「覚悟は固まった? ジョーロっち」
「はい。バッチリですよ」
今日は午後に新千歳空港に行く予定になっている。夜には羽田空港に着いている予定だ。
もうやるべきことは済んだ。
お土産は買った。忘れ物はないと確認した。チェリーさんのドジはもう見飽きた。
まぁ見飽きたんだけどさ。
「なんでチェリーさん俺の布団に入ってるんですか?」
「えっ? ジョーロっちが入ってきたんでしょ?」
「ははは、チェリーさんは冗談がうまいですね。どう見てもチェリーさんが来ましたよ。だってチェリーさん扉側ですもん。俺は奥の方に設置した布団で寝てますもん」
「そうかな? ジョーロっちが寝てる間にうちと位置を入れ替えたっしょ? ジョーロっちはおっちょこちょいだなぁ、あっはっは!」
「ははは!」
いやー! そうかもしれないなー!
俺っておっちょこちょいだからなー! 人と位置を入れ替えちゃうんだよなー!
「なわけないでしょうが! チェリーさんの変態! リアルチェリーさん!」
「なにその悪口!? うちだってしたくてしたわけじゃないんだからね! もう女の子とできない経験ができてよかったねジョーロっち!」
「なら感謝してやりましょうか!? ありがとうございますー!」
「もっと感謝の意思を見せてっしょ!」
今の状況を説明するならば、俺の布団にチェリーさんが入ってきたまま喧嘩している状態だ。……少し冷静になったから言うぞ?
ライに見られたら殺されないか? ……そう思ってたらノック音が……。
「ジョー君! チェリーさん! おはよー! 入っていいー?」
「やっべ」
「ど、どうするっしょ!?」
「やっぱ入るねーっ!」
「ちょ隠れて!」
慌ててチェリーさんを布団で隠した。
あれ、これかえってやばくない?
「……あれ、チェリーさんは?」
「チェリーさんは今トイレに篭ってるから、後で来てくれると嬉しいです!」
「なんで敬語?」
布団で下半身とチェリーさんを隠して俺は右手の人差し指と親指をさすってそう言った。
ふっ……。これでバレるはずもない……。
「へぇー! ……っで、チェリーさんどこ?」
「トイレだって言ってるでしょ!」
嘘はバレた! こうなりゃやけだ! 無理やりライを部屋から出す!
ガバッと布団から出て、すぐにライの目の前まで近づく。布団が膨らんでいるのが見えないように、視界を全部俺で覆い尽くす!
「わっ!? ジョー君……近いっ……!」
「とりあえず外に出て先に行こうぜ! 後でチェリーさんも来るかもしれないしな!」
「う、うんっ……」
扉を開いて、ライを正面に向かせる。ちらりと後ろを確認し、チェリーさんと視線があったところで、俺は目でこう言った。
『この借り、でかい』
『ごめんっしょ、今度返すから許して』
俺はサムズアップして、ライと部屋を出た。
旅館内を歩くのは今日で最後だ。朝風呂を嗜もうとは思ったが、多分そんな時間はない。
「ジョー君。一回外に出ようよ」
「外? なんでだ?」
「私が行きたいからっ! いいでしょ?」
「別にいいけど……」
言われるがままに、ライに連れられて俺は外に出た。夏の空が俺の身体を照らしているが、さすが北海道。東京都は温度が違いすぎるな。実質秋だろこれ。
「えっと……、とりあえず、だね」
「ライ?」
「私のために、ここまで来てくれてありがとね。私がここにいるなんてよくわかったね」
「あぁ、俺が小学生の頃に先生に教えてもらってな。ずっと覚えていたってわけだ。……ほんとはこのタイミングで来るつもりはなかったんだがな」
「そうなの?」
「俺の高校では修学旅行でここに泊まることになっててな。大体の時間が自由行動だから、ライと一緒に過ごそうかなって……」
「それ、いいの? ジョー君の友達と一緒じゃなくて」
まぁそのパターンはチェリーさんでやったからな。友達……と言っても、サンちゃんとひまわりぐらいしか浮かばねぇし、来年交友関係がどう変わってるかはわからないしな。
もともと俺が決めていたことだから、何があってもこうするつもりだった。
「いいんだ。俺がそうするって決めたから。来年からはひまわりも付いてくるぞ?」
「ひまちゃんかぁ……、私も久しぶりに会いたいなぁ」
「電話してみるか? 顔も見れるし」
「うーん……いいかな」
「なんでだ?」
「私も冬休みくらいにそっちに行こうかなって。そこでひまちゃんに会おうかな」
