「……で、どういうことですか?」
翌日の昼。チェリーさんを家に呼んだ俺はとりあえず事情を聞くことにした。夏休みがもう終わるからしばらく家にいたいんだがな……。あの後一体何があったんだ……?
緊急事態って書いてあったので、外で会いに行こうと思ったが、本人が外はダメだと要求してきたので、仕方なく家に呼んだ。家バレした。これくらいは別にいい。
「いやぁ〜……、昨日ちょっとね……」
「昨日って、帰ってる時ですか?」
「うん。なんでこんなことに……」
思っていたより深刻な表情をしているな。まだシリアス紛いのことやんの? もうよくない? このあと全編オールギャグでいいじゃん。まだそれっぽい雰囲気を匂わせているだけでそうじゃない可能性にかけるしかないか。
「なんで……ジョーロっちを彼氏って言っちゃったんだろ……」
「…………は?」
は? 彼氏? 俺が?
待て待て待て待て! 一体何が起こってんだ! 説明を、説明を要求する!
「何をどうしたらそんな展開になるんですか!? 教えてくださいよ!」
「昨日ジョーロっちが自己満足しに行ったあとのことなんだけどね……」
「あの後?」
「うちの制服を着た子に告白されてね……。顔はよく見えなかったけど」
それ怖すぎない? 顔が見えてないって軽くホラーじゃん。えっ、これ会談? 夏もう終わるよ?
「もちろん断ったんだけど、その後に色々聞かれたんだよね、さっき頭を撫でてもらった人は何か、その前にホースと何か話してただろって」
「全部見られてたってことですか?」
「らしい……」
ストーカーか? だったら警察案件なんだが……。いや、たまたま目撃したってだけかもしれない。断定していない情報で動かすのはまずい。
というか俺たちの一部始終見られてたのか……えぇ……はっず。もう街中歩けねぇよ。
「で、なんて答えたんです?」
「えっと、その……」
「そんな言い澱むほどのものでもないですよね?」
「…………」
「目をそらさないでください」
怪しさが増してるんだよ。こっからどうしたら俺が彼氏認定されるんだよ。
「ホースっちの告白を断って、ジョーロっちの告白を受け入れたみたいな感じになっちゃった……」
「何をどう話したらそうなるんですか!?」
発声させた言葉ですらドジるの!? チート能力かなんかかよ。
……えっと、つまり? 俺がホースのもとに向かった後にチェリーさんは告白をされ、それを断った後にそれまでに起きた一連の出来事について聞かれて、ホースの告白を断って俺ことジョーロと付き合ってると、伝えたと……。
そうはならんだろ……。
「そりゃ緊急事態ですね。さっ、もう帰っていいですよ」
「えぇ!?」
これ俺何すんの? ってぐらい俺がすべきことはない。役割ないじゃん。
「ちょっと待ってよ! 話はまだ終わってないから!」
「じゃあ、まだ何があるんですか?」
「証拠を見せろって」
「…………あぁ」
面倒くせー奴だなそいつも! 断られたんだから大人しく去れよ! チェリーさんを見習えバカ!
「つまり、俺に彼氏の振りをしろってことですか? 原作七巻でやるじゃないですか」
「それでもお願い! うちを助けると思って!」
断る理由はないけどめんどくせぇんだよなぁ。でも、このままだとチェリーさんは迷惑がかかっていくんだよな。
なんでホースを頼らなかったか? 昨日振られた後に彼氏の振りをしてほしいってこの人が言えると思うか? 語弊まみれになる未来しかない。俺を頼ってきたってことはつまりはそういうことである。
マジでホースがやってほしい。昨日俺が作った布石をいい感じに回収できる状況作れるじゃん。
「……ちなみにホースを頼るっていうのは?」
「無理! うちの心が死ぬ! というか断ったって話ししたのに翌日から付き合ってるってなったら話がめんどくさくなるでしょ?」
「ま、まぁそうですけど……」
俺がやるしかないのか……。もういいよ、やるよ。困っているからな。
「わかりましたよ。俺は何をすればいいですか?」
「えっと、しばらく二人で外歩いて、昨日うちに告白してきた相手の前で彼氏アピールすれば終わりっしょ! その後はうちが振られたことにするから!」
