「今からうちの傷ついたた心を癒す旅行が始まるんだね。ジョーロっち」
「違います。それは俺の方です」
場所は羽田空港今からどこに行くかは……、わかってるよな。新千歳空港行きだ。その後バスに乗って札幌に行くことになる。
両親からの承諾は得られた。お土産を持って帰れと言われたがな。連続で入れまくった日雇いのバイト。サンちゃんの甲子園行きが決まった時のために貯めていたお金を含めてここに使った。泊まる旅館はすでに予約済みだ。ライラックがいる場所をちゃんと予約した。桜原桃名義でな。
ついでに観光もして帰るって算段だ。……うまく行くかはわからないが。
「もう飛行機が来ますね」
「そうだね……、気分はどう、ジョーロっち?」
「あはは。身体全体が震えてますよ。吐き気を催すかもしれませんね」
「うん! 絶好調だね!」
不安しかねぇよ! まじでなんでこうなったんだろうな! やると決めたらやるからもう後には引けない。
飛行機にもうすぐ乗れる。引き返すなら今……だが、ここで引くわけにはいかない。
「なんか付き合ってもらってすみません……。行く理由なんてないのに」
「いいよいいよ! 今日までのお礼をしたかったから、こんぐらい問題ないっしょ!」
何日かチェリーさんとバイトをする日はあった。この人凄いんだぜ?
イベントの列整理の仕事で別の場所に案内しちゃったり、引越し作業の仕事で別の家に荷物置いちゃうし、もう、なんというかめちゃくちゃだった。でも減給されなかった。
それ以外の部分が有能だったからと説明するしかないがな。ドジった後の働きぶりを買われていたなぁ。
チェリーさんは桃色の髪を揺らして、イカリングを整えたら、こちらを向いて、
「さっ! 行くっしょジョーロっち!」
「……はい!」
んで俺たちは飛行機に搭乗。
指定された座席に座って新千歳空港に着くまで待つ。暇つぶしのために一応ラノベとか持ってきてるんだぜ? 特に同レーベルのはな! キリトさんには頭あがんないっすよ。
だが、どうやら出番ないようだ。チェリーさんは先程まで屈託のない笑顔を見せていたが、しかしその前の会話を思い出してもらいたい。
『今からうちの傷ついたた心を癒す旅行が始まるんだね。ジョーロっち』という言葉。
どう考えたってホースのことだろう。もしかしてチェリーさんとかつきみの恋心気づいてないのかな。……いや、それは流石にないはずだ。
「で、結局何があったんですか?」
「何がって? ……あー、うちの身に起きたことのことっしょ?」
「そういうことです。ホースと何かあったんです?」
「いやー、ほんっと、しょうもないことなんだけどね……」
おいおい。顔色がどんどん暗くなっていくぞ。マジに何があったんだ。
「まずうちがチケット取り出して誘うじゃん?」
「お互い一度見に行ったあれですね」
「うん。ホースっちは嫌々承諾して一緒に見に行ってくれたんだけど、そこでやっちゃって……」
「誰が?」
「うちが」
せやろなぁ。それ以外ないわな。
あの完璧超人が失敗を犯すシーンなんて想像できねぇよ。
「うちが……買ってきたポップコーンを全部ホースっちにぶちまけたり頼んだコーラを全部ホースっちのリアルホースっちにかけちゃったし……」
「アカン」
リアルホースっちはやばすぎでしょ……。
過去に出すもの出してリアルジョーロと呼ばれた身だ。……思い出したら寒気がしてきた。
「ホースっちに気を遣わせちゃってね……、『これくらいよくあることだよね!』ってナチュラルに言われたらもう頷くしかないっしょ?」
「女心がわからなさすぎる」
四年の付き合いだよな? 一応。
それ故にからかってるのだと思うが、あの男が本物の純情鈍感BOYなら善意のみで言ってるのだろう。
「でしょ? でもそれでも、その欠点を埋め尽くすほどにかっこいい部分があるんだ……!」
「まぁ……そうですよね」
見てればわかる。あのホースという男は何をしても成功を手にする奴なんだって。
主人公だから、と理由づけすれば済む話だけど。一回の図書室作業だけでわかる、俺の出したアイデアをさらに発展させてその場のメンバーを納得させる新しい提案を作るほどに、あとなんか力俺よりあるから本たくさん持てるし、女の子にモテるし。
