「え……うそでしょ…………」
その声の方向に、うちと、ジョーロっちが顔を向けた。そこにいたのは、三つ編みで丸メガネの女の子、普段は気弱で、大人しい子だけど……。
街灯で照らされた彼女の表情は、焦りに満ち溢れていた。
「……パンジー?」
ジョーロっちがぽつりとこぼす。
言われてみればそうだ。あの見た目は菫子っちと面影があった。謎の既視感はそれだった。しかしそれは見てくれだけの話。よくみれば違う。
「じゃ、ないな。チェリーさん。知り合いですか?」
「えっ……あぁうん。そうだね、うちの知り合いっしょ、ねっ、ビオラっち?」
「そう……ですね」
「ビオラっち? どうしたの───って、ジョーロっち?」
ジョーロっちがビオラっちのもとに近づいていく。そして、顔をジロジロも見て、顎に手を置き、ジョーロっちは言うのだった。
「やっぱり! ビオラだ! 久しぶりだね!」
……その設定まだ生きてたんだ。
「はぁ」
とだけため息をついたビオラっちのもとにうちも近づき、ビオラっちは続ける。
「ジョーロ君。いつもの戻り方にもしなよ。私知ってるし」
「へ?」
「そもそも私は最初から知ってたから」
なんとまぁ。ビオラっちはジョーロっちと面識があったそうだ。うちは今完全に外野だ。ここは大人しく見守るのが吉だろう。
「そうなのか……、わかったよ。んで、ビオラ。久しぶりだな」
「そ、そうだね。久しぶり」
そこにいるビオラっちは、うちが知っているビオラっちではなかった。これは文字通りの意味だ。
なんというか、直感ってやつ? 表情に喜びが見える。会えたことに混乱してたとは思うんだ。でももう切り替えて、会えたことに喜びを感じてる。さっきまで姿が重なっていた菫子っちの姿は、もう浮かんでこない。
「ねぇ、ビオラっち」
うちが空気を読まずに話しかける。表情に一瞬嫌悪感が見えた。本気で嫌がっている。
「……な、なんですか、桜原先輩?」
ジョーロっちがせっかく本性を出したんだ。ビオラっちも出さなきゃ、釣り合わないでしょ?
「ビオラっちもやめなよ。本性を隠して話すの」
「…………っ」
「……チェリーさん?」
「ジョーロのこの本性? ってやつは中学時代からあるやつなんだよね。ビオラっちにもあるでしょ? それ」
「勘違い、では?」
「表情を見ればわかるよ。ビオラっち、嘘をついてる」
「……ちっ。顔に出てたか」
露骨に態度を変えてくる。ダメだ、まだ見えない。この子が何を考えているかがわからない。
けれど、一つわかることとすれば、さ。さっきのあの表情は、恋する女の子の表情まさにそのものだった。
ビオラっちは丸メガネを外し、三つ編みを解く。そこにいたのは菫子っちのそっくりさんだった。
「と、いうわけで、久しぶりだねジョーロ君」
「えっと、久しぶり……だな?」
あまりの展開の早さにジョーロったがついていけていないや。ごめんねジョーロっち、と掌を合わせてアイコンタクト。
「やっぱりパンジーに見える……」
気のせいか、パンジーという言葉にも反応している気がする。姿見が似ているから?
いや、違うか。知り合いなんだ。うちってこんなに察しよかった? 何か……視線を感じる。
うちは後ろを見た。
「……あっ」
いたよ……菫子っちが…………。
※
「二人とも知り合いだよね?」
たいよう公園に移動して、うちは真っ先にそう訊いた。もう変に探らず直球勝負に出ることにした。
お互いに顔を見合わせる菫子っちとビオラっち。焦りを見せているのはどちらかといえば菫子っちだ。だったが、その顔をすぐに引っ込める。これはジョーロっちから聞いた話なんだけど、菫子っちは嘘がつけないんだ。だから直接探る方が早い。見つかったのが運の尽きだよ。
「そうですね。桜原先輩。私たちは知り合いです」
答えたのは菫子っちではなくビオラっちだ。……もうそこには気弱な女の子の姿はいない。ジョーロっちほどのキャラ変の理由ではないと思うけど、性格を偽ってた理由はなんなのだろうか。
「な、なぁ。ちょっといいか」
ほとんど蚊帳の外だったジョーロっちが声をかける。ところでなんだけど、さっきから菫子っちは話そうとはしていない。まぁ、つまり何を言いたいのかというと。ここからのセリフはうち、ジョーロっち、ビオラっちのセリフだと思ってほしい。見えなくはないもん、菫子っちのセリフに。
「何かしら、ジョーロ君」
「まず一つだけ訊きたいんだけどさ、これは俺がどうしても知りたい理由な訳。話の腰を折ることになるかもしんねぇが、知りたいんだ」
「いいわよ別に。何かしら?」
「なんで姿と、性格を偽ったんだ? ……パンジーと同じ理由か?」
ジョーロっちがはっきりさせたいのはそこらしい。……うちも知りたかったからヨシ! 知り合いになった理由になるかもしれないしね。ビオラっちは腕を組んで、一度ため息をついて、語り始めた。
「簡単な話よ。私の姿見が優れているからよ。
「小学生の頃の話よ。私は外見が優れすぎて男子にもてはやされ、女子に嫌われまくったわ。
「私はこの時外見の優れた人間は損が多く、私の言葉が伝わらないことに気づいた。
「何を言ってもお姫様のように扱わられ、否定しようとしても受け付けてくれない。
「今になっても腹立つわね。なんなのかしらあいつら。
「急に下の名前で呼ぶなってのよ、まったく……。
「まぁそんなお姫様である私を守る人たちは私の言葉を聞いてはくれないのよ。
「その守る人たちも私に関わったせいか妬まれ始めたりもしたわね。同情されたところでほだされることもなかった。
「この悩みを解消するために考えた結果、二つの結論に気づいた。
「まず一つ目。周りを取り巻く人間の排除。
「これは簡単だった。本を読んでいれば話しかけに来ないからだ。
「集中するふりなんかすれば最もね。まぁ実際集中してて気づかないことも多かったけど。
「八割この作戦が成功して、次の作戦に移行したわ。私の嫌味を吐く人間の削除よ。
「彼女らは私を外見以外の能力、まぁ性格とかの話ね。それでバカにしてきたのよ。
「かーっ! 今になってもムカつくわね! なんで私があいつらのためにそんなことしなきゃなんないのよ!