「ポジティブに言うことですかそれ」
厄介な事件に巻き込んでくれるぜ。
「じゃあ今から行こうか! 今日暇なんだよね?」
「まぁ暇ですけど……」
あぁ、だから予定を訊いていたのか。確かに今日は暇だわ。まぁ今日だけじゃなくて夏休み終わるまで暇なんだけどね。
「つまり今からデートもどきをするんですね、俺は」
「そうなるね。……じゃあ早速」
「雨露〜? ちょっといいかにゃー?」
下の居間から声が聞こえてきた、声の主は当然俺の母ちゃん。
家にチェローさんを入れた時から訝しげに見ていたが、ここで呼んでくるか……。
「うっ……母ちゃんか。すみません、少し待っててください」
「わかったっしょ!」
「なにもしないで待っててくださいよ……」
自分の部屋には見られたくないもんしかないからな。見られた瞬間羞恥で死ぬ。
階段を降りて居間に入り、そこに佇む二人の女。一人は俺の母ちゃんの如月桂樹。もう一人は夏休みの終わりが近いってのにまだ自分の家に帰らない俺の姉、如月茉莉花。
厄介の極みしかいないじゃん。帰っていいかな。
「……何の用で?」
訊かれるとは思うけど、とりあえずそれが要件でないということを祈るわ。
祈祷していると、立ち上がった姉ちゃんが俺の目の前に来て、肩を掴む。痛い痛い痛い。
「あの子、誰?」
ひぇっ……。
うちの姉ちゃんは純情可憐GIRLを大学で演じており、つまるところ俺と同じことをして男を引っ掛けようとしているのだが、いかんせんそれがうまくいってないようだ。
で、この人が実家に帰ってきていると言うのには理由があるのだ。大学が夏休みだからってのもあるが、もう一つは男に振られたか、振った時だけだ。
つまりこの人は振られた状態で心が死んでる。そんな中で俺が女の子を家に招待した。
その結果息子に八つ当たりをする羽目になると……。
「黙ってないで早く言ってよ? ほら、お姉ちゃんの頼みとしてさ☆」
「きっつ」
「あ゛ぁ゛!? 早く言えやオラァン!」
「痛い痛い痛い! 友達、友達だから!」
「お前に女の友達ができるわけねぇだろいてひまちゃんだろうが!」
「理不尽すぎる! ほんとだって!」
「可愛い女の子なのが許せないね! お前に不似合いなんだが!?」
「まぁまぁ、落ち着けって……」
「……チッ」
普段猫かぶって生きているので家ではいつもこんな感じだ。見てくれはいいのにな。見てくれは。こんなんで男と手と手が触れた時に拒否反応起こして男ぶったんだぜ?
「で、母ちゃん何の用だ?」
「うんとねぇ……さっき来た女の子の名前は?」
「……桜原先輩」
「今からご飯作るから、一緒にどうかって言って?」
「えっ」
ここでご飯食べるの!? 嫌なんだが!?
高校の友達ではあるけど高校違いから話が噛み合わないと思うんですけど。
断る選択肢を取らせていただきたい。けどこういう時の母ちゃんは言ったことを通そうとする人間でな、無理にでも通しにくるんだ……諦めるしかない。
「……わかった。じゃあ呼んでくる」
引き合わせたくねぇ……。色々訊かれるに決まってるからなぁ……。はぁ……。
渋々俺は部屋に戻っていく。ドアを開けると妙に俺の部屋が散らか……って……?
本が散らかってるんだが? 俺のウス=異本がそこかしろに置いてあるんだが!?
「チェリー……さん……?」
「あっ」
恐る恐る入ると、目に入ってくるのはバニーコスチュームをしている女の子しか出てこない本ばかりだった。……バカな。隠していたはずなのに……!
「ジョーロっちってバニー趣味だったんだね……へぇ……。この『ご主人さまぁ〜ん♡ 今日はどんなお餅をつくぴょん? あ! そっちはお餅じゃないぴょん! おしおきにぺったんこだぴょん!』っていうセリフで悦んでるの? ふぅん……」
う゛……、その技は俺に効くのでやめてほしいぴょん。
棒読みだったのにドキドキしてる自分が情けないぜ……今度演技してくれないかな……。チェリーさん地味に声可愛いしな。
例えるならミリマスの田中琴葉とか、ゾンビランドサガの水野愛みたいな?
