季節は過ぎ行く。
俺ことジョーロはクリスマスイブの街中を歩いていた。目的は、そう。二人からの告白に対して返答を行うためである。
やっべ〜〜〜、すっげぇ緊張してきた。二学期の終業式を終えて、ついにこの日を迎えてしまった。俺の気持ちは固まった。この気持ちはもう変わることはない。俺の答えは果たして隠せていただろうか? 大丈夫だと思いたい。
ポッケに手を突っ込んで、首に巻いたマフラーがちゃんとつけてあるか確認し、冬の街中を歩いていく。日はまだ落ちていない。突っ込んだはずの手はどこか冷たく感じた。
スマホに手を伸ばして、時間を確認する。そろそろ待ち合わせの時刻だ。
「お待たせ、ジョーロ君。今来ちゃったところだわ。待った?」
「それ俺のセリフだしお前最初から待ってたよね?」
「ふふっ、冗談よ。それじゃあ行きましょうか」
と、いうことで俺はパンジーと街中を歩いて行った。パンジーのファッションは冬服にコートを着込んだいたって普通のファッション、ただし見た目は違う。
胸の晒しを外して真の姿で俺の隣を歩いている。そのためさっきから通行人の視線がこちらに来ている。
「……その見た目で良かったのか?」
「えぇ、これでいいの。だって……」
「だって?」
「初めて会った時の姿で行きたいのよ」
「……そうだな」
この作品内では語られていないが俺とパンジーの出会いはチェリーさんの出会いとの前だ。今年の夏、サンちゃんを励ますために俺は串カツを山ほど持って球場の前で立っていた。
そんな時にパンジーは現れた。そりゃ俺が好きな見た目で、めちゃくちゃ清楚そうで、正直惚れそうだったよ。メアド欲してたしな。
まさかパンジーとは思わなかったが。
「そういやなんであの時その姿でいたんだ?」
「言ってなかったかしら? 葉月くんの告白に応えるためによ」
「えっ、マジ?」
「おおマジよ。ケリをつける必要があったから仕方なく、ね」
そのホースは今頃つきみとデートしているかもな。あいつら結局付き合ったんだってな。ホースから連絡きたよ。そういえば連絡先持ってたわ。あんまり会話してなかったから存在感薄かったけど。
あいつらもあいつらで幸せな日々を過ごしているかもしれない。恋仲になるということはそれが得られるということだ。ただし代償は大きいがな。
「そういえばホースはつきみと付き合うことになったぞ」
「……初耳なんだけど」
「えっ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよその事情……。本当なの?」
「あぁ。この前二人のツーショット写真が送られてくるくらいには」
「……なんで誰も教えてくれなかったのかしら」
「知っているのは俺と……チェリーさんくらいか? もしかしたらビオラも知ってたか……?」
「……なるほど」
「なにが?」
顎に手を置いて考えるパンジー。
チェリーさん教えなかったのか? ……まぁ聞かれない限り答える必要のないことなのかもしれない。
そんなこんなで目的地にたどり着いた。
さて、ここで今日の流れを説明しようと思う。昼はパンジーとデート。夜はビオラとデートだ。された告白に対しての返答と、二人からの要望であるデートの時間が設けられている。それが今日、クリスマスイブだ。
そしてパンジーとのデート先は、なんの意図があるかはわからんが本屋である。
「こうやって好きな人と本屋に行くの、実は夢だったりするのよ」
「へぇ、わからなくもないな」
「好きな人と何かをするってとても良いことね。ジョーロくんは何かないかしら?」
「そうだな……」
好きな人と一緒にしたいことか。
アホみたいに浮かぶわなこんなの。読者諸君も何かしらあるだろ?
「……好きな人と一緒に居られれば、それで良いかな」
「ジョーロくんらしからぬ発言ね。最近の告白ラッシュに毒されたかしら?」
「となると、毒を入れてきた側の人間は俺な何か言うことはあるんじゃないのか?」
「好きよ」
「……そっかぁ」
そう言われれば俺は特に何も言えない。
俺たちは本屋の中に入って行った。古本屋というわけでもなく、いたって普通の、大型デパートの中に内蔵されているような本屋だ。
ライトノベルの新刊でも見るかな……、おっ! 今月は電撃文庫から“魔王学院の不適合者7 〜史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校は通う〜”が販売するのか! 今期でアニメが放送されている作品だし、これは見ておくべき作品だぜ! なんと小説家になろうでは無料で全話読めちまうんだ!
