「ふぅ……」
生徒会室に座って一息ついたうちは、時計を見てこれからの予定を思い返す。
この後は文化祭の見回りで人を動かして、自分も自分で動かなきゃいけないけど、各クラスの出し物を見て問題がないかを確認する必要がある。
「もう文化祭かぁ」
夏休みが終わって早三ヶ月。生徒会選挙が終わってうちは会長となった。つきみっちに応援演説を頼み、対抗馬がそれなりにいたものも、なんとか投票数が上回り、今の地位に着くことができた。
『お疲れ様です。チェリーさん』
「ん、ありがとうっしょ!」
リリスっちがスマホを見せながら、紅茶を入れてくれる。リリスっちも書記として生徒会に所属することになり、本格的に関わる機会が増えてきた。
人といっぱい関わる。それがうちの好きなことだ。だから生徒会に入ったとも言える。
「リリスっちのクラスって、出し物何するの?」
『私のクラスですか?』
「うん。ちなみにうちのクラスはメイドカフェ! リリスっちも来てくれると、嬉しいな!」
『……それってチェリーさんも着るんですか?』
「えっ? うん、着るけど」
『行きます』
「お、おう……」
グイグイと食い入るようにうちの近くに来る。リリスっち時折こういうところあるなぁ……。今二人っきりだからかなぁ? 他の役員がいるときはこんなことないんだけど……。
「……とっ、うちもそろそろ行かなきゃ」
『あっ、私も行きますね』
ファイルを持ってリリスっちがうちの隣に立つ。前髪で目が隠れているが、表情を見るに嬉しそうに見える。
「えへへ……」
でもなんか近すぎる気がする。
※
「あっ、チェリーさん」
「来たよー、つきみっち……、虹彩寺さんも、久しぶりだね!」
「ひ、ひさしぶり……です」
あっと、虹彩寺さんについて紹介しよう。彼女は三つ編みで丸メガネをしている地味な女の子……、ん? 菫子っちに似てるような……たまだかな。えっと、気弱で一番最初に入った図書委員の子、かな。
うちが会長になってから、リリスっちと真っ先に取り組んだ問題が、図書館だったりするのだけど…………これはまた後の話でいいっしょ!
話は戻して、うちが最初に来た視察場所は図書室。私情を挟んだわけじゃないよ! うちが意図しないところでこうなった。うちは悪くない。いいね?
「じゃあ図書室の出し物について───」
図書室の出し物は図書委員会個人がやるものじゃない。今回の文化祭では図書委員と文芸同好会が合同で作り上げることになっていた。文芸同好会は小説を製作し、それを提供。図書室ではその本を読むスペースの提供に加え、置いてある本の紹介をすることができる。お客さんを呼ぶのに最も効率がいいとかなんとかかんとか。いい考えとは思う。とはいえ、うちの出る幕はなさそうではある。
会計仕事設備整備その他諸々を行うとするとリリスっちが突っ込んでうちの仕事を奪い去っていく。それはいいんだけども、会長としていいところを見せられていないような……。
「チェリーさん」
「あっ、何? つきみっち」
「一応これ読んで」
「これは……」
渡されたのは部誌だった。厚みがそれなりにある。ページ数は六十近くある。文芸同好会の人数は五人しかいなかったと記憶してるけど、そんなに書くものなのかな。
「ワタシ含めた図書委員もそれ書いたの。暇だったら呼んどいてほしい」
「あ、ありがとうっしょ……」
暇してるところを完全に見破られててあせるうちであった。本を見ながら顎に手を乗せて考えてるフリしてるだけだったしね。
ペラペラとページをめくっていく。知り合いはつきみっちとホースっちしかいなかった。さもありなん。リリスっちの仕事がそろそろ終わりそうだし、二人の部分だけ読んどこうかな、今は。目次に書かれたページを開いて、つきみっちの作品を読んだ。
『彼はワタシを見ない』
一人称と自分投影してない?
……いや気のせい。気のせいっしょ、うち。こんな学校内でばら撒かれるショートショートの作品で個人宛のラブレターを書くわけないでしょつきみっちが。一人称だってカタカナじゃないかもしれないでしょ!
