分かった?覚えておくのよ!男なんてのは所詮ケダモノだってこと!あっ、シンジ。こっちこっち」
出入り口で2人を待っている青年の姿が見え、手を振りながら小走りに駆けていく赤毛の女性。
その女性の背中を見送りながら、一人廊下で佇む空色髪の女性は呟いた。
「……男は、…しょせん…、…ケダモノ……」
青年と赤毛の女性が空色髪の女性のもとに歩み寄ってくる。
「やあ綾波。おめでとう。これで晴れて君も……って、なんだかすんごい顔で僕を睨んでくるんだけど」
「碇シンジ。2001年6月6日生まれ。□〇県〇□市出身。当時15歳、中学生」
「へ?なに?これ」
「…始まったわね」
「2015年10月、深夜の葛城邸。間違えて碇シンジの寝所に入ってくる惣流アスカ・ラングレー。彼女が寝ぼけていることをいいことに、寝ている彼女の唇を奪おうとするも未遂に終わる」
「え…?」
「な…?」
「2016年9月、ネルフ本部内病棟。ベッド上には心神喪失状態の惣流アスカ・ラングレー。碇シンジは彼女が無反応であることをいいことに彼女の病衣の前をはだけさせ、おっぱいを露わにさせるとおもむろにズボンのチャックを……」
「うわあうわあうわあうわあうわあ!!!」
綾波無双伝説が始まる。