時はまたまた変わって七月下旬。
夏休みの宿題も終わりが見えてきた。面倒なことを序盤で片付けるタイプの人間なのだ、俺は。でもこれ以上に面倒なことが目の前に控えている。
「ついに来ちまった……」
俺は唐菖蒲高校に来ていた。要件はホースと会うためだ。なんでここに誘ったのかはわからないが、来ちまったもんは仕方ない。
チェリー先輩のサポートに回らなければ。
「あれ、ジョーロじゃないか」
「……え?」
声の方向を振り返るとそこにいたのは我が親友サンちゃんのだった。
「その声、我が友サンちゃん?」
「山月記をするなジョーロ。お前なんでここにいるんだ?」
「僕はちょっと野暮用でね……。サンちゃんこそ、なんでここに?」
サンちゃんは我が校のユニフォームを着ており、よく見たら後ろの方には野球部の面々がそこに立っていた。
「あぁ。今日俺たちは唐菖蒲高校の人たちと練習試合をするんだ」
「練習試合? そんな予定あったっけ?」
「一昨日急に来たらしくてな」
なるほど。だから俺をこの場に呼んだのか? なかなか粋な計らいをするものだな。褒めてやる。
「あっ、いたいた! ジョーロっち!」
正門から聞こえてきたのは知っている女の人の声。チェリー先輩だ。……なんか制服汚れてないか? まぁいいか。
その後ろにもう一人、水色の髪で制服を着こ……えっ。胸でっか。胸部モリモリのモリウーマンじゃん。
やっば。
「やーっと来たっしょ!」
「はい。……ところで後ろの人は?」
「この子はうちの友達で、ホースっちの幼馴染のつきみっちだよ!」
「……よろしく」
胸でけぇ。
てか、幼馴染? あいつ要素特盛すぎじゃね? 幼馴染に? チェリー先輩が生徒会長になればその要素がさらに加わるってわけだろ?
俺じゃん。あいつ俺が本気で成し遂げようとしていることをさながら巻き込まれ主人公のように成し遂げやがる。化け物かよ。
「……ジョーロっち? ボーッとしてるけど大丈夫?」
「あっ大丈夫です。早く行きましょう」
「それならいいけど」
二人について行く前に、俺は後ろのサンちゃんに声をかけよう。サンちゃん置いてけぼりだしな。
「じゃあね、サンちゃん! 練習試合頑張ってね!」
「おっ……おう! お前もな!」
どうしたサンちゃん。そんな急におっおうとか言い出して。いつも通りじゃあないな。
踵を返して二人を追おうとしたところで、耳にこんな言葉が届いた。俺は鈍感でも純情でもないモブだから、こういう言葉はよく聞こえる。
「……俺も頑張らなきゃな」
いったい、誰が何を頑張るのだろうか。
※
「着いた!」
まず案内されたのは図書室だ。
うちの学校にもあるが、俺の使用頻度はかなり下の方。というか使う方が珍しい。
そこに佇んでいる女が俺は苦手だ。名前を三色院菫子という。絶壁、三つ編み、貧乳という今の時代からはかけ離れたファッションを見事に着こなした女だ。好みではない。
閑話休題。こんな話をしたいわけではない。俺は唐菖蒲高校の図書館に足を踏み入れた。
「来たね! ジョーロ!」
「やぁホース! 今日も元気そうだね!」
めっちゃ笑顔見せてくるじゃん。
直感が関わることを拒否しているけどそんなはずはなさそうな見てくれをしている。
さて、ここで作戦を始めなければならない。
「…………」
ちらりとチェリー先輩が俺の方を見た。
わかってるつーの。俺はうなずいて応える。
これから何をするかっていう話は見えてきた。図書館をガラリと案内してもらったあと、メインの野球部の練習試合を見に行く。
ホースの元に流れ弾でも飛んでこねぇかな。それでチェリー先輩を庇えばいいシチュエーションになるよね。
ここで見せなければいけないのがチェリー先輩の有能さだ。おそらくまだ出会って三、四ヶ月しか経っていないから、いまいちまだチェリー先輩の評価がホースには掴めていないはずだ。ここでできる女アピールして心を動かす。
有能さを見せれなくても、チェリー先輩が無理してしようとした作業をホースに手伝わせることで、チェリー先輩を守りたいという庇護欲を育てていければ十分だ。
これはもう希望的観測に値するくらいなものだが……できたらもうパーフェクト! って叫ぶしかない。
そういえば、なぜチェリー先輩はホースという男を好きになったのだろうか。会って半年にも満たないのにな。
まぁそんな感じでなんやかんやして女の子として意識してもらうってのが一番だ。
俺にしてはよく考えたと思う。
……どうしてこうなったんだろ。恋愛サポーターをするにもあと一年は違うだろ。一年ってなんだよやめろよ不安だな。
まずはそこに置いてある偶然山積みになった本を二人で運ばせるところから作戦が始まるぞ! 準備はいいか!