「……失礼。というわけで勉強に精を出す事にしたの。
「なんでそうしようと思ったかというと、私がテストの結果で優れなかった時、隣に座ってた女の子が『しょせん顔だけじゃん』とかほざいたわけ。私よりも得点低いくせに。
「このセリフが一番キたわね。二度と言われたくなかったから見たかったテレビも読みたかった本も家族との時間を犠牲にして、私の自由時間を全て勉強に費やしたわ。
「バカにされたくなかったからね。結果的に成績トップは行ったんだけど、この作戦は失敗に終わった。
「嫌味の方向性が変わったの。私の些細な動作、振る舞いから嫌味を創り出した。
「その頃から毒を吐く言の葉しか紡がなかったものだから、そこを集中的に狙われたわね。
「しかしこれは私の性格であり、今でもなりを潜めている側面。
「当然変えることは難しい。だからと言って努力を怠ることはなかったけど。
「そんなこともあって小学生時代が終わるに近づく頃には“他人を信じない”、“信じるものは自分の力だけ”という事実に気づいてしまったの。
「故に私は強者。私 is God 他はカスね。
「卒業が近づく頃にはこんな経験をしたくないからある方法を思いついたの。
「まぁこれが話の肝。性格を偽ることにしたわけ。
「神である私でも精神的攻撃を何度も受ける気にはならないのよ。神だって嫌でしょ。信仰してる信者から悪口言われるのは。
「でまぁ、右の人と同じように片三つ編みと丸眼鏡の昭和地味地味スタイルに変えたの。
「次に性格。卒業までの期間の間で偽る言霊を作ることに問題はなくなったよ。
「じゃあどうするか。そう考えた私は弱者を演じることにした。
「あ、あ……ありがとう。みたいな、オドオドしてて常に弱気。人とは必要以上に関わらない女の子に成ろうとした。
「今ではもう慣れてるわね。このキャラで右に立てるものはいないわ。今いるけど。……ちょっと菫子。左に立ちなさいよ。
「……で卒業まで残り二ヶ月。ここまでま準備ができたらあとは簡単。小学生時代の同級生がいないところに引っ越すだけ。
「中学受験すれば問題ないかも、と最初は思ってたけどそれで知り合いがこない確率はゼロになるわけでもないから、両親に頼み込んで引越ししてもらったわ。
「事情を話したらそうしてくれたの。今でも感謝してるわ。本当よ?