「『うさちゃんとメイドとアハンな餅つき大会』、捨てていい?」
「やめてください! それ以上俺の心を弄ばないで……」
「うしし! それで、呼ばれた理由は?」
「あっ……えっと、ご飯でも食べていかないかって、母ちゃんが。どうですか? 俺はどっちでもいいんですけど」
「ん〜……じゃあ、せっかくだからいただくっしょ! 早く食べに行こっ! うちお腹空いてるんだよね」
立ち上がったチェリーさんはさらっと俺の本を(めっちゃ置いてあった。どんだけ読んでるんだこの人)残さず机の上にきっちりと置いて俺の腕を掴んで部屋の外から出ようとした。
「ちょ、チェリーさん!? あれ片付けなきゃやばいって!」
「いいじゃんこれくらい! うちのストレス発散だと思って!」
「八つ当たりの間違いでしょ!」
「どっちでもいいっしょ!? ほら行くよ!」
「いやぁぁぁあああ! 俺の、俺のうさちゃんコレクションが晒されるぅぅぅっ!!」
「もう十分晒されてるから平気っしょ?」
「まだバレてないからセーフなんです! ああぁ、部屋から離れていく……」
俺の身内が部屋に上がった瞬間死ぬという状況ができたわけだが……問題ないと思いたい。飯時だからな。誰も部屋に上がってこないだろ。うん。そうだよ、上がってこないよ。そう言い聞かせるしかないんだよ。
再度居間に戻った俺たちの前にあるのは仁王立ちで立ち構えてる姉ちゃんだった。
品定めか?
「こんにちは! 私の名前は如月茉莉花です! 気軽に、ジャスミンって呼んでほしいな」
ここからは実況解説如月雨露ことジョーロが多くするぜ。さて、ここでの姉ちゃんの行動だが、丁寧に、そして優しそうに振舞うことで俺に対して優しい姉貴を演じているということになります。
つまるところ純情可憐GIRLを演じ始めた、ということですね。では、なぜ演じ始めたのかと言いますと、チェリーさん繋がりで男を引っ掛けようとしているからだと推察できます。弟の友達に対して何してんだこの人。
さぁ、この行動にチェリーさんはどうするつもりだ? 様子を見てみるか。
「……よろしくお願いします。うちは桜原桃です。チェリーって呼ばれてます!」
おっと? 見抜いたか?
最初の三点リーダ二つが全てをものがたり、そして言葉を発する前に少しだけ動いた眉。ここから予想するに、チェリーさんは目の前の女が猫かぶって自分に接してきたと考えた可能性があるのではないでしょうか。
お互いに手を差し出す二人。そして……、ガッチリと拍手しましたね。姉ちゃんの表情から察するに食えない奴だなと思ってますね、これは。十五年住んでれば表情からどんなことを考えているか大体わかります。
「じゃあ席に座りましょうか。雨露の話を聞かせてほしいわ!」
うっわ〜〜〜……露骨だ……。弟思いの優しい姉を完璧に演じようとしてるよこの人……。
というかこの人見てないとこだとこんな感じなの? 清楚系目指してるのか? やめとけ、裏でビッチって言われるぞ。
さて、ここで問題があるのだがこの二人は当然初対面で、俺はお互いにお互いのことを話していない。
まぁ何が起こるって言ったら食い違いなんですよね。勘違いのコントが今から始まるんですよ。姉ちゃんはチェリーさんが俺と同じ高校の先輩で実は彼女では? と思っていて、チェリーさんは本性を隠しているのではないか? と探りながら会話を進めることになる。
ちゃんと説明を入れなかった俺が悪いが、友達としか俺は言ってないので、弟の友達扱いをしてほしいものだ。
ちなみに俺が入る隙はここにはない。俺は黙って膝を組んで麦茶を飲むのだ。隣にチェリーさんが座り、目の前に姉ちゃんと母ちゃんが座っている。ニコニコしながらこちらを見ている。くっそ気まずい。
「こんなにいただいていいんですか?」
チェリーさんもチェリーさんで語尾に『っしょ!』を付けないからただの先輩ポジションになってきてる……。というかいつものドジはどこいった。貴女ストレス溜まるとそれが起きない体質なの? 特殊すぎか?
「いいのよ! これくらい! 息子が初めて女の子の友達を連れてきたんだからこれくらいいいわよ! ねぇ?」
「そうよ! やるじゃない! さすがうちの弟ね!」
「あはは、そうだね」
完全に棒読みだ。もうこの場から去りたい。
いただきます、と言い、全員で箸を掴んで昼食を取り始める。俺は恐る恐るご飯を進めて、なるべく会話に混ざらないようにテレビを見る。放送してるのは映画だ。インド映画で出演者欄にアラン・スミシーって書いてある。いや、誰。ドヤ顔で今モノローグで話したけど誰だ。
「ねぇ雨露? チェリーさんとはどんな関係なのかしら?」
「……チェリーさんと?」
姉ちゃんが訊いてくる。ここのところ返答に困るのばっかくるのなんなの? 精神がもたないんですけど。
「さっき言っただろ? 友達だって」
嘘でもなんでもないので普通に答える。
「ほんと? チェリーちゃんもそう思ってるわけ?」
「はい。うちもジョーロ君とはいい関係を築かせてもらってますよ」
誰だお前。
語尾に『っしょ』を付けないとキャラとして死んでない? 大丈夫?