てんこ盛りにもほどがあるが、奴はそういう男だ。次会ったら普通に接することができるか不安になってくるよ。
そう考えるとつきみも、チェリーさんもすごい人だと思ってきた。
振り向いてすらいない、恋心にさえ気づいてもいない。それでも必死に見てもらおうと足掻いている。
つきみだって今頃ホースに対してなんやかんや動いていると思うが、失敗の可能性が高いことなんて承知の上でやっているんだろう。
今目の前にいるチェリーさんだって同じだ。ほんと凄いよ。
「……? うちの顔に何かついてる?」
「いや、凄い人だなって、改めて」
「あ、ありがとう……? うちそんな凄い?」
「俺だったらホースを諦めて別の男の子探しちゃいますよ」
「……あぁ。そういう?」
「自分が女子だったら流石に厳しい相手だと思って逃げ出しますよ」
「そう思えたら楽な方なんだけどね」
「はい?」
「中学校の時は誰もがホースに見てもらおうと模索していた。誰も諦めることがなかったんだ。……けど」
「けど?」
「ホースっちに好きな人ができた瞬間、その状況が変わってしまった」
ホースに対して好意を抱いた女の子たちが全員振り向いてもらおうと頑張ったって言葉が理解できないが、事実なのだろう。
その好きになった子、メインヒロインはいったいどこの誰なんだ。顔を見たいもんだ。
「その子はホースっちを好きじゃなかった。でも、みんなはその子とホースっちを付き合わせようとした」
「うっわぁ……」
その子の気持ちを考えていない行動だ。
……理解してきた。ホースが行動するのに都合のいい世界が形成されているんだ。
自分の恋心を押し殺して、その子を利用して恋心を諦めようとしているような。
「じゃあ、チェリーさんは?」
「うちもそう考えてたことあったよ。……というか今でもそう思ってるかも……ね」
「…………おいおい」
「でも、そんなものは意味ないんだって、憎しみを抱いたところで意味ないんだってわかったから……ジョーロっちのおかげで」
「えっ、俺?」
「うん。うちがジョーロっちの前に泣いた時、心の中で思ってた言葉を外に出した時に、かな? ……ジョーロっちの言葉、今でも残ってる。最後まで諦めんなって」
……言ってたなぁ。思い返さないでくれません? 恥ずかしくなってきたじゃないか。
やだ、ジョーロ照れちゃう。
「あー! ジョーロっち照れてる! うちも恥ずかしいんだからね、こういうの!」
こっちだって恥ずかしいんだからノーカンだろ……、ん?
「チェリーさんってまだ告白してなかったんですか?」
「…………てへっ☆」
小首を傾げて下を出すてへぺろ動作。それに揺らぐ俺ではない。してなかったという事実はどうにかしてもらおう。勝手にしてると思ってたよ。
今更だと思うがメンバーは俺とチェリーさんだけだ。
ひまわりもつきみもサンちゃんもホースもいない。側から見ればデート。
だがこれはデートではない。チェリーさんがお礼のためについてきているだけだ。それだけの大義名分。
ひまわりを誘うべきか、と考えたが大会が近くに迫っている中俺の事情に付き合ってもらうわけにもいかないので“何も言わずに”置いてきた。いつか連絡が来るかもしれない。
そう思うと身が震えちまうぜ……。
おっと、話を戻してなんで告白してねぇのか訊かねぇとな。
「なんで告白してないんですか?」
「ジョーロっちがうちの立場なら告白できるっしょ?」
「…………」
確かに。言葉にされて言われてみれば、告白することすら憚られ、ホースと無理やり付き合わせる人たちとともに生きることになる環境で過ごすことになる。
ストレスが溜まるなんてものじゃない。自分の好意には気付かれず、ホース自身の恋心を押し進めるために自分の恋心が押しつぶされる。きつすぎるな。
「……言われてみれば難しいですね?」
「そうっしょ? その分ホースっちの好きな人に対するヘイトが溜まるってわけ。その子を利用して自分の恋心を殺すために」
難しい問題だ。俺一人で解決出来るような問題ではない。ホースは悪くないし、ホースが好きなった人も悪くない。
悪意を持ったものなんて周りの人間にしかいないのだ。
「……大変ですよね、それ」