「これで準備は万端。偽りの性格、増していった知識、そして知り合いのいない中学校。
「相手の裏の気持ちを常に読んで、相手の本性を見抜いて友達を作る。
「それを心がけなければいつ小学生時代と逆戻りするかわからない。
「だから私は今、ここにいる」
……送る言葉なんてない。
同業の言葉も励ます言葉も、彼女の場合受け取り方が変わる。
今度はうちが黙る番だった。
「なるほど……だいたいわかった」
うち知ってる。ジョーロっちのこの顔。思ってたより重い話が来てやべぇとか思ってる。うちもそう思ってる。
「じゃあもう一つ質問するぞ」
「いいわよ。どんどん訊いてちょうだい」
「なんで今、本性を現したんだ?」
「簡単な話よ」
ビオラっちはドヤ顔をして、指を一つ立てて続けて言う。
「隣に私と似ている菫子がいるからその一よ。ジョーロ君より菫子がいることに驚いた方がでかいわね。……まぁ桜原先輩が気づいたのは意外でしたけど」
「うち?」
「完璧に予想外でしたよ。というか絡みがあった方が意外でしたね。いったいどこで知り合ったのやら」
やれやれ、と続けてビオラっちが再度語り始める。
「まぁジョーロ君が私にそれを訊くのはわかるわ。
「というか自ずと理解してるんじゃない? なんで私が西木蔦高校に通わず、唐菖蒲高校に通っている理由を。
「中学三年生の頃よ。大賀君が私に告ってきたの。
「あぁ、桜原先輩は知ってるかしら。西木蔦高校の野球部のエースよ。今の。
「で、その人が私に告白してきたの。
「私はこの時、というより中学一年生の頃からジョーロ君、大賀君、日向さん……あぁ、ジョーロ君の幼馴染ね。その人たち中心で友好関係をほどほどに築いてたの。
「大賀君の本性は……ここでは話す必要はないわね。
「告白された時点で私はこの人たちと友好関係を築き切るのは怪しいと判断した。
「告白は友好関係の破壊、そして新しい関係の創造で成り立つのよ。小学生の頃に学んだわ。
「しかし私は大賀君と付き合うことはなかった。この理由は……。
「…………、今はいいわね。ともかく告白してきた時点で万が一私のネガティブキャンペーンをしてきたら小学生の頃の地獄がこんにちわしてくる場面が情景として浮かんできたの。
「第一志望に唐菖蒲高校を選んでいた私はその道を突っ切った。
「で、これがずるずる続いて今の私がいるわけ。わかったかしら?」
ビオラっちはそう言い切って、飲み物を飲んで一息つく。するとすぐに、ベンチに移動して、ゆっくりと座り始めた。
「あらジョーロ君。私が大賀君の告白を断ったことから衝撃だったかしら?」
「……いや、サンちゃんが告白してたことに驚きだ。そんなこと知らなかったよ」
「それはそうよ。誰にも言ってないもの。告白してきた理由も、断った理由も」
「断る理由なんてないと思うんだけどな、俺は。サンちゃんスゲーいい奴だからな」
「それは私も知ってるわよ。でも……、ジョーロ君」
「ん?」
「隣に座ってもらってもいいかしら?」
ベンチに座るビオラっち。右側に座って佇む様子をジョーロっちは汗まみれになって凝視している。
「わ、わかったよ……」
渋々言い切ってジョーロっちが座る。うちはもう完全に蚊帳の外だ。
しかし話の整理はできた。
「菫子っちが今の姿にしてるのって」
「ご想像の通りです。桜原先輩」
「やっぱりかぁ……なんか申し訳ないことをしたっしょ。うちらは本当に、ごめんね」
「いいんですよ、もう。……ほとんどかいけつしたようなものですから。ありがとうございます。チェリー先輩」
「っ! ……こちらこそ、パンジーっち!」
距離がかなり近くなっていった気がした。パンジーっちっとここまで仲良くなれたのはジョーロっちのお礼だ。今度お礼しなきゃな……ってうちいつもお礼してるな。
……一方で、ジョーロっちたちの話はベンチに座り始めた瞬間から始まった。うちとパンジーっちが話してる間なのにやっとベンチに座ったみたいだ。どんだけ嫌いなの?
「あのっ……! その……!」
さっきまで自信満々の態度だったビオラっちは、視線を泳がせて、自分の髪の毛をクリクリと動かしてる。
「実はね、その、私には、好きな人が
いるの」
「……はい」
「その人のことを考えると、胸が苦しくなって、毎日会えることを思うだけで幸せなの。だけど、私の保身のことも考えて、会いに行くにしてもなかなか会いに行けないのよ……」
平静を装って話しているけど、態度はなんやかんや隠せていない。あそこにいるのは、一人の恋する乙女だ。
「私ね……」
ビオラっちの顔がジョーロっちの顔に近づく。
ゆっくりと、妖艶な表情をした彼女は距離をここぞとばかりに近づける。そして、瞼を閉じて、
「ジョーロ君が好きなの」
そう、言い切った。
ガツンと、胸の中に衝撃が走ったような感覚が訪れた。あたかも首を切られた侍のように、そんな薄ら寒すら感じたトリハダがひしひしとひとりでに動き出している。
なんなんだ、この気持ちは。うちは何を焦っているんだ。
「……」
ちらりと隣のパンジーっちを見た。下を向いて、悔しそうな顔をしている。
パンジーっちのジョーロっちに対する気持ちをうちは知っている。先に告白されて悔しいと思っているはずだ。
じゃあ、なんだ。蚊帳の外にいるうちは何を恐れているんだ。違うでしょ。うちが元々好きなのはホースっちで、そこから好きな人はまだいない……あれ。
なんでうちはホースっちが好きだったんだ……?
「っ……!」
それは違うでしょ、勝手にうちの理性を本能が上書きするな。うちはその気持ちを本物だと認めない。それに値する根拠を、うちが見つけるまで、その気持ちは存在しないものとさせてもらう。
だってそうでしょ?
うちがジョーロっちを好きって気持ちが本当かなんて、うちにもわからないんだからさ。
ホースっちにふられたばかりなのにね。……こんな軽薄な人間だったのかなぁ、うちは。