七月、地区大会予選決勝戦後。
俺はヨーキな串カツ屋から串カツを大量に購入し、北口でサンちゃんが来るのを待っていた。そのために大量に用意した串カツを手に持ち、美少女とのフラグをへし折り、現在淡々と血涙を流していた。
「…………はぁ」
ちくしょう! なんて運が悪いんだ俺は!
サンちゃんのせい、とまでは言わないが連絡先も名前も教えてもらえず、そのまま立ち去ってしまった。
自分の好みにドストライクの女の子。正直もう会えるとは思えない。
なんでここの野球場に来ていたんだ? たまたま来ていただけか?
あー! ダメだダメだ! こんなこと考えたってもう千載一遇のチャンスを逃したんだぞ!
モブか? モブなのが理由なのか?
少しくらいいいところ見させてくれよ……! ただ、それだけだよかったんです……!
まぁいい。すぎたことに関してはもう戻れない。このままサンちゃんが来るのを待つか。
しかし、なんというか……。
「くっっそ暑いな……」
おっと。つい小言を漏らしてしまったぜ。
誰もいないからって、ついうっかりしちまった。モノローグだけでも十分なのに、さらに台詞まで入れるとは、俺は欲張りだな。
手に持つ串カツは当然熱いし、日光が照りつけている光で俺の頭や、体に熱に帯びている。両手がふさがっているため汗は拭けないし、もしここで虫が乗ってきたら串カツを落とす可能性もある。
まぁ来るはずないだろ。早くサンちゃん来ないかな。
……? なんだ? 腕違和感を感じ……
「カマキリ!?」
腕にカマキリが乗ってるぅぅぅ!?
ま、まぁ待て。まだ慌てる時間じゃない。
俺が何もしなければこのまま離れていくはずだ。見るからにガッチリと、制服の袖についており、離れる気はなさそうだ。
無理に動かしたらカマキリが飛ぶと同時に串カツも飛んでいくかもしれない。
ここは待つしかない。
待つしかないんだが……、おい。なんで上に登ってきてるんだ?
カサカサと歩くなよ。ゴキブリみたいじゃねぇか。
肩まで到達したカマキリはそのままこちらの顔面にまで近づいてきていた。
顔面にまで来るつもりか……? 俺を殺す気なのか?
やばい。カマキリの腕が凶器に見えて仕方がない。あの足が顔に引っ付いたらなかなか取れそうにもなさそうだ。
絶体絶命のピンチ。
人の助けも借りれない。見える範囲に人はいない。
うそだろ?
串カツの入った袋を落としたタイミングでサンちゃんが来たらさらに悲しむはずだ。それだけは阻止しなくては。
とりあえず袋を下にゆっくりと置かなければ。首を振って落としてみるか。
ここは冷静に、冷静にな?
「うおおおおお!! 取れろおおお!!」
そう思ったんだけどだんだん近づいてくるカマキリが怖すぎて無理でした!
モノローグは冷静のように見えたのにセリフは慌てているように聞こえるだと?
誤解に決まってるじゃないか! 何言ってるんだまったく。
首元まで来ているけど変わらず振っていく。
あ、待って。痛くなってきた。顔にまで登ってきた。やべぇ。
やめてやめてやめて来ないで! 死んじゃう! ジョーロ死んじゃう!
ついでに目元に汗が来た! 反射的に目を閉じてしまい、何も見えない!
おいおい、死んだわ、俺。
「……大丈夫?」
「……え?」
何も見えないが、方向的には後ろだ。後ろから女の子の声が聞こえた。例えるなら……、声優で言うところの種田梨沙さんかな……。
とりあえず、足を巧みに動かして、頑張って後ろを向くだけ向く。
さっきは口調を変えずに会話をしてしまったが、今回は変えさせてもらうぞ。
「……なんで目を閉じてるの? ……うわ、カマキリもついてる」
「目に汗が入っちゃって……、ポケットに入ってるハンカチで拭いてもらえると嬉しいんですけど」
「ならうちに任せて!」
声の主は俺のポケットに手を入れて、ハンカチを取った。
「あっ、ごめん! 落としちゃった!」
「あ、大丈夫です」
なぜ落としたのか逆に問いただしたい。
すぐに目元にハンカチが充てられる感触がやってきた。俺は目を開けた。
そこにいたのは一人の女の子。
桃色の紙に、二つのイカリングのように丸を描いている髪の毛に、艶ホクロのある顔。
豊満に成長している胸とそれの上に着込んでいる制服から唐菖蒲高校の生徒だとわかる。
つまりは俺たち西木蔦高校の野球部の対戦相手なのだが、なぜここに?
「えっと……」
「だ、大丈夫? 顔にまだカマキリついてるけど……」
可愛い女の子だ。
とりあえず口調はそのままで。モノローグは『俺』で、セリフは『僕』で演じる。よし。これで僕はどっからどう見ても純情鈍感BOYに見えるな。目も輝かせておこう。うん。間違いなくこれは主人公の面構え。
「今手が塞がってるので、できるなら取ってくれると嬉しいんですけど」
「うしし! うちに任せて!」
謎の女の子はそう言って、顔元のカマキリに手を───伸ばさずに俺が手に持ってた串カツに手を伸ばした。
「……なぜ串カツに?」
そこカマキリの方じゃないの?