「うん。憎しみだけでご飯五杯はいけると思う」
「そういえばその問題は、くっつかせようとしたやつはどうなったんです?」
「ホースっちがその子を守って終わったんだ。裏の気持ちがわからないから、理由がわからないままだったと思うけど」
「でもホースはモテモテだったんですよね」
「うん。まるでラブコメの主人公だよ。今もね」
てんこ盛り盛りの男は無自覚で女の子を傷つけてはいるが、しかしそれでもあの男はモテている。欠点が覆い尽くされるほどに素晴らしい力を持っているからだ。
「改めて考えると、自分がホースに似てるって言われたのはなんか嫌になりますね。ほんとはこれっぽっちも似てもないのに」
「いや? ジョーロっちはホースっちの欠点が消えたついでに身長と運動能力と知能が低下したけどその代わりに裏の気持ちに気づくことができるいい男だと思うよ?」
「これっぽっちも嬉しくねー!」
「褒めてるんだって! んでも、そうだね。ジョーロっちの上位互換って言葉は正しいっしょ」
「そりゃあ俺もそう思いますよ? 俺より頭もいいし運動もできて頭良くて、女の子にめちゃくちゃモテる」
「モテる要素いる?」
「いります。……その姿は自分の理想像ですよ。本当に俺と似てるんですか?」
「似てると思うよ。何日もジョーロっちといればそれくらい、自分でもわかるっしょ!」
嬉しいような嬉しくないような。
ホースがラブコメ主人公なことに変わりはない。きっと両親は海外で仕事をしてて妹がたくさんいるみたいな家庭に住んでるんだろう。
かわいい幼馴染や生徒会長候補がいて、ついでにいろんな女の子にモテる。
そんな男が好きになった人って一体どんな奴なんだ…………?
「チェリーさん」
「何かな?」
「ホースが好きになった人ってどんな人なんです?」
「休み時間に本を読んでるような人だよ」
「えっ……、似合わなっ」
「でも顔は綺麗で胸が大きくて」
「胸が大きくて!?」
「食いつくところそこ!? ジョーロっちってそういう趣味が……」
「ありません」
「……ならいいけど」
顔がよくて胸が大きいとか自分の好みにドストライクじゃねぇか。
いいなぁホースの奴、そんな女の子が近くにいて。俺もいてくれたらなぁ……。
「…………」
「? どうしたんです、チェリーさん?」
「何も?」
ならなんで胸の方を凝視しているんだろう。
……気まずくなりそうだ。なんか、訊けることはないのか……?
名前とかどうだろう。この際話題はなんでもよかった。
「その人の名前って?」
「えぇー? 知らないと思うよ?」
「いいからいいから」
「名前はね……」
俺はその時、聞いた名前を忘れることはないだろう。だってその名前は、知っている人なのだから。
「三色院菫子だよ」
「………………は?」
なんて言った? 三色院……菫子…………? そう言ったのか?
同姓同名だよな……。うん、そうだよ。そうだよな! いや待てよ。あの時のパンジーはなんて言っていた?
『桜原桃って人知ってますか?』
『知ってるわ』
……まっさかー! それこそ同姓同名の誰かだってー!
「どうしたのジョーロっち。さっきから表情コロコロ変わってるけど。……もしかして知ってる人だった?」
「名前は知ってるんですけど、ホースが好きになるとは思わなくて……写真とかあります?」
「うーん……ちょっと待ってね。今からスマホで探すっしょ!」
そう言って桃色のスマートフォンとにらめっこを開始したチェリーさん。
俺の知っている三色院菫子は、三つ編みのメガネで胸がぺったんこの、今の時代に合わなきゃ昭和ファッションを見せているやつだ。
図書委員に所属しているが、俺と仲のいい相手でもないし、好き嫌いで表現できるほどの中ではない。
まぁそんな女だ。ホースがこれを好きになるとは到底思えないので百違うと思うんだ。
「あっ、あったあった。集合写真の画像。懐かしいなー! 卒業式のやつなんだよねー! うちがホースっちと菫子っちのツーショットを撮って送ったやつっしょ!」
「どれどれ……?」
写っていたのはホースと……どこか表情が暗い女の子だ。特徴としては胸が大きく、髪が腰元まで伸びている女の子だ。
……あれ、この人どこかで…………?