さらに来月は……? な、なにぃーっ!? “はたらく魔王さま! ”が完結しちまうだと!?
バカな……アニメ第二期すら決まってないのに……、せめて、せめてOVAを頼む……。
いったいどういう展開になるか、楽しみに待たないとな!
「ジョーロくん。電撃文庫の回し者としての役割を徹しすぎよ。ダイレクトマーケティングにもほどがあるわ」
「コマーシャルでも流れてたしな」
「私たちのコマーシャルね……、といっても今の私たちではないけれど」
「よし、この話やめようか。なんかややこしくなってきた。メタを出しまくって収集つかなくなってきたな」
とはいえこれらの本は買わないとな。
……なに? 無料で読めるから買う必要がないだと? ファン失格だぜ? ファンなら出版化が決定した本だろうがなんだろうが買い、メディアミックス化された作品も全部確認するもんなんだよ。そこに投資する金に後悔を抱いたことは微塵もない。
「ジョーロ君、こんな本はいかがかしら?」
「どれどれ……って……」
見せてきた本、というよりかは結婚や婚活について載ってある雑誌だった。おまっ、パンジー…………。なんて大胆な……。
「あなたはこういう生活の方が妄想してるかしら?」
見本誌であったため、中身を見ることはできた。……結婚式か。俺はまだ法律上結婚できる年齢ではない。でもこういうのなら男は妄想するものだ。
好きな女の子と幸せな生活を送る。そんなことを妄想するだけで嬉しくなっちまうのは当たり前のことで、暇さえあればよくするものよ。
「まぁするな。相手は二次元だけど」
「なら私もね」
「無敵かよ」
結婚なんて程遠いものだが、それに結びつく恋愛的要素はどうやったって乗り越えていかなければならない。
奥手になったところで告白を行わなければ卒業をして会わなくなることもある。果てには転校することもあれば、重い事情により学校に行けなくなった、なんて展開もあるかもしれない。または別の誰かに好きな人を奪われる、だとかな。
「さてジョーロ君。そろそろ答えを聞いてもいいかしら?」
「ここでいいのか?」
「えぇ。雰囲気なんて必要ないもの。言葉だけを伝えてくれればいいわ」
「……お前がそれでいいなら、俺は言うよ」
本当に、なんてムードのへったくれのない場所だよ。後ろにはお客さんが普通に歩いているし、なんなら今店員が後ろを通り去った。
俺が思う告白ってのは、学校における校舎裏、街中におけるイルミネーションの中、海の見える街道で行うものだと思う。雰囲気とムードが抜群の場所だしな。
だけどパンジーはここを望んだ。恐らくだが、こいつ図書室でしてほしかったんじゃないかなって思う。今は冬休みで学校は空いているものの、図書館は受験生による利用者増加のため告白の場としてはうってつけでなくなった。
だからそのための、かろうじて出した策なのだろう。夏休みが終わった後も俺は図書室に訪れることは多かった。週四くらいだろうか。朝と放課後はひまわりとサンちゃん、またはコスモス。そして昼はパンジーという配分で過ごしてきた。交流を深めていくうちになんやかんや同じ感性であったり趣味を持っていたりと話の幅が広がったりもした。
そんでもって見た目がいい。本当に、誰もが目を奪われるような女性だろう。付き合ったら甲斐甲斐しく、どこまでも付き添ってくれそうだ。
だけど俺は、
「悪い。俺はお前と付き合えねぇ」
「……理由を、聞かせてもらっても……いいかし、ら?」
パンジーの身体は震え始める。今にも泣きそうで、俺の身体を掴んでいる。正直このまま抱きしめて、実は嘘ですなんて言ってやりたいよ。だけどよ、俺は決めたんだ。
「自分の気持ちには嘘はつけないって、ことかな」
俺はその相手をパンジーに知られたくないと思っている。仲が良く、俺がどう思っているかなんて知ったら、その絆は破壊されてしまうと思っている。だから知られたくない。
……けれど、これは俺のエゴだ。知られているかもしれねぇし、その後どうなるかなんて俺には予想がつかない。加えて俺は何もできない。どうやったって気を遣わないといけないことになるからな。