『彼の視線の先にワタシはいない。遠くを見つめるその瞳にワタシの姿は映らない』
「…………」
その言葉はつきみっちの心情をそのまま書いているようだった。文字を相手に表現する小説において、解釈の余地があるのだけれど、知り合い判定からラブレターにしか見れない。だけど、その気持ちはうちには痛いほど理解できた。
『映るための努力、知能、技術を用いたところで、結果は変わらない。報われない日々はやってくる気がしない。相談相手がほしい』
「…………」
『それでも諦める理由なんてあるものか。ワタシは彼と共にありたいのだ。ワタシは行動をする。朝の登校から放課後の帰り道まで、一緒にいたい。その欲望を、最期まで貫くために』
つきみっちは強いよ。うちにはそう思う。うちはもう一度告白をする気にはならなかった。ワンチャンスを確信に変えた結果が今のうちなのだ。後悔なんて一切ない。
その後もペラペラとページをめくる。知り合いならつきみっちの内情だと一瞬でわかる表現が多々あったけれど、素人目から見ても文芸っぽいから多分いけそうだ。
うちは気になって、ホースっちの書いた小説を開いた。次のページに置いてあり、そのままタイトルを目にする。
『後悔』
怖いよホースっち! つきみっちの作品名なんて“ワタシを見て”だよ!
『哀れな人間ほど自分を客観視できない。彼らは自分の行動を鑑みず、思うがままに行いたいことを主張し、それを突き進める。そんな人間が跋扈する現代で、果たしてそれに気づくとこができるだろうか』
もしや文豪?
『否であり、この結論は空虚に等しい』
これ本当にホースっちが書いたの? ゴーストがライターしてない? ホースっちの知り合いの女の子に現役小説家とかいたでしょ。あの子が書いたやつでは?
『「好きです」の言葉に、自分はなんと答えただろうか。「私には好きな女の人がいる」でもなければ、「今は部活が忙しい」という言葉を投げかけたこともない。そんな告白を幾たびも行われれば答える側にもマンネリが生じてしまった。失礼ではあるけれど、信条としては正しく、その人間は今になって後悔を感じていた』
「……実話なわけないっしょ! フィクションだって裏表紙に書いてあるし!」
強く言い聞かせて読み進めていく。今更だけど書いた人物がこの室内にいるという真実に気づいて焦りを覚えてる。感想とか訊かれたらどうしよ。
『気持ちを慮らず、自分のことしか考えていないものに付いていく人間なんて存在しない。それでも付いてきてくれる彼らは───』
『終わりましたよ、チェリーさん』
「ひゃっ!?」
目の前でスマホが突然現れて、勢いよく本を閉じてしまった。スマホを見せてきたリリスっちも驚き、周りをキョロキョロと見渡す。うちの声に驚いた人たちがこっちを見始め、うちは流れるようにすみません、と腰を下げる。
『ご、ごめんなさい……』
「い、いやいいよ。うちが悪かったっしょ。これは。……えっと、何か問題とかあった?」
『あっ、特に何もなかったです』
苦笑いをしながらうちは誤魔化した。……この部誌は一応持っておいていいらしい。これを頒布して本当に大丈夫か? という言葉はあるけど……。やんわり修正したほうがいいんじゃないって部分は後でつきみっちに相談しよう。
『ところで、手に持ってるのはなんですか?』
「これ? 今度頒布される部誌だよ。頒布されるやつじゃないけどね」
『その割には厚みがありますね』
「いろんな人が書いてるからね〜」
そう話しながら図書室の出口まで移動する。カウンター席で受付をしていたつきみっちにリリスっちが問題なかったと話して、今日の作業が終わりになる。あっそうだ、うちはうちでやることがあった。
「つきみっち。訊きたいことがあるんだけど、この後暇かな?」
「ん……」
ちらりと、ホースっちの方を見てから、答えを話した。
「暇」
「それはよかった! じゃあ校門で待ってるから、終わったら連絡してね!」
「わかった」
軽く約束をしてうち達は図書室を出た……ところでリリスっちがうちの制服の袖をつかんだ。
「ど、どしたの?」
『わ、私も、チェリーさんと遊びに行きたいなぁって……』
「…………」
何この可愛い生き物。うちの袖を掴みながら頬を染めてるんだけど!? かわいっ。
もしかして……これが母性? 頭を撫でたくなってきた。
「うしし! じゃあ今週にでも遊びに行こうっしょ!」
『本当ですか!?』