「えっ、マジ?」
「その時は、ジョー君の家に泊めてね?」
幼馴染の定番イベントをここで、だと……!? 遠距離恋愛じゃんもうこれ。
ライが遊びにくるのか。やっべぇな。そりゃ楽しみだ。
「ったく、しょうがねぇなぁ……」
「頬が緩んでるよ、ジョー君」
「気のせいだ」
高校生の男女が一つの家で泊まったら、勘違いしちゃいそ……って思ったが、ここに一部屋で男女で寝た人間がいましたね……。
何も起こらなかったからな? もう一度言うぞ、何も起こらなかったからな? 起こったのは風呂場だけだ。
あれ以来怖すぎて風呂場まで一緒に行く羽目になった。相当気まずかったです、まる。
「そろそろチェリーさんも来そうだし、中に戻ろうか」
「あぁ。長かったトイレももう終わってるだろ」
「それ嘘だってわかってるからね、ジョー君」
……いつか俺が嘘をつく時にしてる癖を自分自身で理解しないとな。
※
新千歳空港に着いた俺たち。飛行機がもうそろそろやってくる。ライとの別れの時間は近い。連絡先は交換した。いつでも俺たちは繋がれる……って、主人公みたいなことを言ったところで、だ。
ついに来たか、この盤面が……。まだ将棋の方が楽だぞ……。
「じゃあジョー君。返事、聞かせてもらってもいいかな?」
ライがニコニコと、表情を崩さず俺に話始める。大丈夫だ。俺はやればできる。
「チェリーさんには少し、先に行ってもらえると嬉しいんですけど……」
「ん、わかったっしょ! じゃあうち先に行ってるから、時間までにこっちに来てね!」
チェリーさんがこの場を去っていく。
場に残っているのは俺とライのみだ。当然逃げ出せる状況ではない。
今までの俺なら俺は言葉を発するのに時間がかかったかもしれない。だけど今なら、やれる。
「ジョー君」
「……ライ、俺は」
「うん」
「俺は……お前の告白を断るよ……」
震える言葉を無理やり喉から出して話した。かつて俺はライのことが好きだった。それは小学校の頃の話で、今は違う。
断る理由は見つけられなかった。俺にはその言葉が見つけられるほど器用な男ではないからだ。
「うん……理由を聞いてもいいかな?」
「あぁ……けどその前に、俺の話を聞いてくれるか?」
「ジョー君の話? ……うんっ、いいよ」
俺はこの北海道の日々で、ほんの少し、確証にもないことを思っていた。この場で言わせてもらおう。
「俺はまだ謝れてないんだ……。あの時のことだって、俺はそのために来たんだよ、本当は」
「うん」
「けれど、ライは俺が謝る前に赦してしまった。……でも俺は謝りたい、だからまずは、謝れせてくれ。……ごめん」
「いいよって、前にも言ったじゃん! 私は気にしてないってっ!」
「ありがとな。……んでだ、俺は本当は、ライの告白は嘘なんじゃないかって思ってた」
「……へ? ジョー君?」
あの時の震える手は確かに本物で、その想いは確かだと思っていた。けれど確信はしていなかった。そうだろう? あの時の俺の事件を思い出してくれ。
ライはシール強奪犯の罪を被られて、解決できる状況で俺は何もせず、ひまわりが解決した。
ライにとってひまわりは幼馴染の関係ではあるものの、別の見方をすればライバルだったんだ。何でもかんでも比べたがる二人だったよ。そんな関係でひまわりに助けられたら、たとえ考えてなくても、どこかで思ってしまうだろ? ひまわりに助けられた、悔しいって。だから俺はこう考えた。
「ひまわりに負けたくないから俺と恋人になる……。俺は最初そう思ってた」
「……っ」
「だけど違うんだよな、ライ?」
そんな甘い考えは二日目からは消えていた。
ライはひまわりに似ていた。性格の部分がある程度似ているよ。自分で言及してたからな。言われる前も、言われてからも、ひまわりに似てるなぁとは思っていた。
こじつけにはなるけれど、だからひまわりに対して優位を取るために俺を恋人になろうとしていたのではないかと考え始めた。
けど……そんなんじゃなかった。
ライの恋は本物だ。そんな結論を下すのに時間がかかってしまったことに俺は後悔してたよ。
「ライ。てめぇが俺のことが好きなのは、やっと理解できたんだ」
「…………」
「好きな理由もわかった。ライが、俺に対して恨んでないことも、わかったんだ。俺は……ライを疑ってたんだ……ごめん」
「ジョー君……」