『貴方に興味を持ったから話しかけたの。迷惑だったかしら?』
『私、この暑さと日射しで、少し疲れちゃったの。だから、どこか涼しい場所……そうね。たとえば喫茶店とかに二人で移動してから、ゆっくりお話ししたいんだけど……。ダメ?』
『覚えておいてね。私って、うんと寂しがり屋で、とびっきりの甘えん坊さんだから』
「……あっ!」
思い出した。思い出してしまった。
俺はこの人を知っている。チェリーさんの前に俺はこの人と遭遇していたのだから。
まさか……こいつが……!?
「ジョーロっち……? 心当たりが?」
「あるにはありますけど……、姿が違いすぎるんです」
「どんなの?」
「三つ編みで、胸が小さくて、メガネを付けてます」
「えっ。それどんな子? 描いてみてくれる?」
そう言ってボールペンと白紙を渡してきた。書くという選択肢しかないの?
だがしかーし! 特徴さえ捉えれば俺にも描けると言うものよ。大丈夫だ。目を書くわけでもないからな。
……えっと、記憶と照らし合わせて。身体はぺったんこだから制服をそれっぽく描いて……、顔の形を整えて三つ編みにして、メガネをかければ…………!
「っと、こんな感じですかね」
俺はドヤ顔で渡した。
「下手……!」
「やめてください」
「んでも、三つ編みにメガネってことはわかるかな……これほんとに菫子っち? 同姓同名の人じゃない?」
「俺もそう思うんですけど……。今度会いに行きますか?」
「…………うーん」
とはいえ、しかしだ。
そいつが本人である確証なんてないのだ。
俺の記憶に残っているあの巨乳のチャンネーであることなんてな。
名前も、連絡先も訊けていない人だ。それがあいつと同一人物? 胸どうなってんの? 物理法則さんが仕事してないじゃん。
んでも、よくよく考えたらどこか面影が……あるか?
「どうしようかなぁ……、うちにとって菫子っちは……」
「憎むべき人、何ですよね。怒声でも浴びせるんですか?」
「まさか。流石に会ったら謝るよ。うちのせいで迷惑をかけてしまったこともあるし。……それに」
「それに?」
「恨んだところで、もう何も変わらないから」
憂いを帯びた表情は、どこかこの先で起きることを把握しているような、そんな表情をしていた。
……まぁそれはともかくだ。それとは別として、訊くべきことがもう一つある。
「あっ、そろそろ着くね」
「そうですね。……最後に一つだけ質問したいんですけど」
「ん? 何かな?」
「あの時、俺たちがあの場で会ったのは……偶然ですか?」
「………………てへっ☆」
「はぁ……」
確信したわ。もうその動作は俺には通用しないぞ。
「チェリーさん。俺と、三色院(仮)が会話してたところ、見てましたよね?」
「……はい」
「だから俺に話しかけたんですか?」
「それは……六割くらいあるっしょ。菫子っちが自分から話しかけるなんて珍しいからね」
「三色院(仮)を追っていた理由は?」
「その前に(仮)入れるのやめない? 言いにくくない?」
「……三色院を追っていた理由は?」
「喧嘩をふっかけようと……」
「一人で?」
「一人で……」
ため息をつきたいよ。
となると1話から3話の流れは全部作為的に行われたってことか。
「いやまぁ、でも、今は話しかけて良かったと思うよ」
「へ? なぜです?」
「だって、ジョーロっちの一つ一つの言葉が、うちにかかった呪いを解き放ってくれているような気がしたからっしょ!」
笑顔が眩しいなぁ、この人。
まぁでも、この人のおかげで俺が知りたかった人と会えるんだと思うと、友達になれて良かったと思うがな。ん? 友達?
「俺チェリーさんのなんなんだ? 友達?」
「えっそうじゃないの?」
「じゃあ、そういうことにしておきます」
飛行機のアナウンスで新千歳空港への着陸が近いことが告げられる。
もうすぐライラックと再会か……。顔わかるかな。銀髪で煌びやかな子ってイメージしかもう俺には残っていない。
不安だが、やるしかない。
「ちなみに残りの四割は本気でホースっちと雰囲気だけ似てるなと思っただけだよ。近くで見るだけにしようとしてたけど困ってたもんね、あの時」
「あの時かまきりどかさなかったら大事な串カツをダメにするところでしたよ」
「うしし! じゃあ行こうか!」
そういえば結局会うか会わないかの返事は聞けなかったが、どうするのだろうか。