「……あっ! こんなところにまだ片付けてない本の山が!」
滑り出しは順調だ。頑張れ……チェリー先輩……!
「よし! うちがいっぱい物を自然に運ぶから、ホースっちも手伝うっしょ!」
よし! チェリー先輩がいっぱい物を不自然に運び出したか後ろから手伝うぞ!
早いよボロが出るの! チェリー先輩焦りすぎでは? ライバル候補でもこの場にいるのか? そんな奴がいるわけ……。
「……チェリーさん。ワタシもやる」
いたぁぁぁぁああああああ! つきみだ! そうだよ、どう見てもつきみだよ! 今回の不確定要素だわこれ!
胸部もりもりパーフェクトなナオンが怖すぎる。俺の推測なら、というかそうでなきゃ困るが、つきみはホースに好意を抱いているはずだ。ラブコメビクトリーロードをあいつは歩んでいるのだ。そうでなければこっちが困る! あいつを見本として俺もラブコメするんだYO!
「いや? いいんだよ? つきみっちはこの辺りでうろちょろしてても」
「は? ワタシがやると言ったらやるの。ワタシにもやらせて」
この二人絶対仲悪いだろ! 見せてる笑顔が逆に怖いわ!
はわわ……俺には止めるすべはないぞこれ……。そうだ! おいホース! 主人公だからなんとかしろ!
「仲良いなぁ……。二人とも」
なんだあの純情鈍感巻き込まれ系主人公!?
あからさまに険悪な雰囲気なのにそれに気づかないで、その上仲良いと判断しただと!?
「……そうだ! 僕ジョーロと一緒にやりたい! 本運びだから、僕とジョーロ、チェリーさんとつきみちゃんで本を運ぶのはどうかな?」
「「「えっ」」」
マジかよこいつ。ここの選択肢ってチェリー先輩と運ぶかつきみと運ぶのどれかだろ?
ホースにとってのヒロインなの俺?
「ま、まぁホースっちが言うなら……別に……」
「……ホースがそう言うなら」
「ほんと!? じゃあ行こうか、ジョーロ!」
「お、おう……」
不満そうな顔をしてこちらを見るチェリー先輩。うん。ごめんね。これ悪気俺にないよね。
そうは言っても事は進む。ホースの言った通り、俺とホース、チェリー先輩とつきみで片付いていない本を整理することになった。
こちらが用意してきたものを回避するとは……。一筋縄ではいかないようだ。
「ごめんね! こんなことさせちゃって……」
「いいよ。これくらい」
何を訊くべきだ?
好きな人? 好きな人のタイプ? チェリー先輩はホースは俺に似ていると言っていたが、本当に似ているならここでの返答は、自分に無条件に優しい。清楚。胸がでかいの要素が入ってくるはずだ。
二人とも胸でかいから候補入りはしていると思っていいだろ。チェリー先輩はドジやらかすけど。
「うきゃあ!?」
「……チェリーさん」
後ろからチェリー先輩の叫び声が聞こえる。
またドジったのか?
「チェリー先輩っていつもこんな感じなのか?」
「うん。何もないところでもよく転ぶし、最近なんかは制服じゃなくてパジャマで学校に来ていたよ」
「えぇ?」
ドジのインフレが凄すぎるわ。
「嘘でしょ?」
「本当だよ。あとで確認を……したら怒るけど、うん。本当にしてた」
あの人放っておいたらダメなのでは?