俺は俯いていた顔を前に向けて、ライをまっすぐ見る。改めて、ライは本当に可愛くなった。見間違えるほどにだ。
見た目がいい。性格がいい。勇気を出して、俺に想いを告げてくれた。その気持ちに、本気で答えろよ、俺。
やると言ったらやるんだろ? それが俺のモットーだもんな。
この絆が絶たれようとも、友達をやめることになろうとしても言うんだ。
「ライが告白してくれたのは嬉しいよ。本当に、心から喜んだ……けど」
「…………」
「俺は、ライと友達のままでいたいんだ……。最後まで、俺のエゴでごめん……」
謝ってばかりで情けない男だな……俺は。
「うんっ! ジョー君の気持ちが聞けて嬉しいよっ! けれど、ジョー君」
「……ライ?」
「せっかく勇気を絞って告白した女の子に、謝ってばっかりじゃ違うと思うんだ」
ライが俺の前に来た。瞳に涙を浮かべて、それでもライは言葉を出し始める。
「さて、問題です。ジョー君は、私になんと返事をするでしょう?」
だよな……。そうだよな……。
俺が今、ここで告げる言葉なんて一つだもんな。
「───」
「うんっ! 百点満点だよ!」
俺の言葉を聞いて、ライは優しい笑顔でそう言ったのだった。
※
羽田空港に戻って家の最寄の駅までたどり着いた俺は、早速ライに連絡を送った。
無事に着いたって報告だ。
『よかった! また今度遊びに来るねっ! 年末くらい!』
時期的に大丈夫だろうか。旅館的には忙しくない? なんて言えないので『楽しみにしてるぜ!』とだけ送っておく。
飛行機内ではぐっすりとお互い眠っていたため、まともに会話をするのは空港を出てからだ。もう陽はすっかり落ちて夜だ。
「じゃあうちはそろそろ帰るけど……ジョーロっち、明日付き合える?」
この人まだ俺に借りを作るのかな。
明日は一日休んでいたかったのだが……。
まぁいいか。今日は早めに寝るか。
「別にいいですけど、何をするんです?」
「ちょっと行きたいところがあるの。一緒に来てほしいっしょ!」
「どこにですか?」
チェリーさんは間をおいて、いつも見せる笑顔とは違う、強い覚悟を固めた顔で、俺にこう言った。
「西木蔦高校……、菫子っちに会いに行くっしょ!」
「………………えっ」
パンジーに……会いに行く…………?
「はぁぁぁあああ!?」
大勢の人が見ている前で、俺は大絶叫をあげるのだった。
いやいやいや、いやいやいや!
「本気ですかチェリーさん!? マジで言ってるんですか!?」
「うちはもうそう決めたの! 最後まで付き合ってよね!」
「えぇ……」
猪突猛進にもほどがあるぞそれは……。急に提案きてくるなんて思わんだろ普通……。
「というわけでやるなら明日! 他校のうちが会いに行っても大丈夫かな……」
「……多分大丈夫ですけど、何か問題があったら俺が責任取りますよ」
チェリーさんは本気だ。ここまで言った彼女の想いをここで止めてはいけない。
「本当にありがとね、ジョーロっち」
「いいんですって。……けど、なんでまた?」
「ライラックっちの告白を見てたらさ……」
ライの告白?
初日の旅館内の出来事のやつか。
初日から今日に至るまで、ライは俺の近くにほとんどいた。仕事の時間以外は、極力だ。そのひたむきさに心が打たれたとでと言うのだろうか。
「うちはいつも逃げていたんだって気付かされちゃったよ。……だから、うちはもう逃げないって決めたんだ」
「チェリーさん……」
チェリーさんの真剣な表情に俺は、昨日一昨日のチェリーさんの表情と重なった。
……ずっと考えていたんだ。俺がライに告白した時から、自分が何を想ってホースに好意を抱いたのか、それをどうケリをつけるかを。そしてやっと決めて、踏み出したってことか。
「ありがとね、ジョーロっち。今日まで色々と手伝ってくれて。……最後まで、うちの恋路を手伝ってくれるかな?」
その質問への返答は、当然決まっているものだ。引き受けたものは最後までやり通さなければならない。
「返事は明日でいいっしょ! うちもう帰らなきゃいけないから! じゃあねー!」
「あっ、チェリーさん!?」
キャリーバッグを引いて走って帰る。大丈夫か? 途中で転ばないといいんだが……。
とはいえ、チェリーさんがここまで決めたんだ。俺も、最後までやることをやらなければ。それが俺にできる、最大の恩返しだと信じてな。