お茶碗を手に持って笑顔で話す姿がなんか似合わない。いつものドジはマジでどこいった。
「ほんとぉ? 恋人とかじゃないんですか?」
「恋人じゃないって言ってるでしょうが……。ただの友達だって」
「今雨露に訊いてないんですけどぉ?」
「こいつ……!」
うっぜぇ。けど大丈夫だろ。チェリーさんが慌てて変なことを言わない限りこの人がトチ狂った言葉を話すことはない。
見ろよこの顔。平然とした顔でご飯を進めてるんだぜ? 信頼感の塊だよ。
「雨露君の言う通り、彼とうちは普通の友達ですよ。ね? 雨露君」
「そうですね」
キャラクターが行方不明なんだが、果たしてこの後普通の口調に戻った時にいつも通りに接することができるだろうか。
母ちゃんはなにも訊かないでニコニコ笑いながら俺のことを見てるし、姉ちゃんはこっちを疑ってる。そんな中で食うご飯は美味かった。逃げ場はそこしかなかった。
この青椒肉絲クソうめぇ……。荒んだ心を和らげてくれるような感じだ……。春菊入れたらもっと美味くならんか?
「チェリーちゃんは雨露のことどう思ってるの? 友達として」
母ちゃん!? 急にそんなことを質問するんじゃありません! 見守っていると思ったらここで攻めてくるの!? いいじゃんもう、友達ってことで! 証拠は言葉! エビデンスは言葉!
ちらりとチェリーさんを見る。笑顔ではいるが、なにを考えてるか読めそうにない。ふと、彼女はこちらを見た。目線で訴えているのか?
……あれ、もしやギリギリの状態? よく見たら口角震えてる。
「い、いい関係ですよ? うちが一大事の時に助けてくれたり……色々とお世話になりましたよ?」
言い切れ。せめて疑問符を消してくれ。
……この後こんな感じの会話が永遠と続き、疲れたのは俺というよりチェリーさんだった。食べ終わって部屋に戻った俺は、とりあえず散らかった宝物を片付けることにした。
「つ、疲れた……。ここまで質問されるとは思わなかったよ〜! ホースっちの時よりされた気がするっしょ!」
「周りに女の子が常にいるからでは?」
「一理ある」
よう俺のうさちゃんシリーズ……。俺が部屋にいない時にずっと均衡をたもれてたな。部屋に誰か入ってきてたら間違いなく死んでたね。まぁ一度すでに死んでるんですけど。
「ジョーロっち」
「はい?」
声の方を見てみると、一冊だけ俺が一番気に入っているうさちゃん本が手元に持っていて……っておい!
「ちょっそれ返して! 俺の大事なものなのに!」
「こういうのってどう買ってるの?」
「通販です! はよ返して!」
「えー? いいじゃん少しくらい、男の子がどういうものを読むのか、うち、気になるっしょ!」
「そんな好奇心捨ててください!」
俺が取り返そうとしても奪わせてくれやしないし、余裕があるのか、パラパラと中身を見ながら避けている……。話は変わるのだが、チェリーさんの格好について。
縞々のスカートに桃色のパーカー。今時の女子高生らしく、短くて結構なんだが……。見えてるんだよなぁ。ピンクのパンツ……。これ言ったほうがいいのかな……いや、バレなきゃ問題ないか。
「グヘヘへへ! オラァン! はよ俺の本を返しやがれー!」
「なんか動き鈍くなってない!? でもまだ読み終わってないから返さないっしょ!」
へっ! 俺のベッドの上でうつ伏せで読もうとしたって無駄だ! ほら、早くその無防備な足を開き……開き、開かないけど! それっぽい動作をしておくぜ!
なんか目的見失ってないか? 気のせい?
「ジョーロっち、取り返しに来ないの?」
「諦めました。そのまま読んでください、えぇ、どうぞご自由に?」
「なんでそんな余裕そうなの……? じゃあお言葉に甘えさせてもらうっしょ!」
ガイナ立ちで俺はチェリーさんを見守る。
バレなきゃかまへんかまへん。
「! ほい!」
「いってぇ!?」
バカな、こちらに目線を向けずに持っていた本を俺の顔面に投げつけただと!?
そういうのって見当違いの方向に飛んでいくのがこの人にとってのお約束でしょ!
「うしし! 女の子はこういう目線には敏感なの! じゃあ外に出ようか!」
「……はい」
ズキズキする鼻を抑えながら、俺達は外に出た。最後まで身内がこちらをニヤニヤとしながら俺を見ていた。