動きはおろか言葉でもダメなんじゃないかと思ってきたぞ……。
「だからチェリーさんを支えてくれる人とかいてくれると、僕も嬉しいんだけどね……」
「…………?」
なんだその発言は。
まるで自分はチェリー先輩のことをなんとも思っていないように聞き取れるぞ。
本を揃えながら、俺はチェリー先輩がいいじゃないかと訊いてみることにした。
「そう? ホースが一番似合ってるけど」
近くで変な音が聞こえた気がするが気のせいだろう。うん。
「ははは、僕には似合わないよ。それに僕
は……」
「僕は?」
「い、いや、なんでもない! 本も片付いたし、早く戻ろっか!」
…………あの発言さぁ。
いるよなぁ。好きな人。つきみについても訊いておけばよかったか?
あの時、顔を赤らめて言った言葉に俺は当然確信を持った。ならば誰だ、という話。
ワンチャンスチェリー先輩か、幼馴染のつきみか、それとも別の誰かということになる。
俺としてはチェリー先輩と付き合ってほしいので、匂わせ発言であることを祈るのみだ。
受付のところに戻って、チェリー先輩たちと合流する。
「そういえばこれ水変えてなかったな……」
そう言ってホースが手に待ったのは花瓶だ。これはこちらの仕込みではない。
「あっ! うちがそれ変えてくるっしょ! ホースっちたちは待ってて!」
「あっ、ちょ、チェリーさん!?」
パシッとホースから奪い取ってそのまま図書館を出るチェリー先輩。百パーぜやらかす気がする。……というかなぜ慌てたんだ?
「ごめんジョーロ、見に行ってもらってもいいかな?」
「わ、わかった……」
図書館を出てチェリー先輩の元に向かう。水道はすぐ近くにあったので、すぐにその姿を確認することができた。
まぁ、訊きたいことがあったし、ホースには感謝だな。
「チェリー先輩」
「あれ、ジョーロっち? なんだここに来たっしょ?」
「ホースに見に行ってほしいって言われまして……。どうしたんです? 悔しそうな顔をして」
「…………それは、その」
流しっぱなしの水はチェリー先輩の手を絶え間なく冷やし続けている。
外から照りつける太陽の光で学校内は熱で気温が上がっているはずなのに、ここ一帯の雰囲気は冷え続けているような、そんな感覚に陥ったような気がした。
いや、マジで。シリアス展開する気満々でしょ。
「うちはわかってるんだ」
「……何をですか?」
「ホースっちがうちを選んでくれないって」
「…………」
「わかり、きってるんだ……」
目元に涙を浮かばせて、こちらを向くチェリー先輩。……抱きつきたい、頭を撫でて励ましてあげたい。そんな感情に俺は駆られた。
けれどダメなんだ。その役割を担うのは俺ではない。ホースのはずなのだ。
けれど、ホースにとっては、チェリー先輩はサブヒロインなのだ。
主人公をホースとして展開する世界で、チェリー先輩は単なる先輩。恋愛対象には入らず、気のいい友達ポジションで関係が終わってしまう、そんな感じの仲。
その中には俺も混じっている。急に割り込んできたモブだ。舞台に上がること自体が間違えている。
だから、俺がここで言える言葉の選択は、難しいという領域を超えている。
気のいい言葉も励ましの言葉も全てチェリー先輩のメンタルを削らせてしまう。
だから俺は押し黙った。唇を強く噛んで、悔しく思う。演技などではない。
悔しいものは悔しいに決まってるだろ。勝ち目のない戦いに挑んで、それを支えている立場の人間が、彼女のことを考えていないはずがない。結ばれて欲しいと思ってるよ。今だって。0%でも選ばれることを。
話数的にはこれで四話だが、こっちからすれば二週間は経っているのだ。
思うところもある。
「ジョーロっち……何でそんな顔をしてるの?」
チェリーさんが俺に訊く。
彼女にとっては当然の疑問だ。彼女は本気で恋をしている。俺も、こんな仮初めの性格で答えるよりも、本気で対話をした方がいい。
純情鈍感はここでは終わりだ。