「はぁ……」
パンジーはため息をついて俺を見た。
その顔はどこか満足していたように見える。切り替えが早いな、なんて賞賛の言葉は送れない。
「正直な話、こうなるとは思わなかったわ」
「こうなる?」
「私か、ビオラか、それとも通っている高校にいる人たちから好きな人が出て、そこから話が広がっていくと思っていたもの」
「…………そうかもな」
「だけど実際は違った。私は……、後悔はしないわ。これからの交友関係だって、壊すつもりはないもの」
「パンジー……」
「ありがとう、ジョーロ君。私が初めて好きになった人。願わくば明日からもこのままの関係でいさせてほしいわ」
涙を流しながらパンジーは言う。
「……わかった。これからもよろしくな、パンジー」
えぇ、とだけ言ってパンジーは持っていた本を置きに戻った。
そして、また俺の元に戻ってきたときはいつも通りの、無表情で涙を流したなどとは見えない姿でこう言うのだった。
「さ、ジョーロ君。夜までまだ時間はあるわ。私との思い出作り、とことん付き合ってもらうわよ?」
そう言ってパンジーは俺の手を握った。
俺はそれを振り払うことなく、なされるがままに付いていくのだった。
※
「待ってたわジョーロ君。遅かったわね」
「よぉビオラ、今来たところだ」
「見ればわかるわ。あんまりベタなセリフを話さないでよね、気持ち悪い」
「そこまで言う?」
腕を組んでビオラは待っていた。
噴水の前でマフラーをつけている姿はまさしくガイナ立ち。強者の気配しかない。
「さぁ行くわよジョーロ君。パンジーと何があったかは聞かないわ。わかっているもの。今日は私のデートに付き合ってもらうから、覚悟しなさい」
「……わかってるよ」
パンジーは本屋を選んだが、ビオラははたしてどこに行くのだろうか。今からテーマパークに行くというわけでもなさそうだし、雰囲気的に買い物とは思えない。ウィンドウショッピング程度はやりそうだが、そこまで時間は使わなそうだ。
「私はパンジーとは違うの」
淡々と語り始める。街中を歩いながら、ビオラは語っていく。
「あの子はまぁ、自己主張の振れ幅が凄い子だから、ここぞというタイミング以外は変なところで攻めようとするでしょう? なかったかしら、そんなこと?」
「……なくはないな」
「でしょ? 告白だって、もしかしたらわりかし地味なところで大胆に行ったんじゃない?」
見透かされている。具体名は出されていないが、おそらく場所の把握はされているのだろう。なんて恐ろしい子。本当に、俺があの日まで持っていたビオラのイメージとはどんどん違っているよ。
俺が中学生の頃に出会ったビオラは、本当に静かな子だった。自己主張が少なく、友達もいない女の子。俺と、ひまわりと、サンちゃんが関わって初めて友達としての輪が生まれた。俺個人として関わることは多かった。お菓子をサンちゃんと共有して食べることもあれば、図書館で勉強を教えてもらったり、学校内で一緒に行動を行うことなんてしばしばだ。その時と今を比べれば、赤の他人と言われても鵜呑みにしてしまう自信がある。
「……なに?」
ジッと、ビオラの方を見る。過去話を聞いた時、自身のことを美女と評しており、だからこそいじめられていたということを話していた。
改めて見てみると、本当に可愛い。ファッション誌のモデルとか、テレビで見かけてもおかしいくらいの女の子、パンジーと同レベルに可愛いよ。
「いや、可愛いよなって」
「は? なんですか? ナンパしてるんですか? ごめんなさいタイミング的に違うと思います」
「後輩ぶるのやめない?」
「冗談よ。とはいえ、こんなところで告白なんかされたくないわ。ロマンチックではないもの」
ロマンチック。そういえば、ビオラの将来の夢について訊いた時、彼女はこう言っていた。
『将来の夢。そうね……』
『お姫様になりたいわ』
お姫様。イメージとして思い浮かぶは純粋に、城の中で優雅に佇み、ティアラを頭に乗せ、純白のドレスを着込んだイメージだろうか。清楚が過ぎるか?