パアッと笑顔になる。結局頭を撫でたうちはそのまま予定を組み立てる。
「……よし、明後日とかどうかな?」
『いいですよ!』
「おぉ……即答だね。予定とかなかったの?」
『はいっ!』
スマホをそそくさと打ち込みながらも、やはり彼女の表情は笑顔になっていた。
※
「来たね、つきみっち」
「ごめんなさい、遅れて」
「ううん。うちも今来たところだから」
お互いに仕事を終えたので、うちらは早速駅前のカフェに向かっていった。文化祭まで残り二週間であり、未だにやることが多々ある。その中でつきみっちは部誌で自分の作品を読んで欲しいと言われた。“相談相手が欲しい”と書いてあったが、もしかしたらうちへのメッセージかもしれないと思って誘ってみたけど、普通に応じてくれた。
「とりあえずつきみっち、これのことなんだけど」
「ここに書いてあるワタシの文章は出すつもりない」
「へ?」
「チェリーさんに見てもらうために文章をいろいろいじって整合性が取れる文章に変えただけ」
「そ、そうなんだ……」
そんなことしなくても普通に呼べばいいのに……。まぁここ最近まで話すタイミングがあんまりなかったから、どこか距離感を置いていたかもしれない。中学からの中なんだから、そんなこと気にしなくてもいいのに。
「見てほしいのはホースの作品」
「あー…………やっぱり?」
ホースっちの小説はぶっちゃけた話ホースっちの心がそのまま描かれている。
「やっぱりこれ本心で書いてるんだ」
「そう。ワタシがそう仕向けた」
「……えっ」
「ホースが頼まれた時、近くにいたワタシはこう助言した。『こういうのは自分の心に従って、本心で書いた方が書きやすいって、おじいちゃんが言ってた』って」
誰だおじいちゃん。
「そしたらホースは納得してそう書いてくれた。悪い気がしたようでしなかった」
「まぁ……本人が損してないならいっか…………、いやしてないしてない! 事情を知ってる人から見ればバレバレかもしれないっしょ!」
「大丈夫。この学校で知ってるのはワタシとチェリーさんだけ。他の人は気づいてない」
「ほんとかなぁ……」
「ともかく」
つきみっちが仕切りなおす。
「ワタシとこの文章を考察して……、今ホースっちが本当に誰なのかを当てよう」
「本当に好きな人って……、そんなの菫子っちって───」
「そう思ってた、ワタシも」
つきみっちの顔は本気だった。そんな表情を見て、うちは少し安堵した。
うちにまだワンチャンスがあるかもしれない───なんてことじゃない。うちはとっくにホースっちへの恋心を断ち切った。これ以上告白して、仮に付き合ったところで“お情けお付き合い”感が出てきてメンタルバキバキになってしまう。
安心に向けた方向は菫子っちだ。彼女はホースっちに好意を向けられていた。うちを含めた女性陣の好意を無視(いや、気づかないの方が正しいか)して自分にとって臨むことを手にしようとしていたから。
その呪いが解放される。それは菫子っちにとって喜ぶべきことであり、菫子っちの恋愛が成就………………?
「……ん?」
不整脈かな? 今うちの心がもやっとしたような気がした。なんで?
「チェリーさん?」
「あっ……、ご、ごめんね。えっと、ホースっちの好きな人の話だよね」
「そう。一緒に考えて。まずはこの文章から考えよう」
つきみっちは部誌を中央に広げ、ホースっちの書いた文章のページを開いた。
『哀れな人間ほど自分を客観視できない』
「ここホースの心情」
「あ〜〜〜っ」
早いなぁ……。ロケットスタートだったよ。うち全然気づかなかったよ。……そもそもホースっちの心情として見てなかったからセーフセーフ。なんかそう言われたらそうにしか見えなくなってきた。
『彼らは自分の行動を鑑みず、思うがままに行いたいことを主張し、それを突き進める』
「ここは?」
うちがつきみっちに訊ねる。
つきみっちは顎に手を置いて、少し間を開けてこう言った。
「ホースの怒りの表れ」
「……そうかなぁ」
言った本人も微妙そうな表情をしている。まぁ、ここはうちに任せてほしい。これでも現代文の成績は上から十三番目。だいたいなら答えられる。
自分のことを他者と比較せず、自分の主張を通したい、そしてそれを突き進める。そう言いたいそうな。これは確かにホースっちの心情のように見える。しかしこれは引っ掛け……! 選ぶ人間はまだまだ勉強不足…………! ここの答えは一つ!