声を低く、今まで保っていた高音を捨て去り、地声で話しかけていく。
「いいですか……いや」
「……?」
「いいか、チェリー先輩」
敬語をやめるところから始まる。自分から溢れ出していた純情鈍感オーラを取り消すだけ取り消してみる。
文字に起こせば何を言っているんだ、と思われるが、こう例えないとどうしようもないから勘弁してくれ。
「俺は本気で先輩とホースが付き合えるように応援してるんだ。先輩だって付き合いと思ってるんだろ?」
「う、うん……、ジョーロっち、そんな口調だったっけ?」
「今はそんなことはどうでもいい。聞けよ」
先輩を壁に押しやって俺は言葉を模索する。
こうなりゃやけだ。思っていたことを言わせてもらうぞ。
「あなたが本気で好きだってことは理解している。何日も会話すりゃあ流石にわかるよ」
「…………」
「こんなところで諦めんのか? 相手に好きな人がいるとわかっても、最後まで挑まないのか?」
「……っ」
どんな時でも正面から挑む。
俺の親友がそうであるように、俺は決めたことは最後まで通していく。何があろうと最後までだ。それが俺のモットー。
先輩に嫌われようが構わない。あまりにも弱気で嫌気がさす。
「ジョ……!」
「あ?」
「ジョーロっちは何がわかるの!? うちの……、うちの気持ちも知らずに!」
「…………」
「中学校の頃からずっと想ってた! 隣にいたい、一緒にいたい、死ぬ時まで、最期までこの人と歩みたいって考えてた! なのに、なのに……!」
「…………」
「憎い。憎いよ。本当に……、恋愛って人をここまでに狂わせるんだって思い知らされた。うちはあの女が憎い……!」
先輩の剣幕に怯むことなく、俺は最後まで聞く。この次の言葉は……、ホースの……。
「うちの、うちらの大切なモノを手に入れられるようにの女が嫌い! 当然な顔をして言うのが、本当に…………」
その言葉を俺に向けたところで解決には至らない。そんなことはここにいる誰もが知っているんだ。俺には、彼女の心を聞くことしかできないんだ。
仮に中学一年生の頃から恋心を芽生えさせていたのなら、その期間は四年間もある。
募る恨みもあるものだ。
「……ホースっちの隣にはうちはいない……。うちはもう、そこに立てる可能性がないんだよ」
「……いるんだな。ホースに、好きなが」
「一度は」
「……?」
「一度はフラれてるんだよ、ホースっちは。けれどまだ諦めてなくて」
おいおいおい。なんて執念してやがるんだあの男。そんな背景あるの? あの人。
「中学卒業まで、ほとんどあの女の所にいた。……あの女が本気で嫌がってるようなそぶりを見せてもホースっちはそれに気づかず、ずっといたの……」
「……なんじゃそりゃ」
嫌という気持ちをわかっていない?
相手の言動の裏がわからないってことなのか? だとすると、そいつは厄介な男だ。
まるでラブコメの主人公だ。不幸なのか幸いなことなのか、その子はホースにとってのメインヒロインになってしまったっててことか。
嫌な気持ちも関係なく、自分のやりたいことを強引に進めて行く。それはつまり、自分が思い描く理想像を目の前に映し出してしまうということ。
それは俺が思い描いた純情鈍感BOYそのものだ。善意の塊で、やりたいことをやりたいようにできる。……恐ろしい奴だな。
「ホースは善意100%で動いているってことなんだな……」
「……うん。ホースっちはそういうデリカシー的なもの全てが欠けてるの」
「けれどそんなところが?」
「好き」
そんなに人を憎んでいても、その気持ちが変わらないほどに強固なものなんだ。
すげぇな。この人。
「うちの気持ちは変わらない。本気で拒絶されるまではね。……それか」
「それか?」
「ホースっちが新しく好きな人ができて、その人と彼女になるまで……かなっしょ」
やっと落ち着いてきたのか、語尾に『っしょ』が付き始めた。
なんとか治ってくれたか……。
ホース……罪作りな男だぜ。俺の上位互換みてぇだな、本当に。