読書家の女の子ではあるが、そういったメルヘンチックな作品を読んでいるところは見たことがない。俺がいないところで読んでいたのだろう。そういうことを思うのは、彼女の心の底にある本質からか。
お姫様になるという願望は女の子なら誰でも持っている、という偏見はある。憧れであり、願望であり、夢の対象になる。夢想することなんてあるだろう。
案外可愛いところがあるんだな、ビオラは。毒舌なあたりお姫様とはかけ離れているが。
「大方私のことについて考えているのでしょうけど、私の何について考えているのかしら?」
ビオラの前で思考するのは無意味かもしれない。手のひらの上で踊らされているかのように思考を読まれている気がしたからだ。
特に隠すことない考えであったため、嘘偽りなく喋ることにした。
「ビオラの将来の夢についてだ」
「私の? ……あぁ、あれね。お姫様」
「あぁ。なんでなんだ? そういえば理由を聞いてないなって」
「ふふ。その理由はね……?」
ビオラは少し走って俺の前に立ち、人差し指を自身の口元に寄せて、こう言った。
「原作で明かされていないから秘密よ」
「お前もメタネタを使うんかい」
※
辿り着いた場所は花が咲き渡っている場所だった。冬の街でクリスマスシーズン。イルミネーションによって彩がさらに華やかになり、まさしく、告白にはうってつけの場所になっている。
「周りの人が多いわね。少し会話でもしましょうか」
「何話すんだ?」
「あなたの二学期についてよ。聞きたいなって」
……まぁ、二学期に関してはほとんどチェリーさんが一人称視点になって動いたからなぁ。俺の出番ほとんどなかったし。
当時は会わなかった分連絡は取っていた。というかアホみたいに連絡を取り合っていた。図書室閉鎖問題で倉庫を図書館にすれば? なんてことを言った記憶もある。あの話って確かなかったことになったんだっけ? 傍迷惑なことだ。そういえばビオラは図書委員ってことを後になって知った。多分だが図書室閉鎖問題で大きくビオラが関わってたのではないか? この子の居場所を守りたい的な。知らんけど。
「つっても俺が二学期したことなんて生徒会に選ばれるために努力したことぐらいだぞ?」
「あら、聞きたいわね。ベンチにでも座って話してちょうだい」
「……そうだな」
ベンチくん頻繁に出るな。お前の凶悪さが出てくるのは来年以降だからな。今年は特に何もなかったし。つきみに手伝えと言われたことくらいか。
懐かしいな。あれも夏休みの出来事か。夏休みは本当に思い出が多い。バイト三昧を予定していたが夏休み前半で終わらせちまったしな。
ベンチに腰を下ろすと、ビオラはこっちを向いて、早く語れと言わんばかりの態度を示していた。
「俺が生徒会に入ろうとしたきっかけからでも話そうか?」
「なんなの?」
「入学式で壇上に立ったコスモス……秋野って人がいてな、その人に一目惚れしたんだ」
「出たわね。外見至上主義者」
「言い返せねぇ」
当時の俺は美女に相手されたいという願望はそれはもう山盛りで。幼馴染のひまわり、生徒会のコスモスというラブコメあるあるセットに憧れを抱いていたことがあった。コスモスに関しては割とガチ目に惚れており、近づくために生徒会に推薦されるよう動き回ったものだ。
「副会長の人と交流があってな。こう頼み込んだんだ。『単純作業で僕にかなう奴はいないんだ!』って」
「そんな特技あったかしら?」
「もちろんない。ゴリ押したらなんか行けた」
「は? 演説の一つもなかったと?」
「いやまぁ、俺以外に候補者が出なかったていうか、書記に立候補したのが俺だったって話で……」
「なし崩し的に選ばれたと」
「そんなところだ。あとはまぁ、そのまま生徒会で会長と、教室で幼馴染と、図書室で図書委員とラブコメをしながら体育祭、文化祭を終えたわけだ」
「中身なさそう」
「実際何もなかった。普通に終わったわ。むしろ唐菖蒲の文化祭の方が楽しかったまである」
体育祭は紅白でしか対決してないし、文化祭に関しては特に問題も起こらず普通に終わった。
「ところでジョーロ君。あなたの好きな人に関してだけど」
「…………」
「いつから?」
まぁ隠す必要もないだろう。
読者諸君も気づいているとは思うが、俺には好きな人がいる。察している人は多いと思うし、メタ的なことを言えば本題を見れば答えなんてわかるだろう。この作品はそれまでの過程を書いているものだしな。
失敬、ともかくそこに至ったのはつい最近だと思うよ。だけどな、その前でもあるかもしれないんだ。最も、
「俺が自覚する前から惚れてたかもしんねぇ」
「……そう」
「恋の自覚っていうのは、そこに至るまでの過程があるからこそ自覚するんだなって思ったよ。だから……俺が気づく前から、そうだったかもしれない」
「…………」
ビオラは立ち上がって、俺の顔を見た。
資格から見える範囲で周りを見ると、すでに他のお客さんは立ち去っており、周りは俺たちしかいない。
「じゃあ、敗北者である私からの一言、聞いてもらってもいいかしら?」
心が痛い。一度に二度、断った告白に俺はすでに吐きそうになっていた。元々あった絆、今日まで築いてきた絆を一度崩して、出来損ないの絆を作り出してしまう。
「……わかった」
ビオラは微笑んで、俺に顔を近づけて、言う。
「あなたが好きでした」
涙を流してビオラは言う。
涙を拭こうという思考が頭をよぎるが、俺にはその資格はない。下を向くな、前を向け。現実から目を背けるな。己の選んだ選択に悔いを残すな。
「ほんっと、最低ね」
「……急に悪口言うなよ」
「当然よ。すでに規定のレールから外れた道を歩んでいるというのに、こんな展開になるなんて思ってなかったもの。私の考えてた計画知りたいかしら?」
「……じゃあ、聞くだけ」
「パンジーにあなたのことを監視させて、どのような趣味思考をしているか徹底的に調べ上げてあなたに私を恋してもらいたかった。予定だったら……来年のこの時期に告白されてたわね」
「妙に具体的だな。原作でも読んだ?」
「ともかく、そういう予定だったのよ」
はぁ、とため息をつくビオラ。
そして最後に、ビオラは俺に向かって吐き捨てる。
「初めて好きななった人があなたでよかった。こう見えても、あなたの言葉に救われたことはあったのよ?」
「…………」
「本当に感謝しているわ。だから最後だけ……わがままさせて」
俺はなされるがままに抱きつかれる。こういうところで否定できないのが悪いところなんだろう。まだまだ俺は甘い。
「……さよなら」
ビオラは立ち去っていく。
俺はしばらく、ベンチに座る。
※
スマホを見ると時刻は二十時だった。……そろそろか。俺は立ち上がって、とある場所に向かっていった。
俺の気持ちはすでに固まっている。夏休みからすでに固まっていたのかもしれない。あの日からこの物語は、歯車は動き出したんだ。
言い方を変えればまた一目惚れかもしれない。案外ちょろい男ではあるかもしれないが、しかし俺は軽薄な男ではないとここで宣言しておく。
夏休みの思い出はそれほどまでに大きかった。仲直りしたいと思ってたライラックに会うことができたし、恋愛相談を手伝う中で色々と、その人の中身を知ることができた。出かける機会もあったし、時に涙を見せることもあれば笑う姿もたくさん見てきた。
それを見ているうちに俺は惚れていたのかもしれない。恋愛は惚れたものが負け、なんて謳い文句があるが、あながち間違っているとは言い切れない。俺の青春ラブコメのヒロインが、まさか他校の女なんてそんなことあるかって。けど惚れちまったものはしゃあない。
今にして思うが、彼女はパンジーの気持ちを知っていただろう。それでも前を向いて、恨まれることを覚悟しながら行動をしていた。
この先何が起こるかなんてわかったもんじゃない。
崩れた絆が元に戻るかなんてわからないし、そのままの状態で関係が続いていくかもしれない。それほどまでに恋愛は複雑だ。ラブコメで簡単に展開されているからといって、実際にやってみるにはハードルが高すぎる。
でもまぁ、それでもそこに行きたいんだって思うんだ。自分の気持ちには嘘をつけない。
俺は、首に巻いた桃色のマフラーを握りしめて、俺の、彼女に話しかけた。
「お待たせチェリー。もしかして来るの遅かったか?」
チェリーさんは、後ろを向いて、うしし、と笑う。そして彼女は、笑顔でこう言った。
「ううん、今来たところっしょ!」