「正解はホースっち……と、うちら好意を寄せる女性陣」
「……天才?」
「天才って言葉軽すぎない?」
一瞬女性陣だけかと思ったけど、それだとのちの文章には当てはまらなくなりそうだからこう答えておく。
これに明確な答えなんてものは存在しない。答えを訊くという行為が失礼に該当し、プライバシーを侵害する。
「よし。この調子で、残り二ページ終わらせに行こう」
「長くない?」
※
考察に一区切りつけて、帰り道を歩く。
ホースっちについての考察をすることは別に問題ではない。ただ、うちもそろそろ進まなければならない。彼はうちのことを見てくれない。そんなことはわかっているし、これ以上恋愛についての介入をすることはない。
ただ、それでもホースっちとの仲を戻したい。以前までの関係……とはいかなくても、中学時代のような友人関係までには戻りたい。
ただ単にうちらが気まずいだけなんだ。うちか、ホースっちが行動を起こす必要がある。けど肝心のホースっちは病んでいる。今仲を戻しに行けるほどの図太さをうちは持ち合わせてはいない。
「……どうしよっかなぁ」
そんな独り言を漏らしながら歩みを進めていくと、見知った顔が現れた。
「あれ、チェリーさん?」
「ジョーロっちじゃん! 何ヶ月ぶり?」
「夏休み以来じゃないですかね。と行ってもちょくちょく連絡とってますもんね、俺たち」
ジョーロっちは制服を着ていたため、同じく学校帰りであることはわかる。どこかに寄り道でもしていたのかな?
「ジョーロっちは何してたの? こんな時間まで」
「生徒会の手伝いをしてたらこんな時間にまでなってしまったんですよ。……役に立ててるといいんですけど」
「あー、そういえばなれたんだもんね、念願の生徒会。おめでとう!」
「……そうですね」
あれ? 急に目を逸らしたぞ?
「なんか嫌なことでもあったの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……、そのなんていうかなぁ……これ言うべきなのかなぁ…………」
「?」
「その、俺が元々生徒会に入った目的なんですけど……」
少し間を置いてからジョーロっちが語り始める。そういえばその部分は聞いたことがなかった。
「会長である先輩の見た目に一目惚れして入ろうとしただけなんですよね……」
「…………、うちと一緒に考えたマニフェストがもしや嘘?」
うちはジョーロっちとの間を開けた。身体を守るように腕を組んで。
「いや違うんですって! 最初はそういう目的で入ろうとしたんですけど、今は違うんですって!」
「今は?」
「でも今は……その、なんというか、初恋の人だと思ってた人が初恋の対象として見られなくなった、というか……」
……! ここでうちがさっきまでに見せた観察力が火を噴く!
ここのジョーロっちの心情を当てるということは、つまりホースっちの心情を当てることと同じ! (IQ3)
ここでのジョーロっちが考えてることは一つ!
「他に好きな人ができたってことっしょ! それは!」
「………………だと思います?」
「うん」
「そうだといいんですけど、自分の好きな人が誰なのか自分でもわかんないんですよ……」
「拗らせちゃってるね、ジョーロっち。ラブコメの主人公みたいに見えるよ」
初恋の人が好きな人ではなくなった。なら自分には好きな人ができたかと思うが、それに当てはまる人物がいないってところかな。
「ジョーロっちには色々と恩があるからね、相談の時にはうちがまた乗るよ?」
「助かります……、ところで、チェリーさんは何を?」
「うちはね……」
と、うちがカバンから部誌を取り出したところで、後ろから一つ、声が聞こえた。
「えっ……? 嘘でしょ…………?」
その声の方向に、うちと、ジョーロっちが顔を向けた。そこにいたのは、三つ編みで丸メガネの女の子、普段は気弱で、大人しい子だけど……。
街灯で照らされた彼女の表情は、焦りに満ち溢れていた。