「いやー……、うち、虫苦手だし」
「……ならいいんですけど」
大丈夫か? 片方だけ持ってくれたとはいえ、それなりに重量はあるはずだ。自分がギリギリ持てるとはいえ、女子にこの量は少々辛いと思う。さっさとカマキリを取らなければ。
「うっ……! これ、重い……! どんだけ買ったの君!」
「え? ……店にあった分全部ですかね」
「多すぎない!?」
「そうですね……、でも、親友を慰めるために、彼の好きなものをたくさん買って渡したかったので、これぐらいなら」
「わぁお……」
女の子は俺を見定めるような目で見る。大丈夫だよな? ラブコメ主人公みたいな顔面してるよな? これはそういう風に捉えてもいいんだよな?
「友達思いのいい人だね!」
「あ、ありがとうございます」
なんだ? 急に褒められたぞ?
褒められられるのに慣れていないため、少し照れちゃった。
おっと、照れてる場合か。さっさとカマキリを取らなければ。ほっぺたにまで来ているカマキリに手を伸ばして、無理やりと……、こいつ! すっげぇひっついてる!
「いててててて!!」
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫です!」
余裕を取り繕って振る舞うがクソ痛いという現実は変わらない。
このままだとカマキリの命を奪いそうだ。奪ったら奪ったで中身がこんにちはしてきそうで見たくもない。時間をかけて取るしかない。
だが問題はこれだけではない。目の前に女の子がそろそろ限界に達しそうだ。
「まだ!?」
「あと……、少し……!」
足のほとんどが宙に浮き、残り二つが驚異の粘りで俺のほっぺたから剥がれない。
なんだこの熱いアプローチ。そんなのを受けとるのは女の子からだけでいいのに。
力を加減して、取る。一瞬のうちに、カマキリがこちらの力の緩みを察知して自身の力を抜くように誘導させる心理戦。
どうやら俺の勝ちのようだ。何やってんだ俺は。
「よし! 取れた! 森にお帰り!」
正直ぶん投げたかったが、掴んだカマキリを優しく着地ができるように、下に向いてそのまま着地させる。
目論見通り着地したため、前を向いて串カツを大量に待っている女の子から串カツを受け取ろう。
「あ、待ってもう限界」
「えっ」
おいいいいいい! 任せたら本当に限界きてるじゃねぇか!
持っている両腕を見ると、プルプルと震えており、女の子の限界が目に見えてわかった。俺は女の子が落とした串カツの袋を直接すくうほどの力は持っていない。
ここでの対処方法はなんだ……?
……よし、手でも握るか。
「あっ……」
空いた片手で、女の子の両手を抑える。
「そのまま袋を渡してください。できますか?」
「う、うん」
女の子から串カツを受け取り、これで万全の構えでサンちゃんを待てるようになった。
「ありがとうございます。……その、お礼したいんですけど」
「い、いや! 別に! 気にしなくていいから!」
そうは言われてもな。このままカマキリが目に入る範囲にまで近づき、超至近距離で目と目が合ったら、その瞬間串カツは落としていただろう。
そう、いわばこの人は命の恩人だ。そう言っても過言ではない。
「僕がしたいからしたいんです。名前と連絡先教えてください。今日の夜連絡するんで、お礼の連絡を」
「……もしかしてナンパ?」
「違います。善意です」
聞こえようによってはそう聞こえるか。
……ふむ、ここはもっと大きく驚くべきだったか。今のうちに練習しとくか。
うぇぇぇ!? ち、違いますよ!
よし。脳内反省会はこれで終わりだ。
「うしし、わかったっしょ! ならうちの名前教えたあげる!」
そう言って、女の子は俺の目と合わせた。
「うちの名前は桜原桃! チェリーって呼ばれてるんだ!」
「僕の名前は如月雨露です。友達からジョーロって呼ばれています」
「ならジョーロっちだね! よろしく!」
「こちらこそ。よろしくお願いします。チェリーさん」
チェリーって言うのか。年齢はいくつだろう。年上なら敬語を使わないとな。
「えぇと……、うちこのあと用事があるから、これ」
そう言って、チェリーが渡してきたのは英数字が書かれた一切れの紙を俺のポッケに突っ込んだ。
「お礼、楽しみにしてるっしょ! じゃ、またね!」
「はい、また今度!」
……美少女のLINEのIDを手に入れてしまった。言ってみるもんだな、こういうの。
ナンパではない。お礼をしたいという気持ちはもちろんある。
言ったのはいいけど、具体的には何をすればいいんだ? 欲しいものを買い与える? 飯を奢る? ダメだ。このくらいしか浮かばん。
今度誰かに相談してみるか……おっ!
「サンちゃん!」
我が親友がやっと来た。
俺は満を持して持っていた串カツをもって、さんの元に向